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2011年4月

大江裁判、大江・岩波書店の勝訴確定と地震・原発問題

 北日本大震災の報道の中で、沖縄に関する重要な判決が確定した。この裁判のことはこのブログでもとりあげてきた。

 これは、この国の戦後体制が、社会を安心して生きていけるようなものとして作っていないということを象徴する問題だった。そして、保守派・右派が、そうした社会をよくするのではなく、その逆に悪化させるように動いてきたし、今もそうであるということを示している。沖縄で「集団自決」に至る沖縄の同化(皇民化)教育の「悪」を「善」へとひっくり返そうとした保守派の在り方は、今日の北日本大地震と福島原発の事故で大量の犠牲者を生みだした「悪人」の在り方と同じである。「産経」の正論というコラムに登場する保守派の多くの言論がそうしたものであり、ことに、自民党議員の稲田朋美にいたっては、「お前は本当に日本の住民か」と思いたくなるほど、ひどいものである。その中で、なぜか、西尾幹二と長谷川三千代の二人だけは、犠牲者への哀悼の意を表明してから、主張を展開している。それで、この二人が「伝統的」な礼をそれなりに踏まえていることがわかるのだが、稲田は、そんな礼すら示さず、大連立による自民党の保守政治の溶解の方に意識が取られて、そのことばかりを書いている。「産経」の社説も同じであって、慰霊の言葉がなく、ただ、エネルギー問題の方を強調している。なんのためのエネルギーなのか? 誰のためのエネルギーなのか? と思わざるを得ない。

 沖縄戦において、沖縄の人々が「集団自決」に至った歴史心理的な要因は、おそらくは、列強の包囲への危機感が、過剰な一体化への意識を強くして、それが同化強要へといたり、それが、結局、一部の上層のエゴイズムのための大量の犠牲に結果したということだ。この時、上層のエゴとその他の大衆のエゴが、「国益」=「国民の利益」というかたちで同一化されてしまったが、それはまったく違ったものであったのだ。

 今回のことで言えば、東電と政府と御用学者の「原子力村」の利害は、豊かな生活を求める大衆の欲求を満たすために必要なものというかたちで、同一化され、そうした表象が作られて、それが「安全神話」というかたちを取って流布されているが、それは、まさに神話であったということが暴露されているが、それは、それと似たことであったということである。国と独占企業と御用学者とマスコミは一体であって、まさに国家独占資本主義体制をなしているということが人々の目に明瞭に見えたというのも久しぶりだ。そこで、ここからの出口を作るためには、この体制そのものを変えないといけないということになるのだが、それは、個人のライフスタイルを個人的に変えるというだけではとうていできないほど大きい変化を要する課題だ。このシステムを維持して復興するためには、おどろくほど巨額の投資やら資源集中が必要であることがはっきりしつつあるのだ。

 また、自衛隊は、防衛任務を主任務にしていて、原発事故対策だの震災被害での出動は本来の基本任務としていない。それにもかかわらず、それが、災害時に現地を制圧して活動しているということが問題であり、そうした災害救助任務を主とするものが平時に準備されていないのが問題である。人を生かし救うということを主目的とする部隊として自衛隊が改変されて、その精神でしっかりと訓練されていなければならなかったのだ。かつての皇軍も、そうしていれば、集団自決のような悲劇はなかっただろう。

 さて、マスコミの中では、ネットで盛んに流されているデマを信じ込んでいる者もいるみたいだが、その基本的な観点は、人間=欲望という単純な図式を神話として信じ込んでいるだけである。欲望はもちろんあるが、その程度や質や内容があって、一概に数量化できないのである。そして、被災地では、泥棒といえども身の危険を感じざるを得ない。反撃、他の泥棒との遭遇、緊張、異常心理状態、過度のストレス、不安、精神錯乱などの状態、などがあって、そこは、泥棒といえども、安心できるような環境ではないのである。被災地の住民が、被災後、護身になるような武器をまず入手したという話も伝わっており、有事の人の心理や行動は平時の時とはかなり違うということを前提にしなければならない。見ず知らずの人間が、親切に手を伸ばそうとしても、疑心暗鬼や警戒心を持つ。それは、すぐに他のコミュニティーのメンバーに伝わり噂が広がる。コミュニティーでは、誰かに見られずに行動しにくい。見えない監視があり、そこでのチェックに合格しなければ、信用されない。

 過疎化し高齢化している東北において、研修生などの名目で働く外国人は必要な労働力となっている。コミュニティーは、一方ではメンバーとメンバー外を区別し異なる対応を取り、時として排他的側面を見せるが、他方では、コミュニティーにとって必要な他者を寛容に受け入れるという側面も持っている。しかし、今回、真っ先に中国人労働者が本国に帰ったのは、関東大震災での朝鮮人などの大量虐殺などの歴史教育を受けて来たからだろう。在日外国人から聞いた話では、本国の家族などから、早く帰るように強く言われている人が多いようだ。日本は、よほど、外国では、差別的で排外的な国と思われているようだ。しかし、私はけっして手を離さないし、この試練を共に乗り越える。

 4月24日、芝公園で行われた反原発集会は、4500人(主催者発表)で、日比谷公園までのデモをした。さらに、「原子力村」構図の解体へと向かっていかねばならない。御用学者を追い落とさなければならない。政府・経済産業省・原子力保安院・原子力安全委員会を変えることだ。そして、東電のマスコミ対策費、御用学者育成費などの原発推進のために出してきた金を被災者と被災地の復興、脱原発社会建設に振り向けさせなければならない。この「悪い」エゴの利害共同体のために使われている金を、反対のものに使わせなければならない。そうすれば、「原子力村」の力は弱くなる。それで、安心できる社会へ一歩進めるのだ。一人ひとりが幸福になれる社会が我々の社会目標だ。その幸福は、固有性という性格も持っているので、それぞれが自由に決めるべきことなのだが、「原子力村」はそれをさせない「社会悪」だ。

 軍関与認めた判決確定 「集団自決」めぐる岩波・大江訴訟
                                     (2011年4月23日琉球新報) 
 沖縄戦で旧日本軍が「集団自決」(強制集団死)を命じたとする作家大江健三郎さんの著書「沖縄ノート」などの記述をめぐって、座間味島元戦隊長の梅澤裕氏や渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次氏の弟、秀一氏が名誉を傷つけられたとして、大江さんや版元の岩波書店を相手に出版差し止めなどを求めた上告審で、最高裁判所第一小法廷(白木勇裁判長)は22日、一審・二審に続き、上告を棄却した。これにより軍関与を認めた一、二審判決が確定した。同小法廷は、原告の申し立てを「上告理由にあたらない」とした。21日付。
 棄却を受けて大江氏は「自分たちの主張が正しいと認められた。訴訟で強制された集団死を多くの人が新たに証言し、勝利を得る結果になった」と述べた。
 同裁判では、2008年3月の一審・大阪地裁判決で、両隊長による自決命令は推認できるが、「断定できない」と判断。大江氏が隊長による集団自決命令を事実と信じるには相当な理由があったとして名誉棄損を退けた。
 同年10月の二審・大阪高裁判決は一審判決を支持した上で、「総体として日本軍の強制ないし命令と評価する見識もあり得る」とした。さらに、「表現の自由」に考慮し、公益目的で真実性のある書籍が新たな資料により真実性が揺らいだ場合、記述を改編せずに出版を継続しただけでは不法行為とはいえないとした。
 裁判原告の「隊長の自決命令は聞いてない」などとする陳述書が契機となり、06年度の教科書検定意見によって、高校日本史教科書の「集団自決」における軍強制の記述が削除された。記述削除に対し、「沖縄戦の実相をゆがめるもの」という反発が県内で起こり、07年9月に県民大会が開かれるなど、沖縄戦体験の正しい継承を求める世論が高まった。

「県民の思い受け止めた」/大城県教育長
 最高裁の上告棄却を受け、大城浩県教育長は「教科書検定問題については2007年の県民大会の結果、広い意味での『日本軍の関与』の記述が回復され、高校生がこれまで同様に学習できると考える。最高裁の判決は、県民の思いを受け止めた判決」とコメントを発表した。

沖縄でも大きな力に/大江健三郎氏の話
 自分たちの主張は高裁で正しいとされ、最高裁では憲法上の問題はないと認められた。沖縄戦の真実が曖昧になり、教科書からも取り除かれたが、沖縄からの反論で、沖縄戦(についての記述)が少しずつ真実に近づいている。強制された集団死を多くの人が新しく証言し、勝利を得る結果になった。(最高裁の判断は)力強い励ましだ。沖縄でも大きな力になる。

裁判の意義はあった/原告代理人・徳永信一弁護士の話
 名誉棄損が認められなかったのは残念。しかし、隊長の自決命令について高裁判決は「関与」とし、一審より控えめな事実認定。この問題は、集団自決に梅澤さんらの隊長命令がなかったという認識が重要だった。裁判を通して自決命令の根拠がないとの認識が国民に定着したので、意義はあったと総括している。

岩波・大江「集団自決」訴訟一覧

    守った沖縄戦の真実 岩波・大江勝訴(2011.4.23) カメラ
    大江さん勝訴 軍関与認める司法判断(2011.4.23)
    <電子号外>大江さん勝訴 「集団自決」訴訟(2011.4.22)
    「集団自決」、軍関与認めた判決確定 (2011.4.22)
    <用語>「集団自決」歴博展示問題(2011.1.6)
    歴博「軍命」あいまい 「集団自決」展示を刷新(2011.1.6) カメラ
    空襲被害者連絡協結成 県内弁護士「現行援護法に壁」(2010.8.15)
    歴博展示刷新 史実ゆがめぬ態勢づくりを(2010.8.11)
    空襲被害救済求め準備会 県内初、法制定向け活動へ(2010.7.19)
    高嶋教授ら見直し要請へ 歴博「軍関与」記述削除(2010.5.10) カメラ
    歴博の議事録“不開示” 「中立損なう恐れ」(2010.5.2)
    集団自決記載 軍関与の正確な記述を(2010.4.1)
    集団自決記述 歴博は速やかに修正を(2010.3.28)
    「証言軽視」に批判 歴博「集団自決」軍関与削除(2010.3.17) カメラ
    歴博、沖縄戦「集団自決」展示 きょうから一般公開(2010.3.16) カメラ
    証言資料 重視を 歴博「集団自決」解説文見解(2010.3.13) カメラ
    「集団自決」軍関与削除 館の判断で表現ぼかす(2010.3.13)
    委員認識に差 歴博・軍関与削除(2010.3.11) カメラ
    「集団自決」日本軍関与の記述取りやめ 国立歴史民俗博物館(2010.3.9)
    《137万人の会議室》第9回「2000~09年回顧」【社会・暮らし】(2009.12.29) カメラ
    <メディア時評・沖縄密約と普天間移設>確信的な世論誘導 潜む日米同盟の「呪縛」(2009.12.12)
    県民大会2年 歴史の教訓が生きる政治を(2009.9.29)
    日本兵が「死になさい」 山城さんが証言 真実、後世に願い(2009.9.27)
    最高裁裁判官国民審査 5氏「沖縄」に関係(2009.8.29)
    戦争体験次代へ 教科書検定意見撤回求める集会、100人気勢上げる(2009.4.17)
     薩摩支配を受けた琉球が、江戸幕府へ使節を送った「江戸立」(...(2009.4.4)
    上告棄却求め署名35万 岩波・大江裁判、最高裁に提出へ(2009.3.29)
    「最高裁も同様判断を」 岩波・大江裁判、都内で弁護士報告(2009.2.21)
    2008年(平成20年)沖縄県内十大ニュース(2008.12.24) カメラ
    最高裁に棄却求める 岩波訴訟判決報告会(2008.11.23)

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東大にデモを! 「原子力村」を解体しよう

 「放射能でガンになるまで生きていないから避難しない」とある年老いた被災者が言った。

 このような言葉を言わせたのは誰だろうか? 「想定外」の地震だろうか? そうではない。それを言わせたのは、「安全神話」を広めている無責任な「原子力村」(政府・官僚・御用学者・マスコミ・東電など)の連中である。

 このような「原子力村」的構図は、この社会のいたるところに形成されている。例えば、その一つとして、行政の進める「多文化共生村」がある。この事態が明るみに出したのは、「原子力村」に象徴されるこの社会の構図自身が社会を駄目にしているということだ。この「原子力村」の解体も課題として浮上している。

  この事態が世界史的事件であり、世界の世論を動かしていることを以下の記事が示している。反原発という意識が大幅に増えている。しかし、運動は、反-にとどまっている。このような人々の意識と同じところにある。それを表明することは当然だが、そこに留まるわけにはいかない。すでに福島第一原発1~4号機の廃炉が東電から表明されている以上、今後、廃炉の具体的な作業プロセスに入らざるを得ず、そこで必要な技術や知識、技能が求められ、その体制が形成されねばならないのは明らかだからだ。それを推進する社会・政治勢力を急速に力を拡大させ、発展させなければならない。それを可能にする新しい政治主体・社会主体・専門家・経済的裏付け等々の育成・準備が急務だ。そして、福島での廃炉の経験をもとに、他の原発の廃炉を順次進めていかなければならない。

 そこで、必要なのは、今、「原子力村」の研究・教育部門である東大工学部大学院などの原子力関係の御用学者たちを批判し、かれらの力を削いで、新しい内容の教育・研究を進められる人と体制を作ることである。かれらの責任を、社会や運動が追求し、新しい人で取って替えることである。東大に対して、大衆的デモなどの手段で、それを含む脱原発のメッセージを明確に伝えることである。そのことが、以下の記事にある世界の人々の世論変化に応えることであり、原発事故からの教訓として、人々の命と生活を守り、「良い」社会を作ることにつながることである。もちろんそれは東大工学部ばかりではない。週刊誌によれば、私立も含むいくつもの大学の原子力関係の学者が御用学者として、大金を注ぎ込んで育成されていた。このような「悪」を絶たないと、この社会で人々は安心して生きられない。

 また、先日会ったある「在日」の人は「この社会は我々を地域社会を共に創るパートナーとして認めていない」と言った。今後の社会建設の過程で、当然にも、「在日」は対等な協働のパートナーであり、この社会でずっと共に生き共に社会を作っていくべき人々である。かつて、日本共産党が愛国主義に屈服し、またセクト主義的に手を離した「在日」への対応の誤りを繰り返してはならない。われわれは、長くこの地にいる、あるいは、いたいと望む在日外国人・他民族と、この社会を共に作っていくということを断固として強く表明しなければならない。それは、関東大震災からの教訓でもある。この事態の中で、差別・排外主義との闘いを宣言し批判する運動が公然と登場しているように、それと闘うことだ。それは、綱領的課題である。その場合に、「綱領は実践の指針」であって、たんなる「認識の指針」ではないと考えるが、そのような考えは左翼世界であまり一般的なものになっていないが、それは克服されなければならない。

 「原子力村」を解体し、脱原発社会へ断固として進むべき時だ。そして、原発推進のためにボランティアに入っているような欺瞞的な右翼などを暴露すべきだ。かれらの腐った生活を維持するために、原発のある地域社会の人々の命をこれ以上危険にさらし、失わせるわけにはいかない。

 

 福島事故で原発反対伸長 47カ国・地域で世論調査(共同2011年4月19日)

 各国の世論調査機関が加盟する「WIN―ギャラップ・インターナショナル」(本部、スイス・チューリヒ)は19日、福島第1原発事故を受けて世界の47カ国・地域で実施した世論調査結果を発表、原発反対が事故前の32%から11ポイント上昇して43%となる一方、支持が57%から8ポイント下落して49%となり、賛否の差は25ポイントから6ポイントに縮まった。

 調査は3月21日~4月10日、日本やパキスタンを含むアジア各国のほか、北南米、欧州、アフリカなど計3万4千人以上を対象に行われた。

 同社の専門家は「原子力は過去10年間、国際世論の安定した支持を得ていたが、世界の多くの人々が福島の事故を懸念して反対へ立場を変えたことになり、今後は議論が活発化しそうだ」と分析した。

 日本やカナダ、サウジアラビアなど八つの国・地域で、事故後に賛否が逆転し反対が上回った。

 また、日本の復興の見込みについては、全体の30%が「震災前の水準に復旧する」、18%が「さらに発展する」と回答し、全体で48%の人が楽観的。日本では、両者を合わせた楽観的な意見は35%にとどまった。

 一方、日本の復興に悲観的な意見が上回ったのは日本(55%)、中国(67%)、韓国(47%)などで、全体では38%を占めた。(イスラマバード共同)

 韓国初の古里原発1号機、地元議会が廃炉求める決議採択(朝日2011年4月19日)

 釜山市にある韓国初の原子力発電所、古里(コリ)原発1号機をめぐり、同市中心部に位置する南区議会が18日、1号機の即時稼働中止と廃炉を求める決議を全会一致で採択した。

 決議は「福島原発のような爆発事故が起きれば、半径30キロ以内に住む約100万の釜山市民が放射能の被害にさらされる」と主張。設計寿命の30年を超えて運転を続けている1号機の廃炉と、同原発(計5基)での増設計画の再検討を大統領府や政府に求めている。

 同区議会によると、市内の計16区・郡のうち、ほかに二つの区が同日までに同様の決議を採択している。

 古里1号機をめぐっては、周辺住民ら97人が稼働中止を求める仮処分を釜山地裁に申請した12日、電気系統の故障で運転が停止した。韓国教育科学技術省は「詳しい事故原因を調査中」としており、再稼働の見通しは立っていない。(ソウル=中野晃)

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脱原発・地域政党ということ

 東北の地方住民の置かれている悩みを示す以下の記事を読めば、ほとんど一瞬のうちに命を落とした津波の犠牲者と異なる原発事故の特殊な性質がわかるだろう。こうした現実に対する理解なしに、またそういう想像力を働かせないで、被災者との信頼関係は築けない。

 その点で、阪神淡路大震災後の社会的防災システムの整備が15年以上たった現在でも未整備だったという問題が浮上したと思わざるを得ない。初動の段階で、自衛隊に現地を制されて、「自衛隊のおかげ様で」という被災者の態度形成を許してしまったことに、自省の思いにかられる。阪神淡路大震災の教訓として、社会の中に、その後の中越地震などでも活動したボランティア・ネットワークが形成された意義は大きい。しかし、それでとどまってしまったのではないか。

 原発をめぐっては、事態の深刻さが予想以上だったこともあって、福島第1原発1機~4号機の廃炉が東電から表明されたことは大きな成果だった。脱原発社会へ向けての半歩前進であった。

 事態から一カ月以上たって、政府の復興構想会議のメンバーが公表された。福島県の三春在住の玄有宗久氏がメンバーに加えられた。梅原猛氏が名誉議長に加えられたのは、彼が東北で人気が高いことを思えば、なるほどと思える人事だ。しかし、全体としては、五百旗元防衛大学学長をトップに起用するなど、危機管理という観点が強いという印象を受ける。

 内館牧子氏、読売新聞編集委員の起用は意味がわからない。建築家安藤忠雄氏の起用も適材適所かどうかわからない。彼には都市建築のイメージはあるが、農漁村建設者というイメージがない。実際には例によって官僚が影で牛耳る看板だけの会議になるのではないだろうか。

 まず、そもそも東北は過疎・高齢化に悩み、経済力の弱い地方であるという基本的なところをおさえる必要がある。そこから歴史的に蓄積されたものがあって、深いところにそのうっ屈した感情があるということだ。以下の記事に示されているのは政府不信の現れであるが、では誰を信頼すればいいのかということがわかっていないという状態を示している。そこで、旧来の復興需要目当てのゼネコンの願望を反映する復興ではなく、住民主体の復興ということが重要となる。その点で、地域主導の復興を主張する達増岩手県知事がメンバーに入っているのはその取り込みというふうにも見える。そのように、この復興過程には地域という観点がなければならない。それと、この復興構想会議に、脱原発という観点がないのが大きな問題だ。原発のない社会をどう作っていくかという観点を持つ人がいないのだ。この点になると、日本全体の問題になり、さらにその行方は世界に影響を与えることになる。

 復興過程は、地域という観点と脱原発という観点の二つを持たなければならない。そして、その時に、東北地方における実際の働き手が、研修生名目などでの外国人労働者になっていたり、都市部においては在日も地域社会の一員としてあることを考えれば、在日外国人もこの過程の主体である。被災者として差別することなく、復興過程でも差別することなく、この社会の活動の担い手として協働する社会建設に参加するのは当然のことだ。この復興構想会議にはそうした人がいない。これも問題だ。障害者などの災害弱者の問題もある。

 いずれにしても、これらの社会建設の内容を実現する政治というものが必要で、その政治主体は、これらを含まなければならない。そこで、地域政治勢力・脱原発政治勢力、差別的・排外主義的でない政治勢力…を構想し、運動として発展させなければならない。その時に、東北の場合は、都市化→市民の創造→市民革命という経路をイメージするのは現実的ではないし、歴史的必然性もない。共同体運動を復興の主体とする方がリアルである。そのことを踏まえて、大都市部における脱原発社会の創設という課題、そのような変革=自己変革的な主体の形成と運動を早急に発展させなければならない。そうでなければ、犠牲者は浮かばれないし、都市と農漁村の間の自由で平等な関係を形成するような関係性を築けない。都市部の進んだ市民が田舎の遅れた民衆に説教を垂れるという構図に陥ってはならない。たんにかわいそうな遅れた田舎者を助けてあげるというのでも駄目だ。まさに共に社会を担う、創る主体として、相互承認することだ。今はショックで打ちひしがれている人々もまもなく立ちあがって、自ら声を上げ始めるだろう。福島県郡山市出身の俳優・西田敏行氏の原発への怒りの表明は、福島の多くの被災者のその魁の声だ。彼は今福島県の被災住民の前衛の位置にいる。

 さらに、この事態は世界を変えている。ドイツで州政府一つをひっくり返し、世界経済にダメージを与え、世界の原発建設を止めた。これは、世界史的事件であり、世界的な思想変化をも生み出すだろうし、政治や社会のありかたを変えるような衝撃を与えている。しかし、この国の今の言説空間は退廃し、「安全神話」を繰り返すだけの東電と一体の御用学者やマスコミなどによって、ごまかしが広められている。しかし、人々は政府やマスコミのこうした垂れ流し情報を懐疑し正確な情報を求めている。そこで、一部市民運動家は、「いいこと」を言うだけで自己満足しているように見える。何かをし、したことに対してリアクションがあり、そこで何かを変えていく、という変革的プロセスの主体たるべき時に、「いいことを言う」ことはそのごく一部に過ぎないという態度を形成することが必要である。

 地域政治・社会勢力(地域政党)の登場とそれとの連携という課題、あるいは、グリーンという選択肢の台頭ということも課題として浮上するだろう。脱原発の社会への移行を、歴史的な社会関係の自己変革的プロセス、市民社会から自由で平等な共同社会への移行として進められることが出来るのかが問われていると思う。そこに国境線を引く事は出来ないし、引いてはならない。

安全なの?危ないの? 30キロ圏外、振り回される住民

2011年4月12日(朝日)

 計画的避難区域とされた福島県飯舘村。ほとんどが福島第一原発の半径30キロ圏外で、避難指示や屋内退避指示(自主避難要請)ではなかった。

 「何で今ごろになって避難なのか。国の言っていることはとにかくちぐはぐ」

 従業員68人を抱える精密部品加工会社を営む林和伯さん(67)は憤る。先月中旬、従業員の強い要望で操業を再開したばかり。「命令でもない限り、国から言われても村から出るつもりはない」

 村中心部に住む農家の女性(55)も「この前、国際原子力機関(IAEA)が村は危ないと言ったのを国が打ち消したのに、今度は避難しろという。一体どっちなのか」と戸惑う。

 村は先月19日から、希望する住民を栃木県鹿沼市に避難させた。だが、和牛農家を中心に、徐々に村に戻る人が増えている。その一人、菅野千代子さん(69)は牛が心配で先月末から自宅にいる。「戻れて良かったと思ったのに今度は今生の別れだなんて。心の準備にまだ時間がかかる」

 飯舘村の西側に隣接する川俣町も一部が計画的避難区域に入った。同町山木屋で乳牛80頭を飼う牧場経営者、高橋健司さん(38)は「牛はうちの財産で生活の糧。見捨てることはできない」。原乳の出荷制限で乳は搾って捨てている。従業員1人を解雇し、牛乳やチーズなどの製造工場も休業。健司さんを手伝う母の里子さん(64)は「町からは何の連絡もない」と途方に暮れる。

 町内で民生委員を務める渡辺とくいさん(67)は「30キロ圏外は大丈夫だといっていたのに、何を信じていいのかわからない。国がしっかりした情報を発信してくれないと混乱するばかり」と話した。

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佐藤優の3・11事態への論考批判

 サンデー毎日4月10日増刊号3・11後の原発私はこう考える」に、佐藤優氏の寄稿「鈴木宗男氏を仮釈放し、モスクワに派遣せよ」が載っている。

 私は80年代に京都にいて、学生運動をやっていた関係で、同志社大学の学友会(特に文自)と関西学研都市を撃つ学生連絡会の会議などで、よく同志社の文自のボックスに行った。佐藤氏と同じ神学部の活動家とは、京都東九条の地域反差別運動で一緒にやっていた。そういうわけで、恐らく、同じ頃神学部自治会の活動家だったという佐藤氏とはどこかですれ違っているはずだが、こちらには記憶がない。当時、西の筑波と呼ばれた関西学研都市構想が持ち上がっていて、そこに同志社大学が移転するという話しになって、移転に反対する同大学友会と共闘して作られたのが関西学研都市を撃つ学生連絡会である。この頃の同志社大学友会系の学生運動については、鹿砦社の「神の爆弾」で当事者だった人が連載した記事がある。同じ頃、女子寮にいた韓学同のメンバーで、同志社で全独裁に反対するハンストをやっていたのを私は覚えているのだが、後に東九条で一緒に活動したその女性活動家から聞いたところでは、かなり正確なものらしい。この頃の関西学生運動の中で、80年代前期というのはかなり停滞していた時代で、活動家も金太郎飴状態だったから、活動家であれば、どこかの集会で会って顔ぐらいは覚えているはずで、それが記憶がないとなると、おそらく、佐藤氏はよほど学内に閉じこもっていた活動家なのだろう。

 前置きが長くなった。この寄稿で、佐藤氏は、福島第1原発事故について、「東電の対応がけしからん」などという批判は情勢論だと述べている。それに対して、「日本国家と日本人が生き残ることができるかという存在論」かという次元が問題だと言うのである。この俗物的現象論を存在論と言っているのは驚きだ。

3・11事態はもはや震災の生存者が居ないという段階に入っている。喪に服す時は過ぎつつある。阪神大震災の時と違って、今回の大震災の多くの犠牲が出たのは津波によるもので、津波にあった段階でほぼ即死に近い死に方をした人が多かっただろうということだ。だから、自らの死を意識する間もなく亡くなっていった人が多いのだろう。あらためて犠牲者の冥福を祈ると共に、弔いの闘いを誓うものである。しかし、震災から一カ月が過ぎようとしている今、喪はあけつつあり、現在進行中の原発事故に立ち向かっていかなければならない。そして、復興のあり方を巡る闘いの局面へと事態は移行しつつある。そこで、原発をどうするのかという点が大きな焦点として浮上していることは誰の目にも明らかだ。そして、その点で、人々は急速に学びつつある。そこらへんの食堂でサラリーマンたちが、原発事故について話しをしているのに出会う。原発問題の講演会や勉強会、集会には通常の何倍もの人が集まっている。反原発の本が売れている。関連するいくつもの企画が立ち上がっている。

 その時に、佐藤優氏は、東電批判や政権批判は情勢論でしかなく、問題ではないと主張しているのだ。そして、国家と民族の存在論次元が問題だと言うのだ。歴史の無知も甚だしい。今、震災に見舞われているのは、古代天皇制の時代に、「まつろわぬ民」=蝦夷の住む古代国家の外部で、征服の後も何度も抵抗を起こしたところだ。最後の抵抗戦争は、戊辰戦争と呼ばれているが、東北の歴史学者の高橋氏は新書でそれを「東北戦争」と呼んでいるものだ。サンデー毎日の同号には、保坂正康氏の2・26事件の記事もあるが、この事件は昭和恐慌後の東北の農村の惨状に義憤を感じた東北出身の青年将校が中心になった事件だと言われている。その東北六県の最南端である福島県に対して東電はどんなことをしてきたか。その一端を、佐藤栄佐久前知事の冤罪事件が示しているではないか。日本国家の存在論は、その存在がいくつもの亀裂が走っている存在についての論であるということを自覚しなかったら、リアリティがないではないか。

 そして、専門家とやらを合理的判断力の持ち主と勝手に決めつけて、「専門家が合理的な想定で、安全と考えた事態を超える事柄が自然界で起こりうるという現実を覚悟すべきだ」とのたまう。東電から何億円ももらっている専門家が合理的な判断を下しえない可能性が高いということは子供でもわかるようなことである。そして、軍人、警察官、外交官などは無限責任を負うというのだが、軍人だって、辞めることは出来る。そして、「元来、日本人は危機に対して強い民族だ」という民族存在論を持ち出す。蝦夷は、いつから日本に入ったのか? アイヌはこれに入らないんだろうね。そして、国連の機関が異民族と認定した沖縄はどっちに入るのか? 日本国籍を取って韓国式姓名を名乗る人はどうなのか? 日本人の存在論を佐藤氏のように中途半端にではなく、しっかり考え抜いていくと、存在の危うさということが出てくるだろう。われわれの思考は、きちんと働かせて行けば、佐藤のような抽象では満足しないで、それに止まらず進んでいくのだ。そうすると、佐藤が止まっている抽象物ではまったく考えが足りないことに気付かざるを得なくなる。なるほど、田辺元が、核戦争のリアリティの中で滅亡=死を覚悟しつつ物事を考えたというのは、当時としてはかなりリアルである。広島・長崎の体験の記憶がまだ生々しくあって、原爆実験・水爆実験が繰り返され、放射能を含む雨が降ってくるような時代状況の下では、それは切実なものであったというのはわかる。だが、それと、今の事態は違う。関西の人は、東の人ほど、被爆の可能性を強くは思っていないだろう。だから、ここでも国民を一様に、一律にひとくくりりにする民族存在論のリアリティは小さい。

 そして、佐藤氏は、「電力を大量消費する生活と産業をわれわれが拒否することが、現実的に考えた場合、不可能だからだ」と言う。少なくとも、福島県だけなら、原発の電気がなくてもまったく困らない。企業は外国に主要工場を移転するかも知れない。GDPが下がっても、人々の幸福感がそれと軌を一にして下がるとは限らない。佐藤には存在論があるかもしれないが、幸福論や倫理論がない。古来、存在論を論じた哲学者たちは、同時に、経世済民から倫理から幸福論まで論じている。そういう多様さや総合性なしに、民族存在論のみを存在論として取り出すことは恣意的であり、官僚的である。

 もちろん、佐藤氏は、これで、福島の被災者やその縁者や福島県の人々の神経を逆なでし、読者を失うというリスクを負ったことを自覚されているだろう。少なくとも、福島県出身の私は、カチンと来た。たぶん、福島県出身者の多数は同じ感情を抱くだろうと思う。

 私には死ぬ覚悟はあるが、それは、佐藤優氏が言うような「無限責任」だの存在論だのという高踏的で抽象的なことからではなく、自分の体験から来ている。当時の白血病=「死の病」というイメージとの闘いの中で出来たもので、具体的なものである。

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昨日の記事の補足

 原発事故は相変わらず終息のめどはたっていない。

 飯館村で基準値を超える放射能が観測されたが、それは今は基準値を下回ったという。

 きのう書いた記事の補足がいくつかある。一つは、福島県内で東京電力のコマーシャルが流れていないということに関係するもので、福島県内の電力供給は東北電力がやっているということである。ただ、東京電力は経営陣を総入れ替えした上で、関東電力とでも名前を変えて再出発することだ。東電という社名の事業者でなくても電力供給事業は出来るのだから。そして、抜本的に自己変革をすることだ。

 次に、佐藤栄佐久前福島県知事は、自身の収賄罪での裁判で、無実・冤罪を主張し、『知事抹殺』(平凡社)を出版しているということである。週刊エコノミスト4月5日号に「インタビュー 佐藤 栄佐久・前福島県知事 「原発事故は起こるべくして起こった」」が掲載される。週刊文春3月31日号「総力検証 世界を震撼させたレベル5「原発大パニック」御用メディアが絶対に報じない 東京電力の「大罪」 ▼佐藤栄佐久前・福島県知事 決定的証言「東電が副知事を脅迫した!」が掲載されている。また、佐藤栄佐久公式ブログhttp://eisaku-sato.jp/blg/がある。

 三春町については、同町に住む作家玄有宗久氏がサンデー毎日4月3日号に体験談を寄せている。

 もう一つは、海外メディアと日本のメディアの報道の違いについてで、日本のメディアが報道規制をしているのではないかという点についてである。日経BPネットhttp://www.nikkeibp.co.jp/article/general/ecology.html?http%3A%2F%2Feco.nikkeibp.co.jp%2Farticle%2Fcolumn%2F20110328%2F106232%2FというHPには、そうした落差を伝える記事がある。また、日本のネットでも出回っている犠牲者の遺体収容施設の親族・関係者の遺体を探す被災者の姿を写した写真があるが、それは海外のネットから誰かが取ってきたものである。それと、海岸に何百という遺体が流れ着いたという記事が出たことがあるが、真っ先に現場に行った自衛隊などはそれを撮影しているはずで、現場の実態を知るための資料が、政府や自衛隊に握られたままになっていることには、情報の国家独占という意味で問題がある。

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福島県と原発事故

 福島県のずいぶん年上の先輩から聞いた話である。

 わが故郷の三春に近い海沿いの浪江町に接している彼の故郷の東和町には、そこからの避難民が来ているという。

 彼は、東和町に行くそうだ。

 彼によると、福島県では今、東電のコマーシャルを一切流していない。それと、東北新幹線が那須塩原から仙台間が開通していない原因について、内陸部の白河あたりが震度7の地震に見舞われた関係ではないかと言っていた。仙台駅にも被害があったようだが、福島県内で橋脚あたりに相当のダメージがあったのではないかというのだ。

 福島県の前知事の佐藤栄佐久氏が、親族の競売入札妨害容疑で辞任に追い込まれ、その後、自身も収賄罪で逮捕されたことがあった。しかし、これについては、2002年に、東電の原発トラブル隠し発生後、プルサーマルの受け入れを撤回したことから、東電関与の疑惑を感じる。なお、玄葉光一郎国家戦略相は、佐藤栄佐久氏の義理の息子である。

 大阪芸大の純丘教授の記事によると、東電は東大や東工大や慶応大学などに金を投じて、御用学者を養成していたという。

 福島第1原発1~4号機を廃炉にすることを表明した東電会長の会見でのあの言い方と開き直りの態度には、怒りを感じた。それでも、廃炉の決断は一歩前進である。福島県で東電のコマーシャルが流せない状態になっている原因である県民の東電への深い不信と怒りの感情は当分おさまらないだろう。反原発で自立するというのも復興のあり方の一つの選択肢にあってもいいと思う。

 

福島県前知事「無分別が生んだ破局」 プルサーマル計画了承を撤回
                                                                                     (03/29 北海道新聞)

 【パリ共同】福島県の佐藤栄佐久前知事は29日付フランス紙ルモンドのインタビューで、福島第1原発の事故について、原発の運営に関わった人間の「無分別がもたらした破局だ」として東京電力や日本の原子力行政当局を強く批判した。

 佐藤氏は福島県知事時代の1998年、全国で初めてプルサーマル計画を了承。プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料が福島第1原発に搬入されたが、2002年に東電の原発トラブル隠しが発覚、了承を撤回した経緯がある。

 佐藤氏は「(今回の事故で)恐れていたことが現実になってしまった」と指摘。日本の原発行政を推進する経済産業省と監視機関の原子力安全・保安院を分離すべきだとの声があったのに実現していないことを挙げて「日本は民主国家だが、浸透していない分野がある。正体不明の利益に応じて、数々の決定がなされている」と原子力行政の不透明性を暴露した。

 また「今回の破局は(原発に関する)政治決定プロセスの堕落に起因している」と指弾した。

東電のカネに汚染した東大に騙されるな!
純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 芸術学部哲学教授
純丘曜彰 教授博士/健康・医療
2011年3月27日

/寄付講座だけで、東電は東大に5億円も流し込んでいる。一方、長崎大学は、その買収的な本性に気づき、全額を東電に突き返した。水俣病のときも、業界団体は、東大の学者を利用して世論操作を行い、その被害を拡大させてしまっている。いま、同じ愚を繰り返してはならない。/

 なんと5億円! 寄付講座だけでも、これほどの大金が、東京電力から東京大学大学院の工学研究科にジャブジャブと流し込まれている。これは、東大の全86寄付講座の中でも、単独企業としてあまりに突出した金額だ。(詳細データ http://www.u-tokyo.ac.jp/res01/pdf/20110301kifu.pdf 本記事のコメントも参照せよ)

 東大だけではない。東工大や慶応義塾大学など、全国のあちこちの大学の大学院に、東京電力は現ナマをばらまいている。これらの東京電力のカネの黒い本性は、2002年の長崎大学大学院で暴露された。そもそも東京電力が、自分の管区とはほど遠い長崎大学に手を伸ばしたことからも、手口の異様さがわかるだろう。

 長崎大学医学部は、戦前の官立六医大の一つという伝統を誇り、その大学院医学研究科を2002年4月から医歯薬学総合研究科へと発展させることになった。ここに突然、東京電力が、9000万円で講座を寄付したい、と言い出した。テーマは、低線量放射線の人体影響。そのうえ、その趣意書からして、原発推進とも受け取れる表現が踊っていた。これに対し、当時の学長、池田高良(まさに被曝腫瘍が専門)は、趣意書の書き直しのみで、カネの受け入れを強行しようとした。

 このため、学内外から猛烈な反対論が沸き起こり、夏には混乱の学長選となった。おりしも、東京電力は、福島第一原発三号機で、炉心隔壁のひび割れの事実を伏せたまま、97年にむりに交換し、二千人近い作業員にかなりの被曝をさせ、その後もこの事実を隠蔽し続けていたことが、ようやく発覚した。もはや、なぜ東電が被曝後遺症を扱う池田学長に唐突に大金の話を申し出たのかは明白だ。かくして、代わって斎藤寛(公害問題が専門)が学長に当選。長崎大学は、9月に臨時教授会を開き、東京電力の寄付講座受け入れを取りやめ、すでに大学側に振り込まれていたカネ全額を東京電力に突き返した。

 1956年に水俣病が発見された際、地元の熊本大学は、ただちに現地調査を行い、有機水銀が原因であることを特定し、チッソに排水停止を求めた。ところが、日本化学工業協会は、東大教授たちに水俣病研究懇談会、通称「田宮委員会」を作らせ、連中が腐った魚を喰ったせいだ、などという腐敗アミン説をでっち上げ、当時のマスコミも、この東大教授たちの権威を悪用した世論操作に乗せられて、その後も被害を拡大し続けてしまった。

 いままた、同じ愚を繰り返すのか。「核燃料70%の損傷」を、燃料棒292本の7割、204本のそれぞれにほんの微細な傷があるだけ、などという、アホな詭弁解説をまともに信じるほど、いまの国民はバカではない。なんにしても、テレビで口を開くなら、まず、東京電力から受け取った黒いカネを、全額、返してからにしろ。

 テレビもテレビだ。公正、中立、客観を旨とする以上、解説を学者に頼むなら、原発賛否両方の学者を公平に呼べ。調べるプロなら、連中のウラ事情ぐらい調べておけ。

/by Univ-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka

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