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2010年3月

自由と生存の家野菜市でのNO-VOXの報告

3月6日、NO-VOXシンポ・レポート

 運動の戦略の交換・性格の交換をする。国際フォーラムの期間中、地元の直接行動を行う。現場の運動体の尊重・直接行動に参加する。地元の意志を尊重。

  ①    現場の運動を支援する(運動体)
  ②    弾圧に対する抗議のキャンペーン(インターネットなど)

 抗議キャンペーンの例。

ⅰ.ケニアの産科病院(保育所併設)が、費用支払いができないという理由で女性と子供を監禁した。それに対して、女性グループたちと連帯して抗議した。
ⅱ.反動的開発業者による追い出しへの抗議。家を取り壊すために村にブルドーザーが来た時に、民間の暴走警備員が発砲。NO-VOXのメンバー1人が射殺され、抗議したメンバーが投獄された。犯人はそのまま警察が保護。ネットワーク参加者だけでなく、あらゆる団体に抗議を呼びかけた。カナダのケベックのマリ大使館で、250人が抗議、フランスでマリ大使館抗議(23回)。ブラジル、ブルキナファソでも抗議。2週間後に、逮捕者が解放された。政府は開発を止めて、住民と話し合う。
ⅲ.マリでの工場民営化で900人が解雇される。政府とつながる労組は、解雇者に冷淡。解雇者達は、労働組合を結成し、NO-VOXに参加。救援、カンパ、運動、デモするように支援。反対住民1万人が抗議行動に参加した。マリの州政府もデモを行った。その結果、工場は再国営化された。250人に6カ月分を含めた給料を支払う約束をした。

 フランス。空いているところを占拠し、キャンペーンをはる。立ち退きを拒否する。パリ市の市営住宅を占拠。区が折り畳みベッドを貸してくれた。1年後、住宅を与える約束を政府がする。運動は2年間続く。日本でも、フランス大使館行動があった。当事者たちが、運動の主体になることで、住宅をかちとることは同時に居住権を前進させることになる。現地での勝利はより大きな権利の獲得につながる。年に200ユーロ(2~3千円の会費)の会費で、金銭的に自立し、行政からの金はない。住宅の権利2団体、全国で30のグループが参加。警官を起訴(デモ隊に暴行する)。警察の暴力を糾弾する。警官の暴力に対して、非暴力的抵抗を貫く。フランスでの力関係が有利になった。左派政党だけでなく、右翼とも対抗。「私たちは、新自由主義的な現実政策と闘っていかねばならないし、自由主義的な政策と闘うためには、運動が一国的なレベルを越えて、戦線を拡大し、貧困当事者が言いたいことを、公的な空間に出現させていく。違った運動が一つの戦線を形成していくことを目指している」。これは、住宅大臣が地方へ行くとき、大臣に直訴もした。住宅がない、食べ物がない、雇用がないこと、地球上で半分が飢えている、証券投機などの投機や経済危機によって、貧困がますますひどくなっている。日本での公園からの野宿者追い出しに抗議して、フランスで抗議を行った。

 カナダ・ヴェロニックさん

 カナダの130の団体、フラベリューに加盟。住宅の協同組合作りに参加、30年くらい前から、貧困地区での支援活動を行う。政府による道路などのための再開発の対象となる貧困地区で立ち退きに反対する。政治の基盤を変えたい。住民が求める形で作られるべきだ。ケベックでは、公営住宅は、政府が勝手に作って、欲していない住宅を押しつける(立ち退き)。運動は、先からの住民管理、共同生活などの形にあらわれるような共同性、自主管理・共同性要求に応える。
 ケベックでは、政府・NPOなどが公営住宅を所有する。住宅が市場原理にさらされている。組合住宅は、計画から参加して、住んでいる。住宅協同組合建物が自主管理、アパート、共用スペースもある。住宅は、共同所有、住民達が共同で所有している住宅の管理までする。世帯は、組合の管理に絶対に参加し、意志決定(全員参加)する。家賃はアパート(民間)よりも安い。住宅手当と同じ家賃補助がある。収入の25%が家賃。民間の住宅だったら、所有者が取るが、家賃は組合経営資金になる。最初は混乱した。後に法的な枠組みも作られるようになった。法的に、自主管理制度がある。屋根、庭などは自分たちで作る。住む数は様々、10世帯のところもあれば、80世帯も入ってるところもある。1200の協同組合(ケベック)がある。貧困者自身が作っている。政府の助成金がつく場合もある。建設の際に、計画(政府)は不十分と思っている。協同組合タイプへの需要は増えている。収入の多くを家賃に取られている。私的業者は家賃をできるだけ多く取ろうとしている。
 フラブリュー参加団体には、不動産を持つ者や、都市開発計画者もいる。公的住宅に多くの資金を要求する運動もやっている。デモをやり、また、首相官邸占拠もやった。オタワで知事室を占拠した。貧困層が社会的に見えなくされている。それを可視化すること。日常的な闘いで、新自由主義政策で、公的住宅を減らそうとしている。家賃は上がるが、収入が減らされている。今の政府の住宅政策は貧困層の利害になっていない持ち家政策をすすめている。貧困層は、個人的に家を持つことではなく、公的住宅を持つことである。住宅が投機の対象(住宅、サブプライム・ローンなど)にされているのに対して、国境を越えて住宅の質をあげていかないといけない。

 カナダの共同住宅を始めるプロセスは?

 失業者運動は自立した運動である。デモを呼びかけたりすれば労組はデモに来る。しかし、労組からは独立している。労組は、安定した雇用者である無期雇用の労働者の利害を代表していて、非正規に冷淡である。同じ地区の住民の協同組合づくりのプランに呼びかけた時は、参加した。
 知らない人たち同士で、協同組合の住宅運動は、新しいのを建てるのと、古い住宅を建て替えたり、建て直したりすることをやっている。それに、社会運動が介入する。何年もかけて土地を獲得する。例えば、所有地(自治体)に看板を立て、3ヶ月間で取得し、建設に政府が合意したら、建設業者などと交渉し、設計する。収入は一般よりも低い(10%ほど)。建設・設計全てを監視する。しかし、協同組合規制が強くなっている。最後の過程では、工事完了後、助成金を政府に要請する運動をする。運動団体が協同組合を作る過程で建てたケースもある。国家に対抗すると同時にオルタナティブをする。スペインの例と似ている。

 フランスの場合は、オルタナティブをするよりも、公的なものを要求する。公的な住宅がたくさんあったのに、公的住宅を売り払うという変化を運動が止めないと運動が消えるかもしれない。協同組合のような取り組みは農村にある。過去十数年忘れられていたが、復活してきている。新しいタイプの若者の協同組合住宅がある。フランスの特徴は、家族単位で運動に参加していることだ。運動の意志決定に参加し、行政交渉(当事者参加)運動をする主体が家族である。異議申し立て運動をしてるのは、空き家が多い。全住宅の7%が空き家がある。政府が撤収し、集合住宅を提供する。

 カナダで政府の住宅補助金はどうなっているのか。日本では金も出すが口も出す。協同組合事業体経営は難しいのではないか?

 ヴェロニックさん:協同組合は、カナダでもケベックでも公営住宅と位置づけられている。だから、政府は金を出すが、口は出さない。他の協同組合は公営。協同組合以外の公営は自主管理できない。政府管理である。今、新たなスーパーなどの協同組合が発達している。私たちの生み出した家を分けあう、そんな位置付けなので、政府の介入は許さず、自主管理は当然と考えている。貧困層が位置を得る手段であると考えている。
 土地を得る前の段階から研修する。協同組合研修。管理・運営の研修。住むことになる人と一緒に。組合員は、同じ地位・管理―全員が同じ立場になるようにするため。協同組合の制度化は自主管理に反する。そういう共同体も出てきている。

〈NO-VOXリーフレットより抜粋〉
市民的不服従2007年にサンマルタン運河沿いを占拠した120人のホームレスたちの「ドンキホーテの子どもたち」に連帯して運動が拡大、フランスで「請求権付の住宅への権利DALO」が法制化された。しかし公営住宅の不足が理由で、DALOの適用は遅々として進まない。しかし法律も政策もどんなに素晴らしくても、適用されなくては意味がない。 誰もが家がなくては生きていけない。住宅は医療や教育と同じように、基本的人権である。ところが、家賃は高いし、人種差別もあるし、貧乏な学生にアパートを貸してくれる大家も少ない。いっぽうパリには意外と空家が多い。パリ市内だけでも1200戸の空家がある。賃貸に出されていない本当の空家である。そういうわけで、もともとパリには空家を占拠して生活している人が意外と多い。ただし、空家住まいにはパラダイスではない。大家が気がつけば裁判沙汰となる。しかし、基本的人権を尊重しない現行の法律のほうが間違っている。そこで「住宅への権利運動DAL」が呼びかけるのが、市民的不服従としての「占拠」である。市民的不服従とは、異議申し立てのあらゆる制度的方法が尽きた場合にとられる抵抗の集合行為である。法律に従わないことは、「違法だが正統」な選択肢を示すことであり、正統性がどちらにあるかを市民社会に問うことができる。というわけで、住宅が商品化されて不動産投機など金儲けの道具になることを支持しないならば、あなたも市民的不服従を!もちろん国が違えば法制度は違うので、これはスクオッターをしようという呼びかけではない。それぞれの現場で、何が市民的不服従であるかは違ってくる。連帯の呼びかけがあれば、世界各地、それぞれの市民的不服従のやり方で連帯するのがNOVOXである。

 

〈私的メモ-参考までに〉

 これは、3月6日の明大リバティタワーで行われた「居住権」シンポのメモを元にした報告です。とにかく、どういうものかわからなかったので、知る、理解することから始めるしかありません。
 明らかなのは、同じ「持たざる者」の運動といっても、フランスの空き家占拠、公的空間の奪取という思想とカナダの協同組合自主管理の思想の間に違いがあるということです。フランスの場合、公共住宅が多くあり、それを、解放するということが、反新自由主義運動として強く押し出されているようです。それに対して、カナダの場合は、住むことの全プロセスに、協同組合的共働が重視されているように思われます。空間に対する考え方にも違いがあるようです。フランスの場合は、公的住宅はすでにあり、それは、政府なり自治体なり家主なりがすでに作り上げたものとしてあります。「持たざる者」は、それを手に入れるだけです。しかし、カナダでは、土地を獲得し、住宅を設計し建て、管理運営にも全員参加するというのです。もっと言えば、空間に対する考え方の違いというのでしょうか、そういうものが、感じ取れるわけです。そこで、空間と主体の関係はどうなっているのかが問われていると言ってもいいかと思います。それは、「持たざる者」の文化、あるいは歴史性というものとつながっているように思われます。例えば、フランスの空き家占拠運動の映像を見ると、そこではアラブ系の音楽が空間を満たしているということがあるからです。
 その空間は一体誰のものなのか。住むということは、たんに、雨露をしのぐ場というだけではなく、主体の生成するプロセスの場であり、それは、自由と生存の野菜市の場、すなわち、「市」もそうではないでしょうか。韓国におけるシジャン(市場)がそうであり、マダン(広場)というのもそうした場です。日本だと、網野善彦氏によれば、「市」はアジールです。それから「辻」というものあります。共同住宅の空間は、必ず、共用部分を持ち、共同管理を必要とする、関係の場を持っている。そこは、関係=社会が再生産される場所でもある。それこそ、新自由主義が解体しようとしている場所です。「持たざる者」は、その空間を、主体へと生成変化しながら、再配分する、それが自主管理ということだろうと思います。そうした運動として、この運動をとらえるなら、空間を創造する、空間を変容させる、音楽は空間を変容させるものですが、人の声もまたそうです。「声なき者」の「声」を社会空間に解放することが空間を変容させるし、心地よい空間を生み出すのではないでしょうか。それは共働として、社会関係を創造する試みとしてあるということではないでしょうか。このような運動はそうした権利を獲得する運動でもあるように思います。私は、その点から言うと、フランスの場合、公共空間という出来合の公的空間に対する批判的観点が薄いように見えるのがちょっと気になりました。他者の声を騒音としか感じられないようにさせられていること、つまり、それは権力が、空間に対する関与を自己空間に限定させていることの反映でしかないのではないでしょうか。私の子供の頃は、プライバシーなどもやかましく言われず、その辺で、子供たちは騒ぎ回っていたし、鳥の声、虫の声もやかましく、自然の音もいっぱいでした。それは時代と言えばそれまでですが、自己空間だけの主体へと切り縮められる個人化の作用の結果として、そうなってしまい、その結果、共同性、社会性の領域から排除されてしまっている人が多いと思います。それは、権力の望むところにはまってしまったのではないかと思えてなりません。
  最後に、NO-VOXメンバーの何人かが資本主義批判を述べていたけれども、それが、投機批判、金融資本批判に限られていたということについてです。確かに、投機の問題はありますが、投機のない資本主義はありません。投機を規制することぐらいは、今の資本主義政府でもやることです。現にオバマ政権でもそうした政策をやっています。居住権は、権利要求運動の一つであり、それは生存権として認められるべきですが、それは、基本的には、資本主義社会の中で、生きる権利を要求する運動です。この運動に、新しい社会空間を創造する運動であり、その主体を生成するということがないと、それは、悪い言い方ですが、単なる物取り運動にしかならないかもしれません。それは反貧困の闘いとして必要なことも含んでいますが、それだけではなく、プレカリテとヨーロッパで呼ばれているような主体として、新社会を創造する主体性を内容あるものとして身につけないと、体制内化しかねません。それは、反資本主義というかれらが掲げる理念に反することです。それと、資本主義批判は、根本的全面的である必要があって、金融・投機批判だけではまったく不十分だということを踏まえなければならないと思います。権利と言うときに、キューバ憲法には、革命権というのが明記されています。アメリカ憲法にも革命権の思想が入っています。世界的な長期不況が続き、オルタナティブがふたたびリアルな問題として問われている中で、世界の様々な運動から学び、また相互に交通することには意義があります。そして、新自由主義批判として、デヴィド・ハーヴェイの空間地理学による権力による空間支配というものも問題になるし、その点から、グローバル・シティ(サスキア・サッセン)などの問題もあります。空間をめぐる資本主義との闘争があるということです。

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テコンドー全国大会

 先日、代々木大第二体育館で行われたテコンドー全国大会を観てきた。

 技、ルールなど最初はわからなかったけども、最後の組手の頃には、多少、理解出来た。日本の空手のルーツは、琉球空手、それと、足技が組み合わさって、テコンドーとなったと聞いた。テコンドーが先か、空手が先かというような議論があったように記憶しているが、空手もテコンドーも、中国拳法と似ているところがあるように見えた。呼吸や型が重視され、全身の動きが形式化されていること、それから、礼が重視されていることなど、共通するところがある。面白かったのは、連打、など、ボクシングで認められている技が反則とされていることである。蹴りで、かかとをよく使うのは、日本の空手との違いの一つだろうか。

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転載:《第5回東京入管抗議・収容者激励 + 西日本入管における弾圧を法務省に抗議!》

【転送・転載歓迎】

《第5回東京入管抗議・収容者激励 + 西日本入管における弾圧を法務省に抗議!》

今回は二本立てです。

2010 年3月31日(水)

【第5回東京入管抗議・収容者激励】
11:00~ 品川駅港南口(東口)前集合、バスで品川入国管理局前へ移動
12:00~13:00 入管前アクション

【法務省への抗議、要請書提出】
16:00 法務省前に集合(地下鉄霞ヶ関駅から徒歩数分)
要請書提出+抗議アピール

SYI(収容者友人有志一同)は、

品川の東京入国管理局における収容者への非人道的な待遇、およびこの国の入国管理システム全般に対 して、抗議する有志グループです。
今回は5回目の入管前抗議行動をおこないますが、それに加えて、西日本入管センターでの収容者ハンスト弾圧にたいする抗議を法務省で おこないます。

西日本入管センター(大阪府茨木市)では、日に日に悪化していく収容状況にたえかねて、男性被収容者全員(約80名)が3月 8日にハンガーストライキをはじめました。
しかしこれにたいし、西日本入管センターは拒否し徹底した弾圧で応えたのです。
ハンストおよびそれへの弾圧はいまもつづいており、また関西の難民支援など諸団体が共同で、西日本入管への抗議および待遇改善の要請 を呼びかけています。

※くわしくは、SYブログにも転載している「【緊急要請】被収容者ハンスト:西日本入管センターに抗議を!」をごらんください。http://pinkydra.exblog.jp/12296525/
また、「WITH(ウィズ) 西日本入国管理センターを考える会」がハンストをめぐる最新情報を報告しています。http://ameblo.jp/kansainetwork/

わたしたちはこのハンストと抗議声明に共鳴し、東京でも可能な抗議をおこなうことにしました。
3月31日(水)、定例の東京入管抗議ののち16時に、法務省にたいして西日本入管の収容者たちの待遇改善の要請書を提出し、ま た最近における全体的な収容者と収容期間の増加についての抗議をおこないます。

外国人というだけで人間を人間あつかいせず、収容者たちのからだとこころを蝕んでいく日本の入管システム。
こんな人権侵害システムを粛々と機械的に進行させつづけてはなりません。
ぜひご参集のうえ、ともに抗議の声をあげてください。

SYI(収容者友人有志一同)
MAIL: freeimmigrants★yahoo.co.jp  (★は@に変えてください)
BLOG: http://pinkydra.exblog.jp/

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転載:西日本入管センターでの収容者ハンストに対するアムネスティの公開書簡

日本支部声明 : 入管収容施設の独立した調査を求める公開書簡

法務大臣 千葉景子殿

拝啓 時下、ますますご清栄のことお慶び申し上げます。
アムネスティ・インターナショナル日本は、入国管理局収容施設においてただちに独立した収容状況にかんする調査を行うことを求めます。

報道によると、入国管理局収容施設において、被収容者たちが自らの窮状を訴えるためにハンガーストライキ等の激しい手段を選択しました。彼らがこのような行動を起こした事実を重く受け止め、収容施設の現状、並びに今回の抗議に至った経緯についても至急独立した機関による調査を行い、人権を尊重した対応をするよう要請いたします。

2007年5月の国連拷問禁止委員会は、入管収容センター及び上陸防止施設に独立した監視制度が存在しないことに懸念を示しました。この懸念を受けて、2009年7月に公布された「出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する等の法律」には、入国者収容所等視察委員会の設置が盛り込まれました。今後導入される視察委員会がどのような機能をもち、被収容者の声を聞いて対応をするのかが大きく問われています。

アムネスティは、視察委員会が実効性のある第三者監視機関となるよう、十分な人的物的資源と独立性が確保されることを求めます。さらに、施設のどの場所に対しても、自由なアクセスが認められ、委員会の勧告に対しては、施設側が早急に対応措置を取る義務があることなどを盛り込んだ、国連拷問等禁止条約に沿った適切な運用方針が定められることが不可欠であると考えます。

上述した制度設計と併せて、被収容者から出されている虐待、適切な医療措置へのアクセスの欠如を含む処遇にかんする申立について迅速かつ速やかに対応し、独立した機関による調査を行うことを改めて要請します。

敬具

2010年3月15日
社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本
事務局長 寺中 誠

複写送付先:
中村哲治法務大臣政務官
法務省人権擁護局長
法務省入国管理局長
入国者収容所東日本入国管理センター所長
入国者収容所西日本入国管理センター所長
入国者収容所大村入国管理センター所長

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【転載】西日本入管センターでハンスト

【転送歓迎】

  皆さま、

  西日本入管の被収容者が自ら、長期収容をやめ仮放免をするよう要請するために立ち上がりました。しかし、入管側は彼らの要請にはきちんと応じず、暴言と暴力で応えています。


西日本入管センターでハンスト 仮放免求め約70人(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010031101000230.html

入管の70人ハンスト、体調悪い人の仮放免要求 大阪(asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0311/OSK201003110019.html


  被収容者を支援するために、ぜひ入管に抗議の電話やFAXをお願いします。
以下、被収容者の現状とハンスト開始当日の様子を含め、緊急要請文です。

抗議先は文中にあります。よろしくお願いします。

------------------------
 緊急要請

  入管問題かんさい支援ネットワークは、西日本入国管理センターに収容されている外国人への面会活動を中心に、収容されている難民申請者や日本人と結婚してい る人達の仮放免支援や在留支援をしています。また西日本入国管理センター(大阪府茨木市)に対し、医療や処遇の面でも改善を求めてきました。
現在、その西日本センターで男性被収容者全員(約80名)が参加し、3月8日よりハンガーストライキが決行されています。それに対し、被収容者との話し合いさえ応じず、同センターは、徹底した弾圧で応えています。

  現在、同センターにおいて収容が長期化(6か月以上)し、深刻な状況となっています。外部と遮断され密閉され非人間的施設に長期収容され、迫害される本国へ の送還の恐怖に日々怯える難民申請者や夫あるいは妻と引き裂かれる苦痛を受けている被収容者は、次々と体を壊し、持病を悪化させています。
  同セン ターは、狭心症でかつ3ヶ月近く190~200もの最大血圧値が続く者、うつ病かつ 3ヶ月も発熱がつづき自力歩行困難な者、外部の専門医に1年近くも受診 させず膀胱が通常の2倍以上にはれ上がり病状が悪化した者、不正出血が1年も続いていても適切な診療がされていない女性被収容者、無期限長期収容で精神が 破綻寸前の者、これら明らかな収容継続不適格者の仮放免申請さえをも次々と不許可にしてきました。2005年4月15日、同センターで高血圧症であったベ トナム人男性が脳内出血で倒れ、搬送先病院で死亡した事件が起こりましたが、このままでは同様の事件や自殺の道を選ぶ人も多発しかねません。

  こ のような長期収容の常態化に抗議し、男性被収容者全員(約80名)が参加し、3月8日からハンガーストライキが行われています。「現状が続くなら死んだ方 がまし」「自分が死んだとしても、長期収容の状況が改善されるなら幸せ」等と考える人さえ多くいます。正に決死の覚悟で、以下の要望を掲げてハンガースト ライキに臨んでいます。

入管所長殿へ 以下を要望します。
1.収容所で病気が悪化する前に仮放免すること
2.長期収容により精神的につかれ自殺する前に放免すること
3.手続きが長くなる人に対しては手続きする間に放免すること
4.難民申請をする人に対しては難民申請中に放免すること
5.裁判をする人に対しては裁判中につまり裁判が始まった時点で放免すること
6.すべての調べは6カ月以内に終わらせ決定をだすこと

  男性被収容者約80名は3月8日、昼の食事時間の帰室を拒否し、ホールの全員で座りこみ、「上部の者」との話し合いを求めました。
これにたいし西日本入管センターは、話し合いさえ拒否し徹底した弾圧で応えました。西日本入管の被収容者が自ら、長期収容をやめ仮放免をするよう要請するために立ち上がりました。しかし、入管側は彼らの要請にはきちんと応じず、暴言と暴力で応えています。

  被収容者は、次のように証言しています。
  11時半頃に、ホールから部屋に戻るように職員から言われたが、話し合いの場を求めて拒否した。職員が帰室命令を続けるので29人くらいでシャワールームに逃げて、ドアを閉めた。午後4時30分頃、職員約40人がやってきた。
  一部の職員は「戦争に行くような姿」:ヘルメット、防弾服やブーツを着用し、防弾シールドを持っていた。職員は「出てこい」「お前ら」等のきつい口調をしていた。「外人らと話す必要はない。」と収容者の要求を却下し、「お前らは何もできない。」と言われた。
チェーンソー(又は金属切断用のサンダーか)を用いて、ドアの下部にある通風用の隙間とドアの周りを切った。チェーンソーのガソリンのにおいがシャワールームに充満して気分の悪くなった被収容者もいる。
  ドアを切った後、激しく抗議していたブラジル人の体を5人がかりで倒し、うつ伏せにし手足を押さえ、引きずり懲罰房に入れた。ブラジル人の叫び声がホールに響いた。
  その他、抗議していた3名が懲罰房に入れられた。
  そのことに関して職員らは夜に「あれ、面白かったなぁ~、あのギャーって叫び声、女みたいやったなぁ~。」とケラケラと笑いながら話していたのを聞いた。
  悲しくて涙が出た。
  夜、職員に「西日本入管は入管の中で一番ひどいところだ。そんなところに来たお前らも悪い。」と言われた。

  男性被収容者全員が、このような弾圧にもめげず、西日本センター所長等との話し合いを求めてハンストを続行しています。

  このような有形力の過剰行使や規則違反として抑圧し、懲罰的な隔離室処分にすることによって解消される問題ではありません。
  人間としての理性と健康を破壊していく現在の仕組みを改めない限り、人権に対する侵害を、人権擁護を所管する法務省自体が意図的に行っていることになるのです。

*****   *****

私たちは、下記の要求と抗議を要請します。
1.懲罰房に隔離処分された4名を懲罰房から直ちに解放すること
2.被収容者の話し合いの要求に応じること
3.1年を越える長期収容者及び収容に耐えられない罹病者を直ちに仮放免すること

抗議先:西日本入国管理センター
電 話:072-641-8152
FAX:072-640-2454

【管理人より】

品川入管抗議・収容者激励や入管の実態、難民問題などを取り上げているピンキードラゴン・ブログをマイリストに加えました。サイド・バーからリンクしてます。是非、クリックを。

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入管体制解体!差別・排外主義と闘い プロレタリア国際主義の発展を!

入管体制解体!差別・排外主義と闘い プロレタリア国際主義の発展を!
流広志

 2009年7月、民主党も賛成して、入管法及び外国人登録法の改悪が強行された。外国人管理をより強めようとする、かかる法改悪を認めず、施行させない闘いを発展させていかねばならない。入管闘争の発展のために、入管体制を批判・暴露していきたい。

 2001年の9・11事件は、それに直撃された米帝ばかりではなく、世界の多くの国々で、治安管理体制の強化を促した。アメリカでは、入国する外国人への指紋押捺が義務化された。日帝もまた出入国の管理の厳格化を、水際での「テロリスト」の上陸阻止という名目で、強めている。日本政府は、2006年5月の入管法改「正」で、「テロリスト」と「外国人犯罪者」に対する管理の厳格化のために、入国審査時に外国人の指紋採取を義務付けた。それについて、『情況』09年6月号所収の山本興正氏(東大大学院博士課程)の『日本社会から消去、排除される人々』は、杉浦正健法務大臣(当時)の06年3月17日の衆議院法務委員会での「また、これは入国の問題だけじゃなくて、政府全体として取り組んでおります治安対策、外国人犯罪対策及び不法滞在者対策にも資するというふうに考えております」という言葉を引いて、「テロ対策」という名を借りた治安管理行政の拡大とみて差し支えないであろう」(152頁)と述べているが、そのとおりである。彼は、その証左として、免除者(特別永住者、一六歳未満の者、外交官など)のうち、特別永住者の多数を占める在日朝鮮人に対して、80年代以降の指紋押捺拒否闘争の高まりによって、ようやく1992年に指紋押捺義務撤廃が勝ち取られ、99年には一般外国人の指紋押捺制度も撤廃されたにもかかわらず、この制度が復活させれたことは、やはり、政府が、相変わらず、外国人を治安管理の対象としてしか見ていないことを意味すると言っている。また、この除外者の中には、日米地位協定で、そもそも外国人登録の対象外になっている在日米軍人・軍属が含まれる。氏は言う。

 「データ提供を拒否した者は退去強制処分を受け、不服申し立て制度が設けられていない。個人情報の保管機関は「テロリストに有益な情報を与えることになる」という建前から「出入国の公正な管理に必要である間」とされ、具体的には秘密となっている。また条件付ではあるが、個人識別情報は他の行政府、外国の入管当局に提供でき、「テロリスト」の認定は、法務大臣が、外務大臣、警察庁長官、公安調査庁長官、海上保安庁長官の意見を聴取したうえおこなわれる。さらに指紋採取だけでなく、入国する船舶等の長に対する乗員・乗客に関わる事項の事前報告も義務づけられた。あらかじめ情報を入手し、入国管理局が保有する要注意人物と照合を行い、入国前に上陸手続き、退去強制手続き等の準備を済ませるための義務であるという。指紋データや個人情報が、治安管理のために無期限に、主に治安関係の官・民の機関の連携の下に利用されているということがここから明らかである。日本において外国人の基本的人権など無きに等しいと断言しているようなものだ」(152頁)。

 彼が指摘するとおり、この間の出入国管理体制の改変は、治安強化優先で行われており、外国人の基本的人権への配慮などは、言葉だけのものでしかないことが明らかになっている。どうしてそうなるのか。それは、入管政策の具体的な歴史的経過を見てみれば、誰の目にも明らかなので、それを見ていきたい。

 2007年に、法務大臣の私的懇談会の第5次出入国管理政策懇談会は、その下に「在留資格専門部会」を設け、08年3月に、「新たな在留管理制度に関する提言」と題する報告書を公表した。この「提言」を元に作られた入管法改正案が、09年3月6日に閣議決定される。報告書は、法務大臣への在留情報の随時把握の必要性、入管法と外登法の二元的情報管理の解消(入管法の一元化、外登法の廃止)、住民基本台帳制度と外国人登録制度の間の支障の解消をうたった。その骨子をそのまま残した改「正」案は、まず、対象を入管法上の在留資格をもつ中長期滞在者として、短期滞在者、外交、公用などの在留資格者は除かれている。

 「具体的措置としては、これまで市区町村が事務を担当していた外国人登録に関し、居住地を除いてすべて在留許可申請時に地方入国管理局を通して法務大臣に届けなくてはならなくなる。そして従来の外国人登録証明書制度が廃止され、新たに、入管法適用者は「在留カード」、入管特例法適用者については「特別永住者証明書」と呼ばれるものを携帯しなければならなくなる」(154頁)。

 これについて、山本氏は、「本来入管法「改正」というのであれば、特別永住者の外国人登録そのものが廃止されてしかるべきである。だが、本「改正」法案では従来の通り、特別永住者は「治安維持」行政の対象となり続けなければならない。先に2006年の入管法「改正」における特別永住者に対する認識は引き続き保持されるのである」(同)と指摘しているが、これは、日本の入管制度の基本的性格を的確にとらえている。
 それは、入管の歴史をたどってみれば、明白である。山本氏が、「戦後日本の在日外国人管理の枠組みが形成されたのは、GHQ/SCAP占領期である。いうまでもなくその対象の中心であった」(150頁)と言うように、戦後日本の入管政策は、旧植民地出身者で最も多い在日朝鮮人をターゲットにしていたのである。それは、1947年の勅令である「外国人登録令」、1951年「出入国管理令」、1952年、サンフランシスコ講和条約発効後の「外国人登録令」、それと同時の通達「民事申第四三七号」での在日朝鮮人の国籍の「喪失」によって、つまり、「国籍・出入国管理・外国人登録という三つの基本的な法律的前提」(同)が形成され、それが、日本の戦後の入管体制の法的骨格をなすことになるのである。これは、今でも変わっていないし、そうした基本的枠組みの中での多少の制度改変がなされてきたのである。そうして、その土台の上に、近年増加している新しい在日外国人をも含めていったのである。

 2007年末現在の外国人登録者数は、1年で3%増加の約221万人で過去最高を更新、総人口に占める割合も1・74%で過去最高を更新している(08年度「入管白書」)が、その在留資格(入国目的)は、27種に分類されている。この中で、最も多いのが、「永住者」で、一年で、約5万2千人(11・9%)増加の約49万2千人、そのうち、中国が約14万2千5百人で、最も多い。在日朝鮮人がほとんどを占める「特別永住者」は、07年末で、420,305人、1年で、約1万人ほど減っている。しかし、在日朝鮮人の日本国籍取得が短期間で進むという坂中英徳(元東京入管局長)が、かって「予言」したほどのスピードではない。
 また、近年、いわゆるニューカマーと呼ばれる外国人が、多種多様な目的、あるいは事情を抱えて、日本に在留する数が増加し続けているが、特に、その中でも、移住労働者として来日する外国人の数も多く、さらに、「不法滞在者」も増加しているのだが、こうした外国人労働者に対する財界の基本的な考え方が、「新たな在留管理制度に関する提言」の巻末資料として付けられた日本経団連などからの意見聴取の概要に現われている。その中で、経団連は、「外国人材受入問題に関する提言」(2005年4月)、「外国人材受入問題に関する第2次提言」(2009年3月)で、「在留管理・就労管理は重要課題のひとつと位置づけ」ているが、外国人材受け入れのために、まず、外国人の満足な労働や快適な生活の前提として、「外国人が義務を履行、権利を享受」することを指摘し、治安悪化、地域社会でのトラブル増加に対処するため、「外国人の就労管理について法的・制度的な基盤整備を早急に進めること」を重要課題にあげている。そして、外国人登録制度と住民基本台帳制度を融合させ、世帯単位の管理に移行させるよう主張している。さらに、改正雇用対策法の外国人雇用状況届出と外国人登録、出入国管理の情報を相互に紹介可能なようにして、職場での外国人労働者管理と治安管理の双方が連携した外国人労働者の管理強化を求めている。。そして、「外国人が我が国で快適に働き、生活し、年限がきたら本国に戻るというローテーション型の外国人材受入れを進めていくべきである」として、あくまでも、経団連は、短期雇用、短期滞在の使い捨て型で、労働力需給調整のための相対的過剰人口の扱いを基本とすることを主張しているのである。このような大企業の利益を代表する経団連と異なる主張をしているのは、中小企業の集まりである全国中小企業団体中央会である。まず、かれらは、入国管理局は「取締り」のイメージが強いとして、あらたな在留管理制度、外国人の情報の一元化を、「取締り」の強化ばかりが強調されているという印象を持っていることを表明している。これは、おそらく、適当な労働力確保が困難で、外国人労働者を多く雇用している中小企業の本音であり、かれらが、実際に、雇用外国人労働者の情報の届出制や違反への罰則強化などによって、入管のきつい「取締り」にさらされてきたことを指しているのだろう。
 それに対して、労働側の日本労働組合総連合は、法務省への外国人情報の一元化に懸念を示し、人権・プライバシーへの配慮という条件をつけているが、この在留管理制度を否定しないと言う。さすがに、「就労資格が無くても労働諸法は適用されており、雇用保険や労災保険の未加入、未払賃金等の請求については、円滑に行えるよう議論してほしい」と、労働者の社会的権利について指摘してはいる。しかし、在留カードには反対しないことや「特別永住者」への住民基本台帳の準用を主張することなどで、外国人の人権をあまり真剣に考えていないことを自己暴露している。全日本金属産業労働組合協議会(「電機連合」、「自動車総連」、「JAM」、「基幹労連」、「全電線」)は、技術的などの理由をあげて、日本人労働者の長期安定雇用を基本とする立場から、短期外国人雇用制度に明確に反対している。それに対して、日弁連は、主に、個人情報保護の観点や多文化共生という観点から、批判的である。
 経団連は、露骨に、外国人労働者を、治安管理の対象とすると同時に「ローテーション型」として、必要なときだけ、短期契約で使いたいという願望を示している。それと、中小企業の態度が異なっており、立場の違いが入管政策への態度の違いとして出ている。

 ここで、山本氏が指摘する「多文化社会」や「多民族社会」という理念がはらむ問題点について理解しておかないと、入管体制としっかりと闘えないと思うので、それについて見てみたい。坂中は、は、かつて、悪名高い「坂中論文」で、在日の「帰化」の推進を説いたが、彼は、今では、「多民族共生社会」論者になっているのだが、それは、「「多民族共生社会」の主体たりうるのは、あくまで日本国家によって日本というナショナルな空間に存在することを許容され、それを撹乱する可能性がない者だけ」(160頁)だということである。日弁連の批判も、そもそも、これまでの日本政府の外国人政策が、一貫して、外国人を潜在的犯罪者と見なし、治安管理対象としていることへの批判を欠いている。山本氏が言うように、戦後、日立就職差別反対闘争をはじめ、指紋押捺拒否闘争などの闘いによって、ようやく、一部で、多少の権利が獲得されたにすぎないのに、もはや植民地支配の清算が終わったかのように言うものが、出てきている。それに対して、「在日」の民族的権利を制度的・社会的に確立し、戦後清算の措置を尽くすこと、そうした前提を作った上で、初めて、多民族共生社会が、真に民族間の平等な社会を形成しうる主体を生み出すことが可能となるのである。それまでは、条件がない中での、言説だけの多民族共生や個々人の小さな範囲の中での部分的限定的な多民族共生にしかならないということが踏まえられねばならない。しかし、そのような試みは、先駆的で、先進的な試みとして評価されなければならないことは言うまでもない。

 こうした戦後日本の排外主義、植民地支配の清算の未達成ということがもたらした一つの帰結が、「在日特権を許さない市民の会」に典型的に現われている。すなわち、かれらは、これまで多くの犠牲を払って、多少、勝ち取られてきた「在日」の諸権利を「特権」呼ばわりし、その権利を剥奪し、他の在日外国人と同等にすべきだと主張している。かれらは、それが平等だと言うのだ。言うまでもなく、在日外国人は、日本人が持っている権利の一部しか認められていない。つまりは、「在日」を、その歴史的経緯をまったく無視して、一般外国人扱いすることが、権利において日本人の下の一般外国人並みとすることが平等だというのである。かれらは、主に「在日」に適用されている「特別永住者」という在留資格を「特権」だとして、その剥奪を要求している。さらに、かれらは、今、民主党が国会に提出しようとしている永住外国人への地方参政権付与法案は、さらなる「特権」を加えることになるとして、それに猛烈に反対している。しかし、この法案は、在日朝鮮人の中でも、主に総連に属する朝鮮籍の人々は対象外としている。南北に分かれている朝鮮半島政策で、日本政府が、北部の国家を敵視し、南部の国家である「韓国」との間では、在日朝鮮人の地位や政策に対して、日韓の外交交渉の対象としているが、朝鮮民主主義人民共和国に対しては、そうした場すらないままに、朝連以来の敵視政策を続けているのである。そうして、1965年の日韓条約もそうであり、冷戦の中での「反共」政策としての、南北分断、南の反共政権の支持・支援と「共和国」敵視政策こそ、戦後の日本の入管政策を貫く基本的な枠組みなのである。
 さらに、山本氏の言うとおり、戦前の日帝の植民地時代、それに対する三・一独立運動など、反日本帝国主義独立運動の高まりに対して、被抑圧民族として潜在的反抗者として、脅威を感じつつあった時期に起きた関東大震災において、自警団や警察・軍隊などによる朝鮮人虐殺事件が発生したように、いわば、潜在的な反抗者としての「在日」が、治安管理上の「潜在的犯罪者」として表象されたことを今も継承している。そのことについて、何ら総括されていないし、そうした発言も文書もないのである。そのことを無視し、何ら総括がないまま、ただ時代の変化ということ、日本人の少子化の進展による労働力不足への対策として、いかに労働力をスムースに確保するかという財界と共通する視点から、坂中は、「多民族共生社会」という聞こえのいい理念に飛びついたのである。
 しかし、国際化という政府のかけ声が、どれほどのレベルであるかということは、この間の入管政策、ことに、難民政策の実際を見れば、自ずと底が知れる。日本政府は、1981年に「難民条約」を批准しているが、年に数十人程度しか難民認定しないことでも明らかである。こうした、政治的なリスクを被るような外国人は極力受け入れないようにしている。山本氏が言うように、「良い」外国人だけを受け入れ、「悪い」あるいは潜在的に「悪い」と見なされるような外国人は受けれないという選択を、政府の判断として行っているのである。難民認定や在留資格認定に関わる多くの部分が法務大臣の自由裁量権にゆだねられており、裁量が左右するところが大きいのである。例えば、法務大臣の自由裁量となっている「出入国及び難民認定法」(「入管法」)に基づく難民認定の数を見てみると、2008年度、1,599人の難民申請者に対して、難民認定されたのは、わずかに57人、不認定が七791人、不受理が87人というお寒い状況である。注目されるのは、人道配慮による在留で、これは、「・・難民不認定とされた者のうち,人道配慮することとされた者の数であり,在留資格変更許可及び期間更新許可数も含まれる」(08年「難民認定申請及び処理数の推移」法務省)というものであるが、この「人道配慮による在留」者は、07年に88人であったのが、1年後には360人に増えている。この22年間の合計では、難民認定は7,297人、不認定が508人、不受理が4,399人、人道配慮による残留が882人となっている。また、難民政策が、入管法に合体させられているが、これを執行する入国警備官は、国家公務員法上の警察職員とされ、入国審査官・入国警備官は、武器の携帯と使用を認められている。また、入管法は、日本人の出入国にかんする規定があり、外国人のみに適用される法律ではない。

 95年の村山政権時に国会で、いわゆる「謝罪決議」が採択されて以来、自由主義史観研究会や「新しい歴史教科書をつくる会」などによるいわゆるバックラッシュが激しくなった。それは、基本的には、啓蒙運動であって、主に歴史認識の修正などの知識をめぐる運動であったが、「在日の特権を許さない会」は、「行動する保守」を標榜し、総連や朝鮮学校、民団、慰安婦問題のイベントなどに対して、抗議行動を活発に行い、一部では襲撃をしかけている。さらに、「行動する保守」の看板どおり、街頭デモなども組織しており、1月20日のかれらの全国大会では、500人が参加し、その後、ヘイトなスピーチを街にばらまきちらした。それに対して、有志80人余りが、新宿駅南口付近で抗議行動を行った。「在特会」の主張は、小林よしのりなどのバックラッシュ派の歴史認識をオウム返しにしているものが多い。かれらの歴史認識そのものは、引っ張ってきている元資料に当たってみれば、デタラメなことがすぐわかるようなものが多い。しかし、いわゆる左翼の側が、90年代から今日まで、このバックラッシュに対して、あまり反撃していないように見えるのが気になるところである。運動側の意見対立、分裂などがあったのは確かに一つの要因であったといことは言えるだろう。しかし、基本的には、山本氏が指摘する問題がある。

 「…現在、日本ではその闘争によって獲得された当然の諸権利が「在日特権」なる言葉でもって攻撃の素材とされ、それがまるで彼らの全面的な真実を語るものでるかのように流布している。そして日本社会にとっての「北朝鮮」と在日朝鮮人が無条件に連結され、官・民一体の弾圧が当然のようにおこなわれている。それに対するかつて「革新」とされてきた人々の沈黙と容認および追従は、いかに日本社会が植民地支配に起因する民族問題を回避してきたかを切実に物語っている。日本の排外主義を問うてきた戦後在日朝鮮人の権利擁護の運動は、その意味を理解されることなく容易に「在日特権」という言葉の下に貶められてしまっている。こうした現在の日本の状況は明らかに抵抗の手段を徹底的に封鎖しながらすすめられる「植民地主義」と言えるものである」(161頁)。

 すなわち、「在日」の歴史的存在の意味と朝鮮半島情勢を安易に結びつけて、両者の位相の違いを区別せず、それらの差異を捨象し同一化することで、この間の「拉致問題」での「北朝鮮」との対立を、「在日」の民族性の抹殺を正当化することになったが、それに対して、日本の左翼の多くが、力弱くしか反撃出来なかったのは、少なくとも土俵の一部を共有していたからであるというのである。「拉致問題」の位相と植民地主義の清算の位相には違いも関連もあるが、それがいつの間にか、同一の位相にあるものと見なされるようになったのである。そして、チョゴリ姿の女子高生を街で見かけなくなるという風景が、まるで当たり前の風景のようになってしまっているが、これは、異常な状態であり、「在日」の民族性の表現すら、危険性を感じさせるという異常なことが、日常化し、それにならされてしまっているのだ。坂中が、もし、多民族共生論者であるなら、こうした風景を、それに反する異常な風景だと感じるはずだが、彼はそれに対して何も言っていない。山本氏が言うとおり、坂中にとって、国益にならないと彼が見なす民族性には冷淡なのである。山本は、「多民族社会」は、植民地支配の清算をきっちり果たした上でなければ、真に実現しないと述べている。まさに、その通りであって、日朝関係がどうであろうと、その歴史的な総括をやった上でないと、この社会の真の多民族社会化の道は切り開けないのである。ただし、それは、国際関係を無視して、この社会がそれと切り離されて実現されるというものではないことは言うまでもない。むしろ、逆であって、国際化ということは、受け入れる立場と送り出す立場の両者を含んでいるのである。そこに、共通の利害を持つプロレタリアートの立場が貫かれねばならないのであるが、そのことは歴史的具体的な民族間の関係、支配民族と被支配民族の「民族」としての立場の違いから来る階級闘争上の任務の違いを踏まえなければならないのである。血債論は、その点を曖昧にすることで、民族問題と階級闘争をしっかりと結びつけることが出来ずに、小ブル民主主義の枠内に闘争を押し込めている。その限界を突破しなければならない。
 ブルジョアジーは、自国民優位の立場を、国際的にも貫徹しようとし、そのような絆を断ちきろうとし、ブルジョア国家は、その意を汲んで、排外主義的入管政策を取っている。そして、それを民間で代弁し広めようとしているのが、「在特会」などの右翼勢力である。そして「在特会」は、ファシズム的な運動になりつつある。それが、国際プロレタリアート団結の発展を利益とする共産主義運動と根本的に相容れないことは明らかである。そして、かつてブントが高々と掲げた「プロレタリア国際主義と組織された「暴力」」のスローガンの精神に反することも明らかである。今日、ブントを継承し発展させようと考える共産主義者が、この基本的テーゼをどう具体化し、実践するか、という課題に応えなければならないことは明らかである。
 差別排外主義的な入管体制を解体し、「在特会」などの排外主義右翼と対決し、国際的なプロレタリアートの姉弟的な絆、プロレタリア的友愛の絆を強化しなければならない。植民地主義を清算し、差別・排外主義と闘い、朝鮮半島の姉弟たちと手を握る国際的連帯の絆を強化する課題を前進させよう! 難民の政治的自由を獲得するために闘おう! プロレタリア国際主義を発展させよう! 万国の労働者は団結せよ! 

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風遊サイト復活のお知らせ

 沖縄問題関係で、豊富かつ重要な資料を掲載されていて、ためになる風遊のウェブサイトが、長く、不正アクセスによってダウンしていましたが、先日、ようやく、復活したという連絡がありました。

 当サイトからのリンクをはらせていただいていましたが、サイド・バーから、リンクがつながるようにしましたので、沖縄問題について興味のある方は、どうぞ、クリックして、風遊サイトへ。

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ファシズムの批判(10)

  ヒトラーは、ユダヤについて、「ユダヤは民族であるが、その人種的中核はまったく単一的なものというわけではない。にもかかわらず、民族としてのユダヤは特殊で固有な特徴を持ち、地球上のあらゆる民族と一線を画している」(340頁)と、まずは、ユダヤの特異性を強調する。一般の民族とユダヤの民族性はどこが違うのだろうか。

 ユダヤは家族共同体ではなくユダヤ教徒による宗教同盟であり、実体としては、ほとんどがユダヤ民族による一時的な統治システムである。ユダヤ人はアーリア人諸国家のような、領土と結びついた独自の国家を持ったことがない。にもかかわらず、その宗教共同体は事実上の国家となっている。なぜならば、それがユダヤ民族の保存と拡大と未来を保障しているからである(同)。

 確かに、彼の言うとおり、ユダヤは、近代的民族ではなかったし、宗教共同体である。したがって、近代民族国家によって生み出された近代的民族とは違う。ドイツは、1871年に、プロシャを中心に統一したが、オーストリアは、統一できなかったし、中世以来、東方に移住したドイツ人は、各地に散らばっていた。東は、ウクライナまでドイツ人の移住地があって、チェコスロバキアの国境内、ズデーデン地方にも多数のドイツ人が居住していた。かれらは、ユダヤ人のように、同一の宗教信仰を持っていたわけではない。ヒトラーは、「民族の保存と拡大と未来を保障」することは、国家の役割であると近代的民族国家の原理を、ユダヤ的宗教国家の原理に対置する。そして、前者を後者に優越するものとして描く。

 ユダヤ人の「国家」がアーリア人諸国家のような領土的限界に左右されないのは、ユダヤ民族の性格と関係がある。ユダヤ民族の性格と関係がある。すなわち、独自の領土を持った国家を建設し解決していくための創造力に欠けているのである(同)。

 しかし、イスラエル建国によって、ユダヤは、「独自の領土を持った国家を建設」したのだから、「創造力」も持ったことになる。その「創造力」は、今や、パレスチナ人の抹殺、アラブ侵略というアグレッシヴな「野蛮力」となっている。

 ヒトラーは、あらゆる行動原理を自己保存の熱狂におき、それが民族を駆り立てていると言う。そして、生存競争の形態の違いによって、アーリア人とユダヤ人を区別する。すなわち、「アーリア人の生存闘争の基本は土地だ。土地を耕し、それをすべての基礎として、自分たちの活動範囲内で、自分たちの民族の生産力を通じ、まず自分たちの必要を満たす経済を生み出すのである」(同)。それに対して、

 ユダヤ民族は、民族自体が創造的能力に欠けているために、領土的な意味での国家建設を遂行することができない。そこで自身の存在を支えるものとして、他民族の業績や創造的活動が必要となってくる。ゆえにユダヤは、存在そのものが、他民族の生命の内部に入り込んだ寄生虫的なものとなる。したがってユダヤの生存競争の究極の目標は、生産力の活発な諸民族を奴隷化することとなる。この目標は、古今を通じて現実にユダヤの生存競争を代表してきたものであり、その達成のためにユダヤは、その性格の複合全体のなかに隠し持ったあらゆる武器を利用するのである(399~340頁)。

 ヒトラーは、民族の創造的能力は、領土国家の建設力であるが、それに対して、ユダヤは、他者を奴隷化して、そこから搾取し、奪取し、収奪して、寄生虫的に存在するものだという。ユダヤは、国内政治では、平等要求から、後には優越を求めるようになると言う。そこで、ユダヤ的性格には、狡猾さ、悪知恵、抜け目のなさ、不正行為、偽善などを生存競争の武器として使う戦略となっているという。それは単なる性格ではなく、目的意識的な戦略だというのが、ヒトラー的である。

 ユダヤの最終目標は脱民族化である。すなわち他民族を無差別に私生児化し、最高の民族の人種価値を低下させるとともに、その人種の寄せ集め集団を支配することである。そのためにはその民族のインテリ層を絶滅させ、ユダヤ民族の者がこれに取って代わるのである(341頁)。

 すなわち、ユダヤの目標は、唯一の民族となることである。しかし、これは、一神教的宗教の本質をある意味で、正しく指摘しているところがある。唯一の神しか認めないなら、他の神を信仰する者は、絶滅させるという傾向を、唯一神信仰は持っており、『旧約聖書』では、唯一神ヤーヴェは、異教徒を情け容赦なく滅ぼし、奴隷化する話がいくつもあって、逆に、他の宗教を受け入れるユダヤ人には、神罰を下し、バビロン捕囚では、異民族の奴隷にさせるという話がある。もともと、現在のパレスチナの地に移住を命じたヤーヴェは、エジプトで奴隷とされていたユダヤ人をモーセを通じて脱出させるのであり、神の「約束の地」とされたカナンの先住民を征服することで、後の王国の地を確保したのである。ローマの統治によって、広く地中海世界に散らばっていったユダヤ人は、ユダヤ教共同体というものを建設して、それを再生産してきたのである。

 したがって、ユダヤの世界闘争の終わりは必ず血塗られたボルシェビキ化となる。そしてその実体は、民族と結びついた知的上流階級すべての破壊であり、それによって自分たちが、指導者を失った人類の主人となることである(341頁)。

 というわけで、ヒトラーは、それを防ぐには、怯懦、下劣さ、をなくさなければならないと言う。ユダヤは卑劣漢を入り口として、他民族に入り込むからだというのだ。それから、彼は、古代から現代までのユダヤの歴史を描く。19世紀には、ユダヤは、「利子の思想」に基づく金融資本を作り上げたという。

 それを通じて諸国家の経済を内部から支配する地位を手に入れた。最後には、株式保有という詐欺を通じて生産拠点の大部分を所有するようになり、さらには証券取引を利用して徐々に公的な経済生活を支配していき、ついには政治生活を支配するようになってしまった(343頁)。

 彼は、金融資本とユダヤの民族性をデタラメに結び合わせている。「利子の思想」なる観念が、金融資本という現実を作り上げたというのである。利子自体は、太古の昔からあるというのに。それから、ユダヤは、第4階級である「手職人」を使って、知識人を攻撃し、それが、マルクス主義的な「ボルシェヴィキ革命」の「精神的な父親」となったと言う。こうして、伝統的に反ユダヤ的だったロシアとユダヤに軍事的にも反抗していたドイツの破壊が画策されたという。そして、ついに、ロシアでボルシェヴィキ革命に成功し、ロシアは、ユダヤの支配するところとなったというのである。

 ボルシェヴィキ革命のおかげで、ロシアの上流階級とロシア民族のインテリ階層は非人間的な苦痛と残虐のうちに殺害され、完全に絶滅した。ロシアでの覇権を求めるこのユダヤの闘争で犠牲となったロシア国民の数は、死者だけで二千八百~三千万に達している。これは世界大戦でのドイツの死者数の十五倍である。革命が成功すると、ユダヤは秩序、道徳、慣習などによる拘束を完全に破り捨て、高貴な制度としての結婚を廃止して、自由な性交を宣言した。目的は、全体として劣等な人間のごった煮を繁殖させうることであり、その手段は、まったく無秩序な私生児作りである。こうして生まれた劣等人間集団は、もはや自力で指導者を生み出す能力を持たず、最終的には、唯一の知的要素としてのユダヤなしには何もできなくなってしまうのである(343~4頁)。

 ヒトラーは、こうして、得手勝手なボルシェヴィキ革命象を描いて、秩序、道徳、慣習の拘束を対置している。彼が、ユダヤ=唯一の知的要素というのは、宗教のみを知的要素として認めているからである。それ以外は、「知的要素」に入れてないのである。あるいは劣等な「知」でしかないのだ。離婚の自由は、結婚という高貴な制度を廃止したものとされ、婚外子は、劣等な私生児と呼ばれている。ここでは、「血」は、イデオロギーであって、生物学的な意味での、あるいは遺伝学的な意味での「血」ではない。また。ここでの「知」は、宗教「知」であり、領土を持たないユダヤの宗教「知」は、領土国家を持つ民族宗教「知」と対立させられている。

 そして、それをユダヤの犯罪と言い、それとの闘いとして、ドイツの国家社会主義運動を対置する。そして、先に指摘したように、ヒトラーは、ブルジョア民族主義を、ユダヤの一部に入れている。

 現在、ユダヤは残った国々をも同じ状況へ導こうと躍起になっている。そこで彼らの闘争と行動を支持し隠蔽しているのが、民族主義祖国派によるブルジョア国民主義の諸政党であり、同時にマルクス主義、民主制、そしていわゆるキリスト教中央党が、攻撃的な突撃部隊として登場している(344頁)。

 そして、その闘いは、フランスで敗北し、フランスでは、証券取引所と銃剣は同盟者となったと言う。

 これらのことから、ヒトラーの国家社会主義とは、反金融資本であり、階級ではなく、民族や人種が主体の国家主義体制のことを指していることがわかる。そして、ここまでで、明らかなように、官僚、ことに軍部のエリート指導層をオルグしようとするものであることがわかる。この書は、ヒトラー自身が出版を止めたものであるが、ファシズム思想についてわかることがいろいろあった。ナチス台頭の背景は、1930年代にドイツを襲った恐慌であり、そして、共産党などの躍進などであるが、今日、アメリカ金融恐慌後の世界不況の中で、何が起こるのか、見通しが立ちづらいが、しかし、アメリカでの「ティー・パーティー」なるイギリスからの独立革命のきっかけの一つとなったボストン茶会事件にちなんだ名前の右派の台頭や日本での排外主義右翼「在日の特権を許さない市民の会」などの行動の活発化、ドイツでのネオナチなどによるドレスデン空爆糾弾行動への6700人の大結集など、ファシズム台頭を思わせる動きが目立ってくるいる中で、根本的なオルターナティブとしての共産主義を復権し、対置して、闘う重要性がましている。国家社会主義は、階級を抹消する点で、まったく、マルクス主義的共産主義とは異なっている。そして、資本主義批判は、デタラメである。そこに、かれらの弱点がある。

 
 

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ファシズムの批判(9)

 ヒトラーは、当時の国際関係を分析し、ドイツが取るべき対外政策について検討する。まず、彼は、ヴェルサイユ条約による軍備制限という「絶望的状況」(235頁)を考慮して、5つの原則を提起する。

  1. 現在の状況に変化をもたらすことは、それが軍事力によってしか実現しないものであるかぎり、ドイツ単独では不可能である。
  2. 国際連盟が行なう施策を通じてドイツの状況に変化が起きることは。この機関の意志を決定する代表者がドイツの破滅に関与した当事者と同じであるかぎり、期待できない。
  3. 強国との連合によって現在の状況を変えることも、それがドイツを取り囲むフランスの同盟システムとの紛争をもたらすものであれば、望みはない。まず必要なことは、軍事的にまったく無力な状態から脱する可能性を獲得することであり、それによって、同盟の義務〈適用〉を遂行しなければならない場合には、軍事的成功の見込みを持ってただちに名乗り出ることができるようにしておくことである。
  4. 究極的な対外的政策目標を明確に確立したと見られないかぎり、ドイツにそのような連合相手が見つかる臨みはない。また目的は、同盟相手として考慮し得る国々の利益と矛盾しないか、むしろ役に立つとさえ見えるものでなければならない。
  5. そうした同盟相手国が国際連盟の外に見つかることは期待できない。それどころか唯一の望みは、何とかしてこの戦勝国連合から個別の国家を離反させること、そしてその本質から言って、国際連盟を通じては実現できないような新たな目的を持った当事者による新グループを作ることにこそある。
  6. この方法での成功を達成するためには、ドイツは、優柔不断でどっちつかずだったこれまでの政策を放棄し、基本的に単一の方向性に基づいて物事を決定すること、そしてそれと同時に、すべての結果を受け入れて背負っていくしかない。
  7. いかに、どのようにして自らの運命を帰ると考えたとしても、フランスが敵になるということを一瞬たりとも忘れてはならない。どのような強国が反ドイツの連合を組むかはわからないが、フランスは最初からその一員として数えておかねばならない(235~6頁)。

  そして、ヒトラーは同盟国として、イギリスと、イタリアをあげる。ことに、当時、南チロル地方で、ファシスト党のムッソリーニが、ドイツ系住民を弾圧する事件があって、ドイツ国内で、ナショナリズムが高揚し、反イタリア感情が噴き出していただけに、それに反するようなことを、ヒトラーが考えていたというのは興味深い。これは、ヒトラーが、必ずしも大衆迎合主義者ではないことを意味していて、むしろ、ワイマール体制下の諸政党の方がポピュリストであり、ブルジョア民族主義者であることを意味しているのである。 それに対して、ヒトラーは、この点でも、反ブルジョア的であった。このことは、この時点で、すでに、ブルジョア民族主義が、進歩性を失っていたということを意味している。ヒトラーは、人種主義を唱えているのである。そして、それは、世界政策として提起される。

 遠い将来においては、新たな国家連携を考えることも可能になるだろう。高い民族的価値を持つ個々の国が集まって、世界を圧倒しつつあるアメリカの脅威と対抗するのである。なぜなら私には、イギリスによる既存の世界支配が今日の諸国家にあたえる困難の方が、アメリカによる世界支配の登場よりもましに思えるからである。
 この問題の解決となる得るのは汎ヨーロッパではなく、自由で独立した国家社会主義国家によるヨーロッパ、それぞれの利益分野が重なり合わず、その範囲が厳密に定まった国々によるヨーロッパのみである(337頁)。

 ヒトラーが恐れているのは、ヨーロッパに対するアメリカの影響力の拡大であり、世界支配である。それよりも、パックス・ブルタニカという既存のイギリスの世界支配の方が、ましだというのである。実際には、ナチス・ドイツは、英仏と戦争に入り、そして、イギリスは、アメリカと組み、反ファッショ統一戦線は、アメリカとフランスの反ナチ勢力、イギリス、ソ連などの連合軍を形成し、それに、敗れることになる。すなわち、明らかに、ファシズムは、資本主義勢力に敗北したし、つまりは歴史を進歩させる力がなかったということになる。それは、次のような、ヒトラーの野望の中に示されている。

 わが国がこの提案の意味を完全に近くし、その知覚の路線に沿って-すなわち東方で、しかも最大規模で-民族の領土不足を終わらせて初めて、ドイツ経済も、わが国に数千の危険をもたらす世界的な不安定要素であることを止めるだろう。そうなればドイツ経済は、少なくとも国内のさまざまな不足をそれぞれの土地に定着させるようになった国民は、国内の販売市場をドイツ産業に開放する。そうなればドイツ産業は、いわゆる「陽の当たる場所」を世界各地に求める狂ったような闘争や奪い合いから徐々に抜け出し、解放されていくことだろう(378頁)。

 これは、解説の必要のないほど明瞭で、露骨な、ドイツ人のための領土拡大要求であり、販売市場の開放欲求であり、ドイツ産業のみを、国際経済戦争、国際市場競争の荒波から救い出そうという自己中心主義の、国家エゴ、民族エゴの表明である。資本主義的世界競争戦の現実に対して、対決するのではなく、自分たちだけが抜けだそうとしたのである。

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