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安倍氏、経済主義、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」

 安倍自民党の勝利が、敵失によるところが大きかったのは、明らかである。その安倍氏だが、ウィキペディアによると、安倍首相が、奥州安倍氏が前九年の役で、源氏・清原連合軍によって滅ぼされた後、一族の一部安部貞任の弟宗任が、九州の宗像神社に預けられ、その後松浦党になった、その末裔であるという説があるという。

 嵯峨源氏渡辺党松浦氏系のものが大半だが、一部に奥州安倍氏の生き残りで、源義家に敗れ宗像の筑前大島に流された安倍宗任の子孫の安倍宗任系のものがある。

宗任は、

 四国の伊予国に流され、現在の今治市の富田地区に3年間居住し、その後少しずつ勢力をつけたために、治暦3年(1067年)に九州の筑前国宗像郡の筑前大島に再配流された。その後、宗像の大名である宗像氏によって、日朝・日宋貿易の際に重要な役割を果たしたと考えられる。また、大島の景勝の地に自らの守り本尊として奉持した薬師瑠璃光如来を安置するために安昌院を建てた。そして、嘉承3年(1108年)2月4日に77歳で亡くなった。

 その三男の安倍季任は、

 肥前国の松浦に行き、松浦氏の娘婿となり松浦三郎大夫実任と名乗る。その子孫は北部九州の水軍松浦党を構成する一族になったともいわれている。

子孫

 松浦実任(安倍季任)の子孫の松浦高俊は、平清盛の側近で平家方の水軍として活躍し、その為、治承・寿永の乱により、現在の山口県長門市油谷に流罪となった。その後、高俊の娘が平知貞に嫁ぎ、源氏の迫害から逃れる為に安倍姓を名乗った。その子孫とされる著名人に政治家の安倍晋太郎・安倍晋三親子がいる。安倍晋三は内閣総理大臣にまでなった。

 安倍宗任を預かった宗像氏は、女神三神(市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命 (たぎつひめのみこと))を祭神とする宗像神社のあるところの領主だった。厳島神社も同じ祭神(宗像三神)を祭っている。宗像三神は、記紀では、天照大御神と須佐之男命の契約(うけい)で生まれたとされている。海の民に信仰された神である。この宗像信仰について、五木寛之氏は、宗像は胸方ともいうことから、胸に刺青をして潜水漁をする海人系の人々の信仰ではないかと述べている。潜水して漁をする倭人の話は『魏志倭人伝』に出てくる。倭人は全身にイレズミをして海に潜って漁をすると書いてある。この点と、呉越同舟の故事で知られる中国春秋時代の呉の人々が全身にイレズミをして素潜り漁をしていたという記録もあることから、呉人の日本列島への渡来(水稲の伝来)を唱える人もある。稲には陸稲と水稲があり、水田を作って栽培する水稲は、「古く見積もれば今から3000年ほど前のことと思われる」(季刊『東北学』第11号所収「栽培植物の渡来からみた「いくつもの日本」」 佐藤洋一郎 柏書房 2005)外来のものであるという。それ以前から、焼畑で作る陸稲があった。

 五木寛之氏の『サンカの民と被差別の世界』の最初は、山の民=サンカを題名にしながら、瀬戸内海を本拠地とした村上水軍という海人の話から始まっている。村上水軍は、瀬戸内海中央部の芸予諸島の能島(のしま)、来島(くるしま)、因島(いんのしま)の三島に本拠を置く海人集団で浄土真宗の信徒だという。五木氏は、瀬戸内の島出身の沖浦和光氏の説を受けつつ、海民と、柳田国男が言う「常民」=農民は、祭神も異にし、その間にはあまり交流がなかったと述べている。しかし、柳田の『遠野物語』には、山人と海人の交流の話がいくつか出てくる。それに、宮本常一の『塩の道』にも、塩を通しての海人と山の民との交流・交通の話がメインテーマとして出てくる。『東北学』では、そういう海と山との交流のことも取り上げられている。五木氏は、この段階では、「常民」と「常民」外の海人との関係を、差別―非差別の関係として強く意識していたのだろう。農民が封建的身分制を内在化させていて、その秩序の崩壊に恐れを抱いたことは、「身分解放令」反対一揆が明治初期に発生したことに伺える。

 現代日本の主流思想は、1960年代高度成長期の池田勇人政権に代表される近代化論、経済・生活主義、生産力主義(能力主義)、成長主義、だと考える。そこにはいろいろな変形物があるけれども、基本は経済主義であり、60年安保闘争のような政治主義の否定、経済第一、それ以外は二の次とする、あるいはそれに奉仕すべきであるとする態度の源泉は高度成長期に作られ、それをエートスとして民衆の心に内在化させたのは、もちろんマスコミもあるが、創価学会を始めとする新興宗教の欲望肥大化の煽り、経済主義の礼賛、等々ということもあった。それらの信仰が物的利益の拡大に結実し、それが幸福を導くとする教導は、禁欲的な勤労奉仕、企業への従属などの資本への労働者民衆の奴隷化=臣民化をもたらした。60年安保闘争は、それを主導したブント系全学連が、経済主義を批判し、政治主義をもって、運動を牽引したといわれる。安保を潰すことは、経済的豊かさを実現することにつながることを別に保証するものではなかったからである。ただ、当時、ソ連型の計画経済の方が経済的豊かさをもたらすという幻想にとらわれた人も多くいたかもしれない。とにかく、高度成長期に入ると、経済的豊かさが第一義の価値であって、それを実現するものはマル、それを妨げると見做されるものはバツ、という価値判断が一般化する。労働組合のストライキはバツ、企業管理の強化(QCサークルなど)はマルといった具合に。歴史観では、ライシャワーやロストウなどの近代化論である。これが保守本流の基本思想であり、思想的主流派である。それに対して、安保優先や軍事優先や政治主義や道徳主義などは、非主流である。

 しかし、高度成長も終わり、経済の停滞状況が長く続き、これまでの価値観では経済的豊かさの基礎も維持し難くなってくる時代に入り、アフリカでは帝国主義的分割戦が再浮上してくるという状況が見えてくる。今は、過渡期であって、高度成長時代の最後を飾ったポスト・モダニズムも過去のものとなりつつある時代である。基底的な価値基準である高度成長主義・経済主義・生産力主義ではない別の価値基準をたて、思想を形成すべき時である。今は過渡的な混沌状態にある。ポスト・モダン思想の幻想ははげ落ちているし、今はそれを見ぬくのは昔に比べて簡単になっている。90年台のブームから20年以上も過ぎているのだから当たり前と言えば当たり前だが、いずれにしても、そういう古い思想にしがみついていても仕方がないと思う。

 では、それに代わるものは何か。それは、現存の諸関係、世界をリアルに認識し、それを根本的に変革できる具体性を持った思想であり、虚偽意識が人々を搾取・抑圧から解放できない以上、それを暴露し、人々を搾取・抑圧・差別などの軛(くびき)からの解放に導ける思想である。

 話は変わるが、古田武彦氏は、『真実の東北王朝』で、記紀で、神武東征を一旦打ち破った後、熊野から大和盆地に入ってきた神武軍に滅ぼされた長脛彦(ながすねひこ)の兄の安日王(あっぴおう)の子孫を名乗る(安倍→安東(藤)→)秋田氏の秋田孝季(たかすえ)が「神は人の上に人を造らず、亦、人の上に人を造り給ふなし」と『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』の「荒覇吐(あらはばき)神之事」で述べていることを引いて、これが、福沢諭吉が明治5年の『学問のすすめ』で有名な「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」の元であると述べている。しかし、例えば、ウィキペディアの「 学問ノススメ 」の項を見ると、以下のようにある。

 江戸時代末期から明治時代にかけて、西欧文明が押し寄せてくるのに先立ち、福澤諭吉はその著書『西洋事情』で、「千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州独立ノ檄文」としてアメリカ独立宣言の全文を和訳して紹介した。

   天ノ人ヲ生スルハ、億兆皆同一轍ニテ之ニ附與スルニ動カス可カラサルノ通義ヲ以テス。即チ通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ他ヨリ如何トモス可ラサルモノナリ。人間ニ政府ヲ立ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初テ眞ニ権威アルト云フヘシ。政府ノ処置此趣旨ニ戻ルトキハ、則チ之ヲ変革シ、或ハ倒シテ更ニ此大趣旨ニ基キ人ノ安全幸福ヲ保ツヘキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟タスシテ明了ナルヘシ
                            『西洋事情』初編 巻之二

 このうち、冒頭の章句および思想は、後の『学問のすすめ』初編冒頭、に引用され、人々に広く知られるところとなった。

 さらに、この言葉で調べると、以下のような説明がある。

「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」という一節はあまりに有名である。
 誤解されることが多いが、この「云ヘリ」は現代における「云われている」という意味で、この一文のみで完結しているわけではない。しかも、この言葉は福沢諭吉の言葉ではなく、アメリカ合衆国の独立宣言からの引用である。

この引用に対応する下の句とも言える一文は、

「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」

である。つまり、

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」

ということである。

 「云えり」は確かに伝聞であることを意味している。素直に取れば、聞いた元の言葉があるはずだ。それは、「アメリカ合衆国独立宣言」だというのが、ウィキペディアでの説明で、該当部分を示しているが、意味は同じようなものだというだけで、文章はまったく似ていない。それに対して、古田氏が引用する『東日流三郡誌』の部分は、文章自体が似ている。偽書説に立つ人は、これを福沢諭吉の『学問のすすめ』を知る後代の人のでっち上げだという。偽書かどうかは別にして、しかし、こんなに似ていないアメリカ合衆国独立宣言の一文と福沢の書いた一文を目にして、後者が前者の引用だと決めつけることは簡単にはできないのではないだろうか。吟味が不十分なまま判決を下す(判断)することは間違いのもとになる。

 もう一人変わり種の横井小楠がいる。彼は、幕末に、朱子学という徳川幕藩体制を支える保守・守旧派の大元の思想家の言葉にかえり、それを彼流に解釈しなおして、現実変革に使え、保守を打ち破る解放思想にした人である。しかし、松浦玲氏の『横井小楠』はまだ途中なのでここまでにする。幕藩制の守旧理論も解釈し直すことで、変革思想に転ずることができるのである。それはマルクスについても言える。だから、武器としてそれを手放さないことである。だいたい被支配階級の持ってる武器、使える武器は貧弱なのが普通であるから、手持ちを多くすべきなのである。支配階級がまずやることは被支配階級の武装解除である。それには思想的武装解除も当然含まれる。国学派の影響は強く、明治維新後には神祇官が置かれ、太政官よりも上に置かれたこともあった。神官が官僚の上に立つというかたちである。しかし、それはまもなく逆転し、国学派はかなり政権中枢からは除かれた。かれらが推進した神仏分離では、例えば、広島の厳島神社で習合されていた弁財天を分離し寺に移すというようなことが行われた。その弁財天は、日本三大弁財天に数えられるほど多くの人びとの信仰を集めているという。明治の支配階級は、民衆の信仰世界にも積極的に介入し改変を加えたのである。日露戦争後の神社合祀に際しては、南方熊楠が反対運動を展開し入牢したが、それに呼応して政府内にいた柳田国男もかれなりに抵抗を試みている。

 なんだかまとまりがありませんが。

 (追記)

 アメリカ独立宣言の原文の該当部分は以下である。福沢が「天」と訳したところは、CREATORと大文字で書かれ、他の現代語訳では「創造主」と訳されている。それはキリスト教のGOD=神を意味する。当時当然のことながら、「神」という言葉は日本にあり、それを「天」と訳したのは、当時の人々に理解しやすいようにとの配慮かと思われる。しかし、神と天は異なる概念である。また、福沢の「天は云々」のところの元になったとされる下線部は、「全ての人は平等に造られている」であり、それは「創造主」によって授けられたというのである。

We hold these Truths to be self-evident, that all Men are created equal, that they are endowed, by their CREATOR, with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness.--That to secure these Rights, Governments are instituted among Men, deriving their just Powers from the Consent of the Governed, that whenever any Form of Government becomes destructive of these Ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its Foundation on such Principles, and organizing its Powers in such Form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness. Prudence, indeed, will dictate, that Governments long established, should not be changed for light and transient Causes; and accordingly all Experience hath shewn, that Mankind are more disposed to suffer, while Evils are sufferable, than to right themselves by abolishing the Forms to which they are accustomed. But when a long Train of Abuses and Usurpations, pursuing invariably the same Object, evinces a Design to reduce them under absolute Despotism, it is their Right, it is their Duty, to throw off such Government, and to provide new Guards for their future Security. Such has been the patient Sufferance of these Colonies; and such is now the Necessity which constrains them to alter their former Systems of Government. The History of the present King of Great-Britain is a History of repeated Injuries and Usurpations, all having in direct Object the Establishment of an absolute Tyranny over these States. To prove this, let Facts be submitted to a candid World.

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