「現代日本の転機」(NHKブックス)から
「現代日本の転機」(NHKブックス)の続き。途中の日本戦後社会の総括のところは飛ばして、高原氏の結論だけを取り上げる。
最終章の冒頭で、高原氏は、この本の主張として、「二〇〇年代後半に至るまで、日本には右バージョンと左バージョンの反近代主義、そしてそれと無関係に財界主導で登場することになった日本型新自由主義の三つしか、政治的な立場が存在しなかった」(252頁)と述べている。そして、「特に政治的・思想的な対立は、「日本独自の超安定社会を護持する」という右バージョンの反近代主義と、個別的利己主義としての「自由」を無際限に要求する「見果てぬ夢」という左バージョンの反近代主義に、二元化されてきた」(同)という。
石油危機を契機とする「73年の転機」以後は、「超安定社会」が日本社会の「自画像」として喧伝されたが、それは、実際は、「まず女性、そして若者全体という形で、旧来の序列のさらに外部に、一種の二級市民を絶えず調達」(253ページ)する体制であったという。これはバブル崩壊以降、解体していく。そこで、小泉純一郎政権が登場し、日本型新自由主義政策を行うが、その結果、「すべての主体が病弊」(258頁)する。そして、新自由主義のイデオローグの中谷巌が自己批判し「日本の伝統的美徳」に回帰するのと軌を一にするように、右派の安倍晋三が小泉に取って変わる。しかし、福田、麻生と短期政権が続いた後、ついに、2009年8月の総選挙で民主党政権が誕生する。
最後に、高原氏は、「では、左右の反近代主義でも、際限なき新自由主義でもない形で、議論を進めるためには、何をどう考えたら良いのだろうか」(259頁)と問うている。それには、①「維持可能性」、②「討議的民主主義のインフラ」、③「社会の再構想」の三点の問題があるという。①については、年金問題への若い世代の積極的発言を求めている。②については、韓国の政治学者崔章集氏の間接民主主義の意義を強調する議論に賛同し、③については、山口二郎、宮本太郎の社会民主主義、福祉国家の見直し、M・C・ブリントンの「ウィークタイズ」重視や姜尚中と中島岳志の「ネーションに回収されない「愛郷心」」(パトリア)や鈴木謙介の消費を通じたつながりと地域共同体(「ジモト」)などをあげている。
高原氏の「では、具体的な対処法は何ですか」という問いに対する答えは、とてもプラグマティックなもので、処世術みたいなものである。これは問いがそういう答え方を指示しているからこうなるしかなかったということである。それに対して、もし、問いが、「何をなすべきか」というものだったら、それには倫理的な答え方が必要となる。それから、氏は、優秀なエリートの指導による国家運営を否定する。それは、「現在の日本における息苦しさ、閉塞感は、日本がこれを試みたうえで―それも複数回―、すでにその手法が通じない段階にまで、国民の多様な主体性が立ち上がり、そして国際的な影響力と相互交通を持つようになっていることが、明らかになった証でもある」(262頁)が、それは、過去の過ちの反省を経ながら得た経験知を持っているからであるという。だから、「日本人は絶望するのでも、他者を蔑んだりするのでもなく、誇りと自信を感じながら、熟慮と討議を重ね、手探りで前進すれば良い」と氏は言う。しかし、これまでの「過去の反省」の仕方と中身に問題があるし、なによりも、氏の言う政党政治・代議制民主主義的な「熟慮と討議」を重ねて手探りで前進するというのは、3・11によって歴史的な条件の変化、民主主義の新たな形態と深化が求められるようになる「日本の大転換」(中沢新一)が起きてしまったので、再考せざるを得ないのである。
原発のない日本社会を構想するということの中に、すでに様々な傾向が現れてきていて、それらの「熟慮と討議」の仕方でも、インターネットでのそれもあれば、経産省前「テントひろば」での訪問者などとの議論もあれば、集会や勉強会や映画上映会やシンポなどの形態での議論もあるとかいうふうに、多様な主体が多様な仕方で脱・反原発の意思を表明し表現していて、そこにはエネルギーの未来や生活スタイルの変革や新たなイデオロギーや新たな社会構想が物語られ浮かび上がってきているのである。それは、既存の政党政治という枠組みをはるかに超えている。物語る者としての主体が日々生み出され、それらが交錯するところで、民主主義が深められているのである。このような歴史的な瞬間に立ち会えていることの幸せを感じつつ、しかし、放射能災害の深刻さを受け止め、その解決に向けてさらなる運動の深化と前進をはからねばならないのである。そこにおいて、民主主義という概念は、実践を通じて新たな意味を獲得し拡大されつつある。行動民主主義、生きた民主主義、実践的民主主義が大衆運動の中で発展しつつある。それは、新たな社会構想に表現されるだろうしそうしなければならない。それは、実践を通して民主主義を物語り、物語ることを通じて、新たな社会ヴィジョンへと昇華するだろう。
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