憲法

国民投票法国会成立弾劾!

 「国民投票法」が、14日参議院本会議で自公の賛成多数で可決した。多くの人々が、9条改憲を望んでいない中での、改憲手続き法の強引な制定を弾劾する。

  これで、いよいよ9条改憲に向けた自民党安部政権の動きが本格化することになる。とはいえ、国民投票法には、異例の18項目の付帯決議が付けられているし、投票年齢を18歳以上としたことで、関連する多くの法律の見直しが必要となり、しかも、改憲案の国会での審議は3年間凍結となっており、なお改憲のハードルは高い。

 3年後に、自民党がどうなっているかはわからない。以下は、近い時期に行われたマスコミの世論調査結果である。JNNの世論調査では、安部内閣の支持率は、3・4ポイント低下した。それに対して、共同通信の世論調査では、3・4ポイント上昇した。NHK世論調査は、共同通信の結果と同じく、支持率が上昇している。JNN・共同通信の世論調査は、共に、5月12、13日であるから、ちょうど、「国民投票法」が参院委員会で採択された直後である。
 
  JNNの世論調査結果では、自民党支持率5ポイント、公明党支持率も下がっている。4月は、日中関係の修復をアピールした温家宝首相の来日・首脳会談、訪米など、外交で安部政権の成果をアピールできたということもあろうし、統一地方選・参議院補欠選挙があって、選挙モードにあって、党員や支持者のアピールの影響というものもあったから、支持率が上昇したのかもしれない。しかし、それでも、共同通信の世論調査では、上昇が続いているという結果が出ているわけで、今、安部政権支持率のベクトルが上向きなのか下向きなのかはわからない。
 
  しかし、人々の意識が安部総理とずれているのは、両方の世論調査からわかる。一つには、国民投票法案成立を急ぐなという多数世論(JNN56%)があるのに、与党が、審議・成立を急いだということである。
 
  二つには、安部総理が、解釈変更での解禁を狙っている集団的自衛権行使問題である。
 
  JNNでは、「「行使できるようにすべきと思う」と答えた人が45%だったのに対し、「そうは思わない」が42%と」賛否が拮抗、「このうち、集団的自衛権を「行使できるようにすべき」と答えた人に望ましい手続きを尋ねたところ、「従来の政府の解釈を変えて行使できるようにする」という人は34%に留まって」いる。
 
  共同通信では、「集団的自衛権行使は憲法で禁じられているとの政府解釈に関し「今のままでよい」が62・0%と、4月の前回調査より7・4ポイント上回った」。
 
  こうした世論調査結果に反して、安部首相は、

       安倍首相が法制局見解を否定=「必要最小限」は量的概念-集団的自衛権

 安倍晋三首相は14日の衆院テロ防止・イラク支援特別委員会で、内閣法制局が集団的自衛権の行使が憲法上許されない理由として「自衛のための必要最小限度の範囲を超える」と説明していることについて、「必要最小限、これは量的な概念だと認識している」と述べた。従来の内閣法制局見解を否定して「量的概念」とすることで、集団的自衛権を行使しても、自衛のための必要最小限度の範囲にとどまるケースが論理的にあり得るとの認識を示したものだ。行使容認へ憲法解釈の変更に意欲を示したものとみられる。原口一博氏(民主)への答弁。(「時事通信」2007/05/14)

 と、改憲しないまま、集団的自衛権行使が可能だという見解を示した。

  以前、安部首相は、国会で、集団的自衛権は自然権であるという認識を示している。しかし、自然権は、人権について言われるのであって、近代国家に対して言われるのではない。国連は、国家連合という国家単位の団体だから、集団的自衛権について、自然権なら言わずもがなのところをあえて明記しているのである。そして、集団的自衛権の規定は、その他の様々な規定との関係でも規定され、制限されているのであり、究極的には、国連軍に世界秩序維持の強制力を任す目標を掲げ、そのために国家主権を制限し、部分的に委譲するように求めているという目的の下にある。
 
 それに対して、安部総理をはじめとする保守派は、集団的自衛権行使を国家権力を制約から解放するものととらえているのである。国家を自由にするというのが、保守派の自由主義であり、それに対して、人々には、自由の濫用を戒め、権利よりも義務を課し、いらぬ道徳で縛りつけようとしている。かれらの憲法観は、国家が「国民」に指令したり、命令したりする根拠法というものであって、社会契約説的な人々が国家を規定し、制約を加えた根本法というのとは違うのである。
 
 いずれにしても、国民投票法の成立は、憲法をめぐる闘いの始まりに過ぎない。それにしても、14日のTVタックルでは、青山という人は、2011年後の中国の膨張主義の本格的発動があることを、4000年にわたる中華思想という観念から導き出すという典型的な観念論に陥っていることを示したし、屋山という人は、何を言っているのかさっぱりわからないし、宮崎は、中国のバブル崩壊から対外膨張を説いて、考える能力のないこと、思慮が欠けていることを自己暴露した。ハマコーは、軍事的統一であれ、政治的統一であれ、台湾への人民解放軍の駐留があれば、沖縄の目の前に、中国の軍隊が存在することになると言ったが、このことは、沖縄こそが、台湾海峡有事の最前線基地であり、東アジア有事で、ミサイルなどの標的になるのは、東京などではなく、沖縄の米軍基地であることを暗示するものである。すでに、親米保守派の間では、アメリカが、米朝国交正常化に向かっていくと決めた以上、朝鮮半島有事で危機を訴えて、9条改憲や集団的自衛権行使解禁をはかろうというプロパガンダもリアリティに欠けるので、中国の脅威を強調する作戦に変更したようだ。
 
 なお、安部自民党は、結党以来の悲願である改憲に向けて前進したというようなことを言うが、憲法が60年以上変わっていないから、時代に合わないので変えるというなら、やはり結党以来50年以上も改憲を掲げ続けるというのも古くさいことである。同じように古いのだから、自民党綱領を時代に合わせて変えればいいのに。

 9条改憲に反対の人は、各社世論調査で、過半数を占めており、安部首相の改憲の狙いは、簡単には実現しない。イラク戦争が泥沼化していることは、9条改憲へのブレーキになるだろう。そして、「9条改憲阻止の会」その他の様々な草の根の反改憲運動の広がりがある。『読売新聞』の憲法世論調査では、ここ数年、改憲のベクトルは下向きだ。大手全国紙がこぞって改憲を主張する中で、それと逆に世論が動いたことは、反9条改憲運動に希望があることを示している。これからだ。

 なお、沖縄は、東アジア有事の最前線基地としてさらに米軍再編の中で、基地機能が強化されようとしていることは、辺野古への海上自衛隊艦船の派遣によって明らかである。ただの調査ではなく、自衛隊の力を使って、なんとしても基地建設に道筋をつけようというのである。辺野古への基地建設に反対する運動がいかに強力であるにしても、それに自衛隊を差し向けるとは、許し難い暴挙である。それは、与党系の県・自治体でさえ戸惑うほどのものであり、沖縄の人々の反発を生むものだ。そこまでして、アメリカに奉仕しなければならないというのが、安部政権の従米姿勢を如実に表しているのである。この暴挙に抗議する。

 憲法情報

 憲法メディアフォーラムhttp://www.kenpou-media.jp/

 News for the People in Japanhttp://www.news-pj.net/index.html

  許すな!憲法改悪・市民連絡会http://www.annie.ne.jp/~kenpou/

  福島みずほのどきどき日記http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/?xml

 内閣支持率が再び低下、JNN世論調査

 この2ヶ月上向いていた安倍内閣の支持率ですが、今月は再びマイナスに転じ、先月よりおよそ3ポイント低い51%となったことがJNN世論調査で判りました。

 調査は5月12日、13日に行いました。その結果、この2ヶ月間上向いていた安倍内閣の支持率は、3.4ポイント下がって51.7%でした。それでも、依然「支持する」が「支持しない」を上回っています。

 また、政党支持率でも、この2ヶ月上向いていた自民党が先月より5ポイント下がって31.6%となる一方、今年2月から支持を減らしてきた民主党が持ち直して18.9%となりました。

 一方、国民投票法案については、「今の国会で成立させる必要はない」と答えた人が先月よりやや増えて56%に上り、今月も過半数を超えました。

 また、安倍総理が研究のための有識者懇談会を設けた集団的自衛権について尋ねたところ、「行使できるようにすべきと思う」と答えた人が45%だったのに対し、「そうは思わない」が42%と、賛否が拮抗する結果となりました。

 このうち、集団的自衛権を「行使できるようにすべき」と答えた人に望ましい手続きを尋ねたところ、「従来の政府の解釈を変えて行使できるようにする」という人は34%に留まっています。(14日JNN)

 見直し必要なしが62%
 集団的自衛権の憲法解釈
(2007年05月13日 【共同通信】)

 共同通信社が12、13両日に実施した全国電話世論調査で、集団的自衛権行使は憲法で禁じられているとの政府解釈に関し「今のままでよい」が62・0%と、4月の前回調査より7・4ポイント上回った。解釈見直しを検討する政府の有識者会議の初会合が18日に開かれるが、変更の必要はないとの声が強まる結果となった。

 安倍内閣の支持率は47・6%と3・4ポイントの増。初めて40%を割り込んだ3月を底に4月に反転し、今回、回復基調に乗っていることが確認された形。安倍晋三首相が4月下旬の靖国神社の春季例大祭で供物を奉納したことに関し、事実を明確に認めていないことについては「適切だと思わない」(62・1%)が「適切だと思う」(32・2%)に大きく差をつけた。

 集団的自衛権行使禁止の解釈で「今のままでよい」が増える一方、「憲法解釈を変更し、行使できるようにすべきだ」との回答は5・0ポイント減の13・3%。「憲法改正し、行使できるようにすべきだ」はほぼ横ばいの19・1%だった。

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国民投票法参院委員会採決に抗議する

 5月11日、「国民投票法」与党案が参議院特別委員会で自公の賛成多数で通過し、14日の参議院本会議での成立する見込みとなった。
 
 なにがなんでも9条を改憲するという安部首相の願望が一歩前進したわけだが、教育基本法改悪と同様、実際には、改憲するには使いづらいものになった。
 
 一つには、審議を急ぎ、とにかくまず「国民投票法」を成立させなければならないと多くの論点を積み残したままになっているという問題がある。安部総理は、改憲が必要な理由を憲法の成立過程に問題があることを繰り返し強調しており、その理屈で言えば、「国民投票法」成立過程に問題があることは、後々まで、引きずることになることは明らかである。その点を示しているのは、18項目にも及ぶ付帯決議を付けていることである。
 
 それを条件に、11日の委員会採決、14日の本会議採決という日程で民主党と合意したのだが、これだけ多くの付帯決議項目を並べているのは、やはり、参議院選挙をにらんでの選挙戦術ということもあろうし、また、にわかに世論がこの問題に対して反応し始めたということもあるのだろう。成立を先延ばしして、世論が騒ぎ出す前に、とにかく大きく譲歩してでも、法案を成立させてしまって、既成事実の重みで、なんとかしようという狙いではないだろうか。
 
 自民党船田元、民主党枝野幸夫の自民・民主の国民投票法案の合意案づくりを推進してきた二人が、改憲は無理だし、やってやれないと改憲合意に向けた協議を投げ出してしまったように、安部首相が、夏の参議院選挙で、改憲を争点に掲げると年頭にぶち上げてしまった以上、民主党の協力を得る道はなくなってしまったからである。当面、このままだし、改憲に必要な国会の3分の2以上の賛成を得る見通しは立たない。それに、憲法96条の言う改憲発議に必要な国会議員の3分の2以上の賛成というのは、衆参両院議員の3分の2以上ということだろうが、それは全議員投票というような形を意味するのか? それとも通常の議案のように、衆議院で3分の2以上の賛成で、参議院でさらに3分の2以上の賛成という二段階の手続きを経て、しかも、参議院で否決された場合には、衆議院優位という原則で対処するのだろうか? 衆議院と参議院の選挙制度の違い、任期の違い、性格の違いを改憲手続き上、どう評価するか? 等々、議論すべき点が積み残されている。
 
 まあ、それは先の話なのだが、投票年齢の18歳への引き下げは、通常の選挙での投票年齢の問題とかいろいろなことに関係していて、それも含めて、改定が必要となれば、その審議だけでも軽く3年は超えてしまうだろう。
 
 改憲案に落ち着いて取り組めるようになるのは、さらにその先の話であり、結局は、実際の改憲は遠のいたわけである。そこで、保守派の「日本会議国会議員懇談会」は、日大教員の百地章氏を招いた勉強会を開いて、「国民投票法案が「改憲阻止法案」となる危険性」があるという認識を得たようである。

 百地氏は、『産経新聞』「正論」に以下の文章を寄せている。しかし、結局は、すでに明らかにしたように、参議院で委員会可決された「国民投票法」与党案と付帯決議は、百地氏が危惧した点を残したばかりか、百地氏が、『産経』「正論」の5月17日「憲法モラトリアムの終焉」という文章で、最低投票率規定を否定しているのとは反対に、付帯決議には、最低投票率について議論することが盛り込まれた。
 
 しかし、この点について、民主党は、様々な問題点が出てきているにもかかわらず、参議院でも、最低投票率規定を入れない民主党案を、身内の議員からさえ、不十分なままの法案を提出してしまったという認識が表明されているのに、対案路線だとして、参議院に提出してしまった。それも、そのまま採択にもかけられないまま、葬られてしまったのである。この対案路線にどんな意味があるというのだろうか。
 
 しかし、やはり百地氏も学者にはめずらしくない政権の太鼓持ちでしかないようだ。百地氏は、3月には、自民党の国民投票法案では、改憲阻止法になりかねないと言っていたのに、その危惧は今ではどこへやら、実際に国民投票法案が国会通過しそうになると、「憲法記念日には間に合わなかったものの、憲法施行後60年にして漸(ようや)く国民投票法が成立することを心から喜びたいと思う」と述べている。中身がそれほど百地氏の主張通りには変えられていないというのに、国民投票法成立を「心から喜びたい」というのは、自らの信念や主張はどこに行ってしまったのだろう。

  そして、国民投票法案に最低投票率の規定がないことが問題になると、「これに対し、与党側では、「否決を狙ったボイコット戦術を誘発する恐れがある」とか、「国民の関心の低いテーマでは改正が難しくなる」などの理由で反対しているが、さらに反論を加えることにしよう」と与党の応援をかってでる。

 そして最後に、「安倍総理は、憲法改正問題を次の参議院選挙の争点にしようとしているが、それは当然であろう。選出される参議院議員の任期は6年あり、その間に憲法改正の「発議」がなされるであろうことは、まず間違いないからである。そうなれば彼らは憲法改正案を審議し、発議に直接かかわるわけだから、憲法改正を託すにふさわしい人物を国会に送り込む必要がある。その意味でも、今度の参議院選挙は、かつてない重要な選挙になるのではなかろうか」と締めくくる。3月から数ヶ月で、どれだけ百地氏が、恥知らずに、政権にすり寄って、自説を曲げたかは、下の二つの文章を比較してみれば、一目瞭然である。

 今度の夏の参議院選挙で選ばれる参議院議員は、国民投票法が成立したからといって、改憲しなければならないと義務づけられたわけではない。改憲しないという選択肢が当然あるわけで、今度の参議院選挙で、「憲法改正を託すにふさわしい」かどうかを基準に議員を選ぶべしというのは、百地氏の願望にすぎない。9条改憲必要なしという意味での反改憲派は、各種世論調査で多数を占めている。改憲世論の多くは環境権などの人権項目を加憲するというものである。
 
 安部首相は、成立から60年もたっているのだから、改憲した方がいいと主張するのだが、それなら、戦前にできたままの項目が、刑法だの民法にもあり、それらも年数がたったから、変えた方がいいのだろう。 右派の中には、戦前の明治憲法がいいからと、逆に、昔に戻せという者もあるが、いずれにしても、国民投票法が成立したからといって、改憲が簡単になったというわけではない。
 
 参戦国化のための9条改憲を狙う国民投票法案の参議院委員会可決を弾劾する。
 
「問題多い国民投票法案の内容」
 ─日本大学教授・百地章
■メディア規制削除など大丈夫か

●譲歩しすぎの自民党

 「憲法改正国民投票法」について、安倍晋三総理は憲法記念日までに成立させるよう自民党に指示したという。

 気になるのは法案の内容である。昨年12月14日の与党修正案を見ると、問題点が非常に目につく。というのは、成立を急ぐあまり、自民党が公明党や民主党の要求に対して、次々と譲歩を繰り返してきたためで、特に国民投票運動など、本当にこれで大丈夫なのかと思う。

 護憲派は、本音では国会での改憲阻止をあきらめ、国民投票で決着をつけようとしているという。とすれば、彼らが少しでも有利な国民投票運動をと考えるのは自然であろう。

 この点、与党修正案では裁判官、検察官、警察官などの国民投票運動まで自由とされ、国家公務員法や地方公務員法の定める「公務員の政治的行為の制限」も適用除外になった。このため、国民投票運動という名の政治活動は自由となり、自治労などの主導のもと、全国で公務員による大々的な憲法改正反対運動が繰り広げられる可能性も出てきた。また、日教組あたりの反対運動を考えれば、公務員や教育者の地位利用なども気になるところだが、これも禁止規定のみで罰則は削除されてしまった。ちなみに、公職選挙法には罰則も存在する。果たしてこれで国民投票の「公正性」は担保されるであろうか。

●公正なルール作りを

 「全体の奉仕者」たる公務員には、地位の特殊性と職務の公共性から「政治的中立性」が要請される。にもかかわらず、なぜ「政治的行為の制限」が適用除外とされてしまったのか。その理由としては選挙運動と違い、国民投票運動は原則として自由であるべきだなどといったことがあげられる。

 確かに国民投票は国民自身が直接「主権」を行使する極めて重要な機会である。しかし「主権の行使」とはいっても、それはむき出しの権力つまり法的な規制を一切受けない「憲法制定権力」の行使とは異なる。あくまで「憲法改正権」という憲法上認められた権限・権利の行使であるから、法的安定性や公正性を確保するために種々の法的制約が課せられる。それゆえ、主権の行使だから無制約な運動を認めよ、などということにはならない。

 また、人物を選ぶ選挙と違い、国民投票運動では国の将来を見据えた国民の自由な議論が必要だから制約などすべきでないといった乱暴な意見もある。しかし、自由な議論を保障することと、真の自由を確保するために「公正なルール」を設定することとは別に矛盾しない。

 もし政治的に中立・公正であるべき公務員が「自由」の名の下に積極的に政治運動にかかわれば、行政の中立性は失われ、国民投票運動の公正性も著しく損なわれよう。それでも良いのか。

●テレビの規制は必要

 もう一点、非常に危険に思われるのは、民主党の主張に押され、メディア規制が完全に削除されてしまったことである。もし、新聞やテレビが連日にわたって、「9条改正は戦争への道」などといった宣伝を繰り返したら、どうなるであろうか。

 最高裁のいうとおり、「事実の報道の自由」は憲法で保障されており、その侵害は絶対に許されない。しかし報道の自由も、あくまで国民の「知る権利」に奉仕するために認められたものであって、報道機関に特権を与えたわけではない。となれば、報道各社が社説等で自らの意見を主張するのは自由でも、報道機関としては当然、公平・中立な報道が要請される。それゆえ報道のあり方については何らかの規制が必要である。
職選挙法では虚偽報道や歪曲(わいきょく)報道が禁止され、罰則まで存在するではないか。

 それにかつてのTBSのオウム報道、テレビ朝日のダイオキシン報道、さらにNHKの「女性国際戦犯法廷」番組、最近の関西テレビによる「捏造(ねつぞう)」番組等、マスメディアの実態を直視するならば、「報道の自由の尊重」などといったきれい事だけでメディア規制を完全に削除してしまうのは危険である。それどころか最近では捏造番組の再発防止のため、放送法改正の動きさえある。それゆえ、少なくとも影響力のきわめて大きなテレビについては「公平・中立な報道」に努めるよう一定の規制を課すべきである。ちなみにフランスやスイスでも、テレビ・ラジオについては規制をしている。

 このままでは、この法案は「憲法改正阻止法」となりかねない。千載に悔いを残さぬよう、自民党内で是非とも再検討を加えていただきたいと思う。(ももち あきら)(産経 19/03/08)
 
  【正論】日本大学教授・百地章 憲法改正モラトリアムの終焉

日本大学教授・百地章氏
■改憲を参院選の争点に議論深めよう

■「最低投票率」論への疑問

 憲法改正国民投票法案は現在、参議院で審議中であり、5月中には成立の見込みという。憲法記念日には間に合わなかったものの、憲法施行後60年にして漸(ようや)く国民投票法が成立することを心から喜びたいと思う。

 ところで、最近にわかに浮上してきたのが「最低投票率」をめぐる問題である。

 現在の与党案には最低投票率の規定はない。そのため、これに異を唱える人々は「仮に投票率が4割にとどまった場合には、最低投票率の定めがなければ、有権者のわずか2割の賛成で憲法改正が承認されることになる。それで国民が承認したとは、とうてい言えまい」(朝日新聞社説、4月19日付)と批判している。

 これに対し、与党側では、「否決を狙ったボイコット戦術を誘発する恐れがある」とか、「国民の関心の低いテーマでは改正が難しくなる」などの理由で反対しているが、さらに反論を加えることにしよう。

■国会による「発議」の重み

 実は、このような主張がなされるのは、国会による「発議」と国民投票による「承認」の意味および両者の関係が正しく理解されていないことによると思われる。つまり国会による「発議」とは、憲法改正案の単なる「提案」ではなく、「提案」と、その前提となる国会による「承認」(賛成)の両者を含んでいる。このことが良く分かっていないのではなかろうか。

 すなわち、通常の法律であれば「提案」(議案の発議)は衆議院で議員20人以上、参議院では議員10人以上の賛成者がいれば足り、両院の多数の賛成で「可決」される。ところが、憲法改正の場合には「提案」(憲法改正原案の発議)だけでも衆議院で議員100人以上、参議院で議員50人以上の賛成が必要であり、「可決」のためには、さらに両議院議員の各3分の2以上もの賛成が必要である。

 こうした慎重な手続きを経て、憲法改正原案は国会で「承認」され、しかる後に憲法改正案が国民に「提案」され、国民投票にかけられることになる。これを見ただけでも、国会による「発議」が単なる「提案」でないことは明らかであろう。

 現行憲法は代表民主制を採用しており、国会は主権者国民を代表する「国権の最高機関」である。憲法改正案は、その国会において両議院議員の3分の2以上という多数の賛成を得た上で、国民投票にかけられるわけだから、この「発議」の重みはもっと重視されなければなるまい。しかし最低投票率論者は、なぜかこの点に触れようとしない。

 逆に、国会で3分の2以上の多数が賛成しても、例えば国民投票の投票率が4割の場合、有権者のわずか2割以上が反対しただけで憲法改正は否決されてしまうわけだから、理屈からいえば、むしろこの方が問題であろう。

 それに、公職選挙法は最低投票率を採用していないし、諸外国でも、イタリア、オーストラリア、スイス、スペイン、フランスなどの大多数の国は、最低投票率の規定など置いていない。したがって、わが国でもこのような制度の採用は疑問である。

■憲法と正面から向き合う

 国民投票法が成立すれば、憲法改正問題は新たな局面へと移行する。3年間の凍結期間はあるものの、それを過ぎればいつ国会によって憲法改正案が「発議」され、国民投票に付せられるか分からないからである。そうなれば、これまで「憲法など関係ない」と暢気(のんき)に構えてきた国民も、いやおうなく憲法に直面させられる。国会による憲法改正の発議に対して、それを「承認」するかどうか、正面から向き合わなければならないわけである。

 戦後60年、憲法改正モラトリアムの時代はこうして終わりを告げ、国民一人一人が主権者としての自覚と責任を問われることになる。21世紀の日本をいかに構想し、わが国の将来をどのようにしていくのか、すべての国民が今こそ真剣に考えなければならない。そうすると、投票率も自然と高まる。

 安倍総理は、憲法改正問題を次の参議院選挙の争点にしようとしているが、それは当然であろう。選出される参議院議員の任期は6年あり、その間に憲法改正の「発議」がなされるであろうことは、まず間違いないからである。そうなれば彼らは憲法改正案を審議し、発議に直接かかわるわけだから、憲法改正を託すにふさわしい人物を国会に送り込む必要がある。その意味でも、今度の参議院選挙は、かつてない重要な選挙になるのではなかろうか。(ももち あきら)
(2007/05/08)

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沖縄と憲法

 今年の憲法記念日は、改憲派・反改憲派双方が、力を入れた集会を開いた。反改憲派は、日比谷公会堂集会約6000人という大集会を成功させた。
 
 そうはいっても、改憲派は、国会で多数を占め、9条改憲のための国民投票法与党案を衆議院で強行通過させ、参議院に送った。参議院では、一日6時間というハイペースで、審議を急いでいる。ところが、最低投票率の問題など、問題点がつぎつぎと指摘され、あるいは、民放連が国民投票法案のマスコミ規制に反対を公表するなど、ここにきて、与党ペースの審議に対する人々の懸念を示す声などが大きくなってきている。
 
 自民党は、国民投票法案の今国会通過を見越して、次の段階の改憲に向けた計画を練り始めている。9条改憲に向けた2段階作戦である。世間の改憲支持世論の多くは、9条改憲には反対で、環境権などの新たな人権項目を加える加憲を求めている。
 
 それに対して、自民党の基本的な改憲目的は、9条改憲にある。改憲世論と自民党の意識は、ずれているのである。それに合わせて、まず、環境権などの改憲を先にやって、改憲タブーを壊した上で、次に9条改憲に持ち込もうというのである。国民投票法案は、成立から3年は国会での改憲発議はしないとなっている。改憲発議解禁前に、総選挙があるから、そこで、改憲問題の審判があることになる。しかし、沖縄の先の参議院補欠選挙でもそうだったが、与党は、国政選挙であるにもかかわらず、安部政権が最大の課題であり、夏の参議院選挙で争点とすると公言した改憲問題について訴えるのをさけた。夏の参議院選挙でもはたして与党候補が、憲法問題をどれだけ前面に掲げて選挙を闘うのか、疑問である。
 
  他方で、安部首相は、訪米に先立って、集団的自衛権行使について、4類型の具体的なケースを検討する有識者懇談会を設置することを表明した。日米首脳会談では、このことをブッシュ大統領に対して強調したという。その集団的自衛権有識者懇談会のメンバーは、安部ブレーンといわれる人物やもともと集団的自衛権行使に積極的な人たちで、5月5日の『東京新聞』によれば、13人中12人が賛成派である。この有識者懇談会は、「はじめに結論ありき」の安部首相の御用機関である。形式民主主義の形式すら身につけない、露骨な裸の独裁である。
 
 『琉球新報』は、普天間基地移設問題を話し合う日米行動委員会(SACO)の協議過程で、アメリカが、普天間基地移設後、同基地の緊急時の滑走路機能を代替するものとして、那覇空港の使用について沖縄県と合意する必要があるということを主張したことを暴露した。
 
 『沖縄タイムス』は、「朝鮮半島有事の際、普天間飛行場が米軍のアジアにおける「出撃の最前線基地」になることを裏付ける米公文書が見つかった」としてその内容を報じた。沖縄が、東アジア有事の最前線基地化されていることは明らかではあったが、それを裏付ける米側資料があったことで、事実として確かめられたわけである。沖縄の犠牲によって、「本土」が守られるという沖縄戦の時と似た情況が今も存在しているのである。

 こんな有様だから、米軍不信・本土政府不信が沖縄で根強いのも当然である。
 
  東京に本社を置く全国紙が、のきなみ改憲を主張しているのに対して、『琉球新報』『沖縄タイムス』はともに9条改憲反対を明確に掲げている。
 
   ベトナム戦争でもイラク戦争でも、沖縄の米軍基地から、米軍が戦地へ出動していったのであり、最前線基地化されてきたのである。それは、普天間基地返還などの米軍基地縮小・移転は、実際には、基地機能強化・現代化・機能拡張・再編の一環として行われるにすぎないことが、普天間代替基地計画(日米合意の辺野古沿岸案)で明らかである。普天間基地の住民負担を減らすためとして、移転を決めながら、新基地では、基地機能をより強化するということだ。沖縄県が求めている辺野古沖合案、使用期限の設定その他の条件を日米政府が同盟して、つぶしにかかっている。日米同盟は、沖縄の平和を求める人々を押しつぶす道具に化している。

 日米同盟に歯止めをかけてきた集団的自衛権不行使、9条を変えて、「戦争のできる国」にすることに沖縄の人々がより敏感であることは経験から生まれている。『読売新聞』は、6日社説で、集団的自衛権の「問題は本来、「何が憲法上、可能か」ではなく、「何をすべきか」という視点を優先すべきだ」と、憲法より優先すべきだと主張している。日米同盟が憲法を超越するという考えは、日米安保条約が集団的自衛権行使を明記していることに基づいている。それに対して、憲法上の制約があるという内閣法制局の集団的自衛権行使不可という解釈は、それと衝突してきたがゆえに、憲法9条あるいはこの内閣法制局見解かどちらかを変えるべきだというのが、中曽根元首相など保守派の見解である。どちらにしても、沖縄にとっては、基地負担強化につながる話である。

  『琉球新報』社説(5月3日)
憲法施行60年・9条を手放していいのか/平和主義の精神これからも

 憲法が施行されてきょう3日で60年を迎えた。

 「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を3原則とした憲法が、日本の平和と国民を守り続けてきた。
 
  その憲法が今、揺らぎ始めている。戦後レジーム(体制)からの脱却、日米同盟の強化を目指す安倍晋三首相の登場で改憲の動きが勢いを増している。
 その狙うところは「戦争の放棄」と「戦力不保持」を明記した9条の改正である。憲法改正手続きを定める国民投票法案の成立も、目の前に迫っている。
 
9条を手放していいのか。国民一人一人があらためて真剣に考える必要がある。「改憲ありき」の政治を許してはならない。

原点に立ち返れ

 2005年に衆参両院の各憲法調査会が最終報告書をまとめた。自民党も同年、新憲法草案をまとめている。それ以降、改正論議が加速している。

 両院の最終報告書は憲法改正の方向性を示した。特に衆院は「9条1項(戦争の放棄)の堅持」を打ち出す一方で、それと相反する「集団安全保障活動への参加」を盛り込んだ。9条の精神を形骸(けいがい)化させるものである。
 
  自民党の新憲法草案は、現行憲法の核心部分である9条を改正し「自衛軍を保持する」と明記、9条2項の「交戦権の否認」を削除した。
 
   草案の意図するところは「戦争のできる国」にほかならない。安倍首相も自民党総裁として、その方針に沿って憲法改正に意気込んでいる。
 
   安倍首相は昨年10月、英紙のインタビューで「(総裁としての2期6年の)任期中に憲法改正を目指したい」と表明。9条については「時代にそぐわない典型的条文。日本を守る観点と国際貢献を行う上でも改正すべきだ」と述べている。
 
  果たしてそうだろうか。戦後曲がりなりにも、日本が平和であり続けたのは憲法の存在が大きい。時々の為政者に歯止めをかける9条がなければ、今の日本の平和と繁栄はあっただろうか。国際紛争が絶えない時代だからこそ、憲法の輝きは増しているのである。
 
   首相の言う「国際貢献」とは何か。米軍と自衛隊が軍事行動を共にすることだとすれば、短絡した考えである。
 
  憲法が禁じ、政府の憲法解釈でも禁じられている「集団的自衛権」の行使を、有識者会議を通して解釈改憲することも首相はもくろんでいるが、それが真の国際貢献とは思えない。
 
  平和憲法を持つ国としての国際貢献を考えるべきだ。日本に求められた国際貢献は、外交面で役割を果たすことである。
 
国際紛争を解決する手段としては、永久に武力行使を放棄するとの原点に立ち返るべきだ。

  国民意識と隔たり

 共同通信が4月に実施した全国電話世論調査では、戦争放棄と戦力不保持を規定した9条については44・5%が「改正する必要があるとは思わない」と回答し、「改正する必要がある」の26・0%を18・5ポイント上回った。
 
  集団的自衛権行使の政府解釈は「今のままでよい」が54・6%と、「解釈を変更して行使できるようにすべきだ」18・3%、「憲法を改正して行使できるようにすべきだ」18・7%を合わせた37・0%を17・6ポイント上回っている。
 
  安倍首相の意に反して、国民の多くは9条改正を望んでいないのである。かえって9条を守るべきだとする声の方が多いのである。
 
  この事実に安倍首相をはじめ、政治家は目を向けるべきである。
 
   国民意識とは大きな隔たりがある中で、憲法改正を急ぐべきではない。衆院で国民投票法案を与党が強行採決で可決したような愚を繰り返してはならない。
 
  沖縄戦では住民を含む多くの貴い命が失われた。沖縄は戦後も27年間にわたり米施政権下に置かれ、人権を踏みにじられた歴史がある。
 
  それだけに、県民には平和主義、基本的人権の尊重を柱とする憲法に特別の思いがある。だが、その思いは沖縄だけのものではないはずである。
 
  第2次世界大戦の反省から制定された世界に誇れる平和憲法を引き続き堅持し、後世に引き継ぐ必要がある。
 
戦争の教訓から生まれた憲法の持つ意味をいま一度かみしめたい。

  那覇空港を緊急時使用 米空軍文書を本紙が入手(『琉球新報』5月5日)

 日米行動委員会(SACO)最終報告策定に向け在日米軍内で調整中だった1996年11月、返還後は普天間飛行場が持つ緊急時の滑走路機能として那覇空港が使えるように、日米両政府と沖縄との間で正式に合意すべきだと要望していたことが、4日までに琉球新報が入手した米空軍の文書で分かった。SACOにつながる在日米軍再編では、普天間飛行場に代わる緊急時の民間空港使用を明示しており、那覇空港の沖合展開滑走路が有事を含めた緊急時使用の対象として浮上する可能性がある。
 
 米空軍文書は96年11月25日付で、在日米軍あてに準備した嘉手納基地の第18航空団の意見をまとめた。普天間返還に伴う緊急時使用滑走路の確保について「普天間の滑走路がなくなるため、進路変更時や緊急時の滑走路として那覇空港を使用することを、米政府と日本政府、沖縄県の間で公式な合意を結ぶべきだ」と指摘している。
 
 米軍再編で2006年5月に日米合意した「ロードマップ(行程表)」で「民間施設の緊急時における使用を改善するための所要が2国間の計画検討作業の文脈で検討され、普天間飛行場の返還を実現するために適切な措置がとられる」と決めた。だが具体的にどの民間空港を使用するのかまだ公になっていない。
 
 那覇空港の沖合展開をめぐっては、小池百合子沖縄担当相(当時)が06年7月に県内での講演で、県側から要望として声を上げるべきだと指摘した上で「一時的に(普天間飛行場の)一部の発着を移す緊急措置にも使えるかもしれない」と述べ、軍事利用の可能性に触れていた。
 
 翁長雄志那覇市長も05年12月末の記者会見で、拡張された滑走路側の自衛隊使用を提案し「有事における自衛隊や米軍に対する柔軟な対応が可能」と述べ、有事における那覇空港の軍事利用に言及した。(滝本匠)

 [「最前線基地」計画](『沖縄タイムス』社説(2007年5月5日))

  県民無視も甚だしい

 朝鮮半島有事の際、普天間飛行場が米軍のアジアにおける「出撃の最前線基地」になることを裏付ける米公文書が見つかった。
 
 常駐するKC130空中給油機やCH53E輸送ヘリコプターなど七十一機に加えて、紛争が勃発したときはハワイや米本土の基地から百四十二機を段階的に配備。戦闘が激化した場合にさらに八十七機を追加し、計三百機で作戦を遂行する青写真である。

 ピーク時には九十機を常時配備することも明らかにしている。

 周囲が民間住宅地で囲まれた危険極まりない「普天間」に、現状の四倍を超えるCH46EヘリやAH1W攻撃ヘリなどを順次送り込むというのだから、身の毛がよだつ。

 文書が作られたのは一九九六年に日米両政府で普天間飛行場返還に向けた協議が本格化した時期だ。

 それなのに、ここには既に「普天間飛行場が返還された後も、朝鮮有事のための発進地を海兵隊と国連軍に提供できる基地を新たに指定」すると記されている。

 これは名護市辺野古沖で合意された当初案は言うに及ばず、何としても代替施設は造らせるとする米軍の意思とみていい。であれば、キャンプ・シュワブ沿岸部に変更されたV字形滑走路を持つ「新基地」も同じだろう。

 公文書から読み取れるのは「造るが勝ち。すべては状況に応じた運用の問題」とする米軍の傲慢な姿である。

 島袋吉和名護市長はこの計画をどう受け止めるのだろうか。もちろん仲井真弘多知事も同様だ。

 代替施設がこれからの問題であれば、「知らなかった」では済まされないからだ。市長と知事は市民、県民に対し公文書の内容を分析した上でどう考えるのか、説明する責任があろう。

 計画について、米軍部が太平洋戦争で激戦の末に獲得した“権益”を普天間飛行場の返還で失うことを恐れ、同飛行場の有用性をことさらに強調したのではないかという見方もある。

 県民の暮らしを破壊する嘉手納基地での未明の離陸をはじめヘリからの降下訓練など、既得権益を前面に押し出した強硬姿勢が目立つのは確かだ。

 問題は、このような米軍の姿勢を黙認する政府の姿勢なのであり、もし米政府との間で県民の知らない取り決めがあるのであれば、すぐに情報を公開するべきだろう。

 平和に暮らしたいと願う県民の願いを無視し、沖縄を最前線基地にしようとする米軍の思惑を私たちは絶対に認めるわけにはいかない。「普天間」の危険性の除去とは即時閉鎖である。

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憲法記念日によせて

 今日は、憲法記念日である。日本国憲法施行60年の節目の年とあって、大手新聞各紙は、社説でこぞって憲法問題について書いている。

 『毎日新聞』の4月28日、29日の電話世論調査によれば、改憲賛成51%、反対19%だったという。同紙は、「「世論調査に表れた国民の憲法意識は近年「憲法改正は賛成が多く、9条改正には反対が多い」傾向が続いている」と分析するが、『読売新聞』『沖縄タイムス』『北海道新聞』などの世論調査結果では、改憲賛成の減少傾向と憲法改正反対の増加傾向が表れている。直近の『毎日新聞』の調査が、それと逆の結果を示したのはなぜか? とはいえ、世論調査というのは、大方はあくまでも参考程度のものと見た方が間違いがないだろう。

 『毎日新聞』は、9条改正問題についても質問しているが、新しく質問項目を細かく分けるようにしたという。質問の仕方によって、回答が変わってくるのは自明のことである。回答から、「分からない」をはずしたことで、迷っている、なんとなく、などの、消極的態度を排除してしまった。『毎日』自身は、5月3日付社説で、安部総理の持論である「押しつけ憲法」からの解放すなわち「戦後レジュームからの脱却」論を「あまりに観念過剰で書生論じみている」と批判し、「私たちは「論憲」を掲げ憲法の総点検を行ってきた。憲法に不都合があれば改憲も否定しないという立場だが、結論を急ぐ必要はない」という立場であることを明らかにしている。

 『朝日新聞』『北海道新聞』の憲法世論調査結果から、改憲賛成派の多くは、環境権などの新たな人権の項目を加えることを望んでおり、9条改憲を求める意見は少数である。要するに、加憲であり、時代の変化に合わせて、人権・権利拡大を求めているのである。

 しかし、こうした人々の多数世論とは違って、改憲派の中心テーマは、9条改憲である。そのことは、『読売』『産経』両社説で明確に主張されている。自民党新憲法草案もそうである。9条は大きく変えられているが、その他の条文については、大きな変化はない。もっとも、国民の権利については制限を加えられ、前文では「愛国心」という心の強制が盛り込まれている。もっとも、とにかく9条改憲がポイントだから、他の項目については、当初案からは大幅に後退し、現憲法に近いものになっている。「

 『読売』は、「憲法改正の核心は、やはり9条にある」として、「北朝鮮の核兵器開発や中国の軍事大国化による日本の安全保障環境の悪化や、イラク情勢など国際社会の不安定化に対し、現在の9条のままでは、万全の対応ができない。日本の国益にそぐわないことは明らかだ」と述べる。

 そして、日米同盟のために、集団的自衛権行使ができるようにしなければならないと主張する。『読売』は、9条によって制約されているという認識を示しつつも、9条改憲を待っていられないと言う。

 『産経』も「集団的自衛権は行使を含めて認められると考えるべきである。日米安保体制も、それを前提に構築されている。憲法条文上、あいまいさがあるとするなら、まさに改正により明確にすべきポイントといえる」と9条改憲の必要を訴える。

 当初、吉田茂首相は、9条が自衛権をも否定しているとする見解を示していたが、朝鮮戦争勃発で、アメリカから日本の再軍備を求められるや、自衛権を否定するものではないと見解を修正し、アメリカ側の態度変化を追い風に、岸首相は、自主憲法制定・9改憲を目論んだ。しかし、左右社会党合同した日本社会党など護憲派が国会で3分の1を超えるやそれが難しいと判断し、日米安保条約改定によって、集団的自衛権行使を明記するという無茶をやった。それ以来、憲法9条と日米安保条約の集団的自衛権行使規定の間の矛盾が、冷戦状況をも反映しながら、日本の左右両派の大きな対立点となって、政治を二分してきたのであった。

 改憲問題が、これまで、タブーのようになったのは、改憲イコール参戦を意味したからである。ところが、1991年湾岸戦争において、国際社会が一致して、国連安保理決議による国際法上、合法的な多国籍軍による戦争ということが起きた。それまでは、米ソ冷戦を背景として、地域戦争・内戦などに米ソが介入する形の戦争が多く、それらは国連安保理で、どちらかの拒否権行使によって、国際社会が一致することのない戦争であった。

 一方にくみすれば、他方からの攻撃を受ける可能性があり、戦争に「まきこまれる」可能性があった。したがって、非武装中立という選択肢が一定の支持を受けたのである。

 それが、湾岸戦争で変わったというわけである。国連安保理決議に基づく多国籍軍による戦争に、日本は、金を出すだけでいいのかというわけだ。アメリカは、自衛隊を出して、血を流せと求めるようになってきた。はっきりいって、ほとんど脅しのようなものだが、自民党ばかりではなく、野党までが、こうしたアメリカの脅しに屈しながら、それを誤魔化して、これからは、積極的な国際貢献が必要だとして、その足かせになっているとして、9条改憲、手段的自衛権行使解禁に動く議員が増えたのである。

 しかし、湾岸戦争後の長い過程を経て、約10年後のイラク戦争においては、明確な武力行使容認の国連安保理決議がないまま、ブッシュ政権のフセイン憎しのアメリカのための戦争に有志連合が加わって、イラク全土を制圧する侵略戦争になった。2003年5月1日には、ブッシュ大統領は、勝利宣言をしたのだが、それから4年、米兵の死者は、3千数百人に達し、米軍を増派する中で、4月には、一ヶ月の米兵死者数が104人になった。有志連合からは次々と各国部隊が引き上げ、今やほとんど米軍だけが、イラクに駐留しているようなかっこうだ。

 『読売』は、9条が役に立たない理由の一つにイラクの治安情勢悪化に対応できないことをあげているのだが、これは、転倒した考えである。『東京新聞』社説でも指摘されているように、もし集団的自衛権行使ができ、自民党草案の9条3項の国際貢献任務の規定があったら、自衛隊は多国籍軍に参加して、イラクに駐留して、治安維持活動にも参加して、犠牲者を出していたかもしれない。イラクの治安情勢悪化に対応するというのが、何を意味しているのかよくわからないが、もし、米軍が「テロリスト」の攻撃によって苦戦しているということを想定しているのならば、今米軍を攻撃している勢力に対して、集団的自衛権を行使して、攻撃するという対応ができないという意味なのだろうか。

 『読売』は、「日本を守るために活動している米軍が攻撃されているのに、憲法解釈の制約から、近くにいる自衛隊が助けることができないのでは、同盟など成り立たない」というのだが、「日本を守る」ということが曖昧である。中東からの石油にほとんど依存している日本の産業や生活を守るためには、中東の石油の安定確保がかかせないので、そのような「日本を守る」ためにも米軍はイラクに大量長期駐留しているのだから、その米軍が攻撃されているのに、近くにいる自衛隊が助けることができないのでは、同盟関係など成り立たないというのである。

 もちろん、これは、東アジア有事のことを主に念頭に置いているのだろうが、陸上自衛隊は撤退したが、空軍の輸送支援部隊は今もイラクで活動しており、その主な輸送活動は、米軍向けであるということで、米軍の近くに自衛隊がいる状態でもあることを忘れてはならないのである。

 『読売』『産経』は、はっきりとアメリカの戦争に参戦しろと言っているのであり、安部総理もそういう考えである。

 『産経』は、「日本占領中の連合国側が、日本の弱体化を図った時代に、現憲法は生まれた。当時は、激しいインフレの中で労働争議が頻発し、社会は騒然としていた。悲惨な戦争の経験から、恒久平和を願う国民が、結果的にこの憲法を受け入れたのも事実だ」と一定の時代的背景から、戦争の反省と平和への願いから、現憲法を受け入れた事実を認めた上で、「しかし、時代は大きく変わった。新しい酒には新しい革袋が必要だ。そこへ自立した国家意思と国や国民を守る気概を込めることも欠かせない」。

 人々の恒久平和への意志は、「古い酒」で、「新しい酒」は、「自立した国家意志と国や国民を守る気概」という成分でできているらしい。つまりは、国家エゴという酒だ。

 『沖縄タイムス』社説は、「本紙が行った世論調査では、九条について「改正するべきでない」が二〇〇四年の40%から十六ポイント増えて56%になっている。逆に「改正すべきだ」が29%から24%に減った」という『毎日新聞』の先の世論調査とは逆の結果を示した上で、平和憲法体制への「復帰」後、「米軍基地の「本土並み」という約束がほごにされ、憲法三原則の一つである基本的人権も十分に守られなかった。平和主義だけでなく憲法そのものの理念にかなうものではなかったのである」と、憲法理念の実現が不十分であることを指摘する。さらに、米軍基地問題を抱える沖縄の特殊な現実を「日米安保条約が憲法の理念を踏みにじったのは明白で、それが暮らしの隅々に影を落とし県民を不安に陥れているのは間違いない」と指弾する。

 日米同盟によって、日本の平和が守られているとする『読売』『産経』に典型的な本土エゴによる日米同盟評価、集団的自衛権行使容認の主張と、沖縄のそれらへの受け止め方の違いがはっきりと示されているのである。

 『読売』『産経』は、こうした沖縄の苦悩を無視している。もちろん、政府も同様であり、文科省の先の教科書検定での沖縄戦での住民集団自決への軍関与を曖昧にする検定はそのことを明確に示している。この文科省検定に抗議する県民大会が来月9日に予定されている。

 『沖縄タイムス』社説は、「平和の理念揺るがすな」「九条」守るために声を」と9条改憲反対をはっきりと掲げている。今日も、反改憲派の集会やデモが各地で行われている。こうした反対派の声の高まりの中で、「自民党は2日、国民投票法案が今月中旬に成立する見通しになったのを受け、まず民主、公明両党や国民の賛成を得やすい環境権やプライバシー権の新設などの賛否を問う国民投票を行い、焦点の9条は後回しにする2段階改憲の検討を始めた」(『東京新聞』5月3日)という。沖縄県議会では、9条改憲賛成派と反対派は拮抗しており、加憲派が増えたという。夏の参議院選挙結果次第では、安部政権の基盤がさらに弱体化する可能性もある。先の衆議院選挙では、社共が善戦していることもあり、安部首相が憲法を強く争点化するとかえって、逆バネが働いて、社共がのびる可能性も考えられなくもない。

 現在の与党の改憲の狙いが9条改憲で戦争ができる国にすることにある以上、反戦派は、現在の改憲には反対せざるをえないし、それをしやすくするための国民投票法案にも反対せざるをえない。こうした改憲の垣根が低まったとする情勢を見てか、超党派の最保守議員グループ(自民党土屋や民主党松原仁や国民新党亀井や無所属平沼赳夫など)が、「新憲法制定促進委員会準備会」(座長・古屋圭司自民党衆院議員)を結成し、天皇元首化、国益条項、集団的自衛権行使、防衛軍創設などを盛り込んだ「新憲法大綱」を作成し、公表するという。憲法施行60年にあたって、3日安部首相は、改憲への強い意欲を表明した異例の総理談話を訪問先のエジプトのカイロから発した。

 かつて、岸総理の改憲の野望をうち砕き、退陣に追い込んだ反安保闘争の担い手たち、安保全学連世代を中心に始まった「9条改憲阻止の会」の反改憲運動などの闘いの正念場はこれからである。岸退陣後、後継首相となった池田は、改憲せずを公言し、以降歴代内閣は、憲法遵守を強調し、改憲を公言することがなくなった。そうさせたのは、民衆の平和を願う意志が国家意志として政権に押しつけられてきたからである。その制約から自由になろうという政権党の意志をくじくのは、民衆の闘いである。それは、まだまだこれからである。

『沖縄タイムス』社説(2007年5月3日)

[還暦迎えた憲法]

平和の理念揺るがすな

「九条」守るために声を

 「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」を基本原則とする憲法が施行されて満六十年を迎えた。

 各種の世論調査でも分かるように憲法を取り巻く環境は変化し、特に「新憲法制定」を公約に掲げる安倍晋三首相の登場で憲法の改正手続きを定める国民投票法案が衆院を通過するなど大きく様変わりした。

 だが、憲法の何を変え、何を残そうとしているのか。私たちは憲法をどう受け止め、暮らしの中で向き合ってきたのか。憲法記念日にあたり、もう一度考えてみたい。

 首相が目指す「戦後レジームからの脱却」は、「戦争放棄」「武力不保持」を打ち出した九条の改正と集団的自衛権の解釈変更を基軸にしている。

 しかし、本紙が行った世論調査では、九条について「改正するべきでない」が二〇〇四年の40%から十六ポイント増えて56%になっている。逆に「改正すべきだ」が29%から24%に減った。

 これは「歴史的な大作業だが、私の在任中に憲法改正を成し遂げたい」と述べた安倍首相への県民の答えと言っていいのではないか。

 沖縄は戦後二十七年間も米施政権下にあり、復帰後も平和に暮らす権利を基地が侵してきた。基地はまた基本的人権をも蹂躙(じゅうりん)したと言っていい。

 だからこそ県民は九条護持を理由に、平和主義の理念を変えることへの危機感を示したのである。

 もちろん、変えるべきところ、付け足す必要があるところをきちんと議論することに異論はない。しかし九条改正には多くの国民が反対している。その点で首相と国民の憲法観は大きく乖離していると言わざるを得ない。

 首相が立ち上げた集団的自衛権についての憲法解釈変更を目指す有識者会議は、首相と同じ考えを持つ識者の集まりだ。これでは「まず解釈改憲ありき」ではないか。

 憲法は権力を持つ側が安易に変えるものではないはずだ。改正を急ぐ首相に疑惑の目が向いているのをなぜ直視しないのか、疑問というしかない。

 「平和の理念」を拡大解釈で揺るがしてはならず、そのためにも私たちにはしっかり声を上げる責任がある。

歴史の事実に目を閉ざすな

 共同通信社での憲法研究会で講演した日本国際ボランティアセンター前代表熊岡路也氏は、イラク戦争とNGO活動の動きを説明する中で、「国際協力では非軍事活動が大事だと確認されている」と述べている。

 紛争解決に求められているのは「当事国、周辺国との折衝や交渉」で、日本は「日本国憲法の理念をむしろ展開すべきだ」と話す。日本の安全に必要なのは「戦争できる国」に道を開く九条改正ではなく、集団的自衛権が行使できるよう憲法の解釈を変えることでもないというわけだ。

 アフガニスタンやイラクなどの紛争地域や各地で頻発するテロを考えれば、今こそ憲法前文と九条の理念が輝きを増していると言うべきだろう。

 「権力を持つ人を縛り」個人の権利と自由を守るのが立憲主義の理念であれば、国民には首相に対し平和憲法を順守するよう求める責任がある。

 私たちは日中戦争から太平洋戦争までの歴史の中で多くのことを学んできた。憲法の根幹にあるのは歴史から体感した“平和の尊さ”であり、理念を変える動きについては厳しく監視していかなければならない。

自らの憲法観が試される

 沖縄は十五日で一九七二年の復帰から三十五年を迎える。復帰時の県民の願いは「平和憲法」の下に戻ることにあった。さらに言えば、基本的人権が尊重されることへの希望であった。

 だが実態はどうだろう。米軍基地の「本土並み」という約束がほごにされ、憲法三原則の一つである基本的人権も十分に守られなかった。平和主義だけでなく憲法そのものの理念にかなうものではなかったのである。

 日米安保条約が憲法の理念を踏みにじったのは明白で、それが暮らしの隅々に影を落とし県民を不安に陥れているのは間違いない。

 憲法は確かに不磨の大典ではない。だが、首相の思惑で改憲を急ぐべきものでないのもまた確かだろう。

 改正教育基本法が成立し防衛省もできた。首相が集団的自衛権を模索するいま、私たちが歴史の岐路に立っているのは間違いない。だからこそ自らの憲法観が試されていることを肝に銘じたい。

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反改憲派急増中

 まもなく5月3日の憲法記念日である。憲法問題についていくつかの報道があった。

 枝野民主党憲法調査会長は、国民投票法案で与野党が修正合意できなかったのは、安部首相と小沢代表の責任だと批判した。枝野議員によれば、与党党首が、改憲を参議院選挙の争点にするとぶちあげた以上、野党党首として、それを受けて立ち、与党との違いを強調せざるをなくなくなるのは当然で、それぞれ立場上、選挙で勝つことを優先せざるを得ない。したがって、国民投票法案協議で合意することは不可能である。憲法問題を選挙争点としない党首に代わらねば、与野党合意は無理だというのである。そして、「閣僚や党首を目指す政治家、生臭い仕事をしている政治家は憲法にはかかわるべきではない。しばらく私は憲法から離れる」と述べたという。ようやく、氏もまっとうになったようである。

 自民党案と民主党案を折衷することには無理があった。与党案の基礎には、権力が国民を規定するという憲法観があり、野党案の基礎には、国民が権力を規定するという憲法観がある。後者の観点から、重要政策についての直接投票制度が盛り込まれているのであり、それは与党が受け入れられないことである。

 この間、憲法問題についての世論の変化が急速に転換している。沖縄では、『沖縄タイムズ』世論調査で、改憲賛成43%、改憲反対46%で、改憲反対が賛成を上回っている。さらに9条改正反対は56%、賛成24%になっている。2004年4月の調査では、改憲賛成50%、改憲反対29%、9条改憲賛成29%、反対40%である。

 反改憲派が急増しているという世論変化があることは疑いない。

 国民投票法案 「慎重議論を」56%/南日本新聞鹿県民調査

 南日本新聞社は4月中旬、鹿児島県内で憲法改正手続きを定める国民投票法案に関する電話世論調査を行った。同法案の審議、制定について「慎重に議論すべきだ」と回答した人は56.7%と過半数を超えた。同法案は与党の賛成で衆院を通過。与党は5月中旬にも参院で可決する方針だが、県民の多くが早期制定を望んでいないことが明らかになった。同法案について「よく知っている」は17.8%にとどまった。調査は県民1010人から回答を得た。

 国民投票法の制定に慎重な議論を求める意見は「早く制定すべきだ」の8.7%を大きく上回った。「制定する必要はない」は4.5%と、法制定自体への反対は少ないものの、野党の反発を押し切り一気に成立させようとする与党の姿勢に警戒感があるとみられる。
 国民投票法案の認知度は「少し知っている」40.4%、「知らない」23.8%で、内容が十分に知られていないことが浮き彫りになった。「分からない・答えない」も18.0%あった。

 今回の調査は、同法案が衆院を通過した直後に実施。国会の動向や残された論点など、報道が多かった時期にもかかわらず、県民の関心が高まっていないことがうかがえる。「手続きを決めるだけの法律」と、重要視しない向きもあるとみられる。

 衆院で可決された与党修正案は、(1)国民投票の対象は憲法改正に限定(2)投票権者は18歳以上(当面20歳以上)(3)両院に憲法審査会を置くが、公布から3年は憲法改正案の提出、審査はしない-などが柱。

国民投票法案

 憲法改正に必要な国民の承認を得るための投票制度を定める法律。憲法96条で改憲は衆参両院とも総員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、承認には「国民投票で過半数の賛成を必要とする」と定められているが、その具体的な手続きが未整備だった。2005年9月に衆院憲法調査特別委員会が設置されて論議が本格化。06年5月に自民、公明両党と民主党がそれぞれ法案を提出し、共同修正協議を続けたが、不調に終わった。今月13日の衆院本会議で与党修正案が自民、公明両党などの賛成多数で可決、参院に送付された。民主党修正案は否決された。共産、社民両党は「改憲につながる」と法案自体に反対した。

 本社全道世論調査(04/29『北海道新聞』)

 北海道新聞社は五月三日の憲法記念日を前に、「憲法に関する道民世論調査」を北海道新聞情報研究所に委託して実施した。憲法を「全面的に改めるべきだ」あるいは「一部を改めるべきだ」とした「改憲容認」は70・4%で、昨年より4・6ポイント減った。また、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の賛否を聞いたところ、「賛成」は32・4%と昨年より22・6ポイント減少した。五月中にも法案成立が予想される中、その内容が具体化したことで慎重になったり、改憲の現実化に危機感を抱いたりしたためとみられる。

 改憲容認は依然として七割を占めるが、その割合は二○○四年以降の調査で○四年四月と並び最も少なかった。一方、条文を改めず存続すべきだとする「護憲」は前年を6・0ポイント上回る29・0%で過去最多だった。

 改憲を容認する人に、改憲論議の中心となる九条二項の「戦力の不保持」について尋ねたところ、条文を「変更しなくても良い」とする回答は49・4%となり、「戦力を持つことを明記すべきだ」(44・9%)を初めて上回った。

 また、九条一項の「戦争放棄」については、39・5%が「自衛戦争も含めて、すべての戦争放棄を明記」とし、「自衛のための戦争であればよいと明記」(38・4%)をわずかに上回った。この、憲法の平和主義を徹底するために護憲の立場で条文を変更しようという改憲容認の意見は、昨年から7・5ポイント伸びた。

 参議院で審議中の国民投票法案については、「どちらともいえない」が46・4%を占め、「賛成」は昨年の55・0%から32・4%に大幅に減少。憲法の改正手続きを定めた法整備に昨年まで賛成だった人たちが、慎重な姿勢に転じたことが浮かび上がった。

 法案に賛成した人の58・6%は、理由に「憲法改正の手続法がなかったこと」を挙げ、「憲法改正につながるから」としたのは20・4%。一方、法案に反対する理由では「もう少し時間をかけて慎重に審議すべきだ」が最多の39・8%だった。

 憲法の解釈上では禁じられており、安倍晋三首相が一部容認の方向で検討する有識者会議を設けた「集団的自衛権」の行使については、53・4%が否定的。容認は24・2%だった。 

憲法改正反対46%/本社世論調査
賛成43%を上回る/9条改正反対は5割超(沖縄タイムス070429)

 施行六十年の憲法記念日を前に、沖縄タイムス社が二十一、二十二の両日に実施した電話による県内世論調査で、憲法改正について「必要ない」と答えた人は全体の46%で、「必要ある」の43%をやや上回った。二〇〇四年四月の前回調査で「必要ない」は29%で、「必要ある」は50%だった。憲法改正の焦点になっている九条については「改正するべきではない」が56%(前回40%)、「改正するべきだ」24%(同29%)。国会で足早に進む改憲論議に、慎重な考えを示す人の割合が増えている現状が浮かび上がった。

 改憲に反対した人に理由を聞くと「平和理念があるから」が最も多く67%、「国民の義務が重くなりそうだから」15%、「生活に根付いているから」13%だった。前回調査は「平和理念」66%、「生活」7%でそれぞれ微増。年代別に見ると、反対は五十代が最も多い。

 改憲に賛成の理由は「新しい権利や制度を加えた方がよいから」は57%(前回26%)、「アメリカの押し付け憲法だから」21%(同38%)、「自衛隊の位置付けを明確にした方がよいから」16%(同28%)。年代別で賛成に最も多かったのは三十代だった。

 改憲容認派の51%が改正は「緊急な課題」と考えている。

 九条について「改正するべきだ」と答えた人のうち、戦争放棄をうたう一項の改正が「必要」の回答は43%、「必要ない」は49%。戦力の不保持を定めた二項は「必要」が69%、「必要ない」は21%だった。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法について、「議論が十分でない中で決める必要はない」54%と「憲法改正につながるため、決める必要はない」13%を合わせて、全体の約七割が今国会での同法成立に否定的な意見を持っている。「手続きを定めることは必要」の答えは26%だった。

 内閣支持率は40%で、不支持44%をやや下回った。内閣支持者のうち57%が憲法改正に賛成、逆に不支持の64%が反対だった。

 安倍晋三首相が憲法解釈の見直しを検討している「集団的自衛権」の行使について、「使えない立場を堅持する」が51%でほぼ半数を占めた。一方で「憲法解釈で使えるようにする」(24%)と「九条を改正して使えるようにする」(15%)で行使容認派は約四割に上った。

 調査の方法 県内の有権者を対象に、二十一と二十二の両日、コンピューターで無作為に抽出した番号に電話するRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)により実施し、八百人から回答を得た。回答者の内訳は男性49%、女性51%。

 民主・枝野氏、国民投票法案めぐり小沢氏を批判(2007年4月28日『読売新聞』)

 28日開かれた読売国際会議・日本国憲法施行60年記念特別フォーラムで、民主党の枝野幸男・憲法調査会長は、憲法改正の手続きを定める国民投票法案で与党と修正合意できなかったことについて、「責任は安倍首相と小沢代表にある」と述べ、小沢氏を痛烈に批判した。

 枝野氏は、自民党の船田元・衆院憲法調査特別委員会理事らと進めた修正協議が、最終段階で覆されたことを念頭に、「(自民、民主)両方で現場の議論を聞いていない人が余計なことを言う。それは向こう(自民党)だけと言うつもりはない。2大政党で政権を争う以上、自民党総裁や民主党代表らは次の選挙で勝つことを最優先しなければいけない立場だ。そういう人が憲法にかかわれば、合意形成はできない」と述べた。

 さらに、「安倍首相対小沢代表(の構図)が続いている限りは、(憲法改正ができない)状況が続かざるを得ない。早く両党の党首が代わって、船田氏らと一緒に真っ当な憲法議論ができるような状況になることを期待している」とまくし立てた。

 また、「閣僚や党首を目指す政治家、生臭い仕事をしている政治家は憲法にはかかわるべきではない。しばらく私は憲法から離れる」とも述べた。

 一方、安倍首相が憲法改正を夏の参院選の争点に掲げたことに対し、枝野氏は、「参院選の争点にするという発言は明らかに迷惑な話だ。参院選の争点にすると言われたら、(憲法問題で)違いを強調しないといけない。だから自民党とは一緒に(憲法改正を)できなくなる」と強調した。

 公明党の赤松正雄・憲法調査会座長も「発言があるたびに、『言い回しに気を付けてほしい』と太田代表が(首相に)言っているが、あまり聞いて頂けない感じがする。ちょっと迷惑している」と不快感を示した。船田氏も「(首相を)擁護しないといけない立場だが、ちょっと言い過ぎだ」と語った。

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エクアドル制憲議会設置国民投票賛成圧倒的多数は日本の今の改憲とは違う

 日本の国会では、「国民投票法案」が衆議院で与党単独強行採決され、同法案の審議が参議院で始まった。それでも、その行方には、22日の参議院選挙の結果が、影響を与える可能性もあり、まだ流動的である。もちろん、国会での議席数では、自公が圧倒的に多数を占めているのだから、やろうと思えば、いくらでも強行することは可能なのだが、やはり選挙が近いとなると、その勝敗を、気にせざるを得ないだろう。

 日本の「国民投票法案」の場合は、「はじめに改憲ありき」で、中立的なルール法にはなっていないし、改憲とりわけ9条改憲を強く望んでいるのは、財界や『読売』『産経』などの大マスコミや自民党保守派などにすぎず、多くの世論は、別に、それを強く望んでいない。

 それに対して、急進左派のコレア大統領が誕生したエクアドルでは、改憲のための制憲議会設置の是非を問う国民投票で、78%が賛成した。改憲を望む人々が圧倒的な多数である。それに対して、日本の世論調査では、9条2項改憲に賛成の人は約半分で、しかもここ数年減少している。エクアドル議会は、富裕層が多数を占めていて、貧困の是正などを訴えるコレア大統領支持者は少ないという。民意よりもカネがものをいう選挙というのは、アメリカ大統領選挙でもそうだが、多くの国に見られる現象であり、それが多数者の政治からの排除、疎外という弊害をもたらしている。それが現実にある民主主義の問題点の一つだ。エクアドルの国民投票は、それを民意に従う代表制という真の民主主義の姿を表しているのだろう。

 日本でも民主党案の国民投票を重要政策でも実施するという直接民主主義的な国民投票制度を実現したいという市民運動の要求があるのだが、その場合には、キューバのように、改憲の発議を国民1万人以上の署名でできるようにするとか、発議権を国会に限らないような国民参加の方策についても考えなければならないだろう。とはいえ、その問題と今回の与党の「国民投票法案」とはレベルの違う話であり、これは、改憲派が、自分たちの求める改憲のための法案づくりにすぎないから、やはり、9条改憲に反対なら、そのための手続き法にも反対するのが筋である。

 なお、エクアドルの制憲議会の扱うテーマには債務問題の解決という項目が含まれているという。ちょうど、ベネズエラのチャベス政権は、債務を完済し終えたという記事があった。関連して言えば、国際機関からの債務の完済は、IMFが、債務と引き替えに債務国に押しつけてきた新自由主義政策の物的根拠を失わせるものだ。IMFからの借り手は減っており、その存在意義が問われている最中である。

 エクアドルのような形での改憲はいいことだろうが、日本の与党の進める戦争参加をしやすくするための改憲を容易にする狙いがある「国民投票法案」には反対しなければならない。

エクアドル憲法改正へ 国民投票で賛成多数(『朝日新聞』2007年04月16日)

 エクアドルで15日、急進左派のコレア大統領が求める憲法改正のための制憲議会設置の是非を問う国民投票があり、賛成票が大差で多数を占める見通しとなった。年内に制憲議会議員の選挙が行われ、新憲法制定に向けた作業が始められる予定だ。

 ロイター通信によると、ギャロップ社の出口調査で78%が設置に賛成した。反対は12%だった。公式の開票速報でも大幅なリード。コレア大統領は会見で「制憲議会は、幅広い人々が参加する、民衆を真に代表するものだ。歴史的勝利だ」と語った。

 「より多くの国民の声を取り入れ、政治社会経済の各分野で真の変革をもたらす」と、同大統領が改憲を打ち出したのは、今年1月の就任式。改憲で大統領の権限を強め、対外債務の軽減や、主要外貨獲得源である石油の契約の見直しを通じた富の再配分、格差の是正を進めるという。制憲議会は、08年に憲法案を国民投票にかけ、成立させる予定となっている。

 同国では、新自由主義路線を採る政府に対して、貧困層や先住民の抗議活動が頻発。96年以来7人の大統領が入れ替わる不安定な状況が続いてきた。富裕層が中心の国会に、大統領は支持勢力を持たないため、対立が激化。国民投票で事態の打開を図った。

 議会は、制憲議会の設置によって民衆の支持を得た大統領が、ベネズエラのチャベス大統領のように独裁的な権力を握る可能性があると警戒を強めている。

 コレア氏は経済学者。新自由主義路線に反対し、チャベス大統領と同様に「21世紀の社会主義」を掲げる。選挙戦では貧困対策の拡充や汚職の一掃を主張。旧来の政治家に反発していた民衆の支持で、当選した。

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自民党の党利党略の「国民投票法案」強行突破を許すな

 「国民投票法案」の衆議院での与党単独強行採決から、1夜が明けた。全国紙などで、これについての論評・見解などが出てきている。『日経』は、すでに13日付社説で、態度を明らかにしている。

 『読売』は14日社説で、「国民投票法案 党利党略が過ぎる小沢民主党」と題して、もっぱら、与党単独強行採決になった責任を民主党に帰している。それは、この社説によれば、本来は超党派で成立させるべき法案で、すでに昨年12月に与党と民主党が実務者レベルで9項目の修正が合意され、衆院憲法調査特別委員会で与党と民主党の間で、共同提案する協議が進んおり、与党側は大幅に譲歩して、民主党案を取り入れた修正を行っていたのに、夏の参議院選挙対策のために民主党が一方的に修正協議をちゃらにして、対案を国会提出するという党利党略を絡めたからだというのである。

 そして『読売』は、与党案と民主党案には大きな違いはないという。そうだろうか? というか、これらに大きな違いがあることを、『読売』自身が書いているのだが。

 それは、「与党案と民主党案の最大の違いは、国民投票の対象について、与党案が憲法改正だけとしているのに対し、民主党案は「その他の国民投票の対象にふさわしい問題」も対象にするとしている点」である。この点について、『読売』は、「だが、憲法前文には「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」する、とある。一般的な政策に関する国民投票は、日本の統治原理である議会制民主主義に反する」と民主党案を批判している。つまり、自民党と民主党では議会制民主主義という統治原理にたいする基本的な考え方がまったく違うわけだ。それなのに、どうして簡単に妥協ができようか? 基本的な考え方がまったく異なる者が、無理に妥協することの方が党利党略というものである。それに対して、政治判断をすべきだというならまだわかる。その判断については、説明責任があるし、それは選挙などの形で、審判が下されるわけである。

 『読売』は、民主党案では、大衆迎合を招く危険があるという。そして消費税に関する国民投票が行われた場合を例にして、大衆は負担増には反対するに決まっているので、「一円でも税金は安い方がよい、という一般の心理におもねって、反対政党が国民投票の実施に持ち込むようなことがあれば、大きな政治的混乱に陥るだろう」と批判する。しかし、9条改憲に賛成する一般の心理におもねって、国民投票によって、大きな政治的混乱が生じるということもあろう。憲法問題についてだけは、政治的混乱なく国民投票が可能だという判断に、合理性があろうか? ありえない。「国民投票法案」は、公務員・教職員・マスコミなどの投票運動を厳しく規制しており、民主党案では、改憲以外の国民投票もそれに従って行われることになっている。『読売』の例は、まったく不適切である。

 『読売』は、「民主党は「間接民主制との整合性の確保」の観点から、必要な法制上の措置を講じる旨を付則に定める、としている。だが、小手先の対応で、本質的な問題性が解消されるものではない」と述べ、ようするに、民主党案には本質的な問題性があるので、与党案に賛成だということを言わんとしているのである。

 『東京新聞』の「筆洗」というコラムは、『日経』『読売』が言うこの法案の中立性が虚偽であることを暴露している。改憲が具体的なスケジュールになったのは、『読売』が、以前に書いていたように、1991年湾岸戦争が契機であり、それ以後のことである。それも自社さ政権後であり、森政権から三代、保守的な森派政権が続く中で、政治的に進められてきたのである。いくら、間接民主主義だからといって、郵政民営化賛成か反対かを問うて行われた衆議院選挙で獲得した与党の衆議院での圧倒的多数の数の力で、憲法に関わる重要な法案を単独強行採決することに大きな問題があることは明らかである。

 これから「9条改憲阻止の会」その他の「国民投票法案」反対、反改憲集会・行動がつぎつぎと予定されている。安部政権のこうした反動政治を打破していく大衆的な動きが起きているのである。まだまだ闘いは始まったばかりなのである。

 国民投票法案 党利党略が過ぎる小沢民主党(4月14日付・読売社説)

 現行憲法制定以来の立法府の不作為が、解消される。

 憲法改正の手続きを定めた、与党提出の国民投票法案が、自民、公明両党などの賛成多数で衆院を通過した。今国会中に成立する見通しだ。憲法をめぐる戦後史で画期的なことである。

 本来は、超党派で成立させるべき法案である。衆院での採決の直前になって、民主党が独自の法案を提出し、与党と民主党が対立する形になったのは、極めて残念なことだ。

 それにしても、民主党の姿勢には、首をかしげざるをえない。

 国民投票法案については、昨年暮れ、与党と民主党が、9項目の修正項目で合意した。衆院憲法調査特別委員会の与党と民主党の理事間では、共同提案を目指して協議が進んでいた。

 与党案は、投票権年齢を「原則18歳以上」とするなど、民主党が主張する内容を大幅に取り入れて修正したものだ。両案に、ほとんど違いはない。

 それが、民主党独自の法案提出となったのは、参院選に向けて、自民党との対決姿勢を示す狙いなのだろう。

 安倍首相は、参院選で「憲法改正」を訴えるとし、国民投票法案の早期成立を主張してきた。民主党の小沢代表ら執行部が共同修正の動きを抑えたのには、国民投票法案でも与党に対する対決姿勢を鮮明にした方が、参院選の選挙戦略上、得策という判断がうかがえる。

 与党案と民主党案の最大の違いは、国民投票の対象について、与党案が憲法改正だけとしているのに対し、民主党案は「その他の国民投票の対象にふさわしい問題」も対象にするとしている点だ。

 だが、憲法前文には「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」する、とある。一般的な政策に関する国民投票は、日本の統治原理である議会制民主主義に反する。

 大衆迎合政治の横行を招くことにもなる。例えば、国民に負担を求める消費税率引き上げのような問題だ。一円でも税金は安い方がよい、という一般の心理におもねって、反対政党が国民投票の実施に持ち込むようなことがあれば、大きな政治的混乱に陥るだろう。

 民主党は「間接民主制との整合性の確保」の観点から、必要な法制上の措置を講じる旨を付則に定める、としている。だが、小手先の対応で、本質的な問題性が解消されるものではない。

 民主党内には、憲法改正に賛成し、国民投票法案の成立を望む議員も少なくないのではないか。これ以上、政争の具にしてはなるまい。

 筆洗(『東京新聞』2007年4月14日)

 中立的な手続きルールを定めるだけなのだから、成立は当然だ。遅すぎたぐらいだという論調が、メディアの中にもあることに正直驚く。それならなぜ、与野党一致の合意のもとで行われなかったのか▼「憲法改正の手続きを定める国民投票法案」が、前日の特別委に続き、衆院本会議でも与党だけの賛成多数で可決、参院に送付された。今国会での成立は必至という。憲法改正への第一歩がついに踏み出された。歴史の節目をこんなふうに越えてもいいのか▼施行は公布から三年後、それまで改憲案の審査は行わないというが、「三年」という改正への時限スイッチが入り、コチコチ時を刻み始めたことには違いない。就任以来「戦後レジームの脱却」を唱えてきた安倍政権だが、この政権を支える衆院の絶対多数は、憲法改正への信任として与えられたものではない▼一昨年九月、郵政民営化法案を参院に否決された小泉前首相が、その是非を国民に問う、いわば「疑似国民投票」として行われた衆院解散で与えられたものだ。それをまだ国民の合意形成もない憲法改正の手順に使うのは筋違いだ▼その負い目があるから、最後まで民主党を含めた与野党共同提案が模索されたのではないか。安倍首相は、憲法を改正したかったら、七月の参院選といわず、前首相に倣ってその是非を、解散総選挙で問うてはどうか▼防衛庁を省に昇格させ、手続きルールだと言っては改正への国民投票法をつくる。そんな外堀を埋めてから本丸を攻めるような姑息(こそく)な方法で国家百年の計を決めるな。

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「国民投票法案」衆院強行採決に抗議する

  13日『日経新聞』社説は、「国民投票法案は憲法改正の是非とは直接関係のない中立的なルールを定めるもの」「内容的にも特段問題はない」「国民投票法案は憲法96条の改正手続きを具体化するものであり、本来なら現行憲法が施行された60年前に同時に制定されるべきものであった。憲法を制定・改正するのは主権者国民の固有の権利である。この重要な国民の権利を60年間も実質的に封じ込めてきた国会と政治の怠慢はあきれるばかりである」と述べている。

  主権者の多数が改憲を望んでいない時に、改憲のための手続き法など必要はない。だから、この社説が言うように、その手続き法がなかったのは、べつに国会や政治家の怠慢というわけではない。今、自民党などが強く改憲を望んでいるから、こういう事態になったのである。世論の改憲熱は低まっているのに、安部総理の改憲熱だけがやたらと高まっているだけである。安部総理が、憲法問題を夏の参議院選の争点にすると今年に入ってから述べたことから、憲法調査会での与野党対決が強まったことは『毎日』などが指摘しているところである。また、この法案に内容的に問題がいろいろとあることを他紙が指摘している。最低投票率が設定されていないことは、その一つだ。自民党の改憲をやりやすくするためのもので、中立的ではなく、内容に問題があり、主権者が望んでもいないことを政党エゴで強引に押し進めるものだ。

 そもそも改憲を参議院選挙の焦点にすると言ったのは、安部首相であり、民主党は、参議院選挙の焦点は、格差などの生活密着の課題としている。世論は、明らかに、憲法問題を当面する重要課題と考えておらず、福祉・教育・医療など暮らしに関わる諸問題の方に強い関心を持っている。安部総理は、改憲を通じて、「戦後レジュームからの脱却」を狙っているのである。ところが、公明党は、「国民投票法案」の強行採決に参加しながらも、この法律が9条改憲をできないようにする布石になるという。なるほど、私の見るところでは、昨年末の教育基本法改悪では、わけのわからない表現を入れることで、保守派に対する躓きの石を置いている。保守派は、とにかく教育基本法改定から改憲へと急いでいるものだから、多少の譲歩はやむなしと捨て置いているが、これは後々、爆発する時限爆弾のようなものだ。公明党にしてやられたと言っていい。

 先の柳沢厚生労働大臣の「女性は子供を産む機械」発言の時もそうだ。創価学会の最強の実働部隊の婦人部が大変怒ったのは、その代表者である浜四津氏の怒りぶりを見れば明らかである。公明党支持者の安部離れが進んでいることは、世論調査結果に現れており、改憲を選挙争点にして前面に出せば出すほど、そう進むだろう。太田代表が抗議するという形のみでおさめて、自民党に恩を売りつつ、自民党を公明党が操るという作戦だ。

 それを知ってか知らずか、安部与党は、「国民投票法案」を衆議院強行採決したが、それは、自民党の地盤を弱め、壊すのを促進するだけである。『日経新聞』は、何の問題もないなどと人を馬鹿にするくだらないことを言うのではなく、きっちり論点を整理し提示すべきだ。

社説1 国民投票法案の衆院可決は当然だ(『日経新聞』4/13)

 今国会の重要法案である憲法改正手続きを定める国民投票法案が衆院憲法調査特別委員会で、自民、公明両党の賛成により可決された。13日に衆院本会議で可決され、参院に送付されて今国会で成立する見通しである。法案の性格上、民主党も賛成して可決することが望ましかったが、そうならなかったのはむしろ民主党の党内事情のせいであり、与党の採決は当然である。

 国民投票法案は憲法改正の是非とは直接関係のない中立的なルールを定めるものであり、自民、民主、公明3党間に大きな考え方の違いがあるわけではない。3党はかつて共同提案をめざし時間をかけて協議を続けてきた。これに待ったをかけたのは与党との対決を重視する民主党の小沢一郎代表である。

 昨年の国会には与党案と民主党案が提出され、年末には3党が共同修正でいったん合意しかけたが、民主党は最終的に小沢代表の判断で与党案に反対する態度を決めた。7月の参院選をにらんで与党との対決路線を優先し、社民党などとの野党共闘を重視した結果である。

 民主党は憲法改正以外の一般的な国政テーマについても国民投票制度を導入すべきだと主張した。このような主張は憲法改正手続きとは切り離して別途検討すべきであり、簡単に結論の出る話ではない。この問題以外は与党案に民主党の主張が大幅に取り入れられており、内容的にも特段問題はない。むしろ、自民党内には民主党に譲りすぎたという不満がくすぶっているほどである。

 安倍晋三首相は国民投票法案を今国会の最重要法案と位置づけ、その早期成立に強い執念を見せてきた。戦後体制からの脱却を掲げ、5年後をめどに憲法改正の実現をめざす安倍首相にとって同法案の今国会成立は譲れない一線である。法案成立を参院選に向けた政権の実績にしたいとの狙いも込められている。

 国民投票法案は憲法96条の改正手続きを具体化するものであり、本来なら現行憲法が施行された60年前に同時に制定されるべきものであった。憲法を制定・改正するのは主権者国民の固有の権利である。この重要な国民の権利を60年間も実質的に封じ込めてきた国会と政治の怠慢はあきれるばかりである。

 遅きに失した感はあるが、ようやく国民投票法案が成立に向かって動き出したことを歓迎したい。衆院特別委での審議と自公民3党の協議によってすでに論点は出尽くしており、参院は速やかに審議を進めて早期成立を図るべきである。

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国民投票法案を廃案に追い込もう

  自民党・公明党は、昨年12月に大筋で自民党と民主党で合意している国民投票法案を4月13日までに衆議院を通過させることで一致したという。これで、国民投票法案は、すんなりいけば、5月中旬にも可決する見通しになった。

 その国民投票法案は、長たらしい法文であり、やたらに禁止事項が多いものである。

 2005年初頭に与党が出した日本国憲法国民投票法案骨子(案)の段階で、日弁連は、2月18日付で「憲法改正国民投票法案に関する意見書」を公表している。同意見書は、「はじめに」で、「憲法改正国民投票は、いうまでもなく、主権者である国民の基本的な権利行使にかかわる国政上の重大問題であり、あくまでも国民主権の原点に立脚して定められなければならない。しかるに、与党案の「法案骨子」では、そのような国民主権の視点が重視されておらず、その結果、発議方法及び投票方法が投票者の意思を投票結果に正確に反映するものであるか否か明確ではなく、また、新聞、雑誌、テレビ等のマスコミ報道及び評論に過剰な規制を設けようとするなどの、看過しがたい問題点が多々みられる」と「骨子案」の問題点を指摘している。

 しかし、その後の法案論議で、これらの諸問題はそのまま残されている。なによりも、改憲の基本が「国民主権」の行使にあるとこの意見書が指摘している点について現在の国民投票法案は「国家主権」の行使という立場であることが問題である。近年の憲法論では、憲法制定権力は、人民の権力行使として、立法権力に優越するという説が唱えられているというが、国民投票法案は、それとは逆の立場に立っている。憲法改正は、国家権力の発動として、治安・秩序の強制行為として、「国民」を規制して、行われるものとされているのである。

 この自公の国民投票法案の国会提出を受けて、『産経新聞』は、「国民投票法案 改憲へハードルを越える時」と題した社説で、露骨に、この法案が改憲のためのものであることを主張している。『産経』は、この法案が、たんなる手続き法ではなく、実際には与党の改憲の狙いを通しやすいようになっていることをよしとしているのだろう。「法案が問題を抱えていることは否定できない。与党が民主党の主張を大幅に取り入れた結果である。だが、憲法改正を実現するためにはやむを得ない判断といえる」と書いているのである。マスコミ規制も罰則規定こそなくなったが、極めて統制色の強いもので、同じく国民投票法自体には賛成の立場を明らかにしている『毎日新聞』社説「国民投票法案 政局絡めず合意を目指せ」は、「投票日2週間前からの有料のテレビ・ラジオの広告放送を禁止した。これは「表現の自由」の観点からも問題がある」と批判している。『産経』は、与党案と同じく、とにかく早期改憲を実現したいという願望から、これらの諸問題に対して、きっちりと検討することなく、「共同修正案を再修正したのは、「公務員の政治的行為の適用除外」を削除したことだ。公務員の政治的中立性を担保するために必要な措置だが、刑事罰は設けないことにした。教育者の地位利用も同じ扱いだ。これで「公正なルール」が確保できるかどうか」というように、政治的権利の規制に賛同してしまっている。『産経』は、ジャーナリズムのはしくれとして、こうした「表現の自由」の国家による制限の問題に鈍感でいいのだろうか?

 憲法は、人々のものであり、その改正は、人々の主権行使であり、それは立法府の権力行使とはまったく異なるものである。立法権の方が、人民の主権の下に従属するものであり、それが憲法の意味であり役割である。この国民投票法案では、かえって自民党改憲草案を成立させることは難しくなったとする見方もあるが、その前に、立法権力のあり方の方に問題がある。ベンヤミンという思想家は、立法権力をはっきりと暴力機関と呼んだが、そのことを思い出さねばならないのである。法措定暴力としての議会は、三権分立という形で分業化されている国家権力の一部であるということである。しかも、その権力は最高権力とされているのであり、その点を見失ってはならないのである。見かけに騙されてはいけないのである。権力問題、権力関係をしっかりと把握しないといけないのである。この法案が、公務員と教員とマスコミの活動を制限しようとしてるのは、それらが国家権力機構の一部として権力行使を担っているからで、その活動が権力闘争につながるからである。『産経新聞』社説が示しているのは、そのことなのである。

 国家権力は、人民意志として示される憲法によって規制されるのであり、それが近代憲法の原則である。それに対して、国民投票法案と自民党改憲草案の立場は、憲法精神そのものを転覆して、国家権力が人民を統制するための道具へ変えるものなのである。すなわち、支配階級が憲法を通じて人々を統制・支配しようというものなのである。そのことは、すでに、教育基本法改悪の中で、はっきりと示されている。

 安部総理が持論としている現憲法がアメリカから押しつけられたから、という改憲理由は、人民がアメリカから現憲法を押しつけられたという意味ではなく、日本国家が、アメリカという国家から憲法を押しつけられたという意味である。彼にとって憲法はあくまでも、国家と国家の関係によってあるもので、人民との関係であるということは完全に無視されているのである。現憲法が、戦後の人民運動との関係でも規定されたことは、鈴木安蔵などに関する研究の中でも明らかにされており、憲法を人々が歓迎したことも歴史的事実としてある。それは、たんにアメリカとの関係で、改憲を掲げた自民党が政権としては護憲を主張したということだけではなく、護憲運動が広範に支持されてきたということがあるのだ。しかし、それは、冷戦崩壊後、急速に護憲運動が衰退する中で、自民党結党以来の悲願としての改憲ー自主憲法制定論が、露骨に台頭してきて、さらにそれが、現憲法を日米同盟強化の足かせとして、改憲を求めるアメリカからの要求が強まるようになって、勢いを増してきたのである。その契機となったのが、1981年の湾岸戦争で、それまでの平和的経済的国際貢献が国際的に評価されず、「血を流す」軍事的貢献をアメリカから求められたことである。

 安部総理の改憲論は、あくまでも国家の立場からするもので、人民の構成的権力として、国家権力を規定するという立場からの改憲論ではない。この基本的なところで、逆立ちしているので、これは憲法改悪でしかないのである。したがって、現在の与党などが進める改憲策動に反対する人々の運動・行動は、人民の主権行使といえる。国民投票法案を廃案に追い込み、与党の改憲策動を主権行使して葬り去るべきだ。そのための行動は、安保世代の「9条改憲阻止の会」の国会前連続ハンストなどで始まっている。こうした運動をさらに発展させなければならない。

 2007年03月27日『朝日新聞』

 自民、公明両党は27日、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の与党修正案を衆院憲法調査特別委員会の中山太郎委員長に提出した。投票年齢を「18歳以上」とし、公務員・教育者による「地位を利用した」運動への罰則は設けない。

 修正案では、国民投票のテーマを憲法改正に限定。改憲案そのものでなく、改憲の是非などを事前に問う「予備的国民投票」の導入については、将来の検討課題とした。

 また、公務員には地位利用の罰則を設けない代わりに、「公務員が改憲賛否の勧誘や意見表明が制限されない」範囲で、国民投票に関する運動を規制する規定を、3年以内に定めるよう付則に盛り込んだ。

 民主党は「国政の重要課題」も国民投票のテーマにするよう主張したのに対し、修正案では改憲に限定。公務員の運動についても、与党と民主党が昨年末、改憲に関する運動は規制しないとの条文を盛り込む方針を確認していたが、修正案では削除した。

 民主党の小沢代表は27日、佐賀市内の記者会見で「自民党が自分たちの主張を数で通すなら、我々は反対ということになる」と語り、修正案に反対する方針を示した。

 国民投票法案:今国会中に成立見通し強まる 自民了承(『毎日新聞』2007年3月27日)

 国民投票法案の修正案を中山太郎衆院憲法調査特別委員長(中央)に手渡す自民・保岡興治(右から2人目)、船田元(同3人目)、葉梨康博(左端)、公明・赤松正雄(右端)の与党理事たち=衆院第1議員会館で27日午後4時34分、藤井太郎撮影 自民党は27日午前の総務会で「日本国憲法の改正手続きに関する法律案」(国民投票法案)の与党修正案を了承した。公明党も同日午後に党内手続きを終える予定で、修正案は同日午後、衆院に提出される。民主党も独自案を提出しているが、与党は修正案に対する民主党の賛成が得られなくても4月13日に衆院本会議で採決し、参院に送付することを目指している。同法案はほぼ与党修正の内容で今国会中に成立する見通しが強まった。

 法案が成立すれば、1947年の現憲法施行以来、初めて具体的な憲法改正の手続きが法律で定められることになる。

 法案は(1)投票権者は18歳以上とし、選挙権年齢が18歳に引き下げられるまでは20歳以上(2)白票は無効票とし、有効投票総数の過半数の賛成で成立(3)衆参両院に設置する「憲法審査会」では憲法改正原案の審査や提出は公布後3年間行わない--などが柱で、民主党との修正協議で合意した内容を取り入れた。

 民主党案は憲法改正以外に国政の重要課題を投票対象としているが、与党修正案は対象を憲法改正に限った。また自民、公明両党間で最後まで調整が残った「公務員、教育者の地位利用による国民投票運動の禁止」については罰則を設けないことになった。投票2週間前から有料のテレビ・ラジオ広告を禁止するメディア規制については、「自主規制で対応すべきだ」とするメディア側からの反対が出ている。

 民主党は安倍晋三首相が憲法改正を夏の参院選の争点とする考えを示したことに反発し、共同修正に応じなかった。鳩山由紀夫幹事長らは、与党案が民主党との修正協議を一部踏まえたとして党内を賛成でまとめたい考えだが、党内には参院選に向けて与党との対決姿勢を鮮明にすべきだとの意見も根強い。

 自民、公明両党は昨年5月、衆院に「日本国憲法の改正手続に関する法律案」を提出。民主党も同時に「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」を提出した。その後、衆院憲法調査特別委員会で修正協議が続けられ、昨年12月には与党、民主党それぞれが、修正協議をふまえた修正案の要綱をまとめていた。【須藤孝、高山祐】

■国民投票法案骨子

 <投票の対象>憲法改正について国民投票に関する手続きを定める

 <投票権者の年齢>18歳以上は投票権を有する。施行までに18歳以上が国政選挙に参加できるようにするなどの措置をする。それまでは20歳以上

 <過半数の意義>賛成が有効投票総数の2分の1を超えた場合は承認

 <公務員、教育者の地位利用の禁止>公務員、教育者が影響力を利用して国民投票運動はできない。罰則は設けない

 <投票日前の広告放送の制限>投票日の14日前からテレビ・ラジオの有料の広告放送を禁止

 <個別発議>憲法改正原案の発議は内容に関連する事項ごとに行う

 <憲法改正原案の審査権限の凍結>憲法審査会は公布3年後の施行まで憲法改正原案の審査、提出をしない

 社説:国民投票法案 政局絡めず合意を目指せ(『毎日新聞』2007年3月28日)

 国民投票法案の与党修正案がまとまり27日国会に提出された。与党は単独でも衆院通過を目指す構えで、このまま可決する可能性も出てきた。

 憲法改正について国民が直接、判断を示すための手続きを定めたのが国民投票法案だ。国民主権にかかわる重要な法案であり、野党抜きや混乱状態の中での議論は避けなくてはならない。

 その点からも与党単独の修正案になったことは、残念だ。与党と野党第1党である民主党は党利党略を排して、最後まで合意形成を目指すべきだ。

 与党は投票年齢について「20歳以上」を修正し「18歳以上」にした。これは民主党案に譲歩したものだ。一方、投票対象については憲法改正に限定し、他の重要問題も対象にする民主党案を退けた。

 「18歳以上」は私たちもかねて主張してきた。憲法に対して若い世代からの声を反映させることに国民も異論はないはずだ。

 付則では公職選挙法や民法など関連法制の整備を求め、整うまでは「20歳以上」と規定した。だが、喫煙、飲酒年齢など多くの法律が関連し、社会的な影響も大きい。与野党の利害を超えたきめの細かい議論が必要になる。

 投票対象を憲法改正に絞ったのは、立法の趣旨から言っても妥当だろう。手続き法の論議はそもそも憲法に規定される「改正条項」からスタートしている。

 一般的な国民投票の導入は、代議制の根幹にかかわる。付則で「検討を加え、必要な措置を講じる」としている。地方では住民投票が行われており手続き法とは別途に議論を深めるべきだ。

 投票日2週間前からの有料のテレビ・ラジオの広告放送を禁止した。これは「表現の自由」の観点からも問題がある。

 自由な憲法論議のためにはメディアへの規制はすべきでなく、基本的には放送側の自主的なルールに任せるべきだ。

 与党と民主党が共同修正に至らなかったのは、双方が憲法と参院選挙を絡めてしまったからだ。

 安倍晋三首相は憲法改正を参院選の争点にする意向を示した。自民党内には法案提出で選挙前に民主党内の賛成派と反対派を分断しようという狙いもあるのだろう。

 一方、民主党内には、国民投票法案の成立は安倍首相の得点につながるという見方もある。法案に反対する社民党との選挙協力の観点から法案に賛成しにくい事情もあるだろう。

 本来なら与党が野党も乗りやすい環境を作り、協議を働きかけるのが筋だろう。自民党はアピール効果を狙って、いったんは憲法記念日までに成立させるという方針を立てた。しかし、それは理屈に乏しく挑発的だった。

 民主党もこのままでは反対のための反対と受け取られかねない。

 法案成立までには詰める点が多い。政局絡みの思惑で最重要法案が左右されるのは、国民にとって不幸なことだ。まだ遅くはない。ぎりぎりまで合意への努力を怠るべきではない。

【主張】国民投票法案 改憲へハードル越える時(『産経新聞』3月28日)

 自民、公明両党は、憲法改正の手続きを定める国民投票法案の修正案をまとめ、国会に共同提出した。

 国民投票は憲法第96条に「その過半数の賛成を必要とする」などと規定されている。憲法制定時に整備されねばならなかったが、施行以来、60年近く放置されてきた。この違憲の疑いもある立法の不作為を与党が是正しようとしていることを率直に評価したい。

 法案が問題を抱えていることは否定できない。与党が民主党の主張を大幅に取り入れた結果である。だが、憲法改正を実現するためにはやむを得ない判断といえる。

 安倍晋三首相はこのハードルを乗り越えない限り、任期中に憲法を改正するという約束を果たせない。

 憲法改正は各議院の3分の2以上の賛成で国会が発議する。自民、公明、民主3党がまとまらなければ、発議すら画餅(がべい)に過ぎないからだ。

 民主党が与党修正案に賛成するかどうかははっきりしない。安倍首相が憲法改正を参院選の争点にすると言明し、国民投票法案の今国会成立に意欲を示していることへの政治的な反発があるからだろう。

 ただ、3党は昨年末、実務者ながら共同修正案をまとめた。投票年齢を18歳以上にしたのは、与党が民主党の主張に歩み寄ったためだ。投票の対象についても、与党が憲法改正に限定としたのに対し、国政の重要課題にも広げようと主張していた民主党は、「将来の課題として国会で議論する」ことを条件に足並みをそろえた。民主党執行部がこうした経緯を無視して、法案にブレーキをかけているのは遺憾だ。

 今回、与党がまとめた修正案はほぼ共同修正案を踏襲している。国民投票の対象は憲法改正に限るが、付則で「一般的国民投票は中長期的な検討課題」に挙げ、配慮をにじませた。

 共同修正案を再修正したのは、「公務員の政治的行為の適用除外」を削除したことだ。公務員の政治的中立性を担保するために必要な措置だが、刑事罰は設けないことにした。教育者の地位利用も同じ扱いだ。これで「公正なルール」が確保できるかどうか。

 これらの問題は、与党と民主党が国会で協議し、よりよい投票法案を制定することで解決するといえる。

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9条改憲阻止、反安保反戦、4・28沖縄デー

 今年の5月3日憲法記念日は、大きな節目となる記念日となりそうだ。自民党は、公明党に配慮して、改憲のための国民投票法案の5月3日までの成立を先延ばししたが、同時に民主党案に譲歩しつつ、自公民による圧倒的多数での成立を目論んでいる。

 自民党幹部は、民主党が賛成しなくても、与党単独採決もあり得るとして、民主党を牽制している。このところ、強気の姿勢で、安部カラーを前面に出している安部総理としては、自分の政権の目玉である改憲に向けたこの手続き法を早期に成立させることで、さらに安部政権としての実績づくりとしたいところだろう。しかし、世論は、憲法論議にはあまり関心がない。つまり、この件で、安部政権は、丸裸だということだ。政治闘争のターゲットとして狙いやすいのである。

 連立を組む公明党は、集団的自衛権の行使を容認しておらず、太田代表は、先日、9条1項2項の改訂は認めないと主張し、自民党との憲法論議は厳しいものになるという見通しを述べている。国民投票法案の自民党案と民主党案の対立点は、投票年齢を18歳とするか20歳とするか、これを憲法に限らない一般的な国民投票法とする(民主党案)かどうか、等々である。民主党案と自民党案のもっとも大きな違いは、憲法観にあって、自民党案が、憲法を国民が国家への奉仕者とする基本的観点で書かれているのに対して、民主党案は、憲法は国民が国家を制限し、国家が国民への奉仕者であるという観点で書かれているということである。したがって、民主党案と自民党案は根本的に異なるもので、妥協の余地はほとんどないと言っていいものである。

 改憲手続き法についても、憲法が定める改憲手続きの法文化であり、民主党案の一般的な国民投票法とは趣旨が異なるものだ。この点でも自民党案と民主党案には、よほどの政治判断がなされない限り、ほぼ妥協の余地はないと言っていい。他に、憲法が規定するもので、法文化されていないものとしては、公務員の罷免権の具体的手続きというのもある。公務員罷免手続き法がないのである。憲法には、まだ具現化されていない規定がいくつもあるのに、改憲とはおかしな話だ。使い切っていないものを捨ててしまおうというのである。

 「日本国憲法」「第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 15条の規定は、「すべて公務員」として、官僚を含む全公務員を対象とするように書きながら、実際には議員のみを指しているように見える。しかし、実際には、アメリカでも、教育委員は公選制であり、保安官もそうである。公務員一般という規定であれば、官僚も含まれると見るしかない。議員は、特別公務員であって、一般公務員と区別されているし、さらに消防団員などの見なし公務員というのもあって、公務員の中身も様々である。しかし、ここでいう「公務員」は、「すべて公務員」であるから、役人も含む公務員全員を指していることになる。つまり、この憲法規定上、国民の権利として、役人を含む全公務員に対する罷免権があるということになる。そこで、第16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と罷免を求める平穏な請願権を認めているわけだ。

 公務員に関する規定は、政治的規定であって、それぞれ法律・規則その他の権力規定を与えられている。間接民主主義・議会制民主主義の下では、公務員に関する諸規定・法の適用・改廃を通じて、その権限や職務・処罰その他について規定される。例えば、教職員に関しては、民間での解雇ではなく、地方公務員法の分限免職という処分規定があるが、これはあくまでも公務員の身分保証という基本観点からの行政権限による裁量措置であって、公平性の確保という点が地公法にあり、恣意的な措置に対して厳しい制限が付いているものである。東京都は、卒入学式における「日の丸・君が代」反対の教職員に対する分限処分を行っているのだが、それでも教員免許はそのままであった。ところが、安部政権は、問題教師の排除を主張して、分限免職者の教員免許を剥奪しようとしている。これは、地方公務員法の分限免職の身分保障という基本的観点を突破するもので、地公法の破壊に等しいものだ。もちろん、安部総理がどう考えようと、法案化する段階で、様々な意見が出てくる中では、安部総理のアイデアとは違ったものになる可能性がある。現在のような民間でも人手不足が深刻化しつつある情況では、民間との人材確保競争で、こういうことをやれば、公務員志望者が減っていくことも考えられる。いずれにしても、公務員をめぐる問題は、政治闘争を通じて解決される他なく、保守派が盛んに「日教組」の政治闘争を非難しているが、経済闘争と政治闘争が密接に絡んでいる公務員の場合は、そうならざるをえないのである。できないことをやれと言うのは、たんなる政治的策略であるから、言う方が悪いことははっきりしている。そんなことは制度的にやりようがない。そうしたいなら、制度を変えて、民間身分にしてから言えと返せばいい。それに気にすることなく、政治闘争と経済闘争を結びつけてやっていけばいい。

 安部総理は、「第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」の国民投票の規定が具体化されていないから、これを実現したいというのだが、上記のように、他にも具体化されていない規定がある。それどころか、反対に、憲法第9条2項の軍隊放棄の規定に反する自衛隊が存在しているという既成事実を憲法条文化して、自衛軍保持を明記しようと狙っているのである。さらに安部総理は、改憲とあわせて、政府解釈を変更して集団的自衛権行使に踏み込むべきだとしている。それで、9・11事件のようにアメリカが攻撃されたら、集団的自衛権を行使して、イラク戦争やアフガニスタン戦争のような場合に、アメリカ軍と自衛隊が共同で軍事行動をとれるようになるわけである。アメリカは、対テロ戦争を終わりなきアメリカへの脅威を取り除く自衛のための先制戦争と位置づけているわけで、あくまでも防衛戦争だとしている。とすれば、日本が集団的自衛権を行使できるとなれば、NATOのように、アフガニスタンに自衛隊を派遣することもありうるということになる。

 安部政権の改憲の狙いは、戦争のできる国づくりであり、公に奉仕する愛国者が戦争に立つという「美しい国」をつくることである。しかし、今のアメリカのイラク戦争でもそうだが、戦争で儲けていい思いをするのは大金持ちであり、上級官僚であり、上の者たちである。命を失ったり、けがをしたりで、ひどい目にあうのは、そうではない多数者である。多数者が今のうちにしっかり声を上げて、そういう目にあわないようにしないといけない。

 改憲が政治焦点化してくる中で、昨年の6・15反安保・反9条改憲・反戦などを掲げる60年安保世代の集会デモが始まった。今年も、6・15集会・デモと10・21国際反戦デーの集会デモの準備が始まると共に、「9条改憲阻止の会」は、3月19日に国会前でのリレー・ハンストに突入した。この流れの中で、塩見孝也氏は、第二次ブントにとって転換点の一つになった4・28沖縄デーを復活させ、今年の4月28日に、集会デモを呼びかけている。ちなみに、1969年の4・28沖縄デーは、こんなものだったという。

 一九六九年四月二八日の「四・二八沖縄デー闘争」は、中核派、ブントに破防法―破壊活動防止法が適用され、当日の実行行為に関係なく中核派、ブント両議長など五人の両派幹部が同法第四〇条の「凶器もしくは毒劇物を携える多衆共同して検察もしくは警察の職務を妨害する罪」容疑で事前逮捕されたという点に、歴史的事件の重要性をもつ。
 この四・二八沖縄闘争に対し、中核、ブント、ML、第四インター、社労同の五党派が「総決起せよ」との共同声明を出し、さらにこれに共労党、統社同、反帝学評、さらに東大、日大、中大、教育大などの各全共闘が加わって「二九団体共同声明」を出した。
 四・二八当日、東京には全国から約二万人の学生、労働者が集まり、都心でデモを展開した。同夕、中核派の約二〇〇〇人を中心とする武装部隊が東京駅を占拠、杭木に放水(ママ)するなどして機動隊と衝突、数時間にわたって新幹線、国電などをストップさせた、全共闘、ベ平連などノンセクト部隊数千人も、群衆を加えて銀座でデモ、その一部は交番を襲い、敷石をはがして機動隊に投げるなど、衝突を繰り返した。他の赤ヘル部隊は、世田谷区代沢の佐藤栄作氏宅を火炎瓶で襲うなどした。(高沢皓司/高木正幸/蔵田計成『新左翼二〇年史』新泉社)

 佐藤政権が沖縄返還交渉を本格化させる中で、69年4・28沖縄デー、70年4・28沖縄デー(沖縄3万人、全国約20万人、全国全共闘・全国反戦・六月行動委員会(ベ平連)共催の明治公園5万人)、12月20日コザ暴動、71年9月25日、沖青委による皇居突入闘争、11月14日~19日の渋谷―日比谷大暴動、72年4・28沖縄デー闘争、5・15沖縄施政権変換協定粉砕闘争に全国で約20万人、等々。

 まあ、すごいものである。これぐらいのことがないと、衆議院で圧倒的多数を占めている与党は、国民投票法や改憲を強引に押し進めていくかもしれない。もっとも、発足当時70%前後あった阿部内閣の支持率も、30~40%台程度に下がっており、それはほぼ与党の支持率に近いから、もう「国民的人気」はないと言っていいだろう。ほぼ、自民党プラス高齢者が支持の中核である。公明党支持層すら安部離れを起こしつつある。統一地方選と平行する60年・70年安保世代の9条改憲阻止の国会行動・リレーハンスト、そして阿部内閣打倒を鮮明に掲げる塩見氏らの4・28沖縄デー闘争は、今流動化しつつある人々の政治意識と相互反響しつつ、それに方向性を与えるものとなるかもしれない。それは、6・15安保デー闘争に刺激を受け、8月参議院選挙の結果次第では、さらに人々の政治意識を活性化・流動化させ、10・21国際反戦デー闘争に一つの集約点を見いだすことになるかもしれない。どうなるかなどということは、あらかじめわかるものではない。人生と同じで、歩きつつ、走りつつ、時々休みつつ、動きながら考え判断していくしかないのだと思う。

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