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哲学と格差についての読売記事によせて

 今日の「読売新聞」には、興味深い記事が二つあった。一つは、格差社会では、所得の高低に関わらず、死の危険性が高まるというデータ分析が発表されたというもの。もう一つは、社説で、哲学教育の重要性を説いていることだ。

 格差社会で、所得に関わらず死亡の危険性が高まることについては、ストレスが原因だと、山梨大の近藤尚巳助教授らのデータ分析で明らかになったということだ。それは、「慢性的なストレスが自律神経やホルモンの働きを乱して、免疫機能を下げたり、血圧や血糖値を上げたりするのが原因と考えられている」というという。

 死亡の危険を高めることについては、例えば、ガンで直接死亡するというよりも、治療による免疫低下によって、直接的には肺病で死亡するケースが多いというようなことでもある。記事によると、格差を意識することが強まると、死の危険性が高まるということだ。近藤氏は、「健康を個人レベルだけでなく、社会全体で考える必要性を実証した」と語っているという。しかし、これは、平等というものが、社会的な価値として、意識されているか無意識の内に存在しているからこそ言えることである。あるいは、社会的共同性が、平等ということを含んでおり、現在的に存在し、再生産されていることを共同主観的に反映しているのである。そして、このことは、人々が日常的に意識していることと現実の反映としての自覚的意識がいかに異なるものであるかを示している。つまり、表層的な意識に上らないように誤魔化しても、それは身体に影響を与えるというかたちで、意識として出て来て、作用するということである。そこで、社説の話につながってくる。

 社説は、哲学を「世界の根本原理を追求する学問」とし、「思考力や論理性を徹底的に鍛える哲学教育の推進は海外で大きな潮流となっている」「幸せとは何かといった思春期の子供たちが抱く素朴な問いは、古今東西の哲学思想との出会いにつながる。新しい生命倫理の問題など現代の複雑な課題に向き合う上でも哲学的思索は欠かせない」と述べている。こう言うと、哲学は、西洋の学問であって、日本あるいは東洋ではあまりなじまないように思われる。しかし、仏教は、学派として発展し、唯識論という観念論であり形式論理学であるが、高い水準の論理学を発展させた。中国においても、哲学は古代より発展している。

 前に書いたが、哲学は、共同体の必要事であり、世界を認識し、共同体がその存在を維持、再生産するための必要なものであった。それは、宗教的形態の下にあって、神の事として、つまりは、共同体を神と表象し、その神の言葉として伝えられていた。そこには、農耕にとって必要な知識や天候についての知識、共同体道徳、世界の起源、男女の発生の原因、等々、共同体生活に必要なあらゆる知識が詰め込まれていた。それは宗教儀式を通するなどして世代から世代へ伝えられていた。近代になると、それは宗教への従属から離れた。そこで、多くは個別学問へと分かれていったが、論理学は、哲学固有の領域として残されている。そして、それが他の学問にとっても重要なのは、論理学なしには、個別科学は、実は、真に理解可能なものとはならないからである。

 「晩秋の夜、インターネットやゲームを離れ、哲学書をひもとくのも有意義な過ごし方だろう」という趣味的なものではなく、哲学は、きっちりと学んだ方がいいと思う。そうすると、「格差社会高まるストレス」の姿もよく見えてくるに違いない。 

 

格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増

 

 社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まることが、山梨大の近藤尚己助教らの大規模なデータ分析で分かった。

 社会のきずなが薄れ、ストレスが高まるのが原因らしい。英医師会誌に発表した。

 社会の格差が寿命などに悪影響を与える「健康格差」の報告が最近相次いでいる。慢性的なストレスが自律神経やホルモンの働きを乱して、免疫機能を下げたり、血圧や血糖値を上げたりするのが原因と考えられている。

 近藤助教らは、日米欧などで研究された論文約2800本を調査。その中で信頼性が高いと判断した28本の計約6000万人のデータを解析し、格差が健康に与える影響を検証した。

 その結果、格差の指標となるジニ係数が「格差が広く意識され始める」目安とされる0・3を超えると、0・05上がるごとに、一人一人が死亡する危険性が9%ずつ増えていた。影響はどの所得層や年齢層でも、男女ともに表れた。

 こうした傾向は長期間調査するほど顕著で、1990年以降に格差の影響が目立ち始めたことも分かった。経済協力開発機構(OECD)加盟の先進30か国で、2000年のジニ係数が0・3以上なのは、日本や米国など15か国。貧困の影響ではなく、格差の大きさ自体の影響で死亡する人は、日本(ジニ係数0・314)が年間2万3000人、米国(同0・357)が同88万人で、15か国では同150万人になると、近藤助教らは推計した。

 日本福祉大の近藤克則教授(社会福祉学)は「格差が健康に与える影響については議論もあったが、包括的に検証している。健康を個人レベルだけでなく、社会全体で考える必要性を実証した」と話している。
(2009年11月21日「読売新聞」)

 哲学教育 論理的な思考力を鍛えよう(11月23日付・読売社説)

 「哲学」の語源はギリシャ語の「フィロソフィア」(知恵を愛する)に由来する。

 明治時代の初期、賢哲の明知を愛し希求するとの意味で「希哲学」と訳され、さらに「哲学」と呼ばれるようになって定着した。世界の根本原理を追究する学問だ。

 14歳の少女を主人公とした哲学ファンタジー「ソフィーの世界」が日本でもベストセラーになり、哲学ブームと言われたのは、1990年代半ばのことだった。

 ブームは過ぎ去り、哲学は実用性に乏しい学問と見なされ、多くの大学の教養課程の履修科目から姿を消しつつある。

 しかし、思考力や論理性を徹底的に鍛える哲学教育の推進は海外で大きな潮流となっていることを見逃してはならないだろう。

 幸せとは何かといった思春期の子供たちが抱く素朴な問いは、古今東西の哲学思想との出会いにつながる。新しい生命倫理の問題など現代の複雑な課題に向き合う上でも哲学的思索は欠かせない。

 国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)は哲学教育の推進に取り組んでいる。高校生などを対象とした哲学教育は、欧米を中心に多くの国で導入されつつある。

 フランスでは高校の最終学年で哲学の基本が徹底的に教えられ、大学入学資格試験には哲学の難題が出題される。人間形成の上で大きな影響を受けたと振り返るフランス人も少なくない。

 フィンランドで今年5月に開催された国際哲学オリンピックは、世界22か国から高校生が参加し、宗教や芸術をテーマに哲学論文を書いて競い合った。日本代表も英語で哲学論文に挑み健闘した。

 哲学を広い意味からとらえ直して教育などに生かす試みは、日本でも芽生えつつある。

 東京都世田谷区では文部科学省の教育課程特例校の制度を利用して、すべての区立中学校で独自の教材を用いた哲学の授業に取り組んでいる。

 宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を素材に「生きること」をテーマに考えさせたり、伝統織物を知ることで自然と人間の関係を学習させたりするなど指導に工夫を凝らしている。

 大阪大学臨床哲学研究室は、いくつかの高校と提携し特別授業を実施してきた。喫茶店などで社会人らが自由に討論する「哲学カフェ」も開催しており盛況だ。

 晩秋の夜、インターネットやゲームを離れ、哲学書をひもとくのも有意義な過ごし方だろう。

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