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山内氏の産経文書によせて

 尖閣列島問題は、菅政権によって火消しがはかられているが、相変わらず、右派は、ここぞとばかりに中国との対立を煽り立てている。

 山内氏の以下の文章の「「反日・愛国」の世論を煽(あお)りながら対日強硬姿勢を崩さない中国の共産党と政府の態度によく似ているのは、かつて特務機関をつくり中国侵略を進めた帝国陸軍の傲慢(ごうまん)さではないだろうか」という部分は、歴史的な見方として、それなりに説得力がある。つまり、現在の中国の対日外交の姿勢は、日本がかつて中国に対してやった外交姿勢の鑑だというのである。だとすれば、それは、マルクスが、「ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。かれはつけくわえるのをわすれなかったのだ。ダントンのかわりにコーシディエ-ル、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793 年から 1795 年のまでの山岳党のかわりに 1848 年から 1851 年までの山岳党、叔父のかわりに甥。そして「ブリュメール 18 日」の再版が出される情勢のもとで、これと同じ漫画が!」(『ブリュメール18日』岩波文庫)と述べた通りのことではないだろうか。

 明らかに、歴史上、日本による尖閣列島の領有は明治以降のことであり、そのことは文献・記録に残っている。これは、ウエストファリア条約以降の近代国民国家体制が普遍的基準として国際法に反映されるようになってからのことで、当時、まだそうしたものとは異なる外交原理が生きていた東アジア世界においては、普遍的な基準ではなかった。明治国家は「砲艦外交」に訴えて、侵略し、西欧からの受け売りの新しい外交原理を押し付けていったのである。

 現在の尖閣列島問題は、ウェストファリア体制の枠内で行われていて、その点では、そこに東アジア世界が組み込まれていく過渡期にあった明治期とは違うわけだ。そして、「まさに「力強い突きは立派な受けである」とは、「攻撃は最大の防御」の意にほかならないのだ。外交で堂々と「攻撃」をかけ、強力な「防御」に訴えなければ、南沙諸島と西沙群島の現状は明日の我が身にふりかかるだろう。尖閣問題への無策は、「殷鑑(いんかん)遠からず」(戒めになる前例は手近にある)という言葉を日本人に思い出させたに違いない」というのは、山内氏が菅政権の弱腰外交を批判する田母神元幕僚長らの右派の過去的外交認識の中にいることを示している。

 山内氏の言う「尖閣問題への無策」は、そもそも戦後日本国家が資源輸入大国という道を選んだことにも原因があって、東京などから見て、遙か彼方の人も住めない島のことなど、長く無関心であった。恐らく、山内氏も、こうした係争が起こらなければ、そんな島のことに関心など持たなかっただろう。はっきり言えば、この島になんの直接的利害もなければ関わりもないので、この問題が、日中の国家間関係、国家間外交問題となっているから、関心が持たれるという程度のことにすぎないのである。

 山内氏は、かなり強引に尖閣問題と日中外交の問題を結び合わせたために、「攻撃は最大の防御」なる外交原理の適用を訴えるはめになっている。外交原理と戦争戦術原理を区別していないのである。かつてロンメル将軍が、両者を区別しないで、現場の軍事作戦にいちいち介入してくる軍上層部や最後には最高司令官のヒトラーにまで悩まされたことについて書いた。外交の現場は、経済的利害のやり取りというところからも判断を迫られており、その点では、レアアース(稀土類)の9割を依存する中国の禁輸措置は、ハイテク産業に大打撃を与える経済的に死活問題と言っていい問題だから、前原外相の中国は「よき隣人」、戦略的互恵関係という発言は外交家としてリアルな判断だ。

 対「共和国」外交において、「攻撃は最大の防御」とばかりに、強硬姿勢をとり続けた結果がどうなったかを見よ。拉致被害者の「家族会」は分裂し、「救う会」は利権の巣と化し、金の問題をめぐって新潟でトラブルが起きて、佐藤克己(現代コリア研究所元所長)は代表を下りざるをえなくなり、「拉致」議連は排外主義者のイデオロギー宣伝機関となり、証拠もないネット上でのうわさ話程度の情報を垂れ流しつつけている。とりわけ、「救う会」の金の問題の不透明さについては、雑誌『世界』で前に取り上げられたことがあるが、それを読むと「救う会」は善意を食い物にしているのではないかという疑惑が深くなる。かれらは「攻撃は最大の防御」とでも思って、左翼叩きをやっているのかもしれないが、どのみち、そこで行われた不当なことについては、必ず後に大きなツケとして支払わされることになるというのが歴史の一つの教訓である。産経は、「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛・分裂騒ぎで、そのことを経験したはずだが、そこから学ぶ力がないのだ。また、「在日」のパチンコ利権なるものをでっち上げた連中がいるが、実際には、パチンコ業界は警察の利権の場である。産経はそれを暴露するどころか、いい加減な話を垂れ流し続けている。

 そして、今、恐ろしいことに、証拠もないままに、簡単に確かめられる情報について、適当な話が、あたかも事実のようにして、憲法上、国権の最高機関の場である国会でも語られている。国会議事録に、そうした発言がどんどん記録され続けているというのは恐ろしいことではないだろうか。国会が、そういう恐れを感じない議員が好き勝手に放言する場になっているということは、形式民主主義の危機を示す一現象ではないだろうか。そして、官僚の幹部は、山内氏の勤める東大出身者が多くを占めているだが、ついに検察まで事件を捏造していることが暴露されてしまったように、もはやリアルな政策など立案・遂行することが出来なくなっているのではないだろうか。東大とは何だろう。そこはただの知識の量的集積所になってしまったのだろうか? ここまで落ちたら、そんなものはいらないとはっきり言った方がよくはないか。

 文書で触れられている勝海舟は、陽明学という儒教の一派を基礎として学びながら、同時に、当時の西欧列強の近代国民国家原理をもよく取り入れようとした人で、その点で過渡期を代表する人物と言っていい。彼の日清戦争への反対意見は明治政府によって受け容れられなかった。

 山内氏のこの論で一番引っかかるのは、国家という立場に立って問題を見ていて、大衆という立場で問題を見てないということだ。それでは、歴史を本当には理解出来ないと思う。それから、山内翁の世代のやったことのツケは未来が支払うことになることを忘れないもらいたい。朽ちた木は速やかに枯れよ! それが新しい芽を育てる。

 【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌之 尖閣、殷鑑遠からず
 (2010.10.11産経)

 週末に国立劇場に出かけてきた。真山青果の名品、『将軍江戸を去る』で西郷隆盛を演じた中村歌昇(かしょう)と、勝海舟に扮(ふん)した中村歌六(かろく)の腹を割った演技は迫力に溢(あふ)れていた。江戸の保全を求める勝に心を許し、無辜(むこ)の民を巻きこむ江戸攻撃に疑念を抱く西郷の心の底からふりしぼる口跡(こうせき)も良く、二人のやりとりは歴史への責任を鋭く自覚する政治家の気合に充ちていた。これこそ真剣で勝負する外交のやりとりであった。

 かれらの演技を見ていると、ゆくりなくも「力強い突きは立派な受けである」という英国の格言を思い出した。この言葉は、二人の対談から4年ほど前、1864(元治元)年の4国艦隊の下関攻撃に際して、英国のパーマストン首相が発したものだ。彼がアヘン戦争や下関戦争から体得した教訓は、相手国との交渉の挫折や軋轢(あつれき)が行き着くところ、最終的には優勢な軍事力の誇示が必要になるということだった(保谷徹『幕末日本と対外戦争の危機』)。

 さて、現在の中国外交はアヘン戦争以来の屈辱的経験を歴史の鑑とし、列強の侵略手法をベトナムやフィリピンとの領土問題や、日本への領海侵犯に再現しているかのように見える。その外交スパンは、抗日戦争の時間よりもはるかに長く、19世紀に遡(さかのぼ)るほどだ。「反日・愛国」の世論を煽(あお)りながら対日強硬姿勢を崩さない中国の共産党と政府の態度によく似ているのは、かつて特務機関をつくり中国侵略を進めた帝国陸軍の傲慢(ごうまん)さではないだろうか。

 中国の東シナ海政策の戦略性は、20世紀初頭の米国のセオドア・ルーズベルトの「棍棒(こんぼう)外交」よりも体系的である。日本人は尖閣事案が偶発的でなく戦略的な深さに基づくことを見抜くべきだろう。中国による領有権獲得パターンと砲艦外交の脅威は、1970年から80年代の南シナ海の南沙諸島と西沙群島を実効支配した教訓を学べばよく分かる。南シナ海の支配権を獲得する5つの段階は、尖閣やガス田の問題を考える時にも示唆に富んでいる。

 (1)領有権を主張し関係国間の対立を煽りながら、各国内部に亀裂を生み出し挙国一致体制をとれないようにする。(2)調査船による海洋探査や資源開発の実施(東シナ海では中間線に天然ガス田の利権を設定し、日本の排他的経済水域への侵犯を既成事実化した)。(3)周辺海域で海洋調査船を含めた各種海軍艦艇を活動させ軍事的圧力をかける。

 そして、(4)「核心的利益」の名目でチベット、ウイグル、台湾のように領土主権を大義名分に不退転の国益を主張する。(5)漁民に違法操業をさせ関係者の上陸によって碑や灯台を設置し、中国人の生命財産保護を名分としながら、最終的に武力を背景に支配権を既成事実化する。

 中国の強硬な対日姿勢を見ると、尖閣をすでに「核心的利益」のカテゴリーに入れた可能性も強い。まさに「力強い突きは立派な受けである」とは、「攻撃は最大の防御」の意にほかならないのだ。外交で堂々と「攻撃」をかけ、強力な「防御」に訴えなければ、南沙諸島と西沙群島の現状は明日の我が身にふりかかるだろう。尖閣問題への無策は、「殷鑑(いんかん)遠からず」(戒めになる前例は手近にある)という言葉を日本人に思い出させたに違いない。(やまうち まさゆき)

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