映画・テレビ

4月30日NHK特集『煙と金と沈む島』

  4月30日のNHK特集『煙と金と沈む島』という番組は面白かった。

 これは、地球温暖化問題を扱ったものだ。タイトルの中の「煙」は、中国の重慶市の石炭鉱山が、経済成長のために増え続ける石炭火力発電の需要のために、増産を急いでいることを象徴するものである。重慶市は人口が三千万以上という超巨大都市となり、工業発展のペースは速く、石炭は、その主要なエネルギー源となっている。

 「金」は、京都議定書で認められた排出権取引を扱う事業に集まり動く巨額のマネーのことである。排出権取引とは、京都議定書で二酸化炭素の排出量が各国に割り当てられ、さらにそれが各国政府から企業に割り当てられているが、目標値以上に排出量を減らした企業の余剰分を、目標を下回った企業がその分を買うことで、目標を達成したことにするという取引のことである。売り手と買い手の間に立って、利ざやを稼ぐ企業が急成長しているのである。

 「沈む島」とは、地球温暖化の影響と見られる水面上昇のために水没の危機が迫っている珊瑚礁の上の海抜2メートルほどの南太平洋の島国ツバルのことである。ツバルでは、大潮の時期に島中に海水が噴き出す現象が起きるようになり、それが年々ひどくなっているが、このまま地球環境温暖化が進めば、近々沈んで消えてしまうと言われている。

 中国重慶市の石炭生産を拡大して、豊かになりたいと精を出す炭鉱労働者と石炭運搬列車の運転士の兄弟、アメリカの排出権ビジネスが拡大すると読んで、いち早く会社を立ち上げ、排出権の売り買いに励んで成功した社長とトレーダー、地面から噴き出す海水が増えるのに、わけもわからないまま、対応に追われるツバルの老人一家、の姿を同時的に描きつつ、それらの人々がお互いを知らないまま、同じ地球温暖化問題に直面しながら、それぞれ違う結果にあい、異なる態度をとっている姿が描かれている。

 重慶市の炭坑には、日本の大手商社が、炭坑から出るガスを使ったガス発電所をつくり、ガスを減らすことで、排出権を生産して、それを日本の企業に売るという事業を成立させる。炭鉱会社は、その儲けで、さらに石炭増産をするという。石炭運搬汽車の運転士は、それによって、給料が上がって、家族旅行のために自動車が買えることを期待する。彼らは、先進国が地球温暖化ガスを先に大量排出して豊かになったのに、われわれが豊かになるためにガスを出すのを批判する資格はないし、止める権利もないという意味のことを言う。

 アメリカでは、排出権取引会社の社長が、資本主義経済がツバルの水没を防ぐのだと自信を見せる。二酸化炭素を減らせば、その分が排出権として売れるから、排出量を減らした方が利益になるので、減っていくということだろう。二酸化炭素を減らすための技術投資に対して、排出権の販売が穴埋めするということだ。しかし、それは、政府による強制力が担保しているのであり、政治的圧力によって、せかされているのである。そうしない自由はないからだ。地球温暖化ガスの排出量を減らして割り当て分を達成するか、排出権を買うか、どちらかしかない。自由市場などではないのである。この会社は、ヨーロッパを襲った寒波で、電力使用量が伸び、電力価格が高くなれば、ドイツの石炭発電所が発電力を増やし、石炭を多く使用するので、それだけ二酸化炭素の排出量が増えると見て、排出権を売って大儲けした。かれらは、ビジネスチャンスを逃さないように、気候や電力価格等々の動き世界の情報を注意深くモニターし、分析しているのである。

 ツバルでは、海水の噴出が年々激しくなって、作物が塩害にやられ、自給自足の伝統的な生活が危機にさらされ、ついに、老人も、自分は残るが、子供たちはよそに引っ越した方がいいと言う。

 世界最大の二酸化炭素排出国のアメリカと二位の中国は、京都議定書を拒否している。そのアメリカで、排出権ビジネスが発展している。中国は、世界最大の排出権ビジネスの成長を目指すという。

 なんだか腑に落ちない話だが、現実はそうなっているようだ。そういう世界のリアルさを感じさせる番組ではあった。 

| | コメント (1) | トラックバック (2)

近代原理称揚の『チャングムの誓い』

 今、NHKで放送されている韓国ドラマ『チャングムの誓い』は、近代主義と封建主義の対立を軸にしている。

 まず、チャングムの父母が、中世的制度を代表する宮中を追われた逃亡者であり、血縁的原理の背景を失った人間たちである。追っ手を逃れるために、中世身分制度の最下層である白丁の村に住むことになる。二人は、血縁的背景なしに、個人同士として、恋愛結婚をする。そして、チャングムが生まれ、父母と子の核家族をつくる。

 父母を亡くして完全に個人になったチャングムは、私利を追求しているが人の良い酒商人の夫婦の下で、仕事を手伝いながら暮らすが、母の遺言に従い、宮廷女官の見習いになる。血縁的背景のない彼女はいじめにあうが、努力を重ねて、料理の腕を磨く。

 宮廷女官の世界は、一族の血縁原理を最高価値として、最高尚官(チェゴサングン)の地位を代々独占してきた御用商人のチェ一族が牛耳っていた。中世的勢力が、個人を抑圧し、支配していたのである。それに対して、チャングムは、好奇心が旺盛で、他の人がやらないような実験を繰り返して、新しい発見を行い、実力を磨いていった。

 たまたま、チェ一族のチェゴサングン独占が不可能となったために、もっぱら詩歌に遊び、地位に拘泥しない風流で自由な生き方を楽しんでいたチョ・サングンが、操り人形として、チェゴサングンに抜擢された。ところが、彼女は、チェ一族の思惑に逆らって、実力主義と競争主義を導入することを宣言する。チェ一族のクミョンとチャングムは、良きライバルとして料理の実力を競い合う。そして、ついに、チェゴサングンの後継者を決めるのに、料理の腕比べが行われることになる。

 チェ一族は、公正な競争を妨害するために、ライバルのハン・サングンを誘拐したりするが、チャングムの活躍で、ついに競争を制して、ハン・サングンがチェゴサングンになる。等々。

 かくして、個人、核家族、血縁主義の否定、好奇心(驚き)、実験、科学的態度、実力主義、競争主義、等々の近代的価値観と、中世的封建的価値観とが対立するドラマとなっているのである。ドラマは、健全な近代性の称揚であり、だからこそ、大昔のことを取り上げた歴史ドラマだが、現在の人々が観て、無理なくわかるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)