雑文

6月28日、いろいろなこと

 ロイター通信は、イランでの大統領選に抗議するデモの際に銃撃されて死亡したとされる「ネダ」と呼ばれる若い女性の映像がネットで世界中に配信され、多くの国で、人々のイラン政府への抗議を呼び起こしたことについて書いている。

 この映像は、携帯電話で撮影されたとされており、中国でもネットに公開された。技術的な問題はよくわからないが、ユーチューブなどの動画共有サイトが、市民の情報源として大きな位置を占めるようになってきたことを示していて、それが政府をも動かしているとして、記事は、「米国務省は、ツイッターがイランの抗議活動で重要な役割を果たしているとして、予定されていたメンテナンス作業の延期を要請した」と述べている。しかし、もちろん、米国政府は、イラク戦争などの自国の関わる戦争についてのこうした情報については、なんとか規制しようとしてきているし、ねつ造した情報を平然と流してきた。米政府は、こうした非政府系のコミュニケーション・ツールを宣伝・煽動のための、あるいは情報戦のために利用している。イラン政府ももちろんアクセス制限をかけているわけだが、他方で、こうしたネットの発展は、現在の経済活動にとって不可欠ということもあり、規制しすぎると経済活動を悪化させかねないというジレンマを抱えている。

 記事は、「モスクワ・コムソモール」紙が、「ネダさんがテヘラン大学の哲学科の学生だったなどと紹介。「先週末にかけ、彼女は反政府運動の象徴となりつつある。彼女の写真がムサビ元首相支持者の持つプラカードに張られ、多くが復讐(ふくしゅう)を唱えている」と伝えていると書いている。やはり、指摘したとおり、反政府派は、「報復」を唱えているのである。だからといって、相手を抹殺するような暴力的戦いになるかと言えば、そうではない。「コーラン」では、最後の裁きは、唯一神アラーが行うとされている。ただ、政教分離を原則とするキリスト教国と違って、世俗の掟も「コーラン」で規定されているので、それに従うことが信者の務めとされているのである。そこに、「聖戦」というのもあり、預言者マホメットも「聖戦」を指導した軍事指揮官であった。

 日本経済研究センター http://www.jcer.or.jp/report/econ100/index.html の「金融要因の影響強まる商品市場」(安倍直樹)によると、この間の商品価格は、2008年夏から大きく下落し、例えば、原油価格(WTI)は08 年7 月に1バレル147 ドルの史上最高値をつけたが、その後急落、12月には32 ドルまで下落したが、「WTI は1バレル70 ドル手前の水準まで上昇、主要な1次産品を構成項目にして算出されるロイター・ジェフリーズCRB指数は5月の前月からの上昇率が13.8%となり、74 年7月以来、最大の上昇率となった」。この物価上昇は、金融要因によるところが大きいというのが、同レポートの主張である。

 「インデックス商品は主要な1次産品をもとに構成される。問題は、この構成比が現実の市場規模と乖離しているため、商品価格の中でも、価格動向に違いが生じているのである。代表的なものは、小麦である」。

 米国の小麦の世界シェアは1割もないのに、「S&PGSCI の小麦の投資先は、米国の先物市場(シカゴ、カンザス)の商品のみである。商品を構成する際の基準が世界なのに対し、投資をするマーケットは比較的取引が薄い米国のみ、インデックス商品の特性上、こうした不均衡が小麦市場で起こっている」。つまり、インデックス商品市場には年金基金などの資金が投資されていて、過剰になっているのである。特に、小麦の商品市場には、需給要因以上にこうした資金が流れ込んでいて、それによってこの間の価格上昇が引き起こされている。それに対して、同レポートは、米政府がこれを規制する措置を取れば、価格下落が一気に起こるだろうと警告しているわけである。これは、アメリカの小麦市場の構造が不均衡を生むようになっているということを示している。しかも、過剰資金、過剰流動性が今ここに集中投資されていて、需給と乖離した価格になっていて、価値と価格の間に大きな不均衡があるということだ。だから、ここに恐慌の火種が一つあるということになる。この資金が引き揚げられて次の投資先がないとなると、それは、遊休貨幣となり、資本化されないたんなるお金になり、資本はその分減少する。潜在的資本に形態転化するのである。付加価値を生まない、利潤を生まない貨幣になるのである。危機はまだまだ去っていないということをこのレポートは示しているのである。

 当ブログが賛同している外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会から最新メールが送られてきたので紹介したい。今後は、ブログでの情報発信に限定するそうだから、そちらを見ていただきたい。

 「在日の特権を許さない会」は、「爆竹を鳴らした」とかなんとかいろいろと難癖を付ける電話を賛同人に対してかけているようである。そもそも、在日朝鮮人の多くが特別永住権を付与されたのは、具体的な歴史的経過があってのことで、それを形式的かつ抽象的な「平等」一般の立場から、特権と決め付けていること自体が、差別排外主義的である。このメールによると、かれらは在日をテロリストと決め付けて参政権に反対するなど、デマも平気である。

 先日の「朝まで生テレビ」での自民党大村議員の「年越し派遣村」問題での厚生労働省の倉庫開放の時の話を聞くと、「年越し派遣村」に集まった人々を潜在的犯罪者と見なす態度が露骨に現れていたが、「在特会」のまなざしは、そういう国家のトップの人間のまなざしと似ている。大村は、倉庫を解放したが、支援者が、整然と場所を区分けし、秩序正しく、宿泊者に振り分けていたことを評価したが、それは、裏返せば、この連中はそういうことのできない無秩序な連中だと見ていたことを表している。それは、かれらの階級的敵対心・敵愾心の現れである。それは階級的偏見であり、かれら流の秩序感覚から外れた人々、その価値観の外にある人々というふうに、「年越し派遣村」の人々を見ていたことを示している。そこに、在日も入れていることは、先に入管法改悪の動きの中で、法務省入管の姿勢に現れていることはすでに書いた。在日外国人対策が、犯罪対策会議に諮られているのがそれである。そしてそれは、9・11事件後のアメリカの対テロ戦争、出入国管理の強化、治安強化、民族間、国民間の敵対、外国人を潜在的テロリスト、潜在的犯罪者とみなす姿勢の強化という動きと関わっている。イスラムへの偏見、差別、敵愾心を煽りつつ、イラク戦争から現在に至るアラブ・イスラム圏での戦争が行われていることとつながっている。

 名古屋でも「在特会」は50名ぐらいのデモを行ったようだが、さらに、福岡でも行動を起こすようだ。全国で、かれらの排外主義煽動がこれからも行われるだろう。入管法改悪は、その動きを後押しするようなかたちになっている。だから、これらを結び合わせて、かれらの意図をくじく必要がある。そのような、国際的な友誼の感情、そして正義を求める人々の声が大きくなれば、それは可能である。

 賛同者のみなさま

 外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会です。

 当日の行動報告が遅れて申し訳ありません。
 以下、長文ですが、当日の報告と実行委員会としての見解を記しました。

 また、当日のカンパ額についても記載しております。ご確認頂ければ幸いです。

 改めてご協力頂いた皆さまには御礼申し上げます。

 在特会福岡支部主催のデモが7月20日に予定されており、気を緩めることができない状況です。
 引き続き、みなさまと一緒に、排外主義を許さない行動に取り組んでいきたいと考えております。

※今後、実行委員会からのメールの一斉送信は行わない予定です。情報発信はブログにて行っていく予定です。

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【当日報告】(※重複して受け取られている方々にはご迷惑おかけします)

 2009 年6月13日、私たち「外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会」(以下、実行委)は、「在日特権を許さない市民の会」(以下、在特会)による「外国人参政権断固反対デモ」に対して抗議するデモと情宣を行いました。実行委が行動前に確認していたことは、非暴力を貫き、在日外国人との共生を自分たちのメッセージとして街に届ける、ということです。日常活動ではなかなか出会うことのない団体や個人から幅広い賛同をいただき、行動に結びつけることができました(2009年6月20日時点で個人・団体を合わせて769名)。

 当日は午前11時00分に三条河川敷に集合し、11時30分、デモに出発をしました。出発前のアピールは、審議中の入国管理法改定案の問題点を訴えるもの、在日外国人の就労や生活における制度的欠陥を主張するもの、国籍は違えど労働者として共に生きていこうと呼びかけるもの等、多数ありました。デモに出発してから、隊列の前からは「在日特権なんてないぞ」「全ての外国人に生きる権利を」「私たちに生きる権利を」「人らしく生きられる社会を」などのシュプレヒコールが上がり、道行く市民の関心も高くビラの受け取りも上々でした。かと思うと、隊列最後尾からは「シュプレヒコールを待つな!自由に叫べ!」という大きな声。激しく打ち鳴らされる太鼓の音。また在特会をパロディしたユニークな旗や服装の人々も。日の丸を掲げて在特会を批判する保守の人、排外主義に脅かされたくないと路上に参じた外国籍の人たちもいました。緊急行動の呼びかけに、本当に多種多様な人々が集まってくださり、それを象徴するデモの風景になりました(当日の様子を記録した動画です)。参加者数は、出発前が250人ほどで、終了時点で約300人にまで増えました。

 午後1時30分より、今度は在特会のデモに対して、三条商店街入口、蛸薬師通入口、四条河原町交差点にてアピールとビラまき情宣を行いました。在特会がシュプレヒコールを上げながら通過していく道向かいで、排外主義に反対する趣旨のビラを2000枚配り切りました。在特会の「テロリストに参政権は与えないぞ」等の独特のシュプレヒコールで土曜日の四条河原町は異様な雰囲気に包まれ(*1)、何事なのかと自ら私たちのビラを取りに来た人もいました。私たちのアピールは在特会にではなく、京都の市民に向けられたものです。私たちを過剰に敵対視し挑発を繰り返してくる在特会に応じることなく、準備していた日本語、朝鮮語、中国語、スペイン語、英語、エスペラント語のプラカードや旗を掲げました。その内容は「外国人排斥反対」「No More Fascism」「生きる権利に国境はない」「自由の敵に自由を許すな」「いじめるな」等。さらに、彼らが四条河原町を通過するときには交差点の四隅から、「さべつ・はんたい」「いじめ・やめろ」「ざいとくかい・ゆるすな」等のショートコールを上げました(*2)。

 立場を超えて様々な人たちが集まり、排外主義的な在特会のデモに反対して立ち上がることができたのは、実行委の呼びかけに賛同いただいた皆様のおかげと思います。ありがとうございました。

 実行委は解散いたしますが、在日外国人の権利を拡充していく地道な運動は今後ますます必要になるでしょう。排外主義に抗して在日外国人の問題に向かい合う人々の輪が広がっていくことを願います。

 外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会
――――――――――――――
(*1)6 月13日に在特会が掲げていた主張は「外国人参政権反対」でしたが、ホームページや当日のシュプレッヒコールの内容からも、彼らの主張が参政権反対にとどまらない排外主義的なものであることは明らかです。それに対しネット上では、「外国人参政権に反対であって外国人排斥ではない」といった在特会シンパによる書き込みが散見されます。こうした書き込みは、自分たちの意見が堂々と全面展開できるような正しいものではないと気づいており、自分たちの主張を歪曲することなしに自らを正当化できない在特会の弱さ、悪ふざけの現れであると考えます。
 改めて強調しますが、在特会が発する言葉の内容は、政治的な主張に値しない露骨な悪意と憎しみに満ちたヘイトスピーチであり、そのようなきわめて差別的な言葉が垂れ流されること自体が暴力であり、許されるものではありません。

(*2)すでに在特会が宣伝材料として使用していますが、彼らのデモが四条河原町を通過中に爆竹がなったという事実があるようです。確かに爆竹のような音はなっていますが、インターネットにアップされている動画を見る限り、彼らが喧伝しているような「デモ隊に爆発物を投げ入れられた」という事実を読み取ることはできません。また、もちろん実行委として彼らの隊列に爆竹を投げ込むというような行動は呼びかけておりません。
 しかし、このようなあやふやな事実を根拠に、在特会のメンバーを名乗る人物が緊急行動の賛同者に対して、「「外国人排斥を許さない緊急行動」のメンバーに爆竹投石を受けた」、「子どもがデモ中に爆竹で被害を受けた」、「爆竹を投げる者への賛同はどういうことだ」といった内容の電話をしてきております。実行委として事実に基づく批判を受け止めることは当然ですが、そもそも彼らの主張する「爆竹のようなもの」については、誰が何の目的で鳴らしたのかはいまだ不明です。しかも実行委に対して直接批判するのではなく、賛同人を特定し圧力をかけるなど、あまりにも陰湿であり卑怯極まりないと断じざるを得ません。その上で、今回の彼らの反応から、私たちも教訓を引き出しました。基本的に間違った主張をしている在特会は、批判者や抗議者を攻撃することによってしか「正しさ」を主張できず、そのことに自覚的な彼らは攻撃材料を常に探しています。今回の抗議行動を組み立てるにあたって、実行委はそのことを十分に念頭においておりましたが、今後の抗議行動においてもそうされるべきであるということを声明しておきます。

☆         ☆

【会計報告】

収入:42,881円
支出:24,998円
(内訳)
・街宣車ガソリン代
・記録用ビデオテープ
・宣伝物製作器具・材料費
――――――――――――――
残額:17,883円
(※寄付等、用途については現在、検討中です。決定し次第、ブログにてご報告致しま)

外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会
http://613action.blog85.fc2.com/

 

イラン抗議デモで殺害のネダさん、市民ジャーナリズムの契機に

 [ロンドン 23日 ロイター] イラン大統領選の抗議デモで「ネダ」と呼ばれる若い女性が銃で撃たれ死亡した。携帯電話で撮影されたその映像が今、世界中で大きな反響を呼んでいる。

 この女性の名前はネダ・アガ・ソルタンさん。大統領選の結果に反対する抗議活動の最中に撃たれ、血まみれになる姿が動画共有サイトのユーチューブに投稿されている。

 中国のポータルサイト「新浪」では「殺害された天使」と呼ばれ、グーグルによると、彼女の名前に対する検索結果は1万5300件に上る。

 またロシアでは、発行部数210万部のモスクワ・コムソモール紙が23日に4面に特集記事を組んだ。

 同紙は、ネダさんがテヘラン大学の哲学科の学生だったなどと紹介。「先週末にかけ、彼女は反政府運動の象徴となりつつある。彼女の写真がムサビ元首相支持者の持つプラカードに張られ、多くが復讐(ふくしゅう)を唱えている」と伝えている。

 今回の抗議行動で携帯電話がコミュニケーション手段として大きな役割を果たしているイランは、中東で最もインターネットが普及している国だ。国際公共放送(PRI)のポッドキャスト「The World」によると、イランで初めてブロガーが逮捕されたのは2003年。一部の投稿者にとっては、ツイッターやフェースブック、ユーチューブは、市民ジャーナリズムが発達するのにぴったりの場所だったと言える。

 抗議活動が始まった選挙直後は、イラン国内のアクセスをブロックされている人たちは、ツイッターがアクセス可能なインターネット・プロキシを探す場所として活用された。

 イラン市民が政府のフィルタリングを回避できるよう、多くの人がウェブアドレスを投稿したが、イラン当局も同じようにツイッターで情報を得られることに気付き、やがて投稿は下火になった。 

 ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院で双方向ジャーナリズムを教えるジェフ・ジャービス教授は、自身のブログの中で、イランでのデモでツイッターがいかに不可欠な存在になったかについて触れ、その理由をユーザーが便利に使えるようコード書き換えを可能にしていることだと指摘する。

 インターネットのセキュリティに詳しいユーザーは、ネット技術に精通するようになった結果、自分を単に傍観者だと考えていた人が、ツイッターのようなサイトを通じて参加者に変わることもあると指摘する。

 computerworld.comに紹介されたウェブサイトによると、今月16日ごろ、ツイッターに投稿されたリンクによってアクセスが集中したことで、いくつかのウェブサイトが故意にダウンさせられる出来事があったという。

 サイバー攻撃に詳しいSANSインターネット・ストーム・センターのBojan Zdrnja氏は、「イランでの暴力行為が激化している中、ハッカー攻撃が起きるのは時間の問題」と分析。「これまでのところ、2つのグループがイランのウェブサイトに攻撃を仕掛けたことが確認されているが、両方のケースとも技術的には極めて単純な攻撃だ」と話している。

  しかし、イラン市民が画像を世界に向けて発信できたのは、こうしたプロキシがあったからだ。

 インターネットを通じて世の中の出来事をカバーする際、「市民の力」がいかに重要になってきているかを示す例はまだある。米国務省は、ツイッターがイランの抗議活動で重要な役割を果たしているとして、予定されていたメンテナンス作業の延期を要請した。

 また、グーグル・マップでもユーザーの要請を受け、テヘランの衛星画像が最新にアップデートされ、現地で今何が起こっているのか、より分かるようになった。

 しかし、ソーシャル・ネットワーキング・サイトを長く使っているユーザーは、事態がより複雑に動いていると見ている。

 ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院で双方向ジャーナリズムを教えるジェフ・ジャービス教授は、自身のブログの中で、イランでのデモでツイッターがいかに不可欠な存在になったかについて触れ、その理由をユーザーが便利に使えるようコード書き換えを可能にしていることだと指摘する。

 インターネットのセキュリティに詳しいユーザーは、ネット技術に精通するようになった結果、自分を単に傍観者だと考えていた人が、ツイッターのようなサイトを通じて参加者に変わることもあると指摘する。

 computerworld.comに紹介されたウェブサイトによると、今月16日ごろ、ツイッターに投稿されたリンクによってアクセスが集中したことで、いくつかのウェブサイトが故意にダウンさせられる出来事があったという。

 サイバー攻撃に詳しいSANSインターネット・ストーム・センターのBojan Zdrnja氏は、「イランでの暴力行為が激化している中、ハッカー攻撃が起きるのは時間の問題」と分析。「これまでのところ、2つのグループがイランのウェブサイトに攻撃を仕掛けたことが確認されているが、両方のケースとも技術的には極めて単純な攻撃だ」と話している。

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6月25日付「中央日報」から思ったこと

 6月25日付「中央日報」には、歴史関係の面白い記事が幾つか載っている。

 まず、イランの反政府デモについての社説である。この社説は、現在のイラン政治体制を神政と呼んでいる。そして、「今回の事態はイスラムの最高指導者が実権を持つ「神政統治」の限界と矛盾を劇的に表している。神政統治の下での民主主義は装飾品にすぎない。最高宗教指導者の嗜好に合わない選挙結果はいくらでも操作されるのだ」と神政統治対民主主義という対立図式の下に事態を整理し、民主主義の側を支持し、現体制を批判している。

 社説は、反政府デモに参加した若い女性が治安部隊の銃撃を受けて死亡したという衝撃的な場面を冒頭に記し、「彼女は有権者として政府に抗議しただけだ」と書いている。結論は、預言めいたものである。いわく、「市民の民主的要求を受け入れる勇断がない限り、イランの時代錯誤的な神政統治は下り坂を辿ることになるだろう」。この記者は、イスラム教やイスラム文化・社会について、西欧に一般に流布されている偏見・ステレオタイプをそのまま今の事態に当て嵌めていて、それを自己吟味しようという姿勢はまったく感じられない。

 社説は、イランで、イスラムの最高宗教指導者の個人独裁が行われていて、彼の恣意によって選挙が自由に操られているという図式を描いている。しかし、第一に、イランの宗教指導体制は、個人独裁ではなく、合議による集団制である。第二に、かつて最高宗教指導者の意に反する大統領が誕生したことがある。第三に、銃弾で撃たれた若い女性もまたイスラム教徒である可能性が高く、撃った方と基本的な価値観を共有しているものと思われる。彼女やその仲間の価値観は、それに対して、民主主義への信仰を持つ社説子の価値観とは異なっているだろう。彼女たちは、イスラム信仰から民主主義信仰へと改宗を迫るのは、信教の自由に反することと思うだろう。しかし、民主主義は、制度でありシステムであって、信仰ではないという反論があるかもしれない。しかし、それは、その時々の具体的条件の下での大衆と権力との力関係によって規定されるものである。つまり、それは、個人独裁的にもなるし、そうでない場合もあるというふうに流動的であって抽象的に絶対的な固定した対立ではない。また、「今回の事態を平和的に解決する方法は全面的な再点検または再選挙の実施しかない」と社説は述べているが、民主主義信仰を強く持たないイランのシーア派イスラム教徒の反政府派が、このような民主主義的な解決に簡単に納得するとは思えない。恐らくは、血の報復とか、イスラム法やコーランの教えるところに従って事態を解決することを望むだろう。それは、コーランが宗教と法・道徳・社会規範を一体としているためで、それらが分離されているキリスト教社会とは違うのである。

 次に、高麗人の問題である。この問題は、「19世紀末の日本の強占期まで多くの韓民族がロシア沿海州に移住した。経済的問題と「独立運動」という政治的理由のためだった。1937年冬、ソ連のスターリン政権は沿海州に住んでいた高麗人17万人をすべて中央アジアに強制移住させ」たが、1991年の冬に、ソ連邦が解体し、いくつもの国に分かれた際に、無国籍となった多くの無国籍高麗人を、ロシア政府が歴史の犠牲者だと認めたという記事である。

 まず、高麗人という名称である。高麗と言えば、918年に王建が建てた国で、936年に朝鮮半島を統一した国の名である。ウィキペディアによると、10世紀から12世紀にかけてアラビアとの貿易が盛んだった頃に、アラビア商人が、コリョをなまって「コウリオ」と呼ぶようになり、それが転じて、今の韓国の呼び名であるコリア(korea)になったという。コリアの成立にアラビアとの交流があったわけだが、今の韓国の代表的な新聞である「中央日報」の社説子は、イスラムを理解することが出来ないほど遠く隔たっているわけである。

 高麗は、宋と関係を結ぶが、中国東北部の契丹からの侵害を受け、さらにモンゴルから起こった元が南下して、宋を南へ追いやり、さらに滅ぼすと、元に支配され、さらに、元に協力して、元の日本への侵攻に協力した。したというか、元の圧倒的な力の前に、そうするしかなかったわけだが。1392年、高麗は滅亡する。高麗の特徴として、ウィキペディアにある面白い点を二点だけ引用しておく。新羅と高麗は、仏教を奉じていた。後の李氏朝鮮は、儒教、朱子学を奉じた。ちなみに、織豊時代、日本に宣教に来ていたイエズス会士のポルトガル人のルイス・フロイスの書いた『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫)によると、当時の日本の女性の地位は徳川時代よりも高かったようである。例えば、女性に離婚権があったとか、若い娘が何日も家に帰らなくても問題にならないとか、結婚しても女性だけの財産を持っていたとか、書いている。もちろんそこには当時のヨーロッパ的なあるいはキリスト教的なまなざしが入っているとは思うのだが。

 高麗がアラビア商人とも交流し、交易した頃、日本では、平安時代末期に入っていて、荘園制度が衰えてきて、武士の平氏が台頭、平清盛は、海外貿易を盛んにしようとして、旧勢力の巣窟である平安京から、貿易拠点として、瀬戸内海に臨む福原遷都を企てる。しかし、後白河法皇などの旧勢力の反平氏の動きが活発化したり、東国武士などの反平氏の動きが、伊豆に島流し幽閉されていた源頼朝に結び付いた北条氏などを巻き込んでいって、平清盛の死後、平氏打倒の動きは強まり、源平合戦をくり広げ、ついに壇ノ浦の戦いで平氏は滅び、1192年源頼朝は征夷大将軍として鎌倉に幕府を開く。鎌倉時代にも、亡命者や僧侶や職人集団などが日本に来て活動していた。女性の地位という点で面白いのは、同じ平氏である北条氏の娘の政子が、島流しで幽閉状態にあった源頼朝と結婚式を挙げるが、それに出ずに姿を隠し、いわば、駆け落ちしたことである。やがて、幕府が出来ると、父親をも遠ざけ、頼朝亡き後、息子まで殺害し、尼将軍と呼ばれるほどの実権者となったことである。幕府打倒に立ち上がった都の後鳥羽上皇らの起こした承久の変の際には、東国武士を前に、頼朝の恩を蕩々と説いて、彼らを説得し、まとめた。軍事指揮権まで握ったかたちで、東国武士団の頭領としての器量を発揮したのである。幕府の後継者をも決める実権を持ったのである。

 「中央日報」は、韓国政府は2007年から無国籍高麗人の国籍取得を支援する事業を開始した。ロシア政府がそれに協力的だとロシア政府の姿勢を評価している。

 そして、イランの民主主義度が低いと批判した「中央日報」は、自国の民主主義度が低いとして問題点を指摘している。「韓国が経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち4番目に社会葛藤が深刻な国であることが分かった。韓国が社会葛藤のために支払う費用は国内総生産(GDP)の27%にのぼると分析された」。

 それを測る社会葛藤指数は、「社会葛藤指数の算出には所得不均衡の程度、民主主義の成熟度、政府政策の効率性(政府効果性)が指標に使われた。所得不均衡が高いほど、また民主主義の成熟度と政府政策の効果性が低いほど、葛藤指数は高まる」というもので、韓国は、OECD諸国中、所得不均衡は平均程度だが、「民主主義の成熟度は27位と最下位で、政府政策の効果性も23位」である。民主主義成熟度では、「行政権が他の憲法機関よりも強く、政党体系が不安定で、反対集団に対する寛容が十分でないと評価された。また妥協の文化が定着せず、法秩序を尊重する意識も不足している」と分析されたという。これが改善すれば、国民総生産GDPが上昇するという。民主主義は、経済成長と関連しているというわけである。あるいは、経済成長を促進する制度が民主主義だということだ。

 最後は、北朝鮮の核問題についてのコラムである。このコラムは、「最近、北朝鮮の核問題が米国が耐えうる限界に達した。2つの点で以前と次元が違う。まず一つは、北朝鮮は核と長距離ミサイルを保有した。米国を核攻撃する能力を近いうちに保有する。二つ目は、北核が交渉用カードではないという米国の判断だ。適当な補償で北朝鮮は核を放棄しないはずだ。したがって以前とは違う根本的対応が必要だというのがオバマ政権の判断だ。最悪を想定する軍事的な対応はすでに始まった」と戦争を想定した軍事的段階に入ったと述べている。

  「6月25日の朝に歴史の繰り返しを憂慮するのは悲劇だ。大韓民国は60年前の新生独立国や100年前の封建王朝ではない。もう無気力ではない。危機を直視しなければならない。先週の韓米首脳会談である米国側の関係者が「韓国はなぜ北朝鮮の核脅威に無感覚なのか」と尋ねたという。すべての国民が「そうではない」と答えられなければならない」といわば戦争の覚悟を韓国民に求めている。そこで、大国の国際政治に翻弄された歴史を総括し、「もう無気力ではない」として、その歴史を繰り返さないように呼び掛けているのである。その時、韓国が「もう無気力ではない」のは、民主主義という価値観が中心価値として根付いているという自覚によるのである。そしてそれは、韓国軍と北朝鮮軍の軍事力の比較をして、韓国が大きく北のそれを上回っていることを報じていることとも合わせて考えると納得がいく。

 イランで民主主義のために血を流し命を犠牲にした若い女性、ロシアで民主主義を勝ち取るべく無国籍高麗人の権利のために動く韓国政府、そしてハンナラ党、日韓併合、独立、朝鮮戦争、と、強大国によって自国の運命を決定された歴史への反省、そして、今や、そうした「無気力」を脱して、危機に対処すべきだという呼びかけ、そこには、しかし、強大国アメリカのオバマの危機を克服し、民主主義のために闘う市民の国としてのアメリカ人としてのナショナリズムの発揮の呼びかけとどこか似通っているものがあると感じる。それは、現在、通年のGNPが、マイナス1・2%と予想されている韓国経済の危機を戦時体制で乗り切れというふうに聞こえる。オバマ政権は、北朝鮮に対して軍事的解決の道に本格的に入ったのかどうか、まだはっきりしない。注意が必要だ。

 

ウィキペディアより 

 女性の社会的地位
 高麗の社会は朝鮮の歴史にとって新羅に続き、女の社会的地位が高いという時代だった。もちろん、政治や生活全般には男が優先されたが、財産の分配は息子と嫁いだ娘を同等に待遇した。また夫に殴られた妻が官庁に告発し、官庁に引っぱられた夫がむち打ちの刑をうけた事もあった。忠烈王の時、朴楡は王に貴族の畜妾(ちくしょう)制度を法律で定めることを建議した。後に朴楡は町で老婆と女たちに後ろ指を指され、面前で悪口を言われた。離婚と再婚が自由だったというが、特別な理由もなく妻を見捨てると法律によって処罰された。12世紀に宋の徐兢が高麗を訪問してから書いた『高麗図経』には、「離婚率が高いし、恋愛と別れが多すぎるので、風習がおかしい」と書かれている。息子がいなくても祭祀は娘と婿が行なった。婿取婚の比率も高い、女は影響力が強かった。

 

 アラビア
 高麗の首都の開京(現在の北朝鮮の開城市)の礼成江河口の国際貿易港だった碧瀾渡でアラビア商人が賑やかだった。『高麗史』の記録には1024年(顕宗15年)と1025年(顕宗16年)、1040年(靖宗6年)にアラビアと大食国(ペルシア)の商人らが高麗に入朝し、産物を献上したと記されている。高麗はアラビアから水銀・香料・ガラス工芸品・珊瑚を輸入した。この時代に高麗の名称がヨーロッパに知られ、アラビアの商人たちが高麗(コリョ)を「コリア」と呼び始め、今の朝鮮を指す英語表記「Korea」になった。

 【社説】危機を迎えたイランの時代錯誤的な神政統治
  ジーンズに白いスニーカーを履いた若い女性が路上で倒れる。2人の男性が胸を押しながら応急治療を試みるが効果はない。地面は血だらけだ。イラン内の反政府デモで女性が胸を銃で撃たれて倒れて死んでいく場面の映像が世界ネットユーザーに大きな衝撃を与えている。ネダという名前の27歳の大学生だ。

  彼女は有権者として政府に抗議しただけだ。大々的な不正選挙疑惑があるため選挙をやり直せということだ。正当な要求に返ってきたものは冷たい銃弾だった。バイクに乗った私服民兵隊員2人が照準を定めて彼女を殺害したと伝えられている。

  大統領選挙の結果が発表された13日から始まったイランの反政府デモが10日以上続いている。首都テヘランをはじめ全国的にこれまで数百万人が参加し、デモの過程で少なくとも19人が死亡したと伝えられている。しかしイラン政府の報道統制のため正確な真相は知ることができない。

  今回の事態はイスラムの最高指導者が実権を持つ「神政統治」の限界と矛盾を劇的に表している。神政統治の下での民主主義は装飾品にすぎない。最高宗教指導者の嗜好に合わない選挙結果はいくらでも操作されるのだ。イラン政府はアハマディネジャド現大統領が改革派のムサビ元首相に圧倒的な票差で勝ったと発表したが、大多数の有権者はこれを信じていない。各種証拠が不正選挙疑惑を説明しているということだ。

  神政統治の権威を自ら否定する格好となるため容易ではないが、今回の事態を平和的に解決する方法は全面的な再点検または再選挙の実施しかない。今のように武力強硬鎮圧で一貫すれば、一時的にデモを鎮めることはできても再発する可能性が高い。イラン人口の70%が1979年の革命以降に生まれた30歳未満の若者だ。今回のデモの主役も若者層だ。このままでは第2、第3のネダが出るしかない。市民の民主的要求を受け入れる勇断がない限り、イランの時代錯誤的な神政統治は下り坂を辿ることになるだろう。

 

 韓国政府「高麗人は歴史的被害者」認め始める

 ロシア南部のロストフ州。車に乗り3~4時間走っても地平線しか見えない広大な平原。ここの農村地域にパク・ドミトリーさん(53)とキム・イェカチェリーナさん(51)の夫婦が、22歳の娘と2歳の孫とともに暮らしている。夫婦にはロシア国籍がない。無国籍の身分は娘を経て2歳の孫にまで続いている。

  娘は高校を卒業しているが卒業証書はない。国籍がないので国が卒業を証明することができず、大学にも進学できなかった。正社員の職を得ることはほとんど不可能だ。歳を取っても年金はもらえない。妻は「娘」「母」という単語が出るたびに泣いた。

  19世紀末の日本の強占期まで多くの韓民族がロシア沿海州に移住した。経済的問題と「独立運動」という政治的理由のためだった。1937年冬、ソ連のスターリン政権は沿海州に住んでいた高麗人17万人をすべて中央アジアに強制移住させた。

  1991年冬。高麗人はまたも厳しい季節を経験する。ソ連が崩壊し、高麗人は自分の意志とは関係なくそれぞれ別の国住むことになった。この過程で多くの人は国籍を取得できなかった。ウズベキスタンが故郷のパクさん夫婦も同様だ。

  旧ソ連地域にはパクさんのような「無国籍高麗人」が5万人に上ると推定される。53万人の高麗人の10%程度だ。彼らを指して外交通商部のシン・ガクス次官は、「わが民族が不幸だった時代、列強に挟まれた弱小国が生んだ悲劇の産物」と述べた。

  政府は高麗人強制移住60周年を迎えた2007年から、無国籍高麗人支援事業に着手した。現地国籍取得のため外交的努力と法律的支援をしている。しかし各国の法律と文化的な壁に阻まれ大きな成果は上げられていない。

  こうした状況の中、最近無国籍高麗人の解決策が作られ始めた。ウクライナが「無国籍高麗人に国籍を回復させる創意的モデル」を提示したのだ。同国のルツェンコ内務相は本紙とのインタビューで、「(高麗人実態調査の)アンケートに参加した無国籍高麗人は、『自らの身元を証明できないとしても』追放することはできないという長官命令を全国に出した」と明らかにした。

  ルツェンコ内務相は特に、「高麗人について調査したところ、私の在任期間中に問題を起こしたことはなかった。高麗人はすでわが国の人だった」と話した。ルツェンコ内務相は以後、韓国大使館とこの問題を解決するための接触を始めた。150の民族で構成されたウクライナでひとつの民族に特恵を与える内容を盛り込んだ長官命令は前例がないものだった。

  破格の措置はこれにとどまらない。イーゴル移民局長は、「ウクライナ国籍がない高麗人の身分を、「韓国大使館」が証明すれば国籍回復手続きを手助けできる」という意志を明らかにした。「他国(韓国)が自国の領土で行政手続きを踏めるよう配慮する」という意味だった。朴魯壁(パク・ノビョク)駐ウクライナ大使は、「ソ連時代から何代にもわたりこの地域で暮らしてきたこと、高麗人は歴史的被害者だという事実をウクライナが認め始めた」と説明した。

  高麗人支援に関する法律を推進しているハンナラ党の李範観(イ・ボムグァン)議員は、「法をあるがままに適用すれば、無国籍高麗人はすべて不法滞在者なだけだ。しかし歴史認識を通じて彼らに関する新しい観点を提示できるだろう」と強調した。

  本紙はロシア、ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタンの4カ国で20日間にわたり無国籍高麗人を取材した。しかし正確な実態調査も行われておらず、どこにどれだけ多くの無国籍者がいるのかも把握するのは困難だった。 

 

韓国の社会葛藤、OECDで4番目に深刻 
  韓国が経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち4番目に社会葛藤が深刻な国であることが分かった。韓国が社会葛藤のために支払う費用は国内総生産(GDP)の27%にのぼると分析された。

  三星(サムスン)経済研究所は24日、報告書「韓国の社会葛藤と経済的費用」で、韓国の社会葛藤指数は0.71で、OECD平均(0.44)を上回ったと明らかにした。OECD加盟国のうち韓国より葛藤指数が高い国はトルコ(1.20)、ポーランド(0.76)、スロバキア(0.72)。

  社会葛藤指数の算出には所得不均衡の程度、民主主義の成熟度、政府政策の効率性(政府効果性)が指標に使われた。所得不均衡が高いほど、また民主主義の成熟度と政府政策の効果性が低いほど、葛藤指数は高まる。

  所得不均衡はOECD平均水準だが、民主主義の成熟度は27位と最下位で、政府政策の効果性も23位と平均を下回った。

  民主主義の成熟度部門では、行政権が他の憲法機関よりも強く、政党体系が不安定で、反対集団に対する寛容が十分でないと評価された。また妥協の文化が定着せず、法秩序を尊重する意識も不足している。

  研究所は、韓国はGDPの27%を社会葛藤費用として支払っていると推定した。社会葛藤指数が10%下落する場合、GDPが7.1%増加する効果が生じるという。韓国の葛藤指数がOECD平均(0.44)水準に改善される場合、1人当たりのGDP(02-05年平均基準)は1万8602ドルから2万3625ドルに増える効果が生じるということだ。

  ◆社会葛藤指数=三星経済研究所が米ハーバード大のデニー・ロドリック教授(経済学)の「葛藤の経済的モデル」に基づいて開発した。所得不均衡の程度を表す「ジニ係数」を、民主主義の成熟度を表す「民主主義指数」と世界銀行が測定する「政府効果性指数」の算術平均値で割る方法で算出した。

 【コラム】歴史は繰り返される
  少なくとも過去100年間の大韓民国の運命は米国に左右されてきたといっても過言ではない。ところがそれほど重要な米国について、私たちはその間あまり知らなかった。気分は良くないが、『米国、韓国を捨てる』(ナカタ・アキフミ著)はこうした点で引用する価値がある。

  「私たちは米国を兄のような存在と考えています」。高宗(コジョン)が1897年に韓国公使に赴任した米国人アレンと面会しながら述べた言葉だ。 高宗はアレンを通して米国の支援を切実に訴えた。 米国公使館で保護してほしいと2度も頼んだ。 2度とも拒否された。米国の考えは違った。

  「私は日本が韓国を手に入れるのを見たい」。セオドア・ルーズベルトが副大統領候補時代に友人に送った手紙の一部だ。ルーズベルトの日本愛はさらに深まる。 「東洋の発展は日本の使命だ。 日本の勝利は世界の幸福だ」。日露戦争の直前に述べた言葉だ。ルーズベルトは白人優越主義者だ。 唯一の例外が日本だった。 有色人種のうち日本人だけがアングロサクリンと同じ文明人だと見なした。

  もちろん米国外交の第一の尺度は自国の利益だ。 国際政治で強大国が考慮しなければならない独立変数は強大国だけだ。米国は日本を後援することでロシアと中国を牽制しようとした。日本が韓半島を植民地化することを黙認する代わりに、米国は自国の植民地(フィリピン)に対する日本の放棄覚書を受けようとした。1905年に米日間で締結された桂・タフト協定がその結実だ。 密約で韓半島の植民地化は事実上完結した。

  解放も米国がもたらした。 米国が日本を追い出して植民地独立という原則を立てた。ただ、韓国人には自治能力が足りないため相当期間は信託統治をするという前提だ。そして計画を変更して38度線を引いたのも米国だ。日本が予想よりも早く降伏し、ソ連軍があまりにも早く韓半島に進入すると、半分でも占めようという考えで腰を切った。そのどの過程でも韓半島に住む人々は独立変数として考慮されなかった。

  ちょうど59年前の今日に戦争を起こしたのは北朝鮮だ。 しかし韓半島の運命は依然として米国の決心に左右されていた。スターリンが南侵計画を承認した決定的背景は米国のアチソンラインだ。アチソン国務長官が「米国の防衛線から韓半島は除外する」と発表すると、スターリンは「米国が参戦しない」と判断した。米国は参戦し、38度線を越えて進軍したことで、中国の参戦を招き、李承晩(イ・スンマン)政府の北進統一主張にもかかわらず休戦に合意した。この過程でも当事者の韓国よりも強大国の利害が優先された。

  不幸な歴史が見え隠れする。最近、北朝鮮の核問題が米国が耐えうる限界に達した。 2つの点で以前と次元が違う。まず一つは、北朝鮮は核と長距離ミサイルを保有した。 米国を核攻撃する能力を近いうちに保有する。二つ目は、北核が交渉用カードではないという米国の判断だ。適当な補償で北朝鮮は核を放棄しないはずだ。したがって以前とは違う根本的対応が必要だというのがオバマ政権の判断だ。最悪を想定する軍事的な対応はすでに始まった。最近、米国が成功した空中発射レーザーは北朝鮮ミサイルを狙ったものと考えられる。飛行機からレーザーを放ってミサイルを爆破させる方法だが、射程距離が短く、北朝鮮以外の核保有国には使用するのが難しい。新しい国連決議案に中国が協力することを約束し、北朝鮮船籍の貨物船「カンナム」の追跡はうやむやにはならないだろう。

  6月25日の朝に歴史の繰り返しを憂慮するのは悲劇だ。大韓民国は60年前の新生独立国や100年前の封建王朝ではない。もう無気力ではない。危機を直視しなければならない。先週の韓米首脳会談である米国側の関係者が「韓国はなぜ北朝鮮の核脅威に無感覚なのか」と尋ねたという。すべての国民が「そうではない」と答えられなければならない。

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「在特会」の差別排外主義行動への抗議活動成功!

 4月に埼玉県蕨市で、外国人を追い出そうとする差別排外主義右翼団体「在日の特権を許さない会」(「在特会」)などによるデモがあった。この動きを察知したフリーター全般労組の活動家などが、急遽、この動きに抗議する現地行動を呼び掛けた。「9条改憲阻止の会」のメンバーが加わり、さらに、ネット内での呼び掛けに応じて駆けつけた人々の抗議活動に対して、埼玉県警は、2名を逮捕するという弾圧を加えた。このような保守派や民間右翼による差別排外主義の動きは、90年代半ば頃から、活発化していたが、その代表的イデオローグの小林よしのりのデタラメが暴露されたり、「新しい教科書をつくる会」の内紛などによって、以前ほどの勢いはないものの、今日のような厳しい経済情勢の中で、現状に不満・不安・憤りを強めている人が増えているところで、排外主義が広まる可能性がある。

  この間、2007年の入管法改悪、そして現在進められている入管法改悪の動きなど、「9・11」以後のテロ対策という名目での、治安管理体制の強化、外国人管理の強化、出入国管理の強化、がなされてきたが、こうした政府の動きとこうした民間の差別排外主義右翼の煽動は、見事に一致している。そうした民間の動きの一つである「在特会」などが呼び掛けた「外国人参政権断固反対!京都デモ」が、6月13日に行われた。かれらは、12日に、「護憲運動」や西本願寺の憲法違反の政教一致活動、京都宇治市ウトロの在日住民の立ち退き反対運動への支援という違法在日支援、犯罪行為の数々に抗議するとして、デモを行ったのである。その前日には、右翼の仲間である統一教会関連施設への家宅捜索と特定商取法違反容疑で7人が逮捕された。「在特会」は、かかる右翼仲間の犯罪行為には、抗議しないようである。

 それに対して、差別排外主義煽動への抗議行動が、多くの賛同と参加者を得て、13日に取り組まれた。

 外国人排斥を許さない実行委員会のブログに、13日の行動の様子を写した写真や報告がある。デモは途中参加者を加えて、300名ほどにふくれあがったという。その他、yoretubeに、戸田ひさよし元議員のアップした当日の動画がある。その他、ブログ等での報告がいろいろあるようだ。それらを見たところ、大成功である。

 しかし、「在特会」のような連中を支えているのは、政府―法務省入管が基本的に在日外国人を潜在的犯罪者と見なしているからで、日本のような官僚が圧倒的に強い官僚国家では、官庁が基本とする政策姿勢、政策思想が、差別排外主義的である以上、こうした連中は、その意向を民間で代表するというかっこうになっているのである。政府は、在日外国人の在留の在り方について検討するワーキング・チームを作ったが、なんと、その報告は、犯罪対策閣僚会議に報告された!

 まず、現在の法務省入管政策について確認しておく。

 いわゆる『入管白書』によると、08年の日本への出入国外国人は、07 年と比べて104 万4,223 人(12.9%)増の915 万2,186 人となり、過去最高。08年の外国人入国者数は、国籍(出身地)別で、韓国が284 万5,556 人と最も多く、入国者全体の31.1%を占めている。以下,中国(台湾)、中国、米国、中国(香港)、英国の順である。このうち,隣接国(地域)である韓国、中国(台湾)、中国の3か国(地域)で入国者数全体の59.2%と半数以上を占めており、また,上位5か国(地域)で全体の72.8%を占めている。それから、「在日」の大部分を占める朝鮮・韓国籍の「特別永住者」は、03年471,765人、04年461,460人、05年447,865人、07年426,207人と減少しているが、「永住者」は、39,807人から49,917人に増えている。

 『入管白書』は、入管法・外登法の改正の狙いを、「07年の改定で、特例永住者を除くテロの未然防止のため,日本への入国を申請する外国人(特別永住者等を除く)に対し,「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律(平成18 年法律第43号)」で、上陸審査時に個人識別情報(指紋及び顔写真)の提供を義務付けた」が、さらに、新たに「法務大臣から市町村への情報提供を迅速かつ的確に行う我が国に在留する外国人の在留管理に必要な情報を法務大臣が一元的に把握する制度」を創設し、外国人管理を、法務―治安管理対策として国家の一元的管理の下に置くことにあることを明確に述べている。さらに次のように述べている。

 「在留カードの交付対象となる外国人及び特別永住者適法な在留外国人に適切に各種行政サービスを提供するためには、外国人に係る基本的な情報を正確に把握することが必要である。したがって、住民基本台帳制度と同様に、転入届とともに転出届等を制度化し、転出地市町村において転出情報を速やかに把握することを可能にする。
 また、外国人本人の申請以外によっても台帳への記載等をすることができるよう、市町村長による職権記載、調査権等を制度化し、市町村における外国人の居住実態に即した情報把握を可能にする。
 さらに、我が国に在留する外国人が年々増加していること等を踏まえ、政府は、外国人の在留管理に関するワーキングチームを設置し、外国人の在留情報の把握や在留管理の在り方について検討を進め、平成19年7月3日には、法務大臣による外国人の在留情報の一元的把握、外国人住民に係る住民行政の基礎とするための、市町村における一定の外国人情報の保有、管理、利用等を内容とする検討結果が犯罪対策閣僚会議に報告されたところである。また、外国人登録制度の見直しについて、「規制改革推進のための3か年計画」(平成19年6月22日閣議決定)において、「外国人の身分関係や在留に係る規制については、原則として出入国管理及び難民認定法に集約し、現行の外国人登録制度は、国及び地方公共団体の財政負担を軽減しつつ、市町村が外国人についても住民として正確な情報を保有して、その居住関係を把握する法的根拠を整備する観点から、住民基本台帳制度も参考とし、適法な在留外国人の台帳制度へと改編する」こととされ、遅くとも21年通常国会までに関係法案を提出することとされた。また、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」(平成20 年3月25 日閣議決定)において、19年度措置事項として、「総務省及び法務省が当該台帳制度の基本構想を作成し、公表する」とされたところである。
 これを踏まえ、総務省及び法務省は、法務大臣による在留情報の一元的把握等を図るための新たな在留管理制度に対応し、市町村における適法な在留外国人の台帳制度(以下「本制度」という。)について共同で検討を進め、その基本構想を以下のとおりとりまとめた。
 今後、市町村をはじめとする関係者からの意見を踏まえつつ、本制度の具体案を策定することとする」。

 つまり、まず、在日外国人の情報をより細かく把握し、その記録である台帳の記載を市町村長によって行えるようにし、調査権も与え、そして、「法務大臣による外国人の在留情報の一元的把握、外国人住民に係る住民行政の基礎とするための、市町村における一定の外国人情報の保有、管理、利用等を内容とする検討結果が犯罪対策閣僚会議に報告された」とあるように、在日外国人対策が、犯罪対策閣僚会議に諮られるということ、つまり、在日外国人政策を犯罪対策を基本としてたてていることが明確に示されているわけである。それを、民間で繰り返し、拡張しているのが、「在特会」のような差別排外主義者なのである。

 そして、差別排外主義が戦争への誘導路であることは、9・11後のアメリカで、まず、イスラム系住民に対して、証拠もろくにない違法捜査や逮捕が行われ、イスラムに対する差別的偏見が流され、敵対心を煽られたこと、そして、煽られた市民による、あるいは「在特会」のような確信的排外主義者によるイスラム系アラブ系住民への襲撃事件や衝突事件が起きたこと、そうした国内の敵と戦うこととイスラム圏での戦争がリンクしていたことで、明白である。

  このような差別排外主義との闘いは、かれらが暗に、そしてその中には、アメリカから対日工作用に金をもらい、その金で、親米右翼を育てていた岸元首相のような勢力や外国人=潜在的犯罪者と見なす今の日本国家の官僚などの権力者という強者がついているのは明らかだから、強者に対する弱者の闘いであり、正義ある闘いである。その闘いの成果でもあり目的でもあるのは、諸国民の友愛と国際正義であり、それらは、日本国憲法前文に高らかにうたいあげられている理念である。あわれなのは、今の愛国心が、国家官僚の利益にすぎないし、かれらに利用されているのもわからずに、愛国主義をオウム返しさせられているわけのわからない人たちである。

  今の愛国主義は、明治維新後の近代に、官僚が主導して作られたものであり、それが民間に普及させられ、啓蒙で擦り込まれたことは、近代史を見れば誰でも簡単にわかるのに、それすらタブーのように思い込まされている。つまり、それは国家教という宗教的イデオロギーだということである。その信仰のツケは、自分の身にふりかかってくる。「希望は戦争だ」などというかたちで。今、イラクで最前線で戦死している兵士の多くは、貧しく安定した職を得にくい移民の若者たちで、かれらはアメリカの市民権や資格や免許を取りたいために、米軍に志願しているのである。アメリカでそれなりの暮らしを立てるために、生か死かと命をかけなければならないところにいる人たちなのだ。

  それに対して、米軍の最高司令官のブッシュ大統領は、幾重にも守られた安全なホワイトハウスで、ああしろ、こうしろと命令を下しているだけなのである。副大統領だったチェイニーは、自らが関わる企業が、戦争関連ビジネスを受注して、イラク戦争で大もうけをした。副大統領をやめても、彼は、戦争利益で、悠々と暮らしていける。それに対して、戦争万歳、アメリカ万歳を叫ばされたアメリカ人の多くは、サブプライム・ローン破綻後の経済悪化で、失業や生活悪化に見舞われている。それでも、オバマは、今度は、アフガニスタンに前線を移すという。いずれにしても、アメリカのリベラル派の一部でさえ、他文化を理解するのが困難であり、簡単に愛国主義に屈服していった姿を見るとき、今の経済情勢と合わせてみると、「在特会」のこのような差別排外主義を煽る行動は、戦争への道を掃き清めている危険な動きであることは疑いない。

 「在特会」は、公称5600人の全国組織だから、埼玉県蕨市、今回の京都の次にも、どこかで同じような行動を行う可能性が高い。それに対して、全国、あるいは全世界の心ある人々が手を握って、その意図を挫折させる行動を続ける必要があることは明らかである。750人・団体の賛同や300人のデモは、その可能性があることを示している。

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【最新版】外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ

【最新版】外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ

以下が最新の呼びかけです。

お手数ですが、差し替えなどお願いいたします。

-----以下、転送転載歓迎です-----

<外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ>
★Join a 6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai

★6月13日にデモを企画しています★
 音楽あり踊りありシュプレヒコールありのデモです。
 在特会の主張に違和感を持つ方は、その気持ちを表現するために是非!是非!ご参加下さい。一人でも多くの方の参加が本当に必要です!
 当日の参加が無理な方は、匿名でも構いませんので賛同をお願いいたします!
 (↓当日のスケジュール、賛同の送り先は下の方にあります↓)

 2009年4月11日埼玉県蕨市で、不法滞在を理由として両親が強制送還され、日本政府により家族と別れて暮らすことを強いられた女子中学生の自宅・学校に押しかけるという卑劣なデモがありました。その内容は外国人を犯罪者と断定し、日本から追い出せという主張でした。主催したのは「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などです。

 今回その在特会などが、京都市で外国人参政権に反対するデモをしようとしています。私たちは今回の彼らの行動が、京都にとどまるものではなく、また外国人参政権を巡る問題だけにとどまるものでもなく、日本に新しく現れた排外主義的な動きであると捉えています。今はまだ彼らの動きは大きくないものに見えますが、不況下においてファシズムや外国人差別が肥大化した歴史を思い起こすとき、今回の動きを見過ごすことは出来ません。そこで私たちは今回彼らがデモをしようとしている6月13日に抗議の意味を込めて、「外国人排斥許さない6・13緊急行動」としてデモを企画しました。

 このような外国人排斥の風潮を許さないのだという強い意志を全国的に示すことが今必要とされているのではないでしょうか。時間が限られた中で恐縮ですが、本行動への皆様の参加と賛同を広く呼びかけます。

  On April 11th, 2009, there was a demonstration which insists the foreign people as criminals and tries to ostracize foreign people from Japan. As a part of the demonstration, participants called at a house and a school of a girl who was compelled to live alone because her parents had been extradite as illegal immigrant by Japanese Government.
  This demonstration was organized by ZaiTokuKai. This group is now planning a new demonstration in Kyoto against enfranchisement of foreign people.
  We consider this movement is not only Kyoto province, or enfranchisement of foreign people, but an action of newly risen exclusivism in Japan. This movement has not been sophisticate, but we can not overlook their activities as we remember growing Fascism and Exclusivism during depression.
  Now, we planned an anti-action against ZaiTokuKai as “6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai.” Although, there is not enough time till this action, we call on for your participate and adhesion.

★外国人排斥を許さない6・13緊急行動 6.13 Emergency Action★
◆日時 6月13日(土)
 11:00 京都・三条河川敷集合→11:30 デモ出発→12:30 デモ解散(三条河川敷)→13:30 三条河川敷集合後、ビラ配り
  11:00  We meet at River area of Sanjo, Kyoto→11:30 Demo. Start→12:30 Demo. finish→13:30 We meet again at the River area of Sanjo before handing the leaflets on a street.
◆主催:外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会
 Organized by Executive Committee of 6.13 Emergency Action
◆連絡先:613action@gmail.com
◆ブログ:http://613action.blog85.fc2.com/
(現時点で500名を超える方々から賛同をいただいております。ありがとうございます。ブログには賛同者の一覧や、いただいたメッセージが掲載されてあります)

■注意事項
・在特会はネット上への動画のアップを戦術的に行っていますので、当日私たちの行動に対する撮影が予想されます。不当な撮影には抗議していきますので、その際は実行委員に声をかけるようにして下さい。それでも撮影を完全に防ぐことは難しいので、顔を写されたくない方は各自で工夫をお願いいたします。
・当日の撮影は、基本的に実行委員会のみに限らせていただきます。撮影を希望される方は事前に613action@gmail.comまで連絡を下さい。
■NOTE
  We regulate shooting of demonstration. But ZaiTokuKai may take photos of you without permission. Please be aware to protect your own privacy.
If any of participants would like to take photos of the demo., please contact to the committee (613action@gmail.com) beforehand.

==メールフォーム(下記をコピー&ペーストして613action@gmail.comまでお願いします)==

●外国人排斥を許さない6・13緊急行動に賛同します。
○賛同団体・個人名(肩書きがあれば)

○公表します・公表しません

○一言メッセージなどあればお願いします

==================================================

==MAIL FORM(Please copy & paste the following and send to 613action@gmail.com)==

●I sympathize with the “6.13 Emergency Action.”
○Name(individual or group)

○Can we publish the name? (Yes or No)

○Post your message, if you have.

==================================================
 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、障害者、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、そのたびに不安は増したが、それでもなお行動にでることはなかった。そしてナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であったから行動にでた。しかし、そのとき自分のために声を上げてくれる者はいなかった。
(マルティン・ニーメラー/ナチスに抵抗したルター派牧師)

賛同人一覧

★現時点での賛同は、個人・団体を合わせて452名です★

賛同していただいている方々、どうもありがとうございます。

引き続き、賛同と参加を募りますので、どうかよろしくお願いいたします。

          外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会

【個人】青崎百合雄(カトリック町田教会)、青西靖夫、青柳行信(NGO人権・正義と平和連帯フォーラム・福岡代表)、青山薫(京都大学助教)、赤尾光春(大阪大学)、秋風千惠、浅井美里、足立力也(コスタリカ研究家)、アッテンボロー(ブロガー)、阿部太郎、あべ・やすし、在野真麻(Wheelchair's EYE)、RS(東京都)、五十嵐守、池田宜弘、石垣敏夫(埼玉県平和資料館を考える会)、石川康宏(神戸女学院大学教授)、石川哲朗(東京都民)、石川 求(首都大学東京教員)、石澤利巳(NPO法人札幌障害者活動支援センターライフ)、石田米子(岡山大学名誉教授)、石原俊(明治学院大学教員)、石塚道 子(お茶の水女子大学大学院教員)、石原みき子、石嶺和宏、磯野宏之、稲葉奈々子(茨城大学准教授)、板垣竜太(同志社大学教員)、イダヒロユキ、市田良 彦、伊藤公雄(京都大学教授)、伊藤隆明(労働者)、井上啓子、イブン・ハキーム(ムスリム反戦労働者)、任隆正(KEY)、林炳澤(さっぽろ自由学校” 遊”共同代表)、入江公康(大学非常勤講師)、植田朱美、ぅきき、宇城輝人(福井県立大学教員)、内野端樹(アナーコパンクス)、内海まさかず(栃木市議 会議員)、宇野善幸(大学院生)、梅尾直人、江口英子(仙女)、江原則子、遠藤礼子、大分哲照(浄土真宗僧侶)、大内照雄(新自由主義・国家主義と対決す る学生・青年ネットワーク)、大嶋薫(札幌市議会議員)、大須賀護(仏教者)、太田光征、大谷隆夫(日本基督教団・牧師)、大塚恒平(ブロガー)、大月英 雄、大橋真司(静岡市民)、大橋寛実、大山千恵子(行政書士)、岡晃子、岡真理(京都大教員)、小笠原信実、おがわともこ(日本希望製作所)、呉光現(聖 公会生野センター)、小倉利丸、小倉英敬(常磐会学園大学教授)、織田朝日、小田睦、小田原琳、小田原紀雄、小野慶(司法書士)、小野寺麻理、小野俊彦 (fuf)、各務勝博(京都プレイバックシアター)、垣渕幸子、片岡典子(英語講師)、堅田香緒里(学生)、角崎洋平、かねはぎあつし(警備員)、叶信治 (東九条のぞみの園副施設長)、加納実紀代(敬和学園大学教員)、河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)、川端諭、河原よしみ(京都市民)、川人リゑ、河原 田眞弓、木谷公士郎(司法書士)、北畠浄光(学生)、北山清喜、木戸衛一(大阪大学教員)、木戸勝也、木下茅(一橋大学院)、木下直子、金友子、金光敏 (保育士)、金成元(KCC)、木村昭子(こうち女性と政治をつなぐ会)、木村厚子(岐阜県)、京極紀子、草加耕助(『旗旗』サイト管理人)、工藤美彌子 (僧侶)、久保山教善(娑婆派僧侶)、熊沢誠(研究会「職場の人権」代表)、倉橋耕平、栗田桂子(グァテマラ生産者支援ネットワークみるぱ事務局長)、黒 石昌朗(とめよう戦争への道!百万人署名運動・関西連絡会事務局員)、黒河星子、黒瀬隼人(自由労働者連合評議会議長)、黒目(有象無象)、桑野功、郡島 恒昭(靖国参拝違憲「福岡判決」を活かす会代表)、KTN(不謹慎ズ)、けしば誠一(杉並区議会議員)、Ken Ono、高敬一(NPO法人サンボラム理 事長)、GO@あるみさん、上瀧浩子 (弁護士)、神門佐千子、古賀清敬(北星学園大学教員)、こじまはらめいこ、小塚太(ピースネットニュース)、コノウラミツタカ(観光左翼)、小林ちよみ (民主党元衆議院議員)、駒込武、ごまめの翁、コリン・コバヤシ(グローバル・ウォッチ/パリ)、近藤公彦、近藤昇(寿日雇労働者組合)、近藤光男(東京 「日の君」強制解雇裁判控訴人)、西寺英麿、斎藤紀代美(朝鮮学校生徒を守るリボンの会)、酒井隆史(大阪府立 大学准教授)、酒井満、榊原隆子、崎山政毅(立命館大学教員)、櫻田和也(indymedia japan)、佐々木祐(大学教員)、佐々木夏子、佐藤和弘、さとうしゅういち(生存のためのメーデー広島実行委員会事務局長)、佐藤友子、佐藤幹雄(日 本キリスト 教団岩見沢教会牧師)、佐藤恵(カトリック正義と平和協議会)、佐藤能史(編集者)、佐野卓志(NPO団体理事)、さはらたみ、渋谷要(社会理論学会会 員)、サブ高祖、さぶろう(東京)、澤田春彦(自由労働者連合)、 塩見静子、塩見卓也(弁護士)、柴田重徳、島村真樹子、嶋田頼一、清水雅彦、首藤九尾子、白川真澄(ピープルズ・プラン研究所)、白崎朝子、末木あさ子、 菅原龍憲、杉原浩司(核とミサイル防衛にNO!キャン ペーン)、須黒奈緒(杉並区議会議員)、鈴木耕太郎、鈴木道昭(浜松市民)、ステファン、須藤祐介(院卒ワーキングプア・独立系左翼)、砂布均、住田雅清 (阪神障害者解放センター事務局長)、千藤江、攝津正、高木栄子、高島与一、高橋淳(生活書院)、高橋慎一(ユニオンぼちぼち)、飛幡祐規(文筆家・翻訳 家)、高畑吉博、高見元博(怒りネット関西)、竹馬、武市常雄、竹内伸次(弱いものいじめに眉をひそめる一般人の会)、竹林隆、竹村佳之、竹村泰子(社会 党~民主党元衆議院議員・参議院議員)、田中愛子、田中渥子、田中和恵、田中慶子、田中直子、田中玲、谷本千里(きょうと夜まわりの会)、立岩真也(立命 館大学教授)、玉城郁恵(大学生)、田宮遊子、茶畑進(静岡反戦共同闘争会議)、張ヨンテ、塚本泰史(とめよう戦争への道!百万人署名運動・関西連絡 会)、辻俊子、津村幸子、鶴見俊輔(哲学者)、寺尾光身(元理系教員)、寺内真子(神戸YWCA)、寺田道男(京都「天皇制を問う」講座実)、デレウゼ好 子(国際結婚を考える会)、遠矢家永子(NPO法人SEAN事務局長)、戸田ひさよし(連帯ユニオン近畿地本委員長)、dr.stonefly、冨田成 美、友永健吾、長尾比呂未(地球の子ども新聞)、中倉智徳、中沢浩二、中島基陽子、中条佳子、永瀬ユキ、永田貴聖(立命館大学ポスドク研究員)、中田京 (松戸市議会議員)、中谷康哉、中野由紀子(旗旗舎・東京)、永橋爲介(立命館大学教員)、中村一成(新聞記者)、中村和雄、中村尚司(龍谷大学研究フェ ロー)、中村雅也(京都府立視力障害者福祉セ ンター入所者)、仲村実(管理職ユニオン・関西副委員長)、中村優子、永吉希久子、流広志、南雲和夫(法政大学社会学部兼任講師)、なすび(山谷労働者福 祉会館活動委員会)、鍋谷美子(神戸YWCA夜回り準備会)、西浦隆男、西尾市郎(那覇市)、西嶋一泰、 野口真喜、能勢充希(北大阪ユニオン副執行委員長)、野々村耀、野村羊子、ハギハラカズヤ、朴実(音楽家)、間晶子、橋口昌治、橋野高明(日本基督教団・ 牧師)、橋本恵一、橋本宏一(日本国民救援会京 都府本部事務局長)、林田力(東急不動産消費者契約法違反訴訟原告)、原田光雄(聖公会司祭)、長谷川存古(関西大学名誉教授)、長谷川太郎(オッケとも だち)、濱西栄司(京都大学大学 院)、濱本正彦、はむちゃんねる(反戦プログラマ)、原民樹(一橋大学大学院)、春山文枝、半田博子、東本高志、ビー・カミムーラ(ナブルス通信編集 部)、樋口直人(徳島大学准教授)、ヒデヨヴィッチ上杉(バンドマン)、日野直近(靖国解体企 画)、平田正造(ヨシノ支援プロジェクト代表)、平田義(愛隣館研修センター)、平野慶次(もう一つの学びの場主宰)、平野貴子(京都部落問題研究資料セ ンター)、平山良平(<ノーモア南京> 名古屋の会・事務局)、弘田しずえ、ふぁ、深田けい子(看護師)、福井しょうこ、藤井かえ子(神戸YWCA)、藤井たけし、藤谷祐太、舟木浩、古谷美奈 子、古橋瑞季、古屋寛生、プレカリアート(アフガン・イラク・北朝鮮と日本)、星山京子、細川孝、細野秀太郎、堀池正次郎、細川弘明(京都精華大学教 員)、堀田義太郎、堀内慶子、堀江有里(日本基督教団・牧師)、本田次男、まあくん@FreeTibet(外国人参政権問題研究会mixiコミュ管理 者)、前川純一、蒔田直子、牧野祥久(医師)、増田博光、増田都子(東京都学校ユニオン)、増田幸伸(協同組合役員)、松尾和子、松尾哲郎、松下礼良(と めよう戦争への道!百万人署名運動・千葉県連絡会)、松田一樹、松波めぐみ、松野尾かおる(風をおこす女の会)、まっぺん、松本朗、松本普、松本麻里 (フェミニズム研究)、丸山真央(滋賀県立大学)、南守、三牧建一、宮川信子、宮崎潮、宮崎 ドューリング 俊子(国際結婚を考える会・ドイツグルー プ)、村上麻衣、村木美都子(NPO法人東九条まちづくりサポートセンター事務局長)、村田豪、村田由彦、村上桂太郎、村上力(日刊ベリタ)、望月文雄 (外国人への差別を許すな・川崎連絡会議・代表)、盛岡晋吾、もりきかずみ(アジア女性自立プロジェクト)、森田麻里子(聖公会信徒)、森千香子(南山大 学准教授)、森本孝子、八木晃介(花園大学教授)、役重善洋(パレスチナの平和を考える会)、八鍬瑞子(AAO)、安井大輔(京都大学大学院)、安田壽子 (むくげの会代表者)、やねごん(ブロガー)、山岸淳子(翻訳者)、山口智之、山口素明(フリーター全般労働組合)、山田規矩子、山田國廣(京都精華大学 教員)、山田洋一(人民新聞社編集部)、山根実紀(日朝友好関西学生の会)、 山本純、山本崇記(関西非正規等労働組合)、山本知恵、山家悠平(京都大学人間・環境学研究科)、遊牧民(平和の井戸端会議主宰)、由良哲生(寿日雇労働 者組合)、横山由美子(新潟YWCA)、吉川邦良、吉田幸恵、吉田信吾、吉野美知恵、吉田康子、ヨシノユギ(大阪医科大GID医療過誤裁判原告)、吉水公 一(「子どもと教科書兵庫県ネット21」事務局次長)、吉本亜裕美、米津篤八(翻訳家)、臨夏(台灣國立政治大學學生日本人留学生)、脇義重(平和をあき らめない人々のネットワーク・福岡)、和田圭亮(南大阪反戦ユースアクション(準))、渡辺亜人(老年フリーター)渡邊太、渡辺学、亘理興(ドイツ弁護 士)、匿名(28名)

【団体(65)】ア イヌ・沖縄を考える会、Acclaim Collective (A)、アジア共同行動・京都、アジェンダ・プロジェクト、ATTAC関西、ATTAC京都、Artists Against the Occupation (AAO/占領に反対する芸術家たち[国際組織])、アハリー・アラブ病院を支援する会、A-menace collective、うさちゃん騎士団SC、大阪ピースミュージックフェスティバル制作委員会、外国人排除デモに反対する会、開発と権利のための行動セ ンター、釜ヶ崎医療連絡会議、釜ヶ崎パトロールの会、釜ヶ崎連帯委員会、関西単一労働組合、関西非正規等労働組合(ユニオンぼちぼち)、関西フィリピン人 権情報アクションセンター、関東神学ゼミナール、旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・京都、京都精華大学社会科学研究会、京都生協の働く仲間 の会、キリスト教事業所連帯合同労働組合、憲法を生かす会・京都、神戸YWCA、国連・憲法問題研究会、在日本大韓民国青年会、笹島人権センター、静岡反 戦共同闘争会議、社会運動研究会、高齢者特別就労組合準備会、「心の教育」は、いらない! 市民会議、戸籍がなくてもパスポートを!!!LEMON+C、自衛隊を国際災害救助隊にかえようプロジェクト、失業と野宿を考える実行委員会、すべての外 国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク(RINK)、生存のためのメーデー広島実行委員会、多文化Pro3 FMわぃわぃ、「つくる会」教科 書を中学生の手に渡したくない市民・保護者の会、東西本願寺を結ぶ非戦・平和共同行動、中崎クィアハウス、名古屋炊き出しの会、名古屋夜回りの会日本基督 教団羽生伝道所、日本の戦後責任を清算するため行動する北海道の会、反戦と生活のための表現解放行動、反「入管法」運動関西交流会、 PeaceMedia、ひきこもり九条の会、日雇全協・釜ヶ崎日雇労働組合、日雇全協・寿日雇労働者組合、日雇全協・笹島日雇労働組合、平和省プロジェク ト大阪、へいわとふくしを見つめる会、平和の井戸端会議、ペンギンの会(自立障害者グループ)、保安処分病棟に反対する有志連絡会、「持たざる者」の国際 連帯行動実行委員会、みもざの会、むくげの会、靖国解体企画、靖国・天皇制問題情報センター、ユニオンエクスタシー、労働者共闘
-----(以上)-----

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転載 外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ

 こんな呼びかけがありました。当ブログは、これに基本的に賛同することを表明します。

 日本の入管体制の基本が、外国人を潜在的な犯罪者と見なし、治安管理対象と見ていることを内在化しているこのような差別・排外主義者の煽動、このような偏狭なナショナリズムは、結局は、法務省―入管体制に利害を持つ官僚の民間の代弁にすぎないことは明らかです。

 私たちにとって、このような人と人との「間柄」(和辻哲郎)の分断、差別、排除などは、益になりません。逆に、有害です。これは、他国民・他民族との対外戦争につながる民族間・国民間の国内戦争の一部と見ることができます。かれらは、こうして、敵をつくり、そうした敵と闘うことで、さらなる大きな敵との戦いを目指していると考えられます。

 私たちの社会の在り方や文化の在り方を、こうして、他国民・他民族と戦い続けるような、民族的国民的な敵対性を持ち続けるような戦時的なものにしたくはありません。しかし、それは、今、経済的戦争状態を政治や社会が反映している姿でしかないし、現在の社会的な戦争状態で抑圧されている側の闘いを否定することではありません。むしろ、強者である国家=法務省入管の官僚の立場を、民間で代理しているかれらの虎の威を借りての「弱者」いじめに対して、法的には無権利状態にあっても、人類が歴史的にかちとってきた生きる権利などの諸権利を基礎に、抵抗し闘うことには正義があるし、それを正義と感ずる感覚が、人々の中には形成されていると思います。「在特会」などのこうした煽動は、この正義感に挑戦するものです。

 以前ほどの勢いは失っているとはいえ、こういう厳しい経済状況になれば、人々の不満や不安や怒りの矛先を、外国人に向けようという動きが出てきて、それが広く感染する可能性があります。その意図を挫折せしめることが必要です。この情況を生み出している原因は、こうした人々にはないのです。恐らく、普通に正義感を持つ多くの人々は、こうした動きに嫌悪感を覚えるでしょうが、それを、具体的に表に表し、公然と表現することが必要だと思います。

 そのような思いで、以下の趣旨に賛同します。

 転載 外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ

<外国人排斥を許さない6・13緊急行動への参加・賛同の呼びかけ>
Join a 6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai

★6月13日にデモを企画しています★

 

音楽あり踊りありシュプレヒコールありのデモです。
 在特会の主張に違和感を持つ方は、その気持ちを表現するために是非!是非!ご参加下さい。一人でも多くの方の参加が本当に必要です!
 当日の参加が無理な方は、匿名でも構いませんので賛同をお願いいたします!
(↓当日のスケジュール、賛同の送り先は下の方にあります↓)

 2009年4月11日埼玉県蕨市で、不法滞在を理由として両親が強制送還され、日本政府により家族と別れて暮らすことを強いられた中学生のカルデロン・ノリコさんの自宅・学校に押しかけるという卑劣なデモがありました。その内容は外国人を犯罪者と断定し、日本から追い出せという主張でした。主催したのは「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などです。

 今回その在特会などが、京都市で外国人参政権に反対するデモをしようとしています。私たちは今回の彼らの行動が、京都にとどまるものではなく、また外国人参政権を巡る問題だけにとどまるものでもなく、日本に新しく現れた排外主義的な動きであると捉えています。今はまだ彼らの動きは大きくないものに見えますが、不況下においてファシズムや外国人差別が肥大化した歴史を思い起こすとき、今回の動きを見過ごすことは出来ません。そこで私たちは今回彼らがデモをしようとしている6月13日に抗議の意味を込めて、「外国人排斥許さない6・13緊急行動」としてデモを企画しました。

 このような外国人排斥の風潮を許さないのだという強い意志を全国的に示すことが今必要とされているのではないでしょうか。時間が限られた中で恐縮ですが、本行動への皆様の参加と賛同を広く呼びかけます。

★Join a 6.13 Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai

On April 11th, 2009, there was a demonstration which insists the
foreign people as criminals and tries to ostracize foreign people from
Japan. As a part of the demonstration, participants called at a house
and a school of Miss. Noriko Calderon who was compelled to live alone
because her parents had been extradite as illegal immigrant by
Japanese Government.
This demonstration was organized by ZaiTokuKai. This group is now
planning a new demonstration in Kyoto against enfranchisement of
foreign people.
We consider this movement is not only Kyoto province, or
enfranchisement of foreign people, but an action of newly risen
exclusivism in Japan. This movement has not been sophisticate, but we
can not overlook their activities as we remember growing Fascism and
Exclusivism during depression.
Now, we planned an anti-action against ZaiTokuKai as “6.13
Emergency Action-----No to Foreigner Ostracism and ZaiTokuKai.”
Although, there is not enough time till this action, we call on for
your participate and adhesion.

★外国人排斥を許さない6・13緊急行動★
◆日時 6月13日(土)
11:00 京都・三条河川敷集合→11:30 デモ出発→12:30 デモ解散(三条河川敷)→解散後ビラ配り
11:00  We meet at River area of Sanjo, Kyoto→11:30 Demo. Start→12:30
Demo. finish→We hand the leaflets on a street.
◆主催:外国人排斥を許さない6・13緊急行動実行委員会
◆連絡先:613action@gmail.com

■注意事項
・在特会はネット上への動画のアップを戦術的に行っていますので、当日私たちの行動に対する撮影が予想されます。不当な撮影には抗議していきますので、その際は実行委員に声をかけるようにして下さい。それでも撮影を完全に防ぐことは難しいので、顔を写されたくない方は各自で工夫をお願いいたします。
・当日の撮影は、基本的に実行委員会のみに限らせていただきます。撮影を希望される方は事前に613action@gmail.comまで連絡を下さい。
We regulate shooting of demonstration. But ZaiTokuKai may take photos
of you without permission. Please be aware to protect your own
privacy.
If any of participants would like to take photos of the demo., please
contact to the committee (613action@gmail.com) beforehand.

==メールフォーム(下記をコピー&ペーストして613action@gmail.comまでお願いします)==

●外国人排斥を許さない6・13緊急行動に賛同します。
I sympathize with the “6.13 Emergency Action.”
○賛同団体・個人名(肩書きがあれば) Name(individual or group)

○公表します・公表しません Can we publish the name? (Yes or No)

○一言メッセージなどあればお願いします Post your message, if you have.

==================================================

 ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、障害者、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、そのたびに不安は増したが、それでもなお行動にでることはなかった。そしてナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であったから行動にでた。しかし、そのとき自分のために声を上げてくれる者はいなかった。
(マルティン・ニーメラー・ナチスに抵抗したルター派牧師)

■6月3日18時時点での賛同は個人・団体合わせて128名です(敬称略)。
【個人】青柳行信(NGO人権・正義と平和連帯フォーラム・福岡代表)、浅井美里、在野真麻(Wheelchair's EYE)、 RS(東京都)、五十嵐守、石原みき子、稲葉奈々子(茨城大学准教授)、イダヒロユキ、伊藤公雄(京都大学教授)、ぅきき、宇野善幸(大学院生)、梅尾直人、遠藤礼子、大須賀護(仏教者)、大月英雄、岡晃子、小野俊彦(fuf)、各務勝博(京都プレイバックシアター)、垣渕幸子、角崎洋平、叶信治(東九条のぞみの園副施設長)、河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)、川端諭、木谷公士郎(司法書士)、木下直子、金友子、草加耕助(京都市民・『旗旗』サイト管理人)、熊沢誠(研究会「職場の人権」代表)、黒瀬隼人(自由労働者連合評議会議長)、黒目(有象無象)、高敬一(KMJ事務局長、NPO法人サンボラム理事長)、上瀧浩子(弁護士)、近藤昇(寿日雇労働者組合)、酒井隆史(大阪府立大学准教授)、崎山政毅(立命館大学教員)、櫻田和也(indymedia japan)、佐藤恵(カトリック正義と平和協議会)、さぶろう(東京)、澤田春彦(自由労働者連合)、塩見静子、嶋田頼一、首藤九尾子、白崎朝子、鈴木耕太郎、高橋淳(生活書院)、高橋慎一(ユニオンぼちぼち)、竹林隆、田中渥子、田中玲、立岩真也(立命館大学教授)、張ヨンテ、鶴見俊輔(哲学者)、冨田成美、中倉智徳、中村和雄、仲村実(管理職ユニオン・関西副委員長)、西浦隆男、西岡裕芳、野々村耀、ハギハラカズヤ、橋口昌治、橋野高明、原田光雄(聖公会司祭)、濱西栄司(京都大学大学院)、樋口直人(徳島大学准教授)、平田正造(ヨシノ支援プロジェクト代表)、平田義(愛隣館研修センター)、藤井かえ子(神戸YWCA)、藤谷祐太、舟木浩、細川孝、堀田義太郎、堀内慶子、堀江有里(日本基督教団・牧師)、前川純一、松本朗、南守、三牧建一、村上麻衣、村木美都子(NPO法人東九条まちづくりサポートセンター事務局長)、村田豪、盛岡晋吾、役重善洋 (パレスチナの平和を考える会)、山口智之、山本純、山本崇記(関西非正規等労働組合)、由良哲生(寿日雇労働者組合)、吉田幸恵、吉田信吾、ヨシノユギ(大阪医科大GID医療過誤裁判原告)、渡邊太、渡辺学、匿名(14名)
【団体(22)】アイヌ・沖縄を考える会、アジェンダ・プロジェクト、ATTAC関西、ATTAC京都、うさちゃん騎士団SC、釜ヶ崎医療連絡会議、釜ヶ崎パトロールの会、関西単一労働組合、関西非正規等労働組合(ユニオンぼちぼち)、関西フィリピン人権情報アクションセンター、旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・京都、京都精華大学社会科学研究会、憲法を生かす会・京都、社会運動研究会、高齢者特別就労組合準備会、「心の教育」は、いらない!市民会議、寿日雇労働者組合、失業と野宿を考える実行委員会、すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク(RINK)、反戦と生活のための表現解放行動、PeaceMedia、ペンギンの会(自立障害者グループ)
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オバマ大統領就任演説と「独立宣言」

 2009年1月20日、アメリカの第44代大統領に、黒人のオバマが就任した。

 オバマは、就任演説で、宗教的多様性、民族・人種・文化の多様性を、アメリカ建国の理念における自由主義的伝統の力に基礎づけられているというようなことを述べた。

 ヨーロッパ大陸での宗教的迫害を逃れてきたキリスト教の新宗派の移民共同体から始まったアメリカの移民の歴史は、大英帝国の植民地建設の歴史でもあった。しかし、移民たちは、旧帝国で、カトリックとプロテスタントの折衷として創作されたイギリス国教会が支配する大英帝国による植民地統治と収奪に対して、抵抗を始める。そして、フランスの支持と支援を受けながら、大英帝国に対する独立革命戦争に立ち上がる。

 ウィキペディアによると、アメリカでは、この戦争を、The American Revolution(アメリカ独立革命)若しくはthe Revolutionary War(革命戦争)と呼び、イギリスでは、American War of Independence(アメリカ独立戦争)と呼んでいるという。アメリカ側から見れば、これは、革命もしくは革命戦争であり、イギリス側から見ると、植民地の宗主国からの独立戦争なわけである。アメリカ側は、革命、イギリス側は、戦争、である。

 オバマが就任演説で立ち戻ることを呼びかけた「アメリカ独立宣言」は、まず、独立の正当性を明らかにしなければならないと前置きして、自明のこととして、「すべての人は生まれながらにして平等であり、すべての人は神より侵されざるべき権利を与えられている、その権利には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれている。その権利を保障するものとして、政府が国民のあいだに打ち立てられ、統治されるものの同意がその正当な力の根源となる」と、自然権、社会契約思想を基本にすえている。

 続いて、「いかなる政府といえどもその目的に反するときには、その政府を変更したり、廃したりして、新しい政府を打ちたてる国民としての権利をもつ」として、革命権を認めている。

 革命権を軽々しく行使すべきではないと注意した上で、「アメリカ独立宣言」は、「権力の乱用や強奪が長くつづき、絶対専制支配の下に置こうとする意図が明らかで、その同じ目的をずっと追求しようとしているときには、そんな政府をなげすて、自分たちの将来の安全を新たに防護してくれる政府を求めるのが義務である」と革命権を再強調する。そして、独立革命を起こさざるを得なくなった宗主国イギリスが行った「権力の乱用や強奪」そして「絶対専制支配の下に置こうとする意図」を列挙する。そして、アメリカ合衆国の名で、独立を高らかに宣言している。

 オバマは就任演説で、始めの方で、「米国が前進し続けてきたのは、指導者たちの技量や洞察力のためだけではなく、「われら人民」が先人の理想と建国の文書に忠実であり続けたからでもあります」(在日米大使館HP)と述べている。建国の文書に、アメリカ合衆国憲法をも含めているのかどうか具体的にははっきりしないが、「先人の理想」の継承として、それを含めているのかもしれない。

 オバマは、「建国の父たちは、私たちが想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を保障する憲章を起草しました。そしてこの憲章は、その後いくつもの世代が血を流しながら拡充してきました」と言うが、就任演説の中に、「建国の父」が「独立宣言」に記した革命権という言葉がない。アメリカ建国の理念は、法の支配と人権の保障、信教の自由、などで、革命権が消えてしまっている。

 オバマが、合衆国憲法そのものというよりも、後に第3代大統領になるトーマス・ジェファソンが推進して合衆国憲法の修正条項として入れられた「権利章典」をとくに重視していることには、彼の政治的立場や思想を表しているように見える。

 しかし、憲法にもはっきりと記されている民兵の規定は、もともと、植民地時代に、正規軍を持たず、民兵しかなく、そして、独立革命戦争を、その民兵に依拠して戦った歴史に起源を持っており、西部邁流に言えば、アメリカが革命国家であることの歴史的証である。

 オバマが就任演説の中で、独立革命戦争、南北戦争、公民権運動などの革命的戦いに言及していること、そして、また、現在、そして、これから、そうした革命の伝統の継続、再戦闘を呼びかけていることは、アメリカという国や社会をしっかりと理解する必要を感じさせる。

 アメリカの歴史や社会や政治や思想や文化などについて、しっかりと見ていこうと思う。

プロジェクト杉田玄白HP「独立宣言の翻訳」
http://hw001.gate01.com/katokt/independence.htm

独立宣言

katokt訳 (katoukui@yahoo.co.jp)

(c) 2002 katokt プロジェクト杉田玄白正式参加作品 (http://www.genpaku.org/)
本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはダメだね、もちろん)

 人類の歴史のなかで、ある国民と他の国民を結びつけてきた政治的なつながりを解消し、世界の国々のなかで自然の法則と神の法則が与えてくれる、独立した対等な立場をとることが必要になる場合がある。その際に人類のいろいろな意見にきちんとした敬意をはらうには、分離へと駆りたてられる原因を述べなければならないだろう。

 われわれは、以下の事実を自明のことと考えている。つまりすべての人は生まれながらにして平等であり、すべての人は神より侵されざるべき権利を与えられている、その権利には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれている。その権利を保障するものとして、政府が国民のあいだに打ち立てられ、統治されるものの同意がその正当な力の根源となる。そしていかなる政府といえどもその目的に反するときには、その政府を変更したり、廃したりして、新しい政府を打ちたてる国民としての権利をもつ。新しい政府は、国民の安全と幸福が最大となるような原則の基盤の上に打ちたてられ、また国民の安全と幸福が最大となるような形の権力の組織化を図らなければならない。実際には分別を働かせれば、長いあいだ確立されてきた政府は、軽々しい一時的な理由で取って代わられるべきではないということはわかるだろう。従って今までの経験では、人類は不満がある政府を廃止して誤りを正すよりは、その弊害が耐えられる限りは耐える傾向にあるのだ。しかし権力の乱用や強奪が長くつづき、絶対専制支配の下に置こうとする意図が明らかで、その同じ目的をずっと追求しようとしているときには、そんな政府をなげすて、自分たちの将来の安全を新たに防護してくれる政府を求めるのが義務である。これこそが、この植民地が耐えしのんできたことである。そしてこのような必要性に迫られて、現在の政府を変えなければならなくなったのだ。現在の英国国王による歴史は、傷つけ、奪ってきたことの繰り返しであり、その直接の目的は、これらの州への絶対専制を打ちたてることである。これを証明するために、偏見のない世界へ事実を知らせたい。

 国王は、もっとも健全かつ公共の福祉に必要な法律に異議をとなえてきた。

 国王は、自分が承認するまでその執行をさしとめなければ、緊急かつ差し迫った重要性をもつ法律を植民地の総督が通過するのを禁じた。さしとめておいて、法律に注意をはらわず完全に無視してきたのである。

 国王は、国民が立法府における代議権を放棄しなければ、その国民の広大な地域を調整する法律を通すことも拒否してきた。その権利は国民にとっては大事なものであり、専制君主のみにとって問題となるものである。

 国王は、国民が根負けし、自分の政策を守るようにする目的だけのために、いつもとは違った不便で公文書の保管場所からも離れたところで立法府を召集した。

 国王は、国民の権利を侵害するのに断固として反対したという理由で、下院を何回も解散してきた。

 国王は、解散の後で、立法府を廃止することはできないので、その行使を一般の人々に戻すことによって、選挙を行うことを長い間拒否してきた。合衆国はそのあいだ、外国の侵攻や国内の動乱の危険にさらされてきた。

 国王は、合衆国の人口の増加をなんとか押さえようとしてきた。そのために外国人の帰化の法律に反対し、合衆国への移民を奨励する法律が通過することを拒否し、新たに土地を取得する条件を厳しくした。

 国王は、司法権を確立する法律へ異議をとなえることで、司法の執行を妨害してきた。

 国王は、在職期間や給与の額や支払方法で、司法を自分の意のままになるようにしてきた。

 国王は、多くの官職を設け、多くの役人をわれわれ国民をこまらせるために派遣してきており、その財産を食いつぶしている。

 国王は、平時でさえ、立法府の同意なしにわれわれのところに軍隊を駐留させている。

 国王は、軍隊に文民統制から独立し、優越した力を与えるようにしてきた。

 国王は共謀して、憲法が及ばない、法律によっても認められないような司法権にわれわれを従わせるようにしてきた。そしてうわべだけの立法行為による、次のような法律に承諾を与えたのだ。

 大規模な軍隊がわれわれのところに駐留する法律

 州の住民に対して犯した殺人の罪から、模擬裁判で軍隊を保護する法律

 世界中とのすべての地域との貿易を遮断する法律

 われわれの同意なしに課税をする法律

 われわれから多くの事件において、陪審による裁判をうける利益を奪う法律

 みせかけの罪で裁判にかけるために、海を越えてわれわれを移動させる法律

 アメリカに隣接した地域でイギリスの法律が自由に執行されるのを廃し、そこに独裁的な政府を樹立し、その政府がこのアメリカの植民地にも同じような独裁制を導入しようとする例に、また格好の手段となるように、国境を拡大しようとする法律

 われわれの憲章を奪い、もっとも大事な法律を廃止し、根本から政府の形をかえる法律

 われわれアメリカの立法府の活動を一時停止させ、みずからが今後すべてのケースにおいて立法権をもつとした法律

 国王はアメリカが保護対象外だと宣言し、宣戦布告することでアメリカの統治を放棄した。

 国王はアメリカの海を略奪し、沿岸地域を荒し、町を焼き払い、多くのわれわれアメリカ国民を殺した。

 国王は、現在大規模な外人傭兵部隊を派遣し、死と破壊と暴政を全うしている。それらは、野蛮な時代の残虐さや裏切りにも匹敵するほどの状況の中で始まっていて、十分に文明化した国の指導者としてはふさわしくないことである。

 国王は、公海上で捕虜にしたアメリカ市民たちに武器をとって、アメリカと戦い友人や同朋の死刑執行人になるのか、自分で自分の命を絶つのかを強制してきた。

 国王はアメリカで内乱が起こるように扇動し、辺境の地に住む人々や残酷な野蛮人のインディアンを育成しようとしてきた。彼らのよく知られた戦いの掟は、年齢や性別や状態に関わらず無差別に殺すというものである。

 このような圧制のあらゆる段階で、われわれはできる限り丁寧な言葉で、それらが取消されることを嘆願してきた。われわれがくりかえし嘆願してきたことは、ただくりかえし傷つけられることでしか報いられなかった。専制者であるかのような全ての行為により、その性格が特徴づけられる国王は、自由な人々の統治者としてはふさわしくない。

 われわれは同胞のイギリス国民が注意をはらってくれることを望んでいるだけではなく、イギリスの立法府がわれわれに不当な司法権をかざそうとするのを折にふれ警告してきた。われわれは、イギリス国民にわれわれが移民して、ここに移住した状況を思い起こさせてきた。われわれは彼らの正義心、そして度量の大きさに訴えかけてきて、われわれの間のつながりや交流を断ち切ってしまうようなこれらの略奪行為をやめるように、血縁の結びつきをつかって思い起こさせてきた。しかしイギリス国民もまた、正義と血縁関係にもとづく声に耳を傾けてはこなかった。だから、われわれは分離を宣言し、イギリス国民に対しても、世界の他の国々と同様に、戦時には敵に、平和時には味方になる必要性に従わざる得ない。

 だから、われわれはアメリカ合衆国を代表して、大陸会議を召集し、われわれの意図が間違ってないことを世界のすぐれた司法にアピールし、アメリカ植民地の善良な国民の名前と権威において、厳粛に次のことを出版し宣言する。アメリカ植民地は自由で独立した国家で、また権利として自由で独立した国家であるべきである。アメリカ植民地は、イギリス国王に対するあらゆる忠誠の義務を免れる。アメリカ植民地と英国との全ての政治的なつながりは完全に解消し、また解消されるべきである。そして自由で独立した国として、戦争をはじめ、平和を締結し、同盟をむすび、通商を開く全ての権利と、独立した国家が当然行う権利をもつ全ての物事を実施する権利をもつ。この宣言を支持するために、神の摂理による加護を強く信じて、われわれはお互いの生命と財産、そして名誉にかけて相互に誓いをたてる。

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天木直人氏の新自由主義観について

  下は、天木直人氏のブログ記事である。

 

日本の大企業が、リストラをする一方で内部留保を積み上げているという12月14日の東京新聞の記事についてのコメントである。

 天木氏は、藤村博之法政大学教授(労使関係論)のコメントを引用している。

 「わが国の株式市場を急速にアメリカ型に変えて行ったため、短期の業績向上が企業の意思決定の基準になった。つまり毎年の利益最大化を怠れば経営者には株主代表訴訟が待っている。「コスト削減で利益がだせたはずなのに、そうしなかったのはけしからん」。「会社に与えた損害を補償せよ」と株主から訴えられる結果を招きかねない現実もまたある、と」。

 リストラを加速してまで内部留保を貯め込む理由は、株主の利益を最大化するように、企業が行動するようになったからだというのである。かつては、経営者は、企業全体の利益に配慮し、社員の生活をも考慮して行動したが、今は、株主の利益を最重視するようになった。それをもたらしたのは新自由主義経済だというのである。かつて、所有と経営の分離ということが言われていて、奥村氏の法人資本主義論が一世を風靡したこともあった。

 しかし、時代は変わった。所有者といっても、企業への投資というよりも投機目的で投資する投資家の利益に強く配慮せざるを得なくなったわけである。そこには、経営者が自己株所有比率を高めたとか、企業評価の基準が変化したとか、いろいろなことがあった。

 天木氏は、「色々と考えてみると、「リストラと内部留保」という問題は、政府の政策の結果によるところが大きく、それは自由、資本主義経済か社会主義政策かのどちらかに軸足を置くか、という根本問題に行き当たる問題である事がわかる」と述べている。

 一つ特徴的なのは、天木氏の新自由主義を、イデオロギーとしてとらえていることで、価値観、価値基準としてとらえているということである。新自由主義とは、株主の利益を最大化するためのイデオロギーであるということである。それは、企業は株主のものであるとして企業所有者の法的形式的規定を利用して、実は短期的な投機的利益を最大限企業から引き出すことに使われた外皮であるということだ。内部留保があることは、そのような株主からすれば、利益の源泉が存在することを示していて、そうであるかぎり、投資するが、それがなければ、他の企業に投資するだろう。産業投資は、利益があがるまで時間がかかり、それまで資金は建物や機械などのかたちで拘束されている。そのための内部留保なら、投資のための準備金ということになるけれども、今の内部留保にはそれだけではない別の性格がある。

 すでに国の産業金融はあまりなくなって、通貨政策が政府の基本的な金融政策となっている90年代の長期信用銀行、日本興業銀行、北海道拓殖銀行などの破綻がそれを示していたわけである。政府金融は、住宅や中小企業向けなどに限られている。

 天木氏は、藤村教授の言葉を引用する。「・・・企業は売り上げが減ると、それにあわせて費用を削ろうとする。人員も費用の一部だから削減の対象となる。しかし失業者の増加と賃金の停滞が個人消費をますます冷え込ませる・・・」。それでも企業利潤は増大するというのが、内部留保問題が示していることである。天木氏が、社会主義政策というのをどういう意味で使っているのかは、はっきりはわからないが、どうも、ケインズ主義的な意味で使っているように思える。

 人件費というのはマルクス経済学では、可変資本であり、これと不変資本を合わせたものが総資本である。不変資本にたいして可変資本の割合を減少させるという資本の有機的構成の高度化というのが資本主義経済の傾向的法則としてある。この傾向は、具体的には、様々な条件によって決まるのであって、天木氏の言うように、政府が介入するなどして、企業がこの割合を変化させることもありうるわけである。それから大株式会社の場合、市場法則によって左右されるのではなく、逆に市場支配をすることもありうるわけである。それを、新古典派のマーシャルの私企業像とケインズの株式企業像との違いとして指摘した人もいる。森嶋通夫氏は、セイの法則の世界の新古典派経済学に対して、反セイ的世界のケインズ経済学という区別をした。

 天木氏が言うところでは、新自由主義は、株主や投機者の利益に奉仕するイデオロギーであって、経済構造の根本的変革までをするものではなかったということになるわけで、相変わらず、経済全体は、大株式企業によって支配されているわけである。そのことが、新自由主義イデオロギーや政策の破綻によって、この間、裸になって誰の目にも見えてきたのではないだろうか。

リストラの嵐と大企業の内部留保

 分不相応に難しい事を書いてみる。

 12月24日の東京新聞は、トヨタ自動車やキャノンなどの日本を代表する大手製造業16社が、リストラ加速の一方で巨額の内部留保を積み上げている事を、一面トップで大きく取り上げていた。

 この内部留保の問題にここまで大きく焦点を当てたのは大手新聞では東京新聞が始めてではないかと思う。おそらく今後はこの問題が折に触れメディアで報じられていく事になるだろう。

 なぜこの問題が重要なのか。

 それはもちろん東京新聞が書いているように、「過去の好景気による利益が人件費にまわらず企業内部に溜め込まれている」ことが経営者の正しい対応なのか、という事にある。

 しかし、その事をさらに一歩踏み込んで考えると、資本主義と社会・共産主義の立場の違いという根本問題に行き当たることにきづく。

 内部留保問題を厳しく追及するのは左翼イデオロギーである。

 今では日本共産党さえもアメリカ資本主義の手先だ、などと批判する左翼政党に労働党というのがある。その労働党の機関紙である「労働新聞」12月15日号は、大企業の巨額な内部留保をこう激しく糾弾している。

 「・・・大企業はこの数年空前の利益を上げ続け、それを溜め込んできた。このわずかな分でもはき出せば、非正規労働者の雇用を維持してもおつりがくるぐらいである。企業の不況宣伝にだまされてはならない・・・」

 労働新聞のこの記事は、単に感情論でそういっているのではない。公表されている統計を使って独自の計算を重ね、解雇される労働者の給与総額が、配当金額や利益余剰金の巨額と比べていかに少ないかを検証してそういっているのだ。大企業が配当金や内部留保のわずかな部分をまわしさえすれば労働者の雇用や賃金を守る事はまったく可能なのだ、という主張は説得的だ。

 しかし企業サイドが配当金や内部留保を重視せざるを得なくなった理由が存在する事もまた事実である。そしてそれは、近年急速に進んだ政府による米国型新自由主義政策の導入によるところが大きいのである。

 12月25日の読売新聞「論点」で藤村博之法政大学教授(労使関係論)は、次のように指摘している。

 わが国の株式市場を急速にアメリカ型に変えて行ったため、短期の業績向上が企業の意思決定の基準になった。つまり毎年の利益最大化を怠れば経営者には株主代表訴訟が待っている。「コスト削減で利益がだせたはずなのに、そうしなかったのはけしからん」。「会社に与えた損害を補償せよ」と株主から訴えられる結果を招きかねない現実もまたある、と。

 最近の経済記事を見てみると、このほかにもいくつかの要素があることがわかる。

 景気循環が見通せるこれまでの経済では、不況の次に来る好況と重要拡大に供え、一定の余剰人員を抱えていたほうが得であり、それゆえに余剰人員を抱えて我慢する事もできた。しかし、バブル後の長期不況と不透明化は、その余裕をなくした。

 またバブル崩壊で体力の落ちた銀行は、自己資本比率の引き上げというルール変更とあいまって一気に融資条件を厳しくしていった。いきおい各企業とも財務基盤を強化する必要に迫られ、それが内部留保を高めさせた。

 色々と考えてみると、「リストラと内部留保」という問題は、政府の政策の結果によるところが大きく、それは自由、資本主義経済か社会主義政策かのどちらかに軸足を置くか、という根本問題に行き当たる問題である事がわかる。

 前掲の藤村教授は現在の矛盾を次の言葉で表している。

 「・・・企業は売り上げが減ると、それにあわせて費用を削ろうとする。人員も費用の一部だから削減の対象となる。しかし失業者の増加と賃金の停滞が個人消費をますます冷え込ませる・・・」

 この悪循環を断ち切ろうと皆が頭を痛めている。

 問題はアメリカ発の金融危機によってもたらされた金融資産の消滅額があまりにも大きく、それが実体経済に与える悪影響が未経験なほど大きい事である。それにともなって個人生活への打撃は深刻なものに違いない。

 我々はどこまでその深刻さに気づいているのか。

 ひょっとして我々の想像をはるかに超えるチェンジを起さないと世の中は大変な事になるのかもしれない。

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「あり得ない」はありえない ル・モンド・ディブロマティークの記事より

 下の『ル・モンド・ディブロマティーク』最新号の記事は、なかなかいかしている。

 自由主義的ブルジョアジーには、「「あり得ない」はあり得ない」。そんな肥大妄想をたしなめるかのように、レーガンやサッチャーの経済学上の師であるハイエクは、1949年に、「真の自由主義者が社会主義者の成功から引き出すべき最大の教訓は、ごく最近までまったくあり得ないと思われていたことを日に日に可能とするような(・・・)、夢想家たる勇気である」と、社会主義者の勝利を認めた上で、社会主義者から、「夢想家たる勇気」を学ぶべきだと言った。それこそ、真の自由主義者だと。

 新自由主義経済学者のフリードマンは、ハイエク流の真の自由主義者たらんとして、自由主義者にかけているのは、夢だというようなことを述べたことがある。自由、それは、万能の神に近づくことだ。個人に許される自由は、政府によって極力妨げられないようにすべきだ。ウルトラ自由主義者は、必要悪としての国家の役割を治安と外交の二つだけに止めようとした。

 しかし、現実の世界は、規制された表の世界と自由な裏の世界に分かれていて、まるで、密教のいう顕教と密教の二つの世界が存在しているみたいだ。表があれば裏がある。経済学者が一般に経済法則と称しているものは、顕教の論理にすぎず、密教の奥義ではないというわけだ。密教の世界では、一握りの大金者たちが、思うがままに、まるで全能の神のように自由に振る舞っていて、表の世界から富を吸い出しては、それを自在に世界中に動かし、表からさらなる富を吸い出すために、表の世界に投げ出す。そんなかれらの自由のために、密教が顕教を飲み込もうとしている。それが、新自由主義というものだったのではないだろうか? 

 フリードマン氏は、「なーに、金が必要なら、輪転機を回して印刷して、ヘリコプターで空からまけばいいのさ」と言い、あるいは、別の新自由主義者は、「みんな合理的期待に従っているのだから、経済を予想したり、コントロールしたりするのは簡単だ」と言い、ゲーム理論家は、「ゲーム・プレイヤーは、パブロフの犬みたいに、決まったことしかしないのさ」と言い、という有様で、おまけに、90年代には、ニューエコノミー派経済学者は、もう恐慌は起きないで、アメリカの経済的繁栄は永久に続くとまでのたまわった。

 こんな悪ふざけの言葉が、学者の口から次々と飛び出してきたわけである。ハイエクは、社会主義から学ぶつもりなら、謙虚に学ぶことを付け加えて言うべきだったろう。彼の弟子たちは、夢想家であることを越えて、おごり高ぶり、傲慢になりすぎ、そして、自ら墓穴を掘ってしまった。かれらが、人々の信用を取り戻すのはたいへん困難であろう。「「あり得ない」はあり得ない」ではなく、「あり得ない」のである。

 自民党は、予算のシーリングを当面解除して、財政支出拡大に乗り出すことを決めた。同じように、イギリスもアメリカもドイツも、すっかり自由主義者から、カッコ付き「社会主義者」に転身したかのように、経済過程に介入を積極的に行っている。少なくとも政府は、まるで、ハイエクの言うのとは別の意味で、社会主義者から学んでいるかのようである。

 

『ル・モンド・ディプロマティーク』008年11月26日発行のメール版

「あり得ない」はあり得ない
セルジュ・アリミ(Serge Halimi)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長
訳:日本語版編集部

 というわけで、何だって可能だ。国家が大規模な金融介入を行い、欧州では財政安定協定のしばりが失念される。喫緊の景気回復を求める声に中央銀行は屈服し、タックス・ヘイブン(租税回避地)が危険視される。何だって可能だ、銀行を救済しなければならない以上。

 過去30年にわたり、たとえば一般大衆の暮らしを改善するために、経済自由主義秩序の基本部分に何らかの改変が必要ではないかと言い出してみても、いつも似たような答えが返されるだけだった。何をまた古くさいこと言ってるんだ。グローバリゼーションが我々の掟だぞ。国庫は空っぽさ。市場が受け入れるわけないよ。ベルリンの壁が崩れたのを分かってるのかい、といった類のことだ。過去30年にわたり、「改革」が実施されてきた。ただしそれは、別の意味でのこと。保守革命という意味でなら「改革」だ。公共財のうち、金融にくれてやる部分はますます分厚くて、旨みたっぷりのものになる。たとえば民営化され、株主のために「価値を創造する」キャッシュ・マシーンに変えられた公共サービスが一例だ。貿易自由化という意味でなら「改革」だ。賃金と社会保障が攻撃され、何千万もの人々が借金を強いられる。そうしないと購買力をキープできないからだ。何千万もの人々が株や保険への「投資」を強いられる。そうしないと教育費をまかない、病気に備え、老後を準備することができないからだ。要するに、賃金が切り詰められ、社会保障が切り崩されたことが、金融の肥大を生み落とし、それを強化してきたのだ。リスクが作り出され、自分の身は自分で守るようにと促された。投機バブルがものすごい勢いで住宅を襲い、住宅を投資に変えてしまった。このバブルには間断なく、市場思考イデオロギーというヘリウム・ガスが充填された。そして人々の心持ちは一変した。個人主義を強め、計算高くなり、連帯感を細らせた。というわけだから、2008年の暴落は、不具合として片付けられるシロモノではない。「綱紀粛正」に努めるとか、「行き過ぎ」を止めるとか、そんな付け焼刃で直るものではない。システム全体が地に落ちたのである。

 願わくば、それを起こし、取り繕い、つや出ししようという人々が、地に落ちたシステムの周りに駆け付けている。そうすれば、明日にはまた社会を絞め上げることができるようになるだろう。経済自由主義の(しょうもない)結果に憤るふりをしている医者たちは、かつてこのシステムに、金額を気にせず散財できるという秘薬を処方したのと同じ人間である。予算や規制、税制やイデオロギーといった薬だ。彼らはおのれの至らなさを自覚してしかるべきだが、政治とメディアを総動員すれば、無罪放免になることを知り抜いている。財務相時代に真っ先に手がけたのがイングランド銀行に「独立性」を与えることだったブラウン英首相。「競争」しか頭にないバローゾ欧州委員長。「最大納税額」や日曜出勤、郵政公社の民営化をお膳立てしたサルコジ仏大統領。この3人が資本主義を「建て直そう」と躍起になっているらしい。

 そんな厚かましい真似ができるのも、不可思議な欠落があるせいだ。左派はいったいどこにいるのか。オフィシャルな左派ならいる。経済自由主義に付き従ってきた左派ならいる。民主党のクリントン米大統領の下では、金融の規制緩和を実施した。ミッテラン仏大統領の時には賃金の物価スライド制を見直し、後のジョスパン首相、ストロス=カーン大臣の時には民営化を推し進めた。シュレーダー独首相の際には、失業手当に大なたを振るった。こういう左派が、自分にも責任のある「危機」の早期終息を目指すしか能がないのも当然である。

 それはそうとして、他の左派はどこにいるのか。こんな御時世でも、つつましやかな構想の煤払いをする程度のことで満足していられるのか。トービン税、最低賃金の引き上げ、「新たなブレトン・ウッズ体制」、風力発電基地といった構想は、有用ではあるにしろ、あまりに弱気ではないだろうか。ケインズ主義が長く続いていた時代に、自由主義右派は考えられないことを考えてのけ、一大危機に乗じてそれを強行した。レーガン米大統領とサッチャー英首相を生み落とした流派の知恵袋だったフリードリヒ・ハイエクが、自由主義右派にこう説いたのは、1949年の昔にさかのぼる。「真の自由主義者が社会主義者の成功から引き出すべき最大の教訓は、ごく最近までまったくあり得ないと思われていたことを日に日に可能とするような(・・・)、夢想家たる勇気である」

 さて、システムの中核たる自由貿易への疑問を、誰が提起してくれるのか(1)。そいつは「夢想家」だろうか、銀行の話となれば何だって可能となった今日においても?

    * (1) 経済学の「ノーベル賞」をとったウルトラ自由派のゲーリー・ベッカーは、1993年8月に、こんなふうに説いていた。「先進国の大部分では、労働法と環境保護が行き過ぎている。自由貿易により、それぞれが途上国からの輸入品との競合を余儀なくされる状態に留め置かれれば、そうした行き過ぎの一部は抑えられるようになる」

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年11月号)

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60年安保ブンド結成50周年記念集会への呼びかけ

時代の転換のただ中で、「50年」を振り返る
   ――60年安保ブンド結成50周年記念集会への呼びかけ―

 時代の大きな転換期が訪れている。サブプライム破綻~リーマン破綻から端を発した世界金融危機、そしてそれとともに一挙に露呈した実体経済の弱体化と世界的大不況期の到来は、再び三度激動の時代の到来を予感させている。それはこの20年以上にわたって世界を席捲してきた多国籍企業と金融権力の新自由主義グローバリゼーションの行き詰まり・破綻であると同時に、戦後世界と社会を根底から揺さぶらずにはおかない。
 イラク戦争の泥沼から基軸通貨ドルの凋落と大不況期へ・・・アメリカの世界的覇権は根底から崩れつつあり、それとともにそれを柱としてきた戦後世界も揺らぎつつある。そして各国も社会的格差・断裂の深まり、非正規労働・移民労働の形態での野蛮な搾取と貧困の拡大、医療・教育・住宅等社会的基盤のの綻びと軋み等々、「福祉社会」が「弱肉強食社会」へと変貌してきたその閉塞と軋みに喘ぎ、揺らいでいる。
この時代の転換は、前世紀89年の旧ソ連―東欧の崩壊よりより広く、深い、根底的なものとなるだろう。

 そうして今、人々は"変化""変革"を時代の課題へと押し上げている。"変革"を求める潮は、既にラテンアメリカ諸国の民衆運動の高まり等にくっきりと刻されてきたが、アメリカ大統領選におけるオバマの"Change=変革"の呼びかけは、民衆の"変革"への欲求を草の根から突き動かし、他方では支配階級の側での余儀なくされている"変化"への手探りをも敏感に反映するものであった。いずれにせよこの"変革"を求め、"変化"を志向するうねりは世界的な潮となっていくであろう。
   だが、この"変革"(あるいは"変化")はどのようなものなのか。またどこに向かってなのか。真の希望はどこにあるのか。それが時代の問いであろう。

 今の、時代の大きな転換の中で、ブント結成を記念し、60年安保世代の人達に歴史を振り返って頂きたいと思う。若き日の思いと情熱を、懐旧のなかに、過去の輝く歴史として共有したいと熱望しているのは私たちだけではないだろう。その中から何を学び、何をくみとるかは、参加する個人に帰属する。そのことを含めて、その後の50年を振り返り、そこからどれだけかの継承すべき経験と教訓を引き出し得れば、今を生きる私たちにとってのどれだけかの糧とすることができよう。
 この新しい時代の大きな転換期の中で、ブント50周年記念集会への参加を呼びかけます。

【日時】12月21日(日)13時~17時(12時半開場)
【主催】60年安保ブント結成50周年記念集会実行委員会
【場所】文京区民センター2A(地下鉄、春日駅)  会場費 ¥500
【呼びかけ人】石井暎禧、大下敦史、川音勉、蔵田計成、佐藤浩一、新開純也、長崎浩、       西村卓司、前田裕悟、槙渡、八木健彦
【連絡先】〒101-0065東京都千代田区西神田3丁目1番ウィンド西神田ビル502号、      ℡03-5213-3238 ファックス03-5213-3239 mail jokyo@cup.com(情況社)

■賛同人を募ります。上記連絡先に御一報下さい。

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当記事へのコメントについて

  下のようなコメントを頂きました。感謝します。

 しかし、このコメントは、残念なことですが、当記事の内容を理解されていません。とくに、このコメントの民主主義の定義は、形式的だと考えます。

 「政権交代を可能にする政治制度が民主主義」とうのが、このコメントの民主主義の定義である。ここにある一つ一つの用語、政権、交代、政治、制度、これらの内容が明らかでないと、この定義が、リアリティを持つのかどうかが明らかにならない。goo辞書の民主主義の定義はこうなっている。

 【民主主義】〔democracy〕人民が権力を所有し行使するという政治原理。権力が社会全体の構成員に合法的に与えられている政治形態。ギリシャ都市国家に発し、近代市民革命により一般化した。現代では、人間の自由や平等を尊重する立場をも示す。

 これにたいして、コメントの定義、「政権交代を可能にする政治制度が民主主義」が、民主主義の制度的一側面、政治制度という形態のみを一面的に定義として採用し、民主主義の中身について、ひとつも述べていないことは、明らかである。

 そして、そういう形式的民主主義に対して、共産党一党支配、プロレタリアート独裁権力は民主主義ではないという考えを対置している。つまり、先の形式的定義に、形式的な反対物を、それこそ、形式的に対置するということを行っている。これは、弁証法的な矛盾ではなく、形式的な矛盾である。例えば、権力の性格が、選挙によって、基本的に、交代するとすれば、それは革命的なことである。ところが、アメリカ大統領が交代しても、革命にはならない。なぜなら、それは、権力の内容、階級的性格を基本的に変更するものではないからである。だから、オバマ民主党が、ブッシュ政権に代わる次の政治権力を握ったとしても、権力の基本的性格は変わらない。政策はもちろん変わるけれども、それは権力の基本的性格を変えない程度の変更にすぎない。そのことは、アメリカの政治史の歴史を見れば、明らかである。

 それに対置されている反民主主義的な共産党一党支配・プロレタリアート独裁権力というのは、少なくとも、理論上は、一時的な権力のあり方にすぎないということは、マルクス・エンゲルス・レーニンなどの主張を読めば、明らかである。それは、権力の根本的な性格変更の時期というのは、ブルジョア革命、近代民主主義革命、の時期にも、様々な国で、共通して、あったような独裁期の権力のあり方であるにすぎない。日本の明治維新を見てもそうである。帝国議会ができるまで、薩長藩閥政府は、暴力に依拠して政権を維持していた。それに対して、ソ連はどうかというなら、私は、ことに、1920年代以降、プロレタリアート独裁権力からブルジョア的な権力性格に戻ったものと見ている。現に、ソ連では、様々な制度やものを、西欧諸国などから輸入した。それを、形式民主主義の衣であまり包まなかっただけである。その代わりに、かれらの内部では、事実上の政権交代、派閥抗争、などが行われたのであり、そういう意味での政権交代を繰り返している。それは、今の中国でも同じである。日本は、戦後長く、自民党一党独裁の時期があったが、内部の派閥抗争と合従連衡によって、権力の交代を繰り返してきた。自民党は、金や利権で、支持団体を広げ、政権を維持してきた。

 もちろんgoo辞書の定義も形式的であり、例えば、人民という概念は、無内容である。この場合、人民の中身は何かということがわからないと、人民の権力というのは何かもわからない。人民は、いろいろな階級・階層に分かれており、それぞれが別々の共通利害を持っている。どの層・どの階級の利害を政治的に代表するか、それがその政治の性格、内容を規定する。そして、権力の性格を規定するのである。だから、共産党一党支配、プロレタリアート独裁、が、プロレタリアートの利害を代表する政治的形態であることも、その内容の政治的性格を持つこともありうる。逆の場合もありうる。それは、こうした形式的定義、形式的対置、形式的矛盾、を、とらえることでは、とうてい理解できない。しかも、当記事では、共産党一党支配のことも、プロレタリアート独裁のことも、一言も述べていない。草の根民主主義、労働者民主主義、大衆民主主義について述べただけである。それを、共産党一党支配、プロレタリアート独裁につなげたのは、明らかに、形式的な民主主義の定義、観念、図式に無理矢理、あてはめて、裁断したものにすぎない。だから、やってもいないことを、ご都合主義かどうかと問われても、答えようがない。そういう設定自体が、形式的で、中身がないので、なんともしようがない。もっと、民主主義の中身について、しっかりと、考えましょう、もちろん、私もですが、という他はありません。

 オバマ選挙という事例から、その現実から、民主主義について考え、学ぶということが必要と考えたのが、当記事です。

  政権交代を可能にする政治制度が民主主義であり、それを阻むものを民主主義派と言わないとすれば、当然共産党一党支配、プロレタリアート独裁権力は民主主義でないはずで、それを矛盾なく捉えるのは御都合主義ということでよろしいか。

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『部落解放運動への提言』について7

  『提言』は、運動の再構築の①として魅力ある運動の創出という項目を立てている。

  まず『提言』は、「従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう」と述べている。要するに部落差別の被害被差別の共通体験がアイデンティティを形成してきたというのである。

  そして、「しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある」と述べている。これだけだと「共通した被差別の実態」が、どのように大きく変貌してきているのかがわからない。

  それにたいして奈良県連(山下力理事長)はホームページで以下のように述べている。

  部落解放同盟奈良県連(山下力理事長)

  基本理念

 部落差別の軛から自らを解き放つための21世紀初頭の新しい運動の基調
 Ⅰ いま、なぜ新しい運動路線なのか。 

 生活水準における部落内外の較差はなくなった。しかし、部落差別は存続している。故に、 '65同対審「答申」路線の時代的役割は終焉したと理解するしかない。これまでと同じ運動の繰り返しでは、人と人との新たな関係を再構築していける見込みがなく、「百害あって一利なし」として決別する。

① '65同対審「答申」は、近代社会における部落差別とは"市民的権利と自由の侵害に他ならない"と規定し、わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました。そして、同和地区住民に就職と教育の機会等を完全に保障し、同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位向上をはかることが、同和問題解決の「中心的課題」であると指摘したのであります。
  '69年に同和対策事業特別措置法が制定されて以降、約15兆円の公的資金が同和対策に投入され、わが国経済の高度成長の潮流に合流させて「答申」が指摘したところの「中心的課題」はほぼ達成されました。その結果、少なくとも50才以下の世代で、社会的、経済的、文化的な生活水準における部落内外の較差はほとんどなくなったのです。
②部落内外の生活実態における較差が見事に克服されたのに、あろうことか、周辺の人々の部落(民)への差別意識(「答申」が言うところの心理的差別)には見るべき顕著な変化がなかったのであります。 '93年総務庁「同和地区実態把握等調査」の結果にわれわれはがっかりしたというよりむしろ大きなショックを受けました。しかも運動体として「トリプルショック」でありました。
 一つめのショックは、部落民の被差別体験の多さです。「調査」で3人に1人が「被差別体験あり」と告白しています。細かく分析すると、調査のあった93年から溯ること10年の間に奈良県内で約5000件、毎年約500件の差別事件があったということになるのです。
 二つめのショックは、部落民が差別に真正面から向き合えていないことです。応々にしてわれわれは部落差別と唐突にでくわすものであります。そのとき「相手に抗議した」のが20%にすぎず、「黙って我慢した」とするものが46%強で最も大きな割合を占めているではありませんか。日本人の人権意識を識るための同様の調査で、人権侵害をうけたとき「黙って我慢する」と答えたものの割合が6%位であったことと比較して、その違いに言葉にできないほどのショックをうけました。
 三つめのショックは、われら運動体が差別問題の解決をめぐって部落大衆から頼りにされていない現実を見せつけられたことです。部落差別と遭遇して「黙って我慢した」ものが46%強で、「民間団体に相談」したものはわずかに4%強(奈良県2%)にすぎなかった事実は何をわれわれに語りかけているのでしょうか。 '65同対審「答申」路線を忠実に推進し"ムラぐるみの運動"を呼びかけ、水平社創立以来最大最強の組織建設を成し遂げてきたはずであります。税や融資、生活資金や奨学資金、就職や住宅等々の相談をわが運動体に持ちこむけれども、肝心要の差別問題の相談相手として頼りにしないとする部落大衆の選択をどう受けとめるのかが問われてきました。
 周辺の人々の意識が変わっていないことも問題です。しかし、それ以上に部落大衆の差別との向き合い方が曖昧で弱々しいこととわれら運動体が本質的に部落大衆の信頼をひき寄せられていない現実こそが深刻に問い直されねばなりません。口惜しくもつらいことではありましたが、この「トリプルショック」をうけてわれわれは自らの運動を根本から見直す道を選びました。この惨憺たる現実から目をそらし、自らの運動体を蝕む腐敗と堕落を自浄する力をなくした恥知らずのグループはどうでしょう。相も変わらずダラダラと、しかし、欲得だけは忘れずにいつもの道をあてもなく歩き続けるに違いありません。

  「① '65同対審「答申」は、近代社会における部落差別とは"市民的権利と自由の侵害に他ならない"と規定し、わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました。そして、同和地区住民に就職と教育の機会等を完全に保障し、同和地区に滞溜する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位向上をはかることが、同和問題解決の「中心的課題」であると指摘したのであります」。ここには日本共産党同様に、近代化論から、停滞的過剰人口を「わが国の産業と経済がもつ「二重構造」と前近代的な社会風土や非合理的な偏見等がこれを支えてきたと根拠づけてきました」と前近代的なものと位置付けている。今日のワーキングプア問題に明らかなように、停滞的過剰人口あるいは相対的過剰人口は、近代的二重構造に根ざしている産業編成と労働階層の問題であり、その下層に置かれ、労働差別を受けているのであって、前近代的な差別ではない。部落はここに組み入れられたのである。つまり部落差別意識は、労働差別とダブっているのであり、労働差別は今も再生産されつづけているのである。

  かつて解放教育は、差別に負けない主体を育てることを目標としていたが、「近代的な主要産業の生産過程に導入する」ための受験教育に変貌していった。アメリカの公民権運動でも似たような事態が起きた。その結果、同朋の境涯よりも白人支配層に近づいたライス国務長官のようなエリートを生み出すにいたった。「近代的な主要産業の生産過程に」入った若い人々は、部落を出て行った。すでに1980年代には、部落の空洞化、高齢化が部落外の地域より急速に進んでいることが、師岡祐行氏などから指摘されていた。

  『提言』は、「1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している」としている。

  しかし、こうした区分はやや恣意的である。確かに水平社の運動が、糾弾闘争を基本としたのは確かだが、『提言』が書いているように、労働運動や農民運動などにも参加し共同闘争をも行っていた。第二期についても、「狭山闘争」という国家権力に対する差別糾弾闘争は運動の大きな柱であった。もちろん、糾弾闘争は数多く行われていた。問題は第3期の基本とされている反差別共同闘争で、80年代後半から解放同盟が提唱しているのに、それから20年以上たっているにもかかわらず広まらないのはなぜかということである。

  『提言』は、「この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある」と言っている。そして以下を提言する。

  「..今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
..人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
..アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
..部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
..部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。」

  「部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと」というあたりにうかがえる部落中心主義的な発想は、はたしてさまざまなアイデンティティが存在する地域や社会や世界の中で受け入れられるだろうか? 『提言』全体にある歴史=アイデンティティという認識は、複数の多様なアイデンティティが並存している世界において、排他的になりはしないだろうか? その点で言えば、『提言』が「被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである」と述べているように、部落はどのような人々に対して開かれていたかということが重要であろう。アイデンティティ論については今、構築主義派からの議論があるので、それも見ていく必要があろう。

  2.運動論の再構築

  ①魅力ある運動の創出

  従来、部落解放同盟の大会や諸集会では、「兄弟姉妹の皆さん」という呼びかけが行われていた。これは、全国の部落と部落民がおかれてきた差別の歴史と、共通した被差別の実態を基礎に形成されていたアイデンティティであったと言えよう。
しかしながら、従来のアイデンティティ形成を支えていた「共通した被差別の実態」が、これまでの部落解放運動の取り組みや同和行政の実施によって、大きく変貌してきている。この結果、部落解放同盟の組織の現状を直視するとき、同盟員の減少、とりわけ若年層の結集が少ないという重大な問題がある。
  言うまでもなく、これからの部落解放運動を担っていくのは、若手の部落解放同盟員である。早急に部落に居住する若手の部落民、部落から出て部落外に居住する若手の部落民に対する働きかけを強め、部落解放同盟への結集を呼びかけることが必要である。その際、部落民としての自覚、部落解放同盟員としての自覚はいかにすれば形成されるかを、しっかりと踏まえた取り組みが求められる。
個人なり集団のアイデンティティは、他者によってどのように見なされているかということを契機に自覚されることが少なくないが、積極的には、個人なり集団がおかれている生活環境やたどってきた歴史についての理解、個人なり集団が将来何をめざしているかということの自己認識などによって形成される。
  このため、部落と部落解放運動の歴史、部落と部落民が置かれている現状を明らかにし、それを系統的に学ぶとともに、新たなアイデンティティの確立のためには、魅力ある部落解放運動の創造が不可欠である。
  1980年代の後半から、部落解放同盟は第3期の部落解放運動の展開を呼びかけている。その中で、全国水平社の時代の運動を第1期とし、この時期の運動の基本が糾弾闘争にあったと規定している。戦後、水平社運動を継承して直ちに再建された部落解放全国委員会から1955年に部落解放同盟と改称し、「同対審答申」や特別措置法を武器とした運動を第2期としている。この時期の運動の形態が行政闘争であったと位置づけている。その上で、第3期の部落解放運動の特徴は、国内外における共同闘争を運動の基本形態にすることを提唱している。
   この第3期の運動の提起は、基本的には有意義なものとして評価することはできるが、現実の部落解放同盟の運動を見たとき、第2期にとどまっているところが少なくない。このため、部落解放運動が人間の尊厳を基軸においた人間解放をめざすものであることを踏まえて、第3期の運動の内容をさらに明確にし、魅力ある運動の創出をはかる必要がある。その際、少なくとも以下の諸点が考慮されなければならない。
..今後、部落差別撤廃に向けた取り組みを実施する際、部落の近隣地域の要求実現と結びつける視点を重視し、さらにはより広範な市民社会の中でさまざまな人権課題に取り組む人々との連携を強め、人権のまちづくり運動として展開していくこと。部落解放同盟は、地域の共通の課題を結びつけ、ひとつの運動に発展させるコーディネーター的役割を果たすこと。
..人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育・啓発推進法)の具体化や活用、悪質な差別や人権侵害の禁止と被害者の効果的な救済などを可能とする法制度の整備をはじめ日本における人権法制度の確立に向けて積極的な役割を果たしていくこと。とりわけ、マイノリティ諸団体との意識的な連携を深め、マイノリティの視点からの反差別・人権政策の提言活動を強化すること。
..アジア・太平洋地域における差別撤廃と人権確立、さらには国連の差別撤廃や人権確立に向けた取り組みとの連携を強化すること。このため、反差別国際運動(IMADR)などとの連帯を強化すること。
..部落の歴史、部落解放運動の歴史を掘り起こし、部落と部落解放運動が日本社会の中で果たしてきた積極的な役割を明らかにすること。また、部落が担ってきた産業や被差別民が創造してきた文化を明らかにし、さらに発展的に創生していくこと。
..部落の中での相談活動を重視すること。高校や大学、さらには大学院への進学を高めるとともに、社会のさまざまな分野で活躍する人材を育てることに力を入れること。

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『部落解放運動への提言』について6

  『部落解放運動への提言』(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒で、「何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する」と述べている。

  十数年前に分裂した奈良県連の一方の「「部落問題に関わる行政と部落解放運動のあり方提言委員会(座長 八木晃介)」の「提言」を読んで」(2007年9月5日、奈良県部落解放同盟支部連合会理事長山下力)は、[奈良市の一連の「同和不祥事」の露見にあわてふためいて川口グループ(部落解放同盟奈良県連合会・委員長 川口正志)は、今後の自らの進む道を見失ったのか、それを「有識者」に丸投げしようとしてきた。その「提言」は、座長の八木晃介氏が自らの「試行通信」で吐露されているように、変革の対象と方法をズバリ提言するものとはならず、各委員の問題意識の中から出された課題を羅列して川口グループの執行部に投げ返すに止まっている。好意的な同伴者に甘え、自らの責任と任務を放棄してきた川口グループにふさわしい当然の帰結であると思う。私たちの経験に照らしても、部落解放運動の変革のすじ道を実践の試行錯誤をくぐらせずに明らかにしていくのは容易なことではない。この「提言」が、今日の部落解放運動を取り巻く状況の核心の部分で課題を取り違えているのでは、と思う視点をとりあげて今後の論議のたたき台にしていただきたい」と述べた上で「〔1〕、新たな解放理論の構築・整理がなければ何一つも始まらないのでは。「提言」は、いわゆる朝田理論における行政闘争論や「近世政治起源説、悲惨貧困史観」が崩壊したと指摘して、“差別は観念である”とする辻本理論を基軸にしたもう一つの解放理論の構築が求められている、と述べている。しかし、川口グループは自力でその構築が困難だとして今回の「提言」を依頼したのではなかったのか。だとすれば、もう一度、「有識者」にボールを投げ返すしかない。この提言を「催促もち」と承知して、早急に、学者・研究者など「有識者」にもう一度依頼して理論委員会を立ち上げてもらわねばならないだろう。これが概ね整理されない限り、運動の方針も綱領もあったものではない。ましてや、おおむこうの関心を呼ばんとしての「部落民」以外の人々の同盟員登録云々も意味を持たないことになる。新しい解放理論を構築するのであれば、少なくとも「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」が明らかにされることを期待したい」と『部落解放運動への提言』では前提とされている「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」といったイロハのイのレベルからのやり直しが必要だと述べている。

  『提言』は、「同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである」と述べているが、目的である部落の完全解放とは何を指すのかがよくわからないのである。

  「本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった」と言うのだが、そんなことができる幹部活動家を部落解放運動はどれだけ育ててきたのだろうか?

  もちろん、『提言』が言うように、「今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆」であるのは確かである。したがって、県連の連合体で、中央本部の指導が県連に対してしにくい状況であったにしてもやはり中央の責任もあるだろう。問題はすでに「山内:・・10年前、15年前に議論して整理しておくべき問題であったと思っています。何故それが出来なかったのかということを議論すべきであって、何を言うているんだと。そもそも法律ができることが何であったのかということから議論すべきであってね」部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)という段階にあった。つまり、80年代には、藤田敬士氏の『同和はこわい考』や京都部落解放研究所長だった師岡祐行氏らによる問題の指摘があったのである。80年代には、朝田理論の総括議論もあったのだが、それもうやむやのまま、90年代に人権運動への転換がなされたのである。

  奈良県連(山下力理事長)は、「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」を明らかにすることから、新しい解放理論を構築しなければならないと述べているが、『提言』は、あくまでも人権運動という枠組みの中での人間解放運動という位置で語っていて、それではたして、部落解放運動の固有性やアイデンティティや特殊性を打ち出せるか疑問である。

  ④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

  何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。
  目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

  ⑤内なる敵に対する甘さ

  部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。
しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。
  なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

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『部落解放運動への提言』について5

  『部落解放運動への提言』(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒で、「何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する」と述べている。

  十数年前に分裂した奈良県連の一方の「「部落問題に関わる行政と部落解放運動のあり方提言委員会(座長 八木晃介)」の「提言」を読んで」(2007年9月5日、奈良県部落解放同盟支部連合会理事長山下力)は、奈良市の一連の「同和不祥事」の露見にあわてふためいて川口グループ(部落解放同盟奈良県連合会・委員長 川口正志)は、今後の自らの進む道を見失ったのか、それを「有識者」に丸投げしようとしてきた。その「提言」は、座長の八木晃介氏が自らの「試行通信」で吐露されているように、変革の対象と方法をズバリ提言するものとはならず、各委員の問題意識の中から出された課題を羅列して川口グループの執行部に投げ返すに止まっている。好意的な同伴者に甘え、自らの責任と任務を放棄してきた川口グループにふさわしい当然の帰結であると思う。私たちの経験に照らしても、部落解放運動の変革のすじ道を実践の試行錯誤をくぐらせずに明らかにしていくのは容易なことではない。この「提言」が、今日の部落解放運動を取り巻く状況の核心の部分で課題を取り違えているのでは、と思う視点をとりあげて今後の論議のたたき台にしていただきたい」と述べた上で「〔1〕、新たな解放理論の構築・整理がなければ何一つも始まらないのでは。「提言」は、いわゆる朝田理論における行政闘争論や「近世政治起源説、悲惨貧困史観」が崩壊したと指摘して、“差別は観念である”とする辻本理論を基軸にしたもう一つの解放理論の構築が求められている、と述べている。しかし、川口グループは自力でその構築が困難だとして今回の「提言」を依頼したのではなかったのか。だとすれば、もう一度、「有識者」にボールを投げ返すしかない。この提言を「催促もち」と承知して、早急に、学者・研究者など「有識者」にもう一度依頼して理論委員会を立ち上げてもらわねばならないだろう。これが概ね整理されない限り、運動の方針も綱領もあったものではない。ましてや、おおむこうの関心を呼ばんとしての「部落民」以外の人々の同盟員登録云々も意味を持たないことになる。新しい解放理論を構築するのであれば、少なくとも「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」が明らかにされることを期待したい」と『部落解放運動への提言』では前提とされている「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」といったイロハのイのレベルからのやり直しが必要だと述べている。

  『提言』は、「同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである」と述べているが、目的である部落の完全解放とは何を指すのかがよくわからないのである。

  「本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった」と言うのだが、そんなことができる幹部活動家を部落解放運動はどれだけ育ててきたのだろうか?

  もちろん、『提言』が言うように、「今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆」であるのは確かである。したがって、県連の連合体で、中央本部の指導が県連に対してしにくい状況であったにしてもやはり中央の責任もあるだろう。問題はすでに「山内:・・10年前、15年前に議論して整理しておくべき問題であったと思っています。何故それが出来なかったのかということを議論すべきであって、何を言うているんだと。そもそも法律ができることが何であったのかということから議論すべきであってね」部落解放運動の過去・現在・未来(1)――山内政夫氏(柳原銀行資料館)に聞く――(インタビュー記録/聞き手:山本崇記)という段階にあった。つまり、80年代には、藤田敬士氏の『同和はこわい考』や京都部落解放研究所長だった師岡祐行氏らによる問題の指摘があったのである。80年代には、朝田理論の総括議論もあったのだが、それもうやむやのまま、90年代に人権運動への転換がなされたのである。

  奈良県連(山下力理事長)は、「部落とはなにか」「部落民とは誰のことか」「部落差別とは何か」「部落解放とはどういう状況をさすのか」を明らかにすることから、新しい解放理論を構築しなければならないと述べているが、『提言』は、あくまでも人権運動という枠組みの中での人間解放運動という位置で語っていて、それではたして、部落解放運動の固有性やアイデンティティや特殊性を打ち出せるか疑問である。

④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒

何のための部落解放運動か。何のための同和行政か。その原点を忘れたところに、すべてが起因する。「同和問題の解決は国の責務であり、同時に国民的課題である」とした1965年の同対審答申、1969年の「同和対策事業特別措置法」の制定によって始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決するための一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。
目的と手段を混同した本末転倒の事業消化主義が、行政も、運動をも、同時進行で堕落させた。本来ならば、部落解放同盟、とりわけ幹部活動家によって部落大衆に一つひとつの事業の意義の徹底と部落の完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が行われるべきだったのだが、それがおろそかにされたため、一部に甘えの構造を助長し、ひいては事業の私物化につながった。さらに、行政も、一般市民の理解と共感を得るための説明責任を十分果たさず、事業執行の不透明さが、いわゆる「ねたみ意識・逆差別意識」を生む要因となった。

  ⑤内なる敵に対する甘さ

  部落解放同盟は外の敵に対しては強いが、内なる敵に対して弱いのではないかという批判もある。部落解放運動は大衆運動であり、部落解放同盟組織は多様な人たちからなる大衆組織である。中には差別の結果から道を踏み外した人もおれば、逆にいわゆるアウトローから運動に参加して立ち直った人もいる。とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである。
  しかし、被差別民であるとの共通意識から、自然に、身内に甘いところはなかったか。いろいろな社会・経済層や内在的矛盾を抱えた大衆組織であるとしても、社会的責任を持つ部落解放同盟が、組織と運動の倫理性を欠いてもよいという理由にはならない。多様性を持つ大衆組織というようなことでの弁解は通用しない。
  なぜなら、今回のような不祥事は、崇高な人間解放の運動とはおよそ無縁の、断じて許しがたい裏切りの犯罪行為であり、最大の被害者は他ならぬまじめな活動と日常生活を営む被差別部落の大衆だからである。同時に、公金を「私」したということは、納税者である市民に被害を与えたという視点も忘れてはならない。

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『部落解放運動への提言』について4

  『部落解放運動への提言』の(2)一連の不祥事の背景の分析と問題点は、まず、過去の教訓が生かされなかったとして、「今度こそ、事件の背景にある運動論、組織論にも、固定観念にとらわれずにメスを入れ、原因と問題点を真剣に分析、考察する必要がある」と述べている。

  そしてまず、行政と運動団体幹部の癒着を指摘する。

  運動団体対策、団体幹部対策、信頼関係という美名の馴れ合い、主体性を忘れた行政の事なかれ主義、行政側は円滑な行政執行のために、積極的に有力幹部の力を利用、と同和行政の問題点を指摘する。そうはいっても、今日の行政が主体的に人間解放を担うと考えるのは、あまりに行政を買い被っており、もともとこれらの指摘する行政のやり方は、行政の本質に根ざしているものであろう。行政がそうならないように、運動側がチェックする必要があるわけだ。

  その点では、「本来、行政と運動団体は、お互い主体性を持ち、それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべきなのに、その筋道を間違え、自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える」という指摘には問題がある。なぜなら、行政の主体性とは、統治・支配の主体性であり、「それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべき」対等のパートナーではないからである。問題は、部落解放運動が、行政運動に主体性を奪われてしまったということだ。

  それを『提言』は「行政にすべての責任を転化させる行政責任万能主義に流され、行政依存体質に陥る傾向もあった」という形で指摘しているが、行政を解放運動の主体とする考えは違うと思う。

  「自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える」。

  こういうのはわかる。

  「行政から事業を引っ張ってくる、金を集めてくることができる人物が能力ある指導者であるかのように勘違いされた場合があった。それが幹部請負主義を助長し、ここからも権力構造が生まれると同時に、組織が空洞化し、運動が衰退した要因となっている」。

これは与党政治家をはじめ、政治家のやり方といっしょである。これでは組織は、幹部の後援会のようになる。運動は、政治・文化・社会等々の関連する様々な問題の議論の場であり、教育の場であり、実践を通じて問題を解決する主体を育てる場でもある。行政は、あくまでも問題の行政的側面の主体であるにすぎない。どんな運動主体でも、当初はシングルイシューとして出発しても、問題の多様な側面と多様な連関に広がっていって、広範な領域との関連と絡み合いを認識し、それらを結びつけて対応せざるを得なくなる。部落差別と女性差別、民族差別などが絡み合っているし、それらを関連付けないと人間解放というような普遍的な差別解放運動として部落解放運動が位置づかない。

  ①生かされなかった過去の教訓

  部落解放同盟中央本部が「大阪・飛鳥会問題等一連の不祥事に関わる見解と決意」の中で、「決して『個人的犯罪』とか『権力からの弾圧』とかということだけで済まされるような問題ではない」とし、「このような個人を生んだ運動的・組織的体質はなかったのかということを徹底的に自己切開・自己点検する」と表明したのは、当然のことであった。
過去にもさまざまな不祥事があったが、組織防衛的発想が先に立ち、一過性の統制事案で処理され、問題の本質的な掘り下げが足りなかったがゆえに、教訓が生かされなかったのではないか。今度こそ、事件の背景にある運動論、組織論にも、固定観念にとらわれずにメスを入れ、原因と問題点を真剣に分析、考察する必要がある。

  ②行政と運動団体幹部の癒着

  今回の不祥事はもとより、過去の不祥事にさかのぼって検証しても、その背景には行政と運動団体幹部の一部との癒着がある。
  ここには、真に人間解放をめざす同和行政というよりは、運動団体対策であり、団体幹部対策にすぎなかった一面がある。信頼関係という美名の馴れ合いであった。主体性を忘れた行政の事なかれ主義が団体幹部の顔色をうかがい、トラブルさえなければよしとする風潮を招いた。あるいは、行政側は円滑な行政執行のために、積極的に有力幹部の力を利用することもあった。運動団体の中にはそれにあぐらをかいた一種の「強面(こわもて)」の権力構造を生んだ側面があり、「同和はこわい」という偏見に被差別の側も乗じて、不当な私的利益・便宜供与の要求を行政に突きつける者たちも出現した。
  いわゆる部落解放運動の先進地と言われたところで、不祥事が噴出したことに、一層根の深い問題がある。そして、上記の傾向が単に不祥事を起こしたところのみならず、その他のところにおいてもまったくないとは言えないところに大きな問題がある。

③行政要求一辺倒が招いた行政依存体質

特別措置法時代、同対審答申の完全実施を求める行政闘争が展開され、行政側もそれを真摯に受けとめ、多くの成果を挙げたことは確かである。社会正義を求め、社会的支持が得られる行政交渉であれば、何ら臆することはない。だが、いつのまにか行政にすべての責任を転化させる行政責任万能主義に流され、行政依存体質に陥る傾向もあった。
本来、行政と運動団体は、お互い主体性を持ち、それぞれの責任と役割分担を明確に自覚して、共通の目標に手を携えて取り組むべきなのに、その筋道を間違え、自立自闘の精神が忘れられがちであった。運動の力点が対外志向、つまり対行政が中心になってしまって、自分たちの運動体の中に向けて展開しきれなかったことが、不祥事を惹き起こした主要な原因と言える。
行政から事業を引っ張ってくる、金を集めてくることができる人物が能力ある指導者であるかのように勘違いされた場合があった。それが幹部請負主義を助長し、ここからも権力構造が生まれると同時に、組織が空洞化し、運動が衰退した要因となっている。

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『部落解放運動への提言』について3

『部落解放運動への提言』は、冒頭で、以下のように書いている。

「このような状況の中で、前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人たちには、「やっぱりそうか」と、ますます差別意識を増幅させることになった」。

問題はここでいう「前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人」である。

前者は、穢れ観念によるものと言えようが、後者は、民主主義観に問題があると言えよう。

後者の場合、「ねたみ意識」をもつ人とはどういう人たちかを分析する必要がある。まず、こういう人は金持ちではなさそうである。こういう人たちが、改良住宅程度の居住レベルにねたみを感じそうもないからである。ありそうなのは,このレベルに近いか、それ以下の生活水準にある層に属する人々である。こういう層の人々なら、部落民を特別扱いするのは不公平だと感じても不思議はないという気がする。民主主義について素朴な考えしかもっていないで、単純に民主主義=平等ととられえているというふうに思うのである。

もう一つ考えられるのは、重税感に襲われているような人々である。税の使い道に敏感になり不平を感じているような人々である。自分たちが汗水働いて稼いだ金を税金に持っていかれ、それが同和事業に使われすぎていると感じているような人々もいそうである。

それに意図的に人々の「ねたみ意識」をかきたている政治勢力もありそうである。月間『宝島』は、在日特権なるものの告発を試みる特集を組んだことがあり、右派のチャンネル桜でも同様の内容が流されたことがある。そんな差別主義的な集団が扇動している可能性がある。

多数派の少数派に対する譲歩は民主主義の一つであり、それはある意味、少数派に特権を与えることである。もちろん、それは近代民主主義の中では、本当の特権者たる官僚・ブルジョアジーや大金持ちの特権とは違うものである。多数者以下の少数者を多数者の水準に引き上げるための特権である。

同和対策によって、もはや特権なしに、部落の水準は多数者レベルに達しただろうか?

『提言』は「教育や就職の面ではまだまだ不十分であるが、ともかく環境面では全国の多くの部落が一般市民社会の水準に概ね仲間入りをした」と述べている。その認識の前提は、「部落解放運動の目的は、まず市民社会の水準に部落民の生活を向上させることにある」という認識である。これがまず朝田理論と大きく食い違っている。なるほど朝田理論は、部落の劣悪な環境の改善を行政闘争によって勝ち取ることを目指した。しかし前に書いたように部落差別を主要な生産関係からの排除と述べ、資本主義と部落差別と結びつけていた。この面では就職差別との闘いということがあり、この点の評価が必要である。

『提言』は全体に部落解放運動を、人権運動・地域運動として描いており、層や身分といった階層性にはあまり触れていない。そしてやたらと人間主義を強調している。

『提言』が「運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる」というのは、前に引用した山内政夫氏の言によれば、もともと改善事業の受け皿をつくるために外から人が入って作られた支部があって、それは事業がなくなれば組織実態が空洞化するのは当たり前である。

再度引用すると山内氏は、「こんな事業がなくても良かったんじゃないかということ。そのような議論をしてみる必要があるね。昔の私らの感覚の中では、部落というのは貧しくても活気あって元気やったし、神秘的な面もあったし、いろいろな人がおったし、好き嫌いでいうとああいうのがすっきゃね。何かハコモノが変わってどこ探しても人がいないと。一面、美しくなって市民に近づいた。市民らしくなるのは結構やけど。それって全然解放運動という実感をしない。同和事業の根幹的な見直しということはそういうことなんでね。ただ、だからやめるとかそういう話ではなくてね。もうはなっからね、はなっからあってよかったんかどうか分からん。そういう話です」と述べている。

つまり、同和事業の中で、非資本主義的な地域共同体としての魅力がなくなっていったということである。それは高度経済成長期の「列島改造」の中で、駅前の風景をはじめ日本国中どこに行っても似たり寄ったりの風景になっていったのと同じだということである。そのような故郷に愛着を持ちにくいのは当然である。どのような地域を作るのか、それを住民自身が決めていくということが必要で、それが運動だということである。大昔の誇るべき歴史や文化を学ぶだけではなく、今誇りと愛着を持って住めるような地域を作るということである。

「提言委員会は、こうした危機的状況を直視しながら、部落解放同盟が真に時代の要請に応える新しい運動の展望を切りひらき、人間解放の崇高な理念にもとづく活力ある組織として再生するためには何をなすべきか」と言うのだが、まず部落解放とは部落民が市民になることではないということをはっきりさすべきだろう。人間解放の意味は、差別者の差別からの解放と被差別者の差別からの解放の両方であり、部落差別からの被差別部落民の解放だけでは、部落民の差別者としての解放―民族差別、下層差別、女性差別、障害者差別、階級階層差別、等々から解放されないからである。それがこの間解放同盟が力を入れてきた反差別共同闘争の意味だと思うが、それはすでにこれらの差別から解放されたわけではない市民になることではなく、市民もまた差別から解放されなければならないのである。ある一面において、あるいは別の差別から解放されていない市民になるというのは問題である。あらゆる差別から解放された市民になるのはもちろん人間解放だが、今、そんな理想の市民は存在しない。その基本には、階級差別がある。それはなくなっていない。それから解放された市民はいないから、市民になることは人間解放にはならない。

(1)はじめに―危機的状況を直視する

大阪・奈良・京都で発生した今回の一連の不祥事は、人権の確立と社会正義の実現を掲げる運動団体としては、あってはならない事件であった。これらの事件は、市民社会の倫理から大きく逸脱した事犯であった。
まじめに部落解放運動に取り組んできた多くの部落大衆は、胸を締めつけられる思いでテレビや新聞報道を見たであろう。全国水平社以来の部落解放運動の先駆性を胸を張って語ってきたにもかかわらず、水面下でこのような事態が起きていたのである。
それとともに部落解放運動と連帯してきた多くの人たちにも深い衝撃を与えた。
これら一連の不祥事の経過を見ても、決して「偶発的で個人的な問題」ではない。
1965年の「同和対策審議会答申」を受けて、1969年に制定された「同和対策事業特別措置法」以来、運動の内部においてしだいに体質化され構造化された諸要因にもとづくものとも言えるであろう。
したがって今回の事件は、指導部の謝罪や関係者の除名でもって、信頼が回復できるような問題ではない。確固たる解放の運動主体が形成されないままに、部落解放同盟が社会的に孤立し、権力の介入や行政の部落問題解決への責任放棄を招く危機的事態に立ち至っている。
このような状況の中で、前近代からの「部落賤視観」と、同和対策事業の過程で醸成された「ねたみ意識」を共存させている人たちには、「やっぱりそうか」と、ますます差別意識を増幅させることになった。
部落解放運動は、戦後最大の危機に直面している。運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる。被差別民の集団としては、世界最初の人権宣言と言ってもよい「水平社宣言」のもとに出発した全国水平社であるが、その85年におよぶ輝かしい闘いの歴史も、このままでは地に堕ちることになりかねない。
このような状態がさらに続けば、さまざまの差別から人間を解放する先駆けとして、部落解放運動に心を寄せてきた人々の心も離れていくことになる。部落解放運動が全国水平社以来の苦闘のなかで積み上げてきた多大な成果や社会改革への取り組みも、このままでは生気を失い、それらの成果を受け継ぎ切りひらくべき次の時代を担うことは困難となる。今回の不祥事は、部落解放同盟の存在意義そのものが根本から問われる緊急事態である。
提言委員会は、こうした危機的状況を直視しながら、部落解放同盟が真に時代の要請に応える新しい運動の展望を切りひらき、人間解放の崇高な理念にもとづく活力ある組織として再生するためには何をなすべきか、その方向性と課題について提言する。
部落解放同盟に対しては、この提言を受けて、あくまで主体的に、徹底した内部討議と総学習を行い、誠実な運動再生への実践を期待する。

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坂本氏への「反論」

  坂本さん。当ブログをご覧いただいて、ありがとうございます。

 さっそく「反論」を試みましょう。

> まず、アフリカの原住民の共同体と日本人の共同体を安易に
> 同列に論じるのは、風土、個々の民族的特長及び人種による
> 価値観の形成過程などを考慮しますと問題があるのではないでしょうか。
>
> 小林の言う共同体は近代日本に於ける家父長制度の根幹でしょう。
> 国家共同体のミクロ単位が家族であり、家族愛が基調になるのは
> 至極当然で、そうでない家族はまともに機能しないのではないでしょうか?

 まず、アフリカではなく、熱帯アメリカです。

 貴方のように、国家共同体の単位として、家族制度が作られたものだということを小林もはっきり言えばいいのだが、彼はそうは言わないで、家族愛があれば集団自決命令など絶対に拒否したはずだと言います。「国家共同体のミクロ単位が家族」というイデオロギーが強まったのは、戦時体制が作られていく過程でのことで、超歴史的なものではありません。家族はもともと生産単位であり、したがって、日本の律令制の古代家族には、奴婢などの非血縁者を含んでいました。

 小林の共同体論は、貴方の指摘では、近代日本の家父長制家族共同体のことであり、家族愛というのはそういう家族内の愛情関係ということになります。それは、国家共同体のミクロ単位で、その一部であるから、それに対して自立して、それに逆らうことはもともとできなかったということになります。家父長の家父長たる国家共同体の父=天皇の子供たちは、父の命を懸けて戦えという命令に逆らえませんでした。これは、子供たちの家族愛でしょうか?

  愛の本当の実現には、家父長制や家産の重みなどは阻害物なのです。家族愛が家族制度を機能させるというのは、愛情を利用して家族制度を守るという逆転した発想です。一般的に見ても、男女の愛情は長く続かないことが多く、子供のためとか責任感とか義務感や経済的理由などから離婚しない夫婦がけっこういます。国家共同体が、ミクロ単位として家族制度・家族共同体を必要としているのは、国家秩序の末端単位にしようとしているからにほかなりません。愛情が失せても、なお、家族制度を維持しようとするなら、無理が生じます。愛情という情は、制度や共同体の恒常的な固い絆にはふさわしくありません。親の子供への愛情は、自分の未来を育てるという意味もあって、それは長続きしやすいものでしょう。個的感情を制度を機能させるために利用する考えには賛成できません。

> さて、沖縄の自決問題と言う個別具体に踏み込んでおられますが、
> 鉄の暴風と呼ばれた過酷な空爆を体験した後、沖縄県民がどのような
> 覚悟と決意をした(させられた)かを考慮しなければ片手落ちになるでしょう。
> 日本政府及び日本軍のみが沖縄県民を追い込んだと言う仮定は過ちであり、
> 「空気」の醸成犯は誰かと言うと勿論アメリカも入らなければおかしいのです。

 原因はいくつもあげられるでしょうし、できるだけそうすべきでしょうが、貴方の言い方だと、アメリカの空爆も仮定の一つということになりますね? あるいは、「空気」の方は、仮定ではないということですか? それに、この記事では「沖縄の自決問題と言う個別具体に踏み込んで」はいないのですが。他の記事では触れていますが。当時の皇国教育・軍民共生共死思想の流布等々から、軍とともに死すべしという玉砕思想を持っていたのは当然と思います。特攻隊の梅沢隊は、座間味島に何をしにきたのでしょう? 生きては戻れぬ特攻に来たのではないでしょうか? それが戦後60年以上を生き抜いて、最後の最後に、自分たちができなかった自決を成し遂げた島民をうそつき呼ばわりする裁判を起こすというのは、そんなにわが身がかわいいのなら、そりゃ特攻も玉砕戦もできないのも当然でしょう。ずいぶん美談化されているけれども硫黄島の戦いや当ブログからリンクをはっているいわゆる「蟻の兵隊」と呼ばれた戦後まで中国で戦いつづけながら日本政府に見捨てられていた日本軍部隊などとのギャップを感じてしまいます。梅沢元守備隊長の行為は、山崎氏同様私の倫理観に反するのです。

 この「空気」というなんとも曖昧なもののせいにするのは、山本七平ですが、そんなものでなにが具体的にわかるというのでしょうか? 山本七平の他の本などをのぞいてみると、ありふれた近代化論者の1人にすぎないけれども、それなりにわかることを書いていますが、この「空気」論はあまりにも曖昧模糊としています。定義をしっかりしないなら、使ってもあまり意味がないと思います。空気論にはくみしません。

> 戦前の軍国主義の中から軍令を拒否できたか?についてはブログ主さんも
> 認めている事のようですから、小林を戦後民主主義者などと批判するのは
> ナンセンスではないでしょう。

 それなら小林は、沖縄の人々の家族愛は健全であって、自決の軍命を拒否できたはずだなどというありえない仮定をすべきではないし、できないはずです。彼は、国家共同体に対して家族が自立して、それに歯向かえるはずだと言い、それをできなくしたのは、マスコミなどが作り出した「空気」だといいます。治安維持法と特高警察という思想取締り警察機関があった戦前に、非合法の抵抗以外に国家に逆らうことなどほぼ不可能だったことは明らかで、それを健全な家族ならありえたと想像できるのは、今の戦後民主主義的価値観を過去に当てはめて見ている証拠です。ありえたとリアルに想像できるのは、非合法の抵抗です。

> 話は飛びますが、軍令が仮にあったとするならたったの一枚ぐらいは
> 残っていても違和感はありませんが一枚もありませんよね。不思議に思いません?

 当時の軍令がどのようなものであったかを少し調べてみましたが、具体的にわかるようなものはまだ見つかっていません。おそらく、今の行政命令もそうですが、口頭命令も軍令に入っていたものと思われます。戦争映画などで、隊員を呼び出して、口頭で隊長が命令するシーンがあります。あんな感じです。ただ、費用が発生するような場合、事務的な記録を残している可能性はあるでしょう。軍が一般的に住民に対して軍令を出した場合、それはどう記録されるのか? 敗戦に伴って、大量の記録廃棄が行われたのは確かです。慶良間諸島の場合、米軍の調査記録があり、米軍が守備隊本部から軍の記録を押収して調べている可能性もあります。この記録を調べている人もいるようです。なにせ具体的な資料が不足してます。

 圧倒的に軍人優位の戦前の軍国主義下で、軍が、人々の価値観の方向付けをしたことはたしかでしょう。ただし、住民への啓蒙や教育などは在郷軍人会が行ったように聞いてますが。

 軍令というのは、文書化されているのが一般的で口頭命令は例外だということですか?

> 小林の想像力が都合の悪い事はシャットアウトしていると言うなら
> ブログ主さんはその逆を行なっているに過ぎないとも言えますよね?

  想像なら想像と言うべきで、小林とネガポジの関係にはなってはいません。当方は、できるだけ想像は想像とことわっています。

> 小林は細木和子のように消えていくとはこれもまたブログ主さんの
> 根拠なき想像力の豊かさを示す書き込みに過ぎないのではないでしょうか?

 それは事実が結論を出してくれるでしょう。なんでも時の話題に首を突っ込むというのは、彼のような忙しい人には、難しいことです。知識不足や考え不足によるはずれが多くなり、現にいろいろなまちがいが山崎氏のブログでも指摘されています。 

  『わしズム』が本屋で売れ残っていたので、読者が少ないのだと思ったのです。ただ、山崎行太郎氏のブログにあるように、肝心の『沖縄ノート』を読まないで、大江批判をやっていた小林よしのりの無責任さにはあきれるほかはありませんが、こんないいかげんなことをやっているといくら小林のファンでもしまいにはあきれて離れていくと思います。世の中そんなに甘くはないと思います。これは根拠なき想像でしょうか? これも現実が答えを出してくれるでしょう。

> 余談ですが読者を失っているのは休刊になる朝日新聞の論座ですよ。

 『論座』がどうなろうと知ったことではありませんが、もし、おっしゃる意味が、サンケイVS朝日に代表される右派対左派の対決のことでしたら、日本共産党員3000人増、うち青年900人や共産党員作家小林多喜二の『蟹工船』の新潮社文庫版だけで30万部のベストセラーという数字もあります。このところ保守よりだった宝島が、左翼特集を出しました。大江裁判の大江氏全面勝訴判決が出てから、弁護団から自民党の稲本朋美弁護士が消えました。小林よしのりも、沖縄戦の事実を知りたいだけだという態度に後退しました。かつては、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』は出れば、売上上位に並んでいましたが、彼の本などは今はそうなっていないのではないですか?

 『朝日』は民主党寄りであり、民主党には右派の旧民社党から旧社会党系までいる幅のある党なので、『朝日』が左派代表というのは、古い見方だと思いますよ。

> どうも後半になってくると単に小林よしのりが憎いと言うだけの駄文と化すので
> ここまでにしますが、日米同盟を現状は肯定すると言う小林を攘夷論者と
> 呼ぶのは印象操作にしか見えない、と言っておきます。

 小林は、どこかの雑誌で自分で今こそ攘夷が必要だと書いていたのです。本人が言っているので、別に印象操作ではありません。

> なお、ブログ主さんが果たして「多種多様な価値観」を認め
> 「反論」を掲載するかどうかを興味深く待つことにしますよ。

「反論」してみました。これで「多種多様な価値観」を認めたことになるのかどうか。

 なお余談ですが、貴方が「多種多様な価値観」、つまりは頭の中、内心の自由は認めても、「多種多様な現実」を認めない財界と同じではないことを期待します。なにせ、自民党政府は、自由と民主主義に反する価値観は認めないと言っているし、アメリカのブッシュは、自由と民主主義に反する価値観を持つと見なす他国に戦争を仕掛けたり、反政府派に金や武器や教育や訓練を施し、政府転覆作戦まで教えて、暴力的に一元的価値観を強制していますから、それにも批判の目を向けないと「多種多様な価値観」は本物ではないということをお忘れなく。日本でもアメリカでも「多種多様な価値観」には限度が設けられているのです。

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マルクスブームによせて

 最近は、マルクスがちょっとしたブームになっているらしい。

 日本共産党は、党員作家の小林多喜二の『蟹工船』ブームもあって、追い風が吹いていると元気だ。

 新聞によると、共産党員は、数千人増えていて、その内、約900人が青年だという。

 このところ、党員減少、新聞『赤旗』購買者の減少や党員の高齢化で、勢いを失いかけていただけに、日共も元気をとりもどしつつあるらしい。

 それにしても、冷戦崩壊後の資本主義のやり方は、あまりにもおごり高ぶりすぎたので、冷戦時代のように、表面だけでも大衆に低姿勢をとるとか、ちょっとした振る舞いをして、大衆に媚を売るとかいうこともなくなり、そんな譲歩は期待できないことがはっきりした以上、ブルジョアジーやその御用学者のだぼらよりも、やっぱりマルクスの言うことの方が、リアルなんだということがわかってきたということなのだろうか?

 現実を解明できない理論などというのは理論としてはだめなのであり、それに固執しつづければ、それはイデオロギーである。もし、今、階級階層分裂が進んでいて、格差が拡大していることを、日本「一億総中流」論から、そんなはずはないと認めないとしたら、「一億総中流論」は、現実をきちんと反映していないイデオロギーにすぎない。「一億総中流論」は、1990年代までなら、ある程度のリアリティはあった。ワーキングプアは昔から存在してきたが、それは、少数に止まっていた。しかし、90年代長期不況、低成長下における雇用多様化策などによって、この層は大幅に増大している。そして、2000年代に入ると飛躍的に増加しているのである。しかも、それは、英米では進んでいたが、基本的には、世界的な傾向であることも明らかになってくる。北欧の福祉国家においてもそういう方向に進んでいたのである。

 それに対して、新自由主義者のフリードマンは、資本主義は、自由・平等をもたらすと断言したのであるが、それはまったく現実ではなかったことは今や誰の目にも明らかなのである。一方に少数の富の独占者がおり、他方に多数の貧困者が存在する。これは、まさしく、マルクスが明らかにした資本主義の現実である。

 資本主義がある限り、マルクスは何度でもよみがえる。

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『部落解放運動への提言』について1

 『部落解放運動への提言』一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて(2007年12月12日、部落解放運動に対する提言委員会)は、③として市民運動との能動的連携の必要性を訴えている。

 以下の文章に見るとおり、ここでは、全国水平社の時代には、小作争議や労働争議にし、戦後の三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放運動が参加してきたと述べている。これに戦前なら、米騒動を加えるべきだろう。

 そして、グローバル化の自由主g市場経済が世界を席巻することで、核兵器、地球環境保護、内戦、飢餓、HIVの蔓延などの課題をあげている。日本では、格差拡大によって、野宿生活者、フリーターやニートなどの若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増えて、生存権が脅かされていることや非正規労働者が3分の1を超えるなどの問題を指摘している。

 これらの問題を指摘した上で、『提言』は、「部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている」と述べている。なぜか、フリーターやワーキングプアや非正規労働者の問題を指摘しながら、労働運動への参加が抜けている。これらの問題に対応する運動は、『提言』のどこに入るのだろうか? あげているのは、平和運動、護憲運動、環境保護運動、反差別・人権運動、市民運動である。

 憲法や内戦の問題を取り上げながら、政治闘争について一言も無いというのは、問題の性質からして不自然である。

 ③の全体に、市民主義政治への方向付けという政治判断、政治意思を感じる。部落解放運動の具体的条件や具体的性格から今後の運動の方向性を導き出すのではなく、人権とか市民主義という理念の方向に、部落解放運動を持っていこうとしているように感じられる。

 NPOについては、1990年代以来の、市民運動や人権運動については、はるかに長い歴史を持っており、その中で、さまざまな傾向や分岐・色合いがあることは、今や常識と言っていい話である。そのどこに部落解放運動を位置付けるのか、スタンスを取るのかということは、その運動性格にかかわる問題である。例えば、世界の市民運動やNPOが集まって、毎年開かれていた「世界社会フォーラム」は、昨年のケニア大会で、金持ちや企業にやさしく、貧困者を排除して厳しいという偏りに陥って、今年は世界大会は開かれなかった。言葉としての人権や平等や世界市民社会などというスローガンは、実際行動において、まったく逆の結果をもたらしたのである。資本主義批判なしに、「グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている」という現象のみの指摘にとどまるならば、圧倒的な力を持つ資本主義の力、価値観、文化が運動を支配してしまうのである。

 反差別、人権運動、平和運動、市民運動等々、どのような運動であれ、そこから腐敗があっという間に浸透するのである。

 「これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと」。

 この部分は、組織体としての部落解放同盟の運動参加ばかりではなく、同盟員個人に対しても、参加を促している。単なる個人としての同盟員に対して、組織方針ではない行動を求めることには無理がある。むしろ、解放同盟自身の方針と行動が、どれだけ、同盟員の共感を生んで、そのエネルギーを引き出せるかが問題である。もし、『提言』が、解放同盟に対して、NPOへの同盟員の個人参加を求めているなら、それはやはりひとつの政治方針、政治意思を強制していることになる。それは、この『提言』を作成した学者などの知識人の政治プランを大衆的運動体に押し付けることになる。もし、そうしたいなら、そのようにはっきり提起すべきであり、そうすれば、それをめぐって政治論議が運動内でできるのである。その政治意図を隠して、問題をあたかも当然の摂理のような形で、提起するなら、それはごまかしであり、運動にとって、マイナスになる。公然と政治論議をすることによってこそ、運動は自己の弱点を正すことができるのであり、それによって、運動主体の意識が高まり、高度化するのである。

 『提言』のこの部分は、そういう点で問題がある。

③市民運動との能動的連携の必要性

 部落解放運動は、労働運動や平和運動へ積極的に参加してきた輝かしい伝統を持っている。たとえば全国水平社の時代には、各地で小作争議や労働争議に参加した。戦後においても、三井・三池闘争、安保闘争などに部落解放同盟の参加があった。最近でも、原水禁運動や護憲運動へ積極的に参加している。
 また、宗教、教育、文化、労働、企業など各界各方面において、部落差別撤廃をめざす取り組みが進展し、連帯の輪が広がった。部落解放同盟は、今後ともその連携を重視し、部落差別撤廃のみならず、新たに生起する人権上の諸問題の解決に向けた取り組みを強化していかなければならない。
 今日、グローバル化のもとでの自由主義市場経済が世界を席巻していることによって、さまざまな面で諸矛盾が噴出してきている。この結果、世界的には、従来から人類的課題として取り組まれてきた核兵器の廃絶といった課題に加えて、地球環境保護に関わった諸課題、世界各地で後を絶たない内戦、飢餓、HIVの蔓延などに代表される諸課題がある。日本国内においても、格差拡大社会が到来した結果、野宿生活者、フリーターやニートと呼ばれる若年層やワーキングプアなどの不安定労働者が増大して生存権が脅かされてきている。労働現場を見ても、正規労働者が減少し、非正規労働者が3分の1を占めるまでに至っている。児童虐待や学校でのいじめ、DVなどの人権課題も深刻な社会問題となってきている。
 部落解放同盟としても、こうした時代状況を踏まえ、従来の平和運動や護憲運動への参加に加えて、人類の生存にかかわる環境保護の運動、各種の反差別・人権運動、さらには市民運動へも積極的に参加していくことが求められている。
 さまざまな運動に、部落解放同盟が積極的に参加することによって、それらの運動が掲げている課題の達成に貢献するとともに、部落問題に対する関心の拡大と部落解放運動に対する信頼が深まっていくのである。何よりも部落解放運動が常に市民的共感とともに歩んでほしいと願う。また、こうした協働の中から、これからの部落解放運動の展開に役立つ貴重なヒントを得ることもできる。
 これらのさまざまな運動に参加する際、部落解放同盟の組織体として参加するだけでなく、一人ひとりの同盟員が、個人として、自覚的に参加することがとりわけ重要である。
 さまざまな運動へ積極的に参加していく際の留意点としては、以下の諸点が挙げられる。
..従来の平和運動や護憲運動とともに、地球環境保護や地域の文化振興、これらの課題を担う青少年の育成、そして、さまざまな反差別・人権課題に取り組む運動にも積極的な関心を持つこと。
..組織としてだけでなく、同盟員個人としてもNPOなどに参加し、その運動の中で積極的な役割を果たすこと。
..さまざまな運動に参加する人々に部落問題と部落解放運動を訴え、理解を求めていくこと。

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解同の危機

  部落解放同盟は、大阪の「飛鳥会」事件や奈良の解放同盟幹部の不祥事や京都の事件などを受けて危機に陥っている。解放同盟中央の依頼で「部落解放運動に対する提言委員会」(座長・上田正昭京都大学名誉教授)が発表した「一連の不祥事の分析と部落解放運動の再生にむけて」(2007年12月12日)は、強い危機感を示している。

  「部落解放運動は、戦後最大の危機に直面している。運動理念も衰退し、組織実態においても空洞化がみられる。被差別民の集団としては、世界最初の人権宣言と言ってもよい「水平社宣言」のもとに出発した全国水平社であるが、その85年におよぶ輝かしい闘いの歴史も、このままでは地に堕ちることになりかねない。
  このような状態がさらに続けば、さまざまの差別から人間を解放する先駆けとして、部落解放運動に心を寄せてきた人々の心も離れていくことになる。部落解放運動が全国水平社以来の苦闘のなかで積み上げてきた多大な成果や社会改革への取り組みも、このままでは生気を失い、それらの成果を受け継ぎ切りひらくべき次の時代を担うことは困難となる。今回の不祥事は、部落解放同盟の存在意義そのものが根本から問われる緊急事態である」。

  全解連が国民融合の妨害者と批判してきた解同の危機は、かれらの国民融合の前進へのチャンスとうつっているはずである。解同が、資本主義批判―共産主義と部落解放運動との結びつきを絶ったことは、こうした内部腐敗に対する根本的批判の基準を捨てたことを意味し、資本・貨幣・商品の力の内部への浸透を防ぐ防波堤を低めたと思う。同和利権は昔から言われてきたことだが、以前はまだそれを使って先に豊かになったものが、仲間を続いて引き上げるということがあって、たんなる私益の追求というものではなかったのではないだろうか。同和事業に企業を起こしてそこに同和地区から人を雇うというような形で貧困からの脱出をはかろうとしたということだったろう。

  この「提言」を含めて、解同の問題については、別に検討してみたいが、とりあえず、「提言」で、目に付いたところをいくつかピックアップしておく。

  「とりわけ、被差別部落において困難をかかえた底辺層の人びとを数多く救済してきたことは、部落解放同盟の誇りとすべきところである」

  「部落解放同盟中央本部は、今日の事態を「戦後最大の危機」ととらえている」。

  「このまま放置すれば、組織も運動も崩壊の瀬戸際に立たされ、そればかりか、これまで血と汗で営々と積み上げてきた運動の成果が水泡に帰す恐れすらある」。

  「「部落解放運動は人間解放を担いうるか」が根源から問われている」。

  「部落解放運動は、水平社の時代から、単に部落民のみならず、すべての人間の解放をめざす普遍的な原理に根ざしていた。決して部落差別だけが孤立して存在する問題ではなく、あらゆる差別は根底ではつながっているからである」。

  「さまざまな人権課題が存在するが、どの課題が大きいとか小さいとか、どの痛みが重いとか軽いとか、秤にかけることはできない。日本社会では部落差別こそが最も深刻な問題であるという「部落差別最深刻論」の展開が、時には方向を間違えて排除の論理に陥り、他の人権課題に関わる人々との間に溝を生じさせたきらいがある。誤解もあるようだが、手を携えて活動すべき他のマイノリティ団体から「部落解放同盟と一緒になると、脇に追いやられてしまう」という不満の声が聞かれることもある」。

  「労働運動の分野でも、昔は炭鉱労働運動を同盟員が担ってきたし、清掃労働者やと場の労働者の地位確立運動とか経済闘争などにも部落解放同盟は大きな役割を果たしてきた。しかし、今回不祥事を起こした市の清掃などの現業職場では、不祥事に関わった者たちは労働組合にも入っていなかったという現実がある」。

  「部落解放同盟の側は「この指とまれ」ではなく、自ら進んで、かつ謙虚な姿勢で、さまざまな市民運動と連携する水平な関係を作り出さないと、運動の孤立化を招く」。

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弁証法と部落問題

  同和問題について調べていたら、和歌山の全解連系の雑賀光夫という学校の元先生のホームページがあった。見ると、昔、紀北唯物論研究会というのをやっていて、唯物論や弁証法について勉強したという。そこで、レーニンの労働組合論のブハーリン批判のところで、レーニンが弁証法について述べている部分を勉強したとある。

  それは、『ふたたび労働組合について 現在の情勢について』という題で、レーニン全集32巻(大月書店)にある以下の部分である。

  「コップは、争う余地なく、ガラスの円筒でもあるし、飲むための道具でもある。しかし、コップは、これら二つの属性もしくは性質もしくは側面だけではなく、無限に多くの他の属性、性質、側面、爾余の全世界との相互関係と「媒介」をもっている。コップは重い物体であって、投げつける道具となりうる。コップは文鎮にもなるし、つかまえた蝶の入れ場所にもなる。コップは、飲む役にたつかどうか、ガラスで出来ているかどうか、形が円筒形か、それとも完全な円筒形をしていないか、にはまったく関係なく、美術彫刻や画をかいた品物として価値をもつこともありうる。その他、等々。
  さらに、もし私がいま飲むための道具としてコップを必要とするなら、それが完全な円筒形であるかどうか、それがほんとうにガラス製であるかどうか、私にとってまったく重要ではない。そのかわり、底にひび割れがないこと、このコップをつかうときにくちびるを傷つけたりしないこと、などがたいせつである。ところが、もし私が飲むためでなく、どんなガラスの円筒でも間に合うような用途のためにコップを必要とするなら、底にひび割れのあるコップでも、あるいはまったく底のないものでも、私にとっていっこうさしつかえない、等々。
  学校でおしえるのは形式論理学(訂正していえば―学校の低学年にはそれにかぎられなければならないが、この形式論理学は、もっとも普通なもの、あるいはも、っとも頻繁に目にうつるのを準拠として、形式的規定をとり、それにとどまっている。もし、このばあい、二つないしそれ以上の異なった規定をとって、それらを(ガラスの円筒と、飲むための道具とを)まったく偶然に結合すると、対象のさまざまな側面をしめすだけの折衷的な規定がえられる。
  弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる。これが第一。第二に、弁証法的論理学は、対象を、その発展、「自己運動」(ヘーゲルがしばしば言っているように)、変化においてとらえることを要求する。このことは、コップについては、すぐには明らかにはならない。だが、コップとて、永久に不変ではない。また、とくにコップの用途、その使用、その周囲の世界との連関は変化する。第三に、人間の実践全体は、真理の基準としても、対象と人間が必要とするものとの連関の実践的規定者としても、対象の完全な「規定」にはいらなければならない。第四に、弁証法的論理学は、故プレハーノフがヘーゲルにならってこのんで言ったように、「抽象的真理はない、真理は具体的であることをおしえている」(92頁)。

  雑賀氏は次のように言う。

                                 県学習協副会長 雑賀光夫

* 渡辺広先生が後なくなられ、この文は追悼文になってしまった。

部落差別と弁証法 メモ1970年5月18日北唯物論研紀究会(注1) 雑賀光夫 

「部落差別の本質はなにか」が、近ごろ大阪問題とからんでよく論じられます。

(1)北原泰作氏はいう
 「部落差別には大きく分けて二つの要素があります。その一つは身分差別の問題であり、他の一つは貧困の問題であります。この二つの要素は、切り離すことができな関連性があるので、別々に考えることはまちがいであり統一的に把握しなければならぬとうことが主張されてきました。………。
  けれども部落問題を社会科学的に分析して検討する場合、この二つの要素を一応区別して考えることも必要があると思ます。
  そこで部落差別とはなにかと言えば、それは、人種・民族差別でなく身分差別であります。身分差別と一口でっても、封建時代の身分差別と近代社会の身分差別とはちがいます。」①(一九六七年五月、部落解放研究集会)
  同じ北原氏は、一九五七年に次ぎのように言っていた。
  「今日、部落大衆が苦しめられてる基本的な、主要な矛盾は、反封建的な身分関係ではなく、資本主義的な階級関係である。………身分差別の矛盾は存在するが、それは主要な矛盾ではなく、副次的・第二義的な矛盾である。」②
  十年間の間に、北原氏はその主張を180゜変えたのである。

(2)身分と階級をどうとらえるか

①身分差別という矛盾、階級差別という矛盾の関係をどうとらえるかの問題。

  部落問題にあっては、身分差別と階級差別は一つの矛盾をつくっているわけであるから、この矛盾の二つの側面、この矛盾の構造をどうとらえるかと言い換えてもよい。

②北原氏の②の見解には、「主要な矛盾と矛盾の主要な側面」をとらえるという方法によって矛盾を整理しようという試みがみられる。

③この方法は、毛沢東の「矛盾論」の中でもっとも重視されている方法であり、一つの有効な方法であることはまちがない。しかし、その方法は、矛盾の大小関係を平面的にとらえるにとどまり、矛盾の相互関係や構造はとらえられないという限界を持ってる。

④レーニンは、1920年代の労働組合につての論文の中で、ブハーリンを批判して「弁証法と折衷主義を混同してはならな」といましめてる。

  ブハーリンは”政治と経済を統一してとらえる”ことを主張したが、レーニンは、
”「あれも」「これも」というのは折衷主義である。「政治は経済の集中的表現である」というとらえかたをふまえて統一しなければならない”ことを強調した。

⑤私たちが部落問題をとらえる方法論上の出発点は、「身分は階級をおおいかくす法制的ヴェールである」というとらえかたである。身分と階級とは、このとらえかたの中で、はじめて弁証法的に統一してとらえられる。その矛盾をさらに分析していくのに有効な方法は、「形式と内容」「本質と現象」についての弁証法であろうと思われる。

⑥このとらえ方をぬきにした「主要な矛盾論」は、たやすく180゜の転換をしてしまうのである。

⑦その分析から、戦術的には身分差別の面が重視され、戦略的には階級支配の面が重視されねばならないということ、いいかえれば、戦術的には民主運動との区別が、戦略的には統一が重視されねばならないとう結論になる。

(3)本質と現象の弁証法につての一部の人々の無理解が混乱を生んでいることについて

①「差別の本質」「部落差別の本質」ということばがよくつかわれる。しかし、本質と現象は固定したものではない。差別一般についていえば、その本質は分裂支配であり、その特殊的な現れである部落差別についていえば、その本質は身分差別だといってよい。しかし、差別一般という広い立場から見直すと、身分差別は分裂支配という本質の現象形態でもある。
  このような「本質と現象」「一般(普遍)性・特殊性・個別性」という弁証法の理解は、決定的に重要であろうとおもわれる。
  だから、部落差別の本質をさらに正確に規定しようとすれば、「身分差別を利用した分裂支配」といわなくてはならない。

  これを読むと、朝田理論の「主要な生産関係からの排除」というのは、毛沢東の矛盾論を使ったものなのかもしれないと思う。雑賀氏は、政治本質論をとり、それは分裂支配ということだと述べている。また氏は、政治起源説を取っている。氏は、朝田路線を融和主義と呼んでいるが、それは部落解放を強く主張することで分裂支配にくみした上に、権力・行政と癒着したということを指しているのだろう。分裂支配という政治的要因が本質であり、その現象が身分差別だというのである。

  上のレーニンの弁証法論理学の説明を読んだはずの雑賀氏は、対象のあらゆる側面を調べなければならないとレーニンがはっきりと述べているのもかかわらず、それを実行に移さずに、毛沢東の矛盾論を安易に対象に当てはめている。真理は具体的であるという点も忘れてしまう。

  中世起源説が有力になってきたのは、政治起源説では説明のつかないことが次々と発見されたからである。もっとも雑賀氏は、必ずしも政治起源説を固守しているわけではないようである。以下のように述べているのである。

政治起源説」にかかわっての学習から
       渡辺広先生の著作から学ぶ

  和教組責善部の討議資料で「政治起源説のあやまり」と書いたことから、少し勉強してみることにした。「未解放部落の源流と変遷」(渡辺広著・一九九四年刊)というかっこうの表題の本がある。言うまでもなく渡辺先生というのは、お亡くなりになった元和歌山大学教授である。
             (一)
  冒頭の「序説」に「かつて私は、『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』(「未解放部落をめぐる学界の動向」)と述べた」(P一三)とある。本書に収められているその出典にあたってみると一九五七年にかかれた論文である。その論文の終わりの方で、東上高志氏が「部落という現実に存在する部落差別は………特定の社会構成体の中で『国家権力』によって政治的に、身分制度として作り出されたものであって………」述べたのに対置して「これに対して私は、未解放部落を中世に成立してきた身分的、職業的、地域的差別が、戦国時代以降、とくに近世中期に至って、封建的支配者によってたくみに利用され、強化され、制度化されたものと考える。」(渡辺前掲書P五二)とかかれてる。
             (二)
  これだけでは、東上先生と渡辺先生の見解の違が、ピンとこなかもしれない。
  渡辺広先生は、一九八九年から九〇年にかけて「和歌山の同和教育」(和同教機関紙)に「歴史的に見た未解放部落」という連載をかかれた。そこで、「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考えがあります。この考え方が、『部落差別の制度(江戸時代の賤民制度)が行政的につくられた』とう意味であれば正しいわけです。しかし、そうではなくて、『部落(または部落差別)そのものが行政的につくられた』という意味であれば正しくありません。国家権力は、どのようにして部落(部落差別)そのものを作り出したのでしょうか。」と述べておられる。(前掲書P三四〇ー四一)
  さらに「『部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた』という考え方の中には、『変化の中に連続性を自覚する感覚』か欠け………」とし、大阪歴教協高槻支部の「部落の成立をどう教えるか」を紹介します。そこでは、以下のように解説されてたのでした。
  「『えた』の場合のきめ方は、もっと無ちゃくちゃなものでした。何の理由もなしに『明日からこの村はえたの村とする』と幕府が勝手に決めたのです。『えたの村とする』と決められた村に住んでた人は、そのまま『えた』の身分とされたのです」(季刊「同和教育運動」六号)
  ここまで示されれば、かつての東上先生の説を渡辺先生が批判した理由が分かります。単純な「政治起源説」は、このような歴史のあやまった単純化に導くのです。
  大阪だけの問題ではありませんでした。和歌山県内でも、部落の起源を「殿様のわるだくみ」とする教材が、一時、すばらしい教材だと言われたのですが、渡辺先生の提起をうけとめ、再検討されたのでした。

             (三)
  東上先生や渡辺先生のような、偉い先生が論争するのでは、われわれ一般教員は、何を頼りにしたらいいのかとう質問が出されそうです。
  渡辺広先生は、中学校・高校の先生が、「部落の歴史」をとりだして一生懸命教えようとしているのを見て「そんなに教えたら、大学で教えることがなくなってしまう」と言われたことがあるそうです。これは、先生一流の皮肉です。先生は、歴史学習の中で、「部落の歴史」だけを突出して教えることの問題を指摘されたのでしょう。
  「同和教育」では、善意からであれ、「部落差別をなくす」という目的から、説明しやすように「部落の歴史」をくみたて、突出して教える傾向に陥ってたのではないでしょうか。大きく言えば、部落解放運動がすすめやすいように、部落の歴史や起源を組み立てたとも言えます。
 「部落は、武士階級の国家権力によって、行政的につくられた」という説明に立ち返ってみると、この言い方が「行政がつくったものは、行政の責任でなくせるし、なくさなくてはならない」という「結論」に直結できるように組み立てられていることを、すぐ看取ることができます。渡辺先生は、大目に見てますが、「行政的につくられた」という言い方もおかしなものです。江戸時代の政治を「行政」というのでしょうか?
  渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています。(前掲書P五二)

  一方では、レーニンの唯物論や弁証法を引っ張り出しながら、他方では、「渡辺先生は、「一定の政治的見解をうらづけるための学問研究などというものはナンセンスである。」という歴史学者・羽仁五郎の見解を支持するとして、部落の起源についての説明が「行政闘争」との関係でだされてきているという指摘をされています」とレーニンの思想を見事にひっくり返している。雑賀氏も読んだというレーニンの『唯物論と経験批判論』には、唯物論の党派性ということがはっきり書かれている。

  『未解放部落というのは政治的関係のみによって存在しているのではない。政治的関係も、経済的関係、社会的関係を基礎としているのである。未解放部落は生活関係の産物である。』という渡辺氏の視点そのものは正しい。これから言えば、封建遺制の民主化による国民融合という全解連の国民融合論はまちがいだという結論になるはずである。

  中世的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、部落差別になる差別があったとなると、資本主義的な政治的関係、経済的関係、社会的関係を基礎として、資本主義的な部落差別がありうることになる。封建的な身分差別が資本主義的な身分差別に転化することはありうるし、実際にそうなのである。分裂支配に身分差別を利用したというのは、政治的関係のみを部落差別の基礎と見なすものであり、経済的関係、社会的関係を事実上、捨象するもので、弁証法的ではない。これは講座派と共通する問題点である。それに対する労農派は、経済的土台による上部構造の規定ということをスタティックに、形式論理学的に適用して、講座派に対置した。つまり労農派にも問題がある。

  「弁証法的論理学は、われわれがもっとさきへ進むことを要求する。対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と「媒介」を把握し、研究しなければならない。われわれは、けっして、それを完全に達成することはないだろうが、全面性という要求は、われわれに誤りや感覚喪失に陥らないように用心させてくれる」ということからは、部落差別を階級関係一般としてそれと抽象的に連関させるだけではまったく不十分であるということになる。資本主義的階級関係は、「自然史」として現われるのであり、それを土台にして、階級的な政治意思が形成されるのである。明治政府は当初は身分解体を意図したのであるが、現実の社会関係に圧されて、中途半端なことになったのであり、それから資本主義的社会諸関係が広まるにつれて、社会諸関係がそれによって再編成されていったのである。その過程で、労働の階層編成や資本制大企業を頂点とする産業編成やヒエラルヒーや地主―小作関係の広まりや農民の階層編成とかいろいろな変化の中で、部落は相対的過剰人口へと組み込まれていったのである。戦後においてもそれは続いたのであり、だからこそ、行政施策などを必要としたのである。

  毛沢東の矛盾論については、はたしてそれが弁証法を発展させたものなのかどうかを調べなおした方がいいように思う。アルチュセールというフランスの哲学者は、毛沢東の矛盾論を高く買っているのであるが、どうなんだろう?

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洞爺湖サミットによせて

  もうじき洞爺湖サミットがあるが、ここでは、今回は主に環境問題がテーマとなると言われている。

 もちろん、地球環境問題が、人類にとって大問題であることは言うまでもない。

 ただ、それは今日の経済活動によって生み出されている問題であるから、経済問題でもある。それは世界市場の問題でもある。

 昨日まで世界経済の枠組みだったのが、「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれる世界貿易の国際ルールの体制である。それが、今、WTO(世界貿易機関)に変わった。

 「ブレトン・ウッズ体制」は、有名な経済学者ケインズが参加して決定されたルールを基本にしている。したがって、それは、ケインズ経済学の基本的な考え方に基づいている。

 すなわち、「アメリカ発の世界恐慌が、その波及を経済のブロック化で防ごうとしたことが世界大戦を引き起こしたとの反省から、貿易による生活水準の向上、完全雇用、実質賃金増、有効需要の増加、資源の有効利用などを目的に、「関税その他の貿易障壁を実質的に軽減し、国際通商における差別的待遇を廃止するための相互的かつ互恵的な取り決めを締結する」(ガット協定前文)」(『共産主義運動年誌』第9号2008年)流広志「WTO体制と反グローバル運動・反貧困闘争について」53ページ)というものである。自由貿易とはいえ、国際ルールによる需要や投資や雇用や資源管理などの国際管理を目指しているわけで、今のWTOのように、市場主義的な自由貿易体制を目指したわけではない。とはいえ、すでに、世界銀行やIMF(国際通貨基金)を加えた「ブレトン・ウッズ体制」は、多国籍資本の運動にとって制約となってきたこともあり、規制緩和など投資の管理ではなく、自由などの資本の自由を拡大する形の新国際貿易ルールの必要が強調され、世銀やIMFが、まず、その魁として、新自由主義的政策を採用し、ガットの方も、WTOに改組されたわけである。

 しかし、それは、国益の衝突などによって、なかなか進まない。そのうちに、アメリカで、サブプライム・ローン破綻から金融危機、景気後退が起き、さらに原油・食料品などの価格上昇が起きて、アメリカはスタグフレーションに陥りつつある。

 私は別に岩田弘説に賛成するわけではないが、岩田説によると基軸通貨国アメリカは、「国民通貨が国際通貨たるためには、国際収支差額(流動性)を戦後のドルのように世界に供給する力(輸入等)がなければならない」(旭凡太郎「戦後マルクス主義の総括のために」同上140ページ)ということで、輸入力、あるいは資本受け入れの力によって、戦後世界経済体制を支えてきたわけであり、アメリカの輸入や投資受け入れの力の減退は、国際通貨危機、国際金融危機ひいては世界貿易体制の危機を呼び起こすことになるということである。

 1971年の金=ドル兌換の停止といういわゆるニクソン・ショックは、宇野経済学派の貨幣の成立によって、商品間の関係としての価値規定は、貨幣による積極的な働きかけによる価値規定に変わったとする説からする、貨幣=金との関係を断たれたドルの価値は、歯止めを失って、インフレを高進させる一方で、世界経済は破局に向かっているとする説は、その後の現実によって破綻した。商品価値が貨幣価値を規定するという『資本論』でマルクスが説いた説が正しかったのである。金=ドル兌換停止後、商品価値を積極的に規定するはずの貨幣=金との関係を断たれたドルは、いまだに、国際通貨として機能しているではないか!

 アメリカ経済の危機は、アメリカ向け輸出によって経済成長を続けてきた中国経済にとって打撃であるし、多くの国々にとっても打撃である。EUは、アメリカ依存からの脱却を目指してきたが、サブプライムローン破綻で、金融部門での打撃が大きく、さらに原油などの価格上昇が加わって、経済的打撃を受けている。投資先を失った投機マネーが、商品市場に流れ込んで、物価上昇に追い討ちをかけている。産油国はもちろん大もうけをしているが、その膨大なオイルマネーの有効な投資先があまりない。国内投資、建設ラッシュも続いているようである。それによって、労働力不足が起きて、家父長的なイスラム主義の規範も緩んで、女性が働きに出ることも増えているようだ。

 こうして、世界経済は、WTO体制のもとで、大きくかく乱され、揺れ動き、不安定さを増しており、それを管理する力を失いつつある。その結果、富と貧困の対立という近代的矛盾が拡大している。戦後、ソ連があった時代には、対抗上、この対立はある程度緩和されてきたわけだが、今やこの対立は、先鋭化している。ソ連崩壊からわずか17年しかたっていないというのにである。無政府的資本主義の巨大な力のおかげである。この暴風を、洞爺湖サミットでの多少の改良策、しかも投資による解決というおよそ解決とは言いがたい消極的な解決策ではどうにもならないことは明らかである。この巨大化した生産力をしっかりと統制できるような国際的な力が必要である。それは今は小さいものでしかないが、早急に、それを必要としていることは明らかである。
 

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部落問題によせて

  日本には、部落問題というものがある。今いろいろと問題になっているこの問題について考えてみたい。

  全解連(全国部落解放運動連合会)の文章がウェブにある。それによると、「部落問題とは、封建的身分制に起因する問題題であり、国民の一部が歴史的に、また地域的に蔑視され、職業、居住、結婚の自由を奪われるなど、不当な人権侵害をうけ、劣悪な生活を余儀なくされてきた問題」だという。そして、「部落問題の解決とは、・部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、①部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされること、②部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、③地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること、である」と言う。

  いわゆる部落近世政治起因説にたって、封建身分制の残滓として部落差別があるというのである。近世政治起源説に対しては、中世起源説が唱えられ、有力な学説となりつつある。政治起源説に立つ全解連は、近代下の部落差別を封建遺制ととらえ、戦後の民主化によって解消に向かっていると主張している。

  「部落問題は、部落住民自身の努力、部落解放運動の取り組み、同和対策の実施、国民的理解の広まりなどにより、解決に向かって大きく前進してきた。/部落問題解決の到達点は、①周辺地域との生活上にみられた格差が基本的に解消されたこと、・旧身分にかかわる差別が大幅に減少してきていること、②住民の間で歴史的後進性が薄れ、部落問題解決の主体が形成されてきたこと、③かつての部落の構成や実態も大きく変化し、部落の閉鎖性が弱まり、社会的交流が進展したこと、である。/部落問題解決は、いま最終段階を迎え、しかも総仕上げの局面に至っている。このことが部落解放運動の終結・発展的転換を必然化させる要因となっている」とかれらは主張する。

  そして、「(4)総仕上げの局面での運動の課題」として、以下の6点をあげている。

 (1) われわれは、部落を含む地域社会全体を視野に入れ、部落内外に共通してみられる問題や課題を解決するため、地域で共同の住民運動を大きく前進させて、組織の拡大強化をはかりながら、民主的な地域づくりと主体形成を実現してゆく。

 (2) われわれは、反動支配勢力が同和対策を利用して部落住民の間での自立の阻害や民主的自覚を押さえ込むのを許さず、特権的な同和行政や分離主義の「同和教育」など、行政によって生み出されている同和の枠組みや不公正・乱脈な行政運営を早急に除去し、終結をはかる。

 (3) われわれは、権力とのたたかいを放棄し、権力にすり寄り依拠することによって、部落排外主義路線の維持・延命をはかろうとしている「解同」の策動を許さず、私的制裁など違法性をもった「確認・糾弾」行為や、「部落民以外はすべて差別者」とする部落排外主義にもとづく国民敵視のあらゆる蛮行を社会的に取り除く。

 (4) われわれは、部落排外主義の現れ方を深く分析し、その克服のために、それぞれの地域で中心的役割を担い、具体的に問題を解決してゆく。このたたかいが運動の発展的転換を現実のものにする上で大きな役割を果たすことになる。

 (5) われわれは、国民の人権を保障する行政の責務を放棄して、人権問題をもっぱら国民の意識の遅れに責任を転嫁し、国民を教化の対象に位置づけ、「人権」の名のもとに国民の心の中に踏み込みかねない権力による行政主導の「啓発」推進体制づくりを打ち破る。

 (6) 同時に、われわれは、①部落問題解決の到達段階について理解を広げ、②部落差別を受け入れない社会的世論を広め、③人権と民主主義を尊ぶ地域社会の実現をはかり、④住民の間で自立意識を高め、被害者意識の克服と旧身分にかかわるわだかまりを取り除き、国民融合を押し進める。

  全解連は、部落解放運動が部落民の自己解放運動であるという視点を見失っている。かれらが敵視する朝田理論は、部落が相対的過剰人口化されているという資本主義の蓄積法則によって再生産されているといういわゆる「沈め石」論をまったく無視している。大阪でも京都でも、相対的過剰労働力とされた層、在日も、混住しており、過剰労働力のプールとなってきた。その点で、部落差別には、資本主義化の中で、相対的過剰人口への差別が含まれているのである。それは、横山源之助が『日本の下層社会』で、職工をスラムの住民とともに〈下層社会〉の一員として記述し、工場労働者を〈細民〉となづけているわけだが、こうした層として部落が再編されていく過程があったということである。朝田理論の主要な生産関係からの排除というのは、相対的過剰人口化というように理解できる。

  同和対策措置法による行政施策などによって、公務員となる者や「主要な生産関係」に入るものも増えている。それをもって、国民融合が進んだというのはどうか。資本主義経済では、相対的過剰人口は、増えたり減ったりするのであり、経済状況次第で、「主要な生産関係」からこの層に落ちてくる者も出る。部落民の就業実態の調査データを見て、それを「国民」全体のデータと比較してみなければわからないが、いったんこの層に入ると簡単に抜け出せないことは、この間話題になっているワーキングプア問題から明らかであるから、今後の推移に注意が必要である。

  全解連は、「現在、わが国では、アメリカと日本の大資本の利益に奉仕する歴代反動政治のもとで、国民の人権と民主主義の前進が大きく妨げられている。しかも公権力や「解同」は、国民の「人権意識」や「差別意識」を問題にし、国民の自由な意思形成への管理統制を新たに強めようとしている」として、権力と部落解放同盟がまるで一体と言わんばかりに、「国民の自由な意思形成への管理統制を新たに強めようとしている」と警戒心を露にしている。これは、解放同盟が進めている「差別禁止法」制定運動を指しているのだろう。

  そして、全解連は、以下のように言う。

 部落問題の解決は、独占資本と反動勢力の横暴な支配を民主的に規制し、民主主義を確立・推進するたたかいを前進させることによって実現できる。

 われわれは、戦後の部落解放運動の歴史から学び、懐柔と分断を許さず、民主勢力の一翼として部落問題を解決していく決意である。

 われわれは、権力による人権侵害を告発し、国家権力の責任において、国民の基本的人権の確立とその拡充を保障させるために、今後とも引き続き奮闘する。

 そして、日本国憲法の改悪に反対し、平和的民主的条項の完全実施、日米安保条約の廃棄、非同盟・中立の実現、国民が主人公の政治の実現、民主的地方自治の確立、社会進歩と民主主義の発展、国民生活向上をめざす国民的な協力・共同を前進させるものである。

 こうした運動による住民と地域の民主的力量の成長が反動支配勢力や「解同」の策動を打破する保障となる。

(6)地域住民運動の展望と新たな運動体への発展的転換

 今、住民は、人間が大切にされる地域社会の実現を求めている。その要求には、犯罪や災害からの安全、平和な社会、健康で文化的な生活の実現、在宅・地域福祉の充実、就労の拡大、産業の振興、学習・文化・スポーツへの参加、いじめや体罰の根絶、地域の伝統と快適な自然・環境の保全、行き届いた交通網の確立、自由な意見交換、誰もが平等への願い、情報公開・知る権利・プライバシー権の確立、住民参加の地域づくり、住民が主人公の政治の実現、など多様な内容がある。

 これら地域住民の要求は、地域社会において実現していく性格と課題を有している。ここに、住民の諸要求の実現と地域の民主化をはかる地域住民運動が成り立つ基盤がある。

 われわれは、憲法の保障する人間らしい生活ができる地域社会を実現のため、人権と民主主義、住民自治の確立に向け、主体的・集団的営みと住民自治の自覚にもとづいて、自らの諸権利の擁護と新たな権利の創造をともなう地域住民運動を展開する。

 その課題は、 ①諸要求を結集し、生活破壊の悪政とたたかい、人権と民主主義、住民自治が尊ばれる「人間らしい生活ができる地域社会」を実現する、②住民相互の助け合いの輪を広げ、住民の連帯感と共同をつちかう、③保守的地域支配を許さず、住民が地域の主人公である地域民主主義の前進と、町内会・自治会の民主化を実現する、④いっさいの暴力やどう喝、住民分断の策動を許さず、住民が平和と安全の内に生活できる地域社会をつくりだす、⑤国民の内心に踏み込みかねない行政主導の「啓発」体制を打ち破り、住民の自主的学習活動によって、真の人権認識を深める、⑥自治体の民主的刷新を実現し、住民本位の地域づくりの確かな政治的保障をはかる、ことなどである。

 われわれは、総仕上げの局面における部落問題解決の諸課題を早急に達成し、同時に地域で部落内外の共通要求にもとづく共同の住民運動を前進させ、新たな運動体への発展的転換をはかるために全力をあげる。

  これを書いた本人も具体的に理解できないであろう抽象的な言葉が並んでいる。これまでの歴史から見て、これは共産党の地域支配を意味していると読むべきだろう。なぜなら、もともと戦後の部落解放運動は、解同朝田体制になって分裂するまでは、共産党支配だったが、その時代に、共産党は、部落解放運動を政治利用したからである。民主勢力の一部であることは、部落解放運動の闘いを後景化させたり、消極化させることを意味しない。まったく逆である。民主主義運動をプロレタリアートの利害に従属させるとは、革命と結びつけるということであり、民主主義を死滅させるまでに高めるということである。それ以下だと改良主義の範囲内で終わってしまい、ブルジョア民主主義で終わってしまうということだ。この観点からは、この間の解同の腐敗の原因の一つは、民主主義の不徹底にあると言える。それに対して、全解連は、抽象的民主主義、すなわちブルジョア民主主義を対置しており、反動的である。部落を再生産している相対的過剰人口という資本蓄積法則の廃絶抜きに部落差別がなくなることはないと思う。労働者の差別・分断支配の中に部落差別が組み込まれているのであり、部落差別は、相対的過剰人口としての下層(日雇・零細商人・零細職人・小農・細民・失業者・半失業者・・)を再生産する近代的構造に根ざした差別なのである。朝田理論は、わかりづらいけれども、そのことを「低賃金の沈め石」論で不十分ながらも一応指摘はしているのである。

このことに、部落解放運動が社会主義と結びつく根拠があるのだが、今の解同中央派の「日本のこえ」派は、それを断ち切って、人権運動にしてしまった。同和対策特別措置法停止から5年を超えた今、ワーキングプアが増え、あるいは差別落書き事件が増えている。今、部落にどういう変化が起きているのかをしっかり見る必要がある。

  「今、住民は、人間が大切にされる地域社会の実現を求めている。その要求には、犯罪や災害からの安全、平和な社会、健康で文化的な生活の実現、在宅・地域福祉の充実、就労の拡大、産業の振興、学習・文化・スポーツへの参加、いじめや体罰の根絶、地域の伝統と快適な自然・環境の保全、行き届いた交通網の確立、自由な意見交換、誰もが平等への願い、情報公開・知る権利・プライバシー権の確立、住民参加の地域づくり、住民が主人公の政治の実現、など多様な内容がある」という課題があげられているが、部落という言葉がまったく出てこない。ここには、住民一般の要求が掲げられているだけである。

  朝田理論は、部落問題を「国民」「住民」一般に解消するのではなく、階級階層関係の中でとらえようとした。相対的過剰人口が階層として下層に置かれ、差別されていることと部落差別は関連している。朝田理論からは、この層が、高度経済成長の中で減少したことと部落問題の表面上の「解消」が進んだことの関係が見えてくるが、全解連の主張からは、米日反動とそれにくみする解放同盟による妨害という政治的要因による「国民融合」の阻害という図式しか見えてこない。反動に対置されているのは、日共の民主勢力の統一戦線による地域支配ということである。それは、人権と民主主義一般に対する反動に対置されているのである。

  部落問題は、多数派と少数派との関係の問題であり、だからこそ、同和対策特別措置法を必要としたのである。それを行政や権力との癒着のように描くのは、不当である。そこにさまざまな問題を抱えていることは事実であるが、歴史的には、民衆による差別を政治権力が利用したのである。それを近代的に再編して、相対的過剰人口に組み込んだわけである。このような層としての利害から、米騒動への部落民の大量参加ということがあったわけである。当時で言う「細民」との共通利害が強くあったのである。

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京都の話

先日、京都に行った。雨が降ったり止んだりのあいにくの天気だったが、久しぶりだったし、時間もあったので、百万扁のあたりを歩いてみた。

  比叡山のところどころから、蒸気の煙が立ち昇っていた。

  京都は、小商人と小職人いわゆる町衆の町である。もちろん、京セラのような大企業もあるけれども、町屋を作業場・売り場とする小工業・小商売の町である。もちろん、中心から離れれば、工業地帯もあるし、大型店もある。

  気になったのは、京都駅近くのあたりの町並みの空洞化が激しいことである。

  京都駅はずいぶんりっぱになったが、なんだか親しみにくい感じがする。

  他の都市に比べて、景観保護条例のためか、町の様子があまり変わっていないのがよい。

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労働の戦時体制について

  最近はバックラッシュ派の勢いがすっかり落ちてしまって、なんだか拍子抜けである。

  かれらの源流を知るために、まずは、労働をめぐる戦時体制について振り返っておこう。

  そもそも日本の労働運動は、明治にアメリカのAFLという熟練労働者の労働組合運動の影響から始まった。アメリカ帰りの高野房太郎らによって労働組合期成会ができ、1892年12月鉄工組合というクラフト・ユニオンが作られた。これはさしたる成果もあげられず、1900年には活動停止状態になる。

  第一次世界大戦後、1912年キリスト教社会主義者の鈴木文治らによって友愛会が結成される。友愛会は、労働者の相互扶助、見聞の拡大、知識の研鑚、道徳品性の修養、地位の向上、親睦などを掲げた。そして、「労働問題の真髄は人格問題である」と主張した。

  鈴木は、「労資の衝突は、「新旧思想の衝突」「新思想とは何ぞや、曰く、労働階級の権利思想の発展、人格承認の要求、これである」と述べた。ここで彼の言う「資」は、旧思想・前近代的・封建的思想を表しており、それを代表する階級である。「労」は、近代的・人権思想を表し、それを代表する階級である。階級衝突は、思想闘争であり、その具現化とされている。

  1919年7周年大会で、大日本労働組合総同盟友愛会になる。

  ヴェルサイユ条約第13章は、一般労働原則に、「労働非商品の原則」を掲げた。

  原内閣は、ILOの発足などを受け、労働政策の見直しを始める。

  19年2月の帝国議会で床次内相は、労使の関係は、従来の主従関係のみいけないとして、労使の協調信愛を主張した。

1929年世界大恐慌、1930年昭和恐慌、31年9月満州事変勃発、15年戦争。

  1932年総同盟と右派組合は、右派統一運動を展開、9月、日本労働組合会議を結成する。かれらは、三反主義、「反共・反無政府主義・反ファシズム」と「健全なる労働組合主義」を掲げる。

  日本主義労働運動は、1933年に日本産業労働倶楽部となる。労使の融合による産業発展を主張した。

  内務省は、「不逞思想」の防止、「国体の本義」の明徴化、「建国の精神(日本精神)」の普及徹底を図るとして、労組の「善導醇化」をのために、産業労働倶楽部の育成を決定する。

  政府は、35年秋、「労資一体の道義的労資関係」の確立、「産業の国家目的」への奉仕を説いた。

  1937年7月、日中戦争勃発。

  1937年8月、国家総動員法にもとづく国民精神総動員運動開始。国民精神総動員中央連盟発足。

  1938年7月、産業報国連盟設立。「企業は事業者従業員各自の職分によって結ばれた有機的組織体」「労資一体」「事業一家」「国家奉仕」などを掲げた。

  1940年近衛内閣発足。「新体制」「経済新体制確立要綱」「勤労新体制確立要綱」閣議決定。勤労者は「天皇の赤子」として同格の人格的尊敬を受けるものとされた。

  同年2月厚生省は、労組の自主的解散を求める。7月、総同盟解散。

  41年9月、政府は、「生産増強」を掲げる。11月、生活給思想を掲げる。年齢に応じた基本給を主体にした月給制。それは、「経済人」から「職分人」への転化を促そうとするものであった。

  同年暮れ、労務調整令(労働者の移動規制)

  42年2月、重要事業場労務管理令。指定工場に労務管理官を派遣し指揮監督にあたらせると共に賃金統制令の適用除外とする。年一回の賃上げを指導。

  43年3月、「賃金対策要綱」閣議決定。「年齢、勤続年数に応ずる基本給制度」「勤労者の生活の恒常性」の確保を求める。

  43年10月、軍需会社法。軍需関連者を徴用扱いにする。

  徴用工のなかに「逃走、欠勤、怠業、二重稼動傾向拡大」

  1945年8月15日、敗戦。

  戦前の総同盟が「三反主義」を掲げたのは、労資の人格的対等を労働者の知識や道徳修養によって達成するためであった。これには、大正デモクラシーの影響があったことはうかがえる。知識・教養・道徳品性において同格となるのが人格の完成とされたのであった。言うまでもなく、これは観念における同格であり、人格的平等であるにすぎない。すべて精神であって、頭の中だけの平等である。

  人格の精神的な内容は、人権から「建国の精神(日本精神)」に簡単に移行してしまう。人とは、一般概念であり、それは特殊には日本人であり、具体的には、人である日本人である個人ということになる。人格主義的労働運動の総同盟が、産業報国会に解体されていったのも、当然だったわけである。今のバックラッシュ派は、人権派を批判していることから、かれらが反人権派と見てはならないのである。かれらにとって、人とは日本人のことであり、日本人権利が人権なのである。だから、かれらは、日本人の人権が侵害されることにははげしく反応し、抗議するのである。別の民族の権利は人権と見ていないので、それには冷淡なのである。

  戦時労働体制の中で、生活給思想や年功序列的な昇給制度や、工員・職員の別に対して、従業員としての企業別組合につながるような思想や体制・制度が作られつつあったことは注目すべきだろう。

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連合赤軍問題によせて

  雑誌『情況』の「連合赤軍特集」を読んだ。

  さまざまな人がいろいろな角度からこの事件について語っている。この事件についての昔からの語り方の大きな特徴として、心理主義とも言うべきものがある。

  そのことを西部邁は対談の中で、小林秀雄の言う「自意識」の問題ということで指摘している。とはいえ、それも映画表現について言っているだけで、連赤事件そのもののことではない。西部の主張は、左翼主義=進歩主義という得意の図式を事件に絡めて宣伝するというだけのものである。西部は、連赤事件がユーモアを欠いたきまじめさによってもたらされたとでも言わんばかりである。そんなことをなんで連赤事件について言わねばならないのかまったくわからない。

  他の人々の文章や発言の多くは、やはり心理主義的なものが多い。後は、歴史の証言的なものが多い。しかし、全体的にはぼやっとしているという印象である。時間の経過ということもあろう。

  ここには出てこないのだが、日共革命左派に日共神奈川左派という日共所感派(徳田球一派)とブント系のML派が深くかかわっているということについてもっと注目すべきだろう。日共は、コミンフォルムの批判の受け入れか拒否かをめぐって所感派と国際派に分裂し、六全協で野合したのだが、60年代に到っても内部では、両派の勢力が残っていて、所感派の神奈川左派や日共山口県委員会の分裂ということが起きているのである。神奈川左派の人々は、革左派に資金提供していたという。ML派からは、革左や労働党などになる部分も生まれ、本体の方は、7・7華青闘告発を契機に解散する。

  連合赤軍自体については、規律や規範についての恣意的な扱いを見ると、坂口の坂東国夫宛手紙にあるように、森・永田の個人独裁的な組織になったのだろう。そういう組織を先に作っていたのは革左であり、最高指導者の川島であった。赤軍派の方は、それほどではなく、しかもほとんどの旧指導部は獄中にあって、森を実効的に指導できるものはいなかった。

  その森の遺書も載っている。正直言って、何を言っているのかよくわからない。それは、総括の基準があまりにも抽象的だからである。ずいぶん、『塩見論叢』の影響を受けているようだが、ことはそういう類の認識問題ではなく、党組織の実践的な基準の問題にある。一体何が、その基準であり、それをどう共有し、どう判断したかということだ。二派の間で短期の路線の一致が不可能とわかっている時に、路線論議がどれだけ、党組織の実践的基準を共通のものとして創出できるかどうかである。そこで形成できるのは、共同行動の基準であり、そのレベルでの信頼関係の構築である。つぎに、分派的な関係の構築である。そして、党的な同志的な信頼関係である。前のふたつのレベルでは、民主主義が必要である。

  塩見氏によれば、7・6明大事件後、自己批判し、赤軍派は分派という自己規定を行っただけだという。分派の段階では、民主主義を必要とする。つまり、少数分派は、議論の上で形成された党内多数派に従う必要がある。そして大会での多数派形成を目指すということになる。ロシアのボリシェビキの10回大会における分派禁止もレーニン存命中は発動されることはなかった。この規定も、中央委員会の3分の2以上の賛成によって成立するという民主主義的手続によるものであった。しかも党の分裂を危惧したレーニンは、中央委員の大幅増員を提案している。労働者反対派からも2名の中央委員を入れてもいる。かなりの念の入れようであり、配慮である。ここでは、レーニンは、民主主義へと一歩後退したのである。レーニンは、具体的情況に合わせて、前進も後退もするのである。

  このような具体的な関係のレベルの区別とそれに応じた組織のありようというものについて、森・永田ともども考えがなかった。その場その場の思いつきや恣意的な観念によって、組織を作ろうとしていたようにしか見えない。また、塩見氏の文章にもそれがない。塩見氏の『過渡期世界論の防衛のために』という文書は、問題を森・永田指導部対殺された12名のプロレタリア的分派という図式の元に、責任を森・永田に一方的に負わせるものであり、総括たりえていない。連合赤軍の女性差別については、男女問題は複雑で微妙な問題だとして、逃げている。

  西浦という人の文章には、連赤が掲げた中国共産党の「三大規律八項目注意」の全文が載せられている。これを口先だけではなく、本当に守っていれば、あんなことにはならなかったという。

  資本家たちとその味方たちが、武力を持って封建制を打倒し、その過程で敵ばかりではなく味方をも殺してきたし、植民地化や帝国主義戦争で何億もの人々を殺してきた事実を知っている。当時アメリカはベトナム戦争でベトナム人を殺しつづけており、そのために沖縄を最前線基地化していた。日本政府はアメリカを支持して、ベトナム人の大量殺人に加担していた。ベトナム戦争を止めること、アメリカと日本の敗北は、ベトナム人を解放することであり、かれらの命を救うことであった。そこには正義があった。闘いは正当であった。大衆の支持もあった。

  連赤の路線を殺された12名の遺志を引き継ぐというような精神主義的なやり方ではどうにもなろうはずもない。建党の失敗の教訓化抜きには、前進はありえない。

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三度『バックラッシュ』によせて

  しつこいようだが、深田和子という心理学者の、「本書が若い人びとのなかにもある「ジェンダー・バイアス」におだやかに接近し、その漸進的な改善をはかろうとするねらいにある<中略>とくに日本のように、合理性より情緒的思考を得意とする文化の中では、十分慎重な構えで望むことが、その運動を広く人々に受けいれられるものとするのではないだろうか」という思想にひっかかりを感じるので、ちょっといくつかの点について検討してみたい。

  深田氏は、「ジェンダー・バイアス」をなくすためには、「おだやかに接近し、その漸進的な改善をはかる」必要があるというのだが、その理由を、「合理性より情緒的思考を得意とする文化の中では、十分慎重な構えで望むことが、その運動を広く人々に受けいれられるものとする」からだと述べている。日本文化論が理由に挙げられているのである。彼女は日本文化を「合理性よりも情緒的思考を得意とする文化」と判断しているわけだが、思考に合理的と情緒的という二種類あるとはどういうことだろう。この部分は、「おだやかに接近し、その漸進的な改善をはかる」がまずありきで、それをもっともらしく理由づけしたのが、後の部分だろう。

  なんの説明もないままこういうので、さっぱりわからないのだが、合理性を得意とする文化なら、「ジェンダー・バイアス」をなくすために、急速に接近し、その急進的な改善をはかることができるというということだろうか。深田氏は、「合理性を得意とする文化」を具体的にはどこと考えているのか? おそらくは、欧米諸国のことだろうとは思うが。そしてフェミニズムの運動経験のない心理学者である深田氏は、なぜ男女共同参画を進める東京都女性財団で重要な役割を占めえたのか? しかも、なぜ制度よりも意識や心の教育を重視する心理学者を「ジェンダー・フリー」教育の基本をつくらせたのか? 

  そもそも「ジェンダー・フリー」は、アメリカでは、ジェンダーがないというような意味にとられるのが普通だと山口智美氏は言う。勝手な推測だが、深田氏は、フェミニズムについてはよくわからず、フリーという言葉の「自由」という意味合いを取り入れようと考えたのではないだろうか。合理性や情緒的思考というような言葉の使い方から、どうも、言葉のイメージを重要視しているように思えるのである。

  これはどうやら心理学からきているようである。情緒=情動は、『スーパー大辞林』によると、心理学では、急速に引き起こされる一時的で急激な感情である怒り・恐れ・喜び・悲しみといった意識状態と同時に顔色が変わる、呼吸や脈博が変化する、などの生理的な変化が伴うものを意味する。これらは感情であり、それと結びついた身体の運動である。そういう形容を持った思考ということは、激しやすい思考を得意とする文化だということだろうか? これだけではなんともわからないのだけれども、とにかく、ゆっくり、おだやかに「ジェンダー・バイアス」をなくしていこうという漸進的改良を主張していることはわかる。その点が、行政に評価されたのだろう。行政としては、国際的にも女性差別撤廃が求められているし、リベラルな村山連立政権になっているし、政府も男女共同参画政策を決定しているし、東京都としても、この政策を進めざるを得ないので、おだやかでゆるやかな意識の改善という行政的な形の施策として推進せざるを得なかったわけだ。

  しかし、この程度の漸進主義的な意識改善策でさえ、バックラッシュ派は、このままでは国が滅びるだの、共産主義が浸透するだの、日本の伝統文化や家族が崩壊するだの、男女の違いがなくなるだのと大騒ぎをして、そのあげくに内紛を起こして自滅していった。教育の基礎部分はさすがに堅固だったが、とくに右派石原都政下では突出したバックラッシュ攻勢によって、教職員に対する行政的統制は強められ、卒入学式における君が代斉唱拒否や不起立の教職員に対する解雇等の処罰の強化などが行われている。これは、「ジェンダー・フリー」を象徴的にターゲットとしつつ、教育の国家統制の強化、現場からの日教組の締め出し、行政による現場支配を狙ったものである。

  しかし、それも石原都政が3期目に入って、民主党が野党化するなど、政権基盤が弱体化しつつある中で、力を失っていくことだろう。問題は、山口智美さんの言うとおり、「今は、女性運動は何を達成目標として運動をしていくべきなのか。そういった、根源的な問い」に答えることである。個別的には、住友電工昇進差別事件での女性社員側の勝訴や民法の女性の再婚禁止期間の多少の短縮などの前進はあるものの、「意識のみならず、個人、社会全体の根本からの変革を目的としてきたのがリブのはずなのだが、ここでは意識偏重の評価がなされている。そして、日本のリブ運動はあまり受け入れられずに終わってしまったとし、唯一あげられている成果が、大学に女性学の講座が置かれるようになったことなのである」『バックラッシュ』(双風社247頁)という彼女の行政・学者が権威をもつ官製の「上からの」フェミニズムを乗り越えられる女性運動の構築という課題の達成は容易ではないことはこの間の事態で明らかになった。

  上野千鶴子氏には、「意識のみならず、個人、社会全体の根本からの変革を目的としてしてきたリブ」と共通するものはあるし、それは評価するのだが、山口氏も批判するように、新しい流行のものに安易に飛びついて、態度がぐらついているように見えることがあり、それはマイナスだと思うのである。上野氏は、マルクス主義は、女性解放を階級の解放に従属させてきたというのだが、エンゲルスは、女の男の支配との闘いは、階級闘争だと述べていて、それを例えば、スターリニストなどが、後にすっかりお題目化するか都合よく解釈して放棄してしまったのである。

  「合理性よりも情緒的思考を得意とする文化」を深谷氏は否定的に述べているように思われるが、日本文化が本当にこうだったら、日本人は、ずいぶん唯物論的な文化を持っていることになる。

  「それゆえ、対象的な感性的な存在としての人間は、一つの受苦的〔leidend〕な存在であり、自分の苦悩〔Leiden〕を感受する存在であるであるから、一つの情熱的〔Leidenschhaftlich〕な存在なのである。情熱、激情は、自分の対象に向かってエネルギッシュに努力をかたむける人間の本質力である」(マルクス『経済学・哲学草稿』岩波文庫208頁)。

  「フォイエルバッハは、抽象的な思考には満足せず、直感を欲する。しかしかれは感性を実践的な人間的・感性的な活動としてはとらえない」(『フォイエルバッハ・テーゼ』(5) 『ドイツ・イデオロギー』岩波文庫236頁)

  もちろん、心理学者の深谷氏は、こんなことを言っているわけではない。おそらくは、若者は激しやすいから、反発されないように慎重に意識・心の改造を進めなければならないということを言いたいのだろう。ほとんど洗脳に近いことを述べているわけだ。そうして生み出される「主体」は、「ジェンダー・フリー」なジェンダーのない抽象的な無としての人間一般ということになる。ロックの心理学の言う「白紙状態」(タブラ・ラサ)ということだろうか? ちょっと極端だけれども、恐ろしいことだ。

  「意識のみならず、個人、社会全体の根本からの変革」を目指すリブの目的のためには、学の変革も必要であることは言うまでもない。「教育者が教育されねばならない」(フォイエルバッハ・テーゼ)のである。それも含めて、あらゆる領域での変革の実践が必要である。とりわけ、労働の変革は基本的なものである。第二波フェミニズムが、家事を経済・労働としてとらえ直したのは大きな成果であった。それに育児・介護を経済・労働としてとらえなおす試みが進められているのも前進である。等々。

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ふたたび『バックラッシュ』について

    『バックラッシュ』の「「ジェンダー・フリー」論争とフェミニズムの失われた一〇年」という山口智美さんの文章は、いろいろと興味深い論点を出しているので、もう少し詳しく見てみたい。

  彼女は、そもそも「ジェンダー・フリー」という用語が登場したのは、東京都女性財団が1995年に出した『ジェンダー・フリーな教育のために』という報告書であったという。この報告書の中で、「形のうえでの男女平等は次第に整ってきている。<中略>しかし、職場や家庭内に目を転じれば、そこには性別に限らず、さまざまな地位に伴う役割上の不公平が、文化や慣習の形で十分に残っている。/こうした不公平は、それに適応して異議を唱えない、または漠然とした不満を感じても、これを意識上にのぼせられない多くの人々の意識や心のあり方が支えられていると考えられる。これをジェンダー・バイアス(性別に関して存在するステレオ・タイプ)と呼ぶことにしたい。<中略>/従来用いられてきた「男女平等」は主として制度的側面に用いられる用語であるが、予備調査によれば、「ジェンダー・フリー」は、男女平等をもたらすような、人々の意識や制度的側面を指す言語として、若い人々にも受け入れられそうである。とくに学校のように、おおむね男女平等な扱いが行き渡っている集団でも、今後は、さらに教師や子どもの意識に踏み込んで、「ジェンダーフリーな教育の場であることを目指すべきだろう」(東京女性財団、前掲書)と述べているのが、始まりだというのである。

  同報告書の中で、深田和子という心理学者は、「本書が若い人びとのなかにもある「ジェンダー・バイアス」におだやかに接近し、その漸進的な改善をはかろうとするねらいにある<中略>とくに日本のように、合理性より情緒的思考を得意とする文化の中では、十分慎重な構えで望むことが、その運動を広く人々に受けいれられるものとするのではないだろうか」(前掲書)。

  これに対して山口氏は、「意識のみならず、個人、そして社会全体の根本からの変革を目的としたのがリブのはずなのだが、ここでは意識偏重の評価がなされている。そして、日本のリブ運動はあまり受け入れられずにおわってしまったとし、唯一あげられている成果が、大学に女性学の講座が置かれるようになったことだという」(『バックラッシュ』247頁)と述べた上で、「ジェンダー・フリー」という用語が、それまでの「男女平等」という言葉は主として制度面を指す言葉であるのに対して、意識と制度も表すのに適していると述べつつ、実は、意識面に偏った用語として導入されたと指摘する。なるほどその点は、これなら若い人にも受け入れられすいというということを述べていることからもわかる。

  この報告書が出た1995年には、国連の世界女性会議北京大会が行われており、国連が女性差別の撤廃を各国政府に強く求めていた頃であった。日本では、社民・さきがけ・自民の村山連立政権であり、1月阪神大震災、地下鉄サリン―オウム真理教事件、という大事件があった。1994年には、男女共同参画室が設置され、男女共同参画化が国策として推し進められようとしていた。

  1997年には、保守団体の「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が合同して、「日本会議」が結成されている。 1999年男女共同参画社会基本法が成立する。その後、地方自治体での条例制定が進められていった。「日本会議」などの保守派の運動が強まり、東京都の石原都政は、東京女性財団を解散する。保守派は、「ジェンダー・フリー」という言葉を激しく攻撃した。そうなった原因は、もともとこの言葉が、輸入元のリンダ・ストーンの『教育フェミニズム読本』というシンポジウムの記録本では、一人を除いて、「ジェンダー・フリー」反対派だったし、深谷氏は、バーバラ・ヒューストンは、「ジェンダー・センシティブ」と言ったのに、「ジェンダー・フリー」と言ったことにしてしまったのである。

  「ジェンダー・フリー」という言葉は、論者によっていろいろな意味付けがなされていき、その混乱をつくように、バックラッシュ派の好き放題の解釈がながされるようになる。

  それに対して、当初は、必ずしも「ジェンダー・フリー」派でもなかったフェミニストたちまで「ジェンダー・フリー」を擁護するようになる。例えば、日本女性学会は、2003年3月の『学会ニュース』の「Q&A|男女共同参画をめぐる現在の論点」という文書で次のように述べている。

  「ジェンダー・フリーは、男はこうあるべき(たとえば、強さ、仕事・・)女はこうあるべき(たとえば、細やかな気配り、家事・育児・・)と決めつける規範を押しつけないことと、社会の意思決定、経済力などさまざまな面にあった男女間のアンバランスな力関係、格差をなくすことを意味しています。ですから一人ひとりがそれぞれの性別とその持ち味を大切にして生きていくことを否定するものではありません。「女らしく、男らしく」から「自分らしく」へ、そして、男性優位の社会から性別について中立・公正な社会へ、ということです」(270~1頁)。

  それに対して、山口氏は次のように批判する。

  「東京女性財団から引き続く、意識・規範としての「ジェンダー・フリー」のほかに、社会的な格差という定義がくわわっている。だが、『男らしく、女らしく』から『自分らし』という表現は、ナイーブだとしか言いようがない。ジェンダーからはなれた『自分らしさ』というのは何なのか。たとえば、「自分らしく」暴力をふるう人や差別する人などは、どうすればいいのか。問題は山積だ。そして、「性別」について中立・公正な「社会」という場合の「中立」という表現からは、性差別撤廃という強い姿勢は感じられず、積極的な差別是正という意味合いも弱い」(271頁)。

  彼女は、日本女性学会幹事の伊田広行氏を次のように批判している。

  「伊田は近著『続・はじめて学ぶジェンダー論』(大月書店、2006年)のなかで、バッシング状態にあるためにジェンダー概念を整理し直そうと試みている。だが、伊田の「スピリチュアル・シングル主義」なる精神主義的な枠組みからも想定されるように、やはり「意識」に偏った解説となっている。たとえば、ジェンダー・センシティブは「ジェンダー・バイアスを持たずに接近する態度」(伊田、前掲書、三四頁)とか、ジェンダー・フリーは「社会的性別(ジェンダー)にこだわらず、囚われずに、行動したり考えたりすること、という意味です」(伊田、前掲書、35頁)と、いずれも個人の「意識・態度」のレベルで説明されてしまっている」。

  こういう過程を彼女は、定義合戦と呼んでいる。そして、「この概念を守ることへの熱意や盛り上がりの様相から、学者や行政関係者たちが、自分たちの権威を守ることに必死になっている姿が見え隠れしているように、私には思える」と分析する(278頁)。

  「「ジェンダー・フリー」は、行政と学者の密着した関係によってつくり出された、そして、行政と学者が積極的にリーダーシップをとり、「ジェンダー・フリー」教育に関する啓蒙事業や出版活動、講演などを通じて広がっていった。また、学者主導の「男女共同参画条例」運動も、「ジェンダー・フリー」が広がるうえで、大きな役割をはたしたといえる」(278頁)。

  彼女の総括。

  「「ジェンダー・フリー」は、それまでの「女の運動の歴史」を潰すことから生まれた概念だった、と私は思う。だからこそ、行政と学者が連携してつくり出した「ジェンダー・フリー」の歴史を振り返ることは、「女たちの運動の歴史」が消され、忘れられ、ないものとされていかないようにするためにも、重要なことではないだろうか。/最後に、この「ジェンダー・フリー」が登場した95年が、行政と学者主導の運動に転換した重要な時期だったことを、ふたたび思い起こしてほしい。このことが、女性運動や女性の状況に、どのような変化をもたらしたのか。そして、今は、女性運動は何を達成目標として運動をしていくべきなのか。そういった、根源的な問いとして、95年の転換を考えるべきであろう」(279頁)。

  ジェンダー・フリーというカテゴリーが作られ、ジェンダーという「主体」が産出され、それまでの「女たちの運動の歴史」が消され、学者と行政の権力が作動する(ジュディス・バトラー、フーコー)。

  「ジェンダー・フリー」という言葉は、主に保守派によるバックラッシュによって、行政内からは消されていった。しかし、男女共同参画社会化は、政策としては、そのまま残っているし、女性差別はあるし、それに対する運動も続いている。バックラッシュは、事実の突きつけや保守派内の内紛などによってだいぶ弱まっている。フェミニズムとりわけアカデミックなそれは分解を深めている。

  こうした混沌とした状況の中で、氏の「今は、女性運動は何を達成目標として運動をしていくべきなのか。そういった、根源的な問いとして、95年の転換を考えるべきであろう」という提起は、きわめてまっとうなものに聞こえる。タイトルが、この十年をフェミニズムの「失われた10年」だとしているのも、「ジェンダー・フリー」というあやふやな行政・学者言葉の定義合戦に終始した空騒ぎであったというやりきれない思いがあるからだろう。

  70年代のウーマンリブに起源をもつ「行動する女たちの会」を高く評価するのも、バックラッシュの中で、この会が要求してきたことが、「ジェンダー・フリー」批判として誤読されたまま行われたが、実現されてきたからである。それを行政と学者が自らの手柄のように吹聴して、自らの権威を作ってきたと彼女は見なしている。「行動する女たちの会」のメンバーでは、東京都議会議員に当選したことがある三井ゆり氏がいる。会の解散後も個別に活動しているメンバーもいるようで、教師として、教育現場で活動している元メンバーの人の文章が同書に載っている。

  2006年1月、東京都国分寺市は、講演の講師に予定していた上野千鶴子氏を「ジェンダー・フリー」という言葉を使うおそれがあるとの理由で、キャンセルされるという「国分寺事件が起きる。これに対して、フェミニストなどが猛烈な抗議が起きた。ほとんど、言葉狩りのような事態が起きていて、それが、フェミニスト側が、あれこれと意味を付与して、「ジェンダー・フリー」擁護する原因の一つだろう。

  バックラッシュは、反フェミニズムばかりではなく、広範な領域に渡っており、安部政権による教育基本法改悪、憲法改正のための「国民投票法」成立で頂点に達した。しかし、「新しい歴史教科書をつくる会」の分裂や安部政権の崩壊などもあり、いったんは沈静化している。しかし、先の映画「靖国」をめぐる稲田朋美議員らによる事前検閲的な行為や右派雑誌に煽られた右翼青年の映画館への街宣活動による上映中止事件やプリンス・ホテルの日教組集会会場貸し出し拒否事件であるとか、保守派によってつくられたファッショ的全体主義的な雰囲気は依然強くある。小林よしのりが、本当の反全体主義者なら、これらのことについても、強く批判をしなければならない。だが、小林はそうしない。だから、小林は、だめな偽者なのである。

  フェミニズムに対するバックラッシュの中で、「女」の中での対立があったし、バックラッシュ派がそれを利用したということもあった。例えば、林道義は、働く女性と専業主婦の間の利害の違いを誇張して、後者の味方として振舞った。いわゆる「フツーの女」と「エリート女性」の階層間格差をデフォルメして、両者の対立を煽るようなこともやられた。しかし、同書にある上野千鶴子氏のインタビューでの「わたしはたまたま東大に入っただけだ」という発言は、こういう対立を利用して、「フツーの女」を組織し、動員しようとしているバックラッシュ派を喜ばせるだけである。こんなことを発言しながら、運動というものをわかっているようなつもりで戦略を云々しているのは、おかしなことだ。さまざまな差異がある中でどの差異が敵対的になるかは、情況次第なのである。うかつなことをこういう人がしゃべれば、火に油を注ぎかねないのである。ただの放言として聞きながしておこう。

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食糧問題に寄せて

  世界食糧サミットがあった。新聞各紙は、連日、食糧問題を取り上げた。

  このところの石油や小麦などの世界的な価格高騰は、人々の生活を苦しくしている。エジプトやハイチなどでは、食料品価格の高騰に対して、政府の対策を求めるデモや暴動が起きている。それは、発展途上国ばかりではなく、EU諸国にも広がっている。フランスの漁民は、漁を中止して、燃料価格高騰に対策を講じるよう政府に求めた。

  日本でも、ついに、ガソリンの小売価格は、1リットル170円台に突入している。小麦製品を始めとする食品類の値上げも続いている。

  このような世界的な物価上昇は、中国・インド・ブラジルなどの急速な経済成長による需要増に、株式市場から商品取引市場に投機資金が流れていることが加わってのものである。この需要要因は、中長期的に続くと見られるから、この物価高は中長期的に続くものと思われる。ただし、穀物の場合は、オーストラリアの旱魃などの一時的な要因もあるし、増産があれば、多少の低下の余地もありうる。とはいえ、それには長い時間がかかるから、当面は、それは望み薄である。

  世界の食糧在庫は、米農務省の2008年2月の需給報告によると、世界の穀物の期末在庫率(期末在庫量/消費量)は、07年度・08年度は、14.7%で、2000年の30%台から急低下し、1970年代はじめのレベルを下回る見通しだという(『農業と経済2008・5 臨時増刊号』「資源市場のパラダイムチェンジがはじまった 資源化する食糧」柴田明夫(丸紅経済研究所所長))。

  これにバイオ・エタノール需要の増大が穀物需要を押し上げている。2005年8月に成立した包括エネルギー政策法で、ガソリンと混合するエタノールの増産が義務付けられたアメリカでは、2000年の16億ガロンのエタノール生産量が、2005年には40億ガロンになり、ブラジルを抜いて世界一になった。エタノール需要の拡大が続くと、アメリカのトウモロコシ輸出余力を低下させる可能性もある。大豆を使ったエタノール燃料の需要も伸びていることから、今後は大豆の需給逼迫も予想される。また、世界第2位のトウモロコシ生産国中国のトウモロコシ需要の拡大によって、輸入国になる可能性がある。
 
  食糧サミットに出席した福田総理は、穀類からつくるバイオ・エタノールに代わる材料を使う新たなエタノール開発の研究をすべきだと答えた。研究からはじめるというのだから、実用化は先の話である。また、帰国後、福田総理は、食糧自給率を引き上げるために、減反政策の見直しを検討すると述べた。猫の目行政とはよく言ったものだ。日本の農村には耕作放棄地などの土地があり、水もある。ないのは、農業労働力や投資資金などである。このないものをどう増やすかである。あるニュースでは、中国人研修生を使ったレタス栽培、農事組合化による機械などの共同購入・共同作業化、企業による水耕栽培の野菜工場、の三つの例を取り上げていた。

  しかし、本間正義氏などの比較優位説に立つ食糧海外依存説が、経済財政諮問会議などの基調を支配していて、比較劣位にある日本農業を切り捨てるという考えを政府に吹き込んでいる。とはいえ、市場主義的に見ても、穀物価格の上昇は、農業投資を呼び込むこととなり、利潤を生むとなれば、農業生産を拡大させるように促すシグナルとなるはずである。アメリカや中国は、国内需要の増大のために、トウモロコシの国際市場から抜ける可能性があり、それでも穀物需要が増大するとすれば、供給不足が起きるかもしれない。戦争や略奪をしないとなれば、穀物価格の上昇に対応し、供給国が欲する他の商品を作りつづけるしかない。しかし、そのような優位はいつまでも続かない。かつて世界一だった製鉄もいまでは中国に抜かれている。そこで、別の分野で新たな優位な産業を起こさなければならなくなる。しかも、世界市場が欲するものをつくらねばならない。

  農業の拡大は、労働力の移動を必要とする。強制でなければ、それなりの水準の収入がなければならない。上の中国人研修生の月給は、8万円ほどだそうだ。これは、中国国内では大金だろうが、日本の労働者の月収としては余りにも低い。それと、中国人が、中小零細企業で、研修の名目で実際には低賃金労働者として働かされ、賃金未払いなどが問題となったことがある。

  また、このところの地方切り捨ての中で地方は疲弊しており、農外収入の道も減ったり、現象したりしている。交通アクセスが不便な上に、今や欠かせなくなった自動車のガソリン値上げが重くのしかかっている。

  政府は有効に機能していない。政府の無策ぶりを嘆く声は高まっているが、基本的な姿勢が、すべてを市場に委ねよであるから、この有様も当然である。まるで、マルクスが、1870年代に、社会主義の『平和的』な勝利が可能だと述べた時期の特徴と似ているではないか。

  その条件は、レーニンによると、「(1)農民がいないために、労働者、プロレリアが住民のなかで完全に優勢をしめしていたこと(七〇年代のイギリスでは、社会主義者が農村労働者のあいだできわめてはやく成功をおさめることを期待してさしつかえないような徴候があった)。(2)プロレタリアートが労働組合にりっぱに組織されていたこと(当時イギリスはこの点で世界一の国であった)。(3)数世紀にわたる政治的自由の発展によって訓練されたプロレタリアートの、比較的たかい文化水準。(4)みごとに組織されたイギリスの資本家―その当時、彼らは世界のすべての国のうちでもっともよく組織されていた(いまではこの優位はドイツにうつった)―の、政治上・経済上の諸問題を妥協によって解決するという長い習慣。このような事情があったために、当時は、イギリスの資本家がイギリスの労働者に平和的に服従することが可能であるという思想が生じることができたのである」(『食糧税について』1921年4月21日、レーニン全集32巻364頁)。

もともと日本の政府も軍隊も小さい。しかも、政府は行政改革によってさらに縮小されようとしている。農民は極めて少なくなっている。ただ、地方において、保守政党の有力な政治基盤となっている。しかし、プロレタリアートは、住民のなかで圧倒的多数である。プロレタリアートは労働組合に組織されているが、労組組織率は年々減っていて、今や雇用労働者の18%しか組織していない。プロレタリアートが政治的自由を本格的にかちとったのは、敗戦後であり、それから60年ほどしか経っていない。日本の資本家はよく組織されていると言えるか? 日本の資本家は、政治上・経済上の諸問題を妥協によって解決するという長い習慣をもっていると言えるか? いろいろである。このところは、そんな習慣は捨ててしまっている。今は、日本の資本家が労働者に平和的に服従するどころか、労働組合の方が最初から白旗を揚げて、資本家に服従している有様だ。しかし、物的な条件は、社会主義に移行するのに十分に揃っている。大企業は、トヨタを見れば明らかなように、内部的には計画生産を行っている。

  さまざまな点で、現代の日本は、1870年代のイギリスの状況とは違っている。したがって、資本家が労働者に平和的に服従するとか、平和的に社会主義に移行する条件は少ないということになる。

  今の日本の農業政策に似ている気がする。明治の篤農家育成策のような感じである。それに対して、農業企業家による資本主義的農業ということも株式企業の農業への参入自由化の動きとしてある。しかし、どれも中途半端なままである。集団営農化も進んでいない。

  例えば、中小企業に雇用助成金を支給しているように、農業労働者の雇用に対して助成金を支給するということも考えられる。しかし、農業労働は、季節的な偏りがあり、労働力を必要とする時期とそうでない時期があり、安定雇用は難しい。米農家の場合、秋の収穫を終えると出稼ぎに出る。ハウス栽培なら、年中仕事はあることになるけれども、今度は休めないという問題もある。畜産の場合も同じ問題がある。

  比較優位説に立つなら、外国の農業に投資した方が良いということになる。例えば、タイに投資して、日本に輸入した方が安くつくというように。しかし、それは、食料という生きるのに必要な物資の確保を利潤によって左右されることを意味する。利潤を上げられなければ、生産されないとか、価格維持のために、廃棄されたりとか、する。

  なんとも不条理なことだが、資本主義経済ではそうならざるをえない。

  今の物価上昇は急であり、春闘の賃上げ率を上回っているのは確実だから、実質的な賃下げである。財布の紐は硬くなる。それが景気を下に引っ張る。悪循環に入りつつあるようだ。政府は、物価動向を見守っているという。

  アメリカでは、チェンジを叫ぶ黒人のオバマが民主党の大統領候補になった。日本では、中途半端な福田政権の下で閉塞感が強まっている。韓国では、7割の高支持率で大統領になったイ保守政権の支持率がアメリカ産牛肉輸入再開決定をきっかけに急落、2割台になった。なにやら、安部政権の運命と似ている。福田政権の支持率も下がりつづけ、1割台に落ち込んでいる。福田総理は、支持率稼ぎのための外交でのポイント稼ぎに乗り出した。

  労働組合の「連合」は、政治闘争も経済闘争もだめという有様で、あとは民主党の政権獲得にかけるしかないという感じのようだ。どういうわけか、食糧問題についての農協の声が聞こえてこない。日本にもチェンジが必要な時が近づいているようだ。

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『バックラッシュ』をめぐって

『バクラッシュ』(双風社、200年7月初版)は、バックラッシュ現象をめぐる諸論考を集めた本で、この間のバックラッシュの問題点について整理するのに便利な本である。

  バックラッシュ自体は、90年代の「慰安婦問題」や国会での侵略戦争謝罪決議への保守・反動派の反発などがあって、90年代には強まりつつあったのだが、「ジェンダー・フリー」への攻撃などフェミニズムに対するバックラッシュが本格化するのは、2000年代になってからであり、「日本を守る国民会議」や「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されてからである。と、「ジェンダー・フリー論争とフェミニズム運動の失われた一〇年」の山口智美さんは言う。

  戦争認識や歴史認識などをめぐって、保守反動派との長い闘争の歴史から見ると、なんとはなしに、今のバックラッシュは長く続いていたように思っていたが、これが本格化したのは、ここ数年のことだったのかと案外短いことに気づかされた。

  山口さんは、1996年に解散した「行動する女たちの会」にかかわった経験のある人である。この会は、それまで20年にわたって活動してきたのだが、行政側から始まったジェンダー・フリー、「男女共同参画政策」などによって、人も資金も集まらなくなったという。

  彼女は、行政主導のジェンダー・フリーに批判的である。彼女は、ジェンダー・フリーを始めて使ったのは、東京女性財団の発行した『Gender Free 若い世代の教師のために』(1995年、深田智子、田中統治、田村毅)であったという。1994年には男女共同参画審議会が発足した。95年には、「男女共同参画ビジョン」「男女共同参画2000年プラン」が公表された。

  これらについて、彼女は、「従来の女性運動にかかわってきた者よりも、むしろ行政と女性学者、そして男性のジェンダー学者が組み、引っ張ってきたのが「男女共同参画」だという側面がある」(246頁)と述べている。

  そして、彼女は、『Gender Free 若い世代の教師のために』の認識が、フェミニズム運動が根本的な変革を志向してきたことを無視し、男女平等の制度はだいぶできたので、あとは心理や意識の変化が必要だというものであることを指摘する。とくに学校教育における男女平等は進んだとしており、後は生徒たちが社会に出て、教育されたことを社会に広めれば、男女共同参画社会になっていくだろうというわけだ。

  これはどこか別のところでも聞いたことのある理屈である。そう、部落問題である。同和対策特別措置法の廃止の理屈と似ている。この分野でも、後は、意識を変えればいいのだという理屈である。

  この行政・学者主導のジェンダー・フリー、「男女共同参画」運動を、彼女は、フェミニズムはもともと女性運動であるのに対して、男女の協力を強く謳っている点で、融和主義的で、男が多く参加していることを問題視する。そして、制度よりも意識や心理を強調していることも問題にしている。学校は、男女共同参画社会の未来的なモデルであって、だから、そこではすでに男による女への差別はなくなりつつあり、後は遅れた意識を変えるだけでよいとされた。

  それに対して、バックラッシュ派は、ジェンダー・フリーは、男女の違いを解消するものだとしてもう反発した。このバックラッシュの運動主体になったのは、もともとあった保守系組織や信仰宗教団体や自民党や民主党内の右派グループである。とくに、右派宗教団体の統一教会は猛烈な批判を展開した。それとキリストの幕屋は動員や資金面でこの運動を支えた。

  しかし、山口氏が指摘しているように、バックラッシュ派のジェンダー・フリーは、もともと行政が上から起こした運動で、フェミニズムの方は、あまり関係はなかった。それを、バックラッシュ派は、フェミニズムから共産主義による陰謀の如く描いたのは、ドンキホーテが風車を怪物と信じて突撃したのと同じことだったのである。

  しかし、このバックラッシュが一時、女性を含めた草の根的な広がりを持ったことには、多少の危惧を覚える。そこには、上からのジェンダー・フリー化への反発や女性の階層間の対立、専業主婦層の働く女性への反発とか、宗教的な理由での反発とかいろんなことがある。それらの問題は今も続いているわけで消えたわけではない。

  それに対して、上野千鶴子氏は、同本のインタビューで、日本の戦後のバックラッシュは、20年周期で起こる現象だとして、軽く見ている。この20年前のバックラッシュは、草の根を目指しつつも、既存の保守組織を動員することができただけであったが、今回は、それ以外の一般大衆層にも多少広まったというのが違うところである。それに対して、フェミニズム運動は、行政・学者などのエリート運動に偏しており、大衆的基盤が薄いのが気になるところだ。

  山口さんは、フェミニズムの論客の伊田広行氏や「男学」の提唱で知られる伊藤公雄氏にも批判的というか懐疑的である。これは、差別解放運動というのは、自己解放運動だという基本的な考えから来ているのだろう。これは正しい。しかし、これを上野氏のように「代弁=代表」一般の否定というふうに抽象的に言ったら間違いになる。あるいは、言うのは自由だが、そう言ったところで、それから逃れられるわけではない。「わたし」は、それが可能な特権的な場所ではない。上野氏は、脱構築のデリダから今度はフーコーに乗り換えたようだが、それではこれまでの脱構築の話はどうなったのか? こういう人の話をどう聞いたらいいのか、わからない。

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上野千鶴子氏『ナショナリズムとジェンダー』によせて2

上野氏は、この本で書いているように、「戦後主体」論争にこだわっている。しかし、上野氏には、この論争は解けなかったようである。そこで、「アイデンティ」の変容ということから、被害者という「アイデンティティ」から、赦しの「主体」としての「アイデンティティ」への移行ということを提起する。

  第二波フェミニズムの中から、国家、民族、階級、などの領域における女性差別が指摘されるようになった。80年代の部落解放運動や在日の運動の中でそのことは問題として語られていた。90年代に入ると女性の加害性・差別性がフェミニズム内部から指摘されるようになった。それが、戦争責任問題で論争を引き起こしたのである。女性史の中でも、女性の家督相続が認められている中での女性地主による下人の暴力的処罰や日中戦争などにおける戦争協力等々の事実が明らかにされてきた。上野氏が言うように、「女性=平和主義者」という図式は成り立たない。

  例えば、連合赤軍の永田洋子氏の『十六の墓標』を読めば、粛清の発端が、女性同士のジェンダー・トラブルにあったことがわかる。永田氏は、日共革命左派で、「女」である前に「人間」であれ、それには人間解放の革命戦士として、その任務に男と対等に革命運動に献身するよう指導されていた。それに対して、赤軍派の遠山氏の方は、「女」というアイデンティを持ったまま、革命戦士として戦うという考えを持っていた。永田氏による遠山批判は、遠山氏が指輪をはめていたのが、革命戦士として山に入ったことの意味を理解していないと見えたことを指摘したことから始まった。それを赤軍派の森に注意したが、遠山氏は指輪をはずさなかったことから、永田氏による遠山批判が全面的に始まった。しかし、森は、遠山氏に指輪のことを言っていなかった。この過程で、両者の女性解放論が異なっていることが明らかになったのだが、永田氏は自分の考えが正しいと一方的に主張した。

  同書では、永田氏は、遠山氏の考えの方が正しかったと自己批判している。なにせ、革命左派の最高幹部の川島は、共産主義になれば、女性は共有されるというとんでもない『共産党宣言』の誤読をやる馬鹿男であり、後には当然、永田からも軽蔑されるようになる。こんな最低指導者の下では、まともな女性解放論など育つはずがない。もっとも、反面教師とすれば、別だが。永田氏は、引っかかりや疑問を感じていたようである。もちろん、レイプ事件は決定的であった。彼女は、それを公然と議論し、責任を追及できなかった。坂口に訴えたが、彼は、そうすべきではないと彼女を説得した。すなわち、組織に問題があったわけである。そのことは、遠山批判のやり方を見て、これを女性解放思想の問題であり、指導の問題であるととらえられなかった森たち赤軍派指導部にもあった。森は、これを自己批判と相互批判の作風の問題として革左に自己批判するのである。問題をわからないなら、学ぶのが先で、その上で、自己批判するならそうすればよかったわけだ。そして、永田氏は永田氏で、遠山批判は本来、森の指導批判として行われねばならなかったのに、遠山氏の個人批判に終始し、それを森たちが作風として採用したことをたいした問題だとは思わなかったというのである。つまり、森・永田共々、党も組織も指導ということについてわかっていなかったということである。わからなければ、学ぶことから始めなければならないのに、森は、森流の恣意的な解釈で対処した。革左の方は、永田氏によれば、アナーキーな個人主義的な組織だったようである。それは、川島の恣意的指導の様子からもわかる。だから、総括が、個人批判になっていくのは当然である。党内関係が、個人主義的な個人間関係になっていたため、責任もまた個人化されていたからである。それで、個人で取りきれない責任まで取ることを求められることになるのだ。指導部を形成しながら、指導責任を規定していないのも無政府主義的である。これは、赤軍派にも言えることである。これは、個人的心情で乗り越えられるような問題ではない。党組織の問題であり、実践的な問題である。その空白を森は、永田氏の遠山批判の仕方のうちに、作風の問題という間違った個人主義的な回答で埋めることを空想したのである。

  赤軍派には、女性解放の視点がなかった。それを、大塚英史は『女たちの「連合赤軍」』という本で、森の女性性の忌避・嫌悪という心理的なものから説明している。しかし、それもどうかと思う。そもそも赤軍派そのものにまともな女性解放論があったとは思えない。遠山氏は、個人として、彼女なりの女性解放思想を持つようになったのだろう。ここでも、永田氏は、学ぶということを飛ばして、個人批判から入っている。レーニンが、そういうやり方をいかに嫌ったかは、労働組合運動論争でのトロツキー批判を見れば、よくわかる。トロツキーは具体的に学ばないで、理念を振りかざして、労働組合を上から「ゆさぶる」ことを提案した。レーニンは自分たちのあやまりを正すために学ぶことが必要だと答えた。そして、労働者反対派から2名の中央委員を入れた。こういうのが、レーニンのやり方である。レーニン主義を掲げながら、それをお題目化して、具体的にレーニンから学ばない自称レーニン主義者がいかに多かったことか!

  この永田氏による遠山批判のやり方は、その後の粛清のモデルとなった。このやり方こそ、共産主義化であると解釈された。同書の最後の下山途中での警察との戦いのシーンでは、森が、永田らの闘うべしの声に対する消極的でしり込みするような態度を見せたと永田氏は書いている。これは、敵前逃亡した以前の森の姿そのものである。彼は「裸の大様」である。こんな男を幹部にせざるを得なくなったのは、赤軍派が、大菩薩峠での軍事訓練中を警察に襲われ、幹部が大量逮捕されたからである。森を指導することは、ほぼ不可能であった。塩見氏はじめ赤軍派幹部は多くが獄中にあった。

  永田氏は、獄中で、「女」であることを否定して革命戦士となることの誤りを悟った。それは第二波フェミニズムの考えとも一致する。男による支配、家父長制への従属の拒否、女同士の連帯(シスターフッド)、等々。しかし、フェミニズムに対する「女」からの反発や「女」の加害性・差別性の指摘、「同性愛」の問題、「男学」、等々の新たな問題提起に揺すぶられ、第二次フェミニズムは分解していった。永田洋子のフェミニズムは、第二次フェミニズムを先取りしていた遠山氏の当時としては進んでいた前衛的なレベルに事件後にようやく到達した。しかし、時代はさらに進んだのである。なお、彼女は、森に対して批判を持つこともあったが、それをあまり言わなかった。これは、革左内で、公然と川島批判をできなかったことの延長のように見える。

  第二波フェミニズムの分解は、バトラーによれば、「女」というカテゴリーをも問わなければならなくなったということを意味する。今や、エコ・フェミニズムをはじめとする多くのフェミニズムがある。外からは、わけがわからないが、とにかく、それが現実だ。研究が発展したのは確かだ。本屋に行っても、フェミニズム関係の本はたくさんある。それに対して、反フェミニズム側の本や研究の貧相なことは一目瞭然である。それにもかかわらず、バックラッシュが一時、広まったのはなぜだろうか。バックラッシュが台頭してきた1990年代中盤、村山政権が、「阪神大震災」への対応などで批判を受けていた。社民党内でも、自民党との連立の是非をめぐる対立も残っていたし、保守と革新の連立政権の成立が、加藤典洋の議論の背景にあったと思われるし、フェミニズムが、一定の成功を遂げる中で、女を含めての反発が盛り上がってきたということもある。そして、フェミニズム内での分解も進行した。いろんなことが重なる中での第二波フェミニズムの分解であった。

  しかし、女性戦犯法廷に対する保守派の反発と危機感は強かった。これを取材したNHKの番組には、事前に与党政治家による圧力と言われるものがあった。番組内容は放映直前に変えられた。それに対して、女性戦犯法廷の主催者側は抗議した。この問題は続いている。

  90年代以降、ポスト・モダニストなどの知識人が、こうした領域に加わってきているのがこの間の特徴である。それは一つには冷戦の崩壊が原因であり、二つには、上野氏が強調する「言語論的転回」ということがある。これは、上述したように、ヘーゲル左派の台頭と似た事態である。かれらにとって、現実変革とは、言説との闘いである。それはそれでけっこうなことだけれども、運動現場の人々にとって、それはどれだけ役立っているのだろうか?  上野氏は運動との結びつきを考え、支援しようとしているようだが、うまくいっているようには見えない。それはたぶん現場から立てられている運動の実践論理に対して、上から形式論理学的論理を押し付けているからではないだろうか?  だいたい、運動現場では、事実から運動論理を立てていて、だから、それが形式論理には合わないのは当然で、やはり弁証法論理でないと合わないのである。上野氏は、最近、形式論理学を高く評価する柄谷行人氏の編集する『at』という雑誌に連載しているが、やはり彼同様、形式論理学者なのだろうか? だとしたら残念なことである。柄谷氏は以前、地域通貨運動を起こして、無残に崩壊させたことがある。どんなに言説をうまく組み立てたところで、現実はそううまくいかないのである。やはり、バックラッシュのいくつかは、事実の突きつけで、後退させることができたのであり、事実の重みはたいしたものなのである。それを、事実はなく、主観的な現実だけがあるなどと言って、バックラッシュを放置していたら、やがて、ファッショ的な体制を作られてしまいかねない。私の印象では、自称保守派のなかの良心派ともいうべき人たちから、事実を突きつける藤岡一派などへの批判があったおかげもあって、バックラッシュの勢いが多少おさまったのである。この過程で、上野氏の言説は、たいして役に立っていないという印象がある。どうしてそうなのか? 第二波フェミニズムではあれほど大きな影響力を持ったのに、この落差はなんなんだろうか?

  上野氏の反国家「主体」の形成という戦略よりも、バトラーの国家の中でのずらしの戦略という半国家化という戦略の方がアクチュアリティがあると思う。それには、「国民主体」という位置に取り付いて、それを「半」化していくという実践が必要である。それは、レーニンの思想と同じだと思う。このような複雑な実践を回避して、反国家的な「わたし」の自己満足に終わるようなやり方では、国際連帯の絆を作ることは難しいと思う。それとこの反国家の中身がわからない。どうすりゃいいの? という感じだ。

  上野氏は形式論理学的で主観主義的的・折衷主義的、バトラーは弁証法的に見える。あるいは、バトラーは、ラクラウ・ムフ的な弁証法論者であると言えようか。この辺はもっと慎重に見る必要がある。

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上野千鶴子氏『ナショナリズムとジェンダー』によせて1

  上野千鶴子氏の『ナショナリズムとジェンダー』(青土社1998年)は、1990年代後期の、慰安婦問題や戦争責任問題やフェミニズムや歴史認識をめぐって、「新しい歴史教科書をつくる会」などの右派・保守派のバックラッシュが吹き出る中での議論をもとに、上野氏の見解を述べたものである。

  この中では、いろいろな論点が出されている。

  まず、戦争責任の問題がある。議論を巻き起こした加藤典洋氏の『敗戦後論』をめぐる問題、女性の国民化、女性の戦争責任、等々が論じられていく。

  はしょって言えば、加藤典洋氏は、日本では、戦後に保守勢力と革新勢力が分裂したために、戦争責任の主体であるべき日本国民が構築されておらず、それをするには、まずは、日本人戦死者の日本国民による弔いが必要だという。しかし、戦争責任の主体がどうして国民としての弔いを通じてしか構築できないのかはよくわからない。敵の死者を弔うとか、敵味方を問わず非業の死を遂げた者を弔うということは昔からやられてきていることである。問題になっているのは、近代国家の戦争責任の問題である。それについて、国民的合意を形成できなかったことを加藤氏は問題にしたのである。加藤氏は、それをするためには、まずは革新側が保守派に妥協して、アジアの2000万人の犠牲者の前に、日本人犠牲者300万人を弔うべきだと言うのである。しかし、過去の侵略戦争についての反省と謝罪は、日本の最高権力機関の国会決議と村山首相の談話で示された。それに猛反発したのが保守派であり、このままでは日本国が滅びるという妄想を掲げて、巻き戻しに出たのである。それに、これは、最近、自民党議員などから盛んに出ている国民的課題については、全政党の協力によって合意をつくるのが望ましいというのとたいして違わない。憲法問題もそういう課題だと言われていたが、安部政権が、それを破って、与党の数を頼りに単独で「国民投票法案」を強行採決したように、それは政治的駆け引きのレトリックにすぎない。

  上野氏は、高群逸枝・山川菊枝・市川房枝などの戦争協力問題を取り上げる。また、彼女らのような知識人ばかりではなく、一般の女性たちも、「主体」的に戦争協力していたことも明らかにする。被差別民の戦争協力問題については、いくつかの研究がある。

  上野氏は、基本的な問題として、歴史は、再審され、現在によって構成されるものだという構築主義を主張する。その上で、権力となった歴史言説の脱構築を主張する。

  これは、歴史修正主義の一部と部分的に共通する。例えば、日本の歴史修正主義者の一部は、勝者による言説支配を批判し、それこそが日本の左翼言説の基であると主張する。戦後民主主義の言説は、占領統治の権力によって押し付けられたものだと言うのである。いわば「虎の威を借りる狐」のように、戦後左翼言説が支配してきたということである。それをかれらは、今日まで続く占領支配体制として批判するのである。ただし、小林よしのりは、左翼言説を全体主義とするドグマが支配していて、だからこそ、逆の方向(右)へ行っている向きがある。左の全体主義に右の全体主義を対置するというような。しかし、それは、彼の場合、全体主義概念の濫用にすぎない。

  上野氏は、構築主義的でありつつ、脱構築主義的という複数主義的立場を標榜する。事実と現実を区別し、立場によって異なる現実があると彼女は言う。彼女は、それによって、歴史修正主義の中の歴史実証主義を脱構築できると考えているようだ。そして、慰安婦問題などで、歴史修正主義に対して、「歴史の真実を」などと事実を争うやり方はだめだというような言い方をしている。

  しかし、例えば、「新しい歴史教科書をつくる会」は、歴史は物語であると露骨に歴史のイデオロギー化を主張している。かれらの歴史実証主義は、自虐史観イデオロギーに対抗し、攻撃するための手段である。複数の現実を認めるのはよいとしても、歴史事実についての認識を土台にしなければ、歴史実証主義イデオロギーを有効に暴露できないだろう。慰安婦の証言の中には、慰安婦問題の事実があるということから、問題が始まったのである。それは、秦邦彦が、吉田証言を「実証的」に崩したとしても、変わりはない。結局彼らは、沖縄の軍による集団自決強制問題で、あやしげな証言者を引っ張り出して、自滅した。これまでの沖縄の人々の多くの人々の証言の蓄積によって、細部の違いを超えた事実の確定ができる。慰安婦問題では、元軍人らが慰安婦体験を語っていたということを上野氏は指摘している。そこには、慰安婦の存在は事実として示されている。それの意味付けにおいては、さまざまだというに過ぎない。むしろ、それを問題化してこなかった日本の「主体」の方に問題がある。

  そもそも、軍隊慰安婦の存在は、昔から知られていたのに、それが大きく取り上げられるようになったのは、韓国において、フェミニズムが広まる中で、女性に貞操の価値を押し付けてきた家父長制批判がある程度浸透してきたからだという。それによって、金学順さんをはじめとする元慰安婦が自らの体験を語るようになったというのである。それは、上野氏は、自ら語ることによって自らを主体として構築する過程であるという。

  それはどんな「主体」なのだろうか?

  「もはや「シスターフッド・イズ・グローバル Sisterhood is global」[Morgan 1984]という楽天的な普遍主義に立つことは誰にも不可能だが、ジェンダーという変数を歴史に持ち込んだのは、そのもとで階級、人種、民族、国籍の差異を隠蔽するためではなく、さらなる差異―しかもあまりに自然化されていたために差異としてさえ認識されていなかった差異、いわば、最終的かつ決定的な差異―をつけ加えるためではなかったか? ポストモダンのフェミニズムのもとでは、ジェンダーのほかに人種や階級という変数が加わった、と言われるが、むしろ人種や階級という変数がジェンダーという変数を隠蔽してきたことを、フェミニズムは告発したはずだった。人種や階級という変数は、新たに発見されたのではなく、ジェンダー変数を契機として、より複合的なカテゴリーとして「再発見」されたのである」(196~7頁)。

  要するに、ジェンダーは、アルチュセールの重層的決定の最終審のレベルに位置するものとされているわけだ。あるいは、ジェンダーは、差異の差異であるというわけである。したがって、彼女は、被抑圧民族の運動にも批判の目を向ける。ガンジーの非暴力独立運動も家父長制的なものを持っていたというのである。かくして、彼女は、今日のフェミニズムの立場から、過去の歴史を再審するのは当然とする。だとすれば、大チベット構想を持って、亡命政府を代表している家父長的なダライ・ラマ14世のチベット解放運動にも批判的ということになろう。男子のみが代々継承してきたダライ・ラマをはじめとする男の僧侶ばかりのチベット仏教のあり方を、彼女は批判的に見ているのだろう。

  それから、彼女は、フェミニズムの目的について述べている。

  「フェミニズムの目的はある排他的なカテゴリーをべつの排他的なカテゴリーに置き換えることではない。「女性」という本質主義的な共同性をうちたてることでもない。「わたし」が「女性」に還元されないように、「わたし」は「国民」に還元されない。そのカテゴリーの相対化をこそ意図している。
  国家という集団的アイデンティティの排他性を超えるために呼び出されるのが、他方で「世界市民」や「個人」あるいは「人間」として、という抽象的・普遍的な原理である。あらゆる国境を超えたコスモポリタン、普遍的な世界市民という概念もまた、危険な誘惑に満ちている。それはあらゆる帰属から自由な「個人」の幻想を抱かせ、あたかも歴史の負荷が存在しないかのように人をふるまわせる。「国民」でもなく、あるいは「個人」でもなく。「わたし」を作り上げているのは、ジェンダーや、国籍、職業、地位、人種、文化、エスニシティなど、さまざまな関係性の集合である。「わたし」はそのどれからも逃れられないが、そのどれかひとつに還元されることもない。「わたし」が拒絶するのは、単一のカテゴリーの特殊化や本質化である。そうした「固有のわたし」―決して普遍性に還元された「個人」ではない―にとって、どうしても受け入れることのできないのは「代表=代弁」の論理である」(197~8頁)。

  ここで、上野氏に抜け落ちているのは、「他者」である。「わたし」と「あなた」はあるが、「彼(たち)・彼女(たち)」 「わたしたち」「あなたたち」などがない。ここで、固有名としての名前の「わたし」ではないというのが一つのポイントである。この「わたし」は上野千鶴子氏ではない。もしそうなら、姓において、家父長制を示し、名前で、「女」というカテゴリーへの帰属を示してしまうので、彼女の語りの位置が、それらに影響される。そこで、「わたし」という位置を占める必要があるわけだ。それで、慰安婦問題は、「わたし」という位置から語られる必要があることになるのだが、しかし、元慰安婦の女性たちは、氏と「女」のカテゴリーを示す本名を名乗って、証言・告発を行ったのである。もちろん、「わたし」というのは、英語なら、性別に関係のない一人称単数の代名詞であるが、日本の日常の使われ方では、主に女性が使うものになっている。つまり、ジェンダー化されている。

  上野氏は、相対と絶対を単純に対立させている。弁証法は、これらの相互関係を明らかにする。例えば、ソシュールの相対的言語観「言語には差異しかない」は絶対的であるというように。一般的な規定としては、こうなる。また、「代表=代弁」は、言語が他者の言語でしかありえない以上、その外に立つことはできないのである。

  上野氏は、慰安婦訴訟のなかの個人補償の論理を高く評価する。

  「「慰安婦」訴訟のなかの個人補償の論理―「戦後補償は二国間条約で賠償ずみ」という日本政府の言い分に抗して、個人が国家を相手どってその責任を問うということは、「わたし」の利害が国家によって代弁されない、「わたし」の身体や権利が国家に属さない、ということを意味している。元「慰安婦」の闘い―「わたし」の尊厳を回復したい―という思いは、日本という国家に対峙するだけでなく、韓国という国家に対しても権利の「代表=代弁」を拒否する性格をもっている」(198頁)。

  戦後補償の問題は、アメリカの対日・対韓政策によって日韓条約締結が急かされたことによることも大きい。冷戦のために、韓国の反共政権をてこ入れするために、日本からの経済支援を必要と考えたのである。サンフランシスコ条約の際も、日本を東アジアにおける反共国家化にするために、戦争責任を強く問わない態度を取ったのである。そのおかげで、日本は、戦争責任問題をスルーして、経済大国への道をひた走ることができたのである。そういうアメリカに寄りかかってきたのが、日本の保守派や右派のほとんどなのである。今でも、本物の反米右派・保守派など極少数派である。たいていは、口先だけの反米である。もちろん、小林よしのりもである。

  上野氏は、最後に、氏の政治的立場を明らかにしている。

「もし、国家が「わたし」を冒そうとしたら? 「わたし」はそれを拒否する権利も資格も持っている。もし、国家が「あなた」を冒そうとしたら? 「わたし」はそれを拒否する権利も持っている。「わたし」の責任とはそのような国家に対する対峙と相対化のなかから生まれる。それは「国民として」責任をとることとは別なことである。
「わたし」の身体と権利は国家に属さない。そう女は―そして男も―言うことができる。「慰安婦」問題が女性の「人権侵害」として言説構成されるのならば、「兵士」として国家のために殺人者となることもまた男性にとって「人権侵害」であると、立論することが可能だ。人権論はそこまでの射程を持つだろうか。「慰安婦」問題が突きつける問いは、たんに戦争犯罪ではない。戦争が犯罪なのだ。
  国民国家を超える思想は論理必然的にこの結論へとわたしたちを導く。「女」という位置は、「女性国民」という背理を示すことで国民国家の亀裂をあらわにするが、そのためには「女=平和主義者」という本質主義的な前提を受け容れる必要はない。「国民国家」も「女」もともに脱自然化・脱本質化すること―それが、国民国家をジェンダー化した上で、それを脱構築するジェンダー史の改造点なのである」(198~9頁)。

  上野氏は、こうして、言説決定論、あるいはカテゴリー決定論とも言うべきものに陥っている。これは、前に指摘したように、ヘーゲル左派と共通する。そして、言説の権力を、言語ゲーム的な相対化の闘争によって脱構築するというのである。「女」カテゴリーも権力的になれば、脱構築するというのである。こうして、脱構築は無限に続く、というわけだ。これは、ポストモダニズムが陥った隘路を端的に示すものである。

  国民国家は、「女」という位置ばかりではなく、「階級」という位置、「少数民族」という位置、などからも亀裂をあらわにすることは明らかである。「女」という位置だけを特権化しないというならよいが、そうではなく、氏は、ジェンダーを「最終的かつ決定的な差異」として、「特権化」する。

  そして、「わたし」。この一人称単数の代名詞は、「「国民」でもなく、あるいは「個人」でもなく。「わたし」を作り上げているのは、ジェンダーや、国籍、職業、地位、人種、文化、エスニシティなど、さまざまな関係性の集合である。「わたし」はそのどれからも逃れられないが、そのどれかひとつに還元されることもない。「わたし」が拒絶するのは、単一のカテゴリーの特殊化や本質化である。そうした「固有のわたし」―決して普遍性に還元された「個人」ではない―」とされる。これは、フッサールの超越論的主観の問題を彼女がまったく無視しているか、そもそも知らないことを示している。「わたし」は機能であるということをフッサールは、述べた。「わたし」は、さまざまな関係によって規定されているだけではなく、それらを客観化してその対極として、主観化することによって主観となるのであって、受動的なものではない。つまり、能作である。「わたし」の機能によって、「わたし」の世界が形成されるのである。しかし、それは超歴史的なものではないというのが、フーコーやその影響を受けている構築主義の立場である。ニーチェによれば、われ思う。ゆえにわれあり。というデカルトのコギトは、文法によって、考えるの主体を「われ」として生み出し、原因と結果を転倒させたものである。考えるが先でわれの原因なのに、文法は、われが思うを生み出したように、つまりは、われを「主体」化するのである(『善悪の彼岸』参照)。

  また、この一人称単数代名詞の「わたし」の複数化は、これに「固有の」という性格を付加することではないだろう。それなら、「固有のわたしたち」という複数化も可能である。いくつもの「わたしたち」がありうるし、ある。上野氏は、「公」と「私」の対立というリベラリズムの古くからの二項対立を言い換えただけである。

  「「わたし」の身体と権利は国家に属さない。そう女は―そして男も―言うことができる。「慰安婦」問題が女性の「人権侵害」として言説構成されるのならば、「兵士」として国家のために殺人者となることもまた男性にとって「人権侵害」であると、立論することが可能だ。人権論はそこまでの射程を持つだろうか。「慰安婦」問題が突きつける問いは、たんに戦争犯罪ではない。戦争が犯罪なのだ」という言い方と論理を見ると、上野氏は傲慢だという印象をもつ。「「慰安婦」問題が女性の「人権侵害」として言説構成されるのならば」という仮定法による語りは、「人権論はそこまでの射程を持つだろうか」という人権論批判的な疑問形をへて、「慰安婦」問題は、戦争が犯罪であることを示しているという断定に帰着する。

  国連憲章は、国連加盟国に、侵略戦争を禁止しているが、国連軍が侵略者を排除するまでの間の自衛戦争を認めている。NATOは、旧ユーゴスラビアに対する人道のための戦争を行った。これらの戦争も犯罪だというなら、上野氏は、これらの戦争を犯罪として裁くことを要求したのか?  人権のための戦争に対して、ポストモダニストの多くが反対しなかったことは、上野氏の思想の正当性の方をこそ、疑問にさらすものだ。もちろん、今の人権論に問題がないというわけではない。理想を語ることに問題があるわけではない。

  自らの高邁な理想という高みに立って、「慰安婦」問題をそれを語るためのダシのように利用しているように見えるから、傲慢という印象を受けるのである。「代弁=代表」を否定しながら、結局は、「他者」の語りに寄生して、それを上野氏という「わたし」が「代弁=代表」しているように見えるのである。言葉に表しにくい感情を元慰安婦は、矛盾し、曖昧で、混乱した記憶の中から、なんとかして、懸命に言葉にし、表現しようとしているように見える。それを、論理的ではないとかいう「実証的」基準で切り捨てる「実証主義イデオロギー」は批判されるべきである。それは、上野氏の「国民国家を超える思想は論理必然的にこの結論へとわたしたちを導く」とする論理主義にも言えるのではないだろうか。

  もちろん、理想は必要だし、それを語ることも問題ではない。むしろ、今は、そういうことが少なすぎるように思われるぐらいである。上野氏は、論理化以前のものにもっとこだわってもいいし、もっと深く長く付き合うべきだろう。それに、学ぶことが必要であると思われる。その点では、福祉労働・ケア労働についての『at』という雑誌における最近の連載は、取り組んでいる領域としては、そういうことを学ぶのに適した領域である。そこで、感情労働ということを書いているのだが。

  上野氏の論理主義は、歴史実証主義を批判しつつ、それに押し込まれ、吉見氏の慰安婦問題研究を歴史実証主義に含めるという誤りを犯し、事実はないが、主観的な「現実」のみがあるという主観主義を対置する。まるで言葉化されない「現実」は存在しないとでもいうように。吉見氏の批判は、1998年のシンポジウムの記録集『シンポジウム ナショナリズムと「慰安婦」問題 日本の戦争責任資料センター編』(青木書店1998・9)に載っている。吉見氏は、「「従軍慰安婦」と歴史像」という文章で、上野氏の「歴史に『事実 f
act』も『真実 truth』もない。ただ特定の視角からの問題化に再構成された『現実 reality』だけがあるという見方は、社会科学にとってはもはや『共有の知』とされてきた。社会科学にとってはもはや『常識』となっている社会構築主義(構成主義)social constractionism とも呼ばれるこの見方は歴史学にもあてはまる」(131頁)との主張を、それは、不可知論、信仰・嗜好になると批判する。そのとおり! 上野氏は不可知論に迷い込んでいるのである。そして、新カント主義者と同じく、小文字の「わたし」に度はずれた意味付与をするのである。そして、社会構築主義は常識=普遍という普遍主義という位置からの傲慢な物言い。そこからする歴史学の裁断。正直言ってうんざりする。

  上野氏は、「国民国家を超える思想は論理必然的にこの結論へとわたしたちを導く。「女」という位置は、「女性国民」という背理を示すことで国民国家の亀裂をあらわにするが、そのためには「女=平和主義者」という本質主義的な前提を受け容れる必要はない。「国民国家」も「女」もともに脱自然化・脱本質化すること―それが、国民国家をジェンダー化した上で、それを脱構築するジェンダー史の改造点なのである」と言うのだが、それに対しては、弁証法論理学の「抽象的真理はない。真理はつねに具体的である」と言いたい。真理は、元慰安婦の方にあるのか? それとも、歴史修正主義者の方にあるのか? 藤岡信勝こそ、歴史構築主義者であり、歴史は物語りであり、国民のプライド(尊厳)を高めるためにあると公言している。上野氏の歴史構築主義とどこが違うというのか? それに対して、「わたし」の権利と尊厳を対置することで、藤岡らのバックラッシュを根本から打ち破れるのだろうか? 構築したものは脱構築すればよいと上野氏は言うかもしれない。

  しかし、歴史修正主義の自滅が進んでいるが、それを促したのは、事実の重みによるものである。例えば、上野氏が同書で指摘しているように、歴史修正主義者は、南京での日本軍による市民虐殺自体は認めている。ただ、その数は誇張されているというのである。事件を針小棒大にしたのは、中国やアメリカやそれと手を組んでいる自虐史観派の左翼だというのである。しかし、ここでも、事実の重みは、歴史修正主義者といえども、覆せないものであることがわかる。それに対して、構築主義者は、あっさりと、歴史は、構成するものだと言う。上野氏は、論理的結論を持ってきて、簡単に、国家を超えたつもりになる。現実を現実に変えるのではなく、頭の中で乗り越えたつもりになるのである。

  上野氏の基本的な問題は、民族や階級や「女」などのカテゴリーを脱構築すれば、それらが抑圧的ではなくなるように考えていることである。それによって、民族間の支配従属関係や階級支配の事実から逃れようとしているということである。旧慰安婦は、日帝の植民地統治の生み出した被害者である。それに女性差別が加わった二重の差別を受けたのである。だから、当然、民族間関係として加害―被害の関係がある。それに対して、彼女たちは被害者ではなく、「生き延びた者」と上野氏が規定したが、それは、帝国主義的フェミニズムと言われても仕方がない。これは、ハンナ・アーレントあたりからきているのかもしれないが、イスラエル建国後の彼女の言説の政治的位置は、微妙である。これは、『収容所群島』の際のナロードニキ主義とソ連邦崩壊後のソルジェニーツィンの大ロシア民族主義の政治的位置の変化と似ているといえるかもしれない。彼が、今や、プーチンをロシア皇帝ツァーリの復活のごとく称え、ロシア人には皇帝が必要だなどと発言するのを聞くと、彼を救ったのは、一人の反動、チェチェン人の敵を作っただけではないかとつい思ってしまう。つまり、今やソルジェニーツィンは、帝国主義ロシアの支配民族のイデオローグであり、抑圧民族の立場に立っているのである。

  いずれにしても、上野氏は、事実に立脚することを否定したことによって、問題の解決の「主体」を降りてしまったと思う。しかし、問題は、決着していない。それなのに、日本も韓国も国家であることに変わりはないという超一般論から、反国家の「主体」としての国際的な「わたし」の政治的構築を旧慰安婦に見出しているのは、利用主義というものではないだろうか。上野氏は、日本のフェミニズムが国境を越えたことがないことを問題にし、課題としているようだが、それには、国家一般を問題にするのではなく、具体的に国家や国家間関係を事実によって解明した上でないとそれを具体的に構築することはできないだろう。

  上野氏は、ジュディス・バトラーの構築主義に影響されている。しかし、その理解はどこまでなのかと首を傾げたくなる。例えば、バトラーの『ジェンダー・トラブル』と上野氏の思想の違いである。『シンポジウム ナショナリズムと「慰安婦」問題 日本の戦争責任資料センター編』にある上野氏の「ジェンダーと歴史学の方法」で氏は「「女」というカテゴリーは、国民主権を、国民的権利・義務の内実を、市民権の根拠を、解体する理論的根拠となる。なぜなら「女」は国民共同体という男たちの連帯 fraterity のノイズだからだ。・・・「慰安婦」から「脱走兵」まで、国家による強制に抵抗する人々の「主権の回復」こそがわたしたちに課せられた課題であろう。そしてフェミニズムは確実にその根拠になりうる」(122頁)と述べているが、バトラーは、むしろ、「女」カテゴリーは、「国民」=「男」に対して、そうではないものという形で、「男」の否定として消極的に規定されていることを問題にしており、それは普遍性=家父長制に対して、周縁化することで家父長制を支えているというようなことを述べているように思う。だから、国民主権という家父長制に対して、周縁にもう一つの主権を打ち立てることは、この構造を強化することになるだけだというのがバトラーの主張だろうと思う。バトラーは、むしろ、これらのカテゴリーの中心に取り付いて、撹乱し、ずらして、その無根拠性を暴露していくという戦略を提起しているように思われる。それが、存在論を「行為者エージェンシー」のパフォーマンスの結果として「主体」が書き込まれるテキストとして把握するというバトラーの主張から導き出されることでないか。「はじめに行為ありき」(マルクス)ということだ。しかる後に、「主体」が作り出される。それから、「主体」が表象され、そして「主体」が法を必要としたと原因と結果が転倒される。過程は消される。法は、産出権力でもあるとバトラーは言う。そして、家父長制は普遍的ではないとも言う。また、彼女は、問題の取り扱い方では、エンゲルスを評価している。

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『蟹工船』ブームに寄せて

 小林多喜二の『蟹工船』が、売れているという。

  それについて、6月日号の『週刊朝日』に「蟹工船」読者会@かに道楽という座談会記事が載っていた。かに道楽というかに料理の店で行われたもので、しゃれのつもりらしい。

  この解説によると、「1929年(昭和4年)に発表されたプロレタリア文学を代表する小説。舞台は、極寒のカムチャッカ沖でカニを獲り、缶詰に加工する蟹工船。出稼ぎ労働者たちは、低賃金で過酷な労働にさらされていた。監督の浅川は暴力で船内を支配する。過労や暴力のため命を落とす仲間の姿を見た労働者たちは、団結し、浅川に立ち向かうことを決心する―。作者の小林多喜二はこの作品を発表した4年後、治安維持法違反の疑いで特高警察に逮捕され、拷問を受け死亡した」。

  この作品を20代と30代の若手記者はどう読んだか?

  C 今すっごい売れ点でしょ~。

  B 銀座では、どの書店に行っても売り切れでしたよ。
 
  D 今年に入って、例年の5倍近い勢いで売れているらしい。私の行った新宿の書店では逆に平積みになっていたよ。

と、『蟹工船』が売れているという話から入る。

  D 売れだしたのは、今年1月9日付の毎日新聞での、作家の高橋源一郎さんと雨宮果凛さんの対談がきっかけなんだよね。

   そして、

  C 今の若者は教育の機会を与えられているでしょ。ここに描かれている人たちとは環境が違う!

と、共感できないと言う人が現われる。セレブだからじゃないとつっこまれる。それにたいして、Bは、共感できると言う。

  B 私、高校生の時、飲料メーカーの工場で、ひたすらペットボトルにオマケをつけるバイトをしていたせいか、共感するワーキングプアの気持ち、わかるな。・・・クーラーもない掘っ立て小屋みたいなところで、延々オマケをつけるんです。立って作業するんで、次々バイトが倒れていく。・・・すごい空気の悪い地下工場で、携帯電話の部品にひたすらシールを貼る仕事もしましたよ。1分間に100台の携帯電話がベルトにのって流れてくる。・・・日給8千円、て謳ってたけど、交通費も出ないし、物損保険料とかいって、いろいろ引かれるから、手取りは6千円ちょっと。派遣元はあのF社だったんですけどね。

  Bには、こんなバイト・派遣労働体験があったわけだ。Dもワーキングプアの若者が共感するのはわかるという。

  B 私も共感するのはわかるな。時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う。

  若者から「搾取」という言葉が出てくるとは時代が変わったものだ。

  今度は、小説としての評価に話が進む。

A 私ね、この小説に感情移入できないのは、内容うんぬん以前に、登場人物全員、キャラが立っていないからだと思うんですよ。

B ああ。誰が主人公なのかわからないっていうか、主人公がいないもんね。

C うん。正直、これまで読んだことのないタイプの小説だった。

逆にいえば、今の小説の多くは、キャラを立たせることで、読者を獲得していたということである。そして、登場人物は、主人公と脇役が分かれている。小説には、主人がいるということだ。「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図そのものを描こうと思ったら、どうなるか? 搾取する側を、暴力そのものとして描くということである。それは、アレゴリーとして言語化するしかなから、監督の浅川のように、人であって人ではないといういうように表象するほかはないということになる。それに対して、搾取される側は、すべてを奪われている者たちだから、抽象的に描くほかはない。キャラを立てられるのは、搾取する側であるから、多くの小説は、搾取する側に立つ保守的なものであると言える。

  プロレタリア文学は、戦後、さまざまな批判を受けてきたけれども、きちんと評価されたことはないと思う。スターリニズムか反スターリニズムかというイデオロギー論争の中でなんとなく過去の遺物に追いやられたように思う。しかし、スターリニズム体制が崩壊した今日、あらためて、読み直されてもいいのではないかと思う。

  A 現代は、こんなに単純じゃないと思うんですよ。この小説のなかで労働者を使う経営者はとんでもなく悪く描かれているけど、今って、中小企業とかは労働者を使う経営者も苦しいわけじゃないですか?

  中小零細経営者は、小ブルジョアジーで、労働者とブルジョアの間で動揺する中間層である。労働者寄り苦しむ映画「男はつらいよ」の印刷屋の零細経営者のタコ社長のような経営者もあるわけだ。

  そして、今では、やや、アナクロな認識となった以下の発言。

A それに共産主義が成功しなかったことはソ連や他の国がすでに証明しているわけですよね。なんかそう考えるとさめざめした気持ちになっちゃって・・・。

  これは、オルタナティブの喪失が、若者から未来への希望を奪ってしまっているということを示している。これは先行世代の責任でもある。ソ連の現実があれでは無理もないことではあるが、あきらめるわけにはいかない。

  D 貧困に悩む若い読者は、みんなが団結して立ち向かう姿がうらやましいって思うとも聞いたよ。

  労働者の最大の武器は団結である(マルクス)。

  最後は、船旅は、長期にわたって人々を同じ環境に閉じ込めるので、皆を仲良くさせるという話で終わりである。

  船を企業に置き換えてみれば、企業別組合とか企業一家とかいう団結形態も思い浮かぶが、日雇い派遣のように、毎日職場が変わるような場合は、どんな団結形態がありうるのか? 難問だ。

  「希望は戦争だ」という考えから想像していくと、徴兵制、軍隊、戦友、退役、在郷軍人会、軍人恩給受給者の会・・・という感じか。戦死したら、靖国神社に集うか。

  個人加盟方式のユニオン型の地域労組が当面の団結形態だろう。

  「時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞観は今も同じだと思う」というのは、『蟹工船』ブームの一因をあらわしているものと思われる。

それにしても、雨宮さんの人気にあやかって、プロレタリア文学まで儲け商売にする出版界・書店業界の商魂には驚くほかはない。

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今村氏『交易する人間』を読む6

 今村氏は、アルカイックの主張は、権力を持たず、威信のみ持っているというピュール・クリストルの言葉を引用する。

 南米のインディオ社会の一例として、そこでの首長は共同体のメンバー全体にたいして負債を負うので、返し続けなければならない。首長はm自分と家族の労働で、富を贈与する。

 アルカイックでは、象徴財の交易は、威信と名誉の駆け引きであり、心理作戦であり、欲望の闘いであり、観念的相互行為、政治的闘いになる。

 「贈与の交換であれ商品の交換であれ、交換から免れる事物、固定点がなければ、社会は存在しえないし、個人や集団にとって台座として役立つ持続的な同一性を持たない」(M.Godelier,L'enignede dom.p.16) モーリス・ゴドリエ。

 贈与体制では「固定点」は聖なるものサクレ。(226頁)

 「人間の身体とは何よりも女性の身体である。親族関係の形成にとって女性の身体は聖なる「固定点」をなす。婚姻というい相互行為において女性の身体が場所移転する。身体が「交換」されるのではない。女性の身体は特定の家族の人格的所有に属しており、譲りえない物であって、この譲渡不可能な身体が、不可能性を乗り越え、譲渡される(贈与される)ことで、はじめて親族が形成される」(227頁)。

 <social'>―与える(ことができる)ために保持する。保持する(ことができる)ために与える―ゴドリエ(233~4頁)。

 「社会における物的手段を提供するために凝視する相互作用の制度化された過程としての人間の経済」というポランニーの定義。そして、彼は、この制度は、①相互性(互酬)、②再分配、③交換、という商品交換ではない交換・市場と④商品交換市場の四つあるという。

 そして、今村氏は、資本の起源の一つについて書いている。

 それは、12世紀の西欧都市のファブールという商人集落で、シテとブールの外に住む塞都市の対外貿易商人が上層市民になり、かれらはブルゲンセス―ブルジョア)、カステラーニ、カストレンセス(城塞内住民)、別名キーヴェス(cives)、ポルトマンニ(portmanni)、ポールテルス(poorters)→ポート(交易港)とも呼ばれた。それらはかれらがそこに住む遠隔地商人であることを示す。

 「価格メカニズムを生み出す条件は、マルクスが洞察したように、生産手段と労働力の分離である」(248頁)。

 これは正確ではない。生産手段と生産者の分離である。しかし、氏の人格的所有論を間に入れれば、わかる。とはいえ、ここのところは正確性に欠ける。宇野派のように、労働力の商品化と言わないのはよい。

 最後に今村氏は、社会的結合の探求を訴える。それはモースの言うように、共同主義の行き過ぎとエゴイズムの行き過ぎを防ぐということを前提とするという。

 また、モースは、〈高貴な蕩尽〉のモラルえの復帰と言っているという。それには、贈与体制の歴史を振り返り、そこに人間学的な普遍的構造を把握することだと今村氏は言う。

 「とりあえず理念的には、所有類型の組み合わせと結合がめざされるだろう(共同所有、人格的所有、個人的所有の組み合わせ)。社会的人間の相互行為、あるいは社会的結合の原理の探求こそが、社会科学とともに社会変革または人間学の理論的課題になるだろう」(274頁)。

 「しかしその前に、そもそも社会のなかで生きるほかはない人間存在の根源を普遍的相において考察しなくてはならない。複数の人間たちと一緒に生きるべく宿命づけられている人間とは何であるか、どのように行動するのか、どのように相互行為を実行し、そういう行為をどう感じ取り、理解し、解釈するのかを、しっかりと認識する必要がある。本書はそのための試みである」(同)。

 今村氏は、「社会的人間の相互行為、あるいは社会的結合の原理の探求こそが、社会科学とともに社会変革または人間学の理論的課題になるだろう」と言う。氏は、たんなる学問ではなく、社会変革という実践を含んだ新たな社会科学や人間学を提起する。そこでまずは所有の変革ということが言われているのは鋭い提起である。

 

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「ルールある資本主義」?

 5月17日のテレビ朝日系「サンデープロジェクト」の一コーナーは、日本共産党志井委員長へのインタビューであった。

 田原氏は、これまでと違っていた。これまでの発言から推測すると、田原氏は、1990年代までにソ連が崩壊した後、オルタナティブのない世界において、政治的軍事的経済的に唯一の超大国となったアメリカについていくしかないと考えていたようである。それが、サブプライム・ローン破綻による経済危機に見舞われたことを、市場主義(じつは金融資本主義)という資本主義の最先端でのその破綻と見るようになったようである。

 アメリカに追随してきた日本の一人あたりGDPは世界2位から大きく落ちてしまった。それに対して、北欧の福祉国家が軒並み日本よりも順位が上にある。

 『朝日新聞』は、この日、マルクスの『資本論』が売れていることについての記事を載せたという。

 志井委員長は、日本の資本主義は「ルールなき資本主義」であると述べた。それは、日本共産党の二段階革命論に基づくものである。

 先週の同番組で、不破前委員長は、資本主義の枠内で、まだまだやれる余地があると述べている。

これは、「ルールある資本主義」、すなわち、資本主義の民主化がなお可能であり、それが根本的な限界に達してから社会主義に移行する社会主義革命を実現するということだ。

志井委員長は、北欧をはじめとする西欧の福祉国家の資本主義を「ルールある資本主義」と呼び、アメリカ資本主義を「ルールなき資本主義」と呼んでいる。

田原氏は、ケインズ主義のことを持ち出した。田原氏にとって、「ルールある資本主義」は、ケインズ主義を指すようだ。90年代に、日本で、「大きい政府か小さい政府か」という二者択一が人々に突きつけられたことを多くの人は覚えているだろう。小泉政権は、「小さい政府」論にたって、構造改革を推し進めた。その結果どうなったかは今や誰の目にもあきらかである。それを示す数字のひとつが上の一人あたりGDPの大幅下落である。小泉―竹中コンビは、あれほど、構造改革し、一時の痛みに耐えれば、良くなると繰り返したではないか!

ケインズ主義と新自由主義との闘いは、長い歴史を持っている。70年代には、ケインズ主義はもうだめだと言われた。アメリカをはじめとして、先進資本主義諸国は、軒並みスタグフレーションに見舞われた。そして、イギリスには、サッチャー、アメリカにレーガンが登場する。いずれも、新自由主義の信奉者であった。サッチャーは、炭鉱労組などを弾圧し、レーガンは、航空労組を弾圧するなど労働運動を潰しにかかった。

日本では、1980年代の「臨調行革」路線によって、総評の中心であった官公労潰しのために、国鉄をはじめとする公企業の分割・民営化がはかられた。国労は総評の中心的組合であり、これを潰すことは、日本のブルジョアジーにとって、大きな課題であった。それは、それと平行して進められていた民間大手労組を中軸とする労戦統一の動きと絡んでいた。

政府・マスコミなどによるはげしい反国鉄キャンペーンが始まった。その中で、動労・真国労・全施労などが国鉄分割・民営化への協力に走る。国労は分裂していくが、それでも、最後まで大きな勢力を保った。しかし、分割・民営化の過程で、当局による徹底的な弾圧にあう。国鉄清算事業団に送り込まれ、そのまま事実上解雇された1047名は、JRへの採用を求めて、十数年に及ぶ闘いを行っている。

1989年にはベルリンの壁が崩壊、1991年にはソ連邦が解体するなどスターリニズム諸国は解体した。それは、新自由主義者をはじめとするブルジョアジーを元気にした。かくして、世界の単独の王者の地位に立ったブルジョアジーはわが世の春を謳歌した。

しかし、それもわずか20年ばかりの短い春にすぎなかった。

なぜなら、それは、世界的な貧困を解決できず、戦争と一握りの金持ちとエリートによる富の独占に帰したからである。彼らの自由と民主主義は欺瞞にすぎなかった。アメリカの大統領になるには、膨大な選挙資金が必要で、議会の政策に影響をもとうと思えば、豊富な資金を使えるロビー団体が必要である。そんな金も力もない貧困者がどうなるかは、ハリケーンに襲われて大きな被害を出した時の黒人貧困層の実際を見れば明らかである。

そして、イラク戦争は、出口のない終わりなき戦争の様相を呈している。まるで、「満蒙は生命線」として、泥沼の日中戦争にはまり込んでいったかつての大日本帝国のようだ。そんな昔のことではなく、アメリカは、ベトナム戦争で泥沼にはまり込んだことがある。「孫子の兵法」によると、兵法の極意は闘わないで勝つことだという。アメリカのブッシュ政権は、短期でフセイン政権を倒した後のイラク統治策を対日占領策を成功モデルとして構想していたという。大日本帝国の戦争につぐ戦争で人々は疲弊しきっており、しかも占領軍は、官僚機構をそのまま利用した。しかも、占領政策をうまく運ぶために、天皇制を残した。

それに対して、イラク統治では、国家機構を動かしていたスンニ派を排除した。国家統治の経験のないシーア派が政権を握った。もちろん、実際にイラクを統治したのは占領軍でありアメリカである。スンニ派を中心とするレジスタンスが起きた。シーア派内の争いも起きた。それに対して、ブッシュ政権は、大量増派による軍事力強化、すなわち、棍棒による治安維持、つまりは見せかけだけの「平和」の強制に踏み切った。イラク情勢は新たな段階に入った。イラク人の自由は占領体制と真っ向から対立している。

そして、サブプライム・ローンの破綻に発したアメリカの金融危機は、貧困層をほぼ詐欺といっていいやり方で破産に追い込むという不正な商売が公然と行われたことを示した。すでに日本では、ITバブルの成功者たちの末路を見ているから、こういう信用詐欺・金融操作による一角千金を狙うやり口をある程度知っている。

それに対して、志井委員長は、マルクスの『資本論』第三巻の利子生み資本の運動について書かれた中の信用と投機の関係について書かれた部分をパネルにして読み上げた。そして、投機と投資は違うし、投機にも穀物先物取引のようにリスクヘッジのために必要なものと生産と関係のない投機があるとして、悪い投資ではなく良い投資をのばすための「ルールある資本主義」を作るべきだというようなことを述べた。しかし、マネーはグローバルに世界中を飛び回っている。それをどうやって規制するのかと田原氏が尋ねた。志井氏は、国際協調が必要だと答えた。また、志位氏は、環境問題は「ルールなき資本主義」では解決しないと言った。しかし、それは、「ルールある資本主義」なら解決するのだろうか?

例えば、ドイツは原発を持っていないが、原発大国のフランスから電気を買っている。その電気なしには、クリーンな路面電車は走れない。地球温暖化対策の排出権取引というのも、新手の商売のような気がする。この取引では、今の国際的な物価高で利益を増やしている商社が活躍するそうである。卸売商業は信用を利用して投機に深くかかわっている業種である。

志位氏は、実物の取引としての先物取引は良いがそうではない先物取引は良くないという。こんな程度の認識でいいのか? こんな言い方をしたら、レーニンなら、これは弁証法的ではないと批判するだろう。新自由主義者の教祖の一人ハイエクは、市場は自生的秩序・ルールを作ると言った。新自由主義者たちは、自由市場の「神の見えざる手」による自然発生的なルールの形成を主張したアダム・スミスの徒でもある。かれらにしても「ルールある資本主義者」なのである。違いは、政府などの見える手によってルールを作るかどうかということである。市場原理主義者は、ほとんどのことを市場―交換タームで理解し語る。そこには弁証法はない。市場―交換には、反市場―交換の契機が含まれている。それは労働である。労働は交換されない。交換されるのは労働力である。それにもかかわらず、資本主義はあたかも労働が交換されるかのような外観を呈している。実物取引・交換は良いが純金融的な先物取引は悪だというような区別には根拠がないことは、氏が引用した『資本論』第3巻「利子生み資本」のはじめの方で、マルクスが、資本の商品化について論じ、利子生み資本の定式G-G'において到達した資本の無概念的外観に無反省にとらわれているだけのことだ。利子生み資本の定式G-G'において資本はただ自己増殖する貨幣である。あるいは貨幣はただ商品価値の独立したものであるから、資本が商品となっているこの段階なら、竹中平蔵のように、「資本主義経済の基本は、商品を安く買って高く売ることだ」と言ってもよい。

商品先物取引は江戸時代の大阪の堂島の米の先物取引がもっと古いものだと言うものもいる。ほんとかどうかはわからないが、江戸時代の日本で米の先物取引が行われていたのは確かである。江戸時代には商品・貨幣経済が広まってきて大名は年貢米を大阪で売って金に替えていたのである。年貢米を担保に大名相手に金貸しをする大名貸しもあった。大名は金が欲しいのであって、米が欲しいのではない。都市の発展は、米の消費者を大いに増やした。米は商品化し、米相場が形成されるようになる。

ケインズは、投機を退治し、投資をコントロールしようとしたが、現実には、できなかった。そして、80年代のアメリカでは、「ケインズは死んだ」とまで言われるようになったのである。ところが、今では、ケインズを飛び越えてマルクスが蘇ってきたというのだから、時代が変わった。すでに、先進資本主義国では、次の新しい社会に移るための物質的条件は揃っている。それでもまだ「ルールある資本主義」の枠内にとどまっていてよいのだろうか?

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今村氏『交易する」人間』を読む5

 今村氏は、つぎに、所有の問題に移る。氏は、マオリ人のハウの「物は元の所有者の元に返る」という考えに注目する。

 1、人間と物との所有関係。物は人間に帰属し、所有者(個人であれ集団であれ)の「人格」を内在させており、けっして分離できない。たとえそれが他者に移転しても、そのものはあくまで元の所有者に帰属している。受け取ったものは、それを一時的に使用してもいいが、けっして自分のために保持してはならない。

 2、人間と聖なるものとの所有関係。人間(集団と個人)はすべて聖なるものに帰属する(所有される)。神話的に言えば、集団の「起源」は神々や先祖の霊(すなわち聖なるもの)にあると表現される。だから人間の相互行為(贈与行為)の一つ一つに聖なるものとの関係が浸透しているし、それにみちびかれている。(171~2頁)

 この「人格的所有」論は、次のような、氏の存在論から来ている。

 「―人間は何か(聖なるもの)に所有されながら、何か(世界事物)を所有しつつ、現実存在する。有ることは有つことである。現実的に、具体的にこの世界のなかで存在することは、自己の身体の活動の結果(成果)をも所有しつつ存在することである。身体と自我が不可分であるように、それとまったく同じ程度において身体活動の結果と自我も不可分である。「この身体」、「この物」は「私の」ものであり、そしてそれらは「私である」」(172~3頁)。

 そして、氏は、近代社会においてはじめて、人格と物との完全な分離が生じたと言う。それは、私的所有制と権利である。しかし、「労働する主体の身体は、「他人の権能の下に」入っても、労働主体の身体であり続けるのであって、他人はその身体を一時的に使用し利用するにすぎない。この観点から見るかぎり、アルカイックな社会の「人格と所有の結合」、そして物が元の所有者に回帰するという思想は、それほど奇異なことではない。いまでも同じことを人は実行しているからである」(173~4頁)と氏は言う。

 近代経済は、人格と物との完全分離を目指した。それは、ポランニーが引用するベンサムの言葉に典型的に現われている。

 「農業の発展にとっての最適の条件とは、限嗣相続、譲渡不可能な財産、共同地、担保物件請け戻し権、そして十分の一税も存在しないことである(ポランニー『大転換』二四五~二四六ページ。強調は引用者)」(176頁)。

 しかし、「人格的所有としての物を他者に与えることは、その物に「内在する」私の人格または生命(存在自体)を他者に与えることを、定義によって意味するであろう。けっして譲りえないものを譲るという「不可能な」ことを贈与行為はしなくてはならない」。

 マナとは、それぞれの存在の呪術的な力を象徴するばかりでなく、権威オートリラ、豊かさリシエスを意味する。

 この豊かさは、「物の数量的な量であるよりも、自分の人格と一体となった譲渡不可能な所有物に対して他人が付着させる社会的価値なのである」(190頁)。

 「物をもつというただそれだけで、受け取る人(accipiens)を、提供者(tradens)に対して、準―有罪性(dimnatus,nyasobaeratus)、精神的劣位、道徳的不等性(magister,minister)といった不安定な状態に置く(Mauss,Sociolgie et Anthropologie,p.236)(214頁)。

 「物であれ人(女性)であれ、贈与されるものはそれが帰属する集団から分離できない。それらはたしかに他集団に移動するけれども、一時的使用が許されるだけであり、したがって原理上はいつでも元の所有集団に「取り戻される」可能性がある。返す義務とはこうした社会関係を組織化した表現である。すべては人格的所有の理念を生きることから出てくる。したがって、人格的所有の理念は倫理的理念(「義務」)であると同時に、法の理念(「責務」)でもある」(215頁)。

 さらに、「一時的占有の理念のなかには、贈与体制が私的所有を生まれさせない根拠が見出せる。人格的所有は贈与物となるときには、つねに停滞しないで円環的に運動していなくてはならない。つまり、「ギフトはつねに動いていなくてはならない」(Lowis Heydes,The Gift,p43.」」(215頁)。

 どうしてそうなるのか?

 「与えられたものが受け取り手において停滞し固定すると、ギフトはそこで「儲けをうむ」キャピタルに変質するとハイドは言う。他人から得られた贈り物を使用してなんらかの成果を得たとき、それを自分のものにすると一種の利潤が発生する。利潤的なものは受け取り手の私有財産になる。したがって人格的所有の一時的占有の理念、あるいは同じことだが元の所有者への取り戻しの理念は、こうした贈与の資本への転化を阻止する理念的(道徳規範的)装置であるとも言える」(215~6頁)。

 「これらの文明では、人は利害関心をもってはいるが、現代とはまったく違う仕方でそうする。人は富を獲得するが、それは蕩尽するためであり、《親切を施す》ためであり、《献身的な人々》をもつためである。他方で、人は交易するが、それはとくに贅沢品、衣類であり、あるいは直接に消費される事物とか宴会のごちそうである。人はおまけをつけて返すが、それは最初の贈与者または交換者をへこませるためであって、与える者が《消費を延期したこと》による損失を償うためだけのことではない。利害関心はあるが、それはわれわれのいう利害に類似するというにすぎない(Sociologie et Anthropologie,pp.270-271)」(218頁)。

このへんはおもしろい。「利害関心はあるが、それはわれわれのいう利害に類似するというにすぎない」とは、当たり前のことだがなかなか区別できないものである。

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今村氏『交易する人間』を読む4

<つづき>

 それに対して、レヴィ・ストロースはどうか。今村氏の引用。

 「何よりもまず、技術的、儀礼的、審美的な社会的活動の産物―道具、手工製品、食料品、呪術の文句、装飾品、歌謡、舞踏、神話―は、それらすべてが共有しているところの、移転可能性という性質によって相互に比較できる。移転の様態は、分析することも分類することもできるし、たとえそれらの事物がある種の価値から分離できないとしても、より根本的な形式、つまりは一般的な形式に還元できる。しかも、それらの事物は比較できるだけでなく、しばしば置換可能でもある。というのは[事物に付着する]それぞれ異なった価値は[事物を移転するという]同じ操作のなかで互いにとって代わることができるからである。そしてとりわけ、これらの操作は、社会生活の種々の出来事(生誕、成人式、結婚、契約、死あるいは相続)を通して実に多様に現れるし、またそれらの操作が動かす諸個人の数と配分(たとえば、受け取るもの、媒介するもの、与えられるものというように)によってそのつど任意に現われるのだが、たとえそうであるとしても、これらの操作はいつでも、集団のであれ個人のであれ、ごく少数の操作に還元できる。そうなれば、考察される社会のタイプに応じてさまざまに[意識によって]想念され[行動によって]実現されるにしても、結局は一つの均衡の基本的な諸項目しか見出されない。このようにして、社会のタイプは社会に内在する性格によって定義できるようになるし、また相互に比較できるようになる。というのもこれらの性格はもはや質的な領域に位置づけられるのではなくて、
あらゆる社会タイプのなかに不変項としてある諸要素の数と配置のなかに位置づけられるからである」

 これに対して今村氏は、「このように、レヴィ・ストロースにとっては、相互性システムは諸現象の間の恒常・不変の関係であり、これによって彼によれば「数学化」が可能になる。彼は構造言語学をモデルにして、社会の構造を不変にして普遍の恒常的な相互性のシステムとして提出する。科学はこのような普遍・不変の規則を発見することにあるという」とまとめている。

 さらに、「贈与体制の社会では、はなはだしく神話的想像力が活動するが、現代の資本主義体制でも当事者は商品「に内在する価値」を神話的に想像し、それによって経済構造は形成され動かされている。われわれの観点は、レヴィ・ストロースの観点と違って、構造を形成し運動させる当事者の想像力を重視する」(157頁)。

 「レヴィ・ストロースは神話的言葉を、それが幻想や妄想であるといって、すべて切り捨てる。われわれの社会哲学的観点は、神話的な言葉を相互行為の決定契機として重視する」(同)。

 「レヴィ・ストロースは相互行為を交換一般に還元する。交換論は、人・物の移動に焦点にあてる」(158頁)。

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今村氏『交易する人間』を読む3

 今村氏は、人が他者に与えるとき、①連帯の関係、②優位関係の二つの関係が生まれるという。

 そして、負い目(恩恵、負債)の感情は、「相互行為においての贈与行為は、優位と負い目という二つの感情の交易」の一方だという。そこで、贈与者の「気前のよい」行為は、没利害の外観を装う力関係を表す。

 贈与タームは、「供与」―「物またはサーヴィスを提供する契約」であり、「全体的供与」は、法的・宗教的・神話的・シャーマニズム的・美的=感情的・社会の形を表すものだという。

 そして、氏は、贈与の三つの要素をあげる。

 1、人格的関係が決定的な役割をする。ここで言う「人格的」とは、人と人の個人的関係のことではない。人間だけでなく、神々、精霊、先祖の霊、事物なども人格をもつような意味で「人格的」である。神話的な擬人法的解釈が関与しているが、この神話的想像的解釈は、彼らの社会関係についての理解であり、これも社会構造と相互行為には欠かせない。

 2、個人も集団も没利害的に行動することに強烈な関心をもち、そこに社会的利害を見出す。第三者にとっては、その行動はけっして無私的行動ではないのだが、当事者は無私的に行動すると信じている。

 3、有徳の理想の第二の要素と関連することだが、無私的行動は、自己贈与であり、自己犠牲である。何かによって、生まれたときから、与えることが義務であるという道徳的理想がすりこまれている。これが存在論的負い目感情から由来することはすでに見た。

 今村氏が贈与を存在論次元でとらえていることが、ここの「存在論的負い目感情」という表現でも示されている。

 存在的次元に「聖なるもの」を取り入れている今村氏は、「社会関係は「聖なるもの」との相互行為なしには動かない。アルカイックな社会ばかりではなく、どの社会もそうであり、もちろん現代社会でもそうなのである。昔は「聖なるもの」は神々または神的な領分であったが、現代では貨幣と資本がその代理をしているにすぎないし、国家もまた「聖なる祖国」という形式を必ずとる。だから「聖なるもの」と人間の関係は、社会関係(制度と構造)の形成にとって不可欠な契機ないし原動力である」(144頁)と述べる。

 このような認識を氏は、人間の原事実、経験的事実としている。人間は、「「人間でないもの」の存在を想像するべくできている」(同)というのである。

 氏は、贈与行為には、①神々、自然、精霊への贈与と②人の人に対する贈与の二つがあるという。

 次に氏は、モースとレヴィ・ストロースの論争を取り上げる。

 「レヴィ・ストロースは、事物や人間(婚姻における女性)の移転を相互性レシプロシテイ(reciprocity)と呼ぶ。相互性は定義によって交換エクスチェンジと同じである。この定義は明らかに広義の「もの」の場所的移動・移転に着目している。
 そして、レヴィ・ストロースはこの相互性を「無意識的」であると言うのだから、現実の人間の現実の意識作用とその内容はかっこに入れる、あるいは削除することにひとしい」(157頁)。

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今村氏『交易する人間』を読む2

 今村仁司氏の『交易する人間ホモ・コムニセンス』(講談社メチエ178 贈与と交換の人間学)についての前稿の続き。

 今村氏は、人間は人間になるのであって、それは、「人間が社会を形成し、社会に聖なるものと俗なるものの差異化を作りだし、「何のために」の記号的世界を形成することである」(96頁)と言う。

 そして、近代経済を批判する。

 「近代の経済的世界は、人間も事物も含む「価値形式」に転換させ、そうすることでいっさいの存在者のVersachlichung(すべてをWertaacheにすること、価値事象化)を成就し、それによって、出発した万物の「価値形式化」(たとえば、商品形式、貨幣形式、資本形式など)を通して、一切のものを物体的に計算可能にする「地平線」を作り上げた。そのときいっさいの存在者は文字通りにVerdinglichung(物体化)の運命のなかに巻き込まれる(VersachlichungとVerdinglichungとの概念的区別については、今村仁司『ベンヤミンの<問い>』[第四章]を参照)」(106頁)。

 「すべての存在者を、それらの総体としての「世界」を、あるいはけっして原則的には物体的処理を許さないものまで含めて、「事物化する」(価値事象化と物体化の二重性をもったそれ)ことを「信じて疑わない」という近代人のふるまいは、まさに民族学の研究対象になるべきであり、そうしたふるまいこそがまさに新たな呪術なのである」(106~7頁)。
 
 そして、モースの引用。
 
 「交換する生産者は、またもや―いつもそうであったが、今度は鋭い仕方で―こう感じている。すなわち、彼は生産物以上のものを、労働時間以上のものを交換しているのだ。彼は自己の何ものかを、自分の時間、自分の生命を贈与しているのだ」。
 
  これを今村氏は次のように説明する。
 
 「生産過程は法的地平の外部にある。労働者は、物を生産するためには、自分の人格的所有である身体とその「生きている労働」の一部を無償(返礼なしに)贈与するのである。当事者たちはそれを厳密には「認識」していないが、それを「感じて」いる。生きている労働は労働身体と一つであり、それは労働するものの生命である。それは人格的な所有(生きている身体、生きている身体活動)の贈与、つまりは自己自身の贈与である。この自己贈与は生産物と不可分であり、交換を通して一緒に移転していくだろうとモースは言っているのである」(118~9頁)。

 これは、一種の労働価値説と言えよう。

 モースの『贈与論』は、三つの義務の解明を課題にあげている。三つの義務とは、与える義務、返す義務、受け取る義務、である。しかし、これらの義務は、実は、与える義務に帰着する。それは、純粋贈与と呼ばれる。これは「言い表しえない」ものだという。それは、デリダが言うコーラと同じだというのである。
 
  「[プラトンの]コーラはエイドスの領域に属するのではなく、模造《ミメーシス》、エイドスのイマージュ・・・の領域に属するものでもない。[コーラは]ある《・・》[存在する]のではない《・・・・・》、それは既知の、あるいは認識された、二つの存在ジャンル[存在のジャンルとロゴスのジャンル]には属さない。コーラは存在するのではない。そしてこの、存在する=の=では=ない、はただ告知される(自分を告知する)ことができるのみである。すなわち、受け取るとか贈与するとかの擬人法的図式を通してとらえることも理解することもできない」(デリダ)。
 
  どことなく、仏教の空論問答を思わせる。存在しないが告知されるものとは何だろうか。それは、言葉以前の感情である負い目感情であると今村氏は言う。このへんは、「語りえないものについては沈黙するしかない」と言語の限界をもって世界の限界とした『論理哲学論考』段階のヴィトゲンシュタインから、後期ヴィトゲンシュタインへという問題意識があるようにも見えるし、意識は外部の反映であるという『唯物論と経験批判論』のレーニンの唯物論と近いようにも見える。レーニンによれば、人間の意識は、外部という最初は「何か」としか言いえないようなあるものから刺激を受け触発されることから形成されていく。今村氏は、レーニン同様、もっとも原初的な意識において、それが外部にあるということを認識し、感じ取るというようなことを述べている。それは「言い表しえない」ものであるにしても、「ある」。しかし、それは、存在には分類されないというのである。このあたりは、ハイデッカーの存在論批判か? それともその深化なのか?
 
  「負い目感情と純粋贈与の観念は、自己の存在を返すことを義務づける。そして自己の返しは、自己贈与であるから、人は言い表しえないものへの贈与を義務づけるられている(と感じる)。根源的に人間は何ものかへ贈与しなくてはならない(贈与する義務がある)。純粋贈与の力は人間の具体的な生活のなかに直接的には現われないが、社会のなかの相互行為をひそかにつらぬいている」(130~1頁)。

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映画『連赤』をめぐって

 『表現者』最新号に、映画『連合赤軍』についての西部邁・富岡幸一郎・笠井潔の座談会が載っていた。

 一言で言えば、ぬるいものだった。時代状況がすっかり変わってしまったことを感じさせるものだ。

 まず、映画を観た若者は、大昔の話を他人事として、単なる映画芸術として観ているはずだ。誰も自分ももしかしたら、あの場にいたかもしれないとは思わないだろう。

 西部もそうは思っていない。それでいながら、多くの者が貧困に苦しんでいるような状況なら、ブランキのように行動するなどと言ってのける。笠井は、大昔に書いた『テロルの現象学』の基本テーゼの観念の自己暴走論なるものを繰り返してみせる。富岡は、何もわからないので、適当なことを言っている。

 連赤については、永田洋子の『十六の墓標』という本に書かれていることが日共革命左派側の問題点を明らかにしているように思われる。ここに描かれているとおりだとすると革左という党は、スターリニスト党である。例えば、革左の婦人解放問題に対する態度で、彼女が批判しているものである。

 コミンテルンの6回大会頃の婦人解放に関するテーゼの類を読むと驚べきことに、婦人の組織化については具体的に書かれているもののその解放論については、同権とあるだけである。スターリニストの婦人への利用主義はあからさまである。かの本を読むと、革左も同じで、そのことに対する疑問が彼女の中に何度も浮かびつつも、それを党改革に結び付けられなかったことがわかる。なんと革左では、組織幹部による強制見合いや男女の共同生活の義務が定められていたという。70年代のウーマン・リブを経ている今日では信じられないようなことである。

 そして、最高指導者川島豪によるレイプの被害者となった永田は、それを公然と会議にかけようとするが、同志の坂口に止められる。なぜ、彼はそれを止めたのか? これは、革命的暴力ではなく、反動的暴力であり、反革命的暴力であるのに。かくして、この組織では、暴力の性格も基準も恣意的なものになっていったのである。それを示すべき幹部が率先してそうしたのである。それは、永田が暴露しているように、この組織の女性解放の内容・性格・基準も恣意的なものになっていたことは、明らかである。

 西部は、連合赤軍に女性が多かったことから、女性一般の性格を指摘しているが、それは女性が強く抑圧・差別されているからで、その解放を社会主義の実現に求めたのである。それに対して、革左がやったことは、反動以外のなにものでもない。彼女は、レーニンが自由恋愛はブルジョア的として否定的だったことを恋愛の否定と解釈したことを反省している。この意味は、ブルジョア的単婚制度は、階級利害による婚姻で、自由恋愛と称して、愛情のない結婚生活の退屈を浮気で紛らわせているという意味であろう。それはエンゲルスが述べたことだが。それに対して、愛情のみを絆とする男女関係は、財産をもたないプロレタリアートにしかないとエンゲルスは述べているのである。ただし、男による暴力を除いて。これが今、ドメスティック・バイオレンスとして問題になっているのだが。

 この問題は、70年代から80年代に大きな問題となっていった。今や左翼がこの問題になんの対策もとらないではやっていけないことは明らかである。

 笠井の観念の自己展開なる観念論は、こうした具体的な総括を無視して、自らが観念遊戯にふけって、問題をもてあそんだだけである。80年代には、それもインパクトがあったのだが、さすがに、20年もたつと、ぬるくしか感じられない。なにせ、特攻隊万歳という小林よしのりの漫画が若い世代に受ける時代である。この三人は、とうてい連赤を今語れるような者たちではない。

 別冊宝島の左翼特集で、荒岱介氏は、連赤事件には、山岳ベースでの同志殺害と「あさま山荘事件」の両方があると述べている。

 『十六の墓標』からは、革左が、連赤事件を引き起こす体質を持っていたことはうかがえる。だとしても、赤軍側がそれを止揚できなかったという問題がある。やはり、基本的に党の問題があったと思う。赤軍派の党観と実際はどうだったのか? 革左のそれらは? そして、党と女性解放、共産主義と女性解放の問題は?・・・

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今村氏『交易する人間』を読む

 故今村仁司氏は、『交易する人間ホモ・コムニセンス』(講談社メチエ178 贈与と交換の人間学)という本を書いている。

 その中で、氏は、人間のつきあい=相互行為=交易と述べている。

 まず、氏は、社会が利益を中心に組織された人間の集団と組織を意味するようになったものだという。それが、societyである。それとsocialを区別しなければならないという。

 フランス語のsocialは、狭い範囲での「つきあい」というほどの意味であり、対面的で、しかも重層的な感情的負荷をもつ「つあきい」であるという。

 socialは、「アソシアシオン」に近いという。

 「アソシアシオン」は内容から言えば「相互扶助」であり、他人を仲間として処遇し、とくに困った人々を援助することを意味する。そしてそうした行為をする制度的な「組織」をも意味するようになる」(21頁)。

 19世紀のアソシアシオン運動は、A相互扶助社会をめざす運動と思想、B制度としての組合の二つの意味があったという。

 「societyは《social》によってはじめて存在可能になる。それなしには社会が社会になりえない何か、それが《social》である。ここで言う「社会」とはいわゆる市民社会であり、実際には、経済、政治、法律、イデオロギーの複数の「自立的な領域」から成り立っている。そうした具体的な社会関係の領域が育ってくる土台または基礎を《social》という。《social》は、他のすべての社会関係が関係として可能になる社会形成力または「社会の絆」である」(24頁)。

 それはまた、潜在的な「敵」である異邦人を「友」に変換する機能であり、力であるという。ケルト人は、異邦人をも彼らの宴会者として招待し、食事が終わった後ではじめて、異邦人が誰であるか、何が欲しいかを質問したという。これはつまり、「異邦人を、異邦人のままで、身分や国籍あるいは民族的所属を超えた「人間として」歓待するということである。

 重要なのは、氏が、《social》を機能=力としていることである。それと、それに、想像的なものと感情を入れていることである。

 そして、氏は、「社会的存在としての人間は相互行為のアンサンブルであり、つまりは相互行為の相互行為である」(45頁)と述べる。

 「一つの事実(相互行為)は重層的に決定(規定)されていると呼ぶともできる」(45頁)として、アルチュセールの重層的決定論を肯定する。そして、ブローデルを引用する。

 「結局のところ、複数の社会が共存し、良くまたは悪しく互いに依存し合う。一つのシステムではなく、いくつものシステム、一つのヒエラルヒーではなく、いくつものヒエラルヒー、一つの秩序ではなく、いくつもの秩序、一つの生産様式ではなく、いくつもの生産様式、一つの文化ではなく、いくつもの文化、いくつもの問題意識、いくつもの言語、いくつもの生き方がある。すべてを複数形にしなければならない」(ブローデル『交換のはたらき』225頁)。

 ブローデルは、包括的社会を全体集合とする。さらに、上位集合による下位集合の包摂によって、ドミナント領域―階層制が生まれると言う。

 それにたいして、レヴィ・ストロースは、社会は交換の束に還元されると主張したと今村氏は言う。今村氏は、レヴィ・ストロースは、人間と人間の関係しか見ていないと批判する。

 「人間は記号とシンボルだけで生きるのではなくて、神々や自然との相互行為を想像的に生きて抜いてきたし、いまもなおそうしている」(54頁)。

 レヴィ・ストロースが、「交換」をもって社会の基本とするのに対して、今村氏は、「交易」を、社会の基本に据える。そして、交換を、市場経済・資本主義経済・近代社会の基本として、退けるのである。氏同様、アソシアシオンを強調している柄谷行人氏は、レヴィ・ストロースの「交換」を基礎タームとしている。今村氏は、柄谷氏が以前使っていた「交通」という概念も不適当だとしている。なお、氏は、レヴィ・ストロースが、男による女性の交換が家族制度を作っているという主張を否定している。このテーゼこそ一部のラディカル・フェミニストや上野千鶴子氏らのマルクス主義フェミニストに受け入れられて、人間はそもそも女性差別によって成り立っているという主張の根拠にされてきたものである。今村氏は、それは、女性の交換ではなく、贈与であると言う。

 もっとも、上野氏は、新しい本では、アイデンティを問い返して、その変化を強調している。彼女は、同性愛の問題に挑戦し、クィア理論をも取り入れている。差別解放運動にとって、アイデンティティの確立は、基本的なものであったが、逆にアイデンティティの強調が抑圧的になると主張するのである。そこには、アイデンティティは構築されるものだというラクラウ・ムフの考えも反映しているのかもしれない。

 「交易の「交」はまじわりであるから、関係的交通(交通的関係)を意味するし、「易」は人間・物体・事柄・観念(心性)などの空間的・時間的移動を意味する」(54頁)。

 氏の「交易」には、労働が含まれている。それによって、ほぼあらゆることが「交易」に含まれることになる。

 今村氏は、「交易」を駆動する力として、身体的生産と維持、集団とそれに属する個人の再生産、自然的動物的生命的な欲望を満足させることだと述べている。

 「身体的欲望は欠如からくる欲望である。欠如は空白であり、真空である。この真空状態を乗り越えようとする努力から外部(自分以外の人間の所有物、そして自然一般)に働きかける意思と意図が生まれる。この意思としての欲望は、略奪形式を別とすれば、労働である」(59頁)。

 労働は、氏によれば、自然との交易、素材と想像的観念の場所移動があるから、「交易」である。

 社会哲学の構築をめざす今村氏としては、存在論的に、根本的意思という次元で考えようというのはわかるのだが、このへんは、ニーチェ的に無理に自己保存の本能から権力への意思が生まれるというようなことを言わなくてもよかったろう。いつとは知れない遠い昔から、人間は、自然の人間化を進めてきたのであるから、身体的欲望もまた第二次自然化されているのである。

 両者の間に絶対的な断絶と飛躍を見るのは、西田幾多郎からきているかもしれないが、それが、氏の思想が、自然的存在としての人間を強調しながらも、人間中心主義的に見える原因ではないだろうか。無・空白・真空・欠如の強調は、ニーチェ的なニヒリズムというよりも、西田哲学からきているのかもしれない。近年のニーチェ研究では、妹たちによるニーチェ原稿の改竄が相当行われたことがあきらかになっているという。とくに、『権力の意思』として出版された原稿は、ひどいようで、妹がナチスの支持者だったために、こういう題名にしたのだろうというのである。この第二草稿の中には、労働者の待遇改善を支持するような文書があり、案外、ニーチェは労働者に同情的だったようである。ニーチェは意外に左翼的なことも書いているのである。

 今村氏は、コミュニケーションということも言っている。この言葉では、人間関係しか表せないということで、「交易」という言葉を選んだのだろう。

 このへんは、マルクスとニーチェとハイデッカーとデュルケムとジンメルとモースとが総合されて、凝縮されている感じである。

 後半は、アルカイックな共同体の話であり、贈与という「交易」の形を基本に論じたもので、それが、市場交換と資本主義近代を超えるという主張である。それについては、別の機会に見てみたい。

 

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『レーニン』の伝記によせて

 フランスのソ連研究家のダンコースという人の書いた『レーニン伝』という本を読んだ。

 これは、レーニンの伝記だから、彼の個人的な性癖をも描くのは当たり前だが、それにしても、彼女の精神科学の知識はたいしたことはなさそうである。それにもかかわらず、レーニンの神経症や性格上の厳格主義なるものや野心などの心理的なものを、重要であるかのように描いている。けっさくなのは、レーニンが晩年に脳疾患の発作に襲われたことを彼の厳格さという性格によるものと断定していることだ。おそらく、これは、医学的に証明できないだろう。

 不思議なのは、巻末の訳者解説で、レーニンが農奴出身という神話が同書であきらかになったと書かれていることである。たいていのレーニンの伝記などでは、これまでもずっとレーニンが貴族の出身であることは書いてある。レーニンが農奴出身と書いてあるものなど一度も見たことがない。スターリンは農奴出身の靴屋の父と洗濯女の母の下に生まれた。

 彼女は、個人的性格から事態を見ようとしているのだが、それにしては心理学に詳しくなさそうだし、説明に失敗している。例えば、レーニンは党内で少数派になることがよくあったが、後に逆転するのは、彼の多数派になる執念深さのためだと述べている。彼女は、レーニンは党内で個人独裁者だったとしているのだから、レーニンがわざわざ多数派になるための努力をしなければならなかったことと矛盾する。この本の最後で彼女は、レーニンは矛盾の固まりだとして、評価を投げてしまっている。レーニンは、プラグマティストで、神経症で、厳格主義者で、野心家で、・・・というおよそ人間とは思われないような特異な人格に仕立て上げられた。この伝記は、ペレストロイカの最中に書かれたというが、これが、訳者がいうほどの歴史的な重みを持つものとはとうてい思われない。おそらくは、ペレストロイカが、レーニンの肯定的再評価をしようとしたのに対抗するという政治的な意図をもって書かれたものであろう。

 長尾久氏の十月革命研究では、彼女と違って、この過程でのボリシェビキの役割は誇張されすぎているとして、ソビエトの自立的な面を強調している。それに対して彼女は、レーニンとボリシェビキの影響を大きく見ている。

 はっきり言ってしまえば彼女がレーニンについてどう言おうが、歴史的にはどうでもいいことだ。どのみち、ロシア革命の歴史を作ったのはレーニン個人ではなく、階級闘争である。レーニンを歴史の舞台に押し上げたのはそれである。階級闘争は、第二第三のレーニンを歴史舞台に登場させる。レーニンが善人という神話は間違いだと彼女は言う。レーニンが善人かどうかはたいしたことではない。それは、彼女が善人かどうかが、彼女の作品の評価とたいして関係ないようなものだ。彼女は、ロシア革命をレーニンの作品と呼んでいる。ここに彼女の歴史観が示されている。歴史は、神が書いた作品であるというキリスト教的歴史観が示されているのである。彼女は、大衆は、神の書いたシナリオに従うだけの俳優にすぎないという偏見を持っているのだ。それに、彼女の善悪の基準は、矛盾している。もちろん、権力を握った者と伝記作者を測る尺度は違う。それをごっちゃにしたのは、彼女である。

 最後に、彼女は、レーニンは天才だったと述べている!!

 なお、彼女は、レーニンとイネッサ・アルマンドとは愛人関係にあったと書いている。フィッシャーという人の『レーニン』という本でも、推測と断った上で、愛人関係を示唆している。ただし、この種の話は、伝記に色を添えるエピソードとしてありがちなもので、彼の推測を読んでも、二人の愛人関係を示す確たる証拠と思われるようなものはない。彼は、暗示的なきことを述べているだけだ。レーニンが非常に彼女を信頼していたことは確かなようだ。レーニンとイネッサ・アルマンドのあいだでやり取りされたフェミニズム的議論は、クララ・ツェトキンやコロンタイとのあいだでも行われている。レーニンは、一時的激情と比較的長く続く男女の愛情関係を区別している。前者はあくまでも欺瞞的ブルジョア的婚姻制度を前提としてその倦怠や退屈からの一時的な逃避にすぎないのに対して、後者は相互の信頼と尊敬、相互の人格尊重の態度の上に成り立つものである。短期間に複数の相手と関係を持った大杉栄は前者の限界のうちにあった。もっとも、伊藤野枝に対しては後者に近かったように見える。ただ、伊藤野枝に対する公開ラブレターは、あまりに情けない内容だ。一言でいえば、主体性がないのである。彼は、愛情と一時的激情を区別できなかったのだろうか。彼は、愛情の主体ではなかったのだろうか。

 イネッサの葬儀に参列したレーニンはとても憔悴していたという。信頼する同志を失った時、とくに彼女がいるだけで皆を明るく元気にしたという太陽のような存在の同志を失ったら、レーニンならずとも、肩を落とすに違いない。

 レーニンという若いうちから老けて見えたという見た目は風采が上がらないし、演説もたいしてうまくもない平凡な男が、なぜ、ロシアの政治権力の頂点に立ちえたかという疑問を、彼女は解けなかった。謎はまだある。なぜ、レーニンは、独露が表面的にもっとも良好な関係にあるように見えた時期に、戦争が近いことを予見し、準備しえたのか? 2月革命の頃、ボリシェビキは、わずか2万4千人ほどの少数党派にすぎなかった。それが、10月革命までにどんどん増えていったのはなぜだろうか?・・・。謎は尽きない。 

 ダンコースは、レーニンという人間の多様さ、とらえがたさに戸惑っている。そのままレーニン伝を書いてしまったことはおそらく間違いだったろう。レーニンは、彼女の手に余る。

 この本は、彼女自身が暗示しているように、文学的作品として読むべきなのだろう。

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映画「靖国」騒動

 映画「靖国」をめぐって、右派・保守派が騒いでいる。

 稲田朋美自民党衆院議員が、映画「靖国」が「反日」映画だと報じられたことをきっかけに、映画に文化庁所管の日本芸術文化振興会から750万円の助成金が出ているを問題にして、自民党の「伝統と創造の会」が、上映会を文化庁に求め、その後、週刊誌の反日映画という評価を鵜呑みにした右翼青年一名が、上映を予定していた映画館に情宣をしかけ、映画館側が、まわりに迷惑をかけるなどとして、上映中止を決定したという問題である。

 下の稲田議員らを除く、保守派は、映画を観ないまま、あれこれと批判を書き連ねている。産経「正論」にはいくつもそういう文章がある。今、問題はどうやらこの映画で登場する靖国に刀を納めてきた刀匠の問題になっているようである。映画を観ていないので、具体的なことはわからない。

 稲田議員は、映画の上映中止に責任があるかのごとき、一部世論に対して、下の反論を書いた。

 稲田氏は、「助成の要件である(1)日本映画であること(2)政治的、宗教的宣伝意図がないこと-を満たしていない」として、助成すべきではなかったと主張している。その理由は、日本映画ではないからだという。その理由を「映画「靖国」の製作会社は日本法により設立されてはいる。しかし取締役はすべて中国人である。平成5年、中国中央テレビの日本での総代理として設立されたというが、映画の共同製作者は2つの中国法人(団体)であり、製作総指揮者、監督、プロデューサーはすべて中国人である」と述べている。

 法律は、「日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画をいう。ただし、外国の製作者との共同製作の映画については振興会が著作権の帰属等について総合的に検討して、日本映画と認めたもの」という要件をあげている。上のようなケースについての規定はないので、稲田氏のような解釈の正誤を判定できない。氏の主張は、そう解釈もできるという程度のものであろう。

 政治性については、「靖国神社をテーマにしていること自体、政治性が強い。小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」という理由で、あると判定している。ここは意味がとりづらい。「靖国神社をテーマにすること自体が、政治性が強い」ということの理由が次の文に書かれているのだろうか? つまり、「小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」から、政治性が強いということだろうか? 靖国神社への小泉首相の参拝をめぐって議論があったこととそれが日中間で政治問題化したことは、この映画の内容の政治性とどう関係しているのかがわからない。まして、「この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである」というのは、映画の内容との関連がわからない。なんとなく、裁判の原告がメーンキャストだから、原告の立場に立った映画だと言いたいのではないかと思われるが、例えば、東条英機をメーンキャストにした東条批判映画というのもありうるわけだから、メーンキャストが誰かということだけでは、内容の政治性はわからない。その点を確かめるために、試写会を開いて、実際に映画を観たのではなかったのか。要するに、氏は、法律家の目で外形を観るだけで終わっているのである。

 そのことは、氏自身、「私たちが問題にしたのは、この映画自体ではない。そこに文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点についてである」と述べている。つまり、合法か否かだけを問題にしたということである。しかし、稲田氏の違法とする判断根拠は上に述べたように怪しいものである。

 他方で、氏は、この映画の内容を批判している。映画から、いくつかのメッセージが読み取れたという。一つは、「私も弁護士の立場から靖国神社の応援団として裁判にかかわったが、原告らは一貫して「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」と主張していた。映画からは同様のメッセージが強く感じられる」というもの。氏は、「映画の最後で、いわゆる南京大虐殺にまつわるとされる真偽不明の写真が多数映し出され、その合間に靖国神社に参拝される若かりし日の昭和天皇のお姿や当時の国民の様子などを織り交ぜ、巧みにそのメッセージを伝えている」と述べている。南京虐殺では、日本人が虐殺されたのではなく、中国人である。死ねば神になるとだまされたのは、日本人である。単純に考えれば、これは、国内平和と戦地の悲惨さを対照したものだろう。そこに巧みなメッセージなどを見る稲田氏は、深読みしすぎではないだろうか? ちょっとスターリンばりに、猜疑心が強すぎという気がする。

 「私は、大虐殺の象徴とされる百人斬り競争で戦犯として処刑された少尉の遺族が、百人斬りは創作であり虚偽であることを理由に提起した裁判の代理人もつとめた。遺族らに対する人格権侵害は認められなかったが、判決理由の中で「百人斬りの記事の内容を信用することができず…甚だ疑わしい」とされた。ところが映画では百人斬りの新聞記事を紹介し、「靖国刀」をクローズアップし、日本軍人が日本刀で残虐行為をしたとのメッセージを伝えている」というところは、氏の誤読のような気がする。

 「これらを総合的に判断すると、「靖国」が「日本映画」であり「政治的宣伝意図がない」とし、助成金を支出したことに妥当性はない」と氏は結論する。ずいぶん偏った総合に見える。これでは、総合の名に値するものとはいえないだろう。

 別にこの映画の公開に反対したわけではないといっても、氏の場合、自分が最高権力を握る与党議員という立場にあるということ、その身分は、民間人ではなく、特別公務員であるということをわきまえる必要があることは明らかではないだろうか。

 「表現や言論の自由が最大限尊重されなければならないのは民主政治の過程に奉仕するからであり、表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとすることは背理である」と氏は言うのだが、これもまた稲田氏の強い被害者意識が出ている感じがする。世論は、稲田氏に権力をもって言論封殺を強制することはできないからである。この場合には、稲田氏は、他者の言論や表現の自由を守ってこそ、自分のそれらが本当の意味で守られるのだということを理解する必要がある。一時、氏も加わっての表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとした反フェミニズムやサヨクへのバッシングの嵐は、一体、どう説明するのか? まさか、サヨクの場合はだめで、保守派の表現の自由だけが、最大限尊重されるとは言わないだろう。なお、民主政治の過程に奉仕する政治家に、表現・言論の自由を最大限尊重するようになったのは、戦前の反省からであり、戦後民主主義的価値観を示すものだ。「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」ことを含む戦前の否定からそうなったのである。

【正論】文化庁の映画助成 衆議院議員、弁護士・稲田朋美

 ■助成の妥当性だけを問うた

 表現・言論の自由が保障されたわが国において、たとえ政治的、宗教的な宣伝意図のある映画を製作しようと公開しようと自由である。今回、映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)の一部映画館での上映中止をめぐって私が批判の矢面に立たされている。私たちが問題にしたのは、この映画自体ではない。そこに文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点についてである。

 発端は一部週刊誌が「反日映画『