3月30日、今年度の教科書検定結果が明らかになった。その中で、従軍慰安婦記述に検定意見がつかなかったのに対して、沖縄戦での住民の集団自決事件に日本軍の関与・強制を指摘する表現に検定意見がつき、指摘を受けた教科書会社はそれぞれ修正した。
「文科省は、判断基準を変えた理由を(1)「軍の命令があった」とする資料と否定する資料の双方がある(2)慶良間諸島で自決を命じたと言われてきた元軍人やその遺族が05年、名誉棄損を訴えて訴訟を起こしている(3)近年の研究は、命令の有無より住民の精神状況が重視されている――などの状況からと説明する」。どうやら文科省は、(2)の訴訟を起こしたことを過大視しているようだ。この裁判では、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝氏らが訴えを起こした元守備隊長側に立って、軍の集団自決命令は補償金目当てのでっち上げとする説を唱えるなどしている。しかし、最近アメリカで見つかった資料では、慶良間諸島に上陸したアメリカ軍が、上陸からまもなく、住民から、日本軍人から住民に集団自決命令があったという聞き取ったという記録がある。それに、米軍上陸前に日本軍が集団自決用に手榴弾を渡している。その他、米軍の捕虜になるな、などの話を日本兵から言われていたという証言もある。
藤岡信勝氏は、従軍慰安婦問題でも、当時の公娼制度と軍慰安所と現代の風俗業、他の国の軍隊の慰安制度などと安易に同一視したり、いい加減な基準で安易に比較しているが、そのやり口は、この問題でも同じである。
彼らは、自分の考えを証明するようなことを言う者の証言は黙って信じるが、反対のことを言う証人には、金目当てだの詐欺師だのと悪罵を平然と投げつける。一つの証言の誤りがあれば、他の証言も誤りだと決めつける。自分は、平気でいい加減なことを言うが、反対者のささいなミスやいい加減さ、記憶不足などは徹底的に厳しく追及する。まさにエゴイストの態度である。それを恥とも感じないという反「修身!?」性・・・。
『産経』は、沖縄戦の旧日本軍の命令で住民が集団自決を強いられたとする記述を誤りだとしてして、この検定方針を評価している。あげられているのは、「渡嘉敷島の集団自決について作家の曽野綾子さんが、昭和40年代半ばに現地で詳しく取材し、著書『ある神話の背景』で疑問を示したのをはじめ、遺族年金を受け取るための偽証が基になったこと」であり、それによって「軍命令説は否定されている」と断定している。しかし、これが無理な断定であることは、上記のことからも明らかである。
曾野綾子氏には、独特の人間観があって、一方では人間性を神に近いものとして評価するが、他方では弱いものとして批判的に視るという二面性でとらえるのである。前者には、神父やマザー・テレサなどの「聖人」的な人間性があり、他方にはルワンダで隣人を虐殺する低い人間性もあるというのである。それは、曾野氏に、すでに基本図式として固く根を下ろしている信念である。集団自決・あるいは慶良間諸島での戦闘中の出来事についての証言は、それら両面を含んでいることが、ウィキペディアにある証言にも現れている。個別具体的に見ていけば、それぞれのケースは多様な側面を持っているのがわかる。しかし、集団的現象としてのレベルで見ると、やはり神軍・皇軍とされた日本軍が、皇民化教育や「戦陣訓」などの教育の中で、神聖視され、その言うことが絶対と信じ込まされていた情況がある中での集団自決という出来事であったことは明らかである。だから、曾野氏は、「戦後の国民に対する補償を定めた「戦傷病者戦没者遺族等援護法」では民間人は年金や弔慰金の適用外であったため(救済対象を「軍協力者」に限定している)、軍命令により自決したとすることで「準軍属」扱いになり、遺族や負傷者に年金・弔慰金が受け取れるようにしたということであったとしているのだが、そこには、実は、集団自決という悲劇の被害者たちに対する周りの善意と思いやりがあって、なんとか苦しんでいる島民に救いの手をさしのべるための方便として、一つの神話が作られたということであって、もしそれを赤松元守備隊長がいったん受け入れたのなら、あの世まで持っていくのが、皇軍将校たるものの当然の倫理というものだろう。結局、そうしなかったということは、自分たちがうそをついてまで守ろうとした人々を裏切り、その名誉を汚したことになる。しかし、そういう次元の話とは別に、「2007年1月15日の沖縄タイムスに『「集団自決」早期認定/国、当初から実態把握 座間味村資料で判明/「捏造説」根拠覆す』との記事」が出たことで、それも覆りそうなのである。
こうしたわけで、文科省が上げた定説が変わったとする理由もまた、さらにひっくりがえりそうなのである。
また、「作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』などには、座間味島や渡嘉敷島での集団自決が、それぞれの島の守備隊長が命じたことにより行われたとする記述があり、元守備隊長や遺族らが、誤った記述で名誉を傷つけられたとして訴訟も起こしている」ということからは、現在この問題について係争中だと言うだけだし、元守備隊長らの主張が、軍の集団自決強制を証言する住民らの証言の信憑性をくずしたことにはならない。元守備隊長の証言のみを一方的に信用すべき理由はない。
『産経』は、「軍命令説は、信憑(しんぴょう)性を失っているにもかかわらず、独り歩きを続け、高校だけでなく中学校の教科書にも掲載されている」のは問題だったと述べているが、軍命令説の信憑性が失われているとする判断は、今のところ、『産経』『読売』をはじめとする一部の意見にすぎない。とくに、メディア・リテラシーが叫ばれる現在、『産経』『読売』だろうと、その主張を鵜呑みにするわけにはいかないのである。以下のウィキペディアからの引用でも、藤岡信勝ら否定派の見解が怪しいものであることは明らかである。『産経』『読売』の日本軍が沖縄戦集団自決への関与否定論は、論破されつつあるのだ。
他方で、従軍慰安婦問題については検定意見がつかなかった。『産経』は無視し、『読売』は、何らかの政治的情勢に影響された可能性を指摘しているが、いずれにしても、文科省は、今アメリカ議会で、従軍慰安婦問題決議が議論されている中で、国際的にナーバスな問題となっている従軍慰安婦問題について、なんらかの政治判断をした可能性がある。沖縄戦の集団自決問題では、そういう国際政治への判断が必要ないので、あっさりと検定意見をつけたのではないだろうか?
沖縄戦集団自決を否定する『産経』『読売』は、もともと占領期にアメリカの「スパイ」として「売国」を行ってきた新聞であり、アメリカの太鼓持ちという基本体質は、今も変わっていない。かれらのアメリカ批判は口先だけなのである。これらのメディアの愛国心は、アメリカあっての日本、日米一体の中の日本を愛するというアメリカ愛とセットになっているのである。だから、『産経』『読売』が愛国心を強調すればするほどうさんくさく感じるのである。
ウィキペディア「沖縄戦」項目からの引用
[編集] 『虐殺否定派の意見』
軍の命令及び強制があったかどうかは不明瞭であるとし、日本国内では前述の「証言」を疑問視する者もいる。たとえば座間味島の集団自決で生き残った宮城初枝によれば、そこでの集団自決は島民の申し出であったという。また、渡嘉敷島では陸軍海上挺進隊第三戦隊長で指揮官だった赤松嘉次大尉が、3月28日に西山にて住民に自決を命じたために329人が死亡したと言われていた。これは1950年に出版された『鉄の暴風』(沖縄タイムス)によって初めて紹介され、大江健三郎の『沖縄ノート』(岩波書店)にも同様の記述がなされている。だが、この逸話に疑問を持った曽野綾子は自ら行った取材を元に『ある神話の背景』を1973年に刊行した。それによると、戦後の国民に対する補償を定めた「戦傷病者戦没者遺族等援護法」では民間人は年金や弔慰金の適用外であったため(救済対象を「軍協力者」に限定している)、軍命令により自決したとすることで「準軍属」扱いになり、遺族や負傷者に年金・弔慰金が受け取れるようにしたということであった。その後、赤松大尉の遺族は大江と岩波書店に損害賠償を請求している。2006年には、戦後の琉球政府の旧軍人軍属資格審査委員会委員(軍人・軍属や遺族の援護業務)であった人物が、遺族・年金を受給するために赤松大尉が自決を命令したことに書類等を偽装したと認めた(産経新聞 2006年8月27日付)。一方で、2006年10月3日に日本兵が住民に対する集団自決を命令した事を示す発生直後の住民証言を記録した1945年4月3日付の「慶良間列島作戦報告」がアメリカで見つかったと沖縄タイムスで報じられた。なお、『ある神話の背景』の内容については『鉄の暴風』の著者である太田良博と曽野との間で論争となっている。さらに、2007年1月15日の沖縄タイムスに『「集団自決」早期認定/国、当初から実態把握 座間味村資料で判明/「捏造説」根拠覆す』との記事が掲載された。座間味村役所の「戦闘協力該当予定者名簿」および「戦協該当者名簿」と厚生省から返還された県の記録を照合したものによれば、座間味村の認定は最短3週間、平均3ヶ月で認定されており、琉球政府援護課の元職員は「本島に先駆け、慶良間諸島の被害調査を実施した。厚生省(当時)も人々を救おうとの熱意を感じた」との証言も合わせて掲載し、『一部マスコミなどによる、補償申請が認定されにくいため「『軍命』が捏造された」という主張の根拠がない』と報じた。
慶良間では元々乏しかった食糧を日本軍に独占されたため住民や末端の兵士が飢餓に陥り、追い詰められて集団自殺を決行したとの指摘もある(守備隊長の赤松大尉は8月末に降伏して捕虜となったが、アメリカ軍の取り調べに対し「(食糧は)あと3年はもった」と豪語していたという)。[要出典]
また、ひめゆり学徒の証言の中には「兵士に手榴弾を渡されたが死にきれなかった」「青酸カリを飲むよう言われたが量が足りなかったため飲まずにすんだ」「攻撃に行って反撃を受けた兵士が民間人の避難していた場所に逃げ込んできたため猛攻を受けてほぼ全滅した」「『おまえたちが沖縄を守るのだ』と初年兵らを集めて囮に使い、兵隊たちはその隙に逃げた」というものもある。しかし、同じひめゆり学徒の証言の中には「『まだ若いのだから無駄死にすることはない』と逃がしてくれた」「突然『出ていけ、叩っ切るぞ!』と軍刀を振り回して追い出されたが、その直後に兵隊だけが手榴弾で自決した」というものもある。
【主張】沖縄戦 新検定方針を評価したい(2007/03/31『産経』)
来春から使われる高校教科書の検定結果が公表され、第二次大戦末期の沖縄戦で旧日本軍の命令で住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に初めて検定意見がつき、修正が行われた。新たな検定方針を評価したい。
集団自決の軍命令説は、昭和25年に発刊された沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』に記され、その後の刊行物に孫引きされる形で広がった。
しかし、渡嘉敷島の集団自決について作家の曽野綾子さんが、昭和40年代半ばに現地で詳しく取材し、著書『ある神話の背景』で疑問を示したのをはじめ、遺族年金を受け取るための偽証が基になったことが分かり、軍命令説は否定されている。
作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』などには、座間味島や渡嘉敷島での集団自決が、それぞれの島の守備隊長が命じたことにより行われたとする記述があり、元守備隊長や遺族らが、誤った記述で名誉を傷つけられたとして訴訟も起こしている。
軍命令説は、信憑(しんぴょう)性を失っているにもかかわらず、独り歩きを続け、高校だけでなく中学校の教科書にも掲載されている。今回の検定で「沖縄戦の実態について誤解するおそれがある」と検定意見がつけられたのは、むしろ遅すぎたほどだ。
沖縄戦を含め、領土、靖国問題、自衛隊イラク派遣、ジェンダー(性差)などについても、一方的な記述には検定意見がついた。検定が本来の機能を果たしつつあると思われる。
前進ではあるが、教科書にはまだまだ不確かな証言に基づく記述や信憑性の薄い数字が多いのも事実だ。
例えば南京事件の犠牲者数は誇大な数字が書かれている。最近の実証的研究で「10万~20万人虐殺」説はほとんど否定されており、検定では諸説に十分配慮するよう求めている。
その結果、「数万人」説を書き加えた教科書もあるが、相変わらず「30万人」という中国側が宣伝している数字を記述している教科書はある。
子供たちが使う教科書に、不確かな記述や数字を載せるのは有害でしかない。教科書執筆者、出版社には、歴史を楽しく学び、好きになれる教科書づくりはむろんだが、なによりも実証に基づく正確な記述を求めたい。
3月31日付・読売社説(1)
[教科書検定]「歴史上の論争点は公正に記せ」
諸説ある史実は断定的には書かない、誤解を招くような表記は避ける。文部科学省が求めたのは、そんな当たり前の教科書記述だったと言える。
来年春から高校で使われる教科書の検定結果が公表された。
終戦の年の1945年、沖縄戦のさ中に起きた「集団自決」をめぐる記述が一つの焦点になった。
日本史教科書を申請した発行社6社のうち5社の記述に、それぞれ「沖縄戦の実態が誤解されるおそれがある」との検定意見がついた。「集団自決」について、「日本軍が追い込んだ」「日本軍に強制された」などと表記していた。
「日本軍が」の主語を削り、「集団自決に追い込まれた人々もいた」などと修正することで結局、検定はパスした。
今回、文科省が着目したのは「近年の状況の変化」だったという。
70年代以降、軍命令の存在を否定する著作物や証言が増えた。一昨年には、大江健三郎氏の著書に命令した本人として取り上げられた元将校らが、大江氏らを相手に名誉棄損訴訟を起こしている。
生徒が誤解するおそれのある表現は避ける、と規定した検定基準に則して、今回の検定から修正要請に踏み切った。妥当な対応だったと言えよう。
ただ、昨年度検定の高校教科書などには、こうした表記が残っている。文科省は速やかに修正を求めるべきだ。
「南京事件」は7社が日本史、世界史で取り上げた。うち4社の犠牲者数について、「諸説を十分に配慮していない」との意見が付いた。
「10数万人」「20万人以上」「中国側は30万人、という見解」――。一方に「1~2万人」や「4万人」といった学説がある中で、各社の記述は数字の大きな犠牲者数に偏っていた。
「例年、検定意見が付くとわかりながら、大きな犠牲者数のみを書いてくる発行社がある。ゲーム感覚なのか」と文科省。とても教科書作りの場にふさわしい姿勢とは言えない。
「従軍慰安婦」をめぐる記述は6社が取り上げたが、検定意見は一つも付かなかった。昨年までは、日本軍が慰安婦を強制連行した、といった記述に「誤解を招く」などの意見が付いていた。
発行社側が意見の趣旨を理解したことの表れなのかどうか、注視したい。
一方で、最近の慰安婦問題をめぐる国内外の論争が、今後の検定に微妙な影響を及ぼすことを懸念する声がある。
政治や外交などに翻弄(ほんろう)されることなく、客観的で公正な記述の教科書を、学校現場に届けたいものだ。
集団自決―軍は無関係というのか(『朝日新聞』社説3月31日)
高校生が使う日本史教科書の検定で、沖縄戦の「集団自決」が軒並み修正を求められた。
「日本軍に強いられた」という趣旨の記述に対し、文部科学省が「軍が命令したかどうかは、明らかとは言えない」と待ったをかけたのだ。
教科書の内容は次のように変わった。
日本軍に「集団自決」を強いられた→追いつめられて「集団自決」した
日本軍に集団自決を強制された人もいた→集団自決に追い込まれた人々もいた
肉親が殺し合う集団自決が主に起きたのは、米軍が最初に上陸した慶良間諸島だ。犠牲者は数百人にのぼる。
軍の関与が削られた結果、住民にも捕虜になることを許さず、自決を強いた軍国主義の異常さが消えてしまう。それは歴史をゆがめることにならないか。
この検定には大きな疑問がある。
ひとつは、なぜ、今になって日本軍の関与を削らせたのか、ということだ。前回の05年度検定までは、同じような表現があったのに問題にしてこなかった。
文科省は検定基準を変えた理由として「状況の変化」を挙げる。だが、具体的な変化で目立つのは、自決を命じたとされてきた元守備隊長らが05年、命令していないとして起こした訴訟ぐらいだ。
その程度の変化をよりどころに、教科書を書きかえさせたとすれば、あまりにも乱暴ではないか。
そもそも教科書の執筆者らは「集団自決はすべて軍に強いられた」と言っているわけではない。そうした事例もある、と書いているにすぎない。
「沖縄県史」や「渡嘉敷村史」をひもとけば、自決用の手投げ弾を渡されるなど、自決を強いられたとしか読めない数々の住民の体験が紹介されている。その生々しい体験を文科省は否定するのか。それが二つ目の疑問だ。
当時、渡嘉敷村役場で兵事主任を務めていた富山真順さん(故人)は88年、朝日新聞に対し、自決命令の実態を次のように語っている。
富山さんは軍の命令で、非戦闘員の少年と役場職員の20人余りを集めた。下士官が1人に2個ずつ手投げ弾を配り、「敵に遭遇したら、1個で攻撃せよ。捕虜となる恐れがあるときは、残る1個で自決せよ」と命じた。集団自決が起きたのは、その1週間後だった。
沖縄キリスト教短大の学長を務めた金城重明さん(78)は生き証人だ。手投げ弾が配られる現場に居合わせた。金城さんまで手投げ弾は回ってこず、母と妹、弟に手をかけて命を奪った。「軍隊が非戦闘員に武器を手渡すのは、自決命令を現実化したものだ」と語る。
旧日本軍の慰安婦について、安倍政権には、軍とのかかわりを極力少なく見せようという動きがある。今回の文科省の検定方針も軌を一にしていないか。
国民にとってつらい歴史でも、目をそむけない。将来を担う子どもたちにきちんと教えるのが教育である。
沖縄戦集団自決「強制」記述に修正意見 教科書検定(『朝日新聞』2007年03月30日)
文部科学省が30日公表した06年度の教科書検定で、地理歴史・公民では、沖縄戦の集団自決をめぐって、「日本軍に強いられた」という内容に対し修正を求める意見が初めてついたことが分かった。強制性を否定する資料や証言を根拠に、従来の判断基準を変えたためだ。イラク戦争や靖国参拝など外交や政治にかかわる問題では、政府見解に沿う記述を求めるこの数年の傾向が今回も続いた。
今回の対象は、高校中学年(主に2、3年で使用)の教科書。224点が申請され、検定意見を受けて各出版社が修正したうえで222点が合格。不合格の2点は、いずれも生物2だった。
地歴公民のうち日本史では、沖縄戦の集団自決に関して「日本軍に強いられた」という趣旨を書いた7点すべてが「命令したかどうかは明らかと言えない」と指摘され、各社は「集団自決に追い込まれた」などと修正した。日本史の教科書は昨年も申請できたが、その際にはこうした意見はつかなかった。
文科省は、判断基準を変えた理由を(1)「軍の命令があった」とする資料と否定する資料の双方がある(2)慶良間諸島で自決を命じたと言われてきた元軍人やその遺族が05年、名誉棄損を訴えて訴訟を起こしている(3)近年の研究は、命令の有無より住民の精神状況が重視されている――などの状況からと説明する。昨年合格した出版社には、判断が変わった旨は知らせるが、すぐに修正を求めることはしない方針だ。
地歴公民では、他にも時事問題で政府見解に沿った意見がついた。その結果、イラク戦争では、「米英軍のイラク侵攻」が「イラク攻撃」に、自衛隊が派遣された時期は「戦時中」から「主要な戦闘終結後も武力衝突がつづく」に変わった。首相の靖国参拝をめぐる裁判では、「合憲とする判決はない」という記述に「私的参拝と区別する必要がある」と意見がつき、「公式参拝を合憲とする判決はない」となった。
南京大虐殺では今回も、「犠牲者数について、諸説を十分に配慮していない」との意見が日本史5点についた。一方、政治・外交問題となり、中学の教科書からはなくなった「従軍慰安婦」(「慰安婦」「慰安施設」を含む)の問題は16点で取りあげられたが、意見は一つもつかなかった
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