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2013年5月

橋下発言と大阪、沖縄

 以下の琉球新報社説は、橋下の資質を見事に言い当てている。橋下発言は、基本的なところがおかしいので、釈明すればするほど、しゃべればしゃべるほど、言い訳を重ねることにしかならなくなるのである。

 社説は、「……差別的な発想や女性を「モノ」として扱うような人権感覚に、……無自覚……」であることを指摘しているが、そのとおりで、その基本を変えていないから、言えば言うほど、見苦しいソフィスト的な言い方になり、それが人々を橋下嫌いにさせていくのである。また、「問題解決への向き合い方が問われている自身の責任は棚に上げ、「他も同じことをやっている」と反論を繰り返していることが、海外の日本批判をさらに強めている」のだから、それに真摯に答えるつもりがあCimg0042るなら、こちらはしっかり反省して二度と同じことを繰り返さないよう努めている、あなたたちもそうしなさいと言えばいいのである。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」は、ジョークなら笑えるが、ほんとうにやったらしゃれにならないのである。たまたま、土日は、大阪にいたが、橋下があんなことになったせいか、心なし街ゆく人々がいつもの大阪らしい元気がなかったように見えた。それは気のせいだろうか。通天閣は相変わらず派手で元気に夜は輝いていたのだが。ただ、暑かったし。

 それから、大阪市営地下鉄は、バリアフリーが東京より進んでいて、券売機に福祉切符ボタンがついていて簡単に買えるようになっている。東京の地下鉄、ことに都営地下鉄では、子供切符を買えと言われるので、何度も駅員に人権侵害だと抗議している。しかし、大阪の地下鉄の券売機には、東京のJRの券売機にある領収書ボタンがない。JRの駅では改札の係員に手書きで書いてもらわないといけない。この違いはなんなのか、わからない。不思議である。それから、大阪では、車いすの障害者がホームに降りると、来た電車にすぐに乗れるが、東京の場合は何本も待たされる。この違いは何かとか、違いがあって、気にかかる。福島では、そもそも、車いすの障害者が外を歩いているのには滅多にお目にかからない。大阪の地下鉄の駅では次々と車いすの障害者が乗り降りする。3・11からしばらく駅で車いすの障害者の姿を見るのが減ったような気がした。今はよく見かけるようになった。それに対して、昔はそのへんで普通に見かけていたチョゴリ姿は相変わらずみかけない。

 『クララ・ツェトキンの婦人論』(啓隆閣)というのを読んで、中にいくつかクララ・ツェトキンの文章があり、なかなか熱い人だと感じたし、また、今読んでもリアルだし、まだまだ女性解放は進んでいないということがわかった。第2インターナショナルの創立大会での演説というのもあり、当時のインターナショナルが女性解放ということに意識が高かったことがわかる。すでに第1インターナショナルの執行委員に女性が入っていたということもわかった。組織論では、女性が共産党組織内のあらゆる部署で男性と共に活動することを基本にしていて、女性だけの組織を作ることは否定している。戦争と女性というテーマも当時リアルに問われていて、それについてもコミンテルンでの報告では強調されている。橋下は米軍に女性兵士がいることなど眼中にないようだが、イラク戦争の時に、アブグレイブ刑務所での収容者男性の虐待(性的虐待を含む)をやったのは米軍女性兵士だった。橋下は自らの差別性を肯定するようなタイプの物語ばかりを信じようとしているのである。そして、それに反するようなタイプの物語には耳をかそうとしないのだ。

 また関連して、かつて従軍慰安婦論争において、上野千鶴子氏が、実証主義批判に傾きすぎて、実証レベルでも十分右派に勝っているのに、「言語論的転回」なる学問上の改革論議に議論を変容させようとしたことは、あまり意味のあるものではなかったことが今回の件でも明らかになった。沖縄戦での集団自決問題をめぐる「大江・岩波裁判」での勝訴確定もそれを証している。上野氏が、それを、夾雑音、雑音、クリックとしたとしてやったとしても、クリックにしては真面目でアカデミックすぎたと思わざるをえない。もちろん、上野氏が、その中で、「フェミニズムは国境を超えられるか?」という重要な問題を提起したことには大きな意義がある。プロレタリアートは相変わらず国境によって分断されており、まだ真に国境を超えられていない。おまけに、帝国主義的な民族差別・抑圧がある限り、民主主義的課題として、被抑圧民族の民族自決権を無条件に承認しなければならないというレーニンの受け継ぐべき政治思想がある。だから、今後新たな国境を作ることをプロレタリアートは認めなければならないかもしれない。それは、表面的にはプロレタリアート間を分断させるように見えるが、実際にはそうではなく、被抑圧民族の民族的抑圧に反対しそれと闘うことによって、抑圧民族のプロレタリアートと被抑圧民族のプロレタリアートの関係は深まり強くなるのである。その絆をもとに、民族間の同権・平等を達成し、世界革命を共に推進する中で、そうした国境は必要がなくなり、世界革命成功のあかつきには、もはやすべての国境を廃止する条件ができてくるのである。そこに至るまでの複雑で多様な道のりをできるだけ容易に進めるために、共産主義者が分析・判断しなければならないことがたくさんある。

 橋下に地域の地盤沈下からの浮上を期待したのであろう大阪の人々の希望の灯を自ら消したことに橋下は早く気づくべきだが、それは無理だろう(「なにわのことは夢のまた夢」(by豊臣秀吉)か?)。参議院選は目の前で、あわてて女性政策なるものを急ごしらえしたことに、維新の会の女性差別体質が露骨に現れている。アベノミクスは株価急落で危うくなりつつあり、参議院選を前にして、安倍政権の支持率も下がり始めた(日経世論調査)。今の内閣支持率は、上がるのも下がるのもあっという間に大きく動くので、これから約1カ月の間に、安倍人気もどうなるかわかったものではない。だとしても、今の議会に真の労働者の党は存在せず、よりましな候補という選択肢しかないのが現状である。ブントは、当面、実力闘争を軸にする他はないが、いずれは議会闘争にも進出することになろう。それまでは、よりましな議員を議会に持つことで満足する他はない。参議院選では、安倍などの憲法改悪を狙う改憲勢力が3分の2議席を上回るのを阻止することが大きな課題である。

 

橋下氏会見 政治家としての資質を疑う(『琉球新報』社説 2013年5月28日)

 日本維新の会の橋下徹共同代表が日本外国特派員協会で一連の発言について釈明した。自らの見解を英語と日本語で公表。海外メディアに「真意」を訴えて事態の収拾を図ったようだが、その人間性があらためて問われたのではないか。
 橋下氏は在沖米軍に風俗業活用を求めた発言について「米軍、米国民を侮辱することにもつながる不適切な表現だった」と正式に撤回すると表明。「謝罪を米軍と米国民の皆さまが受け入れてくださいますことを願います」とわびた。
 だが県民や女性たちへの謝罪はついに聞かれなかった。米軍犯罪の防止を沖縄の風俗業に求める差別的な発想や女性を「モノ」として扱うような人権感覚に、今後も無自覚であり続けるのだろうか。
 「米軍の犯罪被害に苦しむ沖縄の問題を解決したいとの思いが強すぎて誤解を招いた」と、沖縄のためを思っての発言だったというが、苦しい弁明だ。「県民の基本的人権が尊重されるよう、米軍が実効性ある取り組みを開始することを切に望む」とも述べたが、大型連休中に来県した際、県などが長年求めている日米地位協定の抜本改定を「市民運動的」と酷評していたことを指摘しておきたい。
 一方、橋下氏は旧日本軍の従軍慰安婦制度は「必要だった」との発言は撤回せず、「真意と正反対の報道が世界中を駆け巡った」と説明。「一つのワードを抜き取られて報じられた」とマスコミ批判を展開したが、果たしてそうか。
 最初の発言は「精神的に高ぶっている猛者集団に慰安婦制度が必要なことは誰だって分かる」だ。翌日のツイッターには、自身に批判的な新聞も「発言を比較的正確に引用してくれた」と書き込んだが、非難が殺到すると態度を一変。「大誤報」「日本人の読解力不足」と責任を転嫁するさまは見苦しく、政治家としての資質さえ疑う。
 発言の修正を重ねて臨んだこの日の会見では「女性の尊厳と人権を普遍的価値として重視している」と最初とはまるで別人だったが、慰安婦に関しては、「利用」した日本は悪かったとしつつ、外国軍も同様のことを行ったと重ねて主張した。
 問題解決への向き合い方が問われている自身の責任は棚に上げ、「他も同じことをやっている」と反論を繰り返していることが、海外の日本批判をさらに強めていることにもいい加減気付くべきだ。

橋下氏:会見、言い繕い2時間半 「女性虐待」と質問続出(毎日新聞 2013年05月27日)

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は27日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見した。沖縄県の在日米軍司令官に風俗業活用を求めた発言は「不適切な表現だった」として、撤回して謝罪したが、旧日本軍による従軍慰安婦をめぐる発言については「私が容認していると誤報された」と主張し、撤回しなかった。

 橋下氏の発言を巡り、維新は政党支持率が急落し、参院選を前に厳しい状況にある。橋下氏が発言の意図を説明することで批判をかわす狙いがあったが、会見では厳しい質問が続き、約2時間半に及んだ。

 橋下氏は冒頭、文書を読み上げ、旧日本兵が慰安婦を利用したことについては「女性の尊厳と人権をじゅうりんする決して許されないもの」と指摘。元慰安婦に対しては「誠実な謝罪とおわびを行うとともに、悲劇を繰り返さない決意をする」と強調した。内外から「女性蔑視」「人権侵害」などの批判が相次いだため、元慰安婦への配慮を強調する狙いがあり、「女性蔑視である等の報道が続いたことは痛恨の極みだ」とも述べた。

 しかし、質疑では最初から「多くの女性が虐待された」と慰安婦制度の非人道性への認識を問う質問が出た。橋下氏は「日本の過去の過ちを正当化するつもりはない」と釈明せざるを得ず、「旧日本軍の一定の関与があった」と繰り返した。さらに「外国から(女性蔑視の)懸念をもたれたことには政治家として責任がある」と追及されると「私の今回の発言に対して国民がノーと言えば、次の参院選で維新は大きな敗北になる。その結果、代表のままでいられるのか党内で議論が生じると思う」と責任論に発展する可能性も認めた。

 また、旧日本軍が一定の関与をしていた点についての見解を尋ねられると「今日皆さんに問いたいのは、戦場の性の問題。世界各国は、過去を直視していない」と一般論でかわした。さらに「米英も現地の女性を利用した。ドイツも韓国にもそういう施設があった」と列挙したうえで、「戦場の性の問題は今まさに議論しなければならない」と述べ、一連の発言は世界共通の問題に対する問題提起だったと位置付けた。

 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。

 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。

 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】

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移民大国スウェーデン、暴動で露呈した「寛容政策」のひずみ

 安倍首相は、ビルマ(ミャンマー)を訪問し、テインセイン大統領やアウンサンスーチー氏などと会談した。狙いは、ビルマへの投資・開発にあることは一目瞭然である。特に、近年ビルマは天然ガスの輸出を外貨獲得の大きな手段としていて、安倍の狙いもそこらへんにあるのだろう。しかし、日本にはビルマ難民が多数いて、少数民族難民の帰還は危険性が高い。他方で移民受け入れ「先進国」であったスウェーデンでは状況が急速に変化している。中道右派政権が発足してからわずか7年余りで、以下のような状態になっている。とりあえず、こんなことになっているという情報である。

焦点:移民大国スウェーデン、暴動で露呈した「寛容政策」のひずみ
(2013年 05月 26日 ロイター)

 5月23日、スウェーデンの首都ストックホルム郊外で起きた暴動は、同国の「移民寛容政策」の負の一面を浮き彫りにした。

 [ストックホルム 23日 ロイター] 過去数年間で最悪となる暴動が連夜発生した、スウェーデンの首都ストックホルム郊外のヒュースビー地区。一見したところ、カラフルな遊具が並ぶ遊び場や草が刈り込まれた公園、低層の集合住宅などが集まる一般的な整備された地区に見える。

 しかし、移民の多い同地区では、住民らは実を結ばない就職活動や警察による嫌がらせ、人種差別的な中傷などについて口にし、スウェーデンの移民政策の「寛容性」とは相反する現実が浮かび上がってくる。

 ヒュースビーで起こった暴動は他の地区にも拡大。貧困や人種差別などを背景に2011年に英ロンドンで、2005年に仏パリで発生した暴動を思い起こさせる。今回の暴動は、スウェーデンの福祉制度に別の一面があることを示している。

 同国人口の約15%は外国生まれで、北欧では最も高い割合。「反移民」を唱えるスウェーデン民主党の躍進は、同国民の意見を二極化させてきた。

 深夜にストックホルム中心部を出発する列車は、単純労働を終えて帰宅するアラビア語やスペイン語を話す移民であふれている。移民の第2世代でさえも、ホワイトカラーの職に就くことは困難とされる。

 あるアジア出身の外交官は「スウェーデンには多くの移民が存在する。しかし、彼らはどこにいるのだろうか」と述べた。

 <格差が急速に拡大>

 ラインフェルト首相率いる中道右派政権は過去7年間、税率引き下げや公的手当の減額を行い、この取り組みは欧州の大半を上回るスウェーデンの経済成長に寄与してきた。しかし一方で、同国は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、格差が最も急速に拡大している国でもある。

 ストックホルム大学の犯罪学教授、イェージー・サルネッキ氏は、主要都市には、他の地区に比べて失業率が著しく高く、貧しい移民が集まる地区があると指摘する。

 世論調査によると、スウェーデン国民の大半は現在でも移民受け入れを支持している。同国は移民に住居やスウェーデン語の授業を提供し、難民申請者に親族との同居を許可するなど、手厚い保護で評価されている。

 しかし、このコンセンサスは崩れつつある。

 ヨーテボリ大学のUlf Bjereld・政治学教授は「どんな理由であれ、非就労者は国の発展に貢献しない」と指摘。

 スウェーデンが2012年に受け入れた難民申請者は4万3900人。前年から50%近く増え、過去2番目に最も多い人数となった。ほぼ半数はシリア、アフガニスタン、ソマリアの出身者だった。

 難民申請者は、短期的には社会保障制度の財政負担となる。OECDのデータによると、外国出身者の失業率が16%であるのに対し、スウェーデンで生まれた国民の失業率は6%。同国が充実した福祉制度を維持するには高水準の就業率が不可欠となる。

 <怒れる若者たち>

 今回の暴動では、若者は車両を放火し、現場に到着した警官や救急隊員らに投石するなどした。目撃者は警察の手荒い対応が状況を悪化させたと述べ、ヒュースビーの住民は警察が「サル」などの言葉を浴びせたとしている。

 ヒュースビーで暴動に加わったという20代前半の若者は「最初はただ面白がって参加した」とコメント。しかし、警棒を持った警官が女性や子供を押しのけるのを見たときに強い怒りを感じたと語った。

 取材に応じたヒュースビーの若者の大半は失業中かインターンだった。多くはインターン制度の活用を続けているとし、フルタイム雇用の確保はほとんどないと不満を述べた。

 今回の暴動の発端は今月、ヒュースビーで刃物を持った男性(69)が警官に射殺されたことだとみられている。移民が住民の約8割を占める同地区では、100人超が参加する平和的デモが行われた。

 しかし男性死亡の調査の要求への対応はなく、若者らはツイッターで人種差別行為に対する不満を表明し、怒りが拡大。20代の美容師の女性は「若者が互いを刺激して、小さな火を起こした」と話した。

 移民の間では不満が収まる様子はないとみられ、エチオピアで生まれたという看護師の女性(39)は自身がエチオピア人であると同時にスウェーデン人だと語る一方で、「地元のスウェーデン人が、私をスウェーデン人として受け入れることはないだろう。彼らにとっては、私はただの移民としか映らない」と述べた。

(原文執筆:Niklas Pollard記者、Philip O'Connor記者、翻訳:本田ももこ、編集:野村宏之)

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難民、移民、アフリカなど

 アフリカでなぜ難民が発生するかの理解を深めるための難民講座を、6月16日1時半から新宿元気館でやります。詳細は未定ですが、今回は、ブルンジについて、そしてアフリカ問題一般をやります。まず、ブルンジがどういう国かなどということは多くの人にはわからない。やってる方もおおまかなことしかわからないまま、エチオピアやナイジェリアやブルンジなどからの難民が日本にきて、難民申請をしているので、とにかく支援しなければ、ということでやっている状態である。アフリカ大陸全体となると、あまりに広く、多様なので、部分部分について断片的な知識がある程度でしかない。それでも、南アフリカ共和国でワールドカップがあり、2010年末から2011年にかけて、「アラブの春」と呼ばれる北アフリカでの民主化運動が高揚し、さらに、アルジェリア人質事件で、日本人10人が殺害される事件が起った際などには多少関心が広がるということもあった。また、6月1日から3日にかけて、横浜市で、外務省が主導する「アフリカ開発会議」が行われ、それに合わせたイベントなどが行われている。この会議そのものは、その名のとおり、開発中心主義であり、投資・貿易の促進、開発が中心テーマである。役員には、経済同友会副会長が入っている。開発によってアフリカ問題が解決しようはずはないし、これまでも、これが利権となって紛争の種をまくことにしかならなかった(以下のフランスの原子力企業アレバ社の鉱山が武装勢力に襲撃された記事を見よ!)。

 そもそも日本での難民問題への関心は極めて低く、政府も微々たる数の難民認定しか行っていない。それに対して、難民申請者数は、昨年度、過去最高になった。票にならないせいか、政治家・議員の関心も低い。だいたい、難民問題など、票にも、金にも、売名にもならない。ただ、難民支援団体といってもいろいろあり、一部のNPOなどは、企業などから寄付金を集めて、お助け程度のことをやっているところもある。前回難民講座でビルマの民族問題を取り上げたが、そこで、少数民族の多くが現政権から迫害される恐れが相変わらず大きいということがわかったが、それでも、少数民族をビルマに帰還させる運動を呼び掛けているNPOがある。

 国家がある限り、国境管理、出入国管理業務はなくならないが、少なくとも日本の場合、現入管を解体し、新たな入管に生まれ変わらせる必要があることは歴史的に明らかである。移民政策、在留外国人政策で比較的うまくやっていたと思われていた社民国家スウェーデンでも、以下のように差別排外主義が広まっている。アフリカでは、周辺国・地域からの難民受け入れに積極的だったケニアで、難民・移民排斥の動きが強まっている(『情況』2013年3・4月合併号所収 佐々木優(明治大学教員)「ケニアに波及したソマリアの混乱」参照)。歴史的に、アフリカの国家形成のあり方というのは、日本の場合とは違っていて、そこから、国境管理・入管のあり方も日本とは違ってくるということを考慮しなければならない。しかし、それを一つ一つ具体的に明らかにするには多くの時間と労力を要することは明らかである。国家と共同体・民族集団・部族集団などとの関係や権力のあり方も日本とは違うということが、『アフリカ史』(山川出版社)を読んででわかってきたので、なおさらそう思う。しかし、大まかにでも、アフリカで難民がなぜ発生するかをつかめれば、そこから先に進みやすいと思うので、やっておきたい。とにかくなんとかしなければ、というのは出発点で、人道上、助けたいというのは端緒だけれども、難民が世界各地で次々と発生(最近では、シリアで100万人が難民化しているという)し、その一部が日本にもやってくる状況を真に解決するには、そもそもの難民発生の原因をなくすことが根本であることは明らかなので、そういう解決策を見出すのに少しでも役立つような知識や経験や知恵や手段、方法を探っていくことは、必要なことである。

 昨日、日経平均株価が大幅に下がった。アベノミクスの化けの皮が剥がれて来た。安倍政権は、参議院選まではなんとしても株の下落は避けたかっただろうが、そうは問屋が降ろさなかった。慰安婦問題発言で、「日本維新の会」の橋下の政治生命は終った。女性戦犯法廷を担ったフェミニスト・グループをはじめ、フェミニズムは息を吹き返し始めている。クララ・ツェトキンを読み始めた。

 仏アレバ社のウラン鉱山襲撃される…ニジェール(2013年5月24日 読売新聞)

  【ヨハネスブルク=黒岩竹志】ロイター通信によると、西アフリカ・ニジェール北部で23日、軍施設と仏原子力大手アレバが開発するウラン鉱山をイスラム過激派武装集団「西アフリカ聖戦統一運動(MUJAO)」が襲撃し、ニジェール軍兵士20人と武装集団のメンバー3人が死亡した。

 MUJAOはAFP通信に対し犯行を認め、ニジェールの隣国マリの北部地域で仏軍が展開するイスラム過激派掃討作戦にニジェールが協力していることへの報復だとした。

 ロイター通信によると、北部アガデズの軍施設で同日早朝、爆弾を積んだ車が爆発。この後、武装集団と兵士らの銃撃戦となった模様だ。

 一方、アガデズから北に約250キロ・メートル離れたアーリットにあるアレバの鉱山でもほぼ同時刻に車爆弾によるとみられる爆発が発生。AFP通信によると、この爆発で1人が死亡、14人が負傷した。

 ストックホルムで若者ら暴動、3夜連続(CNN 2013.05.23)

 (CNN) スウェーデンの首都ストックホルムで19日から、3夜連続で若者による暴動が発生している。多数の車が放火されたほか、警察と若者の衝突も起きた。

 によれば、ストックホルム北部の移民が多く住むヒュースビー地区では19日夜、100台以上の車が燃やされた。21日夜にはさらに広い地域で29台が放火された。3夜目の21日夜には、ヒュースビーで8人が逮捕されたという。

 オンライン英字新聞「ローカル」のスウェーデン版によると、暴動のきっかけは、警官が男性を射殺した事件に対する抗議だという。ナタを手にした69歳の男性が警察官に射殺される事件が起き、14日以降、ヒュースビー地区では緊張が高まっていた。

 同紙はまた、ヒュースビーの若者のリーダーの発言として、取り締まりにあたった警察官が若者たちに対して人種差別的な言葉を浴びせたと伝えている。

 ラインフェルト首相は19日、声明を発表して事態の沈静化を呼びかけ、「若者の集団のなかには、暴力を通して社会を変えるべきで、変えられるはずだと信じている集団もある。暴力の支配を許してはならない」と述べた。

 スウェーデンは世界各地からの移民がうまく社会に溶け込んできた歴史のある国ともされている。しかしラインフェルト首相は、今回の暴動はスウェーデン社会の抱える大きな問題の現れだと指摘。若者の教育や就業を支援するためにさらなる対策が必要だと述べた。

 ロンドン兵士殺害は「ホーム・グロウン・テロ」(TBSニュース2013年5月24日)

 ロンドンの路上で兵士が殺害された事件の犯人はイギリス国籍で、ボストンでの爆弾テロと同じく、自国で過激化したいわゆる『ホーム・グロウン・テロリスト』による犯行だったことがわかりました。

 ロンドンにある軍の宿舎のそばでイギリス軍の兵士を肉切り包丁で殺害した2人組。うちひとりはナイジェリア系のイギリス人(28)でした。犯行について「アフガニスタンやイラクでイスラム教徒が殺されていることへの報復」と話したこの男は、過去にイスラム主義団体の集会にも参加していました。

 「映像を見て彼だとわかりました。彼は(キリスト教から)イスラム教に改宗したんです」(男と面識があったイスラム主義団体の元代表)

 また、捜査当局は23日、殺人を計画した疑いで、新たに男女あわせて2人の身柄も拘束しました。事件を受け、イスラム教徒への風当たりが強まる中、キャメロン首相は、悪いのは『宗教』ではなく『個人』だと強調しました。

 「責任があるのは、凶行に走った吐き気を催させるような『個人』です」(イギリス キャメロン首相)

 ただ、『個人』がネットなどを通じてひとりで過激化するからこそ、『ホーム・グロウン・テロ』は対策が難しいと言えます。イギリス当局は8年前のロンドン同時爆破テロ以降、何度もホーム・グロウン・テロを計画段階で摘発、今回の容疑者らも存在は把握していましたが、それでも凶行を防ぐことはできませんでした。

 現場近くの兵舎では、さらなる襲撃を警戒し、警備が強化されています。見えないテロの脅威を前に動揺が広がっています。

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橋下発言

 橋下徹大阪市長の発言が内外の批判を浴びている。彼の発言はおそらく致命傷となっている。彼がものを言えば言うほど、その傷は広がっていっている。政治的な致命傷は、アメリカを怒らせたことである。

 橋下の人間観は極めて抽象的なもので、ほとんど信仰と言っていいものである。彼は、人間を欲望に還元し、抽象化して、その像をあれこれ組み合わせてものを語っている。しかも、その欲望論たるやお粗末極まりない抽象物にすぎない。欲望一般などどこにも存在しないことぐらいは中学生でも知っている。ドゥルーズを真似して、それを欲望機械と名付けるなら、それは多方向的な多様体である。フロイト的な性欲決定論は、すでに否定的に見られるようになっている。ことに、一神教的な抑圧の強い西欧と日本では欲望機械の種類も異なっており、種差が案外大きいということが歴史からわかってきている。第2に、橋下は、この間意図的に構築されている強制を直接的な暴力行為とする解釈を無批判に擁護している。民法を見ればわかるように、契約は取り消しの意思表示をすれば簡単に取り消される。結婚の権利が離婚の権利とワンセットであるのと同じように、契約は結ぶことと解消することがセットになっており、両方があってはじめて成り立つのである。取り消せない約束はなく、その点は奴隷制と違うのである。

 これは、民族自決権が分離の自由を含むということでも言える。民族自決権の問題については、マルクスのアイルランド問題についての論考、そして、レーニンがポーランド問題でローザ・ルクセンブルクとした論争、帝国主義と植民地問題についての論考をもとに、論じたことがあり、それは今でも正しいものと思うが、そのうち、改めて論じることにしたい。そこからは、思わぬ多様性が出てくる。例えば、レーニンの民族教育、民族文化などの保証(民族の同権)という論点からは、その社会において、複数の言語、衣装、文化が同時に大っぴらに存在する状態が想定される。アメリカの同化主義的多民族市民社会では、ほとんど英語ばかりが話され、同じような衣装姿しか見られない。ただ、スペイン語は、中南米からの移民の増加によって、広がっている。これは、レーニンの民族問題における民主主義社会観とはまったく異なっている。日本共産党の民族主義は、まったくそれに反するもので、一国一共産党などというスターリニズム的基準をまだ金科玉条のように守旧している。それは、一国一共産党、すなわち日本では唯一前衛党の日本共産党を守るということを最優先させることに現れている。大衆運動の発展が日本共産党にダメージとなりそうだとなると、その発展を押しとどめ、それに積極的に敵対し、攻撃する。特に、選挙へのマイナスの影響を恐れている。日本共産党議員団こそ、民主連合政府路線の鍵となる存在とされているからである。それに対して、60年安保闘争を闘ったブントは、当時の島茂郎書記長が「虎は死んで皮を残す。ブントは死んで名を残す」という名言を残したように、大衆の解放闘争の徹底発展を追求したのであった。資本主義が、その中心国アメリカでも矛盾を大きくし、また、矛盾の根本解決ができずにバブルに突入しつつある日本資本主義が懲りずに人々を困難に陥れようとしている今、その名にはじない新しい社会(共産主義社会への過渡社会)を大衆と共に建設するブントが必要である。だが、それはここまでにしておく。

 約束は守らねばならぬ。だが、取り消すこともできる。契約の自由は解約の自由とセットである。橋下は弁護士だから、不当な方法で結ばされた契約は無効であるということはわかっているはずである。それから、橋下は、法と倫理が対立する場合のことにも触れている。合法でも倫理に反することをやってしまったことに負い目を感じ、反省した人もいる。戦後しばらくたってから、そういうことを証言した元日本兵もいる。良心の呵責に苛まれ続けるようなことを人々にやらせる国はひどい国である。慰安婦は、自由意志で、契約取り消しを自由に表明できて、簡単にそれが認められたのか。経営者は、解雇の自由(権利)だけを特に重視して、労働者の辞める自由をちゃんと認めていたか。経営者は、労働者が辞めたい時に辞めることを簡単に認めず、辞めたくない時に自由に辞めさせるのではないか! 今日でも、禁煙やクールビズなど事実上の強制というものが存在している。喫煙者は、意志の弱い、人格的に劣った連中とか、ネクタイなんて遅れてる、というような人格評価、人の価値付けが行われ、それが圧力となり、事実上の強制となる。それに逆らうには勇気や意志や力がいる。それに逆らう自由がなければ、戦前みたいになる。少数民族などのマイノリティーの権利のために闘うことは、プロレタリアートを全人類の解放者にふさわしく成長させることであり、そのヘゲモニーを形成することが共産主義運動のつとめであることはマルクスやレーニンの実践から明らかなことである。それには、まず、そうした人々の境遇や状態や要求などについて知ることが必要であり、労働者内部にそうした人々がいないなら、外部から招いて、そういう知識を「外部注入」することが必要である。労働者が労働組合運動だけをやっていては、そうした外部の人たちの状態をリアルに知れるわけがない。

 例えば、某派の人が、労働者の欲望を拡大していけば、資本主義と必ずぶつかるといっていたのを聞いて、ちょっと議論をしなければならないと思いながら、その人が亡くなってしまったのでそれがかなわなくなるということがあった。思うに、その人は、労働者がいろんなものがほしいと欲望を大きくしていけば、賃金が低いと不満を持ち、賃上げをしぶる資本家に不満や怒りが高まって、闘うようになると言いたかったのだろう。それに対して、別の派の人は、今や、人類は高次の欲求である関係そのものへの欲望を強めていると言っている。確かに、現代資本主義下では、貧困問題、下層の問題がふたたび浮上しているのだが、ただ腹いっぱい食べられればいいという終戦直後の廃墟の時代とは欲望の中身が異なっている。いや、焼け野原の中でもただ食べられればいいというだけの欲望のみがあったわけではない。この頃、哲学者西田幾多郎の本が売れるという現象もあったのである。いかに空腹でも、人々は、「いかに生きるべきか」を考え、生き方を欲求するのであって、だから哲学はなくならないし、人々を惹きつけるのである。哲学がそれに答えられないがゆえに、その代替物として、人々が宗教にいってしまうのである。橋下にはそれがないということが一連の発言で完全に暴露されてしまったので、これでお終いである。橋下には新しいものは何もなかったのである。しかも、石原慎太郎には、右派宗教団体が支持基盤としてあるが、橋下にはそれがないのである。

  『アフリカ史』(山川出版)、松浦玲『徳川慶喜』(岩波新書)、竹内実『毛沢東と中国共産党』(中公新書)、山口昌男『アフリカの神話的世界』(岩波新書)、王柯『多民族国家中国』(岩波新書)。ネグリ『マルクスを超えるマルクス』(作品社)、ドゥルーズ・ガタリ『千のプラトー』河出書房新社、など。

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アフリカの植民地支配の問題など

 この間、『インド史』(山川出版)をざーと読み、インドの多様さに驚かされたけども、さらに、次回「難民講座」で、アフリカでなぜ難民が大量に発生するのかの理解を深めたいと思い、出たばかりの勝俣氏『新・現代アフリカ入門』(岩波新書)を読んだ。そこでも驚くべき多様性にぶつかり、めまいを感じた。ある時から、こういう多様なものに触れるのが好きになり、抽象的なもの、単純なものに対する興味が後退した。現象学的な抽象的なものへの還元というものに興味がいった時期もあったが、やはり現実的なものに対する興味の方が今は強い。『東北学』もそうで、表面的には似たり寄ったりになってきたかに見える東北の表層を探っていくと、思わぬ差異、多様性、豊かな具体性にゆき当たるということがある。これがマルクスが言う顕微鏡的方法なんじゃないかと思ったりする。だから、いま運動圏で流行りの「市民」という抽象物はあまり好きじゃない。そこでは抽象的な連帯性しかなく、生き生きとしたものをあまり感じないからである。「日の丸」も嫌いである。あんなマル印に価値を感じることは、自分の感性の豊かさをないがしろにするものでしかないと思う。俺は、あんな程度のデザインを愛でる程度の貧弱な感性の持ち主ではないんだという反発を覚える。右翼でも左翼でもないという抽象も嫌いである。右と左のどっちでもないという抽象的立場よりも、右と左という差異があるだけ豊かで具体性があるんだと思う。どっちでもないという抽象的立場はそれよりも後退していると思う。右でも左でもないというのは、元左翼(転向者)が転向という立場変化を自己表明し、総括した上でないと素直に聞けない言葉である。そうでなければ、かつて言ってきたことを思い出してもらって、その責任をとってもらわなければならない。

 ただ、並行して、ネグリが来日したこともあり、ネグリ、ドゥルーズなんかの現代思想も読みなおしているが、それには、岩波書店の雑誌『思想』で國分功一郎氏のドゥルーズ論がわかりやすくて、なるほどと思ったことがあった。最新号で完結したのだが、最後のところで、フーコーの権力論とそれへのドゥルーズの批判のことが書いてあり、さらに、根本的なところで違いがあるというのもわかった。それはコトとモノという古典的とも言えるテーマに関わる。物自体というテーマについては、カントの折衷的立場、物自体はあるかもしれないが、われわれは現象しか認識できないというもの、レーニンが不可知論への妥協的立場として批判したものがある。レーニンの『唯物論と経験批判論』はそれを主張したものだが評判がよくない。しかし、そこで、物は実在するという唯物論的立場を貫くことは、確信、態度の形成ということとして言われていた。最後のところで、それは党派的立場、党派の形成と実践的態度の形成の課題として提起されたのである。レーニンは、マルクスが『フォイエルバッハ・テーゼ』で言ったように、観想的立場ではなく、実践的態度で、理論・哲学・認識論の問題を扱ったのである。中身が多少お粗末であっても、この基本的立場と態度を貫き通したことが重要であり、これこそ継承すべきものである。理論は感性的活動の成果であって、感情、感覚、心理的態度、幻想、イメージ、意志、情熱、等々と切り離せない実践的主観(主体)としての人間活動なのである。主観か主体か、この点も議論があり、ここでは加藤正に従って、どっちもあまり違いはないということで、主観としておく(理論の党派性論争については、以前に、『情況』に2度書いている)。日本共産党は、それができず、絶えず、セクト主義的な党派性を基本にして、ブルジョアジーや帝国主義に屈服し続けている。唯一絶対正しい日本共産党は、傷つけたり、潰されたりしてはならないという自党派防衛(セクト主義的エゴ)が優先され、人民闘争の利害、階級闘争の利害、大衆運動の利害は、それに奉仕すべきもの、従属すべきものとされてしまうのである。そして、共産党一般党員は、ただ動員に従い、機関紙を配り、金を集めるだけの存在であればよく、歌って踊って、人集めをしていればいいというだけの存在におしとどめられるのである。社会矛盾を感じて大衆運動に参加してくる人は、そこで感じたものや得たものをさらに伸ばそうとし、知識も増やし、経験を積んで成長しようとするが、それが党の限界をはみ出すと、後ろから闘う者の足を引っ張ってきたのが、日本共産党の歴史なのである。かれらは、現存の社会関係を超える高い水準の社会関係を作ることはまったくなく、せいぜいがそれを現存のブルジョア的恋愛関係という低いレベルの社会関係に押しとどめる。その点では、フォイエルバッハと同じ限界を持っている。フォイエルバッハは、恋愛関係を最高の人間関係に祭りあげたが、マルクス・エンゲルスは、『ドイツ・イデオロギー』でそれを乗り越えて、さらなる高度な社会関係の立場へと飛躍している。共産主義者は絶えずそれを超えようと努めようとしている。その努力をしない者は共産主義者ではない。

 アフリカ諸国の多くが、先のアルジェリアの人質事件でも明らかになったように、宗主国が親宗主国的で傀儡的な政権を軍事的や謀略的な方法でも常に維持し続けてきた相変わらずの植民地状態にあるということが顕になってきた。第2次世界大戦後の独立運動弾圧で、大虐殺もやっている。それが、ヨーロッパでの移民差別とつながっていることは、先日、日仏会館で観た映画『スカーフ論争~隠れたレイシズム~』やピエール・デヴァニアン氏の講演からもうかがえた。映画の中で、フランス共産党長老のレイシズム的発言が引用されていた。映画では、教職員組合員も含まれると思われる学校教師たちから、スカーフを着用しているという理由で、別室に隔離され、一方的に退学させられた元生徒の証言があった。イスラム原理主義=テロリズム=フランスの「進歩的」「民主」社会への脅威という図式、イスラム=家父長制=女性差別の象徴としてのスカーフというイメージは、左翼にも浸透し、フェミニズムも分裂したという。しかし、このことは、帝国主義を、明確に、批判・暴露し、解明し解くことが、インドでもそうだが、アフリカを理解する鍵になっていることを意味しているとしか考えられない。ポスト・コロニアルは、実際に帝国主義と植民地支配がなくならないと始まらないのである。

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経産省前テントひろばスタッフBさん不当弾圧を許すな

経産省前テントひろばから経産省と警察による弾圧に抗議する声明を発します。
重複をお許し願います。転送・転載を歓迎します。
////////////////////// 声明 ////////////////
声 明
                           経産省前テントひろば

 2013年5月10日、丸の内署は、テントスタッフの一人Bさんを暴行の容疑で逮捕した。
 同日14時30分頃、テント放送の準備が行われている時、経産省の金子洋悦(この度の訴訟における原告指定代理人のうちの1人)が、ビデオカメラをもった氏名不詳の男C、他とともに注意に現れた。Bさんは防犯カメラの台座(コンクリート製)に腰掛けて何気なくその模様を眺めていただけであるが、Cは執拗にBさんの顔を至近距離から撮影し続けた。Bさんは当然ながら、肖像権の侵害だから止めるように、と何度も要請したにもかかわらず、顔の数センチまで接近して撮影を続けた。
たまりかねたBさんは、手でカメラをどけながら「あんたも、こうやってなでられたら嫌だろう」とCの顔をなでるようにしたとたん、Cは「暴力だ!」と突然叫びだし、別の職員が警察に緊急連絡し、丸の内署、警視庁本庁から公安刑事を含む総勢約50名ほどの警察官が駆けつけた。
 警察は私たちと経産省職員の間に入って、双方から事情を聞くというような行動となった。もちろんBさんを初め現場にいた仲間Dさん等は、いま起きたばかりの事態を説明した。ややあって、事態は収束したのであるが、最後に刑事はBさんに「丸の内署まで来て、事情を説明してほしい」とBさんに要請。Bさんは、自らやましいことは全くなかったので、何らの疑いも持たずに事情聴取のために丸の内署に同行することになった。
  その際、Dさんが「一緒に行こうか」とBさんに話し掛けたが、Bさんは「大丈夫ですよ」ということであったので、Dさんも全く大した問題ではないとの判断から、Bさんは一人で丸の内署に行くこととなった。
 その後、帰還があまりに遅いので、気をもんでいたところ、救援連絡センターから連絡が入り、Bさんが逮捕されたと情報を得た。
 Bさんの容疑は暴力行為ということだが、ともかく直ぐにDさんを含む2名が丸の内署に事情を聞きに出かけた。捜査中ということで埒があかなかったが、ともかく逮捕されていることは確認された。合わせて、Bさんはペースメーカーをつけており、心臓病の関係から、病院にいっているということだけが確認された。
 事実は、Bさんが超至近距離からの執拗な撮影を拒否し、それに抗議し、「あんたも、こうやってなでられたら嫌だろう」手を挙げた時たまたま、その手がC職員の顔に触れただけである。顔を叩くとか殴るとかとは程遠い行為である。C職員は大仰に騒ぎ立てて警察を呼び、文字通り事情聴取ということでBさんを丸の内署に同行し、そのまま逮捕したのである。容疑は暴行と器物損壊ということである。
 そもそも最近の経産省職員のテントに対する対応・嫌がらせは敵愾心丸出しである。すでに「防犯カメラ」と称する監視カメラを2台もテント付近に据え付けてあるのに、ハンディカメラによる執拗な撮影は挑発的で目に余るものがある。また、経産省は、私たちの請願権さえ認めようとしていない。請願書を、請願者を一人に限定して、職員に門前で受け取らせるなどという礼を欠く卑劣な行為をした。

 経産省職員による執拗な撮影行為は、個人の肖像権を侵す犯罪である。
○直ちにこのような犯罪行為を止めよ!
○今回の「(土地)明渡訴訟」と連動したかのような、挑発行為を一切止めよ!

 警察は、経産省の職員による犯罪行為を放置し、経産省の職員の一方的な証言に基づいてテントスタッフを逮捕した。これは不当な逮捕であり、テントに対する不当で露骨な弾圧であることは言をまたない。
○警察は不当な弾圧を止めよ!Bさんを直ちに釈放せよ!
○警察は、私たちと経産省との係争に不当に介入するな!

○東京地裁は、Bさんの拘留延長を絶対認めてはいけない!

  2013年5月12日

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4・28政府式典で、総理が天皇の臣下としてふるまった問題

 『沖縄タイムス』の以下の社説は、政府主催の「主権回復の日」式典で安倍首相が「天皇陛下万歳」の声を挙げたことに強い違和感を表明している。日本国憲法上最高権力者と規定されている内閣総理大臣が、天皇に対して「臣下」としての態度を取ったことは、主権在民の原則に反するもので、民主主義を破壊する行為である。天皇は現憲法では、国民統合の象徴であって、国民の代表者ではないし、ましてや統治権者ではない。そういう人に対して、総理大臣が「陛下」と叫んで、その臣下たることを公式の場で表明したというのは由々しき事態である。天皇の日常は儀式を行うことに多くが費やされているが、その儀式は、無宗教ではなく、神道であり、それは戦前と同じままのはずである。「はずである」というのは、それが一般には公開されず人々の目から隠されているからである。秘儀と言ってもいいようなもので、そういう儀式を日々行うことが天皇家の勤めなのである。こうして、日本国憲法は、9条ばかりでなく、1条もすでに中身が骨抜きにされているのである。沖縄からよく見えることが、ヤマトでは見えにくくなっていて、こういうことに無反応になっているのは、驚くべきことだ。

  辻直四郎『ウパニシャッド』、服部正明『古代インドの神秘思想』(いずれも講談社学術文庫)、白川静『文字遊心』(平凡社ライブラリー)等々。

4・28式典:「陛下万歳」尾を引く違和感(2013年5月1日 沖縄タイムス)

 「主権回復の日」政府式典であった「天皇陛下万歳」の三唱は、県民に強い違和感を残した。出席した高良倉吉副知事は「式典の趣旨がぶち壊しになった」と不快感を隠さない。一方、政府配信の動画は「天皇陛下」の音が消え、一部「なかったこと」になっている。

 28日、会場に用意された高良副知事の席は、他府県の知事を差し置いて筆頭の位置だった。次に小笠原諸島がある東京都の猪瀬直樹知事、その次に奄美群島を含む鹿児島県の伊藤祐一郎知事。高良副知事は「政府は相当に配慮していた。式典自体も厳粛でいい雰囲気だった」と振り返る。

 最後の万歳は、唱和しなかった。「なぜそうなるのか理解できない。アジアや沖縄への戦争責任に向き合えない、柔軟性を欠く日本社会を表している」

 沖縄国際大学の石原昌家名誉教授も、テレビで見て衝撃を受けた。「4・28は沖縄戦の結果を反映したもの。式典での『天皇陛下万歳』に、体験者や遺族は脳天を殴られた気持ちだったのではないか」と語る。

 「為政者は既成事実の積み重ねのパワーを熟知している。安倍晋三首相は自ら天皇・皇后の前で万歳し、戦争国家に向けて最初のくいを打ち込んだ」

 菅義偉官房長官は30日、首相らの唱和について「自然発生的であり、政府として論評すべきではない」と深入りを避けた。

 式典の模様を伝える「政府インターネットテレビ」。出席者の1人による「天皇陛下、万歳」の声は聞こえず、それに続く「万歳」の唱和から音が戻る。

 内閣府は「式典が終了したので、運営業者が会場のマイクのスイッチを切り、万歳に気付いて入れ直した。意図的な編集ではない」と説明する。ただ、テレビのニュースでは三唱の声が流れており、なぜ政府のカメラだけが音を拾えなかったのか、疑問も残る。(阿部岳)

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