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佐藤優の3・11事態への論考批判

 サンデー毎日4月10日増刊号3・11後の原発私はこう考える」に、佐藤優氏の寄稿「鈴木宗男氏を仮釈放し、モスクワに派遣せよ」が載っている。

 私は80年代に京都にいて、学生運動をやっていた関係で、同志社大学の学友会(特に文自)と関西学研都市を撃つ学生連絡会の会議などで、よく同志社の文自のボックスに行った。佐藤氏と同じ神学部の活動家とは、京都東九条の地域反差別運動で一緒にやっていた。そういうわけで、恐らく、同じ頃神学部自治会の活動家だったという佐藤氏とはどこかですれ違っているはずだが、こちらには記憶がない。当時、西の筑波と呼ばれた関西学研都市構想が持ち上がっていて、そこに同志社大学が移転するという話しになって、移転に反対する同大学友会と共闘して作られたのが関西学研都市を撃つ学生連絡会である。この頃の同志社大学友会系の学生運動については、鹿砦社の「神の爆弾」で当事者だった人が連載した記事がある。同じ頃、女子寮にいた韓学同のメンバーで、同志社で全独裁に反対するハンストをやっていたのを私は覚えているのだが、後に東九条で一緒に活動したその女性活動家から聞いたところでは、かなり正確なものらしい。この頃の関西学生運動の中で、80年代前期というのはかなり停滞していた時代で、活動家も金太郎飴状態だったから、活動家であれば、どこかの集会で会って顔ぐらいは覚えているはずで、それが記憶がないとなると、おそらく、佐藤氏はよほど学内に閉じこもっていた活動家なのだろう。

 前置きが長くなった。この寄稿で、佐藤氏は、福島第1原発事故について、「東電の対応がけしからん」などという批判は情勢論だと述べている。それに対して、「日本国家と日本人が生き残ることができるかという存在論」かという次元が問題だと言うのである。この俗物的現象論を存在論と言っているのは驚きだ。

3・11事態はもはや震災の生存者が居ないという段階に入っている。喪に服す時は過ぎつつある。阪神大震災の時と違って、今回の大震災の多くの犠牲が出たのは津波によるもので、津波にあった段階でほぼ即死に近い死に方をした人が多かっただろうということだ。だから、自らの死を意識する間もなく亡くなっていった人が多いのだろう。あらためて犠牲者の冥福を祈ると共に、弔いの闘いを誓うものである。しかし、震災から一カ月が過ぎようとしている今、喪はあけつつあり、現在進行中の原発事故に立ち向かっていかなければならない。そして、復興のあり方を巡る闘いの局面へと事態は移行しつつある。そこで、原発をどうするのかという点が大きな焦点として浮上していることは誰の目にも明らかだ。そして、その点で、人々は急速に学びつつある。そこらへんの食堂でサラリーマンたちが、原発事故について話しをしているのに出会う。原発問題の講演会や勉強会、集会には通常の何倍もの人が集まっている。反原発の本が売れている。関連するいくつもの企画が立ち上がっている。

 その時に、佐藤優氏は、東電批判や政権批判は情勢論でしかなく、問題ではないと主張しているのだ。そして、国家と民族の存在論次元が問題だと言うのだ。歴史の無知も甚だしい。今、震災に見舞われているのは、古代天皇制の時代に、「まつろわぬ民」=蝦夷の住む古代国家の外部で、征服の後も何度も抵抗を起こしたところだ。最後の抵抗戦争は、戊辰戦争と呼ばれているが、東北の歴史学者の高橋氏は新書でそれを「東北戦争」と呼んでいるものだ。サンデー毎日の同号には、保坂正康氏の2・26事件の記事もあるが、この事件は昭和恐慌後の東北の農村の惨状に義憤を感じた東北出身の青年将校が中心になった事件だと言われている。その東北六県の最南端である福島県に対して東電はどんなことをしてきたか。その一端を、佐藤栄佐久前知事の冤罪事件が示しているではないか。日本国家の存在論は、その存在がいくつもの亀裂が走っている存在についての論であるということを自覚しなかったら、リアリティがないではないか。

 そして、専門家とやらを合理的判断力の持ち主と勝手に決めつけて、「専門家が合理的な想定で、安全と考えた事態を超える事柄が自然界で起こりうるという現実を覚悟すべきだ」とのたまう。東電から何億円ももらっている専門家が合理的な判断を下しえない可能性が高いということは子供でもわかるようなことである。そして、軍人、警察官、外交官などは無限責任を負うというのだが、軍人だって、辞めることは出来る。そして、「元来、日本人は危機に対して強い民族だ」という民族存在論を持ち出す。蝦夷は、いつから日本に入ったのか? アイヌはこれに入らないんだろうね。そして、国連の機関が異民族と認定した沖縄はどっちに入るのか? 日本国籍を取って韓国式姓名を名乗る人はどうなのか? 日本人の存在論を佐藤氏のように中途半端にではなく、しっかり考え抜いていくと、存在の危うさということが出てくるだろう。われわれの思考は、きちんと働かせて行けば、佐藤のような抽象では満足しないで、それに止まらず進んでいくのだ。そうすると、佐藤が止まっている抽象物ではまったく考えが足りないことに気付かざるを得なくなる。なるほど、田辺元が、核戦争のリアリティの中で滅亡=死を覚悟しつつ物事を考えたというのは、当時としてはかなりリアルである。広島・長崎の体験の記憶がまだ生々しくあって、原爆実験・水爆実験が繰り返され、放射能を含む雨が降ってくるような時代状況の下では、それは切実なものであったというのはわかる。だが、それと、今の事態は違う。関西の人は、東の人ほど、被爆の可能性を強くは思っていないだろう。だから、ここでも国民を一様に、一律にひとくくりりにする民族存在論のリアリティは小さい。

 そして、佐藤氏は、「電力を大量消費する生活と産業をわれわれが拒否することが、現実的に考えた場合、不可能だからだ」と言う。少なくとも、福島県だけなら、原発の電気がなくてもまったく困らない。企業は外国に主要工場を移転するかも知れない。GDPが下がっても、人々の幸福感がそれと軌を一にして下がるとは限らない。佐藤には存在論があるかもしれないが、幸福論や倫理論がない。古来、存在論を論じた哲学者たちは、同時に、経世済民から倫理から幸福論まで論じている。そういう多様さや総合性なしに、民族存在論のみを存在論として取り出すことは恣意的であり、官僚的である。

 もちろん、佐藤氏は、これで、福島の被災者やその縁者や福島県の人々の神経を逆なでし、読者を失うというリスクを負ったことを自覚されているだろう。少なくとも、福島県出身の私は、カチンと来た。たぶん、福島県出身者の多数は同じ感情を抱くだろうと思う。

 私には死ぬ覚悟はあるが、それは、佐藤優氏が言うような「無限責任」だの存在論だのという高踏的で抽象的なことからではなく、自分の体験から来ている。当時の白血病=「死の病」というイメージとの闘いの中で出来たもので、具体的なものである。

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