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時代が要求する生成としてのレーニン

 レーニンについての条件反射的に繰り返される紋切り型のドグマがある。

 そうした紋切り型を口にする方と先日お話をしたが、その人はレーニンを読まないで、それについて書かれた誰かの本を読んで語っているにすぎなかった。それで、レーニンについてどうかと尋ねると、そんなのは、学者に任せておけばいいという返答だった。そういう類の事が多くて、閉口することもしばしばだ。自分で考えるのが面倒なのか権威に弱いのか。学者が文献を調べたというと、それだけで、もう、それが正しい解釈ででもあるかのように思いこんでしまう。

 ところが、実際のマルクスであれ、レーニンであれ、そうした学者の権威などに屈服することなく、自分の頭で考えた人である。エンゲルスもそうではあるが、彼はちょっとずるい。難しいことはマルクスに任せていたのである。『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』という本の話しの時がそうだ。ニューヨークで雑誌を発行する計画を立てていたヴァイデマイアーという男からの依頼をエンゲルスがマルクスに振った手紙があって、岩波文庫版の解説に引用されている。このクーデター直後の12月16日の手紙である。

 今日ひる受け取ったヴァイデマイアーの手紙を同封する・・・金曜日の晩までにかれのところへ論文を送れという要求はむりだ、―とくに今の状態では。しかし今こそ人々はフランス史について論壇というよりどころを切にもとめているのだ、そしてここで情勢について何かはっきりしたことをいうことができれば、それでかれの企画が最初の号で成功するということになろう。だが厄介なのはそういうものを書くということだ。そしていつものようにむずかしいことは君にまかせる。僕が何を書くにしてもクラビュリンスキイのねらいうち(ボナパルトのクーデターをさす)でないことだけはたしかだ。いずれにしてもそれについて君はかれに外交的に『退路をのこした』画期的な論文を書いてやることができる(岩波文庫229ページ)。

 エンゲルスが「いつものようにむずかしいことは…まかせ」たので、この仕事はマルクスによってなされることになる。すでに、マルクスは、1848年2月革命から1850年3月10日の補欠選挙までのフランス階級闘争の過程について、その最中に、1848年革命が波及したドイツのケルンで発行していた『新ライン新聞』に『フランスにおける階級闘争』を書いていた。それには、今起きている真っ最中の事件、現在進行中の事態について書くスタイルについて、学ぶものがある。そこには、センス、とりわけ、抽象的なものに対するセンス、唯物論的なドゥルーズが言う哲学者=概念創造者のセンスが感じ取れる。マルクスは、若い頃から、そういうセンスが鋭く、それを強く持っていた人である。まだ、ヘーゲル左派の中にいた時に、エンゲルスがマルクスについて聞いた評価は、若いが優れた哲学者だというものだった。まだ、これといった論文など書いてない段階でそう評価されていたのである。もちろん、学位論文があって、これは、今では、出版・翻訳されているが、それも、そうしたセンスのある論文である。そこではエピクロスとデモクリトスの原子概念の差異について展開されている。哲学的センスがもうこの頃には鋭く育っていたわけだ。そのセンスでフランスの1848年革命の過程を読み解いていったわけだ。

 唯物論についてもしかりで、唯物論は古いだのなんだのという紋切り型の繰り返しがある。レーニンの『唯物論と経験批判論』には、観念論と唯物論の対立は太古の昔からあると言われていて、このような唯物論という観点から見ると、マルクス・エンゲルス・レーニンなどは、数千年来のこの対立と闘争の歴史過程の中で現れた登場人物の中の3人にすぎないことになる。唯物論者は、エピクロス、スピノザ、ベーコン、ディドロ、エルヴェシウス、デューリング、ネグリ、ドゥルーズ、日本の富永仲基、山片蝙桃、「唯物論研究会」の面々、田中吉六、等々。それに、自然科学者の多く。その他諸々。というわけで、それは、人類の営為の成果としてあるが、時の支配階級は、それを奪取し、自らの間尺に合わせて改造し自らの武器とする。もちろん、最初から、支配階級の弁護論というのもある。それは、その思想の性格や状況の中での位置や諸々の条件などにもよる。

 これまでのマルクス・エンゲルス・レーニン観がドグマ化していることに象徴される知的停滞や思考停止の問題がある。ドグマ化は抑圧的だ。それでは、現実をきちんと認識できないし、それを根本的に変革するなどという発想も出てこない。ただ、ステレオタイプな発想と型への固着が起きる。ところが、どう見ても、現実の方は変化していて、知識がそれを後追いしている格好になっている。ドグマ化は、左右を問わず運動の保守化傾向を強化してしまう。ドゥルーズは、1968年から目を背けるためにヌーボー・フィロゾフ派がおかしなマルクス像を捏造したというようなことを89年の雑誌『文藝』に訳出されたインタビューで語っている。こうした像もまたロシアのレーニン像と同じく引き倒されなければならない。それによって、レーニンを戦闘的唯物論者として解放することが必要だ。「過程しかない」(ドゥルーズ)のだから、過程の運動の障害物となるドグマや紋切り型から解放されなければ、マルクスもレンゲルスもレーニンも見えてこないのである。そして、ドゥルーズのヌーボー・フィロゾフ批判として、資本主義についてまったく何も言っていないという点を指摘しておきたい。このことは、今、特に強調すべきである。死んだ生気がないドグマは、左だろうが右だろうが、生成の阻害物だ。「外部」を撮すこと、それは、ドゥルーズが「哲学史を書くのは肖像を描くのと似ている」と言うように、「外部」性を持つ「何か」を模写することであり、導入することである。だから、現代において、その現実の資本主義を論じないなどということはあり得ない。にもかかわらず、このところの現代思想は、資本主義という現実を無視するか、あるいは、暗黙の前提にしている。論じているということだけで言えば、サルトル・カミュ論争(『革命か反抗か』新潮文庫)は、ブルジョワ社会を議論の対象にのぼせているだけでも、たいしたもんだと読んでみてちょっと感心した。

 それに対して、労働運動からも市民運動からも、NPOだのというあたりからも、資本主義という現実に対するしっかりとした認識も、根本的批判も聞こえてこない。地域通貨運動からは貨幣廃止だけが資本主義批判の要であるかのように言われる。では、賃労働-資本関係、それから、「資本の生産過程」、それから労働過程はどうなるのかとかいうことがある。特に労働の在り方の問題である。それから、価値論の領域があり、価値計算の問題がある。価値配分においては政策的裁量が大きくなるが、資本主義においては社会的平均労働時間による価値計算が、市場による価値実現の競争による市場価格の平均へと整序されていくというふうに『資本論』ではなっているのだが、それのない社会主義社会ではそうはいかない。それから、過渡期には、それらが混在するのは避けられないし、両者を政策的に調整していかないといけないので、それは「計画経済」の価格決定方程式(森嶋通夫)などを基にした指標の調整などを必要とする。そして、大事なのは、それが、大衆のインセンティブの発揮によって達成されねばならないということである。大量生産大量消費のフォードシステム型のインセンティブは、高賃金、複利等々の物的刺激によるインセンティブであり、ソ連・東欧でも物的刺激策は取り入れられてきた。奨励金、報奨金、特典、成果主義、等々。しかし、それは、特権的とも言える基幹本工労働者と下請け、請負などの格差の上に成り立ったものにすぎないということがこの間ますますはっきりしてきた。基本的に国営企業がほとんどのソ連などでは、それは、官僚上層と下層の格差として現れたのだろう。そこで、公共事業における専門主義や官僚主義の弊害が問題となった。フルシチョフ時代の大規灌漑事業の失敗(ウラル海の縮小、畑地の塩害等々)。こうした問題は資本主義でも現れたが、それはある程度は大衆運動などによって修正された。とはいえ、資本は、それを第三世界への進出の際には繰り返すのだが(公害輸出等)。「計画」には、その速やかな修正と現実への一致を実現できるプロセスの組み込みが必要であるのに、それが出来なかったということがソ連型「計画」経済が抱えた問題の一つであった。

 それに対して、自由市場主義者たちは市場の見えざる手による自動調節機能の発揮を主張し、それを政策化したが、それはたんなる信仰にすぎなかった。やはり、それは、資源の適切な配分ではなく、利潤原理による偏った配分に帰着した。そのために、必要な物ではなく、儲かる物が生産されるようになったのであり、それは時として国家予算(税金)によって消費される。地デジみたいに強制的に消費させられもした。買わない自由がないのである。オバマは、自動車産業を救うために、自動車購入費用の一部に公的資金を投入した。消費財を国が金を出して買わせるなどというのはソ連でもあまり例のないことではないだろうか。ソ連名物の行列は消費財の供給不足のために起きたのであり、アメリカの自動車は過剰生産で売れないという需要不足によって起きたことだからである。過剰生産がいいのか過少生産がいいのかというのは不幸な選択肢である。ある商品が生産されると、買う買わないは市場における消費者の自由選択のはずで、消費者は買う自由と共に買わない自由があるというのが一応、自由市場主義の前提である。供給が需要を上回った場合には、供給体制の縮小、生産の縮小、設備の廃棄や遊休が行われることなる。そうして、供給と需要が適合するまでがまんしろというのがハイエク流の自由主義的解決策である。もちろん、そんなのは幻想に過ぎない。なぜなら、がまんの押し付けは強制力を伴わないでは実現不可能だからである。そこで、国家暴力の強化、国家秩序、法的秩序、道徳の強制が同時に行われねばならず、自由主義は、国家主義、道徳主義とセットにならざるを得ない。デヴィド・ハーヴェイが『新自由主義』で明らかにしたのは、自由主義と保守主義が相互補完的に結びついているということだった。リベラリズムへの幻想はこうした結びつきを見えなくする。そして、ネオ・リベラリズムが、旧来のリベラリズムが産業資本のイデオロギーであるのに対して、多国籍資本、とりわけ金融資本のイデオロギーだということである。グローバリゼーションが同時に市場秩序の法的イデオロギーの強化を伴っていたことが、それを証している。WTO、ガット・ウルグアイラウンドなどの国際貿易体制の強化、国際法秩序の強化、そして、その違反に対する厳しい制裁措置の強化、国際金融機関や国際資本による融資国の経済政策への強力な介入など。ギリシャがいま直面しているのが、こうした事態である。しかし、それは、すでに、東欧、ハンガリーなどでは昔から行われてきたものであり、90年代後期には、アジア通貨危機に見舞われた東南アジア諸国や韓国、債務不履行に陥ったアフリカ諸国、そして中南米でも最近まで続いていた。それは、ハーヴェイによれば、歴史的には、ピノチェット軍事独裁政権下のチリから始まったプロセスである。

 先日、新聞の世論調査で、答えた人の多くが社会主義を求めていることが明らかになった。しかし、それは、たぶん、革命抜きの社会主義であり、高負担高福祉(神野直彦)の西欧流福祉国家型社会主義である。しかし、それでも、イギリス型「第三の道」よりはずいぶん社会主義寄りに意識が傾いてきている。それに対して応えられる議会政党はない。相変わらず、自由主義を前提にして、その改善によってなんとか事態を乗り切ろうという政策を掲げる議会政党ばかりである。状況は、レーニンの復活、不死鳥的甦りの条件が成熟しつつあるというふうにしか見られない。選択肢は少なくなってきており、明らかに革命的解決の方に時代のベクトルが向きつつある。西欧流福祉国家化という選択肢は英米型を模倣してきた日本型福祉制度の大変革を伴うことは明らかで、それをやるには、強力なリーダーシップと人々の広範な支持が必要であることは明らかだが、それをなしうるような政治潮流はない。大きい運動としてもない。こうして、人々の社会主義要求意識と政治の間のギャップが拡大していっているというのが今の状況だ。革命なき過去の切断は不可能であり、今や、部分的変更ではなく、全般的変革が問題になりつつある。「希望は革命」(雨宮果稟)は、大衆の時代的無意識を一言で明るみにした至言であり、これこそ本物の前衛的意識であったことは今や誰の目にも明らかである。だから、再び時代がレーニンを求めているというのも当然で、それも、「4月テーゼ」のレーニンが回帰するということになるわけだが、そこで、出来合のレーニン像を倒して、実践過程そのものとしてのレーニンが生成しなければならないということになる。そうして、社会関係を創造し、概念を創造し続ける実践=主体(バリバール)、あるいは絶対的過程(スラヴォイ・ジジェク)としての主体が前衛として生成しなければならない。というのは、歴史の根本的断絶を求める大衆意識の高揚に対して応えられるのは、そうした主体であり、それは何度も歴史的変革期に登場してきたからである。

 

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