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『経済学・哲学草稿』(マルクス著 城塚登 田中吉六訳 岩波文庫)について

 以下は、とある勉強会に出したレジュメです。

    『経済学・哲学草稿』(マルクス著 城塚登 田中吉六訳 岩波文庫)について

                                                 流 広志

 全体は4つの草稿からなっている。序文によると、マルクスがパリで、1843年10月下旬にパリ近郊サン・ジェルマンにアーノルト・ルーゲと同居して発行した『独仏年誌』での「ヘーゲル法哲学批判」というヘーゲルの思弁批判だけでは不十分と感じて、素材そのものの批判を混ぜないようにし、独立したパンフレットとしてテーマ別に発表する計画を立て、その一部として書かれた草稿である。結局、マルクスはこれを出版することは出来なかった。

 一つに、この時、マルクスは、「実証的な人間主義的および自然主義的批判は、まさにフォイエルバッハからはじまる。ヘーゲルの『現象学』と『論理学』以来、真の理論的革命を内にふくんでいる唯一の著作であるフォイエイルバッハの諸著の影響は、物静かであるがそれだけまた、より確実、より深刻である」(13頁)と述べているように、ヘーゲル左派の唯物論哲学者フォイエルバッハの影響下にあった。そして、その立場から、「ヘーゲル弁証法と哲学一般とへの対決」をどうしても必要だとして、第3草稿の〔5〕と第4草稿を書いている。それは、「―〔批判的神学者における〕この徹底性の欠如は偶然ではない。というのは、批判的神学者といってもそれ自体はやはり神学者であるに変わりはなく、したがって、一つの権威としての哲学の一定の諸前提から出発せざるを得ないか、それとも、批判を進めるうちに、また他人の諸発見によって、自分の哲学的諸前提に疑いが生じた場合、これらの前提を憶病な不正なやり方で放棄し、捨象して、これらの前提への自分の隷属とその隷従にたいする怒りを、ただもう消極的な、無意識な、思弁的なやり方で表明するか、このどちらかだからである」(13~4頁)。

 『経哲草稿』でもっとも有名なのは、言うまでもなく第1草稿の〔四〕〔疎外された労働〕の部分であり、この疎外という概念をめぐって様々な議論が行われてきた。疎外論から物象化論へという廣松渉氏のテーゼは有名である。国民経済学の部分については、後に『資本論』が書かれるので、この段階では、労働力と労働の区別がないなどの限界が、マルクス自身によっても後に指摘されているように、アダム・スミスなどの経済学から学ぶという立場に立っている。それでも、ヘーゲル流の疎外という概念を使って、資本主義批判を試みていて、それは『資本論』まで一貫していると主張する人もいる。例えば、橋本剛『マルクスの人間主義』(窓社)である。それから、この本にはマルクスの後の著作と違う特徴がある。それは、特に第3草稿の〔四〕〔貨幣〕に典型的なように、シェークスピアの引用をもって貨幣論を展開しているように、文学的、情熱的な感性の直截な表現が多く見られることである。この点が、『資本論』のような研究書的スタイルで書かれているものに比べて、人々にとって取っつきやすくなっている理由であろう。もちろん、『資本論』でも随所にそうした箇所が出てくるのだが、それは全体の中では控えめになっている。例えば、

「もし君が相手の愛を呼びおこすことなく愛するなら、すなわち、もし君の愛が愛として相手の愛を生みださなければ、もし君が愛しつつある人間として君の生命発展を通じて、自分を愛されている人間としないならば、そのとき君の愛は無力であり、一つの不幸である」(187頁)

「それゆえ、対象的な感性的な存在としての人間は、一つの受苦的〔leidend〕な存在であり、自分の苦悩〔Leiden〕を感受する存在であるから、一つの情熱的〔leidenschaftlich〕な存在である。」(208頁 下線は引用者)。

 全体をやっていると時間がないので、疎外された労働と私有財産と共産主義論とヘーゲル哲学とヘーゲル弁証法批判のところだけを取り上げる。

(疎外された労働)

 これには四つある。

  1. 「労働者にたいして力をもつ疎遠な対象としての労働の生産物にたいする労働者の関係。(93頁)。事物の疎外
  2. 「労働の内部における生産行為にたいする労働者の関係」(同)。自己疎外
  3. 「人間の類的存在を、すなわち自然をも人間の精神的な類的能力をも、彼にとって疎遠な本質とし、彼の個人的生存の手段としてしまう。疎外された労働は、人間から彼自身の身体を、同様に彼の外にある自然を、また彼の精神的本質を、要するに彼の人間的本質を疎外する」(98頁)。つまり、類的存在からの疎外
  4. 「人間が彼の労働の生産物から、彼の生命活動から、彼の類的存在から、疎外されているということから生ずる直接の帰結の一つは、人間からの人間の疎外である。人間が自分自身と対立する場合、他の人間が彼と対立しているのである」(同)。すなわち、人間からの人間の疎外

 「私有財産は、外化された労働、すなわち外化された人間、疎外された労働、疎外された生活、疎外された人間という概念から、分析を通じて明らかにされるのである」(102頁)。ここには、後の『資本論』あるいは『経済学批判序言』で上向的(総合的)・下向的(分析的)という方法の区別がまだない。概念の分析だけがある。しかし、それは、「フォイエルバッハ・テーゼ」を契機に変わる。

 (私有財産と共産主義)

 マルクスは、私有財産を労働と同じとし、所有と無所有の対立を、労働と資本の対立として概念的に把握している。「資本と労働は最初はまだ一つになっている。つぎにたしかに分離され、疎外されるが、しかし積極的な諸条件として、相互に助長しあい、促進し合う。/両項の対立、それらは相互に排斥しあう…」(「私有財産の関係」 117頁)。「私有財産の主体的本質、対自的〔fur sich〕、に存在する活動としての私有財産、主体としての、人格としての私有財産は、労働である」(「私有財産と労働」 119頁)。

  これらを前提として、第3草稿の〔二〕〔私有財産と共産主義〕では、「所有の排除としての私有財産の主体的本質である労働と、労働の排除としての客体的労働である資本とは、その発展した矛盾関係としての私有財産、したがって解消へとかりたてるエネルギッシュな関係としての私有財産である」(126頁)という具合に、所有関係に資本主義批判と共産主義論の基礎を置いている。そこで、共産主義は、「(1) その最初の形態においては、私有財産の普遍化と完成とであるにすぎず、そのようなものとして共産主義は、私有財産として万人に占有されえないあらゆるものを否定しようとする。それは暴力的なやり方で、才能等々を無視しようとする」「粗野な共産主義者は、頭のなかで考えた最低限から出発して、こうした妬みやこうした均分化を完成したものにすぎない」(128頁)。「共同体はただ労働の共同体であるにすぎず、また共同体的資本、すなわち普遍的な資本家としての共同体が、支払う給料の平等であるにすぎない」(同)。「男性の女性に対する関係は、人間の人間にたいするもっとも自然的関係である」(129頁)。「したがって、私有財産の最初の積極的止揚である粗野な共産主義は、積極的な共同体的存在として自分を定立しようとする私有財産の下劣さが現われる一つの現象形態であるにすぎない」(130頁)。 

  それに対して、マルクスは、「(2) 人間の自己疎外としての私有財産の積極的止揚としての共産主義」(同)を対置する。「この共産主義は完成した自然主義として=人間主義であり、完成した人間主義として=自然主義である」(131頁)。「社会そのものが人間を人間として生産するのと同じように、社会は人間によって生産されている。活動と享受とは、その内容からみても現存の仕方からみても社会的であり、社会的活動および社会的享受であえる」(133頁)。「社会は、人間と自然との完成された本質統一であり、自然の真の復活であり、人間の貫徹された自然主義であり、また自然の貫徹された人間主義である(同)」。「人間の個人的生活と類的生活とは、別個のものではない」(135頁)。「私有財産の止揚は、すべての人間的な感覚や特性の完全な解放である」(137頁)。「たんに、五感だけではなく、いわゆる精神的諸感覚、実践的諸感覚(意志、愛など)、一言でいえば、人間的感覚、諸感覚の人間性は、感覚の対象の現存によって、人間化された自然によって、はじめて生成する」(140頁)。「ある存在が自分の足で立つようになるやいなや、それははじめて自立的なものとみなされる」(145頁)。「社会主義的人間にとって、いわゆる世界史の全体は、人間的労働による人間の産出、人間のための自然の生成以外になにものでもないのであるから、したがって彼は、自己自身による自己の出生について、自己の発生過程について直観的な、反対できない証明をもっているのである」(147頁)。そして、この最後。「それは本質としての人間および自然の、理論的にも実践的にも感性的な意識から出発する。現実的生活が、もはや私有財産の止揚つまり共産主義によって媒介されない、積極的な人間の現実性であるように、社会主義としての社会主義は、もはや宗教の止揚によって媒介されない、積極的な人間の自己意識である。共産主義は否定の否定としての肯定であり、それゆえに人間的な解放と回復との、つぎの歴史的発展にとって必然的な、現実的契機である。共産主義はもっとも近い将来の必然的形態であり、エネルギッシュな原理〔das energische Prinzip〕である。しかし共産主義は、そのようなものとして、人間的発展の到達目標―人間的な社会の形姿―ではない」(148頁)。

  ここまでは意識としての共産主義についてである。〔三〕〔欲求、生産、分業〕では、人間的欲求と私有財産の対立を種々のカテゴリーから展開する。その中で、物神崇拝について、感覚的な意識を社会的なものとしている点に注意が必要である。「自然にたいする人間的な感覚、自然の人間的な感覚、したがってまた人間の自然的な感覚が、まだ人間自身の労働を通じて生みだされていないかぎり、感覚と精神との抽象的な敵対性は必然的である」(160頁)と述べているのである。そして、「平等とは、フランス的な、つまり政治的な形態に翻訳されたドイツ的な「自我=自我」〔das deutsche Ich=Ich〕にほかならない。共産主義の基礎としての平等は、共産主義の政治的な基礎づけである」(同)とフランス的感覚・意識とドイツ的感覚・意識の違いを例にあげている。

 

「社会―国民経済学者たちにとって現われるような―は、市民社会であるが、そこでは各個人は諸々の欲求の一全体であり、彼らが相互に手段となるかぎりでだけ、他人は各個人のために現存するし、また各個人は他人のために現存する。国民経済学者は―政治学がその人権についておこなうのと同様に―すべてのものを人間に、すなわち個人に還元し、そして個人を資本家あるいは労働者として固定化するために、この個人からあらゆる規定性をはぎとるのである」(168頁)。

 そして分業論。「分業は、疎外の内部での労働の社会性についての国民経済学的な表現である」(同)。

 それに対して、国民経済学は、利己心を基礎とする交換性向によってそれを説明する。

 (ヘーゲル批判)

 第3草稿の〔五〕〔ヘーゲル弁証法と哲学一般との批判〕と第4草稿〔一〕〔ヘーゲル『精神現象学』最終章についてのノート〕は、ヘーゲルの『精神現象学』の批判である。マルクス自身の解説によると、この当時、ドイツでは「批判は古代世界の内容に没頭しており、資料にとらわれた展開をして」(188頁)いた。それは、「まったく強引なものだった」(同)ので、「批判の方法」にはまったく無批判であった。マルクスは、青年ヘーゲル派のシュトラウスやブルーノ・バウアーをその例にあげている。かれらはヘーゲル論理学の枠にとらわれていた。マルクスは、フォイエルバッハが、『哲学改革のための暫定的提言』と『将来の哲学の根本命題』で「古い弁証法と哲学とを萌芽的にはくつがえしてしまった後でも、―それとは反対に、あの〔バウアーらの〕批判が、この仕事を遂行するすべを知らなかった」(190頁)と言う。バウアーらに対して彼は、「唯心論的高慢さ」(同)で、歴史の全運動を批判自身とその他の世間(この世間は批判に対立するものとして「大衆」という範疇にはいる)との関係に還元」、「一切の独断的な諸対立を、批判自身の賢明と世間の愚鈍との対立」、「批判的キリストと人類との対立という一つの独断的対立へと「ひとからげ」に解消」、「批判が毎日毎時のように自分自身の優越性を大衆の知恵のなさをだしにして証明」、「批判は、世間を超越して高尚な孤独のうちに王座を占め」、「ただ時々…哄笑」、「世間や人間的感情にたいする自分のそうした超絶性を批判が活字に印刷させた」、「あらゆる滑稽なふるまいを、批判という形式のもとで死にかけている観念論(青年ヘーゲル派)がした」後に、なお、「この観念論は、いまこそ自分の生みの親であるヘーゲル弁証法と批判的に対決しなければならぬという予感をただの一度も表明しなかったし、それどころか、フォイエルバッハ的な弁証法にたいして批判的な態度をもつと自称することさえ知らなかった。自分自身にたいする完全な無批判的態度である」(190~1頁)と批判している。

 こうしてマルクスはこのパリ段階では、フォイエルバッハを高く評価し、それに対して、青年ヘーゲル派を批判し、ヘーゲル弁証法をも超えていこうとしている。青年ヘーゲル派批判は、『独仏年誌』の仕事を通じて関係が深まったエンゲルスとの最初の共著である『神聖家族』で行われる。さらには、ブリュッセルに移る頃には、「フォイエルバッハ・テーゼ」そして『ドイツ・イデオロギー』において、フォイエルバッハを含む青年ヘーゲル派の批判へと向かうのである。ただ、ヘスの影響について、良知力氏と廣松渉氏の間で見解が分かれている。『ド・イデ』の段階では、マルクス・エンゲルス・ヘスの三者は共同作業を行っている。それはさておき、マルクスは、フォイエルバッハのヘーゲル弁証法批判を3点あげている。

  1. 哲学は、思想のなかにもたらされ思惟によって遂行された宗教にほかならず、したがって、人間的本質の疎外のもう一つの形式、現存様式として〔宗教と〕同様に断罪されるべきだ、ということを証明したこと。
  2. 真の唯物論と実在的な科学とを基礎づけたこと。しかもこれをフォイエルバッハは「人間の人間にたいする」社会的な関係を同様に理論の根本原理とすることによっておこなったのである。
  3. 彼は、絶対的に肯定的なものであると主張されている否定の否定にたいして、自分自身の上にやすらぎ、積極的に自分自身を根拠とする肯定的なものを対置することによって、〔上記の基礎づけを〕おこなったのである。(191頁)

 マルクスは、フォイエルバッハのヘーゲル理解を、①実体=絶対的な固定した抽象物から出発し、②哲学は宗教と神学との止揚とし、③宗教と神学を再興する、としていて、「否定の否定を、もっぱら哲学の自己矛盾としてのみ把握している」(192頁)と批判し、むしろ、ヘーゲルが「否定の否定を、―そのうちに存している肯定的な関係からいえば、真実の肯定的なものとしてとらえ、―そのうちに存している否定的な関係からいえば、一切の存在の唯一の真なる行為および自己確証的行為としてとらえたのであるが、そうすることによって彼は、たんに抽象的、論理的、思弁的な表現にすぎなかったが、歴史の運動にたいする表現を見つけだしたのであった」(下線は引用者193頁)と評価している。

 そして、マルクスは、『精神現象学』の目次をあげた上で、『エンチュクロベティー』全体の中で、それが、『小論理学』において、純粋な思弁的な思想から、絶対知(自己意識的な、自己自身を把握する哲学的な精神、絶対的な超人間的な抽象的精神)で終わっていることを指摘する。「哲学的精神は、自己疎外の内部で思惟的に、すなわち抽象的に自己を把握している疎外された世界精神にほかならない」(195頁)。

 ヘーゲルの誤りは、「存在、対象が思想のなかの存在としてあるように、主体はつねに意識ないし自己意識である」(198頁)という点に集約されている。「ヘーゲルは近代国民経済学の立場に立っている」(199頁)。「ヘーゲルは、労働を人間の本質として、自己を確証しつつある人間の本質としてとらえる」(200頁)。「彼は労働の肯定的な面を見るだけで、その否定的な側面を見ない」(同)。

 絶対知。「主要なことは、意識の対象は自己意識以外のなにものでもないということ」(同)。「人間は自己と等置される」(201頁)。「独立に抽象化され固定化された自己とは、抽象的なエゴイストとしての人間であり、思惟という純粋な抽象にまで昇華されたエゴイズムである」(同)。「ヘーゲルにあっては、人間的本質、人間は、自己意識に等しいと見なされる」(同)。「意識、自己意識は、それの他在そのもののうちにあって自己のもとにある」(211頁)。「自己意識をもつ人間は、精神的世界を―あるいは彼の世界の精神的な一般的現存を―自己外化として認識し止揚していたのであるが、そのかぎりにおいて彼は、この世界を再建し、それの他在そのもののうちにあって自己のもとにあると称するということであり、したがってたとえば宗教を止揚した後に、宗教を自己外化の一産物として認識した後で、しかもなお宗教としての宗教のうちに自己が確証されているのを見いだすということである」(212頁)。

 『経哲草稿』の段階では、マルクスは、フォイエルバッハの唯物論とヘーゲル批判を受け入れつつ、青年ヘーゲル派の観念論批判へと進みつつ、しかしなお、唯物論の積極的対置というところでは不十分であって、大枠では思弁的批判の中にある。ヘーゲルの弁証法を批判しつつも、肯定的な面、革命的な側面として「歴史の運動にたいする表現」と評価してもいる。唯心論と唯物論という対立軸を積極的に提示したのはフォイエルバッハであるが、それは、神学対医学(フォイエルバッハ『唯心論と唯物論』)というかたちで述べられているなど、哲学の革命というかたちに発展させられなかった。それに対して、後に、マルクスは、「フォイエルバッハ・テーゼ」第11テーゼで、「これまでの哲学は世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。肝心なのは世界を変革することである」と述べ、フォイエルバッハをも超えていくのである。

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投稿: 一般法則論者 | 2010年9月11日 (土) 01時29分

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