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エチオピア関係資料(1)

  これは、「難民を支援し連帯する会」の集会に提出した資料です。

 基礎データ

エチオピア連邦民主共和国(Federal Democratic Republic of Ethiopia)は、面積109.7平方キロメートル(日本の約3倍)、人口7,910万人(08年世銀)、人口増加率2.6%(08年世銀)、首都アディスアベバ、オロモ族、アムハラ族、ティグレ族など80以上の民族がいる。公用語は、アムハラ語、憲法上は各州毎に公用語を決めることになっているようである。また、英語教育がなされている。宗教は、エチオピア正教Ethiopian Orthodox Tewahedo Church)、イスラム教など。グレゴリオ暦ではなく、エチオピア独自の暦を持つ(1月1日は、グレゴリオ暦の9月11日)。  象徴的な大統領制で、現在の大統領は、ギルマ・ウォルデギオルギス・ルチャ大統領(GIRMA Wolde-Giorgis Rucha)(2007年10月再任、任期6年、二期目)、現在の首相は、メレス・ゼナウィ(Meles Zenawi)。議会は、二院制(人民代表議会〔下院〕と連邦議会〔上院〕)。軍事力(2008ミリタリーバランス)は、予算330百万米ドル(2007年支出)、総兵力13.8万(陸軍及び空軍)(エリトリア独立に伴い内陸国となったことにより、海軍は廃止。) 経済(単位 米ドル)。主要産業は、農業(コーヒー、メイズ、テフ、ソルガム、大麦等)。GNI(08年:世銀):17,600百万米ドル。一人当たりGNI(2008年:世銀):220米ドル。経済成長率(2008年:世銀)、11.1%、物価上昇率(2008年:世銀)、16.8%。総貿易額(2008年:世銀)は、輸出が1,185百万米ドル、輸入が5,126百万米ドル。主要貿易品目(2008年度:世銀)は、輸出品が、コーヒー、油料種子、チャット、輸入品が、石油製品、穀物・穀類、自動車。主要貿易相手国(2008年度:世銀)は、輸出先が、中国、独、日、スイス、サウジアラビア、ジブチ。輸入先は、サウジアラビア、中国、米、印、伊、独、日。通貨はブル(BIRR)で、為替レート1米ドル=8.80ブル(2008年:IMF。2006/7平均)。主要援助国(2005年 単位:百万ドル)は、米625.1、伊86.9、英75.4、スウェーデン68.3、カナダ64.9、である。

 日本とは、1930年11月修好通商条約締結、1952年6月対日平和条約批准、1955年外交関係回復、1957年12月友好条約、1968年1月貿易協定、1971年11月、日本青年海外協力隊派遣取極、1997年5月、日・エチオピア航空協定発効。経済関係は、日本の対エチオピア貿易の貿易額(2008年)は、輸出が85.78億円、輸入が33.01億円。主要品目は、輸出が、自動車、バス、トラック、輸入が、コーヒー、原皮、加工油脂及びろう。日本からの直接投資は、1951年~1974年に13件計683万1千ドルあったが、1974年以降は実績なしである。在留邦人数192人(2008年12月現在)。」.在日エチオピア人は309名(2007年12月現在)。.日本の援助実績(単位 億円)は、有償資金協力(2006年度まで、E/Nベース)が37.0、無償資金協力(2006年度まで、E/Nベース)が754.52、技術協力実績(2006年度まで、JICAベース)196.882。

 1991年7月、国民会議において新たな外交方針((1)基本原則:主権尊重、内政不干渉、相互利益の促進、(2)旧政権の近隣諸国不安定化政策の停止と善隣外交への転換、(3)二国間合意の遵守)が採択され、自由主義陣営へ移行。

(2)第一回非同盟諸国首脳会議からの非同盟運動加盟国。

(3)アフリカ連合(AU)の前身であるアフリカ統一機構(OAU)の発足に尽力。アフリカ連合本部の所在国であり、AU等を通じた積極的なアフリカ外交を展開。

(4)エリトリアとは同国が1993年にエチオピアから独立して以来緊密な関係を維持していたが、1998年5月、国境画定問題を巡って武力衝突が発生した。2000年6月「休戦合意」が成立、同12月には包括的な「和平合意」が成立しているが、国境画定裁定に関する見解の相違から国境確定(杭打ち)には至っていない。エリトリアとの国交は不正常。

(5)2006年12月、エチオピア軍はソマリア暫定連邦政府の要請を受けてソマリアに進駐したが、2009年1月、撤退を完了している。2008年6月より政府間開発機構(IGAD)の議長国としてソマリア和平等を促進している。


 経済概況

 (1)農業が雇用の約85%、国民総所得(GNI)の約45%を占めている一次産品依存型経済である。主要輸出品はコーヒー、油料種子であり、国際市況や天候に影響を受けやすい環境にある。

 (2)1974年の社会主義革命後、内戦、計画経済による農業生産意欲の後退、旱魃等により経済は極度に疲弊した。

 (3)社会主義政権崩壊後、1991年11月に民間セクター重視、政府管理縮小及び統制撤廃、重点的再建分野策定等を原則とする新経済政策「農業開発主導の産業化政策(ADLI)」を策定し、市場経済への移行を開始した。1995年1月には、「開発、平和及び民主主義のための計画(略称「国家開発5カ年計画」)」を策定し、農業生産性の向上、教育、道路、公衆衛生等を重点分野に据え、以降、実質経済成長率は年平均約6%を達成し、インフレ率は5%以下に抑えられた。しかし、1998年に入り、旱魃による農業生産の落ち込みや、コーヒーの国際価格低迷により、GDP成長率がマイナスに転じた。更には、1998年5月に勃発したエリトリアとの国境紛争もエチオピア経済に打撃を加えた。

 (4)エチオピア政府は紛争後の経済復興に取り組むべく、「第2次国家開発5カ年計画」(2000年)、貧困削減戦略ペーパー(2002年)を策定し、2003年には「エチオピア新食糧安全保障連合」を設立した。2006年5月、「第3次5カ年国家開発計画」となる「貧困削減計画(PASDEP)」が議会で承認され、食糧安全保障及び貧困削減を最優先課題に据えた。

 (5)現在、エチオピアのGNI成長率はアフリカの非産油国としては最高水準にあるが、石油価格や食料価格の高騰によりインフレ率も2桁に達している。また、海外で働くエチオピア人からの海外送金が慢性的な貿易赤字による国際収支の不均衡を是正していたが、世界同時不況による雇用の悪化により海外送金が減少傾向にあり、外貨準備高の減少も深刻な状況にある。(主に外務省データによる)

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