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差別の顕在化

 最近、被差別者自身が差別されているということを表明するのに接することが増えている。一番多いのは、沖縄の人々である。言うまでもなく、それは、普天間基地県外移設をオール与党で訴え続けているにも関わらず、それに対して、政府も本土の人々からも、それを具体化する動きもないし、それを促す声があまり聞こえないからである。つまり、差別の一つの形態である「シカト(無視)」されていると感じているせいだろう。大湾宗則(京都沖縄県人会代表)さんによると、これまでも差別構造があるのはわかっていたが、あえて差別されているとは表に出して言わなかっただけなのである。それから、3・11後、福島に関して、インターネット内で、差別的な言葉が飛び交っているということを、『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)で、高橋哲哉氏が書いている。障害者からも似たようなことを聞いた。いわゆる活動家の中からも差別的な言葉を聞くこともある。まったくストレートに意識的に差別的言辞(ヘイト・スピーチ)を街頭で公然と叫ぶ新たな右翼も登場してきた。

 先に7・7華青闘告発を載せたのは歴史的資料としてである。この告発をそれから40年以上経つ今日読むと、以前読んだときとはまったく違った「まなざし」で見える。したがって、別に、これを今日にそのまま持ってきてそのまま適用しようというつもりはないし、そんなことは不可能である。しかし、上に書いた状況は、これを新たな視点で読み直す必要性があることを指示していると思う。というのも、おそらく、20年以上、「共生」というキーワードで差別問題の解決を目指すという花崎皋平氏的なコミュニケーション・モードが、反差別運動の中でかなり広まっているように見えるが、上の現象は、果たして、それが、花崎氏が期待した通りの「効果」をもたらしているのかどうかを検証する必要があることを示していると思えるからである。徐・花崎論争は、「外国人への差別を許すな 川崎連絡会議 http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/index.html」の崔勝久氏によれば、徐氏の勝ちだったそうである。崔氏は「人権の実現について―「在日」の立場から」という文章で、直接触れていないが、この論争に対する氏の見解を書いたという。氏は、「在特会」と思われる人物からの電話での会話を取り上げ、以下のように書いている。

彼らは韓国の「慰安婦」であったハルモニたちの告発をどのように聞くのか。それは別に当時では当たり前のことであって今更問題にする方がおかしいとうそぶくのだろうか。耳と心を閉ざしたまま、慙愧の気持ちを後の世代に伝えることなく、彼女たちの告発を「理解」しようとせず死んで行くのであろうか。 その告発を受けとめ彼女たちを「理解」するという行為は、植民地支配の歴史とその中で生きざるをえなかった己自身をどう受けとめるのかという、社会と自己への徹底した洞察を通して「常識」を疑う視点を明確にしていく作業なくしてはありえない。

 これと関連するが、赤坂憲雄氏は、中沢新一氏との対談で、「新しい歴史教科書」を神話学の成果も考古学の成果も取り入れていない粗雑なもので、それが人々を幸福にすることなどありえないと批判し、中沢氏の「人間なんだから悪いこともしますよ。とくに戦場に行ったら、そういうことにいやおうなく直面するでしょう。それを歴史の出来事として人間の実存としてちゃんと見ればいい。他の国もやっているじゃないかなんて言い逃れはしない方がいい。やったら認める。それで尊厳が失われたりはしないのだから」という発言を受けて以下のように語っている。

 その時にアジアに向けて開かれた日本文化論は大きな力になると思います/……アメリカの原爆投下というのは最大の戦争犯罪だと思います。しかし、それを唯一の被爆国である日本人が批判できないというのは、戦争で自分のやったことをきちんと対象化できていないからだと思う。原爆の問題をきちんと批判できる場所にまで歩みを運ばなかったら、われわれは戦後を抜け出せずに、これからも精神的な捻れの中で抑圧を感じ続けるような気がします」(特別インタビュー日本文化に開ける風穴 『東北学VOL.5』2001年10月 作品社 24~5ページ)。

 ここには、加藤典洋の『敗戦後論」(1997年8月 講談社)が呼び起こした論争点(戦後の「ねじれ」)に関わる部分がある。

 崔氏は、差別を、「見ても「見え」ず、知っていても「理解」することがない」(「人権の実現について―「在日」の立場から」)ものとして捉えている。すなわち、それは「まなざし」であるというのである。それに対して、花崎氏が、徐氏の見解に対する批判として持ち出している心理劇は、あまりにも通俗的であり、またパターン化されていて、結局は氏の「対話型」コミュニケーション・モードとの形式主義的で空疎な二項対立に還元されてしまっていることに、徐氏が困惑したのも無理からぬことと言わざるを得ないものだ。しかし、現実的には、「糾弾型」コミュニケーション・モードではなく、「対話型」コミュニケーション・モードによる「共生」が運動においても、行政においても、推進されてきた。その数十年をどう総括するか。それによって差別は解消に向かったのだろうかと問うてみる必要がある。それを痛感させる出来事が増えていると判断せざるを得ないのである。

 7・7華青闘告発は、「糾弾型」コミュニケーション・モードの「告発文」の典型のように見えるが、現時点で読み返してみると、もっと違った意味内容を持つテキストとして読めるし、「告発」=「法廷」モードと、閉じた読み方をした花崎氏のような「まなざし」ではない別の「まなざし」で読むことが可能だと思う。例えば、かれらが告発した70年時点の階級闘争と今の階級闘争では、階級の中身が大きく変化しているのである。

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