« 2010年9月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年10月

G20を控えて

 尖閣諸島問題が日中間の外交上の懸案となっている中で、11月11日韓国のソウルで開催されるG20を控え、その国際的な議論と準備が進んでいる。その後、APECが日本の横浜で行われるが、その経済的な基調はこの中で決まるだろう。

 日本政府と民主党からの政権奪還を目指す保守勢力は、尖閣諸島問題をネタにして、反民主党キャンペーンを強化しており、その象徴として田母神(元幕僚長)を担いでいる。領土問題がかれらの宣伝・扇動の基本をなしているが、しかし、世界は、リーマン・ショック以来の長期不況と国際的な経済的不均衡の是正に関心を強めている。

 金融大国化の道を選んで、ドル高をベースにした世界への投資を確実に回収したいアメリカ金融資本の利害を代弁して、アメリカの財務・中央銀行と韓国は「2015年までに経常収支の赤字額と黒字額を対国内総生産(GDP)比で、4%以内」にすることを主張した。それには通貨を切り上げる必要があるため、輸出に依存する割合の高い国からは反対が続出した。日本も当然その合唱に加わった。通貨切り下げ競争が激化する中で、円高だけが進んでいるからだ。それから、最新の統計では、中国の成長率が一桁台に下がっている。中国も、当然、通貨切り上げには反対している。

 アメリカは、オバマ大統領が大統領就任演説で述べたように、輸出に力を入れる方針を打ち出している。そのために自動車産業の公費による救済などの諸政策を大規模に行ってきた。このような産業資本を中心とする生産国と金融資本を中心とする消費国の利害対立は、世界経済が国際分業体制として形成されていることから起きていることである。

 しかし、「ガイトナー米財務長官は23日、「強いドルを支持するのが米国の政策だ」と強調」したようだが、グローバル化が進んでしまった今日においては、超大国アメリカ一国の意向で、世界経済を牛耳ることはままならなくなっている。G20の場でも合意は出来ないだろうというのが大方の見方らしい。

 同時に、IMF(国際通貨基金)の出資比率で、中国が6位から3位に浮上し、欧州からの理事を減らし新興国の理事を増やすことになるという。世界が変化しつつあることを示す一例である。「固有の領土」を叫び合うのが外交だと思っている日本政府や田母神らの時代認識が遅れているのは明らかだ。

 

米韓案に日本慎重 不均衡是正の数値目標見送り G20(朝日2010年10月24日)

 【慶州(韓国南東部)=福田直之、稲田清英、尾形聡彦】20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が23日午後、通貨安競争を回避することなどを盛り込んだ共同声明を採択し、閉幕した。ただ、米国が提案した経常収支の「数値目標」導入は盛り込まれず、「ガイドライン(指針)」を今後策定することで折り合った。通貨安と貿易不均衡を是正する具体策の議論は11月のG20首脳会合以降に持ち越された。

 声明では「通貨の競争的な切り下げは控える」などの表現が予定通り盛り込まれた。焦点になったのは、米国と議長国の韓国が22日に提案した「数値目標」の取り扱いだ。

 通貨が安ければ輸出しやすくなり、その結果、経常黒字拡大や赤字縮小につながる。会議では経常黒字国には黒字幅を抑える必要性が強調された。黒字を小さくするには通貨切り上げが必要になるため、それを通じて通貨安競争を抑える狙いがある。

 米韓は「2015年までに経常収支の赤字額と黒字額を対国内総生産(GDP)比で、4%以内」とする案を提案。しかし、輸出が多い新興国などから「数値目標を設けて、各国の経済政策が振り回されるのはおかしい」との反対意見が相次いだという。日本も慎重な立場をとった。

 このため、数値目標導入は見送られ、妥協策として、各国の通貨が安定し、持続して貿易ができるよう、経常収支の範囲を定める指針策定で合意した。大きな不均衡が続いている場合は、国際通貨基金(IMF)が点検する可能性があることも盛り込んだ。

 ただ、足元の通貨安競争を抑えられるかは見えていない。ガイトナー米財務長官は23日、「強いドルを支持するのが米国の政策だ」と強調した。だが、具体策がまとまらず、新興国の通貨高や円高が急に和らぐ可能性は少なそうだ。

 今後の焦点は、不均衡是正を具体化するための指針をどうつくるかに移る。米国の狙いは人民元切り上げなどの中国の構造改革にあるため、米中の二国間協議の行方がカギを握る。ガイトナー米財務長官は24日に早速訪中し、王岐山(ワン・チーシャン)副首相と会談する。ただ、中国は人民元切り上げの加速を実質的に約束させられることにもなりかねず、協議は難航する可能性もある。

 次の節目は11月11日にソウルで開幕するG20首脳会合。ここでまとまるのは難しいとの見方があり、各国は首脳会合後も議論を進める構えだ。

 今回の声明では、IMFの出資改革では合意した。各国の経済力に応じて出資比率を変更し、成長する新興国の比率を増やして発言権を拡大する。出資比率は日本が米国に次ぐ2位を維持するが、中国が今の6位から3位になる見通し。また、欧州の理事を減らし、新興国などの理事を増やす。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

反中デモのAFP記事によせて

 AFPに以下の記事が出た。尖閣諸島問題はばかばかしいの一言である。こう言うと、「言葉と偽善」さんの批判を浴びそうだが、それでも、心情としては正直なところ、そうなのである。

 なぜ、このような離れ小島のことに強い心情を抱けるのかがわからない。これは、中国でのいわゆる「反日デモ」にも言えることである。このような領土争いで、どうして中国や日本の一部の人たちは、熱くなって、自国政府を支持し後押ししているのか。国家信仰と言う以外にないと思う。今回の一件で、国家=拡大したエゴ(自我)なので、要するに、プライドが傷つけられたということなのだ。それに対して、小さいエゴ(自我)を対置したところで、国家と本質的には対立しない。ただ小主観の小さい世界内にエゴを縮小したというにすぎない。後者が拡大すれば大国になり、縮小すれば小国になるということである。

 実際のところ、リーマン・ショック後の世界不況、戦後初の世界経済の縮小によって、エゴは縮小を余儀なくされており、アメリカでさえ、大国(大エゴ)から小国(小エゴ)へ、というベクトルが強まっている。そこで、意識だけが、大国(大エゴ)的ならどうなるか。それは、オバマのちぐはぐな大統領就任演説みたいな、大きな夢とリアルな小さな現実とのかなり乖離し分裂した意識を生み出すことになる。そこで、それに心情的に入れ込んでいない者にとっては、それはドン・キホーテ的なものに見えるわけである。

 右派はいかにもそこに大国日本の死活的な何かがあるように言うが、実際にあるのは、漁民の死活問題、生活問題といった具体的な利害であって、そうではない消費者という立場だと、円高なのだから、外国から輸入した安い魚を食べた方がいいということなのだ。わざわざ、コストが高く、従って、値段の高いものをなぜ本気で望まなければならないのか。そこがさっぱりわからないわけだ。

 中国にしたって同じだろう。領海問題があり、大陸棚がどのへんまで自国領になるかで、海洋資源や安保上の利害がどれだけはかれるかといったって、そこに死活的というほどの利害はないだろう。急成長する中国にしても、むしろ、資源獲得のためには、世界市場に参画し、他国から買った方がよいことが多いのではないだろうか。

 中国政府の心情も日本政府の心情も、下の右派の心情も、自分の心情にマッチしない。社会が進歩し、国境をも越えて、世界の人々をつなぎ、相互奉仕的、相互に利用し合う人間に進化することが必要だと思う。この場合、相互という概念が、一方的ではないという関係を意味しているということが重要である。裏返して言えば、相互見返り的な社会関係ということになる。そこに行く過程として、プロ独(コミューン型国家=半国家)という段階を通らなければならないと考えている。その点から言えば、国際共同管理というのも一つの有力な方策である。この場合、国家(といっても半国家)の存在が前提となっていることは言うまでもない。そうでなければ、その共同管理は国際的(つまり自国と他国がある)ではなくなる。

 

都内で右派系デモ、中国の「侵略」に抗議 1000人以上行進(AFP2010年10月19日)

 (一部訂正)都内で16日、中国による日本の領土の「侵略」に抗議する右派系団体主催のデモ行進が行われ、1000人以上が参加した。

 日本の国旗が都内の公園にはためく中、尖閣諸島(Senkaku Islands、中国名:釣魚島)付近で起きた漁船衝突で過熱した領土問題をめぐる2度目の抗議デモが開かれ、参加者らは「日本の自由が危ない」「中国の尖閣諸島侵略(を)許さない」などと書かれた横断幕を掲げて行進した。

 デモ開始付近では、若者2人が路上に座り込み、行進を中止させようとする出来事もあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「言葉と偽善」さんのコメントへの返答

  ここのところ、「言葉と偽善」という名前の保守派と思われる人から連続でコメントがついている。なにやら挑発的であるが、尖閣諸島問題で、ナショナリズムを煽り立てようという産経などのマスコミや自民党右派などの動きが活発になっているようなので、こんな連中の言うことを信じ込んでも、ほとんどの人には、ひとつもいいことはないし、逆に悪いことになると思うということもあるので、簡単にコメントを返しておこう。

 「言葉と偽善」さんは、「コメントを公開する度量があなたにあると信じて書き込みします。そうとう激しい言葉の応酬になると思いますが、私のコメントを掲載された後、あなたの批評でこっぱみじんにされた後、私も愛国者として精一杯の言論であなたに反論しますという相当の覚悟をもってコメントを寄せられている。しかし、「あなたの批評でこっぱみじんにされ」という具合に、端から論理で対抗することを捨てている。そして、「精一杯」、「覚悟」と主観的心情をもって、反論するという。まず、論理的に「こっぱみじんに」させていただくが、心情とかをぶつけることは反論とは言えないということを指摘したい。覚悟は精神的態度である。反論は、反-論である。ここで、ナショナリズムが国家信仰であることを、はからずも「言葉と偽善」さんは自己暴露している。論理は、信条とは違う。この時点で、大きな食い違いがある。

 私は、国家教信者ではないし、他の信仰も持っていない無神論者で唯物論者である。そのことは、当ブログで何度も書いている。それらのことについてはかなり固い信念を持っており、その点で、一歩も引かない「覚悟」は持っている。そこで、どんなに激しい「反論」が為されようと、納得いかないことには反論するけれども、国家教信仰を強制されれば、拒否することを、あらかじめ表明しておく。信仰は議論する問題ではないからである。

 次に、中国の侵略に対して、当ブログではすでに北京オリンピックの際のチベット人の暴動を中国政府が武力弾圧した時に、それを批判している。どこの国であれ、正当化できない武力行使を批判するのは当然と思う。その上で、歴代日本政府が、中国、南北朝鮮に対して、弱腰外交だったと批判しているけれども、弱腰とは何ですか? 主観的評価で、穏やかに話し合う外交もあれば、激しいやり取りをする外交もあるという具合に、外交のやり方はいろいろあってよいのではないですか? 中国からのレアアースの輸入が止まったら、日本経済の大きな部分を占めるハイテク産業は大打撃を受け、その結果、日本経済が苦しくなるのを防ぐ外交は、弱腰外交ですか? それとも、自給自足か、オーストラリアあたりから高く買って輸入を増やしますか? それも何カ月か先になる。その間どうやってしのげばいいのでしょうか? 在庫はどのくらいあって、それでどれくらいもつのでしょうか? ・・・。こうしたことを検討しないで右派的な心情主義で外交をやったら、それこそ日本はお終いだ。正確に言えば、私は、日本政府の一握りの上層がどうなろうとかまわないけれども、日本国家領域内に住むマイノリティーを含む多数の人々が不幸になることは望んでいない。それから、これで貴方との議論は終わってしまうと思いますが、私は、プロ独(過渡期国家、コミューン型国家=半国家)肯定論者である。貴方の言う永遠の反権力論者ではない。

 最後の部分で、「言葉と偽善」さんとの議論は基本的に終わってしまったと思う。自民党や右派の政権は望まないし、民主党菅政権も批判する。取って代わるべきは、大衆の権力だと思っている。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

8月OECD加盟国の景気先行指数は4カ月連続で低下、先進国の景気減速の兆し高まる=OECDという記事によせて

 世界経済は、全体としては景気減速に向かう兆しが現われたというニュースである。

 減速の見通しは、カナダ、フランス、イタリア、英国、ブラジル、中国、インドで、それにアメリカが景気上昇のピークアウトを迎えつつあるという。そこで、アメリカでは、追加金融緩和措置が取られると予想されている。日本では、菅首相が、2兆円規模の景気対策を打つことを表明している。しかし、猛暑の影響もあって、夏期の需要が伸び、景気が上昇したと見られているわけで、ドイツ、ロシアと並んで日本は景気拡大中とOECDは判断している。そこに追加景気拡大策を出したらどうなるか。恐らく、円高が一段と進むだろう。

 元東大社研の池田信夫氏は、廣松渉氏の『資本論の哲学』の再刊について書いたブログ記事で、マルクスの労働価値論を否定しているが、廣松氏の共同主観説も否定し、そして、最後に「価値論が最近の金融危機が示したように、価値は本質的に不安定なもので、それを支えているのは信用秩序などの「社会的な事前確率」が共有されていることだ。それがハイパーインフレなどによって崩壊したとき、市場も崩壊する。マルクスがそれに気づいて労働価値説を放棄していれば、恐慌や革命の必然性は価値論からストレートに導けたかもしれない」と述べている。しかし、その前に、氏は、社会とは何かを無視して、いきなり脳の構造という生物学的説明に頼ってしまうので、実は価値論の解明に失敗しているのは彼自身であることに無自覚なのである。金融危機が示したのは、価値一般が本質的に不安定なものであることではなく、資本主義経済が本質的に不安定なものだということである。それが信用秩序の不安定さに帰結したのであって、たんなるハイパーインフレによる市場の崩壊ということではない。これは、氏が、自己の立脚している貨幣数量説を自己吟味できず、もっと言えば、主観価値論を厳しく自己検討できないために、そうした誤った認識に陥ったことを示している。実際に、現場で働いてその実態を経験すれば、結局労働価値(労働時間)以外に安定的な商品価値の決定要因がないことは誰でもわかることだ。例えば、自動車の作業料金表は時間単位になっている。抽象的平均労働時間は、相場いくらというかたちでよく話題になり、そうやって現場では価値を比較し判断しているのである。株主や経営者については、収入の源泉が利潤であって賃金と違ように労働者と違う扱いで、例えば、労働基準法の適用外であるため、そんなふうに見えるのかもしれない。しかし、経営労働が熟練労働と見なされる社会習慣化や制度化があれば、労働者と大して変わらないことになる。中小零細企業の経営者の場合は、両者が混在しており、そのために、必然的に両方を含んだ観念が現われる。あくまでも価値を主観あるいは脳という生物学的要因から説明しようとしてもどうしてもうまくいかないので、近代経済学は必然的に間違っていくことを、この間、いやというほど経験した。恐慌は単なる貨幣現象ではないのは自明だから、恐慌をハイパーインフレーションによる市場崩壊ととらえる氏の説明は恐慌のちゃんとした説明になっていないことは明らかである。たぶん、そのことを自覚するぐらいは出来ているのだろうが、それでも、なお、ゲーム理論だのというそれこそ知的ゲームの世界やすでに終わったポスト・モダニズムへの幻想にすがっているというのは、惨めすぎないか。

 それなら、労働力の再生産を自由に出来ないということに資本主義経済の限界を求めた宇野経済学の方が、まだ今の市場経済の実際をある程度はリアルに説明できるのではないだろうか。後は、市場主義者の策は、もっと労働力再生産費を切り下げること、その結果は、賃金切り下げだから、労働力再生産はますます不可能になるだけだ。その代わりに、世界からすでにある労働力を持ってくるしかないということになり、それこそ、坂中元東京入管局長の言う日本多民族社会化構想しかないということになる。それに対して、池田氏は、世代間の賃金・所得格差の是正という方策を訴える。それは、要するに欧米型の同一賃金同一労働という策に近いものである。しかし、それは、産別労組という労組の在り方とも関係していて、企業別組合、企業福祉、年功賃金終身雇用で長年やってきた慣行を打ち壊さなければ出来ないことである。しかし、池田氏の考えは、日本型労資慣行、賃金体系の本での日本経済が、今、多少よくて、産別・同一賃金同一労働に近い形の慣行・制度の下にある欧米が景気悪化しているということを見ると、どうも疑わしい。

 廣松氏の共同主観は夢を見る無意識の世界で働いているという「幽霊」的な次元での規範などのことである。それは、吉本隆明の共同幻想論にも似てるし、それから、巫女のお告げ、狐付き、神懸かり、降霊などという意識現象と似た次元の話である。主観から価値を捉えようとする限り、そうとでも言う他はないのは確かだし、社会的価値、社会的抽象労働とかいうものの働きを捉えようとすれば、そうした次元に踏み込まなければならないことも確かである。マルクス自身、フェティシズム、呪物崇拝、物神崇拝などと価値論を合わせて考えている。物としてだけ見れば、紙幣は、たんに紙上に文字や数字を印刷しただけの印刷物にすぎず、それが価値の担い手となるのは、歴史的に特定な社会関係による他はないのである。それは、個人の自由を許さず、あらゆる個人を規範的に拘束する。つまり、それを肯定する限り、自由主義者の個人主義は真の個人主義にならないのであり、個人は貨幣という紙の印刷物の下僕であることを免れないのである。貨幣経済の下では個人は自分の主人になれないのであって、それは、自由主義経済学者のジレンマであろう。そこから、ゲームやポストモダン理論で逃れられるというようなことはないし、実際に何年やっても未だに抜け出せないである。資本主義の下ではどうやっても無理なのだ。貨幣の奴隷から個人がどうやったら抜け出せるのかというのは、社会的価値をどうしたら人間的な条件の下で共同意識的に、自覚的なかたちで取り扱うことが出来るかという問題である。少なくとも、共同意識的な共同労働の組織化は、その脱出の糸口の一つあることは明らかである。自分がどんな労働をしているのかを共通して知っている、理解している、その社会との繋がりを明確に理解しているということは、そこからの脱出のために必要である。なぜなら、例えば、村の農業における共同労働において、豊作凶作を巫女のご託宣に委ねることは、共同体の必要事であって、その任を担わされてその労働を分業の一環として遂行するのが巫女の役割であるが、それがそのようなものとして共通理解として意識されると、その必要がなくなったからである。共同労働の必要が貨幣を生み出したとすれば、その不必要性が、労働の性格の変化から生まれることは明らかだ。マルクスが、『資本論』第1巻の商品のところで、中世的な労働形態、共同労働の形態について述べているように、共同体の内部では貨幣の呪物的性格は消える。

 その点から言うと、ヤマギシ会の問題点の一つは、貨幣の社会的性格を変えるのではなく、貨幣そのものを即事的になくそうとしたことにあるということが言える。貨幣の社会的性格を変えるには、労働の社会的性格の変化を通じて社会関係を変化させることが必要であり、それは、マルクスが「ゴータ綱領批判」で言った通りである。そこで、過渡期においては、この変化が進まなければならないのであって、だから、マルクスは過渡期においては、価値法則の利用ということを言ったのである。それをへて、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」共産主義社会に転化するのである。現存の自称社会主義で、そうしたところまで達したところはない。それは過渡期に入ったままで終わったのであって、資本主義と社会主義のアマルガムでしかなかったのである。しかし、少なくとも、日本などでは、すでにマルクスの想定した先進国革命の物的条件は揃っている。しかも、21世紀に入るや、急速に、そしてリーマン・ショックによって世界経済の戦後初めての縮小という事態に立ち至る中で、現存経済世界の危機が急速に深まり、それを根本的に救う手だてがないということも明らかになりつつある。そのことをまっすぐに見てみると、革命という言葉が浮かんでくる。それが、ファシズム革命なのか、何革命なのかはこれからの階級闘争の行方によって決まるにしても、大きな変革なしではすまない時代状況が来たぐらいのことは大衆的な認識になっていくに違いない。資本主義世界のこの惨状に対しては、やはり「希望は革命」(雨宮果凛)なのだ。雨宮果凛は、もしかして、現代の巫女なんじゃないか。

8月OECD加盟国の景気先行指数は4カ月連続で低下、先進国の景気減速の兆し高まる=OECD(ロイター2010年 10月11日)

 [パリ 11日 ロイター] 経済協力開発機構(OECD)が11日発表した8月のOECD加盟国の景気先行指数は102.9で、前月の103.0から小幅低下した。低下は4カ月連続。

 先進国の景気が減速する公算が一段と強まるなか、米国の景気回復がピークに達した兆候が浮き彫りとなった。

 OECDは「米国で景気回復がピークを打ったことを示す兆しが出始めている」と指摘した。

 中国の指数は0.4ポイント低下し101.3。

 米国は4カ月連続で低下し102.3。前月は102.4だった。

 OECDは「カナダ、フランス、イタリア、英国、ブラジル、中国、インドによる見通しは、景気減速の可能性を明確に示している」とした。

 主要7カ国(G7)の景気先行指数は前月から変わらず、103.0だった。

 ブラジルの指数は前月の99.6から99.3に低下した。低下は2カ月連続。

 OECDは「8月の景気先行指数は、前月すでにみられた景気拡大の勢い減速の兆候をあらためて示している」とした。

 一方、ドイツ、日本、ロシアでは、景気が引き続き拡大している兆しが示された。とりわけロシアの指数は0.5ポイント上昇し104.3となった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

山内氏の産経文書によせて

 尖閣列島問題は、菅政権によって火消しがはかられているが、相変わらず、右派は、ここぞとばかりに中国との対立を煽り立てている。

 山内氏の以下の文章の「「反日・愛国」の世論を煽(あお)りながら対日強硬姿勢を崩さない中国の共産党と政府の態度によく似ているのは、かつて特務機関をつくり中国侵略を進めた帝国陸軍の傲慢(ごうまん)さではないだろうか」という部分は、歴史的な見方として、それなりに説得力がある。つまり、現在の中国の対日外交の姿勢は、日本がかつて中国に対してやった外交姿勢の鑑だというのである。だとすれば、それは、マルクスが、「ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。かれはつけくわえるのをわすれなかったのだ。ダントンのかわりにコーシディエ-ル、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793 年から 1795 年のまでの山岳党のかわりに 1848 年から 1851 年までの山岳党、叔父のかわりに甥。そして「ブリュメール 18 日」の再版が出される情勢のもとで、これと同じ漫画が!」(『ブリュメール18日』岩波文庫)と述べた通りのことではないだろうか。

 明らかに、歴史上、日本による尖閣列島の領有は明治以降のことであり、そのことは文献・記録に残っている。これは、ウエストファリア条約以降の近代国民国家体制が普遍的基準として国際法に反映されるようになってからのことで、当時、まだそうしたものとは異なる外交原理が生きていた東アジア世界においては、普遍的な基準ではなかった。明治国家は「砲艦外交」に訴えて、侵略し、西欧からの受け売りの新しい外交原理を押し付けていったのである。

 現在の尖閣列島問題は、ウェストファリア体制の枠内で行われていて、その点では、そこに東アジア世界が組み込まれていく過渡期にあった明治期とは違うわけだ。そして、「まさに「力強い突きは立派な受けである」とは、「攻撃は最大の防御」の意にほかならないのだ。外交で堂々と「攻撃」をかけ、強力な「防御」に訴えなければ、南沙諸島と西沙群島の現状は明日の我が身にふりかかるだろう。尖閣問題への無策は、「殷鑑(いんかん)遠からず」(戒めになる前例は手近にある)という言葉を日本人に思い出させたに違いない」というのは、山内氏が菅政権の弱腰外交を批判する田母神元幕僚長らの右派の過去的外交認識の中にいることを示している。

 山内氏の言う「尖閣問題への無策」は、そもそも戦後日本国家が資源輸入大国という道を選んだことにも原因があって、東京などから見て、遙か彼方の人も住めない島のことなど、長く無関心であった。恐らく、山内氏も、こうした係争が起こらなければ、そんな島のことに関心など持たなかっただろう。はっきり言えば、この島になんの直接的利害もなければ関わりもないので、この問題が、日中の国家間関係、国家間外交問題となっているから、関心が持たれるという程度のことにすぎないのである。

 山内氏は、かなり強引に尖閣問題と日中外交の問題を結び合わせたために、「攻撃は最大の防御」なる外交原理の適用を訴えるはめになっている。外交原理と戦争戦術原理を区別していないのである。かつてロンメル将軍が、両者を区別しないで、現場の軍事作戦にいちいち介入してくる軍上層部や最後には最高司令官のヒトラーにまで悩まされたことについて書いた。外交の現場は、経済的利害のやり取りというところからも判断を迫られており、その点では、レアアース(稀土類)の9割を依存する中国の禁輸措置は、ハイテク産業に大打撃を与える経済的に死活問題と言っていい問題だから、前原外相の中国は「よき隣人」、戦略的互恵関係という発言は外交家としてリアルな判断だ。

 対「共和国」外交において、「攻撃は最大の防御」とばかりに、強硬姿勢をとり続けた結果がどうなったかを見よ。拉致被害者の「家族会」は分裂し、「救う会」は利権の巣と化し、金の問題をめぐって新潟でトラブルが起きて、佐藤克己(現代コリア研究所元所長)は代表を下りざるをえなくなり、「拉致」議連は排外主義者のイデオロギー宣伝機関となり、証拠もないネット上でのうわさ話程度の情報を垂れ流しつつけている。とりわけ、「救う会」の金の問題の不透明さについては、雑誌『世界』で前に取り上げられたことがあるが、それを読むと「救う会」は善意を食い物にしているのではないかという疑惑が深くなる。かれらは「攻撃は最大の防御」とでも思って、左翼叩きをやっているのかもしれないが、どのみち、そこで行われた不当なことについては、必ず後に大きなツケとして支払わされることになるというのが歴史の一つの教訓である。産経は、「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛・分裂騒ぎで、そのことを経験したはずだが、そこから学ぶ力がないのだ。また、「在日」のパチンコ利権なるものをでっち上げた連中がいるが、実際には、パチンコ業界は警察の利権の場である。産経はそれを暴露するどころか、いい加減な話を垂れ流し続けている。

 そして、今、恐ろしいことに、証拠もないままに、簡単に確かめられる情報について、適当な話が、あたかも事実のようにして、憲法上、国権の最高機関の場である国会でも語られている。国会議事録に、そうした発言がどんどん記録され続けているというのは恐ろしいことではないだろうか。国会が、そういう恐れを感じない議員が好き勝手に放言する場になっているということは、形式民主主義の危機を示す一現象ではないだろうか。そして、官僚の幹部は、山内氏の勤める東大出身者が多くを占めているだが、ついに検察まで事件を捏造していることが暴露されてしまったように、もはやリアルな政策など立案・遂行することが出来なくなっているのではないだろうか。東大とは何だろう。そこはただの知識の量的集積所になってしまったのだろうか? ここまで落ちたら、そんなものはいらないとはっきり言った方がよくはないか。

 文書で触れられている勝海舟は、陽明学という儒教の一派を基礎として学びながら、同時に、当時の西欧列強の近代国民国家原理をもよく取り入れようとした人で、その点で過渡期を代表する人物と言っていい。彼の日清戦争への反対意見は明治政府によって受け容れられなかった。

 山内氏のこの論で一番引っかかるのは、国家という立場に立って問題を見ていて、大衆という立場で問題を見てないということだ。それでは、歴史を本当には理解出来ないと思う。それから、山内翁の世代のやったことのツケは未来が支払うことになることを忘れないもらいたい。朽ちた木は速やかに枯れよ! それが新しい芽を育てる。

 【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌之 尖閣、殷鑑遠からず
 (2010.10.11産経)

 週末に国立劇場に出かけてきた。真山青果の名品、『将軍江戸を去る』で西郷隆盛を演じた中村歌昇(かしょう)と、勝海舟に扮(ふん)した中村歌六(かろく)の腹を割った演技は迫力に溢(あふ)れていた。江戸の保全を求める勝に心を許し、無辜(むこ)の民を巻きこむ江戸攻撃に疑念を抱く西郷の心の底からふりしぼる口跡(こうせき)も良く、二人のやりとりは歴史への責任を鋭く自覚する政治家の気合に充ちていた。これこそ真剣で勝負する外交のやりとりであった。

 かれらの演技を見ていると、ゆくりなくも「力強い突きは立派な受けである」という英国の格言を思い出した。この言葉は、二人の対談から4年ほど前、1864(元治元)年の4国艦隊の下関攻撃に際して、英国のパーマストン首相が発したものだ。彼がアヘン戦争や下関戦争から体得した教訓は、相手国との交渉の挫折や軋轢(あつれき)が行き着くところ、最終的には優勢な軍事力の誇示が必要になるということだった(保谷徹『幕末日本と対外戦争の危機』)。

 さて、現在の中国外交はアヘン戦争以来の屈辱的経験を歴史の鑑とし、列強の侵略手法をベトナムやフィリピンとの領土問題や、日本への領海侵犯に再現しているかのように見える。その外交スパンは、抗日戦争の時間よりもはるかに長く、19世紀に遡(さかのぼ)るほどだ。「反日・愛国」の世論を煽(あお)りながら対日強硬姿勢を崩さない中国の共産党と政府の態度によく似ているのは、かつて特務機関をつくり中国侵略を進めた帝国陸軍の傲慢(ごうまん)さではないだろうか。

 中国の東シナ海政策の戦略性は、20世紀初頭の米国のセオドア・ルーズベルトの「棍棒(こんぼう)外交」よりも体系的である。日本人は尖閣事案が偶発的でなく戦略的な深さに基づくことを見抜くべきだろう。中国による領有権獲得パターンと砲艦外交の脅威は、1970年から80年代の南シナ海の南沙諸島と西沙群島を実効支配した教訓を学べばよく分かる。南シナ海の支配権を獲得する5つの段階は、尖閣やガス田の問題を考える時にも示唆に富んでいる。

 (1)領有権を主張し関係国間の対立を煽りながら、各国内部に亀裂を生み出し挙国一致体制をとれないようにする。(2)調査船による海洋探査や資源開発の実施(東シナ海では中間線に天然ガス田の利権を設定し、日本の排他的経済水域への侵犯を既成事実化した)。(3)周辺海域で海洋調査船を含めた各種海軍艦艇を活動させ軍事的圧力をかける。

 そして、(4)「核心的利益」の名目でチベット、ウイグル、台湾のように領土主権を大義名分に不退転の国益を主張する。(5)漁民に違法操業をさせ関係者の上陸によって碑や灯台を設置し、中国人の生命財産保護を名分としながら、最終的に武力を背景に支配権を既成事実化する。

 中国の強硬な対日姿勢を見ると、尖閣をすでに「核心的利益」のカテゴリーに入れた可能性も強い。まさに「力強い突きは立派な受けである」とは、「攻撃は最大の防御」の意にほかならないのだ。外交で堂々と「攻撃」をかけ、強力な「防御」に訴えなければ、南沙諸島と西沙群島の現状は明日の我が身にふりかかるだろう。尖閣問題への無策は、「殷鑑(いんかん)遠からず」(戒めになる前例は手近にある)という言葉を日本人に思い出させたに違いない。(やまうち まさゆき)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

10月4日の毎日新聞の記事によせて

 10月4日の毎日新聞で以下の二つの記事が目を引いた。一つ目の記事「リーマン・ショック:米経済、癒えぬ傷…15日で2年」の結論は「リーマン後の世界経済は、各国が限られた成長のパイを奪い合う世界になりつつある」である。まさにその通り!!
 そして、次の社説は、民主党政権が検討している「税額が少ない低所得者ほど恩恵は大きく、さらに所得が低く所得税がかからない人には税額控除分を現金で給付する制度」を評価している。このままでは未来がないことは誰の目にも明らかで、ナショナリズムや排外主義で誤魔化して時間つぶししている場合ではない

 

リーマン・ショック:米経済、癒えぬ傷…15日で2年

 世界経済を危機に陥れたリーマン・ショックから15日で2年。各国の巨額の財政出動で、回復軌道に乗ったかに見えた世界経済は、欧州財政不安などを契機に再び先行きの不透明感が増している。危機の震源となった米国も景気の減速感が強まっており、リーマンの衝撃が今なお世界経済を揺さぶり続けている。
 ◇失業率は高止まり 追加緩和期待薄く

 【ワシントン斉藤信宏】08年秋、リーマン・ショックに端を発した「100年に1度の危機」(グリーンスパン米連邦準備制度理事会=FRB=前議長)の影響で大きく落ち込んだ米国経済は、09年から10年春にかけて回復軌道に戻ったように見えた。オバマ政権が民間需要の落ち込みを補うために実施した総額8000億ドル規模の大型景気対策の効果もあり、米国内総生産(GDP)は09年7~9月期以降、4四半期連続でプラス成長を維持。10年春には「米国経済は不況を脱した」(ガイトナー米財務長官)との評価も定着しつつあった。

 だが、欧州の財政危機の影響を受け、今年5月以降、米の景気回復のテンポは減速している。景気の足を引っ張っているのは雇用改善の遅れで、今年8月の失業率は依然として9.6%と歴史的な高水準での高止まりが続いている。失業期間6カ月超の長期失業者は全体の45%に達している。

 リーマン・ショック以前の米国では、失業者同士が「ピンク・スリップ(解雇通知書)パーティー」と呼ぶ情報交換会を開き、職探しとキャリアアップのチャンスを探した。もし自分の住んでいる町に仕事がなければ、新天地に移り住み、新たな就職の機会を得る。移動を繰り返し「より待遇のよい場所」を見つけるのが、西部開拓時代以来の米国民の伝統だった。

 だが、リーマン・ショック後の不況は、この「新天地の夢」を奪った。住宅ローン残高が住宅の現在価値を上回る「ネガティブ・エクイティ」に苦しむ人が増え、家が売れないために転居できない失業者が急増。「米労働市場は金融危機の影響で本来の柔軟性を失ってしまった」(英エコノミスト誌)と指摘された。10年6月末時点で、全米の住宅ローン利用者のうち5人に1人が「ネガティブ・エクイティ」に悩まされているという。

 オバマ米大統領は10日の記者会見で「企業減税とインフラ整備で雇用創出を加速させる」と強調。しかし、11月の米議会中間選挙を控えて、議会では与野党対立が激化しており、関連法案成立の可能性はきわめて低い。

 FRBも8月、金融政策を平時に戻す「出口戦略」を停止し、3月までに買い取った住宅ローン担保証券(MBS)の償還資金で長期国債を買い取る事実上の追加緩和策に踏み込んだ。しかし、景気浮揚効果については疑問視する声が少なくない。FRB内部からは「日本のようなデフレ経済に陥る恐れがある」(ブラード・セントルイス連銀総裁)との指摘が出るなど、リーマン・ショックがもたらした後遺症に米国はいまだ苦しみ続けている。
 ◇手詰まり感、日欧も

 リーマン・ショックから2年を経過した世界経済は、構造的な変化を経て、「出口の見えない低成長期」(アナリスト)に入りつつある。景気のけん引役は、日米欧の先進国から中国など新興国経済に移った。財政出動の余力を失い、金融政策も手詰まり状態に陥っている先進国は、低迷から脱出する決め手を見つけられずにいる。

 国際通貨基金(IMF)の予測によると、先進国の国内総生産(GDP)成長率は、10年が2.6%、11年は2.4%と伸び悩む見通しだ。金融危機時に各国は一斉に財政出動で対応したが、企業業績や家計は期待したほど回復しないまま、その効果は薄れつつある。リーマン前のピーク時の成長率は欧米で3%台、日本でも2%台半ばだったが、「成長率はかつての半分になる。それがリーマン後の世界だ」(米投資会社)との見方もある。

 財政再建が課されていることも、各国の重しになっている。昨年11月のドバイ・ショックを機に、市場がギリシャなどの財政赤字拡大に注目したことを受け、6月にカナダ・トロントで開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、先進国は「13年までに財政赤字半減」の目標を掲げざるを得なかった。景気回復にマイナスだと分かっていても、財政再建を約束しなければ市場の標的にされ、財政破綻(はたん)など金融危機以上の混乱を招きかねないためだ。

 しかし、景気が回復しなければ、税収も増えず財政再建も進まない。「成長と財政再建」の二兎(にと)を追う難しいかじ取りを迫られている先進国は、輸出増加に期待を寄せている。欧州と米国は輸出にプラスに働く自国の通貨安を容認しており、日本は円高に苦しんでいる。

 一方的な通貨安容認が続けば、「輸出先の景気が悪化し、結局は自国の輸出が減る」(アナリスト)というジレンマに陥る。しかし、先のことを考える余裕はないというのも本音だ。リーマン後の世界経済は、各国が限られた成長のパイを奪い合う世界になりつつある。【清水憲司】

 

社説:失業率と貧困 長期的視野で対策を

 楽観は許されない。むしろ抜本的な改革の必要性を感じさせるばかりである。総務省が発表した8月の完全失業率は前月より0.1ポイント低下した5.1%で2カ月続けて改善した。失業者も前年同月比3カ月連続で減少した。しかし、長期的に見れば失業者は相変わらず300万人台で高止まりする一方、就業者数は減り続けているのだ。

 社会の足場が崩れていることを示すデータはほかにもある。生活保護の受給世帯が137万を超え、世帯数としては過去最多を更新した。受給者も190万人を超えるが、これは1955年以来の水準という。さらに懸念されるのは、生活保護よりも少ない収入しかないのに給付が受けられていない人が相当数いることである。

 仕事を持っている人にも厳しい風が吹き付けている。民間で働く人が09年に受け取った平均給与は405万9000円で前年を23万7000円(5.5%)も下回った。下げ幅は過去最大で、年収300万円以下の人が全体の4割を超える。

 菅直人首相は「成長と雇用による国づくり」を臨時国会の所信表明で力説したが、強力な雇用対策が求められるのは言うまでもない。新卒者や既卒者の就職支援策が補正予算に盛り込まれる予定だが、効果的な施策が必要だ。

 この1年を見れば、就業者が増えているのは医療や福祉をのぞけば、宿泊・飲食業などサービス産業ぐらいしかない。企業の業績が持ち直しても、必ずしも雇用に結びつかないのは先進各国で見られる現象だ。企業に雇用を促すとともに、政府としても介護や医療、子育てなどまだまだ需要がある分野での雇用創出に努めるべきである。

 貧困対策も急務だ。世帯ごとの所得格差を示す「ジニ係数」が過去最大になっていることが08年調査でわかった。非正規雇用や失業者が多い若年世代の経済的困窮は特に深刻だ。本来なら最も生活にお金のかかる世代が貧しいままでは消費は伸びず、少子化の改善も見込めない。

 現在、来年度の税制改正の議論が始まっている。これまで所得税の最高税率が引き下げられたことなどで高所得者の税負担は軽減されてきた。民主党政権は低所得者を救済するために給付付き税額控除を検討している。税額が少ない低所得者ほど恩恵は大きく、さらに所得が低く所得税がかからない人には税額控除分を現金で給付する制度である。

 高所得者の納税負担は現在より多くなるが、貧困層の広がりに歯止めをかけなければならない。社会を覆う停滞感を払しょくするためには前向きに検討すべきだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

10月3日AFP通信の記事から思ったこと

 AFP通信の今日のニュースを見ていて、いくつかの記事に興味を覚えた。

 一つは、尖閣諸島沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船との衝突事故の問題で中国からのレアアース(稀土類)の輸入が滞ったことについてで、前原外相が、先日、レアアースの輸入を中国にほとんど頼っているのは問題があると述べたことに関係している。オーストラリアの企業がレアアースの輸出に積極的だというのである。枝野幹事長代理は、どういう見通しがあって言っているのかわからないが、中国を「あしき隣人」と述べたことに関連して、前原外相が、中国は「良き隣人」だと述べたというものである。前原は、「日中間はこれから良き隣人として戦略的互恵関係をしっかり結んで、共存共栄の道をしっかり探っていくべきだと思う」(時事通信)と述べたという。前原の方が枝野より現実をよく見ている。「レアアースはハイブリッドカーから省エネ型照明器具、iPodのような最先端のデジタル家電に不可欠な資源」で、その9割が中国からの輸入だということになると、これらを生産して利益をあげなければならない日本企業が、中国が「良き隣人」であることを必要としていることは明らかである。

 しかし、田母神元幕僚長の組織する右派グループなどは、3日、代々木公園で1500人(主催者発表)を集めて、尖閣諸島問題での民主党政権の外交を批判し、日の丸を掲げて渋谷の繁華街をデモ行進した。菅政権の弱腰外交を批判している自民党右派を中心とする集会だろうが、1500という数字をどう見るかである。このタイミングでの、この数は、少ないように思える。やはり、日本経済が対中依存しているという実情があって、この程度の数に収まっているのだろう。

 最後は、1940年代の中米グアテマラでの人体実験について、2010年の今、明らかになった資料を元に、アメリカ大統領が謝罪したという記事である。すでに60年以上前のことだが、こうして謝罪し真相究明をするというのは、なにか思惑もあるのかもしれないが、それでも歴史認識を正していくというのが外交の基本になることを示す一例である。そこに、「弱腰」かどうかなどという主観的基準を入れてナショナリズムを煽り立てようという田母神などは外交の基本を理解していない、時代感覚がずれている過去の者でしかない。今日の外交に求められていることの一つは、今日の社会変化、時代変化、国際関係の変化に適応することであり、その際に、歴史認識の問題を基本の一つに据えることだ。そのことを示したのが「ダーバン宣言」である。それから学ぶこと、歴史からしっかりと教訓を引き出すこと、そして、今日の世界をきちんと把握することが必要である。そうすると、田母神だの枝野とか言うことのおかしさを見抜けるようになる。歴史は大衆が作るのであり、その大衆が新しい大衆へと生まれ変わろうとしている時に、それでは、新しい歴史の生成の主体として、新たな国際関係を作っていくという今日の時代的要請に応えられない。それがこの間の竹島・独島問題、中国での排日運動の一次的高揚、尖閣諸島問題、普天間基地問題、等々、外交問題化した諸問題の歴史的教訓である。それは、国際的な大衆的連帯の中から、その絆の形成から生まれ育ってきているのである。それを新たな外交の基礎に据えていくということが求められているのである。

 

レアアース輸出に積極姿勢 将来は対中輸出も 豪企業

 【10月3日 AFP】沖縄県の尖閣諸島(Senkaku Islands、中国名:釣魚島)沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船との衝突事故後、中国から日本への輸出が滞ったレアアース(希土類)について、豊富な埋蔵量をもつオーストラリアの業界関係者が輸出に積極的な姿勢を見せ始めている。

 レアアースはハイブリッドカーから省エネ型照明器具、iPodのような最先端のデジタル家電に不可欠な資源。業界筋やアナリストらは、レアアースの埋蔵量が豊富なオーストラリアならば、2~3年で世界の生産量上位国になれるとみている。

 オーストラリアのある長期投資家は「(オーストラリアは)2014年ごろまでに、レアアース市場で支配的な供給国になれるはずだ。それに向けて中国と競争していくだろう。わが国は小さな国だがレアアース版サウジアラビアになると思う」と語る。

 ■埋蔵量140万トンのマウント・ウェルド鉱山

 帝京大学(Teikyo University)の谷内達(Toru Taniuchi)教授は、レアアース供給の90%を中国に頼っている状況は問題で、供給源を多様化させ、長期的なリスク管理を向上させるべきだと言う。しかし、新規参入する供給者が成功するには、売り手と買い手の双方が利益を得るよう配慮する必要があると指摘する。

 中国のさらなる輸出制限を懸念する米国はレアアースの国内生産再開に動き、薄型テレビやデジタルカメラ、スマートフォンなどを生産する日本の大手メーカーは、豪レアアース生産企業ライナス(Lynas Corporation)との取引に乗り出している。

 ライナスのマシュー・ジェームズ(Matthew James)副社長によると、同社が西オーストラリア(Western Australia)州に所有するマウント・ウェルド(Mount Weld)鉱山の埋蔵量は約140万トンに上る。

 ■将来的には対中輸出も

 中国では需要が急増する中、レアアースの供給は減少することが見込まれているが、ライナスでは10年以内に中国への輸出も可能だという強気の見通しを立てている。一般にレアアースの生産開始までには数年かかるが、同社は8年前から計画を進めており、中国以外の競合企業より2~4年先行しているとジェームズ氏は自信を見せる。「中国の国内埋蔵量だって限られている。産業の効率性を高めようと中国の国内需要が高まれば、中国が5~10年以内にレアアースの純輸入国に転じることもありうるとわが社では考えている」

 オーストラリアは世界のレアアース埋蔵量のうち46%を占めている。前述の投資家は、オーストラリアが注目を集めるまでそれほど時間はかからないだろうと予測する。「レアアース生産におけるオーストラリアの地位なんてことを真剣に考える人など、先週あたりまではほとんどいなかった。レアアースに関するレポートにオーストラリアが出てきても、世界の46%を占めるという意味を理解する人はいなかった。世界で最大・最良のレアアース埋蔵地として、わが国はようやく夜明けを迎えようとしている、というところだ」(c)AFP/Talek Harris

 

前原外相、日中は「良き隣人」 枝野氏発言に対し

 【10月3日 AFP】民主党の枝野幸男(Yukio Edano)幹事長代理がさいたま市で2日に行った講演で中国を「あしき隣人」と呼んだことに関し、前原誠司(Seiji Maehara)外相は3日、「日中は良き隣人」と語った。

 時事通信(Jiji Press)によると、前原外相は都内で記者団に対し「日中間はこれから良き隣人として戦略的互恵関係をしっかり結んで、共存共栄の道をしっかり探っていくべきだと思う」と述べた。

 読売新聞(Yomiuri Shimbun)、朝日新聞(Asahi Shimbun)など各紙によると、枝野氏は前日、さいたま市での講演で中国を「あしき隣人」と呼び、「中国との戦略的互恵関係なんてありえない」と語った上で、中国のような「法治主義の通らない国」と「経済的なパートナーシップを組むという企業は、よほどのお人よしだ」と述べていた。(c)AFP

   

元空幕長らの団体が代々木で集会、中国対応で民主党政権を批判

【10月2日 AFP】(写真追加)東京・代々木公園で2日、尖閣諸島(Senkaku Islands、中国名:釣魚島)沖での中国漁船衝突事件に端を発した一連の政府の動きを「外交の敗北」などと批判する右派系団体が集会を開いた。主催者発表によると、約1500人が参加した。
 主催したのは08年10月、懸賞論文で政府見解と異なる歴史認識を展開して更迭された田母神俊雄(Toshio Tamogami)元航空幕僚長が会長を務める右派系の全国ネットワーク。田母神氏は中国は尖閣諸島の領有権を主張しているだけではなく、沖縄本島を支配することまで視点に入れていると述べ、防衛を強化すべきときが来たと語った。
 参加者の多くは「中国の圧力恫喝に屈した弱腰の菅政権を許すな」などと書かれたプラ カードや日の丸を手にしていた。集会終了後、参加者たちは渋谷の繁華街をデモ行進した。

 

米国が1940年代にグアテマラで性病実験、米大統領が謝罪

 【10月3日 AFP】米国の公衆衛生局(PHS)の研究者たちが1940年代に、中米グアテマラで   受刑者や精神病院の患者らを故意に性病に感染させ、新薬実験を行っていたことが明らか   になり、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領は1日、グアテマラのアルバロ・コロン(Alvaro Colom)大統領に電話をかけ、謝罪した。

  この実験については、米ウェルズリー大学(Wellesley College)のスーザン・レバビー(Susan Reverby)教授が、PHSのジョン・カトラー(John Cutler)医官(故人)が1946~48年にかけて行った実験に関する未公開資料を今年になって発見し、明らかになった。
 カトラー医官とその研究チームは、当時まだ新薬だったペニシリンの性病予防に対する効果を試すため、精神病患者を含むグアテマラの男性約1500人を、わざと性病に感染させた。
 実験の資金は、米国立衛生研究所(National Institutes of Health、NIH)が提供していた。NIHのフランシス・コリンズ(Francis Collin)所長は、この実験の非倫理性を説明するひとつとして、「被験者たちからインフォームド・コンセント(治療内容を十分に説明した上で同意を得ること)を得ていた証拠はまったくなく、それどころか、被験者たちは自分たちがされていることについて騙されてさえいた」と語った。

 実験を仕切っていたカトラー医師は、同じく悪名高い「タスキジー実験(Tuskegee experiment)」にも関わっていた医師として知られる。タスキジー実験は米国で1932~72年の40年間にわたり、梅毒患者である数百人の黒人男性に、梅毒であることを告げずに治療しないで経過を観察した実験である。
 グアテマラの実験では始めに、売春婦たちを淋病か梅毒に感染させ、兵士や精神病院の患者たちと無防備な性交渉をさせた。発見された資料によると、この方法で感染する男性が少なく、実験方法は兵士や受刑者、精神病患者らへの直接接種に切り替えられた。実験中に少なくとも1人が死亡したが、実験が死因かどうかは明らかになっていない。

 今後、米医学研究所(US Institute of Medicine)の指揮下で独立した専門家らが事実)調査を行っていくほか、オバマ政権の生命倫理問題研究に関する大統領諮問委員会(Presidential Commission for the Study of Bioethical Issues)は世界各地の専門家を招き、医療研究を取り巻く倫理基準について再検討する会議を開く予定だ。(c)AFP/Karin Zeitvogel

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普天間、尖閣諸島、「北方領土」

  10月3日の毎日新聞の社説二本と論説の一本が、現在、日本の近くで起きている外交問題について書いている。互いに関連していて、しかも、すべてが11月11日に横浜で行われるAPECで焦点化しそうな問題である。

 まず、「北方領土」問題でのロシアの動きである。ロシアのメドベージェフ大統領が中国との関係を強化していることが、第二世界大戦終結65周年に関する共同署名を行ったことで明らかになった。中国の漁船と日本の海上保安庁巡視船が衝突した事件をめぐって、このところ関係がぎくしゃくしている中で、ロシアが中ロ同盟の強化をはかろうとしているのである。そして、メドベージェフ大統領は、近く「北方領土」を訪問すると語ったという。それを、APEC参加のための訪日に合わせて行う予定だというのだから、これは、日本への挑発行為と見なされても仕方がないことだし、たぶんそのへんは意図されていることなのだろう。

 それに対して社説は、「ロシア(旧ソ連)は日ソ中立条約を一方的に破棄して北方領土に侵攻し不法占拠を続けている。歴史を歪曲しているのはどちらの方か、と問いたい」と反発しているが、この場合の歴史とは明治維新以来の近代史のスパンでしかない。それ以前、そこは、日本でもロシアでもなかった。だが、そこは無人島というわけではなく、先住民たちが生活していたのである。社説は、歴史と言いながら、歴史のごく一部を一面的にしか見ていない。それで、歴史認識問題について、このように断言するというのは余程の無神経なのか、感覚が麻痺しているのか。

 このような領土問題において、衝突のもとになっているのは、双方の支配層の利害であって、大衆の利害ではない。資源その他の経済的利害の要求が、領土要求というかたちをとって主張されているのである。「北方領土」は、ロシアという国家、日本という国家、いずれのものであってもどちらかの支配層の利益のためのものであって、しかも、先住民のことなど視野の外で争われていることなのだ。そこは、本質的には誰にも属すものではないが、歴史的には先住民のものである。ロシアも日本も、先住民のものは先住民に返すべきだ。だから、双方の大衆は、こうした領土争いに、どちらを支持するかなどという、自分のためにならない選択に巻き込まれることなく、双方が領有権を放棄すること、譲歩し合うことを主張すべきなのである。

 尖閣諸島問題と普天間基地問題は、東アジア安保をめぐる重要な問題で、相互に強く結びついた問題だ。尖閣諸島問題で、「軍事大国、経済大国となった中国とどう向き合っていくのか。私たちも今後、議論を重ね、より具体的な提案をしていきたいと考えている」と社説は言う。しかし、中国の経済成長に依存している日本の経済界、そしてアメリカも、中国とはあまり波風を起こしたくないと考えているだろう。しかし、ナショナリズムは、近代国民国家を支える宗派であるから、信者が反中国感情をもって「法の範囲内」で反中国活動を行うことを否定するわけにもいかない。そんな板挟みの心境を、この社説は表しているのだろうか。

 普天間基地移設問題で、日米共同宣言を結び、その中で、辺野古移設を決定した日本政府に対して、沖縄からの不信の声が大きくなっている。沖縄の米軍の存在が、東アジアの安保にとって依然として重要であるという認識が菅政権をも深く捉えている。そして、この論説の筆者をも。そこで、判断停止状態に陥った筆者は、「政権が本腰を入れて沖縄との和解を図ろうとする姿勢は見えてこない」と外在的に批判するに終わり、無力な駄評論をするだけで終わっている。

 尖閣諸島は歴史的に琉球の人々が立ち寄り、一時は人も住んでいたという記録もあるという。日本が尖閣列島を領有したのは明治のことである。結局は、資源問題がこの領有権争いのもとであって、前原外務大臣は、中国に世界が百パーセント依存している希少資源があることに問題があると述べているように、いろいろなところで、日本もアメリカも中国に依存しているのである。日本は、日米同盟に安保の基礎を置き続けると決めたが、アメリカは米中同盟に重きを置いているのではないだろうか。

 かくして、時代は、新たなステージへと入りつつある。その幕を切ったのは、今や誰の目にも明らかなように、沖縄の人々のこの間の自己解放の大衆運動であった。「新しいぶどう酒は古い革袋には入れられない」のであって、人も新しく生まれ変わらなければならないし、新しい社会、新しい人となって、新しい時代を切り開く主体とならねばならないのである。近代国家的固有の領土争いの不毛なことは明らかだ。新しい沖縄と向き合う新しい人として、生まれ変わらなければならない時がきている。

  社説:北方領土問題 見過ごせぬ大統領発言

 ロシアが北方領土問題で強硬姿勢を見せている。メドベージェフ大統領は中国の胡錦濤国家主席と第二次世界大戦終結65周年に関する共同声明に署名したのに続き、近く北方領土を訪問すると明言した。

 旧ソ連時代を通じ北方領土を訪れたロシアの首脳はおらず、訪問の意向を明らかにした首脳も初めてだ。ロシア大統領府筋は、大統領が11月に横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席するのに合わせて訪問する可能性を示唆している。

 訪問を断行すれば日露関係の悪化は避けられず、領土交渉にも影響が及ばざるをえない。大統領発言を見過ごすわけにはいかない。

 中露の共同声明は「日本の中国侵入」に言及し「歴史の歪曲(わいきょく)を断固非難する」と述べている。沖縄県・尖閣諸島の領有権を主張する中国と、北方領土を実効支配するロシアが連携し領土問題で日本をけん制する狙いがあるようだ。

 だが、この歴史認識には同意できない。ロシア(旧ソ連)は日ソ中立条約を一方的に破棄して北方領土に侵攻し不法占拠を続けている。歴史を歪曲しているのはどちらの方か、と問いたい。

 ロシアはこの夏、日本が1945年に第二次大戦の降伏文書に署名した9月2日を大戦終結の記念日とする法律改正を行った。これも北方領土の実効支配を正当化しようとする動きと関係しているのだろう。

 メドベージェフ大統領は訪中後、極東を訪れ、北方領土を含むクリル(千島)列島について「今回は飛行できない天候だったが、近い将来、必ず訪れる」と語った。これに対し前原誠司外相が「大統領が訪問すれば日露関係に重大な支障が生じる」と警告したのは当然である。

 メドベージェフ大統領は昨年2月、サハリンで麻生太郎首相(当時)と会談し「独創的で型にはまらないアプローチ」によって交渉を加速させることを確認した。今年6月の菅直人首相との会談では、首脳を含めた高いレベルの接触を通じ前進を図っていくことで合意している。一方的な北方領土訪問の表明は信義に反する。

 北方領土四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという日本に対し、ロシアは第二次大戦の結果として四島はロシアに移ったと主張している。双方の隔たりは大きい。

 日露関係を発展させることは東アジアの安定に必要であり両国の利益にもなる、と大統領も認識しているだろう。ならば、北方領土訪問がどういう意味を持つかはわかるはずだ。日露関係の重要性を踏まえた冷静な判断を求めたい。

  社説:論調観測 緊張続く日中 「ではどうする」が肝要

 沖縄・尖閣諸島付近で起きた中国漁船による衝突事件で日中間の緊張が続く中、臨時国会が始まった。召集前日には衆院予算委で集中審議も行われ、国会は当面、この問題が大きな焦点となりそうだ。各社の社説はどう書いたか。やはり今週もこれをテーマにしたい。

 集中審議で野党が一斉に追及したのは検察当局が中国人船長を拘置期限前に処分保留で釈放したことについて「政治介入」があったかどうかだった。

 菅直人首相らは「介入は一切ない」と繰り返したが、毎日はまず中国側の強硬姿勢を批判したうえで、首相らの答弁も「とても納得できるものではなかった」と総括。「仮に、政治による指示が一切なかったのが本当だとしたら、逆に政府の外交に対する構えに不安が募る」と書き、改めて菅政権の危機感の乏しさを指摘した。

 政治介入の有無を追及するのは「不毛な攻防」と評した朝日は「釈放が高度な政治判断であったことは疑いがない」と断じ、むしろ首相が「今回の対応についての全責任を自分が負うと言い切らなければ、国民の納得は得られまい」と書いた。

 産経は相変わらず激しい。「中国の揺さぶりを受けて厳正な法律の適用・執行を取りやめたのは国家の恥辱」と批判し、自民党が要求するように検察関係者を証人喚問し、検証するのが最優先だと主張している。

 これに対し、読売は野党の追及は「一応理解できる」としながらも「単なる政府批判の繰り返しは、菅政権の内外の信頼を貶(おとし)め、中国を利するだけで結果的に国益を害しかねない」と批判を野党にも向けている。

 各紙の主張に違いはある。だが、共通して指摘しているのは、一体、菅首相は日中関係をはじめ、この国の外交をどう進めようとしているのか、まるで見えないという点だろう。

 漁船衝突事件について、これまでの答弁を簡単になぞっただけだった1日の所信表明演説も、そんな不満が残った。

 毎日は「首相が言う『国民全体で考える主体的な外交』を目指すなら、より道理にかなった説明で理解を求めるべきではないか」と書き、朝日は「懸念を払拭(ふっしょく)する『菅外交』の全体像は示されなかった」と書いた。

 無論、野党も、そして私たち新聞も批判だけをしていれば済む時代ではない。軍事大国、経済大国となった中国とどう向き合っていくのか。私たちも今後、議論を重ね、より具体的な提案をしていきたいと考えている。

 【論説副委員長・与良正男】(毎日新聞 2010年10月3日)

  反射鏡:普天間、辺野古を見て考えた「沖縄との和解」=論説委員長・冠木雅夫

 「冷戦後の世界への対応にもっとも出遅れたのが日本である」。国際政治学者の故・高坂正尭(まさたか)氏は「日本が衰亡しないために」と題する論文で指摘していた(「文芸春秋」1993年1月号)。「日本が抱える課題は、他の諸国とくらべてもきわめて大きな困難を伴うことが予想される」「もっとも深刻なのは、戦後半世紀の間、日本の政治が外交と安全保障という問題について、ほとんど完全に棄権してきたことである」

 悲観的予想は残念ながら的中している。民主党政権も新しい「困難」を生み続けている。

 鳩山由紀夫前首相は「反米・離米」志向かと憶測されるほど外交基軸の揺らぎを示した。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場移設問題では「国外、最低でも県外」発言に一度は夢を託した沖縄県民の心を傷つけ、民主党政権への怒りを招いた。

 政府や本土への不信を増幅させた沖縄との関係をどう修復するか。政府が「沖縄との和解」に全力で取り組むことなしに、普天間も日米関係も打開の道は見えないだろう。

 先日、沖縄で普天間とその移設予定地である名護市辺野古の浜辺を間近に見た。折しも11月の知事選で再選を期す仲井真弘多知事が同県議会で普天間の「県外移設」を明言した日だった。同県石垣市の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で、日中両政府への抗議決議を全会一致で可決したのもその日である。

 辺野古の浜に向かう道端に看板があった。「海浜はみんなの宝 基地とゴミは持ち帰りましょう。名護市環境衛生課」とある。もちろん「基地と」は落書きである。案内してくれたヘリ基地反対協共同代表の安次富浩さんは「私たちが落書きしても市は何も言ってこない。市の人も理解してくれているのかもしれません」と説明した。

 基地新設予定地は米軍のキャンプ・シュワブ内である。浜辺の有刺鉄線が境界線を示している。手前に「名護はジュゴンの保護区にしよう」という反対派の看板、向こう側には「米国海兵隊施設 許可なく立ち入った者は日本国の法令により処罰される」という立て札がある。9月末とはいえ30度を超す暑さで近くの森からセミの声が響く。V字形滑走路の根元方向から埋め立て予定の海が見える。雲が切れて日が差すと鮮やかなエメラルドグリーンに変わった。

 車で小一時間南に向かい、沖縄戦の激戦地として知られる嘉数高台の展望台に上る。眼下に見える普天間飛行場を囲んで住宅が密集している。9万人以上が住む約20平方キロの市域だが、3割以上を基地が占める。展望台で説明してくれた伊波洋一・宜野湾市長は04年の米軍ヘリ墜落事故後も依然として続く危険な実態を強調した。話の最中にも周辺の上空をヘリが飛び続けた。ここの危険除去が最優先課題であることは間違いない。

 仲井真知事に対抗して出馬を表明している伊波氏は普天間飛行場の米本国やグアムへの撤退を求めている。

 県民感情はこの1年で大きく変わったという。「沖縄は本土に差別されている」という意識がしばしば語られるようになった。戦争で大きな犠牲を強いられ、本土復帰後40年近いにもかかわらず、在日米軍基地の4分の3が集中し大きな負担を強いられている。普天間移設では訓練移転も含めて沖縄以外の候補地を模索したというが、結局本気で説得しなかったではないかという反発である。政界では保守系も含めて「県外」が大勢になっている。

 辺野古移設が実現すれば普天間はじめ嘉手納以南の人口密集地区の施設・区域が返還され負担はかなり減るというのが日米合意の趣旨だが、説得を受け入れる状況ではない。沖縄の民主党員・サポーターの7割が党代表選で小沢一郎氏を支持したのも、「県外」を実現できるのではという期待からだろう。

 東アジアの高まる波は日本に押し寄せている。尖閣問題で示された中国の「力の外交」にどう対処するか。後継指導者を決めた北朝鮮が今後どう動くのかも予断を許さない。

 日米同盟がいかに重要かは尖閣問題でも再確認されている。だが、政治的に安定した基地がなければ同盟も揺らぐ。「現実主義外交」を掲げる菅直人首相、先の高坂氏に師事した前原誠司外相らによって外交の立て直しは可能だろうか。普天間問題では日米合意の実現に向け「誠心誠意説明していく」(所信表明)というが、政権が本腰を入れて沖縄との和解を図ろうとする姿勢は見えてこない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

エチオピア女性の難民不認定取り消し

 10月1日、この種の裁判ではなかなかない勝訴判決である。

 以下の裁判長の判決理由からすると、他の同種の裁判中の多くの難民認定不許可処分の不当性が司法的にもっと認められていいはずだ。

 もっとも、これは地裁レベルのことであり、最高裁まで行った場合にどうなるかはわからない。是非、法務省-入管は、この判決を受け入れて、難民認定してもらいたい。難民条約を批准しながら、年に数十人の難民認定数というのはどうしようもない。

  

エチオピア女性の難民不認定取り消し…東京地裁

 エチオピアで反政府活動をしていたという同国籍の女性(29)が、難民に認定されなかった処分は違法だとして、国に処分の取り消しを求めた訴訟の判決が1日、東京地裁であった。

 杉原則彦裁判長は「エチオピア国内で2度逮捕されるなど迫害を恐れる事情があり、難民に該当する」と述べ、処分を取り消した。エチオピア出身者の難民認定を巡る司法判断は初めて。

 判決によると、女性はエチオピアで2004年からデモに参加するなどの反政府活動を始め、05年に2度逮捕された。その後、07年7月、同国を出国し、成田空港の東京入国管理局で難民申請したが、認められなかった。

 判決は「女性が帰国した場合、不当な刑罰などの迫害を受ける恐れがある」と指摘した。(2010年10月1日 読売新聞)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年9月 | トップページ | 2010年12月 »