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乱読、蝦夷、たばこ、忠

 乱読気味だが、昔からの癖でなおらない。『近現代中国政治史』(ミネルヴァ書房)、加々美光行氏『中国の民族問題』(岩波現代文庫)、五木寛之氏『サンカの民と被差別の世界』(講談社)、佐々木高明氏『日本文化の多様性』(小学館)に入る。

 高橋富雄氏『平泉の世紀』(講談社学術文庫)は、奥州藤原氏の藤原三代の都の平泉の都市設計思想の中に、奥州藤原の王朝としての性格を刻印しようとする意思を読み解いていくもので、古田武彦氏の『真実の東北王朝』の論旨とも通ずるものがある。ただし、『エゾの歴史』の海保氏が整理したエミシ・エゾ・アイヌ・エビスの諸関係が整理されていない。エゾは、辺境の民、方民なのか、それとも異民族・アイヌなのかの整理がついていない。中国古代史の記録に現れるヤマト政権が連れて来た蝦夷表記の人たちは、古田氏が言うように、クイ(骨嵬)という名で登場するアイヌと同一なのかどうか。カイ(蝦夷)がクイと聞こえ、それが表記として残ったのだろうか。民衆史研究会の本に所収されている東北の神の叙位叙勲についての論考は、方民説に立って、その征服=同化過程を論証しようとしている。しかし、そこで描かれたような、神の同一化、祭りの同一化は、「まつろわぬ民」の同化を必ずしも意味するものではないと思う。征服民の移住、征服地への外からの移民もある。その際に、それぞれ祀る神をそのまま持ち込むこともありうる。そして、『東流日外三郡誌』に、秋田氏(安倍氏・安東氏)が祖神として祭るアラハバキ神とは何かという謎……。

 民族概念がそもそも曖昧であるということもあり、むしろ近世後期に民族性が形成されていき、その過程でそれを促進したのが、異国人の来航や近隣諸国、諸民族との関係の認識であり、その枠組みを形成するのが、儒学や古学や国学、あるいは民間伝承などであると考えた方がよいのではないか。現在の日本人観念をもって歴史を遡っていくと、まったくそれと合わない人々の姿にぶちあたってくる。佐々木高明氏の『日本文化の多様性』は、稲作以前の列島の姿や人々の生活の姿を解明しようとした本である。

 それとは関係ないが、武田邦彦氏が、タバコの健康被害について以下のように述べているので紹介したい。それによると、「嫌煙運動が起こり始めた今から40年ほど前には、肺がんはきわめて少なく、男性では喫煙者が4000万人に対して、その年に肺がんになる人は1万5000人でした。喫煙者4000万人の内でその年にお亡くなりになった方が100分の1の40万人とすると、肺がんにかかった人は26人に1人ということになります。また、肺がんでお亡くなりになった人の3分の2が喫煙者であるとしても、40人に1人ということですから、第一に「タバコを吸うと肺がんになる」という表現は誠実な言い方ではないこと、第二にタバコを吸う人の主たる死亡原因がわかればタバコを吸っている人はよりそれに注意することができると考えられる」。タバコは肺がんの原因にはなるが、肺がんのうち、タバコと関係の薄い線癌が7割である。女性の線癌はタバコとはほとんど関係がない。「喫煙率が下がると、肺がんが増える」という統計上の相関関係がある。そして、「厚労省やがんセンターが主として使用している論文には、「喫煙する人が10万人あたり495人が肺がんになるのに対して、タバコを吸わないかたまにしかタバコを吸わない人は568人」で、明らかにタバコを毎日吸う方が肺癌になりにくいというデータなのです.ところが反対になっているのは、このデータの一部が「隠されていた」ということ。

 権威に弱い人は、騙されやすいので、気をつけた方がいい。それと、経験上、自分にとって都合のよい人の意見を受け入れやすいということがあるので、たとえ自分にとって耳の痛いことでも広く多様な意見を聞くことが大事である。貞観の治という理想的統治をしたという唐の2代目太宗の李世民は、玄武門の変で滅ぼした皇太子の兄の参謀であった魏徴を臣下として讒言を行なわせ、自らの戒めとしていたという。これが忠。忠告の忠である。無批判に主人に奉仕するのが忠ではない。

       タバコ・・・中間まとめ(感情的対立の原因)-1(武田邦彦氏ブログ)

 タバコの記事の最新号を削除しましたが、その理由も含めて、私たちはタバコの問題をどのように考えれば良いかということについて、私見を述べさせていただきます.ただ、私の論理は「先入観・価値観は一切、入れない。科学的合理性の無いデータはそれが明らかになるまでそばに置いておき、論理の展開には使わない」というものです。

 さらに、「タバコの問題を解析したからといって、直ちにタバコの価値観には触れない」ということもあります.社会的な運動は否定しませんが、科学的な論理展開を楽しんでください.

 たびたびこのブログでも指摘しているようにタバコは肺がん(断らない限り、気管支、気管のガンも含みます)の原因になります。世界的に見るとアングロサクソンに多く、ラテン、黄色人種は若干、なりにくい傾向にあります。 日本では、扁平上皮癌や小細胞癌は喫煙者にしか見られず、かつては肺がんの半分がこれらのガンでしたし、ヨーロッパでは扁平上皮癌が多い傾向にあります. しかし、最近は線癌が増えていて日本ではすでに肺がん全体の7割ほどになっていて、それも女性の線癌はほとんど喫煙とは無関係です.

 (注)扁平上皮癌と小細胞癌が喫煙者に限定されるということは「喫煙が癌の引き金になる」というのは間違いないのですが、だから「喫煙は健康に悪い」ということではありません.これが科学の難しいところですが、かつて肺がんの半分を占めていたこれらの癌が喫煙者からしか発生しないとしても、喫煙者は他の癌になりにくかったり、他の病気になりにくい、もしくは自殺が少ないなど(これは論理であってデータは後述)、別の要因で「タバコを吸った方が健康に良い」ということになる可能性があります。

 喫煙者の死亡の危険は肺がん以外にあった  

 嫌煙運動が起こり始めた今から40年ほど前には、肺がんはきわめて少なく、男性では喫煙者が4000万人に対して、その年に肺がんになる人は1万5000人でした。喫煙者4000万人の内でその年にお亡くなりになった方が100分の1の40万人とすると、肺がんにかかった人は26人に1人ということになります。
 また、肺がんでお亡くなりになった人の3分の2が喫煙者であるとしても、40人に1人ということですから、第一に「タバコを吸うと肺がんになる」という表現は誠実な言い方ではないこと、第二にタバコを吸う人の主たる死亡原因がわかればタバコを吸っている人はよりそれに注意することができると考えられることです。
 つまり、肺がんの治療をしている医師としては目の前の患者さんが喫煙をするから肺がんになり、その肺がんを治療するのが困難である時に、「ああ、この人が喫煙していなければ」と残念に思うのは医師の倫理として誠に正しいことです。しかし、その医師が社会的に「タバコは禁止すべきだ」ということになると、タバコの害について、肺がんばかりではなく、40人の内、39人はなにが原因で無くなっているのか、タバコを吸う人の健康や寿命はタバコを吸わない人に比べてどういう状態なのか、彼の人生がより「幸福」になるためにはタバコは必要なのかどうかなどかなり広範囲で調べ、研究しなければなりません.「健康の縦割り行政」になって人の健康をもしかすると損なっている可能性があるからです。
 このことは「医師として肺がんの主要な原因はタバコである」というのはまったく問題はありませんが、だから直ちに「タバコは害である」ということができないのが「自然」というものです。

 タバコを毎日、吸う方が肺がんが少ない可能性が高い
 この問題はこのブログでも示しましたが、二つの証拠があります。一つは「喫煙率が下がると、肺がんが増える」という統計上の相関関係であり、二つ目は(これも有名ですが)厚労省とがんセンターが中心に進めている「喫煙と肺がん」の関係(もっとも多く引用される論文)です。  
 第一のことについて、統計上の相関関係をもって、結論をだすことはできず、相関関係などを慎重に検討する必要がありますが、それでも、これほどはっきりした相関関係がある場合は、たとえ因果関係がある程度判っても結論は慎重にするべきなのです。

 ところが厚労省やがんセンターの説明を見ると、「喫煙率と肺がん死率」についての記述すらないのです。説明できないものは説明に入れないというのはそれだけで「科学ではない」ということが言えます.
 特に「タバコを吸うと肺がんになる」と「喫煙率が下がれば、肺癌が減る」といのはごく自然に繋がる相関関係です.これを否定する論拠に「タ バコを吸ってから20年後に肺癌になる」ということも言われますが、それを補正しても相関関係自体は変わらないことをすでにこの記事でも示しました。

 次に第二の点ですが、厚労省やがんセンターが主として使用している論文には、「喫煙する人が10万人あたり495人が肺がんになるのに対して、タバコを吸わないかたまにしかタバコを吸わない人は568人」で、明らかにタバコを毎日吸う方が肺癌になりにくいというデータなのです.
 ところが反対になっているのは、このデータの一部が「隠されていた」のです。公表されたデータは一部で、それによると結論は逆転するのです。
 このように、厚労省とその研究費を使って研究を続けたがんセンターのグループは、第一に論旨に反するデータを説明しないこと、第二に科学者が読んで判るような整理をしていないということ、第三に整理されたデータの根拠となる粗データを公表していないということです。
 従って、「タバコを吸うと肺がんになる」という厚労省やがんセンターの研究は「科学ではなく、政治である」ということが言えます.科学は常にオープンであり、新しいデータや概念がでたら、その根拠を明白に示さなければなりません.
 この種の科学的詐欺事件としては、常温核融合事件、韓国の生体系研究の事件があります。いずれも実験の詳細を出さず、多くの人から指摘され、追い詰められて詐欺事件とわかったものです。しかし、タバコと肺癌の関係は、国際機関ではWHO、日本では厚労省が力を入れていて、権力と資金で圧倒的な地位にありますから、すでに多くの研究者がデータの公開を求めていますが、未だに公開されていません.

 話が長くなりますので、今回はこれで終わりますが、実は私の最近の記事を取り下げたのはこれが原因しています.整理された結論が示され、元データがないので、それでいろいろ解析をしたのですが、それではどうしてもつじつまが合わないのです.
 また、整理をするごとに結論が少しずつ変わります.これは元データが公表されていないので、しかたなく整理されたデータを使うと出典によってさまざまに変わってしまうからです.これでは科学的ではないので、私も削除しました。

 他人が整理した結果になっとくが行かないときには、科学者は元データに戻って検討します.最初は「おかしい?」と疑っても、元データを詳細に見ると納得することも多いのです. もともと科学はそれまで「是」としてきたことを覆すことが多いので、そのためには根拠を明白にしなければならないのは科学者にとって当然の義務であり、厚労省とがんセンターがデータを出さなければ「タバコと肺癌の関係」についてすべてを白紙に戻す必要があります。

 私たち科学者は社会的な判断をする立場にはありません.それは医師も同じです.私たちは「科学」というものを立脚点にして、研究し、教育し、治療しているのですから、魔術は一切、受け付けません.また、思想によって左右されることもありません.それによって科学は社会の信頼が得られるからです. 私が一つわからないところは、以上のことは科学者、教師、医師などの職にある人は誰でも同意することですから、だれも厚労省やがんセンターの論文を使わない はずなのに、「それしかない」ということで、ほとんどすべてが「根拠を示していないいかがわしい論文」を参考にしているのが不思議です.

 喫煙が肺癌の元になることは確かですが、だからといって喫煙が「短命、不健康」になるとは限りません(喫煙が短命、不健康になるという論文は多いのですが、 根拠が示されていないか、厚労省かがんセンターのデータです)。このぐらいの良識と科学に対する厳密性、国民に対する誠意を持ってもらいたいものです。

 つまり結論はともかく、求められても元データを示さず、得られているデータの一部を論文に出すなどの「いかがわし論文」はたとえそれが娑婆では「最高権威」であっても、学問的には無視するぐらいの見識は欲しいと思います.

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