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2009年11月

反戦と抵抗のフェスタ

 先日、反戦と抵抗のフェスタ2009に行った。

 会場は、四谷ひろばという廃校になった小学校で、なんとも懐かしさを感じるスペースだった。特に、体育館のあの雰囲気、そして、床から冷えてくるあの感じは、実に久しぶりだ。

 そこで、JVCによるアフガニスタン情勢や活動についての報告と説明、沖縄問題、普天間移設問題、その他、諸個人、諸団体のトークなどがあった。

 アフガン問題では、最前線で、貧困層の若者同士が、殺し合わされていることが指摘されたのが、印象に残った。要するに、この問題でも、階級性があるということだ。それから、普天間移設については、自民党の県外移設への方針転換など、沖縄の世論の大勢が、普天間の沖縄外への移転という方向に向かっていることが明らかにされた。しかし、民主党岡田外相の態度がはっきりせず、ぶれているのに対して、アメリカ側の態度が固いので、予断を許さない状況であることがわかった。

 イベント後は、サウンドデモで、なにやら近所の人たちの「規制」や挑発を受けたが、寒空の中、新宿駅を一周する元気なデモを貫徹した。しかし、近所の人といっても、そうやってわざわざ出てくるのは、自民党員や自民党支持者であったり、公明党・創価学会員であったりするのだろう。かれらの頭の中に、こうしたものに対してどういうイメージが形成されているのか、ちょっと興味がわいたが、どうせろくでもない妄想の類だろうと思うけど。

 子供の頃から、図工苦手、音楽好きということもあって、サウンドデモはおもしろい。寒さも吹っ飛ぶ、リズムに乗ったデモが。

 ちょっと事情があって、エチオピアの歴史を調べていて、その時も、まず、エチオピア音楽から入る。そして、文化になじむ。エチオピアと一言で言っても、音楽だけでも多種多様だ。アラブ系もあり、もっと土俗的なものもある。エチオピア自体、高原から、熱帯気候の低地まであり、そこに、80以上の部族がいるという。自治区を持つ連邦制だ。

 デモのシュプレヒコールの中で、公安をなくせというのがちょっと入ったのがうれしかった。法律は法律として独立してあるのではなく、社会のためにある。あるいは、あるべきである。官僚は、法を運用・適用する裁量権を持つ。それが適用された時には、もちろん、後から裁判でその是非を争うことができるが、その間、拘束され調べられる方は、大きな犠牲を払わされる。不起訴となっても、その間の不利益についてはほとんど無視されている。官僚のやることについて、なぜか人々は甘すぎるように思う。しかし、今、民主党政権は、官僚主導から政治主導へというスローガンを掲げているではないか。公安官僚にも甘くすることはないわけだ。そして、それは、これを掲げた民主党・社民党・国民新党の連立政権を多数が支持した以上、大きな民意であるということは明白なのである。

 小学校の校庭の周りに植えられている木々が紅葉の盛りを過ぎて、葉っぱが散り始めてるのを見て、今年は、紅葉に目も止めることなくあわただしく過ぎたなと思った後で、デモ出発直前に、なんとなく、融合という言葉が浮かんだ。なんか、紅葉した木の葉がいろんな色合いがまじって、それが美くしいように、しっくりしてきたなというような感じがしたのである。

 現在の世界的な経済危機の深まりで、次がどうなるか、ますます見通しがつかなくなる中で、新しい世界の構想が急がれていると思う。そこに、夢や希望を描くことが、大衆的な欲求として形成されてくるという予感がしている。それは、かつて、まったくそこに存在しないかのように視線をすら投げかけていなかったデモを眺める沿道の人々の視線の重みが増しているように、なんとなく感じるようになってきたので、そう思うのだ。

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エチオピアでの反政府活動家への死刑求刑の記事

 The Reporter というサイトに、以下の記事が載っていたので、つたないものだが、訳してみた。ちょっと、調べてみると、エチオピアでは、数年前に、反政府の学生運動があって、それを政府が弾圧、野党および野党支持者を弾圧しているようである。

 日本だと、アフリカは、遠くて、身近な問題とは感じにくいだろうが、ヨーロッパでは、歴史的に関係が深く、現在、ヨーロッパで大きく問題になっている、移住労働者のかなりの部分がアフリカから来ている。現在、ドバイでの不動産バブル崩壊の懸念から、世界的なドル安、ユーロ安、そして、円高という為替の変動が生じ、さらに、アメリカの株式市場での株価下落が起きている。この発端になっている中東ドバイのバブルにともなって、インドやパキスタンなどのアジアに加えて、アフリカからの労働者も多く移住しており、さらに、イスラエルは、アフリカ系のユダヤ教徒を安価な労働力として、移民として積極的に受け入れている。

エチオピア:検察官、ギンボット7の被告に死刑を求める

2009年11月24日 タミル・トシゲ

 連邦検察官は、今日、暴力的に政府を転覆する陰謀、連邦高官の殺害、および、政府機関の攻撃の陰謀の罪で告発されていた46名のうち、38名に対して、死刑を求めた。46人の被告のうち、5人は、証拠調べの後に裁判所によって無罪とされ、1人は、証拠がかけていたため、当然、解放された。裁判所は、すべての起訴事実に被告の有罪を認めた。

 被告のうちの13人の起訴者には、ベルハヌ・ネガ、アンダルガチェウ・トシゲという、ギンボット7の議長と議長代理が、名指され、書類で、起訴され、不在のまま審理された。

 死刑に加えて、検察官は、また、裁判所に、被告のうちの8人の全財産を没収するように求めた。

Ethiopia: Prosecutor seeks death penalty for Ginbot 7 defendants
Tuesday, 24 November 2009 By Tamiru Tsige

The federal prosecutor today asked the Federal High Court to pass the death penalty against 38 defendants out of the 46 who were accused of plotting to violently overthrow the government, plot to kill high government officials and attack government institutions. Out of the 46 defendants, five were acquitted by the Court after hearing evidences and one was set free due to lack of evidence. The Court found the defendants guilty of all charges last Thursday

Thirteen of the defendants named on the charges filed including Berhanu Nega and Andargachew Tsige, who are chairman and deputy chairman, respectively of Ginbot 7, were tried in absentia.

In addition to the death penalty, the federal prosecutor also asked the Court that all the properties of eight of the defendants be confiscated.

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唯物弁証法の資料

 以下は、ある資本論研究会に提出した資料です。

 普通、我々は、日常的に弁証法を使っているのだけども、そうとは自覚していないし、それを改めて研究しもしない。でも、事物が生成・発展・消滅の運動をしていることは、誰でも感じている。例えば、仏教弁証法などは、『平家物語』の有名な冒頭の部分、「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり・・」などで、感覚的に、あるいは情感的に理解している。しかし、それと唯物論が結びつけば、唯物弁証法ということになるのだが、これ自体、研究し、考えなければいけないことである。そして、この弁証法論理学を身につければ、感覚と意識との間にリアルな結びつきを作れるのである。そうすると、感覚が解放されるということにもなる。

 ご参考までに。

 なお、流広志は、私のペンネームです。

唯物弁証法についての資料      by流広志


『フォイエルバハ・テーゼ』(古在由重訳 『ドイツ・イデオロギー』岩波文庫2358頁)

今までのすべての唯物論(フォイエルバッハのもふくめて)のおもな欠陥は、対象、現実、感性がただ客体または直観の形式のもとにのみとらえられて、感性的な人間的活動、実践としてとらえられず、主体的にとらえられないことである。したがって活動的な側面は、唯物論とは反対に抽象的に観念論―これはもちろん現実的な、感性的な活動をそのものとしてはしらない―によって展開された。フォイエルバハは感性的な―思想客体から現実的に区別された客体を欲する。しかしかれは人間的活動そのものを対象的活動としてはとらえられない。だからかれはキリスト教の本質のなかで理論的な態度だけを真に人間的なものとみなし、これにたいして実践はただそのきたならしいユダヤ的な現象形態においてのみとらえられ、固定される。したがってかれは『革命的な』、『実践的・批判的な』活動の意義をつかまない。

人間的思考に対象的な真理が到来するかどうかという問題は―なにも理論の問題ではなく、実践的な問題である。実践において人間はかれの思考の真理性、すなわち現実性と力、此岸性を証明しなければならない。思考の現実性あるいは非現実性についての論争は、―この思考が実践から遊離しているならば―まったくスコラ的な問題である。

環境の変更と教育とについての唯物論的学説は、環境が人間によって変更されなければならず、教育者みずからが教育されなければならないということを、わすれている。したがってこの学説は社会を二つの部分―そのうちの一つは社会のうえに超越する―にわけなければならない。

環境の変更と人間的活動あるいは自己変更との合致は、ただ革命的実践としてのみとらえられ、そして合理的に理解されることができる。

フォイエルバハは宗教的自己疎外の事実、宗教的な世界と世俗的な世界とへの世界の二重化の事実から出発する。かれの仕事は、宗教的な世界をその世俗的な基礎に解消させることにある。しかし世俗的な基礎がそれ自身からうきあがって、一つの独立王国が雲のなかに定着するということは、この世俗的な基礎の自己分裂および自己矛盾からのみ説明さるべきである。だからこの世俗的な基礎そのものがそれ自身その矛盾において理解されなければならないとともに、実践的に革命されなければならない。だからたとえば地上の家族が聖家族の秘密として発見されたうえは、いまや地上の家族そのものが理論的および実践的に絶滅されなければならない。

フォイエルバハは、抽象的な思考には満足せず、直観を欲する。しかしかれは感性を実践的な人間的・感性的な活動としてはとらえない。

フォイエルバハは宗教的本質を人間的本質に解消させる。しかし人間的本質はなにも個々の個人に内在する抽象体ではない。その現実においてはそれは社会的諸関係の総和(ensemble)である。

 フォイエルバハは、この現実的本質の批判にたちいらないから、どうしても

(1) 歴史的な経過を無視し、宗教的心情をそれだけとして固定し、そして抽象的な―孤立した―人間的個体を前提せざるをえない。

(2) したがって本質はただ『類』(Gattung として、おおくの個人を自然的にむすびつける内的な、ものいわぬ一般性としてとらえられうるにすぎない。

 したがってフォイエルバハは、『宗教的心情』(religiöses Gemüt)そのものが一つの社会的な産物であるということ、そしてかれが分析する抽象的な個人が一定の社会形態にぞくしているということをみない。

 すべての社会的生活は本質的に実践的である。理論を神秘主義へさそいこむすべての秘蹟は、その合理的な解決を人間的実践およびこの実践の把握のうちにみいだす。

 直観的唯物論、すなわち感性を実践的活動としてはつかまない唯物論が到達する最高のものは、個々の個人たちと市民社会との直観である。

 ふるい唯物論の立場は市民社会であり、あたらしいそれの立場は人間的社会あるいは社会的人類である。

 哲学者たちは世界をいろいろに解釈してきたにすぎない。たいせつなのはそれを変更することである。


流広志『フォイエルバッハ・テーゼをめぐって』

「第一テーゼは、唯物論の対象に、古い唯物論の対象である自然に加えて、感性的人間活動実践、主体を加え、そして、古い唯物論が、「革命的な」、「実践的・批判的な」活動の意義を概念的に把握しないのに対して、対象をその連関すなわち矛盾として掴む弁証法をもって、新たな唯物論を打ち立てる基本的な基準を示したのである」(『情況』09年6月号所収)


『資本論』第2版後記から。

「マルクスにとっては、ただ一つのことだけが重要である。彼がその研究に携わっている諸現象の法則を発見することがそれである。そして、彼にとって重要なのは、諸現象が一つの完成形態をもっているかぎりで、また与えられた一期間のなかで考察される一つの関連のなかに諸現象があるかぎりで、また与えられた一期間のなかで考察される一つの関連のなかに諸現象があるかぎりで、諸現象を支配する法則、このような法則だけではない。彼にとっては、さらになによりもまず、諸現象の変化や発展の法則、すなわち、ある形態から他の形態への移行、関連の一つの秩序から他の秩序への移行が重要なのである。ひとたびこの法則を発見したとき、彼は、この法則が社会生活のなかで現われる諸結果を詳細に研究する。……したがって、マルクスが苦心するのは、ただ一つのこと、すなわち、精確な科学的研究によって社会的諸関係の特定の諸秩序の必然性を論証し、彼のために出発点および支点として役だつ諸事実をできるだけ欠陥なく確定するということだけである。このためには、彼が現在の秩序の必然性を論証すると同時に、この秩序が不可避的に、すなわち人間がそれを信ずるか信じないか、意識するかしないかには少しもかかわることなく、移行せざるをえない他の一秩序の必然性を論証すれば、それでまったく十分なのである。マルクスは、社会の運動を一つの自然史的過程とみなしており、この過程を導く諸法則は、人間の意志や意識や意図から独立しているだけではなく、むしろ逆に人間の意欲や意識や意図を規定するものだと考えている。……もし意識的要素が文化の歴史で果たす役割がこのように従属的なものだとすれば、文化そのものを対象とする批判は、ほかのなににもまして、意識のどれか一つの形態やどれか一つの結果をその基礎とすることはできないということは自明である。すなわち、この批判のためには、観念ではなく、ただ外部の現象だけが出発点として役だつことができるのである。批判は、ある事実を、観念とではなく、他の事実と比較対照することに限られるであろう。この批判にとっては、ただ、両方の事実ができるだけ精確に研究されて、現実に一方が他方にたいして違った発展契機をなしているということだけが重要なのであるが、なかでもとりわけ重要なのは、それに劣らず精確に諸秩序の系列が探求されるということ、すなわち、発展の諸段階がそのなかで現われる連続と結合とが探求されるということである。しかし、ある人は言うであろう。経済生活の一般的な諸法則は同一のものであって、人がそれを現在に適用するか過去に適用するかにはなんのかかわりあいもないのだ、と。これこそ、まさにマルクスの否定するところである。彼によれば、そのような抽象的な法則は存在しないのである。……彼の見解によれば、それとは反対に、歴史上の一つの発展期間を過ぎてしまって、与えられた一段階から他の一段階に移れば、別の諸法則によって導かれるようになる。簡単に言えば、経済生活は、生物学の他の諸領域での発展史に似た現象を、われわれに示しているのである。……古い経済学者たちは、経済的諸法則の性質を誤解していたので、これを物理学や化学の諸法則になぞらえたのである。……諸現象のもっと深い分析は、いろいろな動植物有機体と同じように社会的諸有機体も互いに根本的に違ったものであることを証明した。……じっさい、これらの諸有機体の全体構造の相違、その個々の器官の差異、これらの器官が機能する諸条件の相違などによって、同一の現象がまったく違った法則に従うことになるのである。マルクスは、たとえば、すべての時代、すべての所を通じて人口法則が同じだということを否定する。反対に、彼は、それぞれの発展段階にはそれぞれの固有の人口法則があるということを確言する。……生産力の発展が違うにしたがって、諸関係もそれを規制する諸法則も変わってくる。マルクスは、自分自身にたいして、この視点から資本主義経済秩序を探求し説明するという目標を立てることによって、ただ、経済生活の精確な研究がどれでもっていなければならない目標を、厳密に科学的に定式化しているだけなのである。……このような研究の科学的価値は、ある一つの与えられた社会的有機体の発生、存在、発展、死滅を規制し、また他のより高い有機体とそれとの交替を規制する特殊な諸法則を解明することにある。そして、このような価値を、マルクスの著書は実際にもっているのである。」

この筆者は、彼が私〔マルクス〕の現実的方法と呼ぶものを、このように的確に、そして私個人によるこの方法の適用に関するかぎりでは、このように好意的に、述べているのであるが、これによって彼が述べたのは、弁証法的方法以外のなんであろうか?」(大月文庫版3740頁)。

「私の弁証法的方法は、根本的にヘーゲルのものとは違っているだけではなく、それとは正反対なものである。ヘーゲルにとっては、彼が理念という名のもとに一つの独立な主体にさえ転化させている思考過程なものの創造者なのであって、現実的なものはただその外的現象をなしているだけなのである。私にとっては、これとは反対に、観念的なものは、物質的なものが人間の頭のなかで転換され翻訳されたものにほかならないのである」(同40~1頁)。

「ヘーゲルの弁証法の神秘的な面を私は三〇年ほどまえに、それがまだ流行していたときに、批判した。ところが、私が『資本論』の第一巻の仕上げをしていた…ときに、いまドイツの知識階級のあいだで大きな口をきいている不愉快で不遜で無能な亜流が、ヘーゲルを、…「死んだ犬」として、取り扱っていい気になっていた…。それだからこそ、私は自分があの偉大な思想家の弟子であることを率直に認め、また価値論に関する章のあちこちでは彼に特有な表現様式に媚を呈しさえした…。弁証法がヘーゲルの手のなかで受けた神秘化は、彼が弁証法の一般的な諸運動形態をはじめて包括的で意識的な仕方で述べたということを、けっして妨げるものではない。弁証法はヘーゲルにあっては頭で立っている。神秘的な外皮のなかに合理的な核心を発見するためには、それをひっくり返さなければならない…。/その神秘化された形態では、弁証法はドイツのはやりものになった。というのは、それが現状を光明で満たすように見えたからである。その合理的な姿では、弁証法は、ブルジョアジーやその空論的代弁者たちにとって腹だたしいものであり、恐ろしいものである。なぜならば、それは、現状の肯定的理解のうちに同時にまたその否定、その必然的没落の理解を含み、いっさいの生成した形態を運動の流れのなかでとらえ、したがってまたその過ぎ去る面からとらえ、なにものにも動かされることなく、その本質上批判的であり革命的であるからである」(同41頁)。


エンゲルス『自然の弁証法』

弁証法(連関の科学としての弁証法の一般的な性質を形而上学と対立させて展開すること。―したがって自然および人間社会の歴史からこそ、弁証法の諸法則は抽出されるのである。これらの法則は、まさにこれら二つの局面での歴史的発展ならびに思考そのものの最も一般的な法則にほかならない。しかもそれらはだいたいにおいて三つの法則に帰着する。すなわち、

量から質への転化、またその逆の転化の法則、

対立物の相互浸透の法則、

否定の否定の法則。

これら三法則はすべて、ヘーゲルによって彼の観念論的な流儀にしたがってたんなる思考法則として展開されている。すなわち第一の法則は『論理学』の第一部、存在論のなかにあり、第二の法則は彼の『論理学』のとりわけ最も重要な第二部、本質論の全体を占めており、最後に第三の法則は全体系の構築のための根本法則としての役割を演じている」(国民文庫(1)65頁)。


毛沢東『矛盾論』1937年)

「事物の矛盾の法則、すなわち対立物の統一の法則は、唯物弁証法のもっとも根本的な法則である。レーニンはいっている。「本来の意味からいえば、弁証法とは、対象の本質そのもののうちにある矛盾の研究である」。レーニンは、つねに、この法則を弁証法の本質と呼び、また弁証法の核心とも呼んでいる。したがって、われわれは、この法則を研究するにさいして、どうしても広い範囲にわたらなければならないし、たくさんの哲学問題をとりあつかわなければならない。これらの問題をすべてはっきりさせたら、われわれは根本において、唯物弁証法を理解したことになる。これらの問題とは、二つの世界観、矛盾の普遍性、矛盾の特殊性、主要な矛盾と矛盾の主要な側面、矛盾の二つの側面の同一性と闘争性、矛盾における敵対の地位である」(岩波文庫33頁)。


田辺元『哲学入門』

「…マルクスの物質というのは、もはや機械的な自然的な物質ではない。歴史的な物質、言葉を換えれば、人間の行為を通じて作為されつつあるところの現実の客観的な契機なのである。だからその物質は必然的な運動をなすとともに、同時に人間の自由を媒介契機にしておる物質でなければならない。……エピキュロスの原子が必然の運動をするとともに、いつでも自己を否定して、自己からそれる可能性、すなわち逸脱の可能という偶然性を含んだところの、自己矛盾的自己否定的な物質であるということにならざるをえない。……マルクスの物質もまた、自己自身の中に自己矛盾性、人間の自由な行為を入れておるような物質でなければならない。……物質にして物質でないという弁証法的性格は消滅してしまう……。もしそこに、具体的にマルクスの精神が、単に卒業論文に現われただけでなしに、いま述べたように『資本論』そのものの中にも現われているところの、観念的思考に先だつ人間の行為の突発性、行為の優先性を強調するようなそういうところにあるとするならば、その唯物論という傾向は、同時にいわゆる物質的というものではなくして、単に現実的客観的というものでなければならぬ。それは常に歴史的、したがって人間の自由行為を含んだものでなければならない。言い換えるならば、唯物弁証法ではなくして行為の弁証法でなければならぬ」(筑摩書房1924頁)


アルチュセール『マルクスのために』

「マルクス主義の見地における矛盾の種差的な差異は、矛盾の「不均等性」あるいは「重層的決定」であり、この「不均等性」は矛盾のうちに、その実在条件を反映している。すなわち、つねに-すでに-所与の複合的である全体―それが矛盾の実在である―の種差的な不均等性の(支配関係をもつ)構造を反映している。矛盾は、そのように理解された場合、あらゆる発展の原動力である。置換と凝結は、矛盾の重層的決定に基礎づけられていて、それらは自らの支配の性質により、複合的過程の、つまり、「事物の生成の」実在を構成する諸局面(非敵対的な、敵対的な、そして、爆発的な)を説明する。

弁証法というものが、レーニンがそう言っているように、事物の本質そのものにおける矛盾の概念、つまり、事物の発展とその非発展、事物の出現、事物の変容、事物の消滅の、原理であるならば、われわれは、マルクス主義の立場における矛盾の、こうした種差性の定義を通じて、マルクス弁証法それ自体に到達することになるはずである」(平凡社ライブラリー370頁)。


ヘーゲル『小論理学』

「弁証法の正しい理解と認識はきわめて重要である。それは現実の世界のあらゆる運動、あらゆる生命、あらゆる活動の原理である。また弁証法はあらゆる真の認識の学的認識の魂である。普通の意識においては、抽象的な悟性的規定に立ちどまらないということは、単なる公平にすぎないと考えられている。諺にもLeben und leben lassen(自他ともに生かせという意)と言われているが、これは或るものを認めるとともに、他のものをも認めることを意味する。しかしもっと立入って考えてみれば、有限なものは単に外部から制限されているのはなく、自分自身の本性によって自己を揚棄し、自分自身によって反対のものへ移っていくのである。例えばわれわれは、人間は死すべきものであると言い、そして死を外部の事情にもとづくものと考えているが、こうした見方によると、人間には生きるという性質ともう一つ可死的であるという性質と、二つの特殊な性質があることになる。しかし本当の見方はそうではなく、生命そのものがそのうちに死の萌芽を担っているのであって、一般に有限なものは自分自身のうちで自己と矛盾し、それによって自己を揚棄するのである」(岩波文庫上246頁)

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哲学と格差についての読売記事によせて

 今日の「読売新聞」には、興味深い記事が二つあった。一つは、格差社会では、所得の高低に関わらず、死の危険性が高まるというデータ分析が発表されたというもの。もう一つは、社説で、哲学教育の重要性を説いていることだ。

 格差社会で、所得に関わらず死亡の危険性が高まることについては、ストレスが原因だと、山梨大の近藤尚巳助教授らのデータ分析で明らかになったということだ。それは、「慢性的なストレスが自律神経やホルモンの働きを乱して、免疫機能を下げたり、血圧や血糖値を上げたりするのが原因と考えられている」というという。

 死亡の危険を高めることについては、例えば、ガンで直接死亡するというよりも、治療による免疫低下によって、直接的には肺病で死亡するケースが多いというようなことでもある。記事によると、格差を意識することが強まると、死の危険性が高まるということだ。近藤氏は、「健康を個人レベルだけでなく、社会全体で考える必要性を実証した」と語っているという。しかし、これは、平等というものが、社会的な価値として、意識されているか無意識の内に存在しているからこそ言えることである。あるいは、社会的共同性が、平等ということを含んでおり、現在的に存在し、再生産されていることを共同主観的に反映しているのである。そして、このことは、人々が日常的に意識していることと現実の反映としての自覚的意識がいかに異なるものであるかを示している。つまり、表層的な意識に上らないように誤魔化しても、それは身体に影響を与えるというかたちで、意識として出て来て、作用するということである。そこで、社説の話につながってくる。

 社説は、哲学を「世界の根本原理を追求する学問」とし、「思考力や論理性を徹底的に鍛える哲学教育の推進は海外で大きな潮流となっている」「幸せとは何かといった思春期の子供たちが抱く素朴な問いは、古今東西の哲学思想との出会いにつながる。新しい生命倫理の問題など現代の複雑な課題に向き合う上でも哲学的思索は欠かせない」と述べている。こう言うと、哲学は、西洋の学問であって、日本あるいは東洋ではあまりなじまないように思われる。しかし、仏教は、学派として発展し、唯識論という観念論であり形式論理学であるが、高い水準の論理学を発展させた。中国においても、哲学は古代より発展している。

 前に書いたが、哲学は、共同体の必要事であり、世界を認識し、共同体がその存在を維持、再生産するための必要なものであった。それは、宗教的形態の下にあって、神の事として、つまりは、共同体を神と表象し、その神の言葉として伝えられていた。そこには、農耕にとって必要な知識や天候についての知識、共同体道徳、世界の起源、男女の発生の原因、等々、共同体生活に必要なあらゆる知識が詰め込まれていた。それは宗教儀式を通するなどして世代から世代へ伝えられていた。近代になると、それは宗教への従属から離れた。そこで、多くは個別学問へと分かれていったが、論理学は、哲学固有の領域として残されている。そして、それが他の学問にとっても重要なのは、論理学なしには、個別科学は、実は、真に理解可能なものとはならないからである。

 「晩秋の夜、インターネットやゲームを離れ、哲学書をひもとくのも有意義な過ごし方だろう」という趣味的なものではなく、哲学は、きっちりと学んだ方がいいと思う。そうすると、「格差社会高まるストレス」の姿もよく見えてくるに違いない。 

 

格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増

 

 社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まることが、山梨大の近藤尚己助教らの大規模なデータ分析で分かった。

 社会のきずなが薄れ、ストレスが高まるのが原因らしい。英医師会誌に発表した。

 社会の格差が寿命などに悪影響を与える「健康格差」の報告が最近相次いでいる。慢性的なストレスが自律神経やホルモンの働きを乱して、免疫機能を下げたり、血圧や血糖値を上げたりするのが原因と考えられている。

 近藤助教らは、日米欧などで研究された論文約2800本を調査。その中で信頼性が高いと判断した28本の計約6000万人のデータを解析し、格差が健康に与える影響を検証した。

 その結果、格差の指標となるジニ係数が「格差が広く意識され始める」目安とされる0・3を超えると、0・05上がるごとに、一人一人が死亡する危険性が9%ずつ増えていた。影響はどの所得層や年齢層でも、男女ともに表れた。

 こうした傾向は長期間調査するほど顕著で、1990年以降に格差の影響が目立ち始めたことも分かった。経済協力開発機構(OECD)加盟の先進30か国で、2000年のジニ係数が0・3以上なのは、日本や米国など15か国。貧困の影響ではなく、格差の大きさ自体の影響で死亡する人は、日本(ジニ係数0・314)が年間2万3000人、米国(同0・357)が同88万人で、15か国では同150万人になると、近藤助教らは推計した。

 日本福祉大の近藤克則教授(社会福祉学)は「格差が健康に与える影響については議論もあったが、包括的に検証している。健康を個人レベルだけでなく、社会全体で考える必要性を実証した」と話している。
(2009年11月21日「読売新聞」)

 哲学教育 論理的な思考力を鍛えよう(11月23日付・読売社説)

 「哲学」の語源はギリシャ語の「フィロソフィア」(知恵を愛する)に由来する。

 明治時代の初期、賢哲の明知を愛し希求するとの意味で「希哲学」と訳され、さらに「哲学」と呼ばれるようになって定着した。世界の根本原理を追究する学問だ。

 14歳の少女を主人公とした哲学ファンタジー「ソフィーの世界」が日本でもベストセラーになり、哲学ブームと言われたのは、1990年代半ばのことだった。

 ブームは過ぎ去り、哲学は実用性に乏しい学問と見なされ、多くの大学の教養課程の履修科目から姿を消しつつある。

 しかし、思考力や論理性を徹底的に鍛える哲学教育の推進は海外で大きな潮流となっていることを見逃してはならないだろう。

 幸せとは何かといった思春期の子供たちが抱く素朴な問いは、古今東西の哲学思想との出会いにつながる。新しい生命倫理の問題など現代の複雑な課題に向き合う上でも哲学的思索は欠かせない。

 国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)は哲学教育の推進に取り組んでいる。高校生などを対象とした哲学教育は、欧米を中心に多くの国で導入されつつある。

 フランスでは高校の最終学年で哲学の基本が徹底的に教えられ、大学入学資格試験には哲学の難題が出題される。人間形成の上で大きな影響を受けたと振り返るフランス人も少なくない。

 フィンランドで今年5月に開催された国際哲学オリンピックは、世界22か国から高校生が参加し、宗教や芸術をテーマに哲学論文を書いて競い合った。日本代表も英語で哲学論文に挑み健闘した。

 哲学を広い意味からとらえ直して教育などに生かす試みは、日本でも芽生えつつある。

 東京都世田谷区では文部科学省の教育課程特例校の制度を利用して、すべての区立中学校で独自の教材を用いた哲学の授業に取り組んでいる。

 宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を素材に「生きること」をテーマに考えさせたり、伝統織物を知ることで自然と人間の関係を学習させたりするなど指導に工夫を凝らしている。

 大阪大学臨床哲学研究室は、いくつかの高校と提携し特別授業を実施してきた。喫茶店などで社会人らが自由に討論する「哲学カフェ」も開催しており盛況だ。

 晩秋の夜、インターネットやゲームを離れ、哲学書をひもとくのも有意義な過ごし方だろう。

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オバマ演説について

 アメリカ大統領オバマが来日し、日米首脳会談を行って、APEC首脳会議に向かった。以下は、読売新聞の日本での大統領演説の全文である。

 来日の12日、都内は、厳戒態勢にあったが、その中で、天皇在位20周年記念式典があって、それに対する抗議行動に参加してきた。平日にも関わらず、180名(主催者発表)の人々が集まり、銀座から新橋をデモした。街宣右翼が、集会場の周りを大音量を出しつつ、走り回ったり、、途中、警備によって近づけないまま、なにやらがなり立てたりしていたが、なんということなく無事に行動を終えた。奉祝自体が、それほど世間的に広まりを持てなかった中で、右翼の盛り上がりも欠けていたようだ。かれらは、ただ、お国の敵と闘ってますよという実績を示して、それを機関誌なりに載せて、企業や自治体から金を巻き上げようという類が多いので、かっこうだけやれば、それでいいのだろう。在特会は来なかった。

 この日、来日したオバマ大統領は、13日に、以下の演説をした。懸案の沖縄問題については、具体的なことは何も言われていない。特徴としては、いろいろあるが、その中でも、太平洋国家アメリカという点を強調していることがまずあげられる。

 米国のこの地域への関与は日本に始まるものだが、そこで終わりではない。米国は、大西洋沿いの港や都市の連なりとして始まったのかもしれないが、何世代にもわたる太平洋国家でもあった。アジアと米国は、この大海によって隔てられているのではない。結び付いているのだ。

 ここから、中国、インドなどのアジア重視のオバマ戦略がうかがえる。このことは、間接的に、沖縄の米軍基地のアジア安保における重要性が増すということを示唆していて、米軍基地撤去、負担軽減などを求める沖縄の人々の願いを裏切っている。したがって、ここからは、沖縄の米軍の機能強化という方向が見えたということが言える。

 もう一つは、、オバマ政権の新戦略として、次のような経済政策方針が示されたということである。

米国では、この新戦略の意味は、貯蓄を増やし、支出を減らし、金融システムを改革し、長期的財政赤字や負債を削減することになる。そしてそれは、我々が建造、製造した物を世界中で売る、輸出がより重視されることも意味する。これは米国にとっては雇用戦略ともなる。輸出は、給与のいい数多くの雇用を米国民にもたらす。輸出を少し増やすだけでも、数百万の雇用をもたらす効果がある。こうした雇用で、風力タービンや太陽光パネルから、日常生活で使う技術製品までが製造されている。

 一言で言えば、輸出主導型経済への転換ということである。これは、大転換であって、世界経済の構造を大変化させるものである。私は留保するが、これは、基軸国家論者からすれば、基軸国家の交代を意味する。中国が、アメリカに代わって、世界からの輸入を引き受け、世界の生産・供給の受け入れ、需要国となるということだ。それに伴って、基軸通貨国の地位も、アメリカから中国に移るということだ。しかし、今は、まだ、多極化論もあって、複数基軸的な絵もリアルに想定できる段階にあると思うので、ここは慎重に見ておかないといけないところだと思う。

 オバマは、「新戦略の重要な一部が、世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)で、野心的で均衡の取れた合意を達成することだ。これは単なる合意ではなく、世界中の市場を開放して輸出を増やすものだ。その目標をタイミング良く達成するため、我々はアジアの関係国と協力していく準備があり、地域の貿易相手国を交渉のテーブルに招く所存だ。/我々はまた、アジア地域での継続した経済統合が、すべての国の労働者、消費者、事業者の利益となることを確信している」とのべ、アメリカが輸出主導型経済に移行するにあたって、その供給を受け入れる需要の創造を、世界市場、アジア経済統合による市場拡大という方向で実現しようと述べている。それに対する障がいを取り除くことを、アメリカのアジアでの安保戦略の目標とすることを意味する。それは、沖縄にとって、基地機能強化という方向での米軍再編の下での負担強化となる可能性が高い。他方で、中国がアメリカの戦略にとってもつ重みはいっそう重くなっているのであり、中国の動向に注目しなければならない。

 オバマ大統領は、アジアでの人権向上を訴えた。沖縄の人々の人権、そして、今、在日外国人の人権を軽く見ている日本政府の姿勢、等々、恣意的ではない人権政策が、アメリカに求められているということを是非自覚してもらいたいものだ。

 オバマ大統領演説全文(日本語訳)

 ◆訪日の意義

 ありがとう。(日本語で)アリガトウ。ありがとう(拍手)。おはよう。合衆国大統領として初めてのアジア訪問の最初の訪問地として東京に滞在出来ることを大変光栄に思う(拍手)。ありがとう。これほど大勢の方々に囲まれるのはすばらしいことだ。日本人と、何人か米国人の姿も見えるが(拍手)、両国間の絆(きずな)を強めるために日々努めている方々だ。その中には、私の古くからの友人で新しい駐日大使のジョン・ルース氏もいる(拍手)。

 日本に戻って来ることが出来たのはすばらしい。ご存じの方もいるだろうが、幼い頃、母が私を鎌倉に連れてきたことがある。何世紀にもわたり平和と静寂の象徴だった巨大な青銅の大仏を見上げたものだ。ただ、子どもだった私は、抹茶アイスの方に夢中だったのだが(笑い)。昨晩の夕食会でまたアイスクリームを食べながら、鳩山首相に思い出話を聞いてもらったことを感謝したい(笑い。拍手)。ありがとう。しかし私は、日本の人々が、わが家を遠く離れた幼い米国人少年に示してくれた温かさやもてなしの心は忘れたことがない。

 この訪問でも、同じ精神を感じている。鳩山首相には丁寧な歓迎を受けた。在位20周年を迎えた天皇、皇后両陛下にお会いする大変な名誉にも恵まれた。日本の人々はもてなしを見せてくれた。そしてもちろん、ここへ来たからには、(福井県)小浜(おばま)市民への表敬と感謝の念を表明しないわけにはいかない(拍手)。

 今回の歴訪をここから始めた理由は単純だ。就任以来、私は米国の指導力を刷新して、相互利益と互いの尊敬に基づいて世界に関与してゆく、新しい時代を追求してきた。アジア太平洋地域における我々の努力は、かなりの部分、試練に耐え、新たな活力を与えられた米国と日本の同盟を通じて根付いてゆくのだ。

 私の就任当初から、我々は両国を結び付ける絆の強化に努めてきた。ホワイトハウスに最初に招いた外国指導者は日本の首相だったし、過去50年近くで初めてのこととして、米国務長官ヒラリー・クリントン氏の初外遊先は、日本を起点とするアジアとなった(拍手)。

 今から2か月後、同盟は50周年を迎える。ドワイト・アイゼンハワー大統領が日本の首相の隣に立ち、両国が「対等と相互理解」を下地とする「不朽のパートナー関係」を築きつつある、と述べた日のことだ。

 以来半世紀、同盟は我々の安全と繁栄の基盤として続き、両国が世界1位と2位の経済大国となる一助となってきた。日本は、米国にとって北米以外で第2の貿易相手となった。日米同盟は、イラク復興からアフリカの角(ソマリア)沖での海賊対策、アフガニスタンとパキスタンの民生支援などまで、日本が世界の舞台でより大きな役割を演じ、全世界の安定に重要な貢献を果たす中で発展してきた。最も最近の例では、アフガン、パキスタン両国の開発に向けた国際的な取り組みの増進に当たり、日本は顕著な指導力を発揮している。

 それにも増して、同盟は我々の共通の価値観を反映しているからこそ持続してきた。国民が自由に、自らの手で指導者を選び、自らの夢を実現するという民主的権利を信じているということだ。この信念があったから、変化を約束した鳩山首相と私とが指導者に選出されることが可能だった。我々は共に、新しい世代の指導力を、我々の国民と同盟とに、もたらすつもりだ。

 だからこそ、歴史上重要な今この時、我々2人は、同盟を再確認するだけでなく、深化させることで合意した。沖縄の米軍再編に関する2国間合意の履行のため、合同作業部会を通じて迅速に動くことに合意した。同盟が発展し、将来の状況に適応していく中で、我々は常に、平等と相互理解のパートナー関係という、アイゼンハワー大統領の精神を守ることを目指していくのだ(拍手)。

 ◆太平洋国家

 米国のこの地域への関与は日本に始まるものだが、そこで終わりではない。米国は、大西洋沿いの港や都市の連なりとして始まったのかもしれないが、何世代にもわたる太平洋国家でもあった。アジアと米国は、この大海によって隔てられているのではない。結び付いているのだ。

 我々は歴史により結び付いている。アジアからの移民は米国の建設を助け、幾世代もの米国人が軍務に就き、犠牲を払っては、この地域の安全と自由を守って来た。我々は、繁栄を共有することで結び付いている。(両地域の)貿易と通商には、何百万もの雇用と家族とが依存しているのだ。我々はまた、人々によっても結び付いている。アジア系米国人は、米国民の暮らしのあらゆる面を豊かなものにしており、国家と同様、すべての人々の生活もまた、相互に織り合わされているものなのだ。

 私自身の人生も、その物語の一部だ。私はハワイで生まれ、少年時代をインドネシアで過ごした米国大統領だ。妹のマヤはジャカルタ生まれで、後に中国系カナダ人と結婚した。私の母は、東南アジアの村で10年近く働き、女性たちがミシンを買ったり、教育を受けて世界経済への足掛かりを得られる手助けをしていた。だから、環太平洋地域が私の世界観を形成したのだ。

 その時以来、これほど速く劇的に変化した地域は恐らくないだろう。統制経済は開放された市場に取って代わられた。独裁は民主主義に変わった。生活水準は向上し、貧困は急減した。こうした変化を通じて、米国とアジア太平洋地域の運命は、かつてないほど密接につながれている。

 すべての人、すべての米国人に知ってもらいたいのは、この地域で起こることが我々の国内での生活に直結し、この地域の将来が我々の利害にもかかわるということだ。我々はこの地域で盛んに商売し多くの商品を買っている。この地域で我々は、自国商品の輸出を増やし、それによって自国の雇用も創出することが出来る。この地域での核軍拡競争の危険が世界の安全を脅かしている。そして、過激派が偉大な宗教を汚し、アジアと米大陸双方への攻撃を計画している。アジア太平洋の新興国と途上国抜きでは、エネルギー安全保障や気候変動の課題も解決できない。

 これら共通の課題に対処するため、米国は従来の同盟関係を強化し、地域各国と新たな協力関係作りを検討している。実現に向け、日本や韓国、オーストラリア、タイ、フィリピンとの条約を通じた同盟に期待している。同盟とは過去の歴史文献ではなく、我々が共有する安全保障の土台となる永続的な約束だ。

 こうした同盟は安全と安定の基盤であり続け、この地域の国家や国民が、私の少年時代の初訪日当時には思いもつかなかった好機と繁栄を追求するのを可能にしている。米軍が世界で二つの戦争に携わっている間も、米国の日本やアジアの安全保障への責任は揺るがない(拍手)。それは何より、私が誇りとする若い男女米兵を我々がこの地域に展開させていることで明らかだろう。

 今我々は、アジア太平洋地域や、さらに広い世界で、一層大きな役割を果たそうとしている新興国に期待している。民主主義を導入し、経済を発展させることで自国民の偉大な可能性を引き出した、インドネシアやマレーシアのような国々だ。

 ◆中国

 米国は、21世紀には、ある国の安全保障と経済成長が他国の犠牲の上に成り立つ必要はない、という観点から、台頭する諸国に目を向けている。私は、米国が中国の台頭をどう見るか、という問いかけを多くの人が行っていることを承知している。すでに述べた通り、相互に結びついている世界では、一方の力が増せば他方の力が減るというゼロサム・ゲームに陥る必然性はない。国々は、他国の成功を恐れる必要もない。勢力範囲を競い合うのではなく、協力出来る範囲を開拓することが、アジア太平洋の発展につながる(拍手)。

 あらゆる国に対してと同様、米国は中国に対し、自国の利益に焦点をあてながら接していく。まさにこのため、相互の関心事で中国との実務協力を求めることは重要だ。21世紀の課題に単独で対処できる国はなく、米国と中国も、課題に共同で対処することで、より良い結果を得られるからだ。だから、我々は中国が世界の舞台でより大きな、成長する経済と応分の責任を果たせる役割を担おうとしていることを歓迎する。中国の協力が、我々の経済回復の取り組みに重要なことは明らかになっている。中国はアフガニスタンとパキスタンにおける安全と安定を増進させた。そして、地球規模の不拡散体制に関与し、朝鮮半島の非核化の追求を支持している。

 だから、米国は中国の封じ込めは目指さない。また、中国との関係強化が、米国と他の国との同盟の弱体化につながることはない。逆に、強力で豊かな中国の興隆は、国際社会の強さの源となりうる。

 従って、北京でもどこでも、我々は米中間の戦略・経済対話を深め、軍同士の意思疎通を改善していく。もちろん、米中両国はすべての問題で合意することはないだろう。米国は、すべての人々の宗教と文化の尊重を含んだ、我々がいとおしむ基本的価値観を訴えることをためらいはしない。人権や人間の尊厳への支持が、米国に根付いているからだ。だが、我々は憎悪でなく、協力の精神で議論を進めていくことができるだろう。

 我々の2国間関係に加えて、多国間組織の発展で、この地域の安全保障と繁栄を前進させられると信じる。私は、米国が近年、こうした組織の多くと距離を置いてきたことを承知している。だから私ははっきり申し上げたい。そうした時代は過ぎた。アジア太平洋国家として、米国は、この地域の将来を形作る議論に加わり、適切な組織が発足・発展した際には全面的に参加できることを期待している(拍手)。

 それが、今回の旅で私が着手する作業だ。アジア太平洋経済協力会議(APEC)は、地域の通商や繁栄を推進していくもので、私は今夜からの会議参加を待望している。東南アジア諸国連合(ASEAN)は東南アジアでの対話や協力、安全保障を促進する触媒であり続けるし、私は10人のASEAN指導者すべてと会談する最初の米大統領となるのを楽しみにしている(拍手)。米国は、東アジアサミットが時代の課題に取り組む役割を担う中で、より正式に関与して行きたいと望んでいる。

 我々がこうした関与の深化や拡大化を追求するのは、我々すべての将来がここにかかっているためだ。ここで少し、我々の将来がどのようなものになり、我々が繁栄や安全保障、普遍的な価値観や希望を促進するために何を行うべきかを話したい。

 ◆経済

 まず最初に、我々は経済の回復を確かなものにし、バランスがとれて持続可能な成長を追求しなければならない。

 アジア太平洋諸国やその他各国が講じた、迅速で前例のない、調和のとれた行動によって、経済の破滅が回避され、過去数世代で最悪の経済危機からの脱却が可能となった。そして我々は、国際的な経済構造改革への歴史的一歩を踏み出しており、世界20か国・地域(G20)は、経済協力の最も重要な議論の場となっている。

 G20への移行と、国際的な金融機関でのアジア各国の発言力の高まりこそ、米国が21世紀に目指す、より幅広く包括的な参加の枠組みを実地に示すものだ。日本は、主要8か国(G8)の主要メンバーとして、国際的な金融の枠組みを形成していく中で、これまでと同様これからも重要な役割を担うことになるだろう(拍手)。

 今、我々は、経済回復の入り口に差しかかっており、その回復を持続可能なものにしなければならない。今回の世界的景気後退を招いた、急激な上昇と下降を繰り返す経済サイクルにただ戻るというわけにはいかないのだ。こうした不均衡な成長をもたらした政策を繰り返すことはできない。今回の景気後退の重要な教訓のひとつは、もっぱら米国の消費者とアジアの輸出に成長を依存することの限界だ。米国人が自分たちが大きすぎる負債と失業を抱えていると気付いた時、アジアからの産品への需要は急速に下がった。需要が激しく下降すれば、この地域からの輸出も一気に下がる。この地域の経済はあまりに輸出依存のため、成長が止まってしまった。そして世界的な景気後退は深まるばかりだった。

 我々は今、異なる道を取ることが出来るという、歴史的にも数少ない転換点にさしかかっているのだ。それは、我々が米ピッツバーグでのG20首脳会議で誓った、均衡のとれた経済成長のための新戦略を追求することから始めなければならない。

 シンガポール(APEC会議)でもっと詳しく話すが、米国では、この新戦略の意味は、貯蓄を増やし、支出を減らし、金融システムを改革し、長期的財政赤字や負債を削減することになる。そしてそれは、我々が建造、製造した物を世界中で売る、輸出がより重視されることも意味する。これは米国にとっては雇用戦略ともなる。輸出は、給与のいい数多くの雇用を米国民にもたらす。輸出を少し増やすだけでも、数百万の雇用をもたらす効果がある。こうした雇用で、風力タービンや太陽光パネルから、日常生活で使う技術製品までが製造されている。

 アジアにとっては、より良い均衡を達成することで、特筆すべき生産性向上により可能となっていた質の高い生活水準を労働者や消費者が満喫する機会が生まれる。住宅や社会基盤、サービス分野への投資も増加出来るようになる。均衡のとれた世界経済によって、繁栄はより遠くまで届き、より深みを増していく。

 過去数十年、米国は、世界で最も開かれた市場の一つを提供してきた。前世紀を通じて、開かれた市場は、この地域の多くの国々や他の国々の成功に寄与してきた。新しい時代に入り、世界中の他の市場を開放することが、米国だけでなく世界の繁栄にとっても重要となる。

 新戦略の重要な一部が、世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)で、野心的で均衡の取れた合意を達成することだ。これは単なる合意ではなく、世界中の市場を開放して輸出を増やすものだ。その目標をタイミング良く達成するため、我々はアジアの関係国と協力していく準備があり、地域の貿易相手国を交渉のテーブルに招く所存だ。

 我々はまた、アジア地域での継続した経済統合が、すべての国の労働者、消費者、事業者の利益となることを確信している。我々は韓国の友人と共に、同国との貿易協定に必要な作業を続ける。米国はまた、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加する国々と共に、幅広い参加国の顔ぶれと21世紀の貿易協定にふさわしい高い水準を持つ地域協定を目指した取り組みを続ける。

 連携して取り組むことこそ、我々が経済回復を維持し、共通の繁栄を進める方法だ。だが、均衡のとれた成長を追求するだけでは十分ではない。我々には、我々の惑星と、そこで暮らす未来の世代にとっても持続可能な成長が必要だ。

 ◆気候変動対策

 米国は(私の就任以来)、気候変動に関して、これまでにない多くの対策を講じてきた(拍手)。最新の科学を取り入れ、新エネルギーに投資し、効率を上げ、新しい連携を作りだし、気候変動を巡る国際交渉にも関与してきた。米国は、この分野でもっとなすべきことがあるのを理解している。だが、責任を果たしており、今後もそうして行く。

 責任には、コペンハーゲン(12月の気候変動枠組み条約第15回締約国会議=COP15)での成功に向けた努力も含まれる。それが容易であるといった幻想は抱いていないが、進むべき道は明らかだ。すべての国々はその責任を受け入れなければならない。我が国も含め、主要排出国は、明確な削減目標を持たなければならない。発展途上国も、資金や技術面での支援を受けながら、排出削減に効果的な対策を講じることが必要になる。そして国内対策では、透明性や説明責任が必要とされる。

 我々一人一人が、我々の惑星の環境を破壊せずに経済を成長させるために出来ることをしなければならず、それを一緒に行わなければならない。良い知らせは、適正なルールを設け、動機付けを行うことができれば、最高の科学者や、技術者、起業家の創造力を発揮させられるということだ。それは、新たな雇用や事業、全く新しい産業へとつながっていく。そして日本はこの分野では先端にいる。この重要な地球規模の目標達成に向け、あなたたちの重要なパートナーとなることを楽しみにしている(拍手)。

 ◆ミャンマー

 自由と尊厳の希求は、すべての人の生き方を形作るものだ。人類には、考えを述べたり指導者を選んだりする自由や、情報に接する能力、望むような形で礼拝を行うこと、法の支配への信頼、公正な司法行政など、共有するいくつかの理想があるからだ。これらは安定を阻害するものではなく、安定の礎である。我々は常に、これら諸権利を求める人々の側に立つ。

 例えば、ビルマ(ミャンマー)に対する我々の新しいアプローチを導いているのもこうした真理だ。ミャンマーに対しては、米国による制裁、他の諸国による関与のいずれも国民の生活向上にはつながらなかった。そこで我々は今、(軍事政権の)指導部との直接協議に乗り出し、民主改革に向けた具体的な措置がない限りは現在の制裁は継続することを明確に伝えた。我々は、統一され、平和的で繁栄し、民主的なミャンマーを支援する。ミャンマーがこの方向に進めば、米国との良好な関係は可能だ。

 取るべき措置としては、(民主化指導者)アウン・サン・スー・チーさんを含む全政治犯の無条件解放、少数民族との紛争終結、政府と民主化勢力、少数民族が将来構想を共有するための真の対話がある。ミャンマー政府はこうした道をたどることで、国民のニーズに応え、国に真の安全と繁栄をもたらすことができる(拍手)。

 ◆結び

 米国はこうした措置を通じてアジア・太平洋での繁栄と安全、人間の尊厳を向上させていく。日本は常に、地域における米国の取り組みの基軸であり続け、米国は日本との緊密な友好関係を通じ行動する。私がきょう述べた関与の拡大を通じ、我々はパートナーとして行動する。米国は、この地域で人格の一部が形作られた大統領を持つ国であり、太平洋国家として行動する。米国は、50年近くにわたって日本国民との絆を導いた共通の目的意識を基に行動する。

 こうした絆の形成は、前世紀半ば、太平洋地域の戦火が鎮まったしばらく後にさかのぼる。日本がその後、世界が目にした中で最も速くて力強い経済成長、いわゆる「日本の奇跡」を果たしたのは、国民のめざましい回復力と勤勉さに加え、日本の安全と安定に対する米国の関与があったからだ。

 この奇跡はそれから数十年間の間に地域全体へと拡大し、たった1世代で数百万人の生活と運命が、永久に良い方向へと変わった。こうした進歩は、ようやく手にした平和によって支えられ、拡大を続けるこの巨大な地域の国々を束ねる、相互理解という新たな懸け橋によって、強化されてきた。

 米国は、今後もなさねばならない任務がまだあることを知っている。科学技術の急発展が、太平洋の両岸での雇用創出や地球温暖化からの安全保障につながるために。危険な兵器の拡大の流れを逆転させ、分断された半島の南側の人々を恐怖から解放し、そして北側の人々を欠乏と無縁に生きられるようにするために。若い女性が、その肉体ではなく精神によって評価され、あらゆる場所にいる若者たちが能力と意欲と選択次第でどこまでも伸びていけるように。

 いずれも簡単に実現できることではないし、挫折や苦難もあろう。だが、奇跡を果たしたこの地域の歴史は、(世界の)再生の時代において、こうしたことが可能であることを我々に示している。これこそが米国の基本方針であり、日本や地域の国々、国民との共通の目的なのだ。明確に述べておきたい。太平洋地域出身の初の米国大統領として、私は、この太平洋国家(である米国)が、死活的に重要なこの地域における指導力を強化し、持続させていくことを約束する。

 ありがとう(拍手)。
(2009年11月14日 読売新聞)

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「11月3日に考えたこと」の補足

 「11月3日に考えたこと」の若干の補足です。

 マルクス・エンゲルスの「ドイツ・イデオロギー」の序文にはこんなくだりがある。

 あるときひとりの感心な男が、人々が水におぼれるのはただかれらが重力の思想にとりつかれているからだと想像した。もしもかれらが、この観念を迷信的な観念だとか宗教的な観念だとか宣言でもして頭におかなくなれば、かれらはどんな水難にも平気でいられるであろう、と。一生涯かれはこの幻想とたたかった。重力の思想の有害な結果についてはどの統計もあらたな数おおくの証明をかれにあたえたのだった。この感心な男こそドイツのあたらしい革命的な哲学者たちの典型だったのである(岩波文庫版)

 なお、この部分は、合同新書版にはない。

 ある思想だの観念だのが人々をとらえ、その人を行動に導くには、意志を呼び起こさねばならない。それがたとえ幻想であろうともである。つまり、ドン・キホーテみたいに。しかし、ドン・キホーテを笑うだけではすまないのは、マルクスが言うところの物象化ということがあるからだ。例えば、貨幣は、今では、単なる印刷物に過ぎないが、それを支えているところの社会諸関係によって価値とされており、しかもその基礎には生産関係があるために、たとえ、頭でそういうものだと認識しても、ただちになくすことはできないのである。この物的土台を変革しなければならないのである。では、この変革しなければいけないという意志はどこから生まれるのか。生産関係の矛盾からである。つまりそれがその対立関係の中で動いているところの階級矛盾からである。それを反映するのである。

 そういう類のものは他にもあって、ジョン・レノンのイマージンという曲では、国境のない状態や戦争のない社会を想像してごらん、そうすれば解放されるよといったことが歌われている。なぜ、そういうことを想像すると心地よく、解放感を感じるのだろうか。そういうものに抑圧感を感じているからだ。

 この社会で賃労働していると楽しくないしプレッシャーを感じるのは、そこでの関係に抑圧性があるからだ。レノンにならって言うと、窓の外の通りを、賃労働の廃止と叫ぶデモ隊が通るのを想像してごらん、心地よいだろう、ということ。そうして解放感を感じたら、やっぱり、賃労働で抑圧があると思って間違いないだろう。ここまでは、感覚で把えられるが、それから先は、推理によって進むことが出来る。そういう状態からの解放のために、娯楽でごまかしても一時しのぎでしかないから、例えば、賃上げ闘争というのをしてみる。そのために労組という形態で団結したとして、その場合に、仲間との連帯感があり、それも抑圧からの解放感をもたらすだろう。でも、賃上げはうまくいかないかもしれないし、意見対立などから、仲間割れが起きるかも知れない。でも、その前の解放感の記憶は残る。こうしてこの解放感を手がかりにして、次の解放を求める行動が可能である。もちろん、そうしないことも可能だ。

 では、理論の役割は何か? これは一言で言えば、行く先や足下を照らすライトである。それ以上のものとして理論崇拝に陥ると、上の重力にとりつかれた男のようになってしまう。近代哲学の祖デカルトは、まず感覚を疑えと言って、それでも考える我(コギト)だけは疑えない確実なものだと言った(コギト・エルゴ・スム)。考える我とは理性のことだ。だから、これは理性我と言ってもいいのだが、近代の問題性もずいぶん深まったし、それについての自覚も広く生み出されている。近代は、同時に資本主義の時代である。新たな主体を問うている思想家もいる。近代的な主体、コギト、我=人間=理性というのもくたびれてきた。近代は、この我に私的所有者としての責任主体性を与えたのだった。しかし、共有制は同時に存在してきた。共有地、株式会社、入会地、マンションなどの建物の共有分、夫婦・家族の共有財産、等々。コギトは、この世の全てを我の手にと言う。しかし、この世のすべては誰のものでもない、みんなのものだとイメージすると、心地よい。

 唯物論は、感覚を認識の基礎に据えることで、こうした理性我を疑う。そうして見えてくるもの、そこに真実への接近過程があるということを感じるのである。

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11・8鳩山とオバマにモノ申す!普天間基地を即時閉鎖し、辺野古新基地を断念せよ!行動報告

 11・8鳩山とオバマにモノ申す! 普天間基地を即時閉鎖し、辺野古新基地を断念せよ!デモに参加した。

 とはいえ、地下鉄乗り越してしまい、着いた時は、もうデモが水谷橋公園を出たところだった。

 多種多様な人々、約500人が集まって、三線の演奏を先頭に、銀座の街を、日比谷公園入り口あたりまで、元気にデモ行進した。

 今、鳩山政権では、沖縄の普天間基地の辺野古移設問題をめぐって、内部でぎくしゃくしていて、周知のとおり、先日は、岡田外相が、普天間基地の嘉手納基地への移設案を口にして、それが沖縄からの反発を受けたばかりです。その沖縄では、米軍基地の県内移設反対などを要求する県民集会が開かれた。途中、入ってきた情報で、約2万1千名の参加である。

 デモ解散後、アメリカ大使館に申し入れ行動に向かった。しかし、そのはるか手前の舗道上で、警官隊に行く手を阻止され、少数代表の申し入れしか認められなかった。そこで、2時間ほど、リレートークをしながら待つことになった。

 13日のオバマ来日、日米首脳会談で、沖縄の基地問題は一つの焦点となる可能性が高いが、こうした異常対応は、日本政府のこの問題に対して神経質になっていることをうかがわせた。周囲は、機動隊・警官隊を乗せた装甲車両がずらりと並んでいた。4人ずつに分けられての申し入れで、時間がかかったようである。冬が近づく薄暗くなる中で、多くの行動者たちは、進路をふさぐ警察への怒りと沖縄に基地を集中して、アフガニスタンなどへの侵略戦争を続けるオバマ政権に対する怒りを合わせ、さらに、煮え切らない態度でぶれ続ける鳩山政権に対する不満を抱きつつ、申し入れ者たちの帰りを待ち続けた。そして、申し入れ団の到着と報告を受け、当日の行動を無事終了し、沖縄の2万1千の県民集会参加者と連帯して、さらなる闘いの決意を固めたのである。

 沖縄は、米ソ冷戦終了後も、ずっと、日米安保の負担を押しつけられている。民主党の県外移設案は、アメリカ側の強硬な反対にあって、挫折するかいなかの岐路にあって、どうなるのか難しいところに来ている。オバマ政権の東アジア安保政策には今のところ基本的な変化はなく、従来通り、沖縄をその要の位置に据えているのであって、そのため、普天間基地の辺野古移転も、基地機能強化が狙いであって、沖縄の軍事的負担軽減のためなどではないのである。それを変える気がないということは、先のゲーツ国防長官の来日の際の発言などで明らかになっている。民主党鳩山政権は、先の所信表明演説では、少しだけ、しかも極めて抽象的一般的に触れたにすぎない。態度がはっきりしないところに、危惧を感ぜざるをえないわけである。

 95年の沖縄県民大会に示された沖縄の意志は踏みにじられ続けている。それを本土側が放置し続けることは許されないという思いで、こうして、沖縄県民集会と連帯して、デモとアメリカ大使館申し入れ行動が取り組まれたのである。申請人数に対して、行動参加者が多いというのが、警察側の阻止の理由だった。しかし、公開で呼びかけたデモである。正確に数を規制するなどということは不可能である。このところ、各種集会デモは、主催者の予想を超えることが多くなってきており、しかも、土日となると、何本も重なることが多くなっている。これも、近年の変化である。沖縄問題については、さらに、大きな行動が予定されている。

 

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11月3日に考えたこと

 なぜ、マルクス(おそらくレーニンもまもなく復活するものと私は思っていますが)は復活してくるのか。

 一つの答えは、それ以外に、資本主義の現実を明確に理解できる手がかりを与えるものがないからである。思想や理論は、いくらでも構成できるけれども、我々の感覚は、それが現実をしっかりととらえたものかどうかを、キャッチする。つまり、その理論、あるいは、言葉に対して、なんとなく違うぞと感覚が示すのである。それに対して、イデオローグ、あるいは、インテリなどは、思想だの発想だのが、人間を動かすと思い込んでいる。これは完全に妄想であり、マルクスは、『ドイツ・イデオロギー』で、そういう妄想を徹底的に批判している。それは唯物論によって行われるわけだけれども、そこで、イギリスの唯物論などを評価している。つまり、ベンサムの功利主義などを。しかし、実は、ベンサムの功利主義は、功利主義的人間神話を作り上げただけであり、それを普遍性と信じて、しかもそれをキリスト教道徳と一致するものだとしただけである。功利主義的人間は、物的欲望を動機として、個人にとってもっとも効用のあるものを意志によって選択するという行為基準で動いているとされる。その場合に、その達成が幸福と呼ばれている。しかし、これらは、感覚的なものなので、個別的具体的なものである。それは、当然にも、他者とぶつかることになる。欲望と欲望が激突し、幸福欲を満たすための物的手段の獲得競争が起きて、争いが起こる。それを調節するのが、市場であって、高い値段を払ったものが財を獲得できるということになっている。しかし、財を得られなかった方は、不満が残る。それを鎮めるために、法律や道徳や規則が作られ、それを破る者には、刑罰が加えられる。しかし、市場において勝者となる金持ちは、どのようにして金を貯えたか? 労働者が働いて生み出した剰余価値を搾取することによってである。単純に言えば、そういうことだ。ちなみに、マルクスは、ベンサム主義を批判しているのであって、別に評価しているわけではない。ベンサム流の唯物論は、それなりに資本主義の現実の現象をある程度はリアルに写しているという点を指摘しているだけである。

 一方に、市場において勝者である大金持がいて、この人達が同時に社会の権力者でもある。この人達の不満は、労働者がもっと働いて、自分たちの獲得する富を増やしてくれないということに向けられる。それに対して、貧しい者の不満は、自分の望む幸福を実現するための物的手段、財を容易に手に出来ないことである。大金持ちというのは、物的な手段を多く握っているだけではなく、精神的な手段も多く獲得しようとする。そして、共産主義者などの自分たちへの批判者たちを精神的に屈服させようともする。そのために金を使う。しかし、労働者の感覚は言う。かれらを信用するな、なんかくさいぞ。でも、腹が減っては戦は出来ないから、栄養になるものはいただきましょうとかとかね。金持ちは、自分が金の力を信奉しているものだから、それが、自分たちの支配の及んだ証拠であり、精神的思想的な勝利の証だと思い込んだりする。しかし、マルクス主義的唯物論者から見ると、あるいは弁証法的に見ると、それは、資本家が自分達をやがてうち倒すだろう敵を育んでいるのにすぎないのである。これが本当だということは、幾多の歴史事例が示しているのだけれども、そんな事実も、見えないようになっているのである。『コーラン』によると、アラーの神は、自分たちの敵に対する罰として、目を見えないようにするという比喩を語っているそうだ。要するに、われわれに逆らうのは、かれらが理解力を閉ざされているからだと言うのである。

 この間、アメリカで起きたことも、日本で起きたことも、そのことを証している。市場の「見えざる手」は、調和の神ではなく、暴風の神、雷神・風神、スサノオの類であったことが再びあらわになってしまったのである。歴史の針を逆戻しすることはやっぱり不可能だったのだ。そこで、福祉国家という選択肢が呼び出されているのであるが、現にある福祉国家は、自由主義との折衷である。しかし、グローバリゼーションの嵐の中で、多くの国が福祉国家の方に押しやられているのである。あのフランス大統領のサルコジですらそうなのだ。これはマルクス主義経済学の用語で言えば、国家独占資本主義的な方向である。アメリカのオバマ政権も、そうした方向に向かう傾向を示している。レーニンの「さしせまる破局とどう闘うか」などの1917年革命直前に書かれたものに示されたような状況に似てきたわけである。もちろん、当時のロシアと、今の、例えば、アメリカの状況は違いがあって、それがそのまま当てはまるというわけではない。大きい違いがあるが、それでも傾向としてはそういうことなのだ。この間、一つ、はっきりしたのは、デヴィド・ハーヴェイが言うように、この間、市場は、国家権力によって強制的に創出されたものであり、それによって、階級権力が強化されたということである。結局、新自由主義は、多くの人にとって、自由も豊かさも安定も福祉の向上も、幸福の増進ももたらさなかった。それを多くの人々が感じたから、同時に、市場主義を救いの神のように宣伝し、広めた、ご立派な学者やマスコミやイデオローグや政治家たちに対する不信、不満、怒りなどの感情もまた広まっている。感覚、感情が、なかなか言葉化されないものであることから、この蓄積は、身体的な爆発として突如として表面化し、表現されるということは、しばしばあることだし、歴史的にもいくらでも事例がある。しかし、それは、目に見えるものから、推理によって、ある程度は、探っていくことができる。もちろんそれは適当な思いつきやたんなる妄想であってはならない。だからこそ、エンゲルスは、論理学、弁証法の研究の必要を強調しているわけだ。

 先日、11月3日に、「持たざる者」国際連帯行動に行き、夕方のブッシュ抗議行動にも行ってきた。「持たざる者」の方のデモでは、明治神宮前を通るときに、街宣右翼が待ち構えていて、差別的な言葉や罵詈雑言を、大音量で、浴びせられた。おそらく、厳密には騒音条例違反に達するほどだが、それは、見逃された。「持たざる者」に対して、怠け者とか社会のくずとか、フランスのサルコジが、移民暴動の際に、移民に対して投げかけた言葉と同じことを叫んでいる。街宣右翼の多くは、企業や自治体から金をむしり取ったり、かれらの源流である岸元首相がアメリカからもらった金などで、やってるような類が多い。かれらは、自分たちの利害のためにやっているので、自分が損をするようなことはしないから、大したもんじゃないけれども、「在日の特権を許さない会」などの方は、それとは違っている。かれらは、左翼的なスタイルとやり方を取っている。中心的イデオローグの一人の西村なる人物は、どうも元新左翼党派の活動家らしい。元左翼という右派は、ちょこちょこいる。とにかく、運動スタイルが、左翼に似ているというのが違う。ビデオで見ると、若い女性が、宣伝カーに乗って、柔らかな語り口で、アピールしたりスローガンをコールしているのも、似ている。音声がなく、旗が日の丸でなくて、赤旗だったら、左翼系の集会デモと見分けがつかないのではないだろうか。これは、やはり、ファシズム的な特徴と言えるだろう。もう一つ、かれらは、街宣右翼が反共親米なのに対して、反米右翼的な主張を持っているという特徴がある。かつて、小林よしのりは、単に、自分の本を売ることによって、そのデタラメな主張を広めようとした。運動は、右派新興宗教団体や青年商工会議所、つまりは、自民党の支持基盤が担った。かれらが彼の本をいっぱい買ってブームを作った。「在特会」は、どうなのか、まだ見えていないことが多いが、物的な支援がどこかからあるのではないか。

 「持たざる者」国際連帯行動の方は、約150人の結集。韓国からの労働組合活動家のアピールもあり、なかなか充実していたと思った。ブッシュ来日抗議行動は、緊急で、やはり150人ほどで、後楽園でのブッシュと小泉元首相の始球式をターゲットに、後楽園を回ってのデモだった。フリーター労組系のサウンド・デモで、在任中、ほぼイラクなどでの戦争に明け暮れたブッシュ元大統領とそれを支持・追随し続けた小泉を糾弾した。

 いずれにしても、かれらの差別排外主義扇動は、危険であり、許し難いものだ。かつて、自由民権運動は愛国主義運動化して、日露戦争後、増税などで不満を抱く民衆を扇動して、日比谷焼き討ち事件を起こした。時代が大きく動いているし、それだけ、未来は不透明化しており、漠然とした不安感、閉塞感などに襲われている人々に、差別排外主義と戦争の方向での希望か、それとも、別の社会変革の希望か、そういう選択肢がリアルに突きつけられつつあるようだ。後者こそ、人々を希望ある未来、そして幸福へと導く道である。

 

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