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自由と生存の家野菜市でのNO-VOXの報告

3月6日、NO-VOXシンポ・レポート

 運動の戦略の交換・性格の交換をする。国際フォーラムの期間中、地元の直接行動を行う。現場の運動体の尊重・直接行動に参加する。地元の意志を尊重。

  ①    現場の運動を支援する(運動体)
  ②    弾圧に対する抗議のキャンペーン(インターネットなど)

 抗議キャンペーンの例。

ⅰ.ケニアの産科病院(保育所併設)が、費用支払いができないという理由で女性と子供を監禁した。それに対して、女性グループたちと連帯して抗議した。
ⅱ.反動的開発業者による追い出しへの抗議。家を取り壊すために村にブルドーザーが来た時に、民間の暴走警備員が発砲。NO-VOXのメンバー1人が射殺され、抗議したメンバーが投獄された。犯人はそのまま警察が保護。ネットワーク参加者だけでなく、あらゆる団体に抗議を呼びかけた。カナダのケベックのマリ大使館で、250人が抗議、フランスでマリ大使館抗議(23回)。ブラジル、ブルキナファソでも抗議。2週間後に、逮捕者が解放された。政府は開発を止めて、住民と話し合う。
ⅲ.マリでの工場民営化で900人が解雇される。政府とつながる労組は、解雇者に冷淡。解雇者達は、労働組合を結成し、NO-VOXに参加。救援、カンパ、運動、デモするように支援。反対住民1万人が抗議行動に参加した。マリの州政府もデモを行った。その結果、工場は再国営化された。250人に6カ月分を含めた給料を支払う約束をした。

 フランス。空いているところを占拠し、キャンペーンをはる。立ち退きを拒否する。パリ市の市営住宅を占拠。区が折り畳みベッドを貸してくれた。1年後、住宅を与える約束を政府がする。運動は2年間続く。日本でも、フランス大使館行動があった。当事者たちが、運動の主体になることで、住宅をかちとることは同時に居住権を前進させることになる。現地での勝利はより大きな権利の獲得につながる。年に200ユーロ(2~3千円の会費)の会費で、金銭的に自立し、行政からの金はない。住宅の権利2団体、全国で30のグループが参加。警官を起訴(デモ隊に暴行する)。警察の暴力を糾弾する。警官の暴力に対して、非暴力的抵抗を貫く。フランスでの力関係が有利になった。左派政党だけでなく、右翼とも対抗。「私たちは、新自由主義的な現実政策と闘っていかねばならないし、自由主義的な政策と闘うためには、運動が一国的なレベルを越えて、戦線を拡大し、貧困当事者が言いたいことを、公的な空間に出現させていく。違った運動が一つの戦線を形成していくことを目指している」。これは、住宅大臣が地方へ行くとき、大臣に直訴もした。住宅がない、食べ物がない、雇用がないこと、地球上で半分が飢えている、証券投機などの投機や経済危機によって、貧困がますますひどくなっている。日本での公園からの野宿者追い出しに抗議して、フランスで抗議を行った。

 カナダ・ヴェロニックさん

 カナダの130の団体、フラベリューに加盟。住宅の協同組合作りに参加、30年くらい前から、貧困地区での支援活動を行う。政府による道路などのための再開発の対象となる貧困地区で立ち退きに反対する。政治の基盤を変えたい。住民が求める形で作られるべきだ。ケベックでは、公営住宅は、政府が勝手に作って、欲していない住宅を押しつける(立ち退き)。運動は、先からの住民管理、共同生活などの形にあらわれるような共同性、自主管理・共同性要求に応える。
 ケベックでは、政府・NPOなどが公営住宅を所有する。住宅が市場原理にさらされている。組合住宅は、計画から参加して、住んでいる。住宅協同組合建物が自主管理、アパート、共用スペースもある。住宅は、共同所有、住民達が共同で所有している住宅の管理までする。世帯は、組合の管理に絶対に参加し、意志決定(全員参加)する。家賃はアパート(民間)よりも安い。住宅手当と同じ家賃補助がある。収入の25%が家賃。民間の住宅だったら、所有者が取るが、家賃は組合経営資金になる。最初は混乱した。後に法的な枠組みも作られるようになった。法的に、自主管理制度がある。屋根、庭などは自分たちで作る。住む数は様々、10世帯のところもあれば、80世帯も入ってるところもある。1200の協同組合(ケベック)がある。貧困者自身が作っている。政府の助成金がつく場合もある。建設の際に、計画(政府)は不十分と思っている。協同組合タイプへの需要は増えている。収入の多くを家賃に取られている。私的業者は家賃をできるだけ多く取ろうとしている。
 フラブリュー参加団体には、不動産を持つ者や、都市開発計画者もいる。公的住宅に多くの資金を要求する運動もやっている。デモをやり、また、首相官邸占拠もやった。オタワで知事室を占拠した。貧困層が社会的に見えなくされている。それを可視化すること。日常的な闘いで、新自由主義政策で、公的住宅を減らそうとしている。家賃は上がるが、収入が減らされている。今の政府の住宅政策は貧困層の利害になっていない持ち家政策をすすめている。貧困層は、個人的に家を持つことではなく、公的住宅を持つことである。住宅が投機の対象(住宅、サブプライム・ローンなど)にされているのに対して、国境を越えて住宅の質をあげていかないといけない。

 カナダの共同住宅を始めるプロセスは?

 失業者運動は自立した運動である。デモを呼びかけたりすれば労組はデモに来る。しかし、労組からは独立している。労組は、安定した雇用者である無期雇用の労働者の利害を代表していて、非正規に冷淡である。同じ地区の住民の協同組合づくりのプランに呼びかけた時は、参加した。
 知らない人たち同士で、協同組合の住宅運動は、新しいのを建てるのと、古い住宅を建て替えたり、建て直したりすることをやっている。それに、社会運動が介入する。何年もかけて土地を獲得する。例えば、所有地(自治体)に看板を立て、3ヶ月間で取得し、建設に政府が合意したら、建設業者などと交渉し、設計する。収入は一般よりも低い(10%ほど)。建設・設計全てを監視する。しかし、協同組合規制が強くなっている。最後の過程では、工事完了後、助成金を政府に要請する運動をする。運動団体が協同組合を作る過程で建てたケースもある。国家に対抗すると同時にオルタナティブをする。スペインの例と似ている。

 フランスの場合は、オルタナティブをするよりも、公的なものを要求する。公的な住宅がたくさんあったのに、公的住宅を売り払うという変化を運動が止めないと運動が消えるかもしれない。協同組合のような取り組みは農村にある。過去十数年忘れられていたが、復活してきている。新しいタイプの若者の協同組合住宅がある。フランスの特徴は、家族単位で運動に参加していることだ。運動の意志決定に参加し、行政交渉(当事者参加)運動をする主体が家族である。異議申し立て運動をしてるのは、空き家が多い。全住宅の7%が空き家がある。政府が撤収し、集合住宅を提供する。

 カナダで政府の住宅補助金はどうなっているのか。日本では金も出すが口も出す。協同組合事業体経営は難しいのではないか?

 ヴェロニックさん:協同組合は、カナダでもケベックでも公営住宅と位置づけられている。だから、政府は金を出すが、口は出さない。他の協同組合は公営。協同組合以外の公営は自主管理できない。政府管理である。今、新たなスーパーなどの協同組合が発達している。私たちの生み出した家を分けあう、そんな位置付けなので、政府の介入は許さず、自主管理は当然と考えている。貧困層が位置を得る手段であると考えている。
 土地を得る前の段階から研修する。協同組合研修。管理・運営の研修。住むことになる人と一緒に。組合員は、同じ地位・管理―全員が同じ立場になるようにするため。協同組合の制度化は自主管理に反する。そういう共同体も出てきている。

〈NO-VOXリーフレットより抜粋〉
市民的不服従2007年にサンマルタン運河沿いを占拠した120人のホームレスたちの「ドンキホーテの子どもたち」に連帯して運動が拡大、フランスで「請求権付の住宅への権利DALO」が法制化された。しかし公営住宅の不足が理由で、DALOの適用は遅々として進まない。しかし法律も政策もどんなに素晴らしくても、適用されなくては意味がない。 誰もが家がなくては生きていけない。住宅は医療や教育と同じように、基本的人権である。ところが、家賃は高いし、人種差別もあるし、貧乏な学生にアパートを貸してくれる大家も少ない。いっぽうパリには意外と空家が多い。パリ市内だけでも1200戸の空家がある。賃貸に出されていない本当の空家である。そういうわけで、もともとパリには空家を占拠して生活している人が意外と多い。ただし、空家住まいにはパラダイスではない。大家が気がつけば裁判沙汰となる。しかし、基本的人権を尊重しない現行の法律のほうが間違っている。そこで「住宅への権利運動DAL」が呼びかけるのが、市民的不服従としての「占拠」である。市民的不服従とは、異議申し立てのあらゆる制度的方法が尽きた場合にとられる抵抗の集合行為である。法律に従わないことは、「違法だが正統」な選択肢を示すことであり、正統性がどちらにあるかを市民社会に問うことができる。というわけで、住宅が商品化されて不動産投機など金儲けの道具になることを支持しないならば、あなたも市民的不服従を!もちろん国が違えば法制度は違うので、これはスクオッターをしようという呼びかけではない。それぞれの現場で、何が市民的不服従であるかは違ってくる。連帯の呼びかけがあれば、世界各地、それぞれの市民的不服従のやり方で連帯するのがNOVOXである。

 

〈私的メモ-参考までに〉

 これは、3月6日の明大リバティタワーで行われた「居住権」シンポのメモを元にした報告です。とにかく、どういうものかわからなかったので、知る、理解することから始めるしかありません。
 明らかなのは、同じ「持たざる者」の運動といっても、フランスの空き家占拠、公的空間の奪取という思想とカナダの協同組合自主管理の思想の間に違いがあるということです。フランスの場合、公共住宅が多くあり、それを、解放するということが、反新自由主義運動として強く押し出されているようです。それに対して、カナダの場合は、住むことの全プロセスに、協同組合的共働が重視されているように思われます。空間に対する考え方にも違いがあるようです。フランスの場合は、公的住宅はすでにあり、それは、政府なり自治体なり家主なりがすでに作り上げたものとしてあります。「持たざる者」は、それを手に入れるだけです。しかし、カナダでは、土地を獲得し、住宅を設計し建て、管理運営にも全員参加するというのです。もっと言えば、空間に対する考え方の違いというのでしょうか、そういうものが、感じ取れるわけです。そこで、空間と主体の関係はどうなっているのかが問われていると言ってもいいかと思います。それは、「持たざる者」の文化、あるいは歴史性というものとつながっているように思われます。例えば、フランスの空き家占拠運動の映像を見ると、そこではアラブ系の音楽が空間を満たしているということがあるからです。
 その空間は一体誰のものなのか。住むということは、たんに、雨露をしのぐ場というだけではなく、主体の生成するプロセスの場であり、それは、自由と生存の野菜市の場、すなわち、「市」もそうではないでしょうか。韓国におけるシジャン(市場)がそうであり、マダン(広場)というのもそうした場です。日本だと、網野善彦氏によれば、「市」はアジールです。それから「辻」というものあります。共同住宅の空間は、必ず、共用部分を持ち、共同管理を必要とする、関係の場を持っている。そこは、関係=社会が再生産される場所でもある。それこそ、新自由主義が解体しようとしている場所です。「持たざる者」は、その空間を、主体へと生成変化しながら、再配分する、それが自主管理ということだろうと思います。そうした運動として、この運動をとらえるなら、空間を創造する、空間を変容させる、音楽は空間を変容させるものですが、人の声もまたそうです。「声なき者」の「声」を社会空間に解放することが空間を変容させるし、心地よい空間を生み出すのではないでしょうか。それは共働として、社会関係を創造する試みとしてあるということではないでしょうか。このような運動はそうした権利を獲得する運動でもあるように思います。私は、その点から言うと、フランスの場合、公共空間という出来合の公的空間に対する批判的観点が薄いように見えるのがちょっと気になりました。他者の声を騒音としか感じられないようにさせられていること、つまり、それは権力が、空間に対する関与を自己空間に限定させていることの反映でしかないのではないでしょうか。私の子供の頃は、プライバシーなどもやかましく言われず、その辺で、子供たちは騒ぎ回っていたし、鳥の声、虫の声もやかましく、自然の音もいっぱいでした。それは時代と言えばそれまでですが、自己空間だけの主体へと切り縮められる個人化の作用の結果として、そうなってしまい、その結果、共同性、社会性の領域から排除されてしまっている人が多いと思います。それは、権力の望むところにはまってしまったのではないかと思えてなりません。
  最後に、NO-VOXメンバーの何人かが資本主義批判を述べていたけれども、それが、投機批判、金融資本批判に限られていたということについてです。確かに、投機の問題はありますが、投機のない資本主義はありません。投機を規制することぐらいは、今の資本主義政府でもやることです。現にオバマ政権でもそうした政策をやっています。居住権は、権利要求運動の一つであり、それは生存権として認められるべきですが、それは、基本的には、資本主義社会の中で、生きる権利を要求する運動です。この運動に、新しい社会空間を創造する運動であり、その主体を生成するということがないと、それは、悪い言い方ですが、単なる物取り運動にしかならないかもしれません。それは反貧困の闘いとして必要なことも含んでいますが、それだけではなく、プレカリテとヨーロッパで呼ばれているような主体として、新社会を創造する主体性を内容あるものとして身につけないと、体制内化しかねません。それは、反資本主義というかれらが掲げる理念に反することです。それと、資本主義批判は、根本的全面的である必要があって、金融・投機批判だけではまったく不十分だということを踏まえなければならないと思います。権利と言うときに、キューバ憲法には、革命権というのが明記されています。アメリカ憲法にも革命権の思想が入っています。世界的な長期不況が続き、オルタナティブがふたたびリアルな問題として問われている中で、世界の様々な運動から学び、また相互に交通することには意義があります。そして、新自由主義批判として、デヴィド・ハーヴェイの空間地理学による権力による空間支配というものも問題になるし、その点から、グローバル・シティ(サスキア・サッセン)などの問題もあります。空間をめぐる資本主義との闘争があるということです。

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