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2011年10月

3・11の持つ根源性

 以下の東京新聞に書いてあることが、今後、福島で心配される事態である。

 福島からの女性たちの座り込みに続いて、昨日から全国の女性たちの座り込みが始まった。29日のデモには500人以上の人が参加したという。のべにして何千人もの人々がこの行動に参加し、同時に全国各地で小規模だが草の根の行動が続いている。こちらは、風邪を引いてしまって、座り込みになかなか参加できないのであるが、この運動の広がりと深さは、様々な情報からうかがい知れる。そして、草の根の力が蓄積されているのを感じる。さて、私が旅によって得たものの一つは、このような人々の根底において、おそらくは無意識のレベルで、脱原発の意思を実感したということである。それは、京都円山集会に主催者側の事前の予想の2倍程度が集まったということに示されている。福島では、保守の支持層にも脱原発の意思がしっかり根を下ろしてしまったことがわかった。そして、世の中が変わる、社会が深いところから変わるというのはこういうことなのだと実感できた。私は、あちこちに火をつける伝導役を勝手にかって、京都では、前日のシンポの実行委打ち上げの場で、「関西でも関西電力に対する脱原発の万単位の行動を!」と反感を買うのを覚悟で言った。それに、「運動の冬の時代しか知らないが、明治公園での6万人集会で、初めて春を見れた」とも言った。しかし、福島から遠く離れた関西で、脱原発1000人集会はすごいものであった。

 この旅で大衆が急速に変わりつつあるというのがわかったので、今度は運動側が、そして自分が変わらなければならないということを感じたのだが、どうやって、どのように変わらなければならないのかが、つかめなかった。しかし、福島からの座り込みの女性たちが掲げた横断幕のいくつかにその答えの一部が書かれてあった。

 ひとつは、医療問題への取り組みが必要だということである。二つ目に、これは、より根底的なもので、中沢新一氏(明大教授)が早い時期に示していたものである。それは、一言で言えば、文明の転換である。すなわち、現体制と今の世の中の基本的価値にたいして、別の原理を打ち立てることであり、そのヴィジョンを創造・提示することだ。それは、中沢の言葉で言えば、多様性をもった共同体(コミューン)であり、コミューン・イズムである。「福島の子供はみんなの子供」というスローガンはそれを表現している。そして、それは、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」にも、「たくさんのブドリとネリのおとうさんとおかあさんとたくさんのブドリとネリ」という具合に、固有名をもったブドリとネリの多様体としての共同体のあり様として表現されているのである。これが、ただ、「たくさんの親と子供たち」と書かれていたら、一般的で抽象的な理念しか表せなかった。ブドリは、他に置き換えられない固有性を持つただ一人のブドリなのだが、たくさんのブドリを、ブドリ、ブドリ、ブドリと並べて書いてみると、そこに空間的な差異なしに書けないという差異ある多様体の一人でもある。つまり、最初のブドリと次のブドリは、左と右という違いがあって、違うものだということが視覚的に示されている。二つ目のブドリは、左のブドリの右のブドリとか次のブドリとか言わなければならない。もちろん、口に出したとしても、同時に複数のブドリを言えないから、時間的にも差異があるということがわかる。あるいは、非言語的に示すなら、例えば、指で指せば、指す位置の違うというふうに。こうして差異ある多様性が表現される。これが新しい共産主義の抽象的なヴィジョンであり、それは、差異ある多様な「草の根」運動の共同性として、今、生まれ、発展しつつあるものだと思う(宮沢賢治については、桜井南相馬市長の話の中で、自らが岩手大学農学部に進学した理由として、宮沢の影響をあげていたことがヒントになっている)。

 「福島の子供はみんなの子供」というスローガンに戻ろう。今日、私有制度の下では、たいていの親は子供は自分の子供であって、みんなの子供と思っていない。それは極めて固い信念になっている。それに対してこのスローガンは、子供はみんなのもの、共にあるものだと言っている。私はある時期からはこうした考えや感覚に共感するようになっているので当然だとしか思わないのだが、多くの人は違和感を覚えるかもしれない。それは、そういうイデオロギー空間の中に閉じ込められているからなのだ。しかし、実際の経験はそれと正反対の感覚をもたらす。どの子だろうと赤ん坊の笑顔や笑い声には惹かれてしまうし、泣いていれば、なんとかしてやりたいと思う。もちろん必ずというわけではないし、実際にはいろいろな条件が重なり合ってそうなるものである。あるいは、フェミニズムが問題にするようなこともある。例えば、幼児虐待とか。福島では、3・11以降、離婚や別居や別離・離散が増えている。人と人の絆が切れていっているのである。自主避難民が多くいて、人口が減少している。構造化された大きな枠組みはあっても、社会関係は常に変化していて、結びついたり離れたり、変転している。それをいくら固めようとしても無理である。出会いがあれば別れがあるというのは経験的に誰でも知っていることで、たいていどうにもならない。いずれにせよ、それは新しく作られるしかなく、それは前と同じ関係では、もはやない。

 例えば、震災直後には共同体的助け合いがあったが、それも過疎化・高齢化が進む中では、一時的な「がんばり」で、そうとうに無理をしたものである。復興の段階になるとそれが復興の担い手の不足という問題として現れることは容易に想像できる。要するに、直面しているのは、社会そのものの復興・創造であって、新しい人と人との社会関係の創出という課題である。だから、コミューン的絆・関係ということが要求として自然発生的に出てきているのだ。これまでの社会関係がこの事態の原因である以上、また同じことを繰り返すような元の社会関係の下ではほんとうの復興は望めないのである。どの程度自覚的かはわからないが、このスローガンは、とても深いこと、根源的に変革的なことを端的に言い表していると思う。

 韓国ではソウル市長選で落選運動などの市民運動活動家であった弁護士が保守の市長を破った。日本でも市民派、革新自治体が続々と誕生したことがある。今日のニュースでは、10人目の共産党員町長誕生というのがあった。25才女性大学院生議員誕生というのもあった。明確に脱原発を掲げる福島県南相馬市の桜井市長は、産業廃棄物処理場建設反対などの市民運動家出身である。しかし、これだけでは命の保証にならないから、福島の女性たち、全国の女性たちは霞ヶ関で座り込みを行なっているのだが、そこに掲げられたスローガンには、上に述べたような根源的な社会革命の要求や思想が表現されている。こうした自然発生的なコミューン主義(コミュニズム)の要求を掲げる運動を発展させるにはどうしたらよいかという課題に答えなければならないがうまく答えられないというのが、旅の中で襲われた感覚・感情である。答えは、岩波書店の「思想」最新号の國分功一郎氏の連載文章にあった。それは、感覚の概念をつくるということだ。つまり、こういうなんとも言えない感覚・感情に襲われた時に、それを表現する言葉が見つからなくて困るとがよくあるが、それはこれまでの概念が感覚の概念ではないからだ。しかも、言語は社会的存在だから、個人が勝手な概念を使っても社会化しないことが多い。しかし、3・11という概念が一般的に定着するというようなことも起こるので、それは不可能というわけではない。社会関係が常に流動的であるように、社会的存在である言語もまた常に流動的である。であれば、感覚の概念をいっぱい作ってそれを使っていけば、かなり事態は変わるに違いない。それで、経産省前に並んでいる様々なスローガンや表現、パフォーマンスなどが、いわく言い表しがたい感覚を概念化しようとする実践を含んでいるということには大きな意義があるということになる。それ自体が、ひとつの共産主義運動ということになるわけだ。これで、近未来の「地獄」というビジョンに代わる新しいヴィジョンが具体性をもって描けるようになる。そのような新しい概念をつくる実践が大衆運動として登場し発展しつつあるのだからである。これは、もちろん、日本だけではなく、中国やインドでもまもなくぶつかる問題であることは明らかだ。

 これを書けたので、風邪だけど、気分がずいぶんよくなった。

  チェルノブイリ 健康被害、事故の4~5年後(東京新聞2011年10月31日)

 チェルノブイリ原発事故(一九八六年)から二十五年。周辺の汚染度は今も高く、放射性物質による健康被害も続く。事故現場に近いウクライナ・ジト ミール州ナロジチ地区を三十回以上訪れ、支援するNPO法人「チェルノブイリ救援・中部」(名古屋市)の河田昌東(まさはる)理事(71)に、福島第一原 発事故との共通点や今後起こり得る事態を聞いた。 (蜘手美鶴)

 -現地の状況を。

 放射線量は事故直後の三十分の一程度に下がったが、被ばくが原因とみられる病気はいまだ多い。日本では、放射線を浴びると、がんになる確率が高くなるといわれる。現地では、がんよりも、心臓病や脳梗塞、糖尿病、免疫不全になる人が大多数。子どもの糖尿病も目立つ。

 -福島の事故で、日本でも放射能の影響が懸念される。

 チェルノブイリで周辺住民に健康被害が出始めたのは事故から四、五年後。福島でも今は目立った影響はみられなくても、結果はほとんど一緒になると危惧する。チェルノブイリの経験を生かし、今から対策をとる必要がある。

 -健康被害を抑えるためには。

 事故後一年目の対応が、後の被害の大きさを左右する。内部被ばくで健康被害を生じた人の半数は、初期に放射性物質を含んだ空気を吸い込んだことが 原因。マスクはとても大事だ。残りは汚染された食べ物を数年間にわたり食べ続けたことによる。結局、汚染された空気や食べ物をいかに体内に取り込まないか に尽きる。

 -日本で今、必要な政策は何か。

 国は除染作業の具体的な方法や方針を示していない。個人宅の除染に手が回っていないのが現状で、国や自治体がやらない限り、除染は広がらない。

 建物の除染は、素材に合わせないと効果がない。たとえばアスファルトは高圧洗浄だけでなく、表面をたわしでこすったり、削りとったりした方がいい。ウクライナでもよくやった。屋根も瓦とトタンではとるべき手法が違う。

 森林の除染も非常に重要だ。乾燥した落ち葉は、放射性物質が凝縮され、濃度が高い。街中を除染しても、森から放射性物質を含んだ落ち葉や粉じんが 飛んできたら、除染とのいたちごっこになるだけだ。チェルノブイリでは周辺に森はなかった。森林汚染は福島固有の問題でもある。

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福島の母親や女性たちの経産省前座り込み始まる

 本日、経済産業省本館正門前で、多数の人々が集まって、朝10時から、座り込みが始まった。佐藤幸子さんをはじめ、福島から母親や女性たちが参加し、それに連帯する全国の女性たちの座り込みが始まったのだ。9条改憲阻止の会のテント村の24時間座り込みは、開始からすでに50日になろうとしているが、その隣に福島の女性たちのテントも設営され、初日から多くの人で賑わっているのである。

 記者会見、そして、経産省との交渉と29日まで様々な行動で、日々放射能にさらされ、あるいは避難を余儀なくされている状態を訴え、現状の改善を求める闘いが始まったのだ。この闘いは、子供や孫たち、縁故の人々、友人など多くの人々が長期被曝の身体・精神への影響がどうなるかよくわからないという不安な状態の中での長期の闘いとなることは明らかだ。

 放射線被曝は子供たちへの影響が大人より大きいと言われている。影響が出てくるのはこれからだ。今後、子供たちへの具体的な身体への影響が出てくる懸念が高まっているのである。しかし、無責任に安全性をアピールし続けた山下俊一は福島県立医大副学長に居座ったままだ。福島県の医療界は県立医科大を頂点にして、その権威に支配されている。経産省前に掲げられた「福島の子供はモルモットではない」というような言葉は、このような医療体制の変革なしに、放射能被害にまっとうに対応する医療体制が出来ないということを表現している。そして、別の横断幕には、「福島の子供はみんなの子供」と掲げられていた。あれほど、犯罪被害者の人権を強調し続けた産経や読売も、原発事故被害者たちの人権や被害者感情、被害回復については、沈黙し無視している。政府もしかりである。野田政権は、霞が関のテントから発せられる福島の母親や女性たちの叫びに真摯に応えるべきだ。

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経産省正門前に座り込む女性たち(2011年10月27日午前)


 

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リビア新体制とスイスでの右派・みどりの後退

 フランスなどが6000回以上の空爆と反政府勢力支援でカダフィ体制を覆したリビアで、反カダフィ派の「国民評議会」は、イスラム色の濃い政策をとることを発表したという。旧ユーゴスラビアの戦争犯罪を裁くために、オランダのハーグに国際戦犯法廷が設けられている。カダフィ大佐に人道への罪、戦争犯罪があるならば、国際法廷で裁かれるべきであった。ところが、カダフィ大佐は殺戮され、遺体は公開され、さらしものにされている。カダフィ派は弾圧されるだろう。その一部は難民となるだろう。一時カダフィ国外逃亡という報道が流れたが、それは事実ではなかったことが明らかになった。徹底的にカダフィを攻撃したフランスを先頭とするNATOと欧米は、今度は、「イスラム過激派の勢力が広がることを……懸念する可能性もある」ということになった。もう一度、欧米は、リビアへの軍事介入をするのだろうか。

 欧米諸国が他国の政権を軍事介入によって潰すということが、今や当たり前になりつつあるが、これは、帝国主義的なやり方であり、戦争を拡大するやり方である。帝国主義批判を強めなければならない。そうしなければ、支配階級のための戦争に多くの人々が駆り出され、人々が殺し合わされることになる。

 次に、脱原発が上下院で議決されたスイスで、脱原発と規制緩和を掲げる政党が躍進したというニュースである。脱原発と規制緩和が政策的に結びつきうることは明らかである。原発以外で発電すればいいからである。同時に移民排斥を掲げる右派政党が後退した。ドイツの例を見ても、福島での県議会での全会一致の脱原発決議を見ても、だんだん、ソ連崩壊の具体的原因は、チェルノブイリ原発事故だったのではないかという考えが強まってきた。体制的要因は実はあの頃大騒ぎされたほどではまったくなくて、86年のチェルノブイリ原発事故の衝撃とそれに対する政府の対応への不満が大きかったのではないかということである。スイス、あるいはドイツでも、脱原発でなければ、人々の支持が得られないということになって、体制が転換するということが起きるのではないだろうか。フランスも危ないのでは、という気がしてきた。日本では野田政権は、今のような対応をし続けていると長く持たないのではないか。それほどの深い衝撃が福島原発事故にはあったと思えてならない。

妻は4人まで容認 新生リビア、宗教厳格化へ
2011.10.24[政変・反政府デモ]

 リビアの反カダフィ派「国民評議会」のアブドルジャリル議長は23日、リビアの「解放」が宣言された北東部ベンガジでの式典で「シャリア(イスラム法)が法の基本となる」と演説。銀行の利子を原則として禁止し、妻を4人まで持つことを容認するなど「新生リビア」ではイスラム教に沿った法を施行すると表明した。

 同じく独裁政権が崩壊したチュニジア、エジプトでもイスラム系勢力が政治力を拡大。リビアが、宗教をより厳格化した国家に向かう可能性があり、イスラム過激派の勢力が広がることを欧米が懸念する可能性もある。

 AP通信によると、現在のリビア家族法では複数の妻を持つことに一定の制限があるが、議長はイスラム教に従った「(平等な扱いを条件として)4人までの妻帯」を認めるとした。(共同)

右派と「緑の党」、予想に反し退潮 スイス総選挙
2011.10.24産経

 23日行われたスイス上下両院選挙は即日開票され、選挙管理委員会の中間発表によると、下院(定数200)では、移民受け入れに反対する第1党の右派、国民党が事前の予想に反し7議席減らし、55議席になる見通しとなった。一方で新興の2政党が10議席前後を獲得する勢い。ただ、主要政党の勢力分布に大きな変化は見られない。

 東日本大震災による福島第1原発事故の影響で、当初は脱原発を強く訴える「緑の党」が議席を増やすと思われた。しかし、同党は逆に7議席減らし13議席の見込み。

 支持を拡大した新興政党のうち一つは、脱原発のほか企業の規制緩和を求める政党。最近の急激なスイス・フラン高などにより、有権者の関心は多様化したとみられる。

 一方、上院は定数46のうち27議席が確定。残りは11月の第2回投票に持ち越された。(共同)

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旅と宮沢賢治と福島の女性たちの闘いと福島原発廃炉県議会議決

 今回の旅は大きな意味を持つ旅で、収穫が多かった。未だに整理はついていないし、その中身は自分の中でまだ流動状態にある。それはやがて明瞭になるだろう。

 少なくとも一つ言えるのは、人を信頼しようという気持ちが深まったということである。関西への旅は、大阪→京都→大阪、一週間後また京都と、一週間に2回、その間に福島2日間というハードなものであったが、それぞれ有意義なものだった。今、疲れを癒すと同時にそこで得たものが明瞭なかたちになるのを待っているところである。それは言い表しえない感情・感覚を伴っている。それを、いずれ表現したいと思う。

 京都の同志社大学で行われた京都第一初級朝鮮学校(東九条)への「在日特権を許さない市民の会」の襲撃事件をめぐる裁判の報告などの集会もよかった。「在特会」は福島などの震災・原発被害者のためになにか具体的にしたのだろうか? 東北にいる「同胞」を救うために血や汗を少しでも流しただろうか? 天皇の錦の御旗を担いだ官軍と戦って敗れた会津などの敗者のことを少しでも考えただろうか? 今の天皇は、自分の先祖は朝鮮半島から渡ってきたと言ったとされるが、それでも「天皇」を神聖化できるのだろうか? 京都御所のすぐ近くで、醜悪な日本語もどきを発し続けたのは「不敬」なことではないのか! (別に、同じ日本人だからどうとか、不敬などということも私自身はまったくどうでもいいことで、これは冗談だが)。

 福島などの被災地では、宮沢賢治の名前、そしてそのヴィジョンが人々の心の救いとなっているようだった。しかし、「在日」その他の外国人被災者はどうなるのか? 「災害弱者」問題は無視されやすいので、特に強調しなければならないことである。私の知る限りでは、宮沢賢治の童話や詩にナショナリズムは感じられない。彼がナショナリズム的な日蓮宗系の国柱会のメンバーであったにも関わらず。それがどういうことなのかはまだわからない。彼の童話「クスコーブドリの伝記」はウィキペディアでは以下のようなあらすじである。

 イーハトーブの森に木こりの子どもとして生まれ冷害による一家の離散や火山噴火、干魃などの苦難を経験して育ったグスコーブドリがイーハトーブ火山局の技師となり火山噴火被害の軽減や人工降雨を利用した施肥などを実現させる。
 ブドリが27才の時、冷害が再発する。その解決法として、ブドリは火山を人工的に爆発させ、大量の二酸化炭素を放出して、温室効果で暖めることを提案する。しかし、その計画では、誰か一人が最後まで火山に残る必要があった。年老いたペンネン技師が、最後の一人になろうとするが、それをブドリは引き止めた。そして、ブドリは皆に黙って、一人火山に残り、火山を爆発させた。ブドリのおかげで、冷害はくい止められたのだった。

 二酸化炭素の温室効果という話がもうこのころすでにあったということがわかるが、ここでの科学者・技術者の自己犠牲というテーマは、彼の仏教的生命観と関係している。しかし、それは、もっと深い層では、自然崇拝、アニミズムと通底するもので、なんなら原始的と言ってもいいものだ。宮沢の童話では動物や木も人のように話す。生命として平等であり、配慮しあっているのである。

 そして、宮沢には、グスコーブドリの自己犠牲(死)によって救われた地上では「…たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪(たきぎ)で楽しく暮らすことができたのでした」というところに表れている平等主義的な生命観がある。また、宮沢の童話には、グスコーブドリのように、民族的でない名前がたくさん出てくる。それはカタカナで表されている。福島は今や世界的に「フクシマ」というカタカナ表記の名前に変わって流通するようになった。それは宮沢的ヴィジョンのような架空の世界(岩手がイーハトーブと変わるように)への福島の変容を表しているのだろうか。山形出身の作家藤沢周平が架空の藩(海坂藩)を舞台にした小説を創作したのにもそれが言えるのだろうか。宮沢賢治の世界はあまりにも静かであるが、そのような東北の静けさの底に潜む熱いものが今じわじわと溶岩のように噴出しつつある。27日から福島の母親や女性たちの経産省前の座り込みが始まる。それは国家・社会を根底から揺さぶる熱い持久戦の始まりを意味することになるだろう。

 廃炉請願採択 福島県議選控え世論意識 全会一致異例の展開(10月22日河北新報)

 福島県議会が20日、県内の原発10基全ての廃炉を求める請願を採択した。共産党県議が単独で紹介議員となった請願は、委員会審査では不採択。この日の本会議では5議員退席の上、全会一致で採択される異例の展開となった。各党を廃炉 へと突き動かしたのは、1カ月後に迫る県議選への思惑だった。

 最大会派の自民党は19日の企画環境委員会で4議員全てが請願採択に反対 したが、この日は会派拘束もかけて賛成に回った。県連幹事長の斎藤健治議員は「委員会では審査継続の立場だったが脱原発を県連で決定しており、本会議で賛成するのは問題ない。選挙まで1カ月。有権者に対する正直な意思表明だ」と言う。
 「『原発はもういい』というのが県民の率直な気持ち。ごく当たり前の決定だ」と語るのは、第2会派の県民連合を社民党などと構成する民主党県連の総務会長の宗方保議員。別の議員は「わざわざ廃炉を明言する必要はないが、選挙を控えてあえて反対はできない」と明かす。
 これまで県議会が原発に関する姿勢を決める際には、特別委員会を設置するのが一般的だった。公明党県本部代表の甚野源次郎議員は「もっと慎重に議論を重ねる必要があったとは思う。廃炉に向けて県議会がどう責任を果たすか、選挙後に課題が残った」と話す。
 「世論が後押ししてくれた」と採択を喜ぶのは共産党の神山悦子議員。「選挙向けのパフォーマンスなのかどうか、県民は各党の今後の対応を注目している」と指摘する。社民党県連代表の古川正浩議員は「脱原発をさらに推し進める歴史的な一歩だ」と評価する。
  一方で、原発が立地する双葉郡選出の議員は複雑な表情。本会議を退席した民主党の坂本栄司議員は「地元の雇用や、事故収束に向けて頑張っている作業員の士 気低下が心配だ」と語る。自民党の吉田栄光議員は賛成したが「まだ復興・復旧の方策が出ていない状況。判断が早かったという気持ちはある」と話した。

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差別・排外主義

 以下の二つの記事から。

 入管が差別・排外主義的であることは、難民への対応の中でいろいろと聞いているところから、わかっていた。このことは、日本にだけ言えることではなく、国家というものの本質にかかわることである。どの国でも、多かれ少なかれ、外国人に対しては差別・排外主義的である。というのは、近代国民国家では、国土(領土)の範囲内に成立する国家が、その成員の資格を定め、その中で、民族間に序列を作っているからである。そして、国家はそれを管理している。フランスはフランス人の国家であり、イタリアはイタリア人の国家であるという具合に。民族として見れば、イタリアにおいてはイタリア人が多数で、最上位に置かれる。イタリアの統一は遅れたのであるが、その統一に際しては統一戦争があった。ガリバルディが統一戦争の指導者として有名である。日本の場合も例外ではない。一般に薩長を中心とする奥羽列藩同盟などとの戦争は戊辰戦争と呼ばれているが、最近では、東北戦争と呼ばれている。函館五稜郭に立てこもった榎本武揚らが新政府樹立を目論んで、諸外国との交渉を行っていたということがある。そして、琉球処分―沖縄県の設置があり、北海道の領有ということがあった。戦争による領土拡大、統一国家の形成ということを明治政府は行なったのである。そこで、当時は臣民の資格というのが問題になり、戦後日本では日本国民の資格・定義ということが問題になる。そこから一方的に排除され、一方的に外国人とされたのが旧植民地諸国出身者である。そこで、「在日」は入管の管理下に置かれることになる。この当時から、「在日」の民族教育への妨害・弾圧は厳しいものがあった。朝鮮学校の無償化問題への政府の対応を見ていると、やはり、歴史的に形成されたもの、近代日本がアジアとりわけ朝鮮に対する差別・排外主義を軸に形成されてきたという歴史が強く刻印されていることを感じる。

 産経の記事には、そうした歴史認識がまったくない。あたかも、過去の朝鮮半島への植民地支配がなく、もともと、加害―被害の関係に立ったことがないみたいだ。加害と被害、支配と被支配という関係を無視しているのは、原発に関する記事でも顕著に見られる。17日付産経で、社説比較というのをやっていて、そこで産経は、国益のための原発推進論を主張して来たことを誇らしげに主張している。原発事故の被害者たちの問題はエネルギー確保という国策のために原発が必要だという3・11当初からの強調によって消されている。原発事故の犠牲者の多くは日本人である。そして、もちろん外国人も被害にあっている。国家はなんのために存在するのかという根本的な問題はまったく問われていない。国家が人々に苦しみや不幸を与えるとしたら、一体その国家の存立根拠は何なのかという問題が無視されている。国益=エネルギー確保と言うのだが、なんのためのエネルギーなのか? 目的論がないのだ。われわれの感覚や感情はどうなるのか? 電気があれば楽しいのか? 共同的感情、人と人との楽しい出会いや交際、愛情生活はどうなるのか? 今、被災地の人は、「自分たちはばらばらにされつつある」と言っている。かれらは、出口のない状態の中で、様々な矛盾を負わされている。社会生活が破壊されている。社会が破壊されたところで、どのような国家が幸福を生み出すせるのか? 生み出されるのは不幸でしかない。

 人々の感情生活(そこには物語を楽しむことも含まれている)への感覚が、産経には欠けている。私は京都の円山公園で開かれた脱原発集会に行ってきた。約1000人の人々が集まり、脱原発の声をあげた。そこで、われわれの社会生活が、外国人を含んでいることを感じた。ドイツからの緑の党副党首のヘーンさん、イスラム圏の女性、アメリカ人、などを含むデモ隊は、京都市役所までの四条通りから河原町の繁華街を通っていった。途中、二階の窓から手を振る人を見かけた。

 産経は、日本の学校で、日の丸・君が代義務化が進められていること、つまり、学校の「独裁」的教育が強められていることをまったく無視して、自分たちは「独裁」からまぬかれているように装っているが、日本の学校教育も「独裁」的である。福島県で問題になっているのは、教育委員会による「安全」強制である。産経は、自分の身近で起きているそうした事態について、簡単に知り得る立場にありながら、それを無視している。厚生労働省がデタラメなデータをもとに放射能の安全性をアピールしているのを批判していない。厚生労働省のデータは疑わしい。煙草についてもそうだ。どうして、厚生労働省のデータを疑わず、上からのいろいろな規制強化、権力の強化をすんなりと受け入れられるのか、理解できない。もう一つは、福島県で、医者の権威が問題になっている。末端の良心的な医者は、自由にものが言えないと言っている。医師の権威を批判して自由にものが言えるようにする必要がある。福島には「よい医者」がこれから多数必要になってくるのだ。9月11日、12日は、福島に行き、飯館村、南相馬市をまわって来たところで、なんとも言えない感情にとらわれているところである。山下俊一が居座っている福島県立医大も見て来た。

 この点に関連して、科学社会学の立場から論じたウィンという人の論文が『思想』に載っているが、なかなか参考になる。一度、専門家が住民の信頼を失うと、何十年も専門家の言うことを信頼しなくなる。彼は、そういう大衆知というものが形成される仕方についても興味深いことを言っている。今、詳しく読んでいるので、いずれ何か書いてみようと思う。

 

入管警備官「外国人いじめ楽しい」 収容中の中国人に (20111014朝日)

 不法滞在の外国人などを収容する法務省の東日本入国管理センター(茨城県牛久市)で8月、収容中の中国籍の男性に対し、男性入国警備官が「外国人をいじめるのが楽しい」と発言していたことが、同省への取材でわかった。

 同省によると、入国警備官は8月7日、刑事事件を起こして在留資格を取り消された男性と日本語で雑談中に問題の発言をした。「身体的な特徴をからかわれ、その流れで発言した」と説明しているという。

 男性から事実関係を聞いた外国人支援団体がセンターに抗議して問題が発覚。入国警備官は男性に謝罪し、担当部署を外された。同省は「センターに再発防止を指導した」としている。

教師が反日誘導「日本人に拉言う致を権利はない」 元生徒が朝鮮学校の実態告発
2011.10.14産経

 朝鮮学校から自分の意思で別の学校に移った高校生が初めて産経新聞に実態を告発した。教師は生徒らに反日意識をすり込み、「日本人に拉致を言う権利はない」と言い放つ。学校側が無償化や補助金申請のために国や自治体に行っている説明とは大きく食い違う。「生徒の立場が理解されていない。無償化するぐらいなら学校を選ぶ自由をください」。生徒は悲痛な声を上げた。(桜井紀雄)

 「誰かに実態を伝えないと」。無償化問題で朝鮮学校が注目されるようになってから生徒は悩み続けた。

 菅直人前首相が辞任間際に無償化審査再開を指示したニュースが背中を押した。「学校がそのままなのに無償化が適用されてしまえば後輩たちが苦しめられ続ける」と取材に応じた。

 最も違和感があったのは反日教育だという。教師が授業中、強制連行を例にこう言い放ったのを記憶している。「日帝(植民地)時代にあれだけ朝鮮人を拉致した日本人が拉致問題を言う権利はない」

 朝鮮学校側が「拉致問題をきちんと教えている」と主張しているのとはあまりにかけ離れている。

 教師は日本人を指す蔑称の「チョッパリ(獣のひづめ)」「倭奴(ウェノム)」と連呼し、歴史の授業で生徒に感想文を書かせたが、「教師が反日的な方向に誘導するため、皆、いい成績を取ろうと反日的な文章を書いた」という。「どうして日本が嫌いになるよう教えられなきゃいけないのか」と感じた。
生徒が北朝鮮について「独裁」と漏らすと呼び出された。教師の板書の間違いを指摘しても叱り飛ばされる。「目上の言うことを聞くのが朝鮮文化だ」。教師の指導は「絶対服従だった」と今、思う。

 生徒が朝鮮学校から移ろうとすると、この学校では教師や同級生が集まって思いとどまるよう圧力をかけたという。学校側は他校に受験し直すのに必要な書類の記入を渋り、「内申書はゼロだから」と告げた。

 朝鮮学校側は「在日差別が続く中での民族教育の必要性」を強調し、無償化や補助金問題では「子供たちの学ぶ権利や人権の保障」を強く訴えている。

 しかし生徒は「人権というなら国や自治体は無償化で学校を支援するより、生徒が自由に学校を選べる環境を作ってほしい。学校を変わると一時的に苦労するが、朝鮮学校に通い続けると日本社会に適応できず苦しむ」と語った。

 朝鮮学校から別の学校に移った高校生が耐えられなかったのが「反省会」と称するホームルームの存在だった。

 クラスはいくつかのグループに分けられ、一日を振り返って得点をつけさせられる。教室で日本語を使ったら減点。「反省することがない」と報告すると、教師から「ダメだ」と突き返された。

北朝鮮で職場や地域ごとに相互批判させられる「生活総和(総括)」の朝鮮学校版だ。

 学費面での不公平感も拭えなかった。毎月、授業料に加え、施設修繕費などとして4万円近い金を納めさせられたが、学校の設備はボロボロのまま。「お金はどこに行っちゃったんだろう」と感じ続けた。

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)職員の子供たちは学費さえ免除されていた。この事実は他の学校関係者も証言している。

 2002(平成14)年の日朝首脳会談で金正日総書記が拉致を認め、謝罪してから故金日成主席、金総書記父子礼賛や反日教育といった教育内容は変わったとされる。

 しかし生徒が通っていた朝鮮学校では、故金主席の業績を称賛する教科書記述を暗記させられ、土曜日の課外授業では、北朝鮮の経済発展をたたえる映像を見させられた。教師は「わが学校は世界的に優れた教育だ」と自賛したという。

 補助金問題で大阪府は、教室に掲げた金父子の肖像画を下ろすよう要請した。初級(小)学校など既に肖像画を取り外した学校も少なくない。

 しかし生徒は「小学生のころ、肖像画が外されたが、教室の横の壁に金日成の別の写真が掲げられた」と振り返る。

神奈川県の補助金問題でも学校側は拉致問題などに関する記述を訂正したとしているが、多くの学校で変わっていなかったことが判明している。

 生徒も「絶対変わっていない。教師のメンツを考えると変えられるわけがない」と断言する。

 県の要請に、学校側は拉致を描いた映画を上映し、生徒らに感想文を書かせると約束しているが、生徒は「教師の都合に合わせ適当に書かされるだけだ」とも語った。

 こうした状況でも通い続ける生徒がいるのは「幼いときからこの世界に漬かって日本の学校を知らない」からだという。

 授業内容があまりに違い、日本の学校を受験しにくい点も挙げ、「朝鮮学校内で日本の学校の説明会を開いたりして他の学校に行きやすいようにしてほしい」と訴えた。

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左翼の弱点の克服のために

 今日の左翼の問題点が出てきて数年で多少わかった。そのひとつで大きいのは日和見主義が広まっていることだ。その源泉の一つがポスト・モダニズムにあり、その影響を受けた部分がいるということである。左翼圏のヘゲモニーがポスト・モダン派のインテリに一時移った時期もあった。今ではそうしたことは少なくなりつつあるが、言論界ではまだその力は多少は残っている。これが運動を後ろに引っ張っているので、すでにポスト・モダニズムは無力なおしゃべり化しているのだから、幕を下ろす儀式を済ませてもいいはずだ。時代状況は急速に変化しており、戦後世界秩序の守護神=アメリカ帝国主義の力の衰えは激しく急である。ヨーロッパはそれに先んじて、ギリシア危機に明らかなように、もはや没落の坂道を転がり落ちている。そして、リビアへのフランス軍などによる空爆が6000回に及んだことに示されているように、フランスは帝国主義的性格をむき出しにしている。このような攻撃はもはや懲罰的とか警察的とかいう性格を大きく超えており、まさに侵略戦争の攻撃と言うしかない。リビア新政権はフランスなどの傀儡でしかなく、新たに利権を握った徒党にすぎない。これに対して、フランスの知識人は明確に帝国主義と規定してそれに反対しただろうか? それが問題である。3・11がなければ、北アフリカに始まった「民衆革命」の波の中で起きたリビアの事態に対して、もっと注目しなんらかの運動が組まれたはずである。むき出しの帝国主義という言葉がこの事態をぴったりと規定している。帝国主義概念を使わないとしたら、それはごまかしにしなからないとさえ思う。

 それから、なんといっても、アメリカ帝国主義がいよいよ世界恐慌の震源地になる可能性があり、その時期もそう遠くないという感じが強まっているということがある。世界恐慌になれば、3・11の衝撃を上回る世界規模のショックが起こるだろう。それは日本にも大打撃を与えるだろう。そこで、今の延長での10年後の日本を想像したら、地獄という言葉しか思い浮かばなかった。そうしたイメージに対して、今、盛んに企業やら政府が垂れ流している「がんばろう日本」なるスローガンは空々しく聞こえる。夢や希望が描けないところで、どうやって、がんばればいいのか? そして、ポスト・モダニズムは、夢や希望を語る形式である物語を消そうとした。それによって、物語る力を国家に独占されてしまい、ナショナリズムに対抗する力を弱めてしまったのだ。罪深いことに。ものを語ることによって主体を形成し、その主体によって、国家物語を語る国家主体への取り込みを防がなければならなかったのに、そうするための武器を自ら捨て去り、そうするように人々を誘導してしまったのだ。それはまさに階級概念を否定したことによって、階級主体という物語的主体が、対立するものとして、抑圧主体と被抑圧主体という異なる物語の主体の違いとして、表現されることを妨げたのだ。そしてその結果、解放主体としての被抑圧主体の転化の物語による生成を抑圧することになったのである。

 そういうことに加担し続けるインテリゲンチャを批判・暴露して、そうではない解放主体を形成するヘゲモニーを創造する革命的インテリゲンチャが今はたくさん必要である。そういうインテリゲンチャが大勢欲しいのだ。そういう意味でのインテリゲンチャは不足している。「ポスト」・ポスト・モダニズムの思考が必要になっているのである。私とは異なる思考からそのことを指摘しているのはホロウェイである。しかし、私と考え方がまったく違うのは、例えば、「権力の獲得を通じて社会を変えるという考え方は、こうして、もともと達成しようとして始めたものとは反対のものを達成することに帰結してしまいます」(『権力を取らずに世界を変える』 45ページ)というような考え方である。そもそも、ホロウェイは「考え方」を問題にしているのであり、これは「考え方」が現実を規定するという観念論的な逆立ちした思考である。「考え方」から現実が生まれるのではなく、現実から「考え方」が生まれるのである。それともうひとつは、確かに、言語は社会的思考の現実形態であるが、「ある」が「する」を常に従属的に含んでいるというのは誤りである。つまり、存在が行為を従属的に包含しているというのは西洋的思考に特有のものであって、ローカルな思考にすぎない。別な歴史的な社会、例えば日本ではそうではない。「ない」が「する」を含むようなことはわれわれの社会では普通にある。「ない」(無)の積極的な規定性ということを西洋的思考は理解出来ないのである。それから、ホロウェイは、行為と労働を明確に区別しておらず、この点も納得いかない。労働は行為一般とは違う概念であり、マルクスを論ずるならその点を曖昧にすることは許されない。マルクスは、「労働の哲学」を問題にしているのであって「行為の哲学」を問題にしているのではない。

 ポスト・ポスト・モダニズムを考えるにあたって、つまらない駄洒落を思いついた。「デリダってデリダ(誰だ)?」

 不破共産党が投げ捨てた「資本主義の全般的危機」が深まりつつあり、帝国主義が露骨に侵略と戦争を拡大しつつある。ここまで書いてみて、自分で驚いた。いつの間にか、自分の出発点に回帰しているじゃないかと。しかし、時代がそういうふうになっているのだ。それをまっすぐに見てみると、どうしてもこういうことを言わざるを得ないのである。「資本主義の全般的危機と帝国主義的侵略と戦争の時代」と。これは現実分析から得られる避けがたい結論である。その時に、帝国主義という概念を使わないで現実認識をしようという怠惰なインテリが圧倒的だというのも現代の危機の症候なのである。それは帝国主義がマルクス主義的な概念だからというわけではない。帝国主義の概念は別にマルクス主義だけの概念ではない。レーニンの『帝国主義論』の以前に、すでに帝国主義という概念はあったし、レーニンもホブスンの『帝国主義』から学んでいるのである。

 差別・排外主義は帝国主義に付随するものであるから、「在日特権を許さない市民の会」などの動きは、今では小さいものであるとはいえ、その時代傾向を反映する一勢力であると言える。したがって、差別・排外主義との闘いは、引き続き重要なものであって、手を緩めることは出来ない。9・23新宿デモはその一ステップとして位置づけなければならない。それを警察が不当弾圧したことは、権力もまたそうした差別・排外主義の加担者であるということを示したものである。ネットで観られる弾圧の様子では、Aさんは、警察官に布を軽くかぶせただけで、それからすぐに取り押さえられ現場から連れ去られている。その後の警察との押し合いなどの混乱の中でおそらく知らぬ間に胸で押したようなこともあったはずだが、それでも誰も持っていかれなかった。明らかにAさんを狙ったのだ。

 9・11脱原発新宿デモでの12名の不当弾圧については、柄谷行人氏、鵜飼哲氏、小熊英二氏らによる弾圧への抗議声明が出されている。この間、警察は、デモに対してきわめて恣意的な強い規制をかけてきており、憲法に規定される表現の自由の権利を狭くしようとしている。それは、交通の自由の権利を表現の自由よりもウェイトを重く解釈しているためである。しかし、多少交通の自由の権利を狭めることよりも、表現の自由を拡大する方が多数の利益を大きくする。なぜならば、交通の自由の権利を表現する場合にも有利になるからである。しかし、表現の自由といっても、社会的に規制されており、それは人権に関わる場合は、特にそうである。多数者の権利は、少数者の権利を擁護する場合にもっともよく守られる。権利の相対的性格は、他者の権利を守ることによって自分の権利も守られるということに示されている。他者の権利を侵害すると自分の権利が損なわれる。通常は特権は長持ちしない。少数者の権利は特権ではないので、その限りではない。多数者の中の特権者の場合は違う。そのことは階級概念がないと解けないし、理解出来ない。階級・階層分析が必要なのだ。

 こうして、驚くべきことでもあるが、冷戦終焉から20年という年月は長いものであったことがわかる。ポスト・モダニズムが消そうとした帝国主義や侵略や戦争や階級やらという死んだはずの概念がリアルな意味を持って目の前に「再帰」しているのである。多数者は階級・階層に分かれていて、上層は形式的には同権のはずであるが、実際には特権を持っている。そして、在特会などはそのことを無視しているが、かれらはそれを知っているに違いない。そこで、被抑圧者の権利を剥奪することによって、真の特権者の方に向かって、媚びへつらい、その忠実な臣下であることをアピールしているのだ。かれらの中には、若年非正規労働者もいる。しかし、そこからの解放は、被抑圧者・被差別者などの権利を奪うことによってではなく、以下の記事のようなアメリカの若者たちのようにするべきなのだ。

米国:「ウォール街デモ」各地に飛び火

2011年10月3日(毎日新聞)

 【ニューヨーク山科武司】世界金融の中心地、米ニューヨーク・マンハッタンのウォール街周辺で経済格差の拡大に抗議する若者らのデモは700人以上が逮捕された翌日の2日も続き、1500人以上が集会に参加した。行き過ぎた市場主義に異を唱える運動はボストンやシカゴ、西海岸ロサンゼルスなど全米各地で拡大している。

 デモ隊の拠点であるマンハッタン南部のズコッティ公園は2日、警官が取り囲み、通行人が様子をうかがおうとして立ち止まろうとすると「交通の邪魔 になる」と立ち去るよう促した。集会の参加者は「たとえ1人が逮捕されても、2人が(運動に)参加する」などと書かれたプラカードを掲げ、警官と無言でに らみ合った。

 周辺では、米経済紙ウォールストリート・ジャーナルをもじった自前の新聞「オキュパイド・ウォールストリート(占拠されたウォール街)・ジャーナ ル」が配られた。「革命が始まっている」との見出しの記事は、今回の運動を1960年代の平和運動や中東の民主化運動「アラブの春」になぞらえ、「米国も 歴史の節目にある」と指摘。「2500万人以上が無職で、5000万人以上が健康保険を持っていない」「我々のシステムは壊れている」と訴え、大企業や富 裕層による富の独占を批判した。

 抗議運動はインターネットの会員制交流サイト・フェイスブックや簡易ブログ・ツイッターなどを通じて賛同者を増やしている。デモ参加者の一人はAP通信に「私たちの活動を伝える動画を見ている視聴者は3万人以上いる」と語った。

 ボストンでは連邦準備銀行の近くに若者が集まり、テントを張って抗議。米メディアによると、ロサンゼルスなどでも抗議運動が行われたという。

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