« 安倍氏、経済主義、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」 | トップページ | 民族問題など »

アベノミクスは大衆収奪、近代史その他

 安丸良夫氏『近代天皇像の形成』(岩波現代文庫)、赤坂憲雄氏『象徴天皇という物語』(ちくまライブラリー)、松浦玲氏『日本人にとって天皇とは何であったか』(辺境社刊 勁草書房発売)に入る。日本思想大系『民衆運動の思想』と『熊沢藩山』入手。

 安倍政権のアベノミクス政策で、円安が急速に進んだため、輸入原油価格が上昇、ガソリン、灯油などの値上がりが起きている。しかし、「連合」春闘は、ベア引き上げは見送りで、一時金をめぐる交渉になっている。かつては、生産性基準原理という労働生産性上昇分の賃金を引き上げるという基準があった。日本生産性本部というのもあるぐらいだ。この間、日本での労働生産性はかなり上がっているというから、その分賃上げとなるはずが、そうなっていない。アベノミクスによるインフレで、賃金水準が同じでも、実質的には賃下げと同じことになる。それを経済学で指摘したのはケインズである。彼は『一般理論』で、労働組合運動は、通常、名目賃金(貨幣賃金)の上下には敏感に反応するが、実質賃金の動きには反応が鈍いということを指摘している。一部のエコノミストは、景気上昇の局面で、賃金が上昇するのは最後になるという経済法則とやらを作り上げそれを物神化して主張している。こういうたぐいのエコノミストの言うとおりになったためしがなく、何度も予想が大きく外れてきたのに、懲りない連中だ。

 他方で、以下の記事に見られるような、アメリカの「対テロ戦争」の非人道的やり口に対して、人権活動家や人権団体も無反応で、もちろんアメリカ人も無関心で、むしろ、支持が多いという。聖書の言葉、「汝の敵を愛せよ」などというのは、今や空しい空文句となってしまっている。「目には目を。歯には歯を」のハムラビ法典がアメリカの刑法典となってしまったかのようだ。アメリカ政府は、法廷を開き審理することなく、ある事件の真相と犯人を特定でき、それは疑いようのない正しさを持っていて、誤りなく、その犯罪者の死刑を執行できるというのである。一言の弁明もなく、しかも、別の法体系を持つ他国においても、そうすることができるというのだ。2月16日付産経新聞に、アメリカ亡命中の中国人作家が、習近平中共総書記を、「民族主義者」「ナショナリスト」で、毛沢東の子供と呼ぶのがふさわしいと言ったと書いている。今、獄中で生き続けている劉暁波という超エリートの民主人士の人権を守れというのである。しかし、中国社会の矛盾を集中的に背負わされ、時に絶望的な小暴動を起こさざるを得ない境遇に置かれている農民工などの労働者大衆の人権には一言も触れていない。超エリートの劉に同情、大衆に無関心、ということか。あるいはこれは産経の姿勢の反映なのか。歴史は大衆が作り、大衆が動かすもので、その力を暴力的その他の手段でおさえつけ、あるいは騙しているのが、支配者であり、かれらが国家を支配しているという考えを持っているので、劉は、支配エリート内の非主流派の一員ではないのかという疑いを持っている。1989年6・4天安門事件の評価にしても、学生・エリートの民主化運動という性格ばかりが強調されるが、それはエリート内の主流対反主流の内輪もめとして事態を捉えるものではないのかという疑問を持ち続けている。

 古田武彦氏『真実の東北王朝』から、安日王・長脛彦兄弟が大和盆地で迎え撃ったというのは、古田氏が元々、邪馬臺国九州論者であり、神武東征も、筑紫を舞台とするものだから、神武対長脛彦の戦いも、筑紫を舞台にした話だと言っているということをお断りしておかねばならない。もちろん、神武を架空とする説もあるので、これを直ちに史実として認めるというわけではない。ただ、戦前の津田左右吉みたいに、記紀の神代の部分はすべて神話であり、史実として扱わないという態度が間違いであることは、古田のようにシュリーマンのトロイ遺跡の発見の例を引くまでもなく、今は正されていることである。実証主義は歴史認識の方法としては問題の多いものなのである。古田氏は、同書で、多賀城跡から出土された石碑に書かれた地理の解明にも取り組んでおられる。これについても、偽造説が強く、学会では捨て置かれているようだが、そこに書かれてあることには見逃せないことが記されている。この石碑の建立は8世紀だが、書かれてある中に、靺鞨が出てくる。靺鞨は、今の中国東北部、北朝鮮の北からシベリア南部にかけてあった国で、ツングース系と言われる人たちの国である。多賀城からそこまでの距離が書いてあるのだ。靺鞨の前は粛慎で、渤海とも近い。黒水靺鞨は、後には、契丹(遼)から、女真と呼ばれるようになったという。かれらは、1115年、遼から独立して金を建てる。古田氏は、中国の史書から、靺鞨は、渤海部とその東北の黒水靺鞨に分かれたとされている。石碑に書かれている靺鞨は、黒水靺鞨のことだと述べている。しかし、石碑の建立が、天平宝字6年(762年)12月1日とあることから、ウィキペディアは偽作説の一つとして、「碑には靺鞨国とあるが、靺鞨国はすでに国号をあらため渤海と号し、当時から2代前の聖武天皇の時代から日本との交通は頻繁であるのに靺鞨国とあるのはおかしい」という意見を記している。これは、淳仁天皇・孝謙上皇の時である。孝謙上皇はその後、淳仁天皇を廃位して再度天皇になる(重祚)。称徳天皇である。このときは、、女帝で、上皇にもなり、重祚するということ、天皇が生きている間に廃位されたり、退位するということがあった。現在の皇室典範には、そういう規定はない。

 ところで、靺鞨の前に同地方には粛慎があった。その粛慎との戦いのことが『日本書紀』に出てくる。以下。この戦があったのはどこか。渡島(おしま)後の蝦夷が島のことか。粛慎は、中国の史書などに出てくる粛慎と同じなのかどうなのか。他に、佐渡ヶ島に粛慎人がいたという『日本書紀』の記述もある。阿部臣が、陸奥の蝦夷をひきいて大河のほとりに着くと、その河口の両側で、渡島の蝦夷と粛慎が対峙していた。この記事では、粛慎国と記されているので、そこは他国という認識があったと思われる。そこは、日本海の対岸の今の沿海州の当たりなのだろうか。その海辺で、千人の蝦夷と粛慎の水軍が対峙していたのはなぜだろうか。渡島蝦夷が、粛慎に攻撃されたので、斉明朝に援軍を求めたのだろうか。粛慎国を攻撃しに行ったら、たまたま、渡島の蝦夷1000人が粛慎の水軍に攻撃されようとしているところに偶然出くわしたのだろうか。以下の訳では、この場所を渡島としている。しかし、その根拠も乏しい。粛慎が撤退したという弊賂弁嶋(へろべの島)とはどこか。宇治谷猛訳『日本書紀』ではこの部分(210~211ページ)に注がなく、どことも比定していない。『書紀』の斉明天皇のところには、蝦夷や粛慎などの記述が多く見られる。

 『日本文化の多様性 稲作以前を再考する』(小学館)で、佐々木高明氏は、日本で広まった水稲に二種類あって、伝来ルートが異なることを指摘している。一つは南方、東南アジアなどから来た熱帯ジャポニカで、もう一つは中国揚子江流域から朝鮮半島などと同じ温帯ジャポニカである。遺伝子分析から、日本列島では両者の交配種が広まっていることがわかったという。氏は、国立民族学博物館の館長を務め、また、アイヌ文化振興法(1997年5月)を機に創設をされた財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長を2003年まで務めた人である。佐々木氏は、同書で、「日本文化は一つのものであり、日本の国民は単一の民族だという思い込みは、本当に根深いものがある」(8ページ)が、「……多文化国家の認識を十分に有することによって、日本の国家や国民が、多様な異文化の世界とわだかまりなく交流しあい、そのことによって日本の文化をより豊かにすることができると思うのです。日本人の豊かな感性の中に、日本文化の可能性を見出すことができる、と、私は思うのです」(12ページ)と述べている。日本列島の東と西に多くの点で違いがあることは、網野善彦氏が明らかにしたところだが、それ以前に、日本語学者の大野晋氏などの言語学的な研究もあった。それが、縄文時代にまで遡って見られるというのが佐々木氏の見解である。そして、柳田国男的な稲作中心主義を否定し、畑作農耕(焼畑や常畑など)、採集・狩猟・漁労の重要性、それらを多様に組み合わせた多様な生産・生活形態のあり方というものを浮かび上がらせる。あれもやりこれもやり、春は春の、夏は夏の、秋は秋の、冬は冬の生業を持ち、一日の中でも複数の生業をなすという山の民の姿を浮かび上がらせる。稲作単色の生業形態というのは、限られたものにすぎないのである。

 松浦玲氏の『横井小楠』(ちくま学芸文庫)は、徳川幕府公認の体制保守学に変形させられた朱子学を教条主義的に読み直し、幕藩体制変革の思想に変えた横井小楠の思想と生涯を丁寧に追って分析したものである。小楠の思想は、幕府に完全には取り入れられなかったし、幕府の面子を重んじる姿勢や権威主義などの妨げなどがあって、参勤交代の廃止などの少しの政策しか実現しなかった。しかし、小楠はこの激動期にあって、体制を超えて必要とされ、新政府のブレーンとされたが、1868年(明治2年)、京都で尊攘派によって暗殺される。君主も天の道具にすぎないという彼の考えは、天皇を否定するものとなりかねず、その点を後の弟子たちが恐れて、小楠の思想を天皇制支持論に粉飾し、改ざんしようとした。小楠には、西欧列強の覇道国家による近代化に対する中・朝・日の王道国家(仁政を基本とする)同盟による近代化での対抗、後者による世界=天下の和平と繁栄というヴィジョンがあったと松浦玲氏は言うが、そういうもう一つの近代化の綱領(テーゼ)があったというのは興味深いことである。それは、勝海舟、西郷隆盛などと共通するということだろう。西洋覇道国家による武力威嚇による不平等条約の締結、それの破棄、攘夷の断行を迫る攘夷派が、政権獲得後は、西洋覇道国家の後追いを始め、実力をつけての条約改正という、かつて幕府が取った道を踏襲したことは、アジアとの関係で様々な問題を引き起こすものであった。近代化が必ず資本主義的近代化であるというのは信仰にすぎない。ソ連も近代化しており、中国も近代化しているが、それらは資本主義が制限されたかたちで近代化している。手段はどうでもいい、とにかく近代化すればよいというなら、軍艦で乗り込んできて、幕府を開国させたアメリカのやり方も結果オーライでよかったということになる。原爆を落として大量無差別殺人を犯してもオーケーだと認め、その後、平和で豊かな国になったじゃないか、アメリカが原爆を落としてそれを早めてくれたのだから、アメリカに感謝すべきだということにもなりかねないわけだ。

都市戸籍を取れない「農民工」の生活 成長する中国の裏側
2013.01.14

 北京(CNN) 北京郊外で暮らすグオ・ジーガンさん(30)の家は、薄汚れた隣室との壁がガムテープで貼り合わされ、ベッド1つと色あせたテーブル、イスが詰め込まれた、約5平方メートルの小さな部屋だ。トイレは20~30人の隣人と共用。グオさんはここで妻と息子と一緒に住んでいる。

 質素な生活を送りながらもグオさんは、家族の生活は良くなっていると語る。

 グオさんと妻のグォ・ヤルさん(26)は、農村部を離れ都市部に移住した約2億人の「農民工」と呼ばれる人々に含まれる。過去数十年の間に何億人もの労働者が、農村部から都市部へ移住し、職を得て貧困から脱出したという。

 だが中国の戸籍制度である「戸口」制度の下では、農村戸籍の者が出身地の農村を離れると、医療、住宅、教育などの公共サービスを受けられなくなることが多い。仕事面でも、工場や建設現場、食堂などでの不安定なものが多く、農民工と都市戸籍の住民との間には大きな格差が存在する。

 中国共産党機関紙の人民日報系「環球時報」は、農民工の窮状について、「自国に住んでいるのに不法移民のような状態だと言われている」と紹介した。

 一部の学者は戸口制度を、以前、南アフリカで白人と比べ黒人の権利を厳しく制限していたアパルトヘイト(人種隔離)政策になぞらえる。戸口制度の下では、農民工は都市では一時的な居住権しか得られず、自治体の中には、その権利取得に多額の支払いを求めるところもある。

 高層ビルの外壁塗装工として毎日10時間働き日焼けした顔のグオさんの将来の夢は、いつか店を持ち、今2歳の息子を中学にやることだ。自分たちは一生高い望みは持てそうにないので、子どもに夢を託すという。

 グオさんの妻は第2子を妊娠中。中国の「一人っ子政策」に違反するものの、1500ドル(約13万円)の罰金を支払ってでも出産するつもりだ。

 グオさんらの出身農村では、都市とは異なり、高齢になっても年金をもらったり老人ホームに入ったりすることはできないという。夫妻が第2子を望んでいるのは、子どもだけが老後の頼りとなるためだ。養育費の負担は増えても最低2人は必要だと夫婦は訴える。

 農民工の不利な立場は教育でも現れる。農民工の子どもは、都市戸籍の子どもと同じ学校へは通えず、私立学校の学費負担を余儀なくされるという。

 このような私立学校の一つで教鞭(きょうべん)をとっている作家のデビット・バンダスキー氏は、都市戸籍の子どもが通う学校との教育水準の差が大きく、「私立学校」と呼べるような代物ではないと憤る。

 同氏は、教育や機会が与えられないため、農民工の子どもたちの多くが親と同じような仕事に就くという悪循環はほぼ4世代にわたり続いていると指摘。「この15~20年は、社会の流動性が低い」という。

 こういった状況が中国社会の不安定要素となっている兆候もみられる。広東省では昨年来、当局の人間による農民工への暴行をきっかけに、農民工による暴動や都市住民との衝突が発生した。

 一部の家庭では、子どもを大学へ進学させることでこの悪循環を脱しようと希望をつないでいる。だがバンダスキー氏によると、それが成功する可能性は非常に低いという。

 グオさんは、「子どもたちにそんなに多くを望んでいるわけではない。学校へ行って一生懸命勉強してくれさえすればいい。自分たちと同じような仕事や生活はしてほしくないだけだ」と胸の内を明かした。

斉明天皇6年(660年)3月 [ウィキペディア]

遣阿倍臣<闕名>、率船師二百艘伐肅愼國。阿倍臣以陸奥蝦夷令乘己船到大河側。

    阿倍臣<名前は不明>を遣わして200艘の船を率いて粛慎国を討伐させた。阿倍臣は陸奥の蝦夷を自分の船に乗らせて、大河のほとりに着いた。

於是渡嶋蝦夷一千餘屯聚海畔、向河而營。々中二人進而急叫曰「肅愼船師多來將殺我等之故、願欲濟河而仕官矣」。

    そのとき、渡島の蝦夷が1000人ばかり海岸にたまって、河に向かって、いついていた。その中の2人が進み出て突然叫んで「粛慎の水軍が多く来て私達を殺そうとしているので、河を渡って(朝廷に)仕えたいと思っています、お願いします。」と言った。

阿倍臣遣船喚至兩箇蝦夷、問賊隱所與其船數。兩箇蝦夷便指隱所曰「船廿餘艘」。即遣使喚而不肯來。

    阿倍臣は船を遣わし、2人の蝦夷を召し、賊の潜んでいるところとその船の数を問うた。2人の蝦夷は即座に隠れているところを指して、「船は二十艘あまりです」と言った。そこで、(粛慎に)使いを遣わせて呼んだが、来ようとしなかった。

阿倍臣乃積綵帛・兵・鐵等於海畔而令貪嗜。肅愼乃陳船師、繋羽於木、擧而爲旗。齊棹近來停於淺處。從一船裏出二老翁。廻行熟視所積綵帛等物。便換著單衫、各提布一端。乘船還去。俄而老翁更來脱置換衫、并置提布。乘船而退。

    そこで、阿倍臣は色とりどりの絹・武器・鉄などを海岸に置き、(粛慎に)欲しがらせようとした。そこで、粛慎は水軍を連ねて、羽を木にかけて、挙げて旗とした。(粛慎は船の)棹をそろえて近づき、浅いところに止まった。ある船の中から2人の老人が出てきた。めぐり行って、置いてある絹などのものをとくと見た。すると、単衣替えて着て、各々布を一端持っていった。(粛慎は)船に乗って帰っていった。にわかに、老人がまた来て、服を脱ぎ、あわせて持っていった布を置いた。船に乗って退却していった。

阿倍臣遣數船使喚、不肯來。復於弊賂弁嶋。食頃乞和、遂不肯聽。<弊賂弁、度嶋之別也。>據己柵戰。于時能登臣馬身龍爲敵被殺。猶戰未倦之間。賊破殺己妻子。

   阿倍臣は、いくつかの船を遣わして、(粛慎を)呼んだが、来なかった。(粛慎は)弊賂弁嶋(へろべの島)に帰った。しばらくして、(粛慎が)講和を請うたものの、ついにあえて許さなかった。<弊賂弁(へろべ)は、渡島の一部である。>(粛慎は)自分の砦によって戦った。このとき、能登臣(のとのおみ)馬身龍(まむたつ)が敵(粛慎)に殺された。まだ戦っていやにならないうちに、賊は敗れて自らの妻子を殺した。

ウォールストリート・ジャーナル(2013年 2月10日)

米、「殺害対象者リスト」拡大―アルジェリア人質事件首謀者も標的

【ワシントン】米政府高官は、3人の米国人を含む37人の外国人犠牲者を出した1月のアルジェリア天然ガス精製プラント襲撃事件の首謀者を殺害、あるいは拘束の対象とすることを検討している。

 アルジェリア人のイスラム武装組織指導者モフタール・ベルモフタール容疑者を米国の「殺害対象者リスト」に加えることは、ソマリア、イエメン、パキスタンのみで展開されてきた無人攻撃機やその他の殺傷力の高い武器を用いた米国の対テロ作戦の範囲を北西アフリカまで拡大することを意味している。

 米国はこれまで、ベルモフタール容疑者とそのテロ組織――アルカイダ北アフリカ支部からの分派――に関する情報を同盟国に提供することに注力してきた。この戦略は、イスラム系武装組織が避難地としてきた北西アフリカでの対テロ作戦において米国が一定の影響力を確保するのに役立ってきた。

 米軍と情報機関高官がベルモフタール容疑者を標的リストに載せようとしている背景には、アルジェリア軍の作戦拠点となるマリ北部で、その武装勢力がフランス軍とアフリカ軍を敵に回したゲリラ戦に突入する可能性に直面しているということがある。

 複数の米国高官によると、リビアから流れた武器で武装しているベルモフタール容疑者とその組織は、複数の独裁政権に代わってより無秩序な政府が生まれた「アラブの春」の結果として歯止めが利かなくなったテロ組織の野心と戦闘能力がいかに危険かを示す好例となっているという。

 ベルモフタール容疑者の追跡に関しては、無人攻撃機、その他の攻撃機、あるいは米軍によるより直接的な関与を求める米高官もいる。そうした作戦で頼りになるのは、米中央情報局(CIA)と軍の特殊作戦部隊だという。

 米国政府は2001年の同時多発テロ直後まで遡る期間、秘密の「拘束または殺害対象者リスト」を維持してきた。米国防総省とCIAはそれぞれ別のリストを維持しており、そこにはアルカイダの現リーダーであるアイマン・アル・ザワヒリ、イエメンを拠点とする「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」で爆弾を製造しているイブラヒム・アル・アシリ容疑者が名を連ねている。2011年に殺害される前はビンラディン容疑者の名前もあった。

 テロ容疑者を詳しく調べてそのリストに追加するのは、ホワイトハウスを代表する高官たちだという。CIAによる無人攻撃機作戦は現在、パキスタンとイエメンに制限されているので、ベルモフタール容疑者は統合特殊作戦コマンドが監督する米軍の標的リストへの追加が検討される可能性が高い。

 オバマ政権下で拡大した標的殺害計画は、人権団体の非難こそ浴びているが、米兵を危険にさらすことなくテロ攻撃を防ぐという国家安全保障戦略に対する幅広い政治的支持を反映してか、今のところ議員たちからの批判は少ない。

|

« 安倍氏、経済主義、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」 | トップページ | 民族問題など »

歴史」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アベノミクスは大衆収奪、近代史その他:

« 安倍氏、経済主義、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」 | トップページ | 民族問題など »