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橋下発言と大阪、沖縄

 以下の琉球新報社説は、橋下の資質を見事に言い当てている。橋下発言は、基本的なところがおかしいので、釈明すればするほど、しゃべればしゃべるほど、言い訳を重ねることにしかならなくなるのである。

 社説は、「……差別的な発想や女性を「モノ」として扱うような人権感覚に、……無自覚……」であることを指摘しているが、そのとおりで、その基本を変えていないから、言えば言うほど、見苦しいソフィスト的な言い方になり、それが人々を橋下嫌いにさせていくのである。また、「問題解決への向き合い方が問われている自身の責任は棚に上げ、「他も同じことをやっている」と反論を繰り返していることが、海外の日本批判をさらに強めている」のだから、それに真摯に答えるつもりがあCimg0042るなら、こちらはしっかり反省して二度と同じことを繰り返さないよう努めている、あなたたちもそうしなさいと言えばいいのである。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」は、ジョークなら笑えるが、ほんとうにやったらしゃれにならないのである。たまたま、土日は、大阪にいたが、橋下があんなことになったせいか、心なし街ゆく人々がいつもの大阪らしい元気がなかったように見えた。それは気のせいだろうか。通天閣は相変わらず派手で元気に夜は輝いていたのだが。ただ、暑かったし。

 それから、大阪市営地下鉄は、バリアフリーが東京より進んでいて、券売機に福祉切符ボタンがついていて簡単に買えるようになっている。東京の地下鉄、ことに都営地下鉄では、子供切符を買えと言われるので、何度も駅員に人権侵害だと抗議している。しかし、大阪の地下鉄の券売機には、東京のJRの券売機にある領収書ボタンがない。JRの駅では改札の係員に手書きで書いてもらわないといけない。この違いはなんなのか、わからない。不思議である。それから、大阪では、車いすの障害者がホームに降りると、来た電車にすぐに乗れるが、東京の場合は何本も待たされる。この違いは何かとか、違いがあって、気にかかる。福島では、そもそも、車いすの障害者が外を歩いているのには滅多にお目にかからない。大阪の地下鉄の駅では次々と車いすの障害者が乗り降りする。3・11からしばらく駅で車いすの障害者の姿を見るのが減ったような気がした。今はよく見かけるようになった。それに対して、昔はそのへんで普通に見かけていたチョゴリ姿は相変わらずみかけない。

 『クララ・ツェトキンの婦人論』(啓隆閣)というのを読んで、中にいくつかクララ・ツェトキンの文章があり、なかなか熱い人だと感じたし、また、今読んでもリアルだし、まだまだ女性解放は進んでいないということがわかった。第2インターナショナルの創立大会での演説というのもあり、当時のインターナショナルが女性解放ということに意識が高かったことがわかる。すでに第1インターナショナルの執行委員に女性が入っていたということもわかった。組織論では、女性が共産党組織内のあらゆる部署で男性と共に活動することを基本にしていて、女性だけの組織を作ることは否定している。戦争と女性というテーマも当時リアルに問われていて、それについてもコミンテルンでの報告では強調されている。橋下は米軍に女性兵士がいることなど眼中にないようだが、イラク戦争の時に、アブグレイブ刑務所での収容者男性の虐待(性的虐待を含む)をやったのは米軍女性兵士だった。橋下は自らの差別性を肯定するようなタイプの物語ばかりを信じようとしているのである。そして、それに反するようなタイプの物語には耳をかそうとしないのだ。

 また関連して、かつて従軍慰安婦論争において、上野千鶴子氏が、実証主義批判に傾きすぎて、実証レベルでも十分右派に勝っているのに、「言語論的転回」なる学問上の改革論議に議論を変容させようとしたことは、あまり意味のあるものではなかったことが今回の件でも明らかになった。沖縄戦での集団自決問題をめぐる「大江・岩波裁判」での勝訴確定もそれを証している。上野氏が、それを、夾雑音、雑音、クリックとしたとしてやったとしても、クリックにしては真面目でアカデミックすぎたと思わざるをえない。もちろん、上野氏が、その中で、「フェミニズムは国境を超えられるか?」という重要な問題を提起したことには大きな意義がある。プロレタリアートは相変わらず国境によって分断されており、まだ真に国境を超えられていない。おまけに、帝国主義的な民族差別・抑圧がある限り、民主主義的課題として、被抑圧民族の民族自決権を無条件に承認しなければならないというレーニンの受け継ぐべき政治思想がある。だから、今後新たな国境を作ることをプロレタリアートは認めなければならないかもしれない。それは、表面的にはプロレタリアート間を分断させるように見えるが、実際にはそうではなく、被抑圧民族の民族的抑圧に反対しそれと闘うことによって、抑圧民族のプロレタリアートと被抑圧民族のプロレタリアートの関係は深まり強くなるのである。その絆をもとに、民族間の同権・平等を達成し、世界革命を共に推進する中で、そうした国境は必要がなくなり、世界革命成功のあかつきには、もはやすべての国境を廃止する条件ができてくるのである。そこに至るまでの複雑で多様な道のりをできるだけ容易に進めるために、共産主義者が分析・判断しなければならないことがたくさんある。

 橋下に地域の地盤沈下からの浮上を期待したのであろう大阪の人々の希望の灯を自ら消したことに橋下は早く気づくべきだが、それは無理だろう(「なにわのことは夢のまた夢」(by豊臣秀吉)か?)。参議院選は目の前で、あわてて女性政策なるものを急ごしらえしたことに、維新の会の女性差別体質が露骨に現れている。アベノミクスは株価急落で危うくなりつつあり、参議院選を前にして、安倍政権の支持率も下がり始めた(日経世論調査)。今の内閣支持率は、上がるのも下がるのもあっという間に大きく動くので、これから約1カ月の間に、安倍人気もどうなるかわかったものではない。だとしても、今の議会に真の労働者の党は存在せず、よりましな候補という選択肢しかないのが現状である。ブントは、当面、実力闘争を軸にする他はないが、いずれは議会闘争にも進出することになろう。それまでは、よりましな議員を議会に持つことで満足する他はない。参議院選では、安倍などの憲法改悪を狙う改憲勢力が3分の2議席を上回るのを阻止することが大きな課題である。

 

橋下氏会見 政治家としての資質を疑う(『琉球新報』社説 2013年5月28日)

 日本維新の会の橋下徹共同代表が日本外国特派員協会で一連の発言について釈明した。自らの見解を英語と日本語で公表。海外メディアに「真意」を訴えて事態の収拾を図ったようだが、その人間性があらためて問われたのではないか。
 橋下氏は在沖米軍に風俗業活用を求めた発言について「米軍、米国民を侮辱することにもつながる不適切な表現だった」と正式に撤回すると表明。「謝罪を米軍と米国民の皆さまが受け入れてくださいますことを願います」とわびた。
 だが県民や女性たちへの謝罪はついに聞かれなかった。米軍犯罪の防止を沖縄の風俗業に求める差別的な発想や女性を「モノ」として扱うような人権感覚に、今後も無自覚であり続けるのだろうか。
 「米軍の犯罪被害に苦しむ沖縄の問題を解決したいとの思いが強すぎて誤解を招いた」と、沖縄のためを思っての発言だったというが、苦しい弁明だ。「県民の基本的人権が尊重されるよう、米軍が実効性ある取り組みを開始することを切に望む」とも述べたが、大型連休中に来県した際、県などが長年求めている日米地位協定の抜本改定を「市民運動的」と酷評していたことを指摘しておきたい。
 一方、橋下氏は旧日本軍の従軍慰安婦制度は「必要だった」との発言は撤回せず、「真意と正反対の報道が世界中を駆け巡った」と説明。「一つのワードを抜き取られて報じられた」とマスコミ批判を展開したが、果たしてそうか。
 最初の発言は「精神的に高ぶっている猛者集団に慰安婦制度が必要なことは誰だって分かる」だ。翌日のツイッターには、自身に批判的な新聞も「発言を比較的正確に引用してくれた」と書き込んだが、非難が殺到すると態度を一変。「大誤報」「日本人の読解力不足」と責任を転嫁するさまは見苦しく、政治家としての資質さえ疑う。
 発言の修正を重ねて臨んだこの日の会見では「女性の尊厳と人権を普遍的価値として重視している」と最初とはまるで別人だったが、慰安婦に関しては、「利用」した日本は悪かったとしつつ、外国軍も同様のことを行ったと重ねて主張した。
 問題解決への向き合い方が問われている自身の責任は棚に上げ、「他も同じことをやっている」と反論を繰り返していることが、海外の日本批判をさらに強めていることにもいい加減気付くべきだ。

橋下氏:会見、言い繕い2時間半 「女性虐待」と質問続出(毎日新聞 2013年05月27日)

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は27日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見した。沖縄県の在日米軍司令官に風俗業活用を求めた発言は「不適切な表現だった」として、撤回して謝罪したが、旧日本軍による従軍慰安婦をめぐる発言については「私が容認していると誤報された」と主張し、撤回しなかった。

 橋下氏の発言を巡り、維新は政党支持率が急落し、参院選を前に厳しい状況にある。橋下氏が発言の意図を説明することで批判をかわす狙いがあったが、会見では厳しい質問が続き、約2時間半に及んだ。

 橋下氏は冒頭、文書を読み上げ、旧日本兵が慰安婦を利用したことについては「女性の尊厳と人権をじゅうりんする決して許されないもの」と指摘。元慰安婦に対しては「誠実な謝罪とおわびを行うとともに、悲劇を繰り返さない決意をする」と強調した。内外から「女性蔑視」「人権侵害」などの批判が相次いだため、元慰安婦への配慮を強調する狙いがあり、「女性蔑視である等の報道が続いたことは痛恨の極みだ」とも述べた。

 しかし、質疑では最初から「多くの女性が虐待された」と慰安婦制度の非人道性への認識を問う質問が出た。橋下氏は「日本の過去の過ちを正当化するつもりはない」と釈明せざるを得ず、「旧日本軍の一定の関与があった」と繰り返した。さらに「外国から(女性蔑視の)懸念をもたれたことには政治家として責任がある」と追及されると「私の今回の発言に対して国民がノーと言えば、次の参院選で維新は大きな敗北になる。その結果、代表のままでいられるのか党内で議論が生じると思う」と責任論に発展する可能性も認めた。

 また、旧日本軍が一定の関与をしていた点についての見解を尋ねられると「今日皆さんに問いたいのは、戦場の性の問題。世界各国は、過去を直視していない」と一般論でかわした。さらに「米英も現地の女性を利用した。ドイツも韓国にもそういう施設があった」と列挙したうえで、「戦場の性の問題は今まさに議論しなければならない」と述べ、一連の発言は世界共通の問題に対する問題提起だったと位置付けた。

 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。

 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。

 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】

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