« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

生き生きとした唯物論的主観の活動 鈴木正氏の加藤正論

 白川静氏『文字講話Ⅲ』(平凡社)、ビルマ関係2冊、鈴木正氏『日本思想の遺産』(こぶし書房)、『東北学』23号、五木寛之氏の本、そして、『服部之総著作集』(理論社)。

 このうち、鈴木正氏の同書の中の「5 知識人の復辟」の加藤正論が興味深い。鈴木氏が言うように、知識人論をマルクス主義的共産主義の中に再定置したのは、イタリア共産党創始者の一人のグラムシである。鈴木氏によれば、グラムシは、〈哲学的運動〉を構想したのだが、それは、「知識人のための専門的教養を発展させることにのみ専念する立場でなく、「素朴な人々」との文化的接触を通じ、個性的な哲学とおなじ首尾一貫性と気力をもつ、更新された常識となりうるような哲学を彫琢することによって、同時に「歴史」でも「生活」でもあるような哲学に自己革新することであった」(172ページ)。それを証するグラムシの以下の言葉を氏は引用する。

実践の哲学は「素朴な人々」を常識というかれらの素朴な哲学のなかにとどめておくことをめざすのではなくて、逆に、かれらを高次の人間観に導こうとめざすのである。それが知識人たちと庶民との接触の必要を主張するとすれば、それは科学的活動を制限し、大衆の低い水準において統一を維持するためではなくて、まさに、知識人のわずかな集団ばかりでなく大衆の知的進歩をも政治的に可能ならしめる知的・道徳的ブロックをうちたてるためである。(172~3ページ)

 マルクス・エンゲルス、レーニンと共にグラムシをかなり読んだが、氏のように、グラムシのドイツ観念論摂取を閉じた歴史的環として理解すべきか、運動する歴史的過程としてとらえるかというふうに問をたてたことはなかった。後者以外に読みようがなかったからである。レーニンの『哲学ノート』でも、終わりなき弁証法的運動としての主観という観点がはっきり示されていて、それを継承してきたのである。まさに主観とは弁証法的に認識の発展する歴史的運動であり、実践である。それは、マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』に明確に示されているもので、加藤正はそれを正しく掴んだ人である。

 加藤正は、「弁証法的唯物論の道」で、「理論的に思惟することのできない人間を一般に俗人と名付けるなら、弁証法的唯物論が自己の運命を俗人の手に委ねて来たことが、従来の左翼哲学界を支配し来った渾沌と無力、酩酊と讒言の現実的理由であった」(『加藤正著作集』第1巻 ユニテ社 41ページ)と述べている。加藤正については、『情況』2009年6月号所収「フォイエルバッハ・テーゼについて」(流広志)で書いた。鈴木氏は、党派性論争を整理しつつ、加藤批判者たちが、理論に対する政治の優位の立場に立っていたとしている。これは今日でも重要な問題である。それに対してレーニンはどうだろうか。よく聞かれる解釈ではレーニンこそ党派性論者であって、理論に対する政治の優位を強力に主張したかのように描かれることが多いように思うが、さにあらず。鈴木氏は、「本来、科学的社会主義を性格的特徴とするマルクス主義は、このような合理的な吟味と研究の方法を基礎とする実践の論理であった」(181ページ)として、「支配階級の文化と思想の限界を除去し、それをあらたな高い総合をもたらすためには、反対にたえざる知的辛酸によって、あらたな既存の文明を吸収し、その階級的・技術的制限を克服することによってしか継起的に近づきえないはずである。マルクス主義をふくめてあらゆる認識の過程に、すっべてこのようにして、より高い段階、より一層客観的な真理に到達するのである。そこでは、政治的権威や指針による代位など、すこしも効果がない(同)と述べる。レーニンもそうだったと氏は言う。

 1905年以後「マルクス主義哲学の一兵卒」とみずから称して、謙虚な学問的出発をしたレーニンは、このことをよくのみこんでいた。彼は党の方向と哲学の方向は、そのまま単純かつ直接的に同一ではなく、ときには、その関係は分岐的であるとさえみなしていた。勿論、当時の党内の理論的伝統と現状に制約されてのことだろうが、1908年4月のゴーリキー宛の手紙では大胆にも「哲学論争を党活動全体から分離することに賛成したい」とまでしるしている。(同)

 そして、加藤を擁護して、唯物論の命題を述べる。「認識とは人間の頭脳の精神的連関のなかへ対象をうつしとることである」。「だが、それは機械的登録や複写といったような受動的現象ではなく、むしろ仮説・実験・検証といった本質的に能動的な相を含んだ手続きをへて、事物を反映するのである。この場合方法とは、どこまでも諸科学によって分析された諸規定を内的に連結させた理論的概括からうまれたものである。そのため精神ないし意識はどこまでも〈空白な書板〉ではなく、認識の段階に応じた科学的抽象により、一定の全体化の形式を備えている」(184ページ)。

 理論的思惟は、自己が辿る事物それ自身の固有な内的必然的発展を与えられて、自己を唯物論が弁証法として立した。この思惟は、自己の中に、自己が辿り得た限りでの世界の内的展開に相応じて、自己自身の展開性を蓄積する。(「弁証法への道」)

 ここから、氏のフォイエルバッハ・テーゼの見事な解釈が続く。マルクスの「哲学革命」は、「自己を絶対的前提とし、他を捉えるが、他によって捉えることのできない主観」(185ページ)、「主語となっても、絶対に述語とならないものを世界から追放し」「恣意の主観を認めない」と宣言した哲学的事件だという。そして、現代的唯物論の立場を以下のように主張する。

 自己意識が、最高の世界把握だなんぞという呪文めいた主張は、仮りに、その直観が現実のあらたな生成をなにほどかは開きしめしていることがあっても、それはあくまでも非合理なものにすぎない。むしろ非合理なもののなかへつきすすみ、闘争の過程でそれを合理的連関の網に変換してとらえるのが現代唯物論の立場である。(185ページ)

 それから、鈴木氏は『経済学批判序文』の有名な命題などを検討しているが、おおむね私の考えと一致する。そして、氏は、加藤正の主観論を以下のように要約している。

 彼は『「フォイエルバッハについて」第一テーゼの解釈』や「主体性の問題」でもってsubject(主観または主体)の全範囲は、人間の実践的活動と完全に等しく、対象の主体的把握とは、まさしく人間の感性的活動そのものを対象とし、かかる主観的・活動的形態のもとにおける対象をば、抽象的・思弁的にでなく、具体的・現実的にとらえることだと解釈した。(189ページ)

 このことは、まさにマルクスの「フォイエルバッハ・テーゼ」第10テーゼの「ふるい唯物論の立場は市民社会であり、あたらしいそれの立場は人間的社会あるいは社会的人類である」という時の社会が「人間実践の総体であり、そしてまたこの対象的活動の全所産」(同)であることを踏まえて理解されねばならない。すなわち、主観の活動は、直観、意志、意欲でもあり、その対象的活動の把握が理論思惟の活動なのである。こうして従来、観念論が理論的思惟の活動を観想的立場に押しとどめていた限界を突破する道が開かれたのである。かくして、理論思惟の活動性、能動性はエネルギッシュな実践として解放された。レーニンが『哲学ノート』で示したように、「生き生きとしたもの」「生動的なもの」、弁証法的運動=生き生きとした実践として解放されたのである。

 〈付〉

 いかに原発推進、再稼働推進、新規建設推進の安倍政権でも、人々に根ずく脱原発意識には勝てないことを示す記事である。脱原発派の勝利といっていい。もちろん、福島の地元の意思も固く強かったということである。この間の脱原発運動の高揚が、それを後押しするのに役立ったことは言うまでもない。大衆の勝利、安倍の敗北である。

東北電、浪江・小高原発新設撤回方針 地元理解得られず(2013年3月28日朝日)

 東北電力は28日、福島県浪江町と南相馬市で計画していた浪江(なみえ)・小高(おだか)原発の新設を撤回すると発表した。誘致を図っていた両市町は東京電力の福島第一原発事故後に建設反対に転じており「地元の心情を踏まえると困難」と判断した。福島事故後に電力会社が原発新設を撤回するのは初めて。

 浪江・小高原発の計画発表は1968年。計画出力は82・5万キロワット。福島の事故後の2011年12月、浪江町議会が誘致を白紙撤回する決議をし、南相馬市議会も建設中止を求める決議をした。それぞれの首長も立地への反対を表明した。東北電力は昨春、それまで「16年度」としていた着工時期を「未定」に変えていた。

 東北電力は、断層問題を抱える青森県東通原発を15年7月に、東日本大震災で被災した宮城県の女川原発は16年度以降に、それぞれ再稼働させる計画だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白川静氏、漢字と神話とイデオロギー

 白川静氏の『中国の神話』(中公文庫)を読んでいたら、面白くなったので、白川さんの『文字講話』(平凡社)も読み始めた。何が面白いかと言えば、漢字には、元の絵文字の形態が残されていて、物語が読み取れるからである。絵文字は、古代エジプトにもマヤ文明にもある。だから、文字は画像から始まったわけである。西欧の言語学は、音声文字という後代に生まれて発展した文字をベースにしていて、それを当然の前提としているため、デリダが言うように、それは音声中心主義なのだけれども、漢字を多く使う日本では、それは半ば当たっているという程度にすぎないことがわかる。言葉の音声の発生と字の発生はどのように関連しているのかという疑問が起きた。

 中国古代国家で、殷という国があるが、殷の人々は文身、つまり入れ墨をしていた。これは、海人の風習で、殷の人々は元々山東半島のあたりにいて、それが内陸へ移ってきたのだろうということだ。魏志倭人伝に倭人が入れ墨をして潜水漁をしていたという記述がある。だいたい、建国後の殷は現在の河南省安陽市あたりにあって、その近くには、羌族や苗族などの南方系の部族がいたようだ。羌族は後のチベット族であり、南方系はいくつもの部族に分かれ、今の東南アジアにもいるようだ。

 殷王朝はおそらく沿海民族であったであろうと思います。かれらは文身、入れ墨の習俗を持っておりました。入れ墨の習俗をもっておりますのは、沿海民族だけであります。奥地の民族にはないんです。それからかれらは、貝をこの上ない宝物としております。貝も勿論海からとれるものであります。どこから手に入れたかわかりませんが、おそらくは琉球辺りのものが運ばれていたのではないかというふうにも、考えられているのです。その殷の文化が、やがて中原に入り、華北を制し、ついに陝西にまで勢力を及ぼして、一大王朝を築くのであります。それで中国における神話の形成というものは、こういう周辺の文化、そういう周辺の文化に促されながら、中央の覇権を目指して西に進んでいった「龍山文化」と、それぞれの民族の壮絶な戦いの上に、神話が展開されるのです。(『白川静 文字講話Ⅰ』 平凡社 205~6ページ)

 漢字と言えば白川静氏ということは頭にあったが、実際、読んでみると、とてもわかりやすく語り書く人であることがわかった。それは氏の経歴に関係しているのかもしれない。

1923年、順化尋常小学校を卒業後、弁護士廣瀬徳蔵(大阪府会議員を経て立憲民政党代議士)の事務所に住み込み勤務し、成器商業夜間部(現大阪学芸高等学校)に通う。この時期に廣瀬の蔵書を読み漁り漢籍に親しみ独学していった。1930年京阪商業卒業。
立命館大学専門部国漢科(夜間)を1936年に卒業、在学中より立命館中学校教諭に、1941年に立命館大学法文学部漢文学科に入学。同大学予科・専門学部教授となる。(ウィキペディアより)

 基本的には労働しながらの独学のようである。政治的立場は、穏健な立憲君主論者のようだ。それから、氏の漢字学にもいろいろと批判があるらしいが、それは当然のことである。研究が進めば、学知は変わる。それはべつにいい。新しいものを作り上げる独創性を持つ人は、そういうものである。こういう独創的な人が出なければ、アカデミズムという蛸壺の中では「知」は窒息してしまうだけである。独創的に学知を発展させるのには間違いがつきものであり、その間違いを正すことが学知を新たにし、発展させるのである。ただし、基本的な方向性とか基底的着想とか、アイデアとかの独創性がそれを新知へ導くのであり、それがヘゲモニーの役割なのである。独自のもの、新しいもの、真実性を保っているイデオロギーを形成する必要があるのだ。白川静氏は、そういう役割を果たした人であったようだ。

 かつて、大日本帝国は、明治維新から文明開化・近代化の道を歩んできた。しかし、あの15年戦争で、総力戦体制を築く中で、人にして神の現人神イデオロギーに則り、現人神を奉じて、神風特攻にまで至った。それまで取り入れ学んできた西洋の学知は、現人神信仰に屈服せしめられ、消し飛んでしまった。近代国家を目指したはずの明治国家は、最後には、祭政一致の神道国家として世界戦争に参入するはめになった。この不思議を解かない立憲君主制論などはまったくリアリティーがない。そういう立場の労農派は、マルクスのフランス三部作をきちんと読んでないに違いない。その三部作で、マルクスは、フランス革命で手に入れた小さな農地を、その後の近代化(資本主義化)の中で高利貸しに差し押さえられ失っていった小農民たちが、土地を与えてくれたと観念するナポレオンを神格化し、その幻想を作り上げ、信仰し、その信仰で、大ナポレオンの甥のルイ・ボナパルトを独裁者に押し上げたことを見事に描いている。経済的諸関係の土台と神話や宗教やイデオロギーという上部構造との関係を総合的に解明しているのである。近代もまた神話や宗教、イデオロギーによっても作られており、動いているのである。だから、運動からイデオロギーを抜けば、支配的イデオロギーに取り込まれるだけになり、現在ならブルジョア・イデオロギーの支配に屈することになる他はないのである。そうなれば、イデオロギーを創造する自由をなくし、自由な個人でなくなる。そうならないためには、解放的なイデオロギーを形成してそれを自分の中に持たねばならない。しかし、そういう解放的イデオロギーもそのままだといずれ虚偽意識へ転化してしまいかねず、たえざる自己批判と作り変えをし続けなければならないのである。それが難しい。一度成功すると、それをずっと手放すことができなくなりがちだからである。それと流行を追うというのとは区別しなければならない。これも難しいが、是非とも挑戦し続けなければならないことである。変わらないのは、ごく大まかな理念である。つまり、革命とか共産主義とか共同体とか平和とか解放とか自由とか平等などなどの理念である。これらは断固として掲げ続け、守り続けなければならない。しかも、革命的に。そして、用語の意味がずいぶん適当に使われるようになったけれども、左翼的な意味で。これらは非妥協に、死んでも守りぬく覚悟である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

社会運動の自己反省 大野和興氏

  3・11から2年目となる。あの日を境に世界は大きく変わった。時に、何も変わらないという人がいる。しかし、そういう人は、自分=世界という自己同一のイデオロギーの中に閉じ込められているので、自分は変わらない、だから世界は変わらないと思い込んでいるのである。3・11前まで自由に入れた地域に今は入れないというだけでも世界は変化した。それ以外にも多くのものが変わった。とある学者さんと雑談した時に、話が、3・11後の福島のことに及び、これから福島の人は広島や長崎の被爆者と同じく差別されるようになると言われた。たぶんそうだろうと思ったので、差別について調べたり考えたりしてきた。

 東北の歴史を振り返ってみると、東北戦争(戊辰戦争)で敗れた後、勝者の西国・西南・東海・関東諸地域から近代化が進められ、東北は後回しにされた。敗戦後の戦後復興から高度経済成長は、太平洋ベルト地帯の産業開発から始められた。東北の農村は過剰人口を首都圏の労働力として送り出した。過疎化が問題になり、原発などの巨大施設が誘致される。

 マルクスは、人間の欲求の多様さを強調した。人間の全面的発展が共産主義の目的である。それには自然との関係も含まれている。現代大都市は、徹底的に自然を排除し、自然関係を遮断し、そうした欲求を満たせなくした。人工的な都市生活を満たすために、膨大なエネルギーを必要とし、それが巨大な発電所を必要とさせている。自然の享受を人間生活に必要不可欠のものと考えるならば、それと正反対の生活を余儀なくされていることになる。田舎暮らしが長かったせいか、都市は目的なしには住みにくいところで、とうてい人間的な生活の場とは思えない。都市で生まれ育ちながら、自然の中での生活を求めて、福島へ移住してきて、原発事故に会い、脱・反原発運動に参加している人もいる。

 運動は空前の規模に達したし、脱原発意識は人々の多数に根付いている。自民党政権の勝利は、原発を争点にしたからではなく、別の要因によるところが大きい。自民党安倍は、選挙中は、原発問題を曖昧にしておいて、政権獲得後に、再稼働を言い出したのである。福島の自民党県連は、福島県議会での脱原発決議に賛成しており、福島県内で自民党議員が衆議院に多数当選したといっても、原発推進を支持したわけではない。もしそれが騙しだというのなら、騙した方が悪であり、正義に反するので、当然、その責任を追求されねばならない。『平家物語』の冒頭の、「おごれるものは久しからず、盛者必衰のことわりをあらわす」に示された日本の歴史観にある自然発生的な弁証法の萌芽の意識どおりになるのである。

 たまたま目にした『人民新聞』No.1467に、農業ジャーナリストの大野和興氏の「人々の暮らしから離れている社会運動の弱さが露呈した」という文章が載っていたが、興味深かった。大野氏は、今の社会運動の弱点を指摘しているのだが、大野氏は、選挙結果を見て、脱原発運動に何十万人の人が結集したのに、なぜ、原発推進派の安倍自民党が大勝したのかと疑問に思ったという。TPPは争点はずしされた。というのは、反TPPの農協に対して、交渉参加を考えるという程度に答えただけだからだ。民主党にも騙されなかった選挙民が、自民党にも騙され続けることはありえず、北海道農協はTPP反対を決議した。安倍の再稼働容認発言に対しては、福島の被災地の首長が反対や不快感や疑義を表明している。ただ、これは、すでに福島原発の廃炉を求める県議会決議をしている福島県では今のところはリアルな争点ではない。

 大野氏は、選挙結果を、「負けは負けなのだ」といさぎよいが、負けの原因を、社会運動のシングルイシュー主義にあると言う。総選挙直前の11月に、氏は、反TPPの社会運動の中で、「「人々が安心して生きる基盤を壊すTPP反対を憲法の平和的生存権と結びつけて、護憲・脱原発・反TPP・普天間・オスプレイ・反貧困を大きくくるむ陣形をつくるべき」だという話をしたのだが、「ここは反TPPシングルイシューだから」と一蹴された」という。似たようなことが、脱・反原発運動の中でもあった。脱原発一点での結集は、初期の脱原発運動への人々の結集を進めるのに役立つやり方であったかもしれない。その昔、菅孝行氏が、シングルイシューを社会運動のやり方としてプラス評価していたことを思い出す。しかし、どんなやり方であっても、条件次第なのであって、永久にそのまま使えるものではないということぐらいは、誰でもわかることである。なんとなくだが、菅氏も、今は、シングルイシュー主義者ではないと思う。脱原発運動のこれからの発展にとって、シングルイシュー主義はどうなのか? すでに虚偽意識になってしまったというのが大野氏の主張であろう。

 例えば、ケインズ主義は、使える時は、使えて、経済成長の役になったのかもしれないが、公共投資に乗数効果が出ないということで、自民党政権が投げ捨てたものである。それなのに、自民党野田聖子議員は、「公共投資のどこが悪いんですか?」と開き直っている。前にやって駄目だったのが、今度は成功するというのは、どこがどう変わったからそうなったのかの説明なしである。公共投資イデオロギーは生きているのである。しかしそれも虚偽意識としてであろう。

 そして、大野氏は、当然誰でもわかることを指摘する。「この世界も、暮らしも、シングルイシューでできあがってはいない。全て根っこでつながっている」。そのとおりだ。どうしてそんな当たり前のことが社会運動で無視されているのか。「だが、社会運動はいま、それぞれのシングルイシューにとらわれ、くらしの総合性を見ていない」。「くらし」という言葉を「生活」という言葉に置き換えて見れば、マルクス・エンゲルスが『ドイツ・イデオロギー』で言ったことと同じことになる。社会はつながりでできているということである(社会諸関係)。そこで、社会総体の変革が必要となり、そのイデオロギーが必要ということになる。そしてヘゲモニーが作られねばならない。そうなれば、言葉はそうでなくとも、コミューンとか党の領域に直面することになる。コミューンでとどまれば、アナーキズムでも認めるところで、ここまでは共同できる(アナーキズムは、思想哲学的には、フォイエルバッハの直観的唯物論以上には進まないし、進めない)。そこでとどまれば、その先、その未来に進めない。しかし、革命はそれを求める。全てを準備した上で革命に入ることなどないし、多かれ少なかれ、革命は自然発生的に始まり、進んでいく。その中で、未来を描いていくのである。それは未来に開かれている。だから、大野氏が言うように、部分にとらわれていては、「当然、社会運動の主張は人びとのくらしの根っこには届かない」のである。

 そして、大野氏は、「自身への反省を込めていうのだが」と自己反省の意識をもって、「選挙結果が示したのは、くらしに根っこを持たない社会運動の弱さである」と言う。問題は、この「くらしの根っこ」が生産・消費などの全社会関係を指すものかどうかである。日本は食料自給率が低く、他国から食料品を輸入している。この社会が消費する食料を外国の生産者が生産しているのである。この生産をこの社会とつながっているものとして捉えた上で、社会運動のシングルイシュー主義の限界の明確化→克服、そして総合性への転換を構想しなければならないのである。一般市民運動が、世界性と被災者の特殊性・具体性とを都市市民という主体的共通性を媒介につなごうとして、そうした市民性が成立する基盤の小さい福島でそれをそのまま同心円的に拡大しようとすれば、あまりうまくいかないのは当然である。それぞれの具体的な違いを認識し理解し、認め合いつつ、共通性を探りつつ繋がりを作っていき、アイデンティティーが相互に変化するような結びつきを運動で作っていかないといけないのである。運動の中、闘いの中で、形成される新しいアイデンティティーの共通性を持つ主体をプロレタリアートと名付けるならば、そうしたプロレタリアートの自己解放運動こそが、革命運動と言うべきものである。社会解体状況は、革命過程に必ず存在するが、それは主体のアイデンティティーの組み換えが起こる流動的な状況でもあるからである。安丸良夫氏の論考で、世直し一揆の際に、男が女装し、女が男装したりする、アイデンティティーが変化する祭(政)という政治の原基とも言うべき姿が現れるのが示されている。

 大野さんほどの大ベテランから、こうした自己反省的な社会運動の内在的批判が出てきたことは大いに意義がある。福島主体形成運動は、長期を想定したもので、福島のチェルノブイリ化を予想すれば、そうならざるをえない。1年目はともかく、2年だからといって特にどうということもなく、命がなければくらしもへったくれもないので、命を見据えて、息の長い運動をやる主体を一人でも多く創造すべきだという考えである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

原発推進者IAEA、大衆運動の原則等々

 白川静氏『中国の神話』(中公文庫)、沖浦和光氏編の『被差別部落一千年史』(岩波文庫)に入る。

 松浦玲氏が『日本人にとって天皇制とはなにか』(辺境社発行)で、日本人の歴史認識を司馬遼太郎の歴史観にみているのは興味深かった。学者が形成している日本人の歴史認識というのは、大衆のものになっておらず、かけ離れていることが多いのである。大衆の歴史認識を見るためには、司馬遼太郎の歴史小説を読まねばならぬというのが松浦氏の主張だが、参考になる。司馬遼太郎を学問的に批判するのは簡単なのだが、問題はイデオロギーなのである。松浦氏は、イデオロギーはなくせないものだと言っているが、それは正しい。イデオロギー批判はできるが、それでイデオロギーをなくすことはできない。ちょうど、『ドイツ・イデオロギー』(マルクス・エンゲルス)の勉強会をやっているので、ド・イデを読み直してみると、以前読み飛ばしていたようなところにも目がいくようになるが、その一つで、ド・イデには、共同幻想は最初は真実だがその後虚偽イデオロギーになるというようなことが書かれている。

 また、あらゆるイデオロギーを否定するシュティルナーをマルクスは「聖マックス」と呼んで批判するが、それもそのはずで、シュティルナー的な孤立無援の個人の自由は、「あなたは、どうやって飯食ってるの?」という子供でもわかる疑問に、まともに答えられない貧相なものなのである。自分で作らなきゃ、誰かが作ってるんでしょ! ということで、生きるためには、したがって個人を個人として再生産し、維持するためには、生活の必要を満たさねばならない。したがって、生産、分配、社会なしには、批判も文句も言うこともできないということがわかる。だから、シュティルナー的個人は、永遠の体制内反対派、ただの文句言い、批判的批判家にしかなりえない。後は自給自足でもやるほかないが、それならインドの聖者や一部の仏教徒のような前例がある。それでも、誰かが、シュティルナー的隠遁者の命を再生産するために働いている。キリスト教の修道院なら、共同生産・共同分配、共同生活で、共同で他者と結びあい、関係し合っている。『ドイツ・イデオロギー』で再確認したのは、歴史観のところで、かれらは、やはりヨーロッパ人だから、ギリシャ→ローマ→ゲルマンというヨーロッパ史を、世界史をイメージする際の土台としているので、日本史や中国史などとはずいぶん違いがあるということである。それから、宇野理論では、19世紀イギリスを純粋資本主義の典型として資本主義像を描くので、その他の地域の歴史と合わないということを再確認した。

 脱原発運動への結集も、去年に比べるとずいぶん減ってきているのは誰の目にも明らかである。それから、いろんなものが見えてきたが、例えば、セクト主義、セクトのために運動があるという転倒した立場をとるものがあったり、総括は他者に理解されてこそ、はじめて総括としての役割を果すということを忘れて、時間さえたてばなんとかなると思っているあまい考えの無総括。党派性は、党を名乗らないものにも存在する。ノンセクト・セクトなど。共産党のセクト主義は昔と変わっていない。三派全学連排除の主張をし、運動を分裂させ、大衆運動の中で、独自組織・独自行動に走った時と同じなのである。闘う者への敵対と妨害を行い、権力と闘う者を平気で権力に売り渡す。「歌って踊って」「学生の本分は勉強だ」と体制べったり。唯一絶対正しい共産党という独善性。闘う者、意識の高い者ほど共産党をやめ、離れていく。

 大衆運動の原則は、上野千鶴子氏が強調する当事者主権(ただし、これは当事者独裁でもなければ、当事者独善でもない。また、他にも留保すべき点があるが……)、統一・団結のできるだけの優先、一切のセクト主義的分裂策動の拒絶。何のためのセクトか、何のための運動かが曖昧化し、セクトのためのセクト、運動のための運動となったら、それは悪しきセクト主義にしかならず、歴史的にそんなものが一時的成功以上のものをなしたことはなく、自ら身を滅ぼしてきたのである。そんなものは小グループに縮小せざるをえないことは明らかだ。

 『共産党宣言』での共産主義者の定義、ちょっと先を見通せて、運動の絶えず推進するプロレタリアートの一部分というのは正しい。運動の総体の利害を代表し、部分を代表するのではない。プロレタリアートの統一と団結の発展を利益とし、運動内の特定の党派の部分的な利害を代表することはない。それは闘いの目的のためであり、革命のためである。党はその手段の一つである。手段は目的に適う場合にのみ、有意義であって、そうでないなら、無用である。間違いを正せないなら、それは無用の長物であり、役に立たないし、大きい支持を長期間得ることは不可能であり、その報いは必ずくるのだ。それがわからない連中と深く付き合うとこっちもだめになり、腐敗し、力がなくなってしまう。それを洞察できる人、気づいたら早く直せる人が、ほんとうに頭の良い人である。福島主体の広く深い統一と団結を! これが福島の運動の大衆運動上の大原則である。そして、少数の例外。臨時的一時的例外。臨機応変、しかし、原則は失わず。……。難しいが、やれる人、やろうとする人はすばらしい活動家である。

 IAEAの基本的立場を端的に示しているので、載せておく。

 「東京電力福島第1原発の事故で揺らいだ原子力の安全性への信頼の回復に重点を置き」と、原子力は安全であるというのが基本的立場である。これは、基本的に原子力に安全性はないと考える、反原発の立場と正反対の相容れない考えである。IAEAは、安全な原子力を推進する原子力推進機関であり、福島原発廃炉を宣言し、県議会でも決議している福島にIAEAの事務所を設置することは、それに反することになると考える。かれらの福島入りを容認した福島県当局の態度は間違いである。

原子力の信頼回復に重点=民生向上に必要-IAEA事務局長(2013/03/07時事ドットコム)

 【ウィーン時事】再任が決まった国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は6日、記者会見し、2期目はイランの核兵器開発疑惑の解明のほか、東京電力福島第1原発の事故で揺らいだ原子力の安全性への信頼の回復に重点を置きつつ、核兵器の拡散防止や原子力の平和利用促進にバランスを取りながら取り組む方針を表明した。
 天野事務局長は「多くの開発途上国が原子力技術を民生向上に使おうとしている」と指摘。原子力の信頼回復はどの国にとっても「非常に重要だ」と語った。 
 イラン核問題では、外交解決を目指す考えを強調。イランに協力を促すとともに、「具体的な結果を出さなければならない」と述べ、停滞する核協議の打開に意欲を示した。(

| | コメント (1) | トラックバック (0)

頭の良し悪し、革コン

 頭の良し悪しというものは、それを測る尺度によって異なるもので、今は一般世間では偏差値がその代表的なものとされているけれども、それは基本的に暗記力という尺度によるものでしかない。それは極めて限られたもので、もっと他にその尺度が存在している。構想力もそうだし、倫理力もそうである。そして、判断力も。歴史を見ていると、そんな馬鹿なことをなんでやるのかというケースに多くぶつかる。運動世界においても、それが見られる。偏差値などは運動主体の尺度としてはまったく無意味である。

 東九条解放運動においては、友常氏が『戦後部落解放運動史』で書いているとおり、運動の主要な担い手となった東九条青年会は、地域の在日・被差別部落出身などの青年たちの集まりであった。最初は、共産党系であったが、かれらが主体性を強く発揮し始めると、朝田一派だとレッテルを貼られたため、共産党から離れ、以降は、セツルメント(→底辺研究会)などの支援者らと組んで、運動を継続した。発行主体は異なるが、『九条思潮』という最初の冊子名は継承された。かれらの闘いなくして東九条の地域としての性格を具体的にふまえ、マッチした解放運動の形成は不可能であったと考えている。地域の歴史的具体性を離れた一般市民的な立場では、このような運動は担いえず、実際、そうした市民運動はこの地域で根を下した運動主体になりえていない。同じ地域に拠点を置いてても、浮き草のように水の上に浮かんでいるにすぎないのである。見た目はどうでも、実際には、力がないのである。東九条で根を下ろした運動をしようとする中で、言葉や言葉遣い、態度・振る舞い、文化性、生活まで変わるという「生まれ変わり」を経験したので、東九条は第2の故郷になったのである。

 「革コン」では、今の学生や若者たちがどういう問題に直面しているのかがよくわかったし、この数年の間に、この社会が根底から変化しつつあることが理解できて、ためになった。かれらは、自分の直面していることについてしっかりとした意見を持ち、主張することができることもわかった。よい討論ができたと思うし、それはもっと広がっていくことだろう。たぶん、多くの若者が似たような状況におかれており、そこで直面していることについて、自分の頭で考え、まわりの人たちと意見交換し、行動しようとしていることだろう。

 大人たちは、すっかり既存のものの考え方ややり方に安住してしまって、それが現実とどれだけずれてしまっているのかを多くが反省できていない。そのまま、その延長上に明日を描くから、はずれてしまうのだ。時に、動きながらでも、こういう時代の根底がどうなっているかをしっかりと自己反省的に理解する意識的な努力がいるのである。そうすると、年齢などというのは、そうしたことにとってたいした意味がないということもわかるようになるだろう。そういうどうでもいいものに意識を多くとられるのは、若者であれ、大人であれ、時間の無駄、人生の浪費でしかない。他にもっと考えねばならないことがたくさんある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

福島の精神的被害について、その他

 丸山真男『現代政治の思想と行動』(未来社)、色川大吉氏『明治精神史』(講談社学術文庫)、『明治の精神』(筑摩書房)、『明治の文化』(岩波書店)、『東北学』2010年に入る。

 友常勉氏『戦後部落解放運動史』(平凡社)の最初に、わたしが第2の故郷と思っている東九条のことがでてきて懐かしかった。ことに、わたくしが散逸しかかっていたのをコピーを取ってまわりに配った『九条思潮』のバックナンバーを取り上げられたことには、感謝したい気持だ。『九条思潮』には、東九条解放運動主体の形成史の一端も記録されている。これは是非とも残さなければと思いコピーを取ったのである。東九条松ノ木町40番地実態調査報告書のタイトルも、反対意見もあったが、『九条思潮』と決まった。そんなことも思い出した。もっとも、後の部分もあり、それはこれからである。

 天皇制論3冊は、それぞれ、力の入った論を展開されており、天皇制論の内容については極めて豊富化されているということがわかった。そして、課題はどこかということも指摘されている。そこのところの解明も今は進んでいるはずである。どこまで到達したかという到達段階の確認と総括も必要だろう。

 以下、WHOには文句があるが、福島の健康被害について、精神的被害についても述べているので、貼っておく。それと、警官不祥事があまりにも多いので、それも。ひどすぎだ。それと、沖縄での米兵のレイプ犯罪に那覇地裁が、9年と10年という懲役の判決を下したという記事も。このような事件の背後には、沖縄への米軍基地の集中、不平等条約と化している日米安保条約とセットにある日米地位協定の問題があるということをしっかりと認識しなければならない。

福島原発事故の心的外傷、がんリスクより大きく WHO(2013.03.01)

(CNN) 世界保健機関(WHO)は28日、東京電力福島第一原子力発電所の事故が健康に及ぼす影響についてまとめた報告書を発表した。少数の住民などについて、放射線を浴びたことにより特定の種類のがんにかかるリスクがわずかに高まったと指摘したほか、被災者の心的外傷にも言及している。

 放射線の影響については、特に事故現場で対応に当たった若い作業員について、高濃度の放射性ヨウ素を吸入し、甲状腺がんの発症リスクが高まる恐れもあると予想した。ただし甲状腺は比較的がんにかかりにくく、こうした作業員にとっての全般的なリスクは低いと指摘している。

 福島第一原発周辺の地域で放射線を浴びた子どもについては、一生のうちに白血病、乳がん、甲状腺がんを発症する確率が、一般に比べてわずかに高まるとした。

 それ以外のケースについては、原発事故による疾患の増加は「検出可能な水準以下にとどまる可能性が高い」との見通しを示した。

 報告書ではさらに、被災者の恐怖、不安、うつといった心理的影響にも焦点を当て、心身症や精神疾患に至る可能性も指摘した。放射線は目に見えず、どの程度影響があるのかも分かりにくいことから、こうした症状は深刻化する恐れもあると解説。被災者が偏見の目で見られ、一層厳しい状況に追い込まれる可能性にも言及した。

 報告書をまとめるにあたり、調査員は被災者への面接調査も実施した。福島第一原発から40キロの距離にある福島県飯舘村は、約6000人いた住民が避難して、ゴーストタウンと化している。第2次世界大戦の直後から60年以上も同村に住んでいたというナカノ・ユキオさんは、同報告書の調査員に、仮設住宅での生活は厳しく、強い精神的ストレスを感じていると語った。

 妻のマサヨさんも孤独感や高齢であることの不安を訴え、この状況であとどれくらい生きていられるか、毎日考えていると話した。

 地震、津波、原発事故を一度に体験したことに加え、景気低迷も重なって、被災者の健康に複雑な問題が生じる恐れもあるとWHOは警告する。

 事故発生から1年間の福島県の住民の被曝線量は、最も高かった地域で12~25ミリシーベルトと推計した。

 米放射線医学会によると、これはCTスキャン(コンピューター断層撮影)検査を1回受けるのと同程度の線量だといい、たとえ25ミリシーベルトの線量を浴びたとしても、がんで死亡する確率が高まることはほとんどないとしている。

 福島県内のそれ以外の地域では1年間で3~5ミリシーベルトと、X線検査を1回受けるのと同程度の線量だった。

 WHOは、報告書は徹底調査を行ってまとめたとしながらも、原発事故の最終的な影響は、ずっと後になってからでなれば分からないとしている。

49歳警部補、女子大生を恐喝容疑 京都、身分隠し交際(2013年3月1日 朝日)

 出会い系サイトで知り合い、交際していた女子大生(19)から現金5万円を脅し取ったとして、大阪府警は1日、京都府警亀岡署警務課の警部補・田中秀明容疑者(49)=京都市西京区桂徳大寺北町=を恐喝容疑で逮捕し、発表した。「間違いありません」と容疑を認めている。女子大生は約80万円支払ったと説明しているという。

 捜査4課によると、田中容疑者は昨年2月、大阪府内の女子大生に復縁を求めて携帯電話でメールを送った際、「誰ですか」と返信されたことに立腹。「うそをついたので、民事裁判を起こす。2人の関係が両親にもばれる」などと脅し、訴訟依頼を取り消すための費用と称して、同12月20日に5万円を銀行口座に振り込ませた疑いがある。

 田中容疑者はほかにも携帯メールで、「弁護士の調査で(女子大生の)住所が判明した」と脅したり、「弁護士への取り消し料200万円は、私が毎月10万円ずつ返している」とし、折半を迫ったりしていたという。女子大生は大阪府警に、5万円を振り込んだ以前にも、手渡しなどで複数回、現金を渡したと説明しているという。

84人盗撮容疑、巡査長を書類送検 警視庁(2013年3月1日 日経)

 警視庁は1日、東京都内の量販店などで女性のスカートの中を盗撮したとして、田無署地域課の男性巡査長(31)を東京都迷惑防止条例違反容疑で書類送検するとともに停職3カ月の懲戒処分とした。巡査長は同日付で辞職した。

 送検容疑は昨年10月、池袋や新宿の量販店で、バッグに隠した小型カメラを使い、84人の女性の下着を動画で撮影した疑い。警視庁によると、巡査長は通勤の電車内などでも盗撮を繰り返し、職務中に撮影していたこともあったという。

 一方、警視庁は同日、酒気帯び運転をして茨城県内で物損事故を起こしたとして、第9機動隊の男性警部補(58)を停職3カ月の懲戒処分とした。警部補は同日付で辞職した。

集団強姦事件、2米兵に懲役9年と10年 那覇地裁判決(2013年3月1日 朝日)

 沖縄県内で昨秋あった女性への集団強姦(ごうかん)致傷事件の裁判員裁判の判決が1日、那覇地裁であった。鈴木秀行裁判長は、米海軍兵のクリストファー・ブローニング上等水兵(24)に懲役10年(求刑懲役12年)、同スカイラー・ドジャーウォーカー3等兵曹(23)に懲役9年(求刑懲役10年)を言い渡した。

 鈴木裁判長は2人に「厳しい判決と思っているかもしれないが、被害者や裁判員の『県民としての感情』はもっと厳しい。裁判員と裁判官は、冷静に検討して判断した。自分の犯した罪に向き合ってほしい」と呼びかけた。補充裁判員も含めた8人の裁判員のうち、3人が女性だった。

 判決によると、2人は昨年10月16日未明、帰宅途中の女性を共謀して襲い、地下駐車場まで連れ去って首を絞めるなどして強姦。首に約2週間のけがを負わせた。ブローニング被告は現金約7千円を奪った。

 鈴木裁判長は「何ら落ち度のない被害者の苦痛は察するに余りある。同種の犯罪のうちでも比較的悪質な部類に属し、相当長期の実刑は免れない」と述べた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »