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3・11問題の中間総括のために(12)

 中沢氏は、「市場が社会を包摂し飲み込んでいく」(52頁)ことの問題点を次のように指摘して、そこからの脱出の道を探っていく。

経済合理性で動くこのシステムにとっては、キアスムの構造で人間同士のつながりをつくりだそうとする社会などは、ゲームの進行に妨害を加える雑音のようなものであるから、個人主義を推し進めて、社会からの干渉をできるだけシステムの外部にとどめ置こうとした。自然生態系をつくりなしている複雑系の生命活動なども、自己調節機能を備えたこのシステムには、情報を伝えてくることがない。生態系が産業に与えるものは、資源としてのその価値だけであり、景観が市場にとって意味をもつとしたら、そこが観光のスポットになりうるからにほかならない。(52~53頁)

 生態圏の外部の核が生態圏内部に無媒介に置かれていることの破壊的な作用を中沢氏は指摘し、共同体=社会の外部にあった市場が社会の内部にあって社会を破壊している資本主義経済の破壊的作用を原理的に同じものと中沢氏はみなしている。社会と生態圏が結びつくところに形成されるのが「文明」であるから、それらは「文明」を破壊し続けているということになる。そして、「とりわけ日本文明は。西欧的な文明と違って、キアスムの構造を基礎として、生態圏との豊かな交通の上になりたってきた一種の「生態圏文明」である特質を備えている。その日本文明がいま、かつてないほど深刻な危機に直面している」(56頁)というのである。そして、「大転換へ」と進む。

 その前に、この間、技術論をやらねばならないということを書いた。そこで、ハイデガーの『技術への問い』とか、三枝博音の『技術の哲学』とか嶋啓の『技術論論争』や村田純一『技術の哲学』を読んでいるところである。これらには技術論をめぐって学べる内容がある。

 それから、同時に、福島の固有性ということを考えるために、まず、赤坂憲雄氏の『東北学/忘れられた東北』(講談社学術文庫)を読んだ。これは非常に興味深い本だった。赤坂氏の父親は、福島で炭焼きを生業とした山の民であったと書いてある。そこには、東北の多様性ということが基調にあり、都市のまなざしによって描かれた東北像の単調さとまったく異質の東北の姿がある。そこには、柳田国男の稲作中心主義や松尾芭蕉の枕詞という都のまなざしからのみちのく観のイデオロギー性ということも指摘されている。そして、宮沢賢治の縄文性、アイヌとの世界観の共通性、山のアジール性、等々と興味深い指摘が次々と登場する。網野善彦氏の中世史研究での水田=稲作中心主義の歴史像の見直しとも絡んでいるし、生態史観というのは、京都学派の文明観念も踏まえていると思われる。階級観も見受けられるなど、多角的な分析と判断が示されてもいる。氏の東北学に強い興味がわいた。赤坂氏の考えと中沢新一氏の考えには共通するところがかなりある。生態圏文明という生態観も共通する。自然と社会の関係をたんなる対立関係とも共存関係とも一面的に見るのではなく、矛盾関係として、敵対的であると共に相互依存的でもあると弁証法的に捉えているのも共通する。

 まもなく3・11から1周年になるが、この自然が人間社会に大きな脅威を及ぼし、すさまじい破壊をもたらす敵体性を示したということと原発事故による放射能汚染が及ぼした人間社会と自然に与えたダメージの敵対性の違いをしっかりと区別して認識しなければならない。そうしないと、岩手などの復興話と福島の放射線被曝との闘いとがだぶって見えかねない。それから、福島の福島性ということを明らかにしなければならない。その時に、東北の東北性に、多様さということ、それは日本の多様さということをも示してるのだが、があるということもまた中沢氏の論と共通するところであるが、それと同じように、福島の多様性ということに注意しなければならない。それは、網野善彦氏も明らかにしようとしたことでもある。「がんばろう日本」なるスローガンが空しく響くのは、それがそうした多様性を消そうとしたからでもある。そして、「同じ日本人」という観念が東北の豊かな多様性を消去するのに抵抗しなければならない。石原都知事の日本=東京ないしは都市連合という空疎な灰色の世界へとこの地を変貌させようとするのに抵抗しなければならない。多様で豊かな東北へ、そして原発のない多様で豊かな福島の未来への飛躍こそが、それへの決定的な対案である。福島は福島であり、東京ではなく、東京によって代理も代行もされないし、させてはならない。福島の自己決定、自立こそが福島の脱原発と真の復興の力である。この間、鎌田慧氏が思い起こさせてくれた戊辰戦争の際の官軍の「白河以北、一山百文」という侮蔑の言葉の意味するものは何かを、『戊辰戦争』(中公新書)を読みながら、よく噛み締めてみた。そして思ったのだが、3・11に対する運動の現地、現場はどこか? それは、白河以北しかありえない。それが東京ではないことは言うまでもないことだ。ようやく、1周年を、福島で福島の人々が集い、福島で声を上げるられる時がきた。現地にとって、一周忌でもある。その足を引っ張る者、後ろに手を引っ張る者の妨害をきっぱりとはねのけて、3・11福島現地へ集まろう。そして、巻き返しをはかる「原子力ムラ」の策動を打ち破らねばならない。

 まず、そうした福島主体の形成のためにグループを作ることが必要なので、そのよびかけ案を作った。それから、福島主体の脱原発と復興、福島の未来の共同体社会を創造するための道しるべとなる福島テーゼの骨子をいくつか考えた。それらは、いずれ、ここで公開しようと思う。それと、都市変革テーゼ、あるいは、東京変革テーゼが、セットで、中央と地方の関係の変革のために必要なことも忘れてはならない。ようやく、福島主体への自己変革がここまできた。ここまでくるのは大変だった。思想を考えること、思想を持つには、必ず苦闘が伴うからだ。思想を持つということは、簡単でも、楽でもないのである。

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