雑文

都知事選と階級問題

 いよいよ東京都知事選だが、その前に名護市長選挙があり、これで現職稲嶺氏が勝つかどうかは、都知事選にも影響を及ぼすだろう。
 東京都に巣くっている「悪党」どもは、東京オリンピック利権を確保するために、うごめている。東京は、『階級都市』(橋本健二 ちくま新書)となっており、「グローバルシティ化」(サスキア・サッセン)していて、東部(ブルーカラー・貧困地域)と西部(新中間階級・中間層)と中央(ブルジョア・富裕階層地域)にはっきりと分かれてきている。階級・階層の空間化・地域化は今やはっきり目に見える。階級論としては、渡辺雅男氏の分析もあり、都市社会学の研究も進んでいる。
 都知事選は、今のところ、階級性の曖昧なまま、原発政策を焦点とするものになりつつあるが、原発問題の階級性ということは疑いもなくあり、そこまで原発問題の掘り下げが進んでくれば、それも焦点化しうる。

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階級社会について

 以下は、橋本健二氏の『階級社会 現代日本の格差を問う」(講談社選書メチエ)という本からの引用である。階級という言葉はほとんど死語扱いだったが、明らかに階級という概念がないとリアルに現実を理解できない状況が今、はっきりと見えつつある。今後、他の本も集めているところで、まず、この問題を検討する入り口として、橋本氏の以下の主張を参考に引用しておく。

1 「階級」が死語だったころ

社会科学の「常識」
 21世紀に入ってからの日本では、格差の拡大が注目を集めるようになった。「格差社会」「下流社会」などという流行語も生まれた。隔世の感がある。ほんの少し前まで、日本は平等な社会だというのがこの社会の常識だったからである。
 格差を分析するために、社会科学が古くから用意してきたのは「階級」という概念である。より幅広い意味をもつ「格差」という言葉が、使いやすさもあって広く使われているが、「階級」という言葉も、雑誌記事や一般教科書などでしばしば見かけられるようになった。しかし、この「階級」という言葉だが、最近までお日本ではほとんど死語に近かった。
 日本にも階級がある。日本は階級社会である――。一昔前にこんなことをいうと、とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主とみなされかねなかった。当時、具体的にいうと1970年代から90年ごろにかけては、大部分の日本人が平等幻想・中流幻想にどっぷり浸かっていて、日本には階級はないというのは、特に証明を必要としない自明の事実のようにみなされていたからである。経済学者の間でも、現代日本には階級がないか、あっても小さな意味しかもたないというのが、大方の合意となった。
 私が大学院に入って階級研究を志したのは、ちょうどそんな時期だった。教員や大学院の先輩たちに、マルクス主義に関心があって、階級の研究をやりたいなどと話すと、「今どき何を考えているんだ」というような顔をされた。ゼミや研究会の場でも、日本は9割が中流の平等な社会であり、西欧のような階級はなく、マルクス主義の階級理論は日本にはあてはまらないというのが自明の前提とされていて、誰もそれについて実証が必要だとは考えていないようだった。社会科学者にとって、社会の現状に関するあらゆる命題は実証を必要とするはずなのに、なぜかこれに限っては例外扱いされていて誰もそれについて実証が必要だとは考えていないようだった。社会科学者にとって、社会の現状に関するあらゆる命題は実証を必要とするはずなのに、なぜかこれに限っては例外扱いされていた。そして階級という概念に依然としてしがみついているのは、何かの政治党派のメンバーか、でなければ教条主義に凝り固まった一部の学派だけだというのが、私の身の回りにいたほとんどの研究者たちの理解だった。実際、歴史研究や西欧の研究の紹介の場合を除けば、論文に「階級」という言葉を使う人はほとんど皆無だった。欧文の本や論文には「class(階級)」という言葉がひんぱんに出てくるのだが、研究者たちはこれを「階級」と訳することを嫌い「階層」と意訳したりしていた。(12~13ページ)

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ブントにあらずば人にあらず?

 

 「ブントにあらずば人にあらず」は、もちろん冗談だが、しかし、今日、脱原発、特定秘密保護法案反対で、数万単位の人々が国会を取り囲むことが続いている情勢に対応しようとするなら、ブント(共産主義者同盟)という言葉に象徴されるようなラディカルな変革運動ということを意識するのが当たり前である。

 革命と言ってもいいが、そういうところからは、ブントか知識人・学者かとかいう類の答えは、全てブント、イエスである。ブント主義、運動のラディカルな推進とそれに対応する主体性を形成しつつ、それとマッチし、発展させる組織の形成、ということになる以外にない。異性かブントか? ブント。家族かブントか? ブント。生かブントか? ブント。……
 いずれにしても、全て、「ブント」ということになる。

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都市の主体者とは

 日本都市問題会議編『都市は誰のものか 都市の主体者を問う』(清文社)は、このサブタイトル「都市の主体者を問う」に惹かれて読んだもので、たまたま、福島県三春町の伊藤寛元町長の文章が載っていた。首長では、他に、竹内謙元神奈川県鎌倉市長、原田敬美元東京都港区長、元静岡県掛川市長も書いている。

 論者たちは、都市の主体を問題にしているが、中に、武谷三男の『弁証法の諸問題』で説かれた「三段階の方法論」や羽仁五郎の『都市の論理』の影響を受けたという人がいる(「情報都市へのアプローチ」菊竹清訓(日本建築士会連合会名誉会長))。都市とは何かということも曖昧ならその主体が曖昧であることも当然のことである。もちろん、行政は都市の主体者ではない。
 面白いのは、中に引用されている石原慎太郎元東京都知事の東京への見方である。
 「ゲロに似てる、この街は。都知事として言いたくないけどね、この街はね、もういかに都市計画がなかったか」(2003年10月14日江戸開府400年 記念の国際シンポジウムの基調講演)(「美しい都市こそサスティナブルである」稲垣道子(株)フェリックス代表『都市は誰のものか』清文社 159ペー ジ)。
 言い方は不適切だが、東京に都市計画はあまりなかったし、あっても頓挫したのは確かである。

 尾島俊雄(早稲田大学建築学教授)は、「都市の主体を問う」と題しながら、最初に、「町や都市の主体者は、日本国家と同様にその存在が見えない、した がって、家や都市を評価するにしても、また、町づくりにあたっても、主体者の要求性能が確かでないため、良し悪しの判断ができない」(53ページ)と言う。「社会の主体者が明確でないまま都市や環境の評価ができないのが、日本の昨今の現況である」(同)とも言う。「町づくりの主体者」がないのであれば、 自然発生的に、成るようになっていくしかなく、それが今の東京の街のでき方の基本である。2020年東京オリンピックに合わせた開発もそうなるだろう。埋め立てた土地が余っている湾岸地域に施設やインフラ整備が集中する。そこには、容積率という観点中心で高層ビルが建てられる。等々。という具合に。
 外岡豊氏は、「環境理想都市構想から21世紀社会構想へ」という文章で、「緑地確保という点からも、「土地の私有と占用から脱却しビルの構造体までを開 発業者が所有管理し、内装は入居者が行うとしても、エネルギーや通信系の各種サービスが付いた床の利用権だけを私有する仕組みにする」(同127~8ペー ジ)という提案を行っている。

 昔から、グリーンベルト論、田園都市論、など、自然環境と調和した都市像が描かれてはきたが、東京の現実は、高いビル、あるいはスカイツリーに上って、 眺めてみれば一目瞭然だが、ただただ街がどこまでも拡がっているだけで、ところどころ、ビルの山が尖っているという味気ない景観となっている。もちろん、 下を歩いてみれば、特徴のある街並みというのも見られる。歴史を想像しながら歩けば、例えば、台東区合羽橋通り商店街の下を、暗渠化された新堀川が流れる水のイメージを想像することはできる。

 都市の主体者は誰か? それは住民であるべきだろうが、同書に登場する港区のように、「夜間人口は約20万人(うち1割は外国人)、昼間人口は約90万 人」(同39ページ)というような街の主体者は誰かというような問題もある。それと、企業のよう法的人格(法人)は主体者なのかということもある。この間 の都市開発が、汐留開発や六本木ヒルズのように森ビルといった大手ディベロッパーによって行われているというのもどう考えたらいいのか。住民登録されている人という行政的定義だけでは、都市や町の主体者といっても、具体的な内容が明らかでない。都市というからには、地理的な内容がなければならない等々というこ とがあるのだ。

 脱線するが、石母田正氏の国民的歴史学運動論の入った本を読んでみると、占領統治の転換・反動、朝鮮戦争特需から景気上昇期に入り、サンフランシスコ条約締結、不完全講和の道を歩み始めた戦後日本の危機の時代の主体として、日本人の発見と民族主体の形成を歴史学の目的とするという石母田氏の考えは、危機意識がその解決主体の形成を求めるというものとなっており、東京都の街の現状は、そういうパターンを描かざるをえないところに、人々を追い立てているのではないだろうか?

 なお、全国総合開発計画は、四全総の次の全国総合開発計画として、五全総にあたる「21世紀の国土のグランドデザイン」(1998年3月31日閣議決定)を出している。国土交通省のHPで公開されている。現在、『新たな「国土のグランドデザイン」構築に関する有識者懇談会』(第1回会議、2013年10月28日)が開かれている。座長は寺島実郎氏である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/全国総合開発計画

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インドと近代化

 難民講座でビルマのことをやったが、調べている時に、ビルマがインドとの関係が深いということがわかったので、インドのことが気になったのだが、間に合わず、あまりわからないままだった。そこで、中村元氏『古代インド』(講談社学術文庫)を読んだ。いろいろと勉強にはなったが、中に、資本家という概念がよく出てくるので引っかかって仕方なかった。古代インドに商業資本家がいたというのだが、資本の概念がはっきりせず、商品経済・貨幣経済があるともう商業は資本主義的になっていると思われているようである。『資本論』を読めば、商人と商業資本家の違いがわかるので、これは簡単に直せることである。

 宗教と階級性を結びつけて考えようとするのはいいのだけれど、これでは、古代から資本主義があるということになり、資本主義の歴史的特殊性がわからなくなってしまう。貨幣経済はイコール資本主義ではなく、資本主義の成立には生産過程での変化、とりわけ工場制度の成立が必要である。資本関係、つまり資本―賃労働関係が成立しなければならない。工場制度のない古代に商品経済・貨幣経済の発展があったことをもって、資本家がいて、それが仏教やジャイナ教などの当時の新興宗教・イデオロギーの階級的支持層であったというのである。もちろん、階級性は変わっていき、また、階級階層にあった分派が生まれた。特に労農派系に商品・貨幣経済と資本制経済を同一と見る傾向が強く、なかには『資本論』の最初の商品の部分(とりわけ価値形態論)がわかれば後は読まなくていいという極論をはく人もいて、あきれてしまうこともある。こういうたわけた寝言を真面目に主張する偏った人が生まれるのが専門的学問世界であり、うかつに信用すると痛い目にあうのである。1980年代初頭に、スタグフレーションの昂進から世界経済の破綻と革命情勢の到来を説いた宇野派の経済学者さんがいた。結果は大外れで、日本では竹下バブルが来て、それがはじけると、その後、クリントン政権時代にアメリカが好況となり、アメリカでニュー・エコノミクス派が、アメリカ経済(資本主義経済)の永久繁栄を謳いあげた。それも大外れした。それも学問世界では大目に見られて、出世しなすったのだが、今ではすっかりそんなことも口にしなくなったようである。

 21世紀に入ると、アメリカ発で世界不況に突入する。マルクス経済学と近代経済学のどっちも大外れである。だから、どちらでもないという時に、マルクス主義からその自己批判と自己変革を通じて、再生するというのが、課題となっている。近代経済学ではそれは不可能である。かれらがまっすぐに自画像を描くことはできないのは最初から明らかであるからである。例えば、かれらは人間の欲望は計算可能であるというありえない幻想を前提にしている。

 カーストの制度を打破しようとする運動は、後世に仏教徒などによって盛んに唱導された。しかしついに、インド社会機構の根幹を変革することができなかった。イギリス帝国もカースト制の改革には手をつけようとしなかった。カーストはそれほどねづよく、インドの土に密着している制度であるといえよう。そうして、これを打ち破りつつあるものは、インド産業の近代的な機械化にほかならない(80頁)。

 これに対して、インドの工場の現実は以下のようだという。

 たとえば、二十世紀になってからでも、インドの工場では同一カーストの者のみが寝所をともにする。工場では手洗水をカーストごとに別々の容器に用意しなければならない。工員たちは労働者であるという意識よりも、カースト所属員としての意識のほうが強いから、彼らは団結してストライキを起こすことが少ない。これは資本家にとってはなはだ有利な点であるといわれている。かつて大都市において共同食堂を儲けようとしたところが、カースト別にせよというという反対論が起こったほどである(78頁)。

 カースト制度をもっぱら農村の封建的制度とみて、それに対して資本主義的近代化をその解体力とみて、近代化バンザイと資本主義的近代主義に白旗を振っているようにしか見えない。こういう態度は、マルクス・エンゲルス・レーニンの態度は全く違う。近代化すればなんでも解決していくかのような、講座派、労農派に共通する民主主義万能的な超楽天主義にはあきれ果てているし、とっくの昔に縁を切っている。これらを止揚するのが課題だと考えている。

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原発推進者IAEA、大衆運動の原則等々

 白川静氏『中国の神話』(中公文庫)、沖浦和光氏編の『被差別部落一千年史』(岩波文庫)に入る。

 松浦玲氏が『日本人にとって天皇制とはなにか』(辺境社発行)で、日本人の歴史認識を司馬遼太郎の歴史観にみているのは興味深かった。学者が形成している日本人の歴史認識というのは、大衆のものになっておらず、かけ離れていることが多いのである。大衆の歴史認識を見るためには、司馬遼太郎の歴史小説を読まねばならぬというのが松浦氏の主張だが、参考になる。司馬遼太郎を学問的に批判するのは簡単なのだが、問題はイデオロギーなのである。松浦氏は、イデオロギーはなくせないものだと言っているが、それは正しい。イデオロギー批判はできるが、それでイデオロギーをなくすことはできない。ちょうど、『ドイツ・イデオロギー』(マルクス・エンゲルス)の勉強会をやっているので、ド・イデを読み直してみると、以前読み飛ばしていたようなところにも目がいくようになるが、その一つで、ド・イデには、共同幻想は最初は真実だがその後虚偽イデオロギーになるというようなことが書かれている。

 また、あらゆるイデオロギーを否定するシュティルナーをマルクスは「聖マックス」と呼んで批判するが、それもそのはずで、シュティルナー的な孤立無援の個人の自由は、「あなたは、どうやって飯食ってるの?」という子供でもわかる疑問に、まともに答えられない貧相なものなのである。自分で作らなきゃ、誰かが作ってるんでしょ! ということで、生きるためには、したがって個人を個人として再生産し、維持するためには、生活の必要を満たさねばならない。したがって、生産、分配、社会なしには、批判も文句も言うこともできないということがわかる。だから、シュティルナー的個人は、永遠の体制内反対派、ただの文句言い、批判的批判家にしかなりえない。後は自給自足でもやるほかないが、それならインドの聖者や一部の仏教徒のような前例がある。それでも、誰かが、シュティルナー的隠遁者の命を再生産するために働いている。キリスト教の修道院なら、共同生産・共同分配、共同生活で、共同で他者と結びあい、関係し合っている。『ドイツ・イデオロギー』で再確認したのは、歴史観のところで、かれらは、やはりヨーロッパ人だから、ギリシャ→ローマ→ゲルマンというヨーロッパ史を、世界史をイメージする際の土台としているので、日本史や中国史などとはずいぶん違いがあるということである。それから、宇野理論では、19世紀イギリスを純粋資本主義の典型として資本主義像を描くので、その他の地域の歴史と合わないということを再確認した。

 脱原発運動への結集も、去年に比べるとずいぶん減ってきているのは誰の目にも明らかである。それから、いろんなものが見えてきたが、例えば、セクト主義、セクトのために運動があるという転倒した立場をとるものがあったり、総括は他者に理解されてこそ、はじめて総括としての役割を果すということを忘れて、時間さえたてばなんとかなると思っているあまい考えの無総括。党派性は、党を名乗らないものにも存在する。ノンセクト・セクトなど。共産党のセクト主義は昔と変わっていない。三派全学連排除の主張をし、運動を分裂させ、大衆運動の中で、独自組織・独自行動に走った時と同じなのである。闘う者への敵対と妨害を行い、権力と闘う者を平気で権力に売り渡す。「歌って踊って」「学生の本分は勉強だ」と体制べったり。唯一絶対正しい共産党という独善性。闘う者、意識の高い者ほど共産党をやめ、離れていく。

 大衆運動の原則は、上野千鶴子氏が強調する当事者主権(ただし、これは当事者独裁でもなければ、当事者独善でもない。また、他にも留保すべき点があるが……)、統一・団結のできるだけの優先、一切のセクト主義的分裂策動の拒絶。何のためのセクトか、何のための運動かが曖昧化し、セクトのためのセクト、運動のための運動となったら、それは悪しきセクト主義にしかならず、歴史的にそんなものが一時的成功以上のものをなしたことはなく、自ら身を滅ぼしてきたのである。そんなものは小グループに縮小せざるをえないことは明らかだ。

 『共産党宣言』での共産主義者の定義、ちょっと先を見通せて、運動の絶えず推進するプロレタリアートの一部分というのは正しい。運動の総体の利害を代表し、部分を代表するのではない。プロレタリアートの統一と団結の発展を利益とし、運動内の特定の党派の部分的な利害を代表することはない。それは闘いの目的のためであり、革命のためである。党はその手段の一つである。手段は目的に適う場合にのみ、有意義であって、そうでないなら、無用である。間違いを正せないなら、それは無用の長物であり、役に立たないし、大きい支持を長期間得ることは不可能であり、その報いは必ずくるのだ。それがわからない連中と深く付き合うとこっちもだめになり、腐敗し、力がなくなってしまう。それを洞察できる人、気づいたら早く直せる人が、ほんとうに頭の良い人である。福島主体の広く深い統一と団結を! これが福島の運動の大衆運動上の大原則である。そして、少数の例外。臨時的一時的例外。臨機応変、しかし、原則は失わず。……。難しいが、やれる人、やろうとする人はすばらしい活動家である。

 IAEAの基本的立場を端的に示しているので、載せておく。

 「東京電力福島第1原発の事故で揺らいだ原子力の安全性への信頼の回復に重点を置き」と、原子力は安全であるというのが基本的立場である。これは、基本的に原子力に安全性はないと考える、反原発の立場と正反対の相容れない考えである。IAEAは、安全な原子力を推進する原子力推進機関であり、福島原発廃炉を宣言し、県議会でも決議している福島にIAEAの事務所を設置することは、それに反することになると考える。かれらの福島入りを容認した福島県当局の態度は間違いである。

原子力の信頼回復に重点=民生向上に必要-IAEA事務局長(2013/03/07時事ドットコム)

 【ウィーン時事】再任が決まった国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は6日、記者会見し、2期目はイランの核兵器開発疑惑の解明のほか、東京電力福島第1原発の事故で揺らいだ原子力の安全性への信頼の回復に重点を置きつつ、核兵器の拡散防止や原子力の平和利用促進にバランスを取りながら取り組む方針を表明した。
 天野事務局長は「多くの開発途上国が原子力技術を民生向上に使おうとしている」と指摘。原子力の信頼回復はどの国にとっても「非常に重要だ」と語った。 
 イラン核問題では、外交解決を目指す考えを強調。イランに協力を促すとともに、「具体的な結果を出さなければならない」と述べ、停滞する核協議の打開に意欲を示した。(

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海民など

 沖浦和光氏は、『瀬戸内の民族誌』(岩波新書)で、自身の出身地・ルーツを探る中で、瀬戸内の海と島の世界を、複数のルーツを持つ複合文化的環境としてとらえ、さらに海の道を通じた東南アジア・中国南部などとの共通性を見出している。瀬戸内海沿岸や島嶼部の被差別部落の起源を「家船」集団の陸上がりに見ているのが興味深いところだ。もともと、仏教の不殺生戒の思想に基づく、殺生禁止令が度々出され、漁の禁止措置がとられたことなどもあり、さらに、良民=農民の下に、工・商等々の身分秩序が形成されていき、やがて近世には差別支配体制として固定されるのだが、その時に、その外の身分として漁民、さらにその外に置かれたのが「家船」の民であるというのである。「家船」とは、船を家として、夫婦子供の家族で船上で暮らし、場所を変えつつ、漁をしながら、移動生活する民である。瀬戸内海では、それ以前から海の民がいたが、海軍と呼ばれたのが、越智水軍→河野水軍→村上水軍の水軍の流れである。それ以前、記紀にある神功皇后の「三韓征伐」にまつわる伝承があっちこっちに残されているという。平家の落人伝説を持つ集落も多いそうだ。
 沖浦氏は、「あとがき」で、自らこの書を以下の6点にまとめている。

  1. 定住農耕民と違って、海民は漂泊性・移動性がつよく、特に漁民は仏法で定められた(不殺生戒)を守っては生きていけなかった。その海民たちの歴史と民俗を〈差別―被差別〉の視点から照射すれば、いったい何が見えてくるのか。
  2. ヤマト王朝以降の律令制にもとずく国家的営為において、海民はどのように支配権力に把握されてきたのか。千余年にわたる農本主義的な国家において、海民はどのように位置づけられてきたのか。
  3. 古代では(海賊)と呼ばれ、戦国時代に入ると(水軍)と呼ばれるようになるが、およそ四段階を経て海賊から水軍に発展し変貌する。「沖家」「島衆」の別名で呼ばれた瀬戸内の海賊衆は、〈越智水軍〉→〈河野水軍〉→〈村上水軍〉という系譜をたどってきた。秀吉の「海賊停止令」によって壊滅に追い込まれたが、その終末はどうなったのか。
  4. 瀬戸内海民の主力は、江南地方を源郷とする倭人系だった。その一部は朝鮮半島を経由して、あるいは東シナ海を船で渡って、それから瀬戸内に入ってきた。また黒潮に乗って北上うしてきた隼人系も九州南端から瀬戸内へ入ってきたのだが、それらの諸系譜はどのように交錯・混交したのか。
  5. そのような諸系譜の投影として、彼らの〈海神〉信仰もいくつかの系列に分けられる。それを解く一つのカギは記紀神話に現れるオオワタツミノカミとオオヤマツミノカミを祖型とする〈海神〉伝承である。そこから何が浮かび上がるか。
  6. アジアの各地から入ってきた「諸文化の複合体」として日本列島の文化が形成され、海民の民俗にもさまざまの潮流が流れ込んでいる。特に江南系と南方系海洋文化との結びつきは深く、海民の崇敬を集めた〈海神〉像にも、南方系海洋民のアニミズムが色濃く投影されている。彼らがトーテムとしたワニ・トカゲ・ヘビ信仰が昇華した「龍」信仰もその一つだが、日本の海民文化の諸源流は、どのようなルートでこの列島に入ってきたのか。(243~245ページ)

 山の方の生まれ育ちなので、こういう海の世界については感覚的によくわからない。『別冊東北学vol.5』での赤坂憲雄との対談で、沖浦氏は、「東北に関しては、正直、これまであまり関心を払ってきませんでした。これは、きっと生まれ育ちのせいですね。姓ですぐ分かわかるように、わが家系は、海民で、まあ、海賊っちゅうのかな、村上水軍の末裔なんです。絶えず海に向かって南を意識しながら育ちました」(同13ページ)と述べている。正直である。逆に、こちらは、南や海をあまり意識しないで育った。このような感覚の違いはそう簡単に埋まるものではなく、頭や知識では簡単に飛び越えられないものだ。そのことを率直に語る沖浦氏の姿勢に共感を覚える。違うものは違う。その認識から、共同のコミュニケーションは始まるのである。違い=差別ではない。

 3・11以降、福島・福島、東北・東北という言葉が飛び交い、支援だなんだという声も大きいが、それで3年目に入ろうとしている。まもなく、鎮魂の時期となるが、鎮魂は他者を必ず必要とする行為である。死者が自らを鎮魂することはできない。それは生者の行為であり、しかも共同行為でしかありえない。そこで、その共同性の中身が問題になる。3・11から、地域の歴史や文化を広く深く理解しなければならないと痛感した。それを自分なりに懸命に探ることにこの2年間の大部分が費やされた。3・11が起こる前、日朝問題について考え、資料を読み進めてきたが、それは、中断を余儀なくされた。だが、徐々にそれも再開しつつある。それは、日本近代の総括という作業の一環として再考されるものだ。そこから見えるものの一つは、日本における宗派主義の問題ということである。それは、セクト、市民運動、ノンセクトにもあるセクト性の問題であり、そこに見られる排他性―排除の論理であり、同化主義であり、差別性の問題である。福島の代弁者になる代行主義、福島の主体性を否定する介入主義、たった2年のにわか知識で福島をわかった気になっている自惚れ主義、等々の否定的現象が、運動の後退局面の中で、現れてきている。感覚の鋭い人なら、すでにその自覚が生じていることだろう。改めるべきは改める謙虚な自己反省の時期が訪れていることに気づいているに違いない。福島の放射能被害がこれから表面化してくるということを思う時には、意識を強くしないと暗い気分に陥ってしまう。だが、希望を捨てず、放射能被曝者の犠牲をできるだけ小さくするように努めなければならない。特に、子供たちの命を一人でも二人でも救うということが基本中の基本の課題で、セクトだろうが市民だろうがなんだろうが、それを忘れているようなものは容赦なく暴露・批判し、正さねばならない。福島の人々は、抽象的な一般市民ではなく、歴史を背負った具体性をもった諸個人、人々であることを忘れないようにしなければならない。

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民族問題など

 沖浦和光氏『瀬戸内の民俗誌』(岩波新書)、『戦後部落解放運動史』(河出ブックス)、スコット『ジェンダーと歴史学』(平凡社)に入る。

 松浦玲氏の『横井小楠』で、もう一つ面白かった点は、日本の武士と中国の士太夫が違うという指摘である。中国の士は、科挙によって選ばれた官僚で、受験資格に限定はあったが、かなり広く開かれていた。途中で自分の意志で辞めることもできた。それに対して、日本の武士は、生まれつきの身分であって、世襲の武官である。それが平和時には官僚仕事をしていたのである。江戸時代、けっこう複数の藩を渡り歩くなどする武士がいたというのを改めて認識した。

 中国の民族問題は複雑であり、微妙なところが多くて、理解するのも大変である。加々美さんの『中国の民族問題』はその点いろいろと理解が進んで、大変参考になった。アメリカは、インディオ対策で完全に民族問題対処の失敗例を示している。アメリカは、自分がうまく対処できない民族問題の解決を他国に求めるということをしているのである。日本の場合もそうで、アイヌ新法を制定し、アイヌという先住民族の存在を国際的にも認めながら、右派の言うことを聞いていると、未だに日本民族単一説を前提にものを考え、言っている。また、政府は積極的に複数民族国家であることを人々に広めていない。アメリカが、先住民のインディオに対してやったことと中国がチベットに対してやったことと日本がアイヌに対してやったことは、大雑把には、似ているところがある。

 もう一つ、加々美さんの本で、民族問題については、やはりマルクス主義者の議論が実践的な意味が極めて大きいし、学術研究的な意味ではなく、政治思想的に大きな意味を持っているということを中国の民族問題についての議論の紹介を読んでて感じたのが大きかった。コミンテルン第三回大会での、民族・植民地問題についてのテーゼ(草案)とロイの補足テーゼの提起したものは今でも大きな意義を持っているということを改めて認識した。それに対して、日本での右翼の民族、民族という叫びは、無内容で、民族の概念も曖昧で、何を言っているのか理解できない中身のない貧相なものにすぎない。人々から血税を貪りとって生活しながら人々を上から差別的な視線で見下ろす吸血鬼たちの立場に立って、人々の立場で闘う者たちに薄汚い罵声を浴びせる。支配階級が内心で思いながら表立って言えないような下品で差別的な言葉を大声で撒き散らす。三島由紀夫が日本文化の本質をみやびと言ったが、みやびなどかれらのどこにもない。

 それに対して、他者の痛みをわが痛みのように感じ、虐げられた人々の立場に立ち、自分の利害だけではなく、被差別者、被抑圧者の要求をも理解し、そういう他者の解放のためにも闘う全人類の解放者としてのヘゲモニーを形成して、そうした人々の連帯の糸を紡ぐ者がプロレタリアートである。自己を解放するためには他者の解放をも実現するために闘う必要があることを理解するのがプロレタリアートなのである。自分の解放を他者の解放と結びつける力を持ち、全人民解放の先頭に立って闘うのがプロレタリアートなのである。支配階級から搾取・抑圧・差別されている人々の立場や境遇を理解し、その解放のために忍耐強く闘うのがプロレタリアートなのである。それが結局は自己の解放につながるのであり、そのことを理解し、行動で示すのがプロレタリアートなのである。自分の利益ばかり追求するとかえって痛い目にあい、マイナスの結果になるのだ。もちろん一時的な例外はあるにしても、中長期的に見れば、そうなるのである。自分の目の前の利害だけを追っていると、後で必ず痛い目にあうのである。そのことはホリエモンを見ればよくわかるはずだ。もっとも彼は今はすっかり反省してやり方を変えているようだが。

 今読んでいるものも、そういうことを改めて確認させてくれるものが多い。

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安倍氏、経済主義、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」

 安倍自民党の勝利が、敵失によるところが大きかったのは、明らかである。その安倍氏だが、ウィキペディアによると、安倍首相が、奥州安倍氏が前九年の役で、源氏・清原連合軍によって滅ぼされた後、一族の一部安部貞任の弟宗任が、九州の宗像神社に預けられ、その後松浦党になった、その末裔であるという説があるという。

 嵯峨源氏渡辺党松浦氏系のものが大半だが、一部に奥州安倍氏の生き残りで、源義家に敗れ宗像の筑前大島に流された安倍宗任の子孫の安倍宗任系のものがある。

宗任は、

 四国の伊予国に流され、現在の今治市の富田地区に3年間居住し、その後少しずつ勢力をつけたために、治暦3年(1067年)に九州の筑前国宗像郡の筑前大島に再配流された。その後、宗像の大名である宗像氏によって、日朝・日宋貿易の際に重要な役割を果たしたと考えられる。また、大島の景勝の地に自らの守り本尊として奉持した薬師瑠璃光如来を安置するために安昌院を建てた。そして、嘉承3年(1108年)2月4日に77歳で亡くなった。

 その三男の安倍季任は、

 肥前国の松浦に行き、松浦氏の娘婿となり松浦三郎大夫実任と名乗る。その子孫は北部九州の水軍松浦党を構成する一族になったともいわれている。

子孫

 松浦実任(安倍季任)の子孫の松浦高俊は、平清盛の側近で平家方の水軍として活躍し、その為、治承・寿永の乱により、現在の山口県長門市油谷に流罪となった。その後、高俊の娘が平知貞に嫁ぎ、源氏の迫害から逃れる為に安倍姓を名乗った。その子孫とされる著名人に政治家の安倍晋太郎・安倍晋三親子がいる。安倍晋三は内閣総理大臣にまでなった。

 安倍宗任を預かった宗像氏は、女神三神(市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命 (たぎつひめのみこと))を祭神とする宗像神社のあるところの領主だった。厳島神社も同じ祭神(宗像三神)を祭っている。宗像三神は、記紀では、天照大御神と須佐之男命の契約(うけい)で生まれたとされている。海の民に信仰された神である。この宗像信仰について、五木寛之氏は、宗像は胸方ともいうことから、胸に刺青をして潜水漁をする海人系の人々の信仰ではないかと述べている。潜水して漁をする倭人の話は『魏志倭人伝』に出てくる。倭人は全身にイレズミをして海に潜って漁をすると書いてある。この点と、呉越同舟の故事で知られる中国春秋時代の呉の人々が全身にイレズミをして素潜り漁をしていたという記録もあることから、呉人の日本列島への渡来(水稲の伝来)を唱える人もある。稲には陸稲と水稲があり、水田を作って栽培する水稲は、「古く見積もれば今から3000年ほど前のことと思われる」(季刊『東北学』第11号所収「栽培植物の渡来からみた「いくつもの日本」」 佐藤洋一郎 柏書房 2005)外来のものであるという。それ以前から、焼畑で作る陸稲があった。

 五木寛之氏の『サンカの民と被差別の世界』の最初は、山の民=サンカを題名にしながら、瀬戸内海を本拠地とした村上水軍という海人の話から始まっている。村上水軍は、瀬戸内海中央部の芸予諸島の能島(のしま)、来島(くるしま)、因島(いんのしま)の三島に本拠を置く海人集団で浄土真宗の信徒だという。五木氏は、瀬戸内の島出身の沖浦和光氏の説を受けつつ、海民と、柳田国男が言う「常民」=農民は、祭神も異にし、その間にはあまり交流がなかったと述べている。しかし、柳田の『遠野物語』には、山人と海人の交流の話がいくつか出てくる。それに、宮本常一の『塩の道』にも、塩を通しての海人と山の民との交流・交通の話がメインテーマとして出てくる。『東北学』では、そういう海と山との交流のことも取り上げられている。五木氏は、この段階では、「常民」と「常民」外の海人との関係を、差別―非差別の関係として強く意識していたのだろう。農民が封建的身分制を内在化させていて、その秩序の崩壊に恐れを抱いたことは、「身分解放令」反対一揆が明治初期に発生したことに伺える。

 現代日本の主流思想は、1960年代高度成長期の池田勇人政権に代表される近代化論、経済・生活主義、生産力主義(能力主義)、成長主義、だと考える。そこにはいろいろな変形物があるけれども、基本は経済主義であり、60年安保闘争のような政治主義の否定、経済第一、それ以外は二の次とする、あるいはそれに奉仕すべきであるとする態度の源泉は高度成長期に作られ、それをエートスとして民衆の心に内在化させたのは、もちろんマスコミもあるが、創価学会を始めとする新興宗教の欲望肥大化の煽り、経済主義の礼賛、等々ということもあった。それらの信仰が物的利益の拡大に結実し、それが幸福を導くとする教導は、禁欲的な勤労奉仕、企業への従属などの資本への労働者民衆の奴隷化=臣民化をもたらした。60年安保闘争は、それを主導したブント系全学連が、経済主義を批判し、政治主義をもって、運動を牽引したといわれる。安保を潰すことは、経済的豊かさを実現することにつながることを別に保証するものではなかったからである。ただ、当時、ソ連型の計画経済の方が経済的豊かさをもたらすという幻想にとらわれた人も多くいたかもしれない。とにかく、高度成長期に入ると、経済的豊かさが第一義の価値であって、それを実現するものはマル、それを妨げると見做されるものはバツ、という価値判断が一般化する。労働組合のストライキはバツ、企業管理の強化(QCサークルなど)はマルといった具合に。歴史観では、ライシャワーやロストウなどの近代化論である。これが保守本流の基本思想であり、思想的主流派である。それに対して、安保優先や軍事優先や政治主義や道徳主義などは、非主流である。

 しかし、高度成長も終わり、経済の停滞状況が長く続き、これまでの価値観では経済的豊かさの基礎も維持し難くなってくる時代に入り、アフリカでは帝国主義的分割戦が再浮上してくるという状況が見えてくる。今は、過渡期であって、高度成長時代の最後を飾ったポスト・モダニズムも過去のものとなりつつある時代である。基底的な価値基準である高度成長主義・経済主義・生産力主義ではない別の価値基準をたて、思想を形成すべき時である。今は過渡的な混沌状態にある。ポスト・モダン思想の幻想ははげ落ちているし、今はそれを見ぬくのは昔に比べて簡単になっている。90年台のブームから20年以上も過ぎているのだから当たり前と言えば当たり前だが、いずれにしても、そういう古い思想にしがみついていても仕方がないと思う。

 では、それに代わるものは何か。それは、現存の諸関係、世界をリアルに認識し、それを根本的に変革できる具体性を持った思想であり、虚偽意識が人々を搾取・抑圧から解放できない以上、それを暴露し、人々を搾取・抑圧・差別などの軛(くびき)からの解放に導ける思想である。

 話は変わるが、古田武彦氏は、『真実の東北王朝』で、記紀で、神武東征を一旦打ち破った後、熊野から大和盆地に入ってきた神武軍に滅ぼされた長脛彦(ながすねひこ)の兄の安日王(あっぴおう)の子孫を名乗る(安倍→安東(藤)→)秋田氏の秋田孝季(たかすえ)が「神は人の上に人を造らず、亦、人の上に人を造り給ふなし」と『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』の「荒覇吐(あらはばき)神之事」で述べていることを引いて、これが、福沢諭吉が明治5年の『学問のすすめ』で有名な「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」の元であると述べている。しかし、例えば、ウィキペディアの「 学問ノススメ 」の項を見ると、以下のようにある。

 江戸時代末期から明治時代にかけて、西欧文明が押し寄せてくるのに先立ち、福澤諭吉はその著書『西洋事情』で、「千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州独立ノ檄文」としてアメリカ独立宣言の全文を和訳して紹介した。

   天ノ人ヲ生スルハ、億兆皆同一轍ニテ之ニ附與スルニ動カス可カラサルノ通義ヲ以テス。即チ通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ他ヨリ如何トモス可ラサルモノナリ。人間ニ政府ヲ立ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初テ眞ニ権威アルト云フヘシ。政府ノ処置此趣旨ニ戻ルトキハ、則チ之ヲ変革シ、或ハ倒シテ更ニ此大趣旨ニ基キ人ノ安全幸福ヲ保ツヘキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟タスシテ明了ナルヘシ
                            『西洋事情』初編 巻之二

 このうち、冒頭の章句および思想は、後の『学問のすすめ』初編冒頭、に引用され、人々に広く知られるところとなった。

 さらに、この言葉で調べると、以下のような説明がある。

「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」という一節はあまりに有名である。
 誤解されることが多いが、この「云ヘリ」は現代における「云われている」という意味で、この一文のみで完結しているわけではない。しかも、この言葉は福沢諭吉の言葉ではなく、アメリカ合衆国の独立宣言からの引用である。

この引用に対応する下の句とも言える一文は、

「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」

である。つまり、

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」

ということである。

 「云えり」は確かに伝聞であることを意味している。素直に取れば、聞いた元の言葉があるはずだ。それは、「アメリカ合衆国独立宣言」だというのが、ウィキペディアでの説明で、該当部分を示しているが、意味は同じようなものだというだけで、文章はまったく似ていない。それに対して、古田氏が引用する『東日流三郡誌』の部分は、文章自体が似ている。偽書説に立つ人は、これを福沢諭吉の『学問のすすめ』を知る後代の人のでっち上げだという。偽書かどうかは別にして、しかし、こんなに似ていないアメリカ合衆国独立宣言の一文と福沢の書いた一文を目にして、後者が前者の引用だと決めつけることは簡単にはできないのではないだろうか。吟味が不十分なまま判決を下す(判断)することは間違いのもとになる。

 もう一人変わり種の横井小楠がいる。彼は、幕末に、朱子学という徳川幕藩体制を支える保守・守旧派の大元の思想家の言葉にかえり、それを彼流に解釈しなおして、現実変革に使え、保守を打ち破る解放思想にした人である。しかし、松浦玲氏の『横井小楠』はまだ途中なのでここまでにする。幕藩制の守旧理論も解釈し直すことで、変革思想に転ずることができるのである。それはマルクスについても言える。だから、武器としてそれを手放さないことである。だいたい被支配階級の持ってる武器、使える武器は貧弱なのが普通であるから、手持ちを多くすべきなのである。支配階級がまずやることは被支配階級の武装解除である。それには思想的武装解除も当然含まれる。国学派の影響は強く、明治維新後には神祇官が置かれ、太政官よりも上に置かれたこともあった。神官が官僚の上に立つというかたちである。しかし、それはまもなく逆転し、国学派はかなり政権中枢からは除かれた。かれらが推進した神仏分離では、例えば、広島の厳島神社で習合されていた弁財天を分離し寺に移すというようなことが行われた。その弁財天は、日本三大弁財天に数えられるほど多くの人びとの信仰を集めているという。明治の支配階級は、民衆の信仰世界にも積極的に介入し改変を加えたのである。日露戦争後の神社合祀に際しては、南方熊楠が反対運動を展開し入牢したが、それに呼応して政府内にいた柳田国男もかれなりに抵抗を試みている。

 なんだかまとまりがありませんが。

 (追記)

 アメリカ独立宣言の原文の該当部分は以下である。福沢が「天」と訳したところは、CREATORと大文字で書かれ、他の現代語訳では「創造主」と訳されている。それはキリスト教のGOD=神を意味する。当時当然のことながら、「神」という言葉は日本にあり、それを「天」と訳したのは、当時の人々に理解しやすいようにとの配慮かと思われる。しかし、神と天は異なる概念である。また、福沢の「天は云々」のところの元になったとされる下線部は、「全ての人は平等に造られている」であり、それは「創造主」によって授けられたというのである。

We hold these Truths to be self-evident, that all Men are created equal, that they are endowed, by their CREATOR, with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness.--That to secure these Rights, Governments are instituted among Men, deriving their just Powers from the Consent of the Governed, that whenever any Form of Government becomes destructive of these Ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its Foundation on such Principles, and organizing its Powers in such Form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness. Prudence, indeed, will dictate, that Governments long established, should not be changed for light and transient Causes; and accordingly all Experience hath shewn, that Mankind are more disposed to suffer, while Evils are sufferable, than to right themselves by abolishing the Forms to which they are accustomed. But when a long Train of Abuses and Usurpations, pursuing invariably the same Object, evinces a Design to reduce them under absolute Despotism, it is their Right, it is their Duty, to throw off such Government, and to provide new Guards for their future Security. Such has been the patient Sufferance of these Colonies; and such is now the Necessity which constrains them to alter their former Systems of Government. The History of the present King of Great-Britain is a History of repeated Injuries and Usurpations, all having in direct Object the Establishment of an absolute Tyranny over these States. To prove this, let Facts be submitted to a candid World.

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乱読、蝦夷、たばこ、忠

 乱読気味だが、昔からの癖でなおらない。『近現代中国政治史』(ミネルヴァ書房)、加々美光行氏『中国の民族問題』(岩波現代文庫)、五木寛之氏『サンカの民と被差別の世界』(講談社)、佐々木高明氏『日本文化の多様性』(小学館)に入る。

 高橋富雄氏『平泉の世紀』(講談社学術文庫)は、奥州藤原氏の藤原三代の都の平泉の都市設計思想の中に、奥州藤原の王朝としての性格を刻印しようとする意思を読み解いていくもので、古田武彦氏の『真実の東北王朝』の論旨とも通ずるものがある。ただし、『エゾの歴史』の海保氏が整理したエミシ・エゾ・アイヌ・エビスの諸関係が整理されていない。エゾは、辺境の民、方民なのか、それとも異民族・アイヌなのかの整理がついていない。中国古代史の記録に現れるヤマト政権が連れて来た蝦夷表記の人たちは、古田氏が言うように、クイ(骨嵬)という名で登場するアイヌと同一なのかどうか。カイ(蝦夷)がクイと聞こえ、それが表記として残ったのだろうか。民衆史研究会の本に所収されている東北の神の叙位叙勲についての論考は、方民説に立って、その征服=同化過程を論証しようとしている。しかし、そこで描かれたような、神の同一化、祭りの同一化は、「まつろわぬ民」の同化を必ずしも意味するものではないと思う。征服民の移住、征服地への外からの移民もある。その際に、それぞれ祀る神をそのまま持ち込むこともありうる。そして、『東流日外三郡誌』に、秋田氏(安倍氏・安東氏)が祖神として祭るアラハバキ神とは何かという謎……。

 民族概念がそもそも曖昧であるということもあり、むしろ近世後期に民族性が形成されていき、その過程でそれを促進したのが、異国人の来航や近隣諸国、諸民族との関係の認識であり、その枠組みを形成するのが、儒学や古学や国学、あるいは民間伝承などであると考えた方がよいのではないか。現在の日本人観念をもって歴史を遡っていくと、まったくそれと合わない人々の姿にぶちあたってくる。佐々木高明氏の『日本文化の多様性』は、稲作以前の列島の姿や人々の生活の姿を解明しようとした本である。

 それとは関係ないが、武田邦彦氏が、タバコの健康被害について以下のように述べているので紹介したい。それによると、「嫌煙運動が起こり始めた今から40年ほど前には、肺がんはきわめて少なく、男性では喫煙者が4000万人に対して、その年に肺がんになる人は1万5000人でした。喫煙者4000万人の内でその年にお亡くなりになった方が100分の1の40万人とすると、肺がんにかかった人は26人に1人ということになります。また、肺がんでお亡くなりになった人の3分の2が喫煙者であるとしても、40人に1人ということですから、第一に「タバコを吸うと肺がんになる」という表現は誠実な言い方ではないこと、第二にタバコを吸う人の主たる死亡原因がわかればタバコを吸っている人はよりそれに注意することができると考えられる」。タバコは肺がんの原因にはなるが、肺がんのうち、タバコと関係の薄い線癌が7割である。女性の線癌はタバコとはほとんど関係がない。「喫煙率が下がると、肺がんが増える」という統計上の相関関係がある。そして、「厚労省やがんセンターが主として使用している論文には、「喫煙する人が10万人あたり495人が肺がんになるのに対して、タバコを吸わないかたまにしかタバコを吸わない人は568人」で、明らかにタバコを毎日吸う方が肺癌になりにくいというデータなのです.ところが反対になっているのは、このデータの一部が「隠されていた」ということ。

 権威に弱い人は、騙されやすいので、気をつけた方がいい。それと、経験上、自分にとって都合のよい人の意見を受け入れやすいということがあるので、たとえ自分にとって耳の痛いことでも広く多様な意見を聞くことが大事である。貞観の治という理想的統治をしたという唐の2代目太宗の李世民は、玄武門の変で滅ぼした皇太子の兄の参謀であった魏徴を臣下として讒言を行なわせ、自らの戒めとしていたという。これが忠。忠告の忠である。無批判に主人に奉仕するのが忠ではない。

       タバコ・・・中間まとめ(感情的対立の原因)-1(武田邦彦氏ブログ)

 タバコの記事の最新号を削除しましたが、その理由も含めて、私たちはタバコの問題をどのように考えれば良いかということについて、私見を述べさせていただきます.ただ、私の論理は「先入観・価値観は一切、入れない。科学的合理性の無いデータはそれが明らかになるまでそばに置いておき、論理の展開には使わない」というものです。

 さらに、「タバコの問題を解析したからといって、直ちにタバコの価値観には触れない」ということもあります.社会的な運動は否定しませんが、科学的な論理展開を楽しんでください.

 たびたびこのブログでも指摘しているようにタバコは肺がん(断らない限り、気管支、気管のガンも含みます)の原因になります。世界的に見るとアングロサクソンに多く、ラテン、黄色人種は若干、なりにくい傾向にあります。 日本では、扁平上皮癌や小細胞癌は喫煙者にしか見られず、かつては肺がんの半分がこれらのガンでしたし、ヨーロッパでは扁平上皮癌が多い傾向にあります. しかし、最近は線癌が増えていて日本ではすでに肺がん全体の7割ほどになっていて、それも女性の線癌はほとんど喫煙とは無関係です.

 (注)扁平上皮癌と小細胞癌が喫煙者に限定されるということは「喫煙が癌の引き金になる」というのは間違いないのですが、だから「喫煙は健康に悪い」ということではありません.これが科学の難しいところですが、かつて肺がんの半分を占めていたこれらの癌が喫煙者からしか発生しないとしても、喫煙者は他の癌になりにくかったり、他の病気になりにくい、もしくは自殺が少ないなど(これは論理であってデータは後述)、別の要因で「タバコを吸った方が健康に良い」ということになる可能性があります。

 喫煙者の死亡の危険は肺がん以外にあった  

 嫌煙運動が起こり始めた今から40年ほど前には、肺がんはきわめて少なく、男性では喫煙者が4000万人に対して、その年に肺がんになる人は1万5000人でした。喫煙者4000万人の内でその年にお亡くなりになった方が100分の1の40万人とすると、肺がんにかかった人は26人に1人ということになります。
 また、肺がんでお亡くなりになった人の3分の2が喫煙者であるとしても、40人に1人ということですから、第一に「タバコを吸うと肺がんになる」という表現は誠実な言い方ではないこと、第二にタバコを吸う人の主たる死亡原因がわかればタバコを吸っている人はよりそれに注意することができると考えられることです。
 つまり、肺がんの治療をしている医師としては目の前の患者さんが喫煙をするから肺がんになり、その肺がんを治療するのが困難である時に、「ああ、この人が喫煙していなければ」と残念に思うのは医師の倫理として誠に正しいことです。しかし、その医師が社会的に「タバコは禁止すべきだ」ということになると、タバコの害について、肺がんばかりではなく、40人の内、39人はなにが原因で無くなっているのか、タバコを吸う人の健康や寿命はタバコを吸わない人に比べてどういう状態なのか、彼の人生がより「幸福」になるためにはタバコは必要なのかどうかなどかなり広範囲で調べ、研究しなければなりません.「健康の縦割り行政」になって人の健康をもしかすると損なっている可能性があるからです。
 このことは「医師として肺がんの主要な原因はタバコである」というのはまったく問題はありませんが、だから直ちに「タバコは害である」ということができないのが「自然」というものです。

 タバコを毎日、吸う方が肺がんが少ない可能性が高い
 この問題はこのブログでも示しましたが、二つの証拠があります。一つは「喫煙率が下がると、肺がんが増える」という統計上の相関関係であり、二つ目は(これも有名ですが)厚労省とがんセンターが中心に進めている「喫煙と肺がん」の関係(もっとも多く引用される論文)です。  
 第一のことについて、統計上の相関関係をもって、結論をだすことはできず、相関関係などを慎重に検討する必要がありますが、それでも、これほどはっきりした相関関係がある場合は、たとえ因果関係がある程度判っても結論は慎重にするべきなのです。

 ところが厚労省やがんセンターの説明を見ると、「喫煙率と肺がん死率」についての記述すらないのです。説明できないものは説明に入れないというのはそれだけで「科学ではない」ということが言えます.
 特に「タバコを吸うと肺がんになる」と「喫煙率が下がれば、肺癌が減る」といのはごく自然に繋がる相関関係です.これを否定する論拠に「タ バコを吸ってから20年後に肺癌になる」ということも言われますが、それを補正しても相関関係自体は変わらないことをすでにこの記事でも示しました。

 次に第二の点ですが、厚労省やがんセンターが主として使用している論文には、「喫煙する人が10万人あたり495人が肺がんになるのに対して、タバコを吸わないかたまにしかタバコを吸わない人は568人」で、明らかにタバコを毎日吸う方が肺癌になりにくいというデータなのです.
 ところが反対になっているのは、このデータの一部が「隠されていた」のです。公表されたデータは一部で、それによると結論は逆転するのです。
 このように、厚労省とその研究費を使って研究を続けたがんセンターのグループは、第一に論旨に反するデータを説明しないこと、第二に科学者が読んで判るような整理をしていないということ、第三に整理されたデータの根拠となる粗データを公表していないということです。
 従って、「タバコを吸うと肺がんになる」という厚労省やがんセンターの研究は「科学ではなく、政治である」ということが言えます.科学は常にオープンであり、新しいデータや概念がでたら、その根拠を明白に示さなければなりません.
 この種の科学的詐欺事件としては、常温核融合事件、韓国の生体系研究の事件があります。いずれも実験の詳細を出さず、多くの人から指摘され、追い詰められて詐欺事件とわかったものです。しかし、タバコと肺癌の関係は、国際機関ではWHO、日本では厚労省が力を入れていて、権力と資金で圧倒的な地位にありますから、すでに多くの研究者がデータの公開を求めていますが、未だに公開されていません.

 話が長くなりますので、今回はこれで終わりますが、実は私の最近の記事を取り下げたのはこれが原因しています.整理された結論が示され、元データがないので、それでいろいろ解析をしたのですが、それではどうしてもつじつまが合わないのです.
 また、整理をするごとに結論が少しずつ変わります.これは元データが公表されていないので、しかたなく整理されたデータを使うと出典によってさまざまに変わってしまうからです.これでは科学的ではないので、私も削除しました。

 他人が整理した結果になっとくが行かないときには、科学者は元データに戻って検討します.最初は「おかしい?」と疑っても、元データを詳細に見ると納得することも多いのです. もともと科学はそれまで「是」としてきたことを覆すことが多いので、そのためには根拠を明白にしなければならないのは科学者にとって当然の義務であり、厚労省とがんセンターがデータを出さなければ「タバコと肺癌の関係」についてすべてを白紙に戻す必要があります。

 私たち科学者は社会的な判断をする立場にはありません.それは医師も同じです.私たちは「科学」というものを立脚点にして、研究し、教育し、治療しているのですから、魔術は一切、受け付けません.また、思想によって左右されることもありません.それによって科学は社会の信頼が得られるからです. 私が一つわからないところは、以上のことは科学者、教師、医師などの職にある人は誰でも同意することですから、だれも厚労省やがんセンターの論文を使わない はずなのに、「それしかない」ということで、ほとんどすべてが「根拠を示していないいかがわしい論文」を参考にしているのが不思議です.

 喫煙が肺癌の元になることは確かですが、だからといって喫煙が「短命、不健康」になるとは限りません(喫煙が短命、不健康になるという論文は多いのですが、 根拠が示されていないか、厚労省かがんセンターのデータです)。このぐらいの良識と科学に対する厳密性、国民に対する誠意を持ってもらいたいものです。

 つまり結論はともかく、求められても元データを示さず、得られているデータの一部を論文に出すなどの「いかがわし論文」はたとえそれが娑婆では「最高権威」であっても、学問的には無視するぐらいの見識は欲しいと思います.

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