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参院選挙からの雑感

 現在、参議院選挙の最中である。この選挙の争点は何だろうか?

 すでに、陰が薄れているG20だろうか? そうでもなさそうだ。カナダG20サミットの関心は、財政収支の健全化にほぼ終始しているようだ。ギリシャの財政破綻があったことも関係しているのだろう。サミット会合で「各国首脳は米国が主張する景気刺激策を通じた成長確保が短期的に重要であるとともに、欧州諸国が取り組む財政健全化も中期的には不可欠だとの認識で一致」(6月26日時事通信)した。確かに、今年前半の日本の成長率はプラス2ポイント程度でわりと好調である。問題は成長の中味だ。買い物をしてみれば誰しも気づくようにデフレである。企業間取引物価、卸売り物価などの物価も見てみないと総合的には判断がつかないが、とにかく、一般商店に並ぶ商品の価格は下がっていることは子供でもわかる事実だ。税収的には、量が増えないと消費税収が増えることは期待薄である。デフレは短期的にはワーキング・プアには恵みとなっているが、長期的には賃金低下と失業増加をもたらす可能性の高い事態である。

 民主党の枝野官房長官は、「高福祉高負担」の西欧型福祉国家路線を明確に指し示したが、それを導入するためには大きな制度改革を行わなければならないことを言わなかった。労働組合から賃金の在り方から企業福祉体制から労働市場からなにから、とにかくいろいろと変えなければならないことがあり、それ抜きに福祉国家と言ったら現行制度のままバラまきするということになるだけである。

 それから、この政権は現在の最大の問題として沖縄の普天間基地移設問題を抱えている。鳩山首相の退陣でことは終わったわけではまったくなく先延ばしになっただけである。菅は、鳩山の方針、つまり日米共同声明路線を継承することを表明しており、その実現のためには移設先とされた辺野古の反対運動との対決か懐柔などは避けられず、前者の道なら強制執行という強硬手段を取らないといけない。それは、菅のこれまでの市民派というイメージを大きく変えることになる。それでも、この路線にこだわり強行するのか。鳩山は、アメリカとの約束を重んじて、沖縄との約束、選挙公約をひっくり返した。約束を守らない政府を信用出来るのか? 菅が日米共同宣言を忠実に実現していけば、アメリカは菅政権を信用するだろうが、沖縄からの信用を失うだろう。

 ヤマトによるこの露骨な沖縄差別は沖縄の抵抗の徴としての民族性を呼び覚ましている。民族自決権は国際法の原則の一つで国際社会が承認する一般的権利である。もちろん、それはイコール独立ではなく、その概念に包摂されることには、民族言語での教育権、文化権、自治権などがある。いずれにしても、この場合、民族自決権とは「沖縄のことは沖縄が決める」権利のことである。それを、本土の側は承認することだ。分離の権利があるということを周知徹底することである。それを行使するかしないかは沖縄の人たちが自由に討議して民主的に決定すればいい。そういう態度を本土の人々に広めることである。

 しかし、「在日」は民族自決権の対象だろうかという問題がある。少なくとも琉球とアイヌについてはそれは言える。これは歴史的社会的に判断するしかない問題だと思う。例えば、民族自決権をもとに民族学校を公的に認め通常の学校と同じに扱っていいのかどうかである。しかし、この歴史的に確立された国際的に承認されている権利以外にどのような根拠をもって民族教育を保証できるのか。多民族国家化や多文化社会化がそれの答えにならないことは明らかである。フランスでの移民同化策、アメリカでの「アメリカ人化プロジェクト」などの同化策の採用は、やはり現代国家においてはナショナル・アイデンティティーが、多民族化、多文化化の基礎条件として前提となっていることを示しているからだ。それは、かつてのオーストリー=ハンガリー帝国における文化自治制と似ていて、あくまでも帝国臣民というアイデンティティーの確立の上での多様性の容認でしかない。それよりも、民族自決権の方がはるかに民族の多様なアイデンティティーを許容することが可能である。それは、権力を握る支配階級=支配民族が自らを抑圧民族として組織することが、他の多くの被抑圧民族、被差別民族を民族性の発展へと導き、抵抗の主体とするということで明らかだ。日米両政府による沖縄差別は沖縄を差別するアメリカはヤマトをも差別しているという反米民族主義的なヤマト性を高めるだろう。こうして民族的多様性が拡大することになる。

 こうした多様性を多様性の線に沿って考え哲学していくことはドゥルーズの主張するところだが、彼がそれを実践したのに対してドゥールズ読みはそれを実践しえず、干からびた解説屋や解釈屋に止まっていることが多いのではないだろうか。民族性は、領土を求めると共に「脱領土化」するというようなことを江上波夫の『騎馬民族国家』(中公新書)あたりから展開してみるというような賭け事をやってみたら、いろいろと現代の民族問題を理解するのに役立つような気がする。あるいは、多と民族の間に切断線を入れてみるというようなことも。しかし、難民は、「脱領土」化しながら「領土」の夢の中にある存在であることが多いのではないか。フランスでは、移民は大都市郊外の「領土」化された空間に閉じこめられて、例えば、マグレブの夢を見ることを実質的には禁止されている。多くの移民はフランス化しフランス市民と認められることを求めている。ハンガリー移民の子のサルコジはもはやハンガリーの「領土」を夢見ることはないだろう。かくして、移民労働者は、「領土」を喪失することと引き換えに資本の労働者に転身させられ、そうして労働力商品として流通するようになるのである。すなわち、それは、労働者を抽象化する過程であり、一般的なものへと転化する過程であり、労働力化の過程なのだ。言葉を理解できることは、資本の監督者の指令を正確に実行するのに必要である。坂中英徳(元東京入管局長)が多民族社会化の最初の措置として具体的に提言しているのが、移住労働者に日本語を習得させるための公的支援であることは、それを露骨に示すものである。法律や習慣は相互習得ではなく、一方的な移民側の習得によって守られ無傷であるべき障壁のままなのである。これは、同化主義の一種であることは明らかで、ただそれを多民族社会化などというご立派な飾りで誤魔化しているだけなのだ。それは偽物である。

 沖縄を差別しながらそれを差別と見えないようにさせているものが何かは、この間、沖縄の運動が明らかに示してくれているように、日米同盟、日米安保体制である。そんなことを、沖縄の人々の闘いによって教えられるというのは自分の鈍感さを自覚せざるを得ないことだ。琉球弧、多様な線、多様な「領土」と「脱領土」の運動の海、反基地闘争の主体化されたジュゴンは泳ぐという運動によって闘いに参加し「闘争機械」へと合体し、沖縄の闘いの多様性の線になっている。それは、民族自決権という夢の媒介があって多様なまま結合するのではないだろうか。市民的統合は抵抗の線を消すが、民族自決権的統合は抵抗の線を消さないのである。

 成長と財政再建の両立重要=首脳の認識一致-ムスコカ・サミット

 【トロント時事】主要国首脳会議(サミット)は25日昼(日本時間26日未明)、カナダ・トロント近郊のムスコカ地方にあるリゾートホテルでの昼食会で実質討議に入り、経済成長と財政再建の両立が重要との認識で一致した。
 ギリシャ危機を契機に欧州諸国が財政規律の強化に動く一方、米国は経済対策の実施による成長維持を訴えてきたが、大きな方向性で先進国が足並みをそろえた格好だ。
 討議では世界経済の現状について、回復は予想以上に強いが、先進国の失業率高止まりなど引き続き脆弱(ぜいじゃく)な要素もあり、短期的には景気への配慮を怠るべきではないとの意見が大勢を占めた。
 こうした認識を踏まえ、各国首脳は米国が主張する景気刺激策を通じた成長確保が短期的に重要であるとともに、欧州諸国が取り組む財政健全化も中期的には不可欠だとの認識で一致。タイミングを誤らなければ財政再建は成長持続につながるとの考えも共有した。
 また菅直人首相は、日本が取りまとめた財政運営戦略と新成長戦略を紹介。先進国共通の課題である高齢化は、社会保障費の増加といったマイナス面をとらえるだけでなく、介護や医療分野などの雇用拡大、経済成長につながるとの視点が必要と訴えた。各国首脳からは「関心の表明があった」(同行筋)という。(2010/06/26時事通信)

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