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2011年11月

経産省前「テントひろば」の正義は勝つ

 

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 久しぶりに経産省前「テントひろば」を訪れた。仕事が忙しくなる前に、経産省が張った鉄の鎖を撮影しておきたかったためでもあった。報告によると、「テントひろば」には次々と訪問者が訪ねてきている。その数は増加傾向にあるという。日曜の夕方だったが、私が訪れた時にも、座り込みをする人が何人もいた。外国人の姿もあった。「テントひろば」に関わる人たちは頑張っている。

 先に経産省によって張られた鉄の鎖は、かれらの「悪」を象徴するかのように暗く、そこに書かれている言葉も薄汚れて見える。それもそのはずで、かれらはこの間、福島原発事故への責任を明確に認めず、今やトップに、事故直後から「安全」を繰り返した無責任極まりない枝野を大臣として戴いているという上から下まで無責任な連中なのである。それが書かれている言葉の貧相さにも現れている。これが、日本国家のエリート官僚のレベルの低さを示すものでなくてなんであろう。これが大学知、官僚知の醜すぎる実態だ。

 それに対して、テントを飾る言葉は、命のレベルで人々をつなぐ言葉の深いコミュニケーション機能を見事に果たしているではないか! 言葉、そしてスローガンはこういうレベルまで表現として到達すれば、人の心に届き、響くのだ。それが人を惹きつけるのであって、表面的な計算によっては人々を深く結びつけることはできないのである。政治のレベルがそこまで到達できれば良いのであって、そうでなければ、運動は持続性や根源性や深さや広がりを持つことはできない。これも経験知で言えることだ。こういう場合に参照される歴史的経験としての足尾鉱毒事件での田中正造と谷中村の闘いがそうであるように、一世紀前だろうと、必ず蘇らされる歴史的な無意識の集合的記憶となれば、それは繰り返し参照され、闘いは引き継がれていく。人々はそういう社会矛盾の解決形態が実現するまで、世代を超えても運動し続けるのである。そのことに確信を持つことが大事である。

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 先の女たちの脱原発キックオフ集会は400人以上で会場があふれ、第2、第3会場まで用意され、さらに、インターネット中継で多くの女性たちが参加、視聴したと報道されたが、福島の女性たちは、12月1日からふたたび経産省前「テントひろば」での座り込みを開始することを宣言した。それも、「十月十日」という長期にわたるものだ。すごいことを決断した、というか、決断せざるを得なかったということに、事態の深刻さが現れている。これを支えていかなければならない。私の考えでは、これに力の7割以上を使うべきだ。野田政権は、このすさまじい闘いを足下から突きつけらたら震えがくるのではないだろうか。それにどう答えるのか。下手なことをすれば、野田政権はもたないのではないだろうか。

 経産省・東電・御用学者の責任追及はこうして続くのだ。法であれ国家であれ、正義に反すれば、存在根拠を失う。統治の正当性が損なわれるからである。経産省前「テントひろば」の周りだけに張られた鉄鎖はそのことを自己暴露している。不正義の経産省官僚の占領・支配する土地の一角に社会の良心・正義の象徴が食い込んで、「悪」を正す「天の声」を響かせ続けている。そこに、福島という根っこがついている。そして、斜め向かいの外務省には、TPPを推進する福島2区選出で、「原子力ムラ」によって知事の座を追われた佐藤栄佐久前福島県知事の義理の息子の玄葉光一郎が大臣として座っている。このような構図が霞ヶ関の一角に出来上がっている。それは偶然だが、その偶然が今や新しい意味を持ってきている。つまり、この運動が玄葉の目にどう映り、その心にどう響くかが政治的な意味を強く持ちつつあるのである。

 運動は、霞ヶ関や国会レベルの民主主義、官僚民主主義や代議制民主主義の限界を超える高い民主主義の水準を実現することで、人々の多数をこちらに引き寄せなければならず、そのことに意識的である必要がある。そうした点では過去を反省する必要がある。それから、3・11については、今、様々な面から様々な本格的な論考がいろいろな媒体で出てくるようになっていて、議論の深まりを実現する条件が出来つつあると思う。それと運動の間で良好なコミュニケーションが取れるようにしていかなければならない。

 

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 「現代日本の転機」(NHKブックス)から

 「現代日本の転機」(NHKブックス)の続き。途中の日本戦後社会の総括のところは飛ばして、高原氏の結論だけを取り上げる。

 最終章の冒頭で、高原氏は、この本の主張として、「二〇〇年代後半に至るまで、日本には右バージョンと左バージョンの反近代主義、そしてそれと無関係に財界主導で登場することになった日本型新自由主義の三つしか、政治的な立場が存在しなかった」(252頁)と述べている。そして、「特に政治的・思想的な対立は、「日本独自の超安定社会を護持する」という右バージョンの反近代主義と、個別的利己主義としての「自由」を無際限に要求する「見果てぬ夢」という左バージョンの反近代主義に、二元化されてきた」(同)という。

 石油危機を契機とする「73年の転機」以後は、「超安定社会」が日本社会の「自画像」として喧伝されたが、それは、実際は、「まず女性、そして若者全体という形で、旧来の序列のさらに外部に、一種の二級市民を絶えず調達」(253ページ)する体制であったという。これはバブル崩壊以降、解体していく。そこで、小泉純一郎政権が登場し、日本型新自由主義政策を行うが、その結果、「すべての主体が病弊」(258頁)する。そして、新自由主義のイデオローグの中谷巌が自己批判し「日本の伝統的美徳」に回帰するのと軌を一にするように、右派の安倍晋三が小泉に取って変わる。しかし、福田、麻生と短期政権が続いた後、ついに、2009年8月の総選挙で民主党政権が誕生する。

 最後に、高原氏は、「では、左右の反近代主義でも、際限なき新自由主義でもない形で、議論を進めるためには、何をどう考えたら良いのだろうか」(259頁)と問うている。それには、①「維持可能性」、②「討議的民主主義のインフラ」、③「社会の再構想」の三点の問題があるという。①については、年金問題への若い世代の積極的発言を求めている。②については、韓国の政治学者崔章集氏の間接民主主義の意義を強調する議論に賛同し、③については、山口二郎、宮本太郎の社会民主主義、福祉国家の見直し、M・C・ブリントンの「ウィークタイズ」重視や姜尚中と中島岳志の「ネーションに回収されない「愛郷心」」(パトリア)や鈴木謙介の消費を通じたつながりと地域共同体(「ジモト」)などをあげている。

 高原氏の「では、具体的な対処法は何ですか」という問いに対する答えは、とてもプラグマティックなもので、処世術みたいなものである。これは問いがそういう答え方を指示しているからこうなるしかなかったということである。それに対して、もし、問いが、「何をなすべきか」というものだったら、それには倫理的な答え方が必要となる。それから、氏は、優秀なエリートの指導による国家運営を否定する。それは、「現在の日本における息苦しさ、閉塞感は、日本がこれを試みたうえで―それも複数回―、すでにその手法が通じない段階にまで、国民の多様な主体性が立ち上がり、そして国際的な影響力と相互交通を持つようになっていることが、明らかになった証でもある」(262頁)が、それは、過去の過ちの反省を経ながら得た経験知を持っているからであるという。だから、「日本人は絶望するのでも、他者を蔑んだりするのでもなく、誇りと自信を感じながら、熟慮と討議を重ね、手探りで前進すれば良い」と氏は言う。しかし、これまでの「過去の反省」の仕方と中身に問題があるし、なによりも、氏の言う政党政治・代議制民主主義的な「熟慮と討議」を重ねて手探りで前進するというのは、3・11によって歴史的な条件の変化、民主主義の新たな形態と深化が求められるようになる「日本の大転換」(中沢新一)が起きてしまったので、再考せざるを得ないのである。

 原発のない日本社会を構想するということの中に、すでに様々な傾向が現れてきていて、それらの「熟慮と討議」の仕方でも、インターネットでのそれもあれば、経産省前「テントひろば」での訪問者などとの議論もあれば、集会や勉強会や映画上映会やシンポなどの形態での議論もあるとかいうふうに、多様な主体が多様な仕方で脱・反原発の意思を表明し表現していて、そこにはエネルギーの未来や生活スタイルの変革や新たなイデオロギーや新たな社会構想が物語られ浮かび上がってきているのである。それは、既存の政党政治という枠組みをはるかに超えている。物語る者としての主体が日々生み出され、それらが交錯するところで、民主主義が深められているのである。このような歴史的な瞬間に立ち会えていることの幸せを感じつつ、しかし、放射能災害の深刻さを受け止め、その解決に向けてさらなる運動の深化と前進をはからねばならないのである。そこにおいて、民主主義という概念は、実践を通じて新たな意味を獲得し拡大されつつある。行動民主主義、生きた民主主義、実践的民主主義が大衆運動の中で発展しつつある。それは、新たな社会構想に表現されるだろうしそうしなければならない。それは、実践を通して民主主義を物語り、物語ることを通じて、新たな社会ヴィジョンへと昇華するだろう。

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政治「悪くなっている」76%

 高原基彰氏の「現代日本の転機」(NHKブックス)の次の部分を参照しつつ、以下の記事を読んでみると、記事に現れているものがなんであるかがわかるような気がする。この著作は、「「自由」と「安定」のジレンマ」というサブタイトルがついているように、これらの二つの理念の間で揺れ動いた日本の戦後社会を概括している。

 高原氏は、「戦後日本の社会が持ってきた「自画像」や「理想像」を対象とし、それがどう時代的に変化したかを、巨視的に跡づけていこう」(13頁)という動機で同書を執筆したという。そして、現在蔓延している「被害者意識」を、「何らかの「理想像」が失われている、あるいは少なくとも自分の手には届かなくなっている、という疎外感のことだろう」(同)と述べている。彼は、社会心理、あるいは共同主観を対象にしている。そして彼は、「自由」(組織に束縛されず、個人の競争力によって生きていく生き方)と「安定」(かつての正社員や公務員のように、組織に属しつつ、年功的な昇給を当てにする生き方)という二つの理念がまったく別個に隔離して存在してきたというところに問題点を見出している。

 「安定」については、「戦後日本における現実認識としての「自画像」、あるいは個々人にも実現可能な「理想像」となり得た状況は、特定の歴史的な条件のもとで成立したものであり、今後それが再来する可能性はほとんどない」(13~14頁)という判断が下されている。では、「自由」の方はどうか。「「会社からの自由」は、単なる低賃金流動雇用への落ち込みを意味するものになった。また、中央への依存を強めていた「地方」にとって、そこから独立する試みは、末端の雇用が根こそぎ失われる危険を意味していた」(20頁)。こうして、「日本的経営」「日本型福祉社会」「自民党型分配システム」という三要素からなる1973年を転機とする日本の「後期近代」社会の「安定」を支えたシステムが失われると共にそれへのアンチとしてあった「自由」も失われたというのである。

 そこからの脱出を政権交代に託した人も多かったのではないかと思うが、それも、民主党政権誕生から一年半も経たないうちに潰えたようである。

 

政治「悪くなっている」76%…政権に不満如実(2011年11月24日 読売新聞)

特集 世論調査

 読売新聞社が12~13日に実施した「政治」に関する全国世論調査(面接方式)で、最近の日本の政治が「悪くなっている」と思う人は76%に上った。

 選挙で投じた1票が現実の政治に「反映していない」と答えた人も81%に達し、自民党政権時の前回2008年2月の67%から大幅に上昇して過去最高となった。

 政権交代で大きな期待を集めた民主党政権が、十分な成果を上げていないことに対する不満が表れた形だ。

 今の政治の問題点(複数回答)については、「国民の目線に立っていない」45%が最も多く、「政策決定が遅い」42%、「日本の将来像を示していない」33%などが続いた。

 民主党政権による政治主導の政策決定が「うまくいっていない」との回答は88%を占めた。

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国籍・民族差別撤廃と3・11

 先に、近代国民国家は多かれ少なかれ差別・排外主義的だと書いた。それに対して、多民族主義・多文化主義というのは、平等主義的で民主主義的なその解決の理念であると一般には思われているが、よくよく見てみると、そうではない。支配的民族の解体なしに、差別・排外主義はなくならないのである。朝鮮半島においては、分断から統一へという民族的課題があるということと植民地支配の清算という民族的課題があり、民族主義はまだ進歩的な役割を持っているが、それでも、資本主義的近代化の進展は、新たな課題を突き付けている。「閉ざされた民族主義か、開かれた民族主義か」というような民族主義の内容をめぐる課題もある。

  日本人の場合は、すでに資本の多国籍化がかなり進んでしまっており、民族主義は、もっぱら小ブルジョア的イデオロギーとなっていて、大ブルジョアジーはそれを適当に利用しているという状態になっている。いまさら、民族的統一だの団結だのをやり直すことを掲げても、それはもはや社会を進歩させるイデオロギーにはならない。そこで、高原基影氏が『現代日本の転機』(NHKブックス)で指摘するように、「失われた超安定社会」への幻想から来る「被害者意識」に根を持つ差別・排外主義ではなく、どう先に進むかということを考えなければならないのである。アメリカにおけるWASP(白人プロテスタントのエリート)の解体という課題と同じく、日本人の最上層の解体という課題の達成を通して、近代国民国家の終焉、国家ならざる国家へ、そして国家なき共同体社会へと進んでいくことが必要なのだ。しかし、そこに行くまでの過程で、その主体が作られねばならないが、それは運動を通して作られるしかないし、その場合に、以下のような具体的課題の解決の追求というような経験を通じて前進する他はないのである。

 右翼が「日本は滅びる」という時の日本というのは、支配者の日本でしかなく、多数住民の日本ではない。それらをしっかりと区別しなければならないのである。3・11は、支配者の日本というものとは違った日本を浮き彫りにさせるものとして、東北性(古代大和国家以来、征服・支配された土地と人としての)という歴史的性格、中央から「まつろわぬ民」と呼ばれたところの性格というものも浮かび上がらせてきている。赤坂憲雄氏(東北学院大教員、福島県立博物館長、福島県復興構想会議メンバー)の「東北学」の提起もあれば、沖縄の高良勉さんなどが言う沖縄と福島の共通性ということもあり、3・11は、この社会の様々な亀裂や問題性を浮き彫りにしている。そのような議論の蓄積をもとにして、政府が出しているような「先進的産業地域」としての復興なるふざけたヴィジョンでの復興ではない「もう一つの復興」のヴィジョンが生み出されるだろう。それについて考える素材として、中沢新一氏の『日本の大転換』(集英社新書)や『すばる』12月号「特集 フクシマを考える」などがいいと思っている。

国籍・民族差別撤廃に向けて
(流広志 2005年2月)

 1月30日のイラクの選挙は、予想通り、シーア派の勝利とスンニ派の棄権という結果に終わった。ブッシュのイラク政策を支持してきた『産経』も、さすがにカッコ付き「成功」と記すほかない惨めな結果であった。選挙が、国民の統合ではなく分裂を示したからである。そもそもファルージャ総攻撃は、選挙成功のために、その妨害を狙う「テロリスト」を掃討し、スンニ派住民を選挙参加させることが目的だったはずだ。『読売』『産経』社説はそう書いて攻撃を支持した。しかし、北部のスンニ派地域のある州の投票率2%などさんざんであり、スンニ派系政党の議席はないに等しい。選挙は「内戦」の火種を消せなかった。選挙に対する幻想はアメリカの国益のためにばらまかれたのである。ライス国務長官が自由・民主主義の基準は国益だと述べているように、アメリカ流自由・民主主義は、国益のための政治なのである。日本の民族問題の扱いは、同じことを示している。この問題の歴史的具体的な解決形態を生み出すのは、それとは根本的に異なる国際主義である。それをいくつかの事例を検討して明らかにしたい。

鄭香均さんの国籍条項裁判の最高裁不当判決を弾劾する

 2005年1月26日、最高裁大法廷は、保健師の鄭香均さんの昇任試験の受験を国籍を理由に拒否した東京都の判断を正当と認め、彼女の訴えを退ける判決を下した(2名の反対意見があった)。その理由は、「公権力の行使と国家(公)意思の形成への参画に携わる公務員になるためには日本国籍が必要なのは当然の法理」という1953年の内閣法制局見解を支持する近代国民主義に基づくものである。そして、それに当たらない範囲では、各地方自治体の裁量で、外国籍者を採用することは認められるとしている。判決は、特別永住者の歴史的特殊性を捨象した形式主義的で、あいまいなものである。
 判決を支持する藤田裁判官は、その見解の中で、鄭さんが「日本国で出生・成育し、日本社会で何の問題も無く生活を営んで来た者であり、また、我が国での永住を法律上認められている者であることを考慮するならば、本人が日本国籍を有しないとの一事をもって、地方公務員の管理職に就任する機会をおよそ与えないという措置が、果たしてそれ自体妥当と言えるかどうかには、確かに、疑問が抱かれないではない」と述べ、この問題の具体性・歴史性に向きかけている。しかし、彼は、「入管特例法の定める特別永住者の制度は、、それ自体としてはあくまでも、現行出入国管理制度の例外を設け、一定範囲の外国籍の者に、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)2条の2に定める在留資格を持たずして本邦に在留(永住)することのできる地位を付与する制度であるにとどまり、これらの者の本邦内における就労の可能性についても、上記の結果、法定の各在留資格に伴う制限(入管法19条及び同法別表第1参照)が及ばないこととなるものであるにすぎない。したがって例えば、特別永住者が、法務大臣の就労許可無くして一般に「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動」(同法19条)を行うことができるのも、上記の結果生じる法的効果であるにすぎず、法律上、特別永住者に、他の外国籍の者と異なる、日本人に準じた何らかの特別な法的資格が与えられるからではない」と述べ、入り口に立っただけで終わっている。
 彼は、特別永住者を、「あくまでも・・例外」、「・・制度であるにとどまり」、「・・にすぎない」と、消極的に規定している。それは、日本人に準じた特別の法的資格ではないというのである。しかし、朝鮮半島の植民地化、戦後における一方的な国籍剥奪、無権利・差別の歴史、暴露された日韓基本条約での日本の戦争責任回避、等々の歴史を見れば、「在日」に特別の扱いをするのが正当であることは明らかだ。特別永住者の制度により、日韓基本条約以来、日本の対朝鮮半島政策での「南」支持・優遇のために、「在日」の地位に分断をもたらしていた「協定永住」などの細かい区分が消えた。法律上、入管制度上の例外にすぎないというのは形式主義である。たとえ、法形式上そうであっても、内容上は、明らかに、それは、歴史的特殊性を考慮した制度であり、「日本人に準じた特別な法的資格」であり、公的権力の行使・公的意思形成過程への参画を含む日本国籍者と同等の権利付与まで進むべき過渡を示すものである。
 この最高裁判決は、1953年の内閣法制局の「当然の法理」としての国民主義を持ち出した。現在の憲法論議は、根本的議論を行うと口先では言っているが、国民主義を当然の前提として進められている。鄭さんが、最終陳述で述べているように、GHQの憲法草案のpeopleを日本側が国民と訳したことから、日本国憲法が国民主義を基本とする解釈が強められたのである。peopleには人民という意味があるので、鄭さんの言うように人民主義を基本とすることも可能である。現在の自民党の憲法調査会の議論では、憲法前文が無国籍的だとして、国民主義的に変えようという意見が出されている。自民党は先祖帰りして、すでに知っていることを思い出すことを議論と称しているだけなのだ。こんな議論もどきに一部マスコミが飛びついて何か重要なことであるかのよう騒いでいるのは、保守派の宣伝機関を務めているだけのことである。
 この最高裁判決は、特別永住者問題という歴史的特殊性の具体的評価を捨象し、古くさい国民主義を不動の前提として、国籍による差別のない新しい社会への前進を頭から拒否した不当なものである。

 (1)櫻井よしこ氏の個人主義・自由主義・エリート主義的支持論

 2004年2月1日「在日コリアンの日本国籍取得権確立協議会(確立協)」(李敬宰会長)設立記念集会が都内で開催された(参加者は、「JANJAN」では200人、ツルネン・マルティ氏の報告では100人、「高槻むくげの会」の報告では150人)。そこで、櫻井よしこ氏が講演を行った。「JANJAN」の記事によると、彼女は、参政権には日本国籍が必要だと述べ、届け出だけで日本国籍がとれる与党がまとめた「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法律(案)」を早く通すべきだと述べた。彼女は、「差別があるのは当たり前、乗り越えていく障害は自分を育ててくれる材料である・・・・・・どの国にも差別があります。アメリカは素晴らしいところです。オープンな形は好きです。だからといってあの国に差別がないと思ったらとんでもない。日本の差別よりもっと根深いかもしれない」(同紙)。つまり、差別をなくすことは遠い理想であり努力目標であって、現実には差別はなくならない。日本よりも根深い差別社会であっても、オープンな形のアメリカ型の差別社会の方がいい。差別は、各人が努力してそれを乗り越えていく障害であり、自分を育ててくれる教育の役割をも持っているというのである。差別はあって当たり前なので、個人が強くなって、上にあがって、競争の勝者・強者として支配階級に入ればいいというのだ。彼女は、そうした強者として、サッチャーやライス国務長官のような女性を高く評価している。
 ライス国務長官は、エリートなることで差別から解放されると信じる親によって教育されたが、その結果、彼女は、9・11事件後のアラブ系住民への差別・抑圧・人権侵害にも無関心な冷たい人間になった。公民権運動の一部でこうした傾向が生まれたのだが、今は、こうした負の側面の反省が進められている。
 差別問題についての彼女の基本思想は、ブルジョア自由主義であり、それは、前稿で紹介したパット・ブレアーが右翼フェミニズムの台頭と表した現象の根本にあるものである。個人が絶対化され究極の責任主体とされる。しかし、彼女の描くような個人は、私有制の発展した特定の歴史的社会関係が生み出したものである。江戸時代の農村は連帯責任制だった。
 また彼女は、女性差別との闘いについて、自分が先駆者として後に続く女性の道を開いたと自画自賛しているが、この法制度の女性差別的側面にふれていない。この法と民族名の戸籍記載が容認がされても、夫婦別姓制度がないと、戸籍制度自体が女性差別制度である上に、どちらかの姓を選択できると形式的には平等に法文上はなっているが、実際には、家父長制の社会的慣習制度の力が強いために、男性の姓を選択する場合がほとんどであるような状況では、女性の民族名が消えていく可能性が高いという女性差別が絡んでくるのは明らかである。さらに、すでに批判があるように、問題を理性的に追求すべき人なら当然考えなければならない二重国籍問題にふれないのは不徹底である。
 差別をなくすことではなく、差別社会の中で、個人が強くなるという個人主義・自由主義・エリート主義が彼女の差別観と差別への関わり方を貫いている。彼女は、勇ましい言葉とは裏腹に、現行秩序を保守・絶対化し、それを変えることに消極的である。ただ一握りのエリートが個人として支配階級入りできる機会平等があればいいのである。それは問題のブルジョア自由主義的解決ではあるが、こんな多くの人にとって夢も希望もない解決は本当の解決ではない。彼女のような保守思想が空想的で非現実的なのは、個人・国家を見るが、社会や共同体を見ないせいである。だから、現実を変革して、実際に問題を解決することができないのである。それは、差別をなくすには社会・共同体を変革しなければならないが、それを呼びかけないで、差別に負けない強い個人になれという精神主義的説教でお茶を濁すということに現れている。差別に負けないと同時に差別をなくす社会性ある主体になること、差別からの解放の社会的共同の主体になることが、問題を本当の解決に導くために必要なのである。

 (2)坂中東京入管局長の同化主義的支持論

 坂中英徳東京入管局長は、90年代に、特別永住者が年1万のペースで日本国籍取得したため、このままだと約50年で特別永住者が消滅すると危機感をあおった上で、「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法律(案)」を成立させるべきだと主張している。この人物については、この問題以前に、その管轄下で、入管が行っている数々の人権侵害や虐待行為などの「悪業」を直すべきだということがある。東京入管はつい先日もクルド難民二家族を強制送還するという「悪業」を働いたばかりだ。外国人を人間として扱わない入管行政を放置している責任ある大幹部が、どうして偉そうに「多民族共生社会」について語れるのだろうか。これは入管の実態を多少とも知るものに共通の思いだろう。まずは、足下の入管行政の改善に努め、責任を取るべきだ、と。例えば、彼は、2003年11月12日のアジア財団の国際シンポジュームで立派なことを述べている。「外国人を主として管理・規制の対象としてとらえる今の姿勢のままでは、「外国人を引きつける日本」「多民族が共存する日本」へと飛躍・発展できない。原則として外国人の権利を日本人と同等に保障するという基本的立場に立って、日本人と外国人の融和を図ることに主眼を置く、社会の少数者である外国人の立場に配慮する「外国人保護行政」への転換を図る必要がある」「民族や文化を異なる人たちと共に生きるという姿勢と外国人に対する偏見と差別のない社会を作ろうという気概が日本人に見られないのであれば、外国人の全面的な協力を得て経済大国と高福祉社会を維持してゆくという生き方をあきらめなければならない」(アジア財団HP)。まずは自ら率先垂範すべきだ。
 しかし、特別永住者の日本国籍取得が進んでいるし、日本人と結婚する者が8割を超えるというデータが示す現実があるのも確かだ。前者には、90年代の歴史的特殊事情がありそうである。後者の場合、日本人と特別永住者の子供が日本国籍を選ぶ場合が増えていることから、その急速な減少傾向が予想されているわけである。彼は、「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法律」が成立すれば、それがさらに加速すると期待しているのである。入管データによると、韓国・朝鮮籍は、1994年に676,793人、2003年613,791人で、平均で1年に約6300人、10年で約6万3千人減少している。全外国人登録者に占めるその割合は、94年50%、2003年32.1%である。これに日本国籍取得者を加えると、「在日」の総数は約120万とも言われる。朝鮮民族が最大の在日少数民族であることに変わりはないが、他の外国籍の住民が増加しているために、全体に占める比率が下がっている。
 坂中東京入管局長は、アジア財団の国際シンポジュームで、8割(彼は9割と言う)を超える日本人との結婚や年に約1万ペース(この数字は一時的なものである)の日本国籍取得は、「在日」の同化が進んでいる証拠であり、その実態を法・制度に反映させることが必要だと述べている。また、特別永住者の制度は、在日外国人に対する法的地位としては最高のもので、それは日本国籍取得の前段階にすぎないと述べている。彼は、同時に、すでに同化している「在日」の民族名の戸籍記載を認め、在日コリアンとしての民族性を守れるようにすべきだと言っている。それは「国民という法的地位と、市民や生活者としての文化や民族は分けて考えるべきだ」(2003年12月14日『愛媛新聞』)という視点からのものである。彼は、同化が国民化と民族性の共存を実現している理想として、櫻井よしこ氏と同じように、法的地位としての国民(市民権)としては統合されているが多民族社会であるという形の移民国家アメリカ型の国家・社会を思い描いている。彼は、日本人の人口減少が、移民国家化をもたらすので、移民との共存の仕方として国民(法的地位)と民族性を分けようというのである。これは単一民族国家論に対する批判のように見えるが、やはり彼が言う同化は民族的同化を意味している。
 同シンポジュームで彼は、「今日の世界秩序の基本である国民国家体制の下においては、「外国人の地位」と「国民の地位」の間には越えられない壁がある。外国人の地位のままでさらなる権利を要求しても、例えばすべての政治的権利と無条件の居住権を求めても、これらの権利は国民固有の権利とされているので、決して外国人に与えられることはない」「時の経過とともに民族意識が風化し、朝鮮半島からの民族離れが進むのは自然の成り行きだ。/しかし、少なくとも名前だけは民族名であってほしいと思う」「その時(多民族社会化する時―筆者)、日本人に求められるのは、自らの民族的アイデンティティを確認するとともに、アジアの諸民族その他すべての民族を対等の存在と認めて待遇する姿勢を確立することである」と述べている。民族性は自然風化で消滅するものだし、「在日」の同化はきわまっているので、せめて名前だけには民族性を残そうというのである。しかし、名前だけでなく、民族的アイデンティティを獲得しようという運動が各地にある。同化がだめなら、そういう運動を支持・支援し、「在日」の民族性を育てるような具体策を示し、民族学級や民族学校などの民族教育を積極的に支援すべきだろう。しかし彼はそう言わない。わけがわからない。彼は、3世・4世は同化しきっていると見ているのに、これからは民族性を取り戻さなければならないという。そうしないと移民としてのコリアン系日本人にならないというわけだ。移民国家化のさきがけとしてのコリアン系日本人化の理念先行のエリート主義的主張である。
 また、今、日本人の間に民族性についての共通理解などない。それは自民党の憲法論議で、日本の伝統とは何かという問いに一致した答えが出せないことにも現れている。日本人の民族意識も風化した。彼は、日本人が自らの民族的アイデンティティをあえて確認し直さなければならないと認めたことで、民族的アイデンティティが自然風化に逆らって人為的に作られることを認めたことになる。彼は、「人類を、それぞれ独自な生活原理と独自な目的をもつ単子〔モナド〕へ解消すること」「社会戦争、すなわち万人の万人にたいする戦争」「人々はたがいに相手を役に立つ奴としか見ない。誰もが他人を食いものにする」「強者が弱者をふみにじり、少数の強者、すなわち資本家があらゆるものを強奪するのに、多数の弱者、すなわち貧民には、ただ、生きているだけの生活も残されない」(『イギリスにおける労働者階級の状態』1国民文庫83頁)という資本制社会の利己的個人化と民族同化を混同しているのである。
 彼は、移民国家アメリカには、民族的人種的な差別的ヒエラルキーがあり、民族・人種が同化することなく、民族・人種集団としてのアイデンティティを強弱の波があるが保持し続けている差別社会への転換を目的として「在日」の日本国籍取得推進を主張していることになる。アメリカでは、WASP(白人プロテスタント)を頂点とし、第二位の民族・人種、第三位の民族・人種・・・・という形での差別的序列があり、それがそれらの力関係の変化に応じて、時に順位が動く。例えば、アメリカ社会でユダヤ人は長く劣位におかれた民族であり、差別的ヒエラルキーに組み込まれていることには変わりはないが、今はずっと上昇している。ブッシュも南部出身という点が強調されるが、東部エシュタブリッシュメントとしての高等教育を受けている。
 また、彼は、「多民族社会における日本人と日本国は、アジアの諸民族その他すべての民族を自分たちと対等の存在として受け入れ、待遇するという基本姿勢を確立することが求められる。その上で、さまざまな民族集団を日本国という一つの国民国家秩序の下にいかにしてまとめてゆくかという困難な課題に立ち向かわなければならない。/そのときには、日本人と固い絆で結ばれ、民族名を名乗り、朝鮮系日本国民として生きる在日韓国・朝鮮人は、まさに多民族の国民統合の象徴として日本社会で重きをなすであろう」(同上)と述べていることで明らかなように、「在日」に対して、日本国籍を取って、「国民統合」し、日本国家を支える第二位の民族になるように勧めている。

 (3)国籍による差別撤廃方策の選択肢の一つとしての賛成論

 両者とは異なる観点からこの法案の趣旨に賛同を示しているのがフィンランド系日本人で民主党議員のツルネン・マルティ氏である。その基本は「国籍による差別のないことが国際社会の理想の姿である」(確立協HP)というものである。その上で、選択肢の一つとして届け出だけで日本国籍を取得できるようにすることに賛成している。しかし同時に、在日外国人の地方参政権も必要であり、「日本人と同様に地域住民としての権利と義務を持ちながら日本国籍を選ぶか、それとも母国国籍のままで日本に暮らすかという選択」権を持つべきだとしている(同上)。また2002年4月の「多民族共生社会への提言」では、「帰化したのは、日本人になればこの社会で生きていく上で、非常に便利だから。例えば国政選挙にも参加できる、社会保障や老後の問題なども国籍を取得すれば解決する。しかし、帰化しないと今の日本社会ではこれらの問題は解決しない。帰化と共生とは別問題であり、帰化してもしなくても日本社会で共生ができることを願う」(氏のHP)とも述べている。つまり、氏の場合は、国籍は自由意志による強制のない選択行為だったということである。「在日」の場合は、歴史的経緯などによって、そうなりにくい。氏の根本は、国籍に関係なく在日外国人に地域住民としての平等の権利が与えられるべきだというものであり、したがって、彼は、日本国籍積極的取得推進派ではなく、それを自由意志による選択肢の一つとするという立場である。この場合の自由意志が形式的外見的なものでないことを意味することは文脈から明らかである。

 多文化主義からする日本国籍取得積極推進論批判

 すでに述べたように、日本国籍取得によって、「在日」の問題は、国籍問題とは切り離されて、同一国籍内の民族間の関係の問題に移行する。それを多民族共生社会化と言うのであれば、その限界はすでに見えている。『火花』207号(1998年11月)「マルチカルチュラリズム(多文化主義)のゆくえ ―オーストラリアの人種・エスニック問題をめぐって3」は次のように指摘している。
「ところで、マルチカルチュラリズムの推進者たちは、それを「国民統合」の中心理念におくことを主張している。だが、マルチカルチュラリズムは、古い区切りに基づく秩序を自律的な結合に基づく新しい社会秩序に置き換えようとする実験ではないか。それが歴史的概念としての「国民統合」とすっきり結びつくとは思えない。/さらに、次のような問題を指摘しておかなければならない。/先に触れたとおり、資本主義のもとで階級・階層分裂が不可避に進行している。それは社会諸集団の地位の変動や分解・序列化とも結びつく。この現実を脇においた形での「国民統合」は全くの幻想である。そして、本稿ではとりあげなかったが、オーストラリアの国家(権力)機構をどうするのか、という問題がある。それは、資本主義的秩序を維持するために構築されたものであり、不断に境域を越えようとするマルチカルチュラリズムに対する「たが」としての役割を果たし続けるだろう。また、それは帝国主義の世界支配体系の一環として存在する。オーストラリアの国際政治でのふるまいがストレートに多文化社会内の政治的緊張につながることは想像に難くない(注5)」。
 すなわち、民族は、歴史的にブルジョアジーによって国家と結びつけられてきたが、それは「国民統合」の差別的ヒエラルキーとして構成されてきたのであり、同時に、階級・階層分裂と絡む形で形成されてきたのである。また、「在日」の存在は、朝鮮半島をめぐる国際関係を反映する。それらを捨象して、現象のいくつかの特徴を取り出して強調することは抽象的である。たとえそういう抽象的な考えの実現として、なんらかの制度が作られたとしても、現実の矛盾の解決形態としてマッチしなければ破綻する。そうなれば、歴史的解決形態に到達するまで、さらに運動が必要となるだけである。
 国民化と多民族共生社会化を結びつけることは、同時に、国民と民族を切り離して二重化することを意味する。坂中東京入管局長は、近代国民国家の支配民族である支配階級=国民の一員で、そんな二重化を生きたことなどないのに、それが進むべき道であると強調する。それを日本人に適用するなら、日本人は新たに民族的アイデンティティを確立し民族として形成し直さなければならないことになる。それは日本人を多数支配民族として形成し直すだけであり、民族間の平等化の反対である。それに、近代国民国家とは、国民として組織された支配階級のことに他ならないのであり、被支配階級・階層は、形式的には国民であるが実質的には国民ではない。彼の言う多民族共生社会化は、国民としての同化、「国民統合」が前提なのであり、それは、多民族から競争で選抜された一握りの勝者を支配階級=国民へと組み込み、その他を被支配者にするだけで、民族間の差別を解消するための具体的方策もないアメリカ型の新たな差別社会への移行を意味するにすぎない。法的地位の平等は形式的平等にすぎない。
 これにはフェミニズムをめぐって起きている混乱に似たところがある。内容上対立している主張が、部分的に、あるいは抽象的なレベルで一致していたりする。パット・ブレアーは、拙稿ではラディカル・フェミニストに分類したドウォーキンとマッキャノンをカルチュラル・フェミニズム(文化的フェミニズム)としているが、彼女たちが、歴史の無知ゆえに、19世紀のエリート主義的道徳主義的な立場をフェミニズムに引き入れ、男性すべてを潜在的レイプ犯と見なす機械主義的決定論的観点から、分離主義的で社会純化主義的な方策を主張するようになったが、それはナチスの思想に似ていると指摘している。機械主義的な決定論は、社会の平等主義的な変革を不可能とする主張になり、それが保守主義者の消極的な自由観に結びつく。したがって、彼女たちは、社会・国家の根本的な変革や権利の積極的な獲得ではなく、消極的な自由としての法の執行、「小さな政府」の中心的な治安機能の発揮を、積極的な対策として押し出す。彼女たちの主張では、ポルノグラフィーの公的規制は、暴力犯罪の予防・規制であり、治安対策なのである。それは、パット・ブレアーが指摘している通り、新たな抑圧と差別を生むだけだ。しかし、男性の女性へのジェンダー支配を批判し、性暴力をなくそうとしている点では、他のフェミニズムと共通する。

 さいごに

 坂中東京入管局長や櫻井よしこ氏のような「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法律(案)」を支持する日本国籍取得推進論は、前者が同化主義的で後者が個人主義的自由主義的という違いはあるが、近代国民国家の国民=支配階級という共通の立場に立っている。しかし、この問題では、ツルネン・マルティ氏の言うように、基本は「国籍による差別のないことが国際社会の理想の姿である」ということであり、鄭さんに下された最高裁不当判決は、それに反するものである。国籍条項はまず特別永住者については全廃すべきである。特別永住者の権利拡大は、在日外国人の権利拡大の道を切り開く。国籍と民族性の結合は歴史的なものである。同国籍内での日本の民族=国民=支配階級による民族的抑圧・差別が、アイヌの民族的団結と復権を促進したように。また、支配階級の影響によって形成されている被支配階級階層の差別性をなくす変革が必要である。
 支配階級=国民=支配民族に対する被支配階級階層の解放運動の当面する任務は、自らを別の支配階級・別の国民に形成することである。しかし、形態はそうでも、内容は国際主義であり、国境に左右されないプロレタリア的利害である。それは、支配階級=国民に対する別の国民なのだが、形態も内容も国際的なプロレタリアートへの成長の過渡を示すにすぎないし、そうすべきである。
 諸民族の強制によらない自由な接近・融合とプロレタリアートの国際文化の発展を支持するという立場から、プロレタリアートが内容において国際主義的になっていくこととして、「国籍による差別のないことが国際社会の理想の姿である」を基本に、「国民統合」をうち破り、国籍条項などの民族差別のあらゆる現れをなくす運動の発展を支持する。そして、この領域をめぐって、上述のような日本型差別社会からアメリカ型差別社会への転換を求めるような批判を要する議論も含めて、運動内から、新しい社会の内容や質を求める議論が出てきていることに注目し、それを「未来の創造」への飛躍と結びつけることが必要である。

民主労働党など進歩政党が統合 新党結成へ=韓国

【ソウル聯合ニュース】「進歩政党」を掲げる韓国野党の民主労働党、国民参与党と新しい進歩統合連帯の代表は20日、国会で記者会見を開き、3団体を統合し、新党を結成することで合意したと発表した。

 統合の理由については、「新しい政治を望む国民の熱望に応え、来年の総選挙と大統領選挙で勝利し、政治を根本的に改革するため」としている。

 また、福祉国家の実現に向け、労働者、農民、庶民の生活が保障され、社会的弱者と少数者に配慮する共同体を目指すとともに、朝鮮半島の平和を定着していく方針を示した。

韓国留学の外国人、68%が「学校内と外でいじめ経験」(東亜日報2011・11・21)

「9万3232人」

 2011年現在、韓国に滞在して勉強している外国人留学生の数だ。最近5年間の傾向を見ると、来年には10万人を上回るものと予想される。 2004年、政府は「スタディコリア・プロジェクト」を立て、「2012年までに国内大学に外国人留学生10万人を誘致し、留学・研修の収支を改善して、 韓国文化を世界に伝える」と発表した。量的目標値は事実上達成された。では、外国人留学生が体感する韓国での教育と生活の質はどうか。

 東亜(トンア)日報は、「外国人留学生10万人時代」を目前にして、今月14日から20日までの1週間、ソウル、忠清北道(チュンチョンプクト)、慶尚南道(キョンサンナムド)、慶尚北道(キョンサンプクト)、全羅北道(チョンラプクト)地域の23の大学で、外国人留学生125人にインタ ビューした。

 調査結果、回答者の68%にあたる85人は、「学校の内と外でジェノフォビア(外国人嫌悪症)による差別を受け、のけ者にされる体験をした」と話した。10人中7人が外国人という理由で不公平な扱いを受けているのだ。

 学内で差別を受けたと答えた44人中31人は、「韓国語が下手だったり皮膚の色が違うという理由で、朝会や授業でのけ者にされたことがあ る」と語った。教授が「外国人いじめ」を助長するケースも少なくなかった。「教授が最初の授業の時に中国人は皆出ていけと言った」、「不当にFをつけられ たが、理由は説明されなかった」、「外国人という理由で発表の順から除かれた」など、11人が自分の差別経験を打ち明けた。

 外国人留学生は、キャンパスの外でも差別を受けた。アルバイト経験がある留学生70人のうち32.9%にあたる23人は、最低賃金(1時間 当たり4320ウォン)以下の給料を受け取っていた。漢陽(ハンヤン)大学に通うある中国人留学生(29)は、大学前のコンビニエンスストアで休日もなく 1日10時間働いたが、時給4000ウォンしかもらえなかった。病気になって入院すると、社長は「約束を守らなかった」と1ヵ月分の給料120万ウォンか ら40万ウォンしか渡さなかったという。留学生の中で、労働基準法や最低賃金制について知っているのは22人しかいなかった。

 亜洲(アジュ)大学心理学科の金恵淑(キム・ヘスク)教授は、「韓国人は自分のことを外国人に比べて高く評価する『自集団への偏愛』が非常に強い」とし、「外国人のそばには座らなかったり、外国人を卑下する発言をするのも偏愛の症状だ」と説明した。中央(チュンアン)大学社会学科の申光栄 (シン・グァンヨン)教授は、「米国で学ぶ留学生の多くが、米国社会の排他主義によって反米主義者になって帰ってくるという研究結果がある。韓国社会の行きすぎた差別は、韓流のような肯定的な理由で韓国を訪れた若くて賢明な外国人まで背を向けさせることになる」と憂慮した。

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改定入管法(1999年)と在日外国人政策の諸問題

 以下の文章は、1999年の入管法改訂について、2000年3月に書いたものである。いよいよ、在留カード導入を盛り込んだ先の入管法改訂の施行期日(2年)が近づいているので、参考までに掲げておく。

改定入管法(1999年)と在日外国人政策の諸問題 

 昨年の入管法改定については、国会審議において十分な議論と社会的関心が高められたとはいいがたい。排外主義との闘争という点からもオーバーステイの外国人への罰則強化が盛り込まれた今回の入管法改悪は重大な問題である。同時に行われた外国人登録法改正による指紋押捺制度全廃の措置は、1980年代の指紋押捺拒否運動の、弾圧をはねのけての大きな犠牲を払ったことの成果としてかちとられたという面もあるだけに、同時に行われた入管法改悪は排外主義を強化し日本社会の閉鎖性を固める方向に作用する改悪といわざるを得ない。これを批判し入管体制を解体することはプロレタリアートの重要な任務である。そこで、この問題の歴史と経過をおさえつつ問題点をあきらかにしておきたい。この分野におけるプロレタリアートの態度についての政治決議などの基礎として役立つことを期待している。

 外国人登録法改定その他在日朝鮮人をめぐるいくつかの問題

 1991年の外国人登録法改定は、それまでの在留資格を整理統合して多くの在日朝鮮人が特別永住者に組み入れたものである。ところが政府-法務省-入管当局は、特別永住者に退去強制の適用条項を残し相変わらず日帝の植民地支配に起因する在日外国人(そのほとんどは在日朝鮮人)を治安管理の対象としつづけるという排外主義的姿勢を根本から改めようとしていない。1999年の外登法改定では、指紋押捺制度を廃止したが外登証常時携帯義務を廃止していない。
 1990年代をとおして訴訟などによって問題になっていた戦後補償問題についても裁判所が立法的解決の必要と指摘しているにも関わらず前進していない。ようやく民主党などが立法化の動きを始めたばかりである。1993年の村山政権の下での不戦決議は過去の侵略戦争を謝罪した。しかし同時に進められた従軍慰安婦問題の解決策では、政府による個人への直接補償は実現しなかった。旧従軍慰安婦への補償は民間基金による補償という形となり、それが当事者や当事国の反発から補償事業が停滞する事態を生み出した。そして右派による民間基金にたいする批判と攻撃が激しく行われた。それは戦争認識から教科書問題にも波及し、その後、全面的な歴史認識論争に発展していった。
 今から見れば、国家補償に踏み込めなかった不戦決議の中途半端さが右派につけいるすきを与えたことは明らかである。戦争が国家主権の発動であった以上、国家補償によって責任が果たされるのは当然である。民間基金では一部の善意の国民が責任を肩代わりすることになってしまうからである。それが国家責任の回避と受けとられたのは当然である。こういう相手の善意を当てにするような無責任なやり方にはやはり問題がある。ようやく戦後補償法制定の動きが出ているわけだが、そこではふたたびこのような無責任をくりかえさないようにしなければならないのである。この問題がもっぱら朝鮮人との間の問題となったことについては、日帝の植民地化と植民地統治の特殊性ということもあろうが、同時に敗戦後の戦後処理、戦後補償において示した不誠実な態度や治安管理対象として弾圧したことや差別などの歴史がある。

 改定入管法と定住外国人問題

 他方で定住外国人問題は、バブル期の土木・建設・サービス部門などでの単純労働者の不足に対応して国内労働力需要の拡大に対応する形で中小零細企業などへ中間で密入国を組織するあっせん業者や非合法組織の恒常的な活動によって定着したことから大量の超過滞在者を大量に生み出した。バブル崩壊以後の長期不況の状態の中で、日本社会に定着した在日外国人の二世が、在留資格のないまま、いつ退去強制されるかわからないという不安状態で就学就労問題に直面している。さらに定住外国人の中には、事実上の政治亡命者や難民が相当数ふくまれていると見られ、難民受け入れに消極的な政府の姿勢によって、彼ら彼女らは困難な情況に置かれているのである。
 前者の場合は、好況期の労働力不足を外国人労働者の合法的導入や積極的な移民政策を策定するなどの真っ正面からの解決策のないまま、治安管理の対象として対処しつづけたことによって、在日外国人の生存、生活、教育、医療、社会保障等々の諸問題への現実の対処は善意の人々の支援や活動や彼ら彼女ら自身の自己努力にゆだねられ続けている。オーバーステイの在日外国人を受け入れている学校現場の努力などが積み重ねられているが、突然の退去強制によってそれが無に帰すケースがくり返されている。
 そもそもオーバーステイの原因は基本的にはそれを必要としている日本の経済社会情況にある。報道などではそれを当人自身に帰しているケースがあるが、それはこうした日本社会の側の問題を不問に付した不当な見方である。当人の意志だけがあっても雇用する者がなければ働けないし、働き続けられないのである。今年2月の改定入管法施行直前に入管事務所に殺到した超過滞在外国人労働者の一部は、働く場がなくなってきたという情況の変化に対応した自発的な出頭者であった。長期不況の中でこうした労働力需要が減少してから入管法改定で不法就労者を雇用する雇用主への罰則を設けたわけだが,それが的外れなことはいうまでもない。この方策が好況時にどんな役割を果たすことになるかは十分に予測できる。
 一方で看護士資格をはじめ外国人への資格取得制限の撤廃や地方自治体での一般行政職への条件付きの採用など、国籍による職業選択の自由の制限は徐々に緩められてきているのは確かである。しかし、政府の基本方針は外国人に開放する職業を専門職などに限り,単純労働者の受け入れを拒否したままだ。ところがすでに日本社会に定住し定着している在日外国人の多くが単純労働者であり、その二世が成長してきているという現実がある。
 政府-法務省-入管当局が治安管理策としての基本姿勢を崩さず入管行政を行っているために、それだけ社会の閉鎖性を強めており、その分だけ差別排外主義を温存助長する根拠を作り出している。それが社会に及ぼすマイナスの影響は、国際的に結合を深めている経済実態と社会現実が乖離し、在日外国人にとってだけではなくその他の社会成員にとっても抑圧的な作用を及ぼすこと、人々の間に疑惑と不安と不信を拡げ、あるいは信用を低下させ、人間活動を萎縮させ生活態度を過度に不活発化させること、諸外国の人々に日本社会への否定的感情を拡大すること、等々がある。
 労働者にとっての排外主義の否定的な作用は、労働の間に不当な垂直な階層をつくりだして労働者を分裂させ、労働者同士を不毛な競争に駆り立てて資本の支配と搾取の強化を結果してしまうことである。それは賃金水準を低く抑える用具となり、また労働条件を低めるテコとなるが、排外主義はそれを民族的な対立に置き換える。外国人労働者は日本人の職を奪うと排外主義は強調する。ところが、外国人労働者は企業には利潤をもたらす。利潤は増えしたがってブルジョアジーを儲けさせブルジョアジーの利益を増やしブルジョアジーの富は増大する。ブルジョアジーは、一方では排外主義を主張し国益を強調するが、他方では不法滞在の外国人労働者を雇い働かせる。だから労働者は排外主義をはっきりと拒否しなければならない。

 

永住外国人への地方参政権付与法案をめぐる諸問題

 在日外国人問題で現在国会に自由党・公明党が提出した永住外国人への地方参政権付与法案があるのでそれについて簡単に触れたい。まずは歴史的経過から。
 そもそも日帝時代には内地に限り選挙権・被選挙権の双方を有する参政権が植民地出身者には認められていた。ところが、1945年の敗戦後その年のうちに選挙法(地方自治法付則20条)が改定され、戸籍法を適用されない者には選挙権・被選挙権を暫定的に停止するという付則が定められ、参政権が停止されたわけである。GHQの占領統治下において、日本政府の在日朝鮮人への施策は、講和条約締結までは日本国籍者としながら同時に自らの都合に合わせて外国人とみなすとするご都合主義的な態度に貫かれていた。1946年3月、「朝鮮人、中華民国人、本島人及本籍を三〇度以南(国の島を含む)の鹿児島県又は沖縄県に有する者登録令」(昭和二一年厚生省、内務省、司法省共同令第一号)が制定された。1946年には「出入国管理令」を公布しようとしたが、GHQの反対によって延期された。1947年には「外国人登録令」(ポツダム勅令第207号)を公布した。それには、「在日朝鮮人は当分の間、外国人」(第1条)とする規定があり、違反者への罰則と強制退去が盛り込まれていた。これで敗戦直後の施策がとくに在日朝鮮人にたいして暫定的な性格を表明していたことがわかる。その後、1952年には法務省に入国管理局が設置され、入管行政を所管することになった。外国人登録事務は治安当局が扱うことになったのである。
 1951年10月、日米安全保障条約の締結による占領期のポツダム勅令の廃止にともなって、1952年4月28日に「出入国管理令」と「外国人登録法」が生み出された。この二法が、その後の政府の外国人施策の基本法規となる。これによって、敗戦後の在日朝鮮人にたいする施策の暫定性が破棄されたのである。
 1952年4月28日の「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律」(法律126号)によって、戦前からの居住者と1952年4月28日までに生まれたその子供には別の法律ができるまで引き続き在留資格なしで在留できるとしていた。1952年4月29日以降に生まれた者は「外務省令第14号」(同年5月12日)によって特定在留者とされ、法務大臣によって3年以内の指定期間しか在留できないとされた。その後、1965年日韓条約締結と同時に定められた「在日韓国人法的地位協定」で韓国籍を前提にした協定永住を新設し、「出入国管理特別法」によって登録を義務づけた。かくして在日朝鮮人の在留資格は細かく行政的に分類され、分断を深めるものとなった。その後の経過は省略させていただくが、1991年の入管法改定によって、多くは特別永住に組み入れられた。そして外国人登録法では1999年の改定で指紋押捺義務は廃止されたが、外国人登録証常時携帯義務は残された。
 このような在日朝鮮人施策の歴史的経過を見れば、在日朝鮮人政策の基底にあった「帰化」の強要と時間経過による同化の期待はまったく破綻したことはあきらかである。したがって、日本政府の在日朝鮮人政策は「在日外国人」施策の一環をなしつづけ、国籍問題なき民族政策へと移行させることは不可能となっているのである。
 それと同時に在日朝鮮人の地位や権利をめぐる問題は、韓国政府との二国間協議に多くかかることになっているが、そのことが、在日朝鮮人の間に分断を深める原因になっている。1950年6月25日にはじまる朝鮮戦争の最中に進められた日韓会談予備会談では、在日朝鮮人の地位に関する協議が行われ、1965年日韓条約締結にともなって、韓国籍を特別扱いする「在日韓国人法的地位協定」が結ばれ、外国人登録証明書の国籍記載欄の韓国記載は国籍であるが朝鮮は符号であるという政府統一見解(1965年10月)を出したのである。
 このことを踏まえて、現在の国会に自由党・公明党によって提出されたいわゆる永住外国人地方参政権付与法案を見ると、そこでは参政権付与の要件を永住外国人のうち、外国人登録証原本の国籍記載者としており、そこから朝鮮記載者および無国籍者は除かれている。それが、日本の対朝鮮半島外交の基本態度や政治姿勢を色濃く反映していることはいうまでもない。1991年の入管法改定における特別永住の新設にあたっては外登証原本国籍記載の韓国・朝鮮記載の区別は問題にならなかった。
 ところが、この永住外国人地方参政権の要件に国籍の区別が加えられたのである。ようするに、永住外国人の基本的権利の問題が国家間関係と結びつけられたわけである。ところが在日朝鮮人問題の歴史的経過をみれば明らかなように、それは日帝による植民地支配によって発生した問題であり、その後、日本の敗戦と朝鮮半島における二つの分断国家の生成にともなう新たな国籍問題の発生によって国籍選択の幅が生まれたのである。したがって、在日朝鮮人の日本社会における権利の問題は日本社会自身が解決すべき課題であり、国家間関係と直接に結びつけられてはならないのである。
 しかしこの法案はそれらを混同させている。ようするに日韓米の三国同盟関係の強化という国家間関係のための用具として在日朝鮮人の権利問題を利用しようとしているのである。このような在日朝鮮人の間に分断を深めるような形の地方参政権付与法は容認すべきではない。加えて、それは被選挙権がないという意味で不完全な参政権である。また、国政への参政権がない、等々の問題がある。
 またこの法案には、与党自民党内に国家主権と民族自決権を不可分一体とする国家意志形成過程への参加要件を国籍(日本籍)とする反対論がある。また相互主義として相手国での日本人の参政権付与を条件とすべきだという反対論もある。
 プロレタリアートとしての態度は、国家主権と民族自決を不可分とするブルジョア民族主義的国家観を批判しそれを解体することであり、国境内のあらゆる民族に首尾一貫した民主主義を適用することであり、国政を含めて一切の職種について国籍によるその制限をなくすことである。国会であろうと地方議会であろうと選挙権と被選挙権は滞在期間に応じて付与されるべきである。それは永住外国人には無条件に付与されるべきである。

 反動的入管体制再編にたいするプロレタリアートの任務

 入管行政が治安管理を基本としていることを忘れてはならない。いまだに外登証常時携帯義務は撤廃されていないのである。在日朝鮮人に関わる政府官庁が法務省-入管であり、公安を主にした警察であることはいうまでもない。そのために、在日朝鮮人が多いパチンコ業界が警察の利権の巣になっていることは周知のとおりである。そして朝銀などの在日朝鮮人の金融機関の不良債権問題が国会でも取りざたされているが、過去の自民党政治の実態を知れば国会で与党議員が業界に関して取り上げる場合には、そこに利権をきずこうとしていると疑わざるをえないのである。
 そもそも日本政府の入管行政は、在日外国人を治安管理の対象として、国籍の違いに基づいて国境内諸民族の間の分断を固定化して諸民族の接近を阻害し、差別排外主義を温存助長する反動的な役割をはたし、なおかつそれを利用して労働者間に人為的な階層を生み出してそれを労働者の垂直的分業・格差と結びつけて分断支配・搾取を強化し利潤を増大させようとするブルジョアジーの利害を助けてきた。なるほど一部のブルジョアジーは、自由に外国人労働者を使って利潤をあげたいと願っている。しかしながら大企業の場合は外国に直接投資をして進出してそこで労働力を確保している場合が多いのである。それでも、規制緩和の動きの中で専門技術者に限ってはより積極的に受け入れられるように入管法の改定がなされた。しかし中小零細企業が求めている外国人単純労働者の受け入れは認めていない。また難民については受け入れに消極的であるばかりでなく、政治難民を強制退去させている。なお、日米安保条約締結にともなって定められた「日米地位協定」の対象となっている在日米軍関係者は外国人登録法による登録が免除されている。
 1999年改定入管法によって不法在留罪が新設され不法就労者の雇用主への罰則が定められ強制退去後の再入国許可の期間が延長された。民族不和や対立を解消し、民主主義を内容として前進させ国際プロレタリアートへ自己を高めるという国際主義的任務を日本のプロレタリアートが果たすために、外国人登録法の常時携帯提示義務の廃止などの外登法の差別排外主義的な内容の変革や入管体制の解体など、在日外国人への差別排外主義的治安管理体系の撤廃を促進しなければならない。

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11・11経産省包囲は大成功した。テント村を守ろう!

 経産省前テントは、11月11日で一月を超えた。その間、多くの人々が、テントを訪れている。福島からの女性たちの座り込みも多くの人々の参加で成功し、それに続く、全国の女性たちの座り込みも無事成功した。晴れの日、雨の日、寒風が吹く日、暖かい穏やかな日、等々と天候は移ろいでいるが、原発再稼働阻止、全原発廃炉、東電・経産省・学界・マスコミの「原子力ムラ」の責任追求、避難の権利、補償を求めるテント村の闘いは、一貫して熱い。

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                     女性たちの座り込み行動で縫い合わせていた布が掲げられている

 それに対して、当初、あまり反応を見せなかった経産省の役人たちが、ついに、いらだち、あせりを見せ始めた。役人に示唆された右翼(どこかから金をもらっている金目当ての右翼)が再三再四テントに押しかけて来くるようになった。そして、警察権力は、現場をコントロールしようとし、テント撤去や弾圧の機会をうかがい、介入を繰り返している。テント側は、非暴力不服従で、忍耐強く対応しているもようである。11・11経産省キャンドル包囲行動は、冷たい雨が降る中にもかかわらず、1300人(主催者)が結集し、完全に経産省を人間の鎖で包囲し、大成功した。翌日には、経産省の手でテントの周りに鉄の鎖が張られた。まさか、人間の鎖に対抗して、鉄の鎖でテントを包囲する報復というわけでもあるまいが。この報告を聞いて、マルクスの言葉、「プロレタリアートは鉄鎖以外に失うものを持たない」をおもわず思い出した。

 経産省の役人に示唆された通り、右翼は、原発問題が何かをまったく理解していないまま、ただ「国有地の不法占拠だ」と繰り返すのみだというから話にならない。しかし、右翼の中にも脱原発派がいて、反原発デモを行っているというように、保守・右翼もこの問題では割れている。経産省前テントには、宗教団体なども訪れ、脱原発での連帯を表明しているそうだ。福島の女性たちの座り込み以来、一時ずいぶん減っていた原発関係の報道もこの間多少増えた。そこで、忘れてはならない問題がある。それは、原発事故の責任は誰にあり、その責任を取るべき人間、取るべきところが、未だに責任を取っていないという社会正義の問題である。まずなによりも事故の最大の責任者は東京電力である。その経営者への責任追及は、株主による提訴というかたちで続いているが、東電の責任を追求し、社会正義を実現することが必要である。それを追求しもしないで、経産省側に立ってテントを攻撃してくる右翼は正義に反している。恥を知れ! 

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           「原子力ムラ」の原子力安全・保安院の建物も包囲

 しかし、11・11の1300人での経産省再包囲(9・11以来の)の成功は、経産省に対して、大きなプレッシャーをかけたことは間違いなく、テントの鉄鎖による包囲はその現われととらえるべきである。それと合わせて、野田政権の支持率は急落していて、それも、経産省にダメージを与えていることは疑いない。そして何よりも、テントを見守り、支えている多くの支援者がいて、呼びかけに応じて、テントにかけつけてくるということが大きい。見えない支援者のネットワークがあって、それが陰に陽にテントを支える力となっている。全体的な力関係では、11・11経産省包囲の成功によって、今はテント側に有利になっている。だからこそ、経産省も右翼もあせって性急に行動を起こしたのだろう。しかし、その論理は見事に官僚的で、「国有地につき、関係者以外の立ち入りを禁ず」というものである。国有は官僚所有ではない。また、関係者とは誰かが定義されていない。関係者を定義する(規定する)のは、経産省の官僚であり、それは裁量権に属すというのが官僚の考え方である。しかし、裁量権は、法文上に規定のない官僚独裁権であって、超法規的力なのである。こうして、経産官僚は、独裁者としての官僚の本質を示すことで正体を現したのである。こうして、テント村は原発事故の責任の所在の一つである官僚の独裁の実態を実践で暴露したことで、かれらの責任性を明確にしたのである。関係者とは、官僚にとって都合のいい人たちのことであり、それは「原子力ムラ」の住人たちのことである、というふうに。

 

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         9月11日から開かれている「テントひろば」も人間の鎖でつながれた

 まもなく寒い冬となり、やがて春となるが、3月11日は、震災と原発事故から一周年である。そこで、様々なイベントや行動が行なわれることになるだろうが、その時に、「原子力ムラ」の住人たちは、大した責任を取らずにすんでほっとして、旧来の諸関係がそのまま復興すると思っているかもしれない。しかし、それは甘い。ソ連では、チェルノブイリ原発事故後、体制が崩壊した。私は、現体制の基本的価値とはまったく合わなくなっている人間だが、前よりもだいぶ楽になったように感じるのも、大きな転換が深いところで起っているからだろうと思っている。今年は、世界中で、デモなどの行動に参加した大衆の数が記録的な数に上り、レコードになるだろうということを誰かが指摘しているという話を聞いた。たぶん、日本だけでも記録的な数であるに違いない。その兆候は数年前からあったが、それにしてもこれほどとは驚きだ。

 ただ、それを継続的に発展させ、持続させ、深化させ、拡大させるには、思想的深化が欠かせない。そして、テント村を守り抜き、経産省・原子力安全・保安院、東電などの「原子力ムラ」の責任を追求し、脱原発、被災者への十全な補償をかちとること、そして、その拠点=場であるテント村を出来るだけ持続させる必要がある。

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11・11経産省包囲行動案内

 これらの動きにはシンクロニシィティがある。経産省前テントの斜め向かいの外務省には、右翼系・左翼系・農民系・市民系・労組系などのTPP反対のデ モが次々と通る。これらの関連性をつかむことが必要だ。ベトナムへの原発輸出に対する反対の声が低いことなどに現われているような、自国さえよければいいという偏狭なナショナリズムとは一 線を画すことが必要だ。アジアの反原発運動や反TPPの動きと結びつけば、運動は深化する。それは、今は、経産省テントというオキュパイ(占拠) 空間=場を媒介として形成されつつある。そこは、誰のものでもない場所であり、人々が出会い別れながら、交通し、社会を創造している生産現場である。それは、官僚が生産している官僚的社会空間を、その内容の水準の高さによって、そこで生産される社会の中身の豊かさによって、人々の結合水準の高さによって、圧倒し凌駕しつつある。それによって深いレベルでの勝利が保証されるのだ。

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  韓米FTA反対デモ、道路占拠し警官隊を暴行(20111111)

    10日午後、ソウル市永登浦区の国会議事堂前で韓米FTA反対集会が開かれ、鎮圧に乗り出した警察に対し、デモ隊が蹴り上げるなどの暴行を加えた。1200人(警察推定)のデモ隊が道路を占拠し、行進しようとしたため、警察は放水で阻止した。デモ隊の一部は戦闘警察官1人を転倒させ、足で踏み付けた。戦闘警察官を暴行したイ・ヘソン民主労働党最高委員ら11人が警察に連行された。

 韓米自由貿易協定(FTA)の批准に反対するデモ隊が10日午後、ソウル市永登浦区汝矣島の国会議事堂近くの産業銀行前で道路を不法占拠しデモを行った。

 同日午後2時半ごろ、警察の推定で1200人(デモ隊は5000人と主張)のデモ隊が「韓米FTA反対」というスローガンを叫び、集会を行った。参加したのは、アゴラ(インターネット掲示板)、金属労組、全国民主労働組合総連盟 (民主労総)、建設労組、公共運輸労組、進歩新党、民主労働党などの旗を持ったデモ隊で「ハンナラ党が強行採決すれば、現政権とハンナラ党に審判を下す総力闘争に突入する」などと訴えた。

 午後3時35分ごろ、集会を終えたデモ隊は、国会議事堂前の道路の片側3車線を占拠し、ハンナラ党本部に向かって行進しようとしたが、約5800人の警官隊に阻まれ、にらみ合いとなった。

 警察は午後3時45分ごろ、放水を開始。逮捕に乗り出した戦闘警察官1人がデモ隊に倒され、足で蹴られる暴行を受けた。この騒動で、戦闘警察官を暴行したデモ参加者とイ・ヘソン民主労働党最高委員ら11人が警察に連行された。デモ隊は午後5時ごろに自主的に解散した。

 しかし、デモ隊約800人(警察推定)は、午後7時ごろに産業銀行前に再び集結し、韓米FTAに反対するろうそく集会を開いた。

 東京から来たという労働運動家は「韓進重工業の闘争とFTA反対闘争は日本でも伝えられている。これからは共に闘争しよう」と話した。大学修学能力試験を受験し、京畿道富川市で服を着替えて駆け付けたという浪人生(20)は「ツイッターを見て、試験が終わってすぐに来た。2008年の米国産牛肉輸入反対集会には参加したが、FTA反対集会は今回が初めてだ」と語った。

 集会にはインターネット放送で活動する鄭鳳株(チョン・ボンジュ)元国会議員、鄭東泳(チョン・ドンヨン)国会議員(民主党)、姜基甲(カン・ギガプ)国会議員(民主労働党)らも参加した。鄭東泳議員は「朴元淳(パク・ウォンスン)氏が(ソウル市長選で)勝ち、韓進重工業(の闘争)も勝利し、FTAでも勝つことができる」と気勢を上げた。デモ隊は午後10時10分ごろに自主的に解散した。

 一方、午後2時ごろにはソウル駅前広場で在郷軍人会など10の保守系団体で組織する「愛国団体総連合会」の2000人(警察推定)が、韓米FTAの早期批准を求める集会を開いた。参加者は「国会は北朝鮮追従・反米勢力に振り回されず、韓米FTAを即刻批准し、国益を守れ」などと主張した。

金城敏(キム・ソンミン)記者 , ユ・マディ記者


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経産省前座り込みの現場で

 今、経済産業省前は、概念生産の場となっている。それは、開かれたもので、俳優の山本太郎氏も訪れて、概念を作っている。座り込みの女性たちが、絵やメッセージを書いた布を縫ってつないでいるのである。このように概念を紡ぐことで、関係を生産し、社会関係を創造しているのである。もちろん、それは、国籍・人種・民族・性別などに関係なく、それを超えていくものだ。実際、経産省前に外国人が何人も訪れているのを見た。

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          山本太郎さんの縫い合わされた概念生産の生産物

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                        経済産業省前座り込みの現場で( 2011年11月4日午後)

 

  

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3・11の持つ根源性の補足

 前の記事の補足。

 ひとつは、南相馬市長の話は、ドイツ緑の党の女性副党首のヘーンさん一向に同行した席での話だということ。それから、多様なコミューンに必要なもう一つ大事な性格である「開かれた」を付け加えるのを忘れた。それは、これまでの共同体のような閉鎖性・排他性をもたない、民族・国境に関係なく開かれた、差別がないというものでなければならないのである。実際には、福島の農漁村でも、中国人研修生などの若い労働力は必要とされ受け入れられていた。もちろん、そこではいろいろな問題もあった。それに付け加えて、自由という問題もある。しかし、自由を抽象的に考えてもあまり意味がないので、ここでは置いておく。少なくとも私は、他者に所有されるのも嫌だし、他者を所有するのも嫌だから、現在自由と言われているものを自由もどきの束縛でしかないと感じることがある。

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