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最近思うこと

 難民講座は無事終了しました。

 私はナイジェリア難民発生の背景について報告しました。ビアフラ戦争の後遺症や東南部のニジェール川河口付近の石油をめぐる問題、そして何よりも貧困の問題はすさまじく、21世紀に入ってますますこの問題は深刻さを増しているようだ。

 たまたま読んでいるスラヴォイ・ジジェクの『パララックス・ヴュー』(作品社)の中で、ナイジェリア西部の大都市ラゴスのスラムについて書いたところがあったので、それを読んで締めくくりにした。

…あたらしいプロレタリアートの立場が、あたらしいメガロポリスのスラムの住民の立場だとしたら、どうだろう? ここ数十年、とりわけ、メキシコシティや他のラテンアメリカの首都から、アフリカ(ラゴス、チャド)をへてインド、中国、フィリピン、インドネシアにいたる第三世界では、スラムの爆発的拡大がみられるが、これは、おそらく、われわれの時代の重大な地政学的な出来事である。ラゴスは、アビジャンからイバダンにのびる7,000万人の貧民街の回廊地帯の最大のノードであるが、ここでの例証として挙げるのにふさわしい。公式資料そのものにしたがえば、ラゴス州の全陸地面積である3、577平方キロメートルの約3分の2は、貧民街もしくはスラムに分類される。その人口さえ不明である――公式には600万であるが、多くの専門家は1,000万と見積もっている。そして、次のような理由からして、われわれが論じているのは、周縁的な現象ではない。すなわち、きわめて近いうちに(あるいは、第三世界の人口調査の不正確さを考慮に入れるなら、おそらくは、すでに起きているのかもしれないが)、地球上の都市人口が農村人口をうわまわり、そして都市人口の大多数をしめるのが、スラムの住人ということになるだろうとされる。われわれが目撃しているのは、こうして、国家の制限からはずれ、なかば法の外部にあるような状態に生きていて、最小限度の自己組織化の諸形態を緊急に必要としている人口の急速な増大である。この人口を構成するのは、周縁化された労働者、クビになった公務員、農地をおわれた小作人であるが、かれらは、たんに不要になった剰余というわけではない。かれらは、グローバル経済に何重にも組みこまれているのである。かれらの多くは、不正規の賃金労働者であったり、自営業者だったりするが、適切な保健や社会保障を欠いている(かれらが出現した主要な理由は、第三世界の諸国がグローバル経済に包摂されたことである。第一世界から安価な食料が輸入され、それぞれの地域の農業は荒廃した。)かれらは、「開発」、「近代化」、「世界市場」といったスローガンの本物の「症状」である。すなわち、不幸な偶発事などではなく、グローバル資本制の中心的論理の不可避的な産物なのである」(482~48頁)。

 この間、第三世界ではこうしたスラムが膨らんでいるのだ。プロレタリアートは世界的に増えており、このようなプロレタリア化は、徐々に先進国にも及んできている。こうして、グローバル資本主義の下では、マルクスの言ったとおりのプロレタリアートの増加が実際となっているのである。難民(亡命者)の一部はこのようなグローバル資本主義の動きの中から発生している。特に、ナイジェリアのような石油という重要資源がある国では、そこから得られる富をめぐって、国際資本の運動が国内政治に与える影響は強い。ビアフラ戦争では、独立を宣言したイボ族の東南部のビアフラ共和国をフランスが、ナイジェリアをイギリスとソ連がそれぞれ支援し武器を提供したために、次第に殺戮の規模が大きくなった。そして、ナイジェリア側がビアフラ共和国を経済封鎖したために、200万人の餓死者が出たと言われている。ビアフラ戦争を描いた映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン」には、そのために飢餓に陥り、やせ細った子供たちの映像が出てくる。

 ナイジェリアでは、国際石油資本のシェルなどが残した油井やパイプラインから漏れ出る石油による環境汚染が問題となっていて、環境保護運動のリーダーの殺害事件にシェルがかかわっていたのではないかという疑惑が問題になっている。さらに、イスラム武装勢力の活動も活発で、今年春の大統領選挙でキリスト教徒の大統領が誕生してから、イスラム系住民らの暴動などで500人の死者が出たという。かれらは不正選挙だと主張しているようだ。宗教対立という扮装の下で、どのような利害対立があるのか、まだよくわからない。

 人権を国民主権と同一視するような部分がいて、それが人権問題に混乱を与えているのだが、特に、対「共和国」・中国関係にそのような議論が多い。かれらが人権という立場ではなく、国民ないし日本人という立場で人権問題を取り上げていることは、レーニンが言うように、その人を判断するのに、言葉ではなく行動ですれば、すぐにわかる。

 かれらは朝鮮半島とか中国とか日本に大きくかかわる国についてだけ人権を問題にして、遠いところ、例えばアフリカの人権問題には口をつぐんでいるか無関心である。ただ、言葉だけを掲げているのだ。「何をしているか」が問題であり、それが判断の尺度である。かれらは実際には何をしているか? 「社会主義」と自称する近くの国の政権の人権問題だけをとりあげて行動している。イデオロギー主義的で偏った人権擁護運動なのだ。かれらは愛国主義的政治勢力化していて、歴史認識問題、歴史的な過去清算には一切口をつぐんでいる。その中には、もともと、愛国主義に「転向」した日本共産党からさらに「転向」し、ブルジョア愛国主義に「転向」をとげた変節者がおり、人権を錦の御旗に、その仮面を被って、愛国主義政治を広めようという勢力がいる。唾棄すべき卑劣な連中であると私は思う。朝鮮学校を高校無償化から排除するという人権侵害に対して、かれらはなんら声を上げず行動もしていない。同時にやるべきことをしていないし、言うべきことを言っていないのだ。

 9月23日に、平然と、公共の場、街頭で、人権侵害のヘイトスピーチを撒き散らす「在特会」などの右翼排外主義勢力に反対するデモが多くの人を集めて新宿で行われた。外国人への人権侵害を許さないという声を公然とアピールしたのだ。差別は人権侵害の最たるものではないか! その場に、こういう種類のグループからは誰一人参加していない。このデモの際に、警察は、若手活動家のA君を狙い撃ちして不当逮捕した。警察権力は、われわれと共に差別反対の声をあげるどころか、差別反対運動に対する弾圧を行ったのだ。不当逮捕を弾劾する! すぐに仲間を解放しろ! どうなんだ? あなたたちは差別を許さないのか? それともそれを許して見逃し続けるのか? 態度を明確にすべきだ。

 例えば、小川晴久なる人物(北朝鮮帰国者の人権と生命を守る会代表)がいて、しきりと人権を言うのだが、日本人の人権のこと、それに、「共和国」の人権問題ばかりを問題にしている。人権感覚の鋭い人なら、ソマリアでアメリカが行っている人権侵害を見逃さず問題にするだろうし、日本の入管が行っている人権侵害も取り上げて批判し抗議したくなるはずである。ところがそんなことは一切述べていない。この人は本当に人権派なんだろうか? 違う。この男の正体はブルジョア愛国主義者である。国家=支配階級と同じ感覚を持ち、一体となった支配層の一部だ。大衆への抑圧者であり、搾取者の味方だ。すなわち、プロレタリアートの敵の一味である。

 鈴木邦男の「イデオロギーの時代は終わった」だの「右も左もない」だのというたわごととにだまされてはならないのは、敵と味方を区別することができなくなるからである。左翼はこれまで日の丸を侵略のシンボルだと言ってきた。そして、侵略・帝国主義に反対してきた。それは人々が支配階級のための侵略に動員されてはならないからだ。だから、日の丸右翼とは徹底的に対決してきたのである。われわれは他民族を侵略しないという国際主義の立場を堅持してきたのだ。そのことが、冷戦の終焉でより重要になっていることは、ナイジェリアの現状を見ても明らかである。帝国主義の侵略は現実に存在し続けているのである。だから、そのような世界の現実を見ないで、侵略のシンボルを容認するのは命取りになるのである。それは今、そしてこれからますます重要性を増しているのである。そして、もし鈴木邦男氏が日の丸を捨てるなら、その時には、氏は少なくともこの点に限ってはすでに右翼ではなく、左翼に「転向」することになる。そうであるなら、もちろん、この点に限ってではあるが、鈴木氏の「転向」を歓迎する。それなら、「寛容」であれる。

 しかし、問題になるのは、「イデオロギーの時代は終わった」とか「右も左もない」といった言説が果たしているイデオロギー的機能、あるいは効果である。普通に考えれば、こうした言説が誤っていることはわかるはずであるが、それでも、こうした命題を言うことによって、あるいはこの発話行為によって、何が結果するかということだ。それについてはここでは展開しないが、ただ一言だけ言えば、それは、被支配階級にとって不利益となる「階級融和」を結果する。

 ナイジェリアを見る中で、帝国主義の存在を強く感じたし、それに、アフガニスタン、イラクの2カ国で、世界の難民(亡命者)の多数を占めてる現実を見れば、そこからも帝国主義の存在を明確に見て取ることができる。それなのに、侵略のシンボル=日の丸に対して、われわれが寛容であるわけにはいかないのはわかりきったことだ。そんな侵略に寛容な者は左翼ではない。

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