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橋下発言

 橋下徹大阪市長の発言が内外の批判を浴びている。彼の発言はおそらく致命傷となっている。彼がものを言えば言うほど、その傷は広がっていっている。政治的な致命傷は、アメリカを怒らせたことである。

 橋下の人間観は極めて抽象的なもので、ほとんど信仰と言っていいものである。彼は、人間を欲望に還元し、抽象化して、その像をあれこれ組み合わせてものを語っている。しかも、その欲望論たるやお粗末極まりない抽象物にすぎない。欲望一般などどこにも存在しないことぐらいは中学生でも知っている。ドゥルーズを真似して、それを欲望機械と名付けるなら、それは多方向的な多様体である。フロイト的な性欲決定論は、すでに否定的に見られるようになっている。ことに、一神教的な抑圧の強い西欧と日本では欲望機械の種類も異なっており、種差が案外大きいということが歴史からわかってきている。第2に、橋下は、この間意図的に構築されている強制を直接的な暴力行為とする解釈を無批判に擁護している。民法を見ればわかるように、契約は取り消しの意思表示をすれば簡単に取り消される。結婚の権利が離婚の権利とワンセットであるのと同じように、契約は結ぶことと解消することがセットになっており、両方があってはじめて成り立つのである。取り消せない約束はなく、その点は奴隷制と違うのである。

 これは、民族自決権が分離の自由を含むということでも言える。民族自決権の問題については、マルクスのアイルランド問題についての論考、そして、レーニンがポーランド問題でローザ・ルクセンブルクとした論争、帝国主義と植民地問題についての論考をもとに、論じたことがあり、それは今でも正しいものと思うが、そのうち、改めて論じることにしたい。そこからは、思わぬ多様性が出てくる。例えば、レーニンの民族教育、民族文化などの保証(民族の同権)という論点からは、その社会において、複数の言語、衣装、文化が同時に大っぴらに存在する状態が想定される。アメリカの同化主義的多民族市民社会では、ほとんど英語ばかりが話され、同じような衣装姿しか見られない。ただ、スペイン語は、中南米からの移民の増加によって、広がっている。これは、レーニンの民族問題における民主主義社会観とはまったく異なっている。日本共産党の民族主義は、まったくそれに反するもので、一国一共産党などというスターリニズム的基準をまだ金科玉条のように守旧している。それは、一国一共産党、すなわち日本では唯一前衛党の日本共産党を守るということを最優先させることに現れている。大衆運動の発展が日本共産党にダメージとなりそうだとなると、その発展を押しとどめ、それに積極的に敵対し、攻撃する。特に、選挙へのマイナスの影響を恐れている。日本共産党議員団こそ、民主連合政府路線の鍵となる存在とされているからである。それに対して、60年安保闘争を闘ったブントは、当時の島茂郎書記長が「虎は死んで皮を残す。ブントは死んで名を残す」という名言を残したように、大衆の解放闘争の徹底発展を追求したのであった。資本主義が、その中心国アメリカでも矛盾を大きくし、また、矛盾の根本解決ができずにバブルに突入しつつある日本資本主義が懲りずに人々を困難に陥れようとしている今、その名にはじない新しい社会(共産主義社会への過渡社会)を大衆と共に建設するブントが必要である。だが、それはここまでにしておく。

 約束は守らねばならぬ。だが、取り消すこともできる。契約の自由は解約の自由とセットである。橋下は弁護士だから、不当な方法で結ばされた契約は無効であるということはわかっているはずである。それから、橋下は、法と倫理が対立する場合のことにも触れている。合法でも倫理に反することをやってしまったことに負い目を感じ、反省した人もいる。戦後しばらくたってから、そういうことを証言した元日本兵もいる。良心の呵責に苛まれ続けるようなことを人々にやらせる国はひどい国である。慰安婦は、自由意志で、契約取り消しを自由に表明できて、簡単にそれが認められたのか。経営者は、解雇の自由(権利)だけを特に重視して、労働者の辞める自由をちゃんと認めていたか。経営者は、労働者が辞めたい時に辞めることを簡単に認めず、辞めたくない時に自由に辞めさせるのではないか! 今日でも、禁煙やクールビズなど事実上の強制というものが存在している。喫煙者は、意志の弱い、人格的に劣った連中とか、ネクタイなんて遅れてる、というような人格評価、人の価値付けが行われ、それが圧力となり、事実上の強制となる。それに逆らうには勇気や意志や力がいる。それに逆らう自由がなければ、戦前みたいになる。少数民族などのマイノリティーの権利のために闘うことは、プロレタリアートを全人類の解放者にふさわしく成長させることであり、そのヘゲモニーを形成することが共産主義運動のつとめであることはマルクスやレーニンの実践から明らかなことである。それには、まず、そうした人々の境遇や状態や要求などについて知ることが必要であり、労働者内部にそうした人々がいないなら、外部から招いて、そういう知識を「外部注入」することが必要である。労働者が労働組合運動だけをやっていては、そうした外部の人たちの状態をリアルに知れるわけがない。

 例えば、某派の人が、労働者の欲望を拡大していけば、資本主義と必ずぶつかるといっていたのを聞いて、ちょっと議論をしなければならないと思いながら、その人が亡くなってしまったのでそれがかなわなくなるということがあった。思うに、その人は、労働者がいろんなものがほしいと欲望を大きくしていけば、賃金が低いと不満を持ち、賃上げをしぶる資本家に不満や怒りが高まって、闘うようになると言いたかったのだろう。それに対して、別の派の人は、今や、人類は高次の欲求である関係そのものへの欲望を強めていると言っている。確かに、現代資本主義下では、貧困問題、下層の問題がふたたび浮上しているのだが、ただ腹いっぱい食べられればいいという終戦直後の廃墟の時代とは欲望の中身が異なっている。いや、焼け野原の中でもただ食べられればいいというだけの欲望のみがあったわけではない。この頃、哲学者西田幾多郎の本が売れるという現象もあったのである。いかに空腹でも、人々は、「いかに生きるべきか」を考え、生き方を欲求するのであって、だから哲学はなくならないし、人々を惹きつけるのである。哲学がそれに答えられないがゆえに、その代替物として、人々が宗教にいってしまうのである。橋下にはそれがないということが一連の発言で完全に暴露されてしまったので、これでお終いである。橋下には新しいものは何もなかったのである。しかも、石原慎太郎には、右派宗教団体が支持基盤としてあるが、橋下にはそれがないのである。

  『アフリカ史』(山川出版)、松浦玲『徳川慶喜』(岩波新書)、竹内実『毛沢東と中国共産党』(中公新書)、山口昌男『アフリカの神話的世界』(岩波新書)、王柯『多民族国家中国』(岩波新書)。ネグリ『マルクスを超えるマルクス』(作品社)、ドゥルーズ・ガタリ『千のプラトー』河出書房新社、など。

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