思想

複線発展の世界史―新たな「複数世界論」を構築し、「世界同時革命論」を!

一九九一年のソ連邦崩壊後、世界は、「冷戦」終結に伴って生じる「平和の配当」をどのように分配したらよいかという喜ばしい悩みの解決に心砕けばよいはずであった。しかし、湾岸戦争が生じると共に、イラクは今日に至る長い戦乱の地となり、イスラエルはパレスチナの地を占領し続け、パレスチナ人を抹殺、労働奴隷化する戦いを繰り返し、「IS(イスラム国)」が台頭し、シリア、イラクは戦争状態に陥れている。ウクライナは内戦に陥り、アフリカ大陸は無秩序状態になりつつある。資本主義世界は、旧ソ連・東欧を新たに世界市場に統合し、地球上の大部分を資本の世界へと完全に作りあげる総仕上げになるはずであった。しかし、そうはならなかった。世界は、新たな階級闘争の時代に突入したのである。まるで一九世紀資本主義への先祖がえりをしたかのように、先進国では、貧富の格差が拡大し、リーマン・ショックから金融恐慌が発生し、南北格差が拡大してきた。そうした中で世界的に民族問題が浮上してきた。すでに、「冷戦」終結後の世界で民族問題が世界史の大きな問題として浮上してくるだろうことを、『いま、なぜ民族問題か』(蓮見重彦・山内昌之編 東京大学出版会)の序論で山内昌之が次のように指摘していた。

「スターリンの強権的な措置が可能だったのは、暴力的な強制もさることながら、あたかもソ連では「民族問題が解決された」という虚偽と幻想がソ連内外の人びとに受け入れたからである。ペレストロイカが始まるまでは、日本でも知識人や学者の間でソ連や中国など共産主義圏内部の民族問題を解決済みと考える風潮が強く、民族問題を考えることをタブー視する風潮があった」(同七頁)。

ソ連でも民族問題は解決などされていなかったのだ。そのことは、バルト諸国の独立、チェチェン人の独立運動、ウクライナ紛争など、民族運動が、台頭してきたことが現実に示している。民族に関するスターリンの「民族とは、言語、地域、経済生活、および文化の共通性のうちにあらわれる心理状態、共通性を基礎として生じたところの、歴史的に形成された人びとの堅固な共同体である」(同五頁)という定義は、今も生きている。資本主義のグローバル化によって、世界市場と交通の発達によって、民族は普遍的な人類共同体に解消されていくという見通しは遠く、「世界市民」「コスモポリタン」の理念はいまだ幻想の域を出ず、民族対立、民族差別が、ナショナリズムの高揚と共に、先進資本主義国内でも拡大してきたのである。イスラエルとパレスチナ、アラブの対立、中国におけるチベット問題、ウイグル問題、ビルマにおけるロヒンギャ族への迫害、インドの南部のタミール問題、アメリカでの黒人差別、日本での差別排外主義の台頭や沖縄の自己決定権の要求の台頭、イギリスのスコットランド問題、等々、数多くある。そこには、資本主義的帝国主義の性格である他民族への抑圧・差別、従属が如実に現われている。市民主義は、こういう民族抑圧・差別の強まり、台頭を、民主主義の理念からの後退として批判するが、その原因にまで踏み込めず、自由で民主的な資本主義という近代初期の理念をもって現実を裁断し、あるべき民主社会の理念を対置するに留まっている。それは、資本主義的帝国主義の本性であって、帝国主義の支配を覆し、その性格を完全に除去する革命なしには、なくせないということに目をふさいでいる。市民主義者は、「市民」から「民族」的属性を消そうとする。他方、日本共産党は、米帝従属論を教条化して、日本独占資本は帝国主義ではなく米帝に従属する独占資本主義と規定し、愛国主義・民族主義を米帝従属からの解放・自立の歴史的原動力とし、「反米愛国」の民族民主革命の第一段階を達成した上で、社会主義への平和的移行という二段階革命論に立ち、この間の差別排外主義の台頭に対しても、「反米愛国」のナショナリズムの立場で相対しているため、真正面から闘えない。国境に左右されない結合を利害とするプロレタリア的国際主義に立たなければ、排外主義とは闘えないのである。民族問題は今もアクチュアルであることはそれらのことを見れば明らかである。それと階級闘争を結び付けることは今日の重要なプロレタリアートの任務である。

一方では、リーマン・ショックで、恐慌が発生することが明らかになった。恐慌は、周期的に起きるものだから、資本主義の永久繁栄論は破たんしたことが明らかになったわけだが、大内力国家独占資本主義論では、ケインズ政策によって、恐慌を防ぐことが可能であるとされていたが、それはもう現実に破たんした。それによって、日共の「新福祉国家論」もリアリティが弱まったことは明らかである。国独資が政策的に持続可能な安定成長を実現することができないことが恐慌の勃発によって明らかになったからである。周期的恐慌を伴う景気循環が資本主義経済の法則として作用しているのである。『共産党宣言』でマルクスは以下のように述べている。

「ブルジョア的な生産諸関係と交通諸関係、ブルジョア的所有諸関係、すなわち、このような巨大な生産手段と交通手段を魔法のように忽然と出現させた近代のブルジョア社会は、自分で呼びだした地下の悪霊をもはや制御できなくなった、あの魔法使いに似ている。この数十年来の工業と商業の歴史は、近代的生産諸関係にたいする、ブルジョアジーとその支配との存立条件である所有諸関係にたいする、近代的生産諸力の反逆の歴史にほかならない。周期的にくりかえし襲ってきて、ブルジョア社会全体の存立をますます威嚇的に脅かす、あの商業恐慌をあげるだけで十分である」(『マルクス・エンゲルス全集』大月書店、四八一頁)

金融恐慌後の景気後退によって、中間層が分解し、下層が増大した。そして、富と貧困の対立、階級の鮮明化が進んだことが誰の目にも明らかになった。それで、階級闘争の復権が不可避であることを否応なく認識せざるをえないようになってきたのである。他方で、抑圧民族と被抑圧民族の対立も鮮明となってきた。豊かな一部の先進資本主義国と貧困化するアフリカ諸国などの貧しい国と新興資本主義の内部矛盾(階級的にも民族的にも)の激化と、世界の内では幾層にも重なる矛盾・対立が鋭くなってきている。経済的にも、ギリシャ債務問題に見られる危機がEUをも危うくしている。ギリシャやスペインで左派政権が誕生している。だが、そのような状況は、イタリアでの北部同盟の躍進やフランスでの国民戦線やドイツでのネオナチの台頭など右派排外的で民族差別的な右派を台頭させている。こうして、階級問題と共に民族問題への対応が共産主義者にも問われていることがますます明らかになっている。階級闘争と民族問題の結合という課題が浮上している。

そうした中で、アメリカのマルクス研究者で、ロシアからの亡命者でトロツキー主義者のドゥナエフスカヤという女性研究家の系譜上にあるケヴィン・アンダーソンという学者の『周縁のマルクス ナショナリズム、エスニシティおよび非西洋社会について』(社会評論社)という本の翻訳書が出版された。そこで、アンダーソンは、マルクスの初期における民族問題に関する理解が後期に大きく変わったことを資料を詳しく分析する中で解き明かしている。これを手掛かりに、マルクス主義において、民族問題に関する理解を再構築する作業を開始することが必要であると考えるので、いくつかのポイントを示していきたい。特に、実践的には、日本の場合、もともと、沖縄問題があり、「在日」の問題があり、アイヌ問題があったが、二一世紀に入ると、差別排外主義が台頭してきて、歴史認識の自民族中心主義的な改ざんやヘイトスピーチの拡散、嫌中・嫌韓キャンペーンなどによる人々の国際的な結合の解体を目論む活動を活発化させているので、差別排外主義との闘いはプロレタリア国際主義の復権の闘いとしてより重要性を増している。私は、一九八七年の沖縄「国体」反対闘争の前後に、帝国主義と民族問題について、マルクスのアイルランド問題への態度やレーニンの民族自決権の問題に関する論考などを検討・議論して、抑圧民族のプロレタリアートには、被抑圧民族の民族自決権の承認、民族間の同権、差別排外主義と闘う民主主義的任務があるという一般的な結論を得ている。

 

現在、アンダーソンも編集に加わって、マルクスの未刊行ノートを含む『マルクス=エンゲルス全集』(新MEGA)の刊行が進められている。その後期のノートには、とりわけ、『共産党宣言』におけるオリエンタリズム的でもあった単線的発展史観は完全になくなっているという。「マルクスはこれらの晩期著作のなかである一点については確固たる信念を持っていた。つまり、すべての資本主義社会が不可避的に資本主義へと移行していくわけではないということである」(同八頁)。また、アンダーソンは、「晩年のロシア、インド、古代ローマについての著作とノートが示していることは、マルクスの関心が、社会・歴史的特殊性に関係なく世界中のすべての社会に適合可能な一般的定式ではなく、それぞれの社会それ自体についての詳細かつ特殊な分析にあった」(同一二頁)と指摘している。さらに、アンダーソンは、「私の主張は、ナショナリズム、人種およびエスニシティのもろもろの特殊性を十分包括するとともに、ヨーロッパからアジアに至る、またアメリカ大陸からアフリカに至る人類の社会的歴史的発展の多様性を十分包括することのできる資本概念および階級概念を含んだ社会批判を行った、グローバルな理論家としての二一世紀のマルクス理解に向かって進むことである。こうして私は、マルクスを、一般に想定されているよりもはるかに複線的な歴史理論家および社会理論家として、西洋資本主義社会のみならずアジア社会の具体的社会的現実の研究に没頭した人として、そして階級のみならずナショナリズムとエスニシティを考慮した理論家として示すであろう。さらに私は、マルクスが次のような理論家であったことを主張するであろう。すなわちこの理論家によれば、一つの社会システムとしての資本主義の概念は、抽象的普遍ではなく、普遍性と特殊性とが一つの弁証法的総体性の内部で相互作用しあう豊かで具体的な社会的な見方が組み込まれた概念だということである」(三一~二頁)と述べている。

世界史が、「大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会構成のあいつぐ諸時期」(『経済学批判序言』一六―七頁 大月文庫)を順番に通って、世界全体が進むというふうに解釈、理解され、それがマルクス主義の中で広まってしまったが、これは、生産様式の歴史的発生順序を示したもので、世界が必ず避けがたく通る道で、この順番で全面的に移行していくというふうに読むのは誤りなのである。この順番の最後で、「ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産関係の最後の敵対的形態である」(同)が、その廃止をもって世界史の前史が終わるというのも、その前のつの社会的生産関係もまた敵対的形態であって、その最後に現れた敵対的形態がブルジョア的生産関係なので、それら四つの敵対的形態の同時廃止で世界史の前史が終わるということなのである。アンダーソンが明らかにしたように、『資本論』のフランス語版序文で、『資本論』の叙述の適用を西欧に限定しているように、マルクスも、世界全体がこの順序で全面的に進むというふうには考えていなかったのである(註)

実際、二一世紀の今日に至るまで、非資本主義地域は世界の圧倒的に広い地域と人口を持っており、しかも、資本主義は中枢地域で衰退し始めている。リーマン・ショック後の金融恐慌の発生は、資本制経済が、景気循環過程で恐慌を繰り返すものであることが再確認されたように、周期的恐慌で「死の痙攣」に襲われることになる。それが、革命の成功に結び付くかどうかは、あらかじめ決まっているわけではないが、帝国主義化している資本主義は、戦争によって矛盾の解決を図ろうとする誘惑にかられることだろう。それが成功するかしないかもあらかじめ決まっているわけではない。しかし、恐慌、戦争の時代へと突入したことは明らかである。それが、革命に転化できるかどうかは、革命的プロレタリアートの形成がどれだけ進められるかによる。あらゆる政治情勢において、政治暴露を通じて、資本主義批判・帝国主義批判を通じても、革命的な政治意識を高め、宣伝によっても、教育によっても、実際経験によっても、それを推進する勢力の形成もまた求められている。帝国主義は、侵略・戦争・抑圧・差別・反動・反革命を政治的性格の基礎としている。もちろん現代の帝国主義の経済的土台が資本主義であることは言うまでもない。それから人類を解放するプロレタリアートの闘いを発展させなければならない。それには、格差問題で顕わになった階級闘争の新たな様相や破たん国家が進むアフリカ諸国のような「第三世界」問題などの「南北格差」も含めて、今日の世界情勢を正確に分析し、そこから全人類を脱却させる道を示して、その旗の下に多数を結集し、その力を革命力として発展させていかなければならない。その際に、マルクス主義者は、今も世界の大きな部分を占める非資本主義社会を、ブルジョア革命→市民革命→資本対賃労働の対立の展開=階級闘争→社会主義革命という単線的発展図式に当てはめるという世界史の発展に対する空想的で反動的な立場を取ってはならない。「三つの世界論」のように、世界史の複線的発展コースを想定し、その革命的な相互作用を想定し構想する方が現実的なのである。それを現代の新たな世界同時革命論の具体的内容として、その綱領・戦術・組織を作り上げる必要があるのだ。

 

(註)アンダーソンは、『資本論』フランス語版の序文にマルクスが加えた変更をマルクス自身が最終的な変更としてエンゲルスに示していたにも関わらず、エンゲルスが無視し、ドイツ語版を決定的なものとしてしまったことを指摘している。マルクスが変更を加える前の部分は以下である。

「イングランドは私の理論的展開の主要な例証として役立つ。しかしもしドイツの読者が、イギリスの工業労働者や農業労働者の状態についてパリサイ人のように眉をひそめるか、あるいは、ドイツでは事態はまだそんなに悪くなっていないということで楽天的に安心したりするならば、私は彼にこう呼びかけなければならない。De te fibula narrathr! 資本主義的生産の自然諸法則から生ずる社会的な敵対の発展程度の高低がそれじたいとして問題になるのではない。問題なのは、これらの諸法則そのものであり、鉄の必然性をもって作用し、自己を貫徹するこれらの傾向である。産業のより発展した国は、発展の遅れた国にたいして、ほかならぬその国自身の未来の姿を示している。(MEW23.S,14,『資本論』第一巻、九―一〇ページ)」(同二六六頁)。

この最後の部分。「産業のより発展した国は、発展の遅れた国にたいして、ほかならぬその国自身の未来の姿を示している」を、マルクスがフランス語版で、「産業的により発展した国は、産業上の経路(Path)の上でこれに続く国々にたいし、それらの国々自身の未来の姿を示すだけである」([1872-751985q,36.)と改訂したのである。それについて、アンダーソンは、以下のように述べている。

「・・・・・・ロシアやインドのような、マルクスの時代にいまだ「産業上の経路」に乗っていなかった社会はいまや明示的に括弧に入れられており、それらの社会にはオルタナティヴな可能性があると考える余地を残している。私は二つの可能性をここでみる。第一に、このテクストの変更は、マルクスが一八六七年までにすでに到達していた立場を彼自身で明確化したものだと言うことができよう。第二に、もっとありそうな可能性は、一八六七年から一八七二年にかけてのこの変更は、『共産党宣言』における単線主義から離脱していくという、一八五〇年代から進行していた、彼の思想の発展の一例であるというものである」(同二六七―八頁)。

 もう一つの改訂は、本源的蓄積について述べた「封建的搾取から資本主義的搾取への転化」(MEW 23,S.743. 『資本論』第一巻、一二二〇ページ)の部分である。ドイツ語版の箇所は以下である。

 「農村の生産者である小農からの土地収奪がこの全過程の基礎をなしている。この収奪の歴史は国が違えば違った色合いをもっており、この歴史がさまざまな段階を通る順序も歴史上の時代も国によってさまざまである。それはイングランドにおいてのみ典型的な形態をとっており、それゆえわれわれはイングランドを例にとるのである」(MEW  23, S. 744. 『資本論』第一巻、一二二一ページ)(同二六八頁)。

 改訂部分は以下である。

 「だが、この発展全体の基礎は耕作民の収奪である。この収奪が根底的になしとげられたのは、いまなおイングランドだけである。したがって、必然的に、この国が、われわれのスケッチのなかでは主役を演じるのであろう。だが、西ヨーロッパの他のすべての国も、同じ運動を通過する。この運動が、特殊な環境に応じて地域的色彩を変えるか、あるいはもっと狭い範囲内に閉じ込められるか、あるいはさほど目立たない特徴を示すか、あるいはちがった順序をたどるとしても」(Marx 1872-751985b, 169.)(同二六九頁)。

 アンダーソンは、この改訂について、以下のように述べている、

 「この変更されたテクストは、マルクスにとって、本源的蓄積についての自らの物語は西欧の発展の記述として述べられたものであり、それ以上のものではなく、どうみてもグローバルな大きな物語として述べられたものではない、ということを明確にした」(同二七〇頁)。

 アンダーソンは、アイルランド問題、アメリカの黒人奴隷問題、インド問題、ロシア問題、古代史問題などのマルクスのノートなどをもとに、前期から後期にかけて、民族問題、植民地問題、歴史発展モデルの問題(特に、単線主義から複数主義への変化)などにおいて、大きな変化があったことを詳しくテキストを検討しながら明らかにしているが、長くなるので、ここまでにする。興味のある方は彼のこの著作に直に読まれることをお薦めする。

 

 

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階級闘争の復権を!

 日本では、21世紀に入って反貧困運動が高揚、中国では、都市下層の暴動が頻発している。その中で、階級が主体としてその姿を鮮明に現してきていることは今や誰の目にも明らかである。ブラジルでは、高成長を続けているが、2014年サッカーのワールド・カップを前にファベーラなどの貧民街で暴動が起きている。ゲリラ出身の左翼系大統領が誕生したブラジルだが、BRICSの一員として経済成長を続ける中で階級矛盾が激化しているのである。中国でも、鄧小平の「改革開放路線」の下で高成長を続けてきたが、農民工などの暴動が頻発している。このように、世界的に、貧富の差の拡大、富の少数者への集中が起きている。これらのことは、階級の消滅というような言説が虚偽であることを示している。 

 橋本健二氏は、『階級社会 現代日本の格差を問う」(講談社選書メチエ)で、階級という言葉はほとんど死語扱いだったが、明らかに階級という概念がないとリアルに現実を理解できない状況が今はっきりと現れつつあるというようなことを述べている。今では、「格差社会」という言葉は普通に使われているが、それは当然、階級社会という概念と結びついている。日本では、1990年代に入り、バブルが弾けると、その後の「失われた十年」と言われた経済停滞の長期持続の間に、非正規雇用の拡大が進行するのに伴って、格差の拡大、下層の増大が、進んでいった。その結果、世帯所得格差は、戦前では1937年の0・547%がピークだったが、1956年0.313%、1962年0.382%、1980年ごろまでは、0.35から0.38%程度、2001年にはほぼ0.5%と、1920年代の水準に達した(同書23頁)。(ただし、こうい

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う統計の数字には、元データの問題などがあって、単純に結果を導き出すことは難しいということに注意)。

   『日本の経済格差』(橘木俊詔 岩波新書 1998年)が出版されると、「格差社会」という言葉が流行するようになったが、2006年1月内閣府は「格差の拡大は高齢化が原因で見かけの問題に過ぎない」とする見解を公表し、議論を呼び起こした。内閣府と同じ格差「見かけ説」を唱えたのは、大竹文雄や八代尚宏などである。いずれも新自由主義的な自由市場論者である。すなわち、ハーヴェイが『新自由主義とはなにか』の序文で与えている「新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利を最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである」(同010頁)作品社)という簡潔な定義に当てはまるイデオローグである。大竹文雄は、この間の格差拡大の特徴について、「所得格差の主要要因は人口高齢化であり、年齢内の所得格差は小さい」(『日本の不平等』日経新聞社 35頁)と述べ、高齢化→単身世帯化→高齢者内の格差の拡大と世代間格差の拡大が主因と捉えているが、これは一部の現象の性格を全体にまで直接当てはめようというものである。それは八代も同じである。大竹は高齢化を大きく見てそれを全体を基本的に規定する要因とみなし、八代は、若者とその上の世代の間の世代間格差を主要な問題とみなしている(「急速に進展する少子高齢化社会では、年金や医療の社会保障制度の下で、高年齢者の高い給付を維持するために若年世代が大きな負担を担う「世代間格差」が生じているが、これは企業内の労働市場についても同様である」(『労働市場改革の経済学』東洋経済新報社145頁))。八代の解決策は、新自由主義的なもので、自由市場を活性化するための規制を調整して「神の見えざる手」を自由に動かせるようにするというものである。「市場神」信仰を強化し、神の力を増すこと、神に「どうかうまく解決してくれますように!」と祈りをもっと捧げることである(『新自由主義の復権』(中公新書 2011年)。その方策の一つが、終身雇用・年功序列の正社員の日本型雇用と企業内労働市場を廃止して企業外労働市場に一本化して労働市場を自由市場化すれば、高すぎる賃金が下がり、平準化して、平等が進むというのである。そうなれば、企業は賃金コストが低い労働者を雇用しようとするから、高賃金の労働者の賃金は下に引っ張られるようになるのは確実である。そこで、世代間格差が縮小するというわけだ。非熟練労働の場合、特にそうなることは明らかである。もちろん、現実には、労賃はその社会の生活水準や文化レベルも含むので、価格だけで評価し決定できることではないことは明らかだ。したがって、こういう考えは非現実的である。しかも、彼は労働者の抵抗や反発などのことを排除しているので二重に非現実的である。彼は、労働組合などは自由労働市場の邪魔者でしかないと考えているのだ。かつてのブルジョア経済学は一応全体の幸福の増進ということを掲げたしそれを追求はしていたのだが、八代の議論に見られるように、今の新自由主義は、一部の利益のために他を犠牲にすることを平気で主張する。新自由主義は、金融資本主義的で帝国主義的な性格を持つイデオロギーなのである。だから、構造改革論者の小泉元首相は、「格差はあって当然」と階級社会を公然と認めたのである。また、橘木氏は、2006年出版の『格差社会』(岩波新書)で、「格差見かけ論」を、高齢単身者の貧困者の数が増えているという現実を見ていないなどと批判している。「見かけ論」は、こうした貧困の増大の事実を無視して、そこから別の一面を誇張して、それを見えないようにするものなのである。 

 日本では格差社会化が進行していることは今や誰の目にも明らかになっているが、それは、階級とどう関連しているのであろうか?   
 橋本健二氏は、『新しい階級社会 新しい階級闘争』(光文社)で、階級を「同じような経済的地位を占め、このために同じような労働のあり方、同じような収入水準のもとにあるような人々のグループ」(同107頁)と定義している。ただ、橋本氏は、プーランザスやライトの議論などを踏まえて、資本家階級と労働者階級の中間に、「旧中間階級」に加えて、労働者階級を搾取している「新中間階級」という新たな階級ができているという見解を示している。さらに、労働者階級の下には「下層」が存在する。氏によれば、現代の階級は4つある。資本家階級は、従業員規模が5人以上の経営者・役員・自営業者・家族従業者、旧中間階級は、従業員規模が5人以下のそれら、新中間階級は、専門・管理・事務職に従事する被雇用者、労働者階級は、それ以外の被雇用者である(『階級社会 現代日本の格差を問う』(講談社新書メチエ 38頁)。また、現代資本主義は「純粋資本主義ではなく、前近代的な要素や脱近代化的な要素を含み込んだ複合的な経済だ」(光文社118頁)という氏独自の資本主義観を提示する。この場合の前近代的な要素とは、自営業者や農民のことであり、脱近代的要素とは、「高度な技能や才能、新しい発想などの重要性が増す傾向」(同120頁)などを指す。いずれにしても、氏の言うように、今の格差の拡大を社会科学的に表現するには階級概念が欠かせないということが誰の目にも明らかになってきているのである。橋本氏によれば、階級とは、社会科学的には、「同じような経済的な位置を占め、このために同じような労働のあり方、同じような生活水準、同じようなライフスタイルのもとにある人々の集群のこと」(講談社選書メチエ 六頁)である。ところが、1970年代から90年代ごろにかけて、日本では、「日本は階級社会である」と言うと、「とんでもない変人か、あるいは極端な政治思想の持ち主とみなされかれなかった」(同12頁)というのである。当時、「経済学者や社会学者の間でも、現代日本には階級がないか、あっても小さな意味しかもたないというのが、大方の合意となっていた」(同)。当時から、社会学者の間で、例えば、盛山和夫(『社会階層』東京大学出版)や富永健一(『日本の階層構造』東京大学出版会)は、階級(class)という概念ではなく、社会階層(sociao stratification)という概念を使っている。盛山は、同書で、その理由を、高度経済成長によって「豊かな社会」となって「貧困」がなくなったので、階級という概念は有効性を失ったと述べている。その際に、彼は、「階級とはむしろ貧困という階層的問題を政治的な言説にのせるための想念であった」(同書 213頁)として、「貧困」が、階層問題を階級という政治言説化する想念にするのだと、階級関係が「貧困」の原因ではなく、「貧困」という現象が階級の原因であるというふうに、原因と結果を逆転させているのである。つまり、高度経済成長と所得再分配によって豊かで平等な社会になって「貧困」が消えれば、それが階級という想念と結びつかなくなるというのである。そういうことを、渡辺雅男は、『階級!』(彩流社)で、階層論者は、階級論が本質理論であり、全体理論であり、実体理論であることを否定して、現象論、部分論、機能理論としての階層論を対置していると批判している(同67頁)。それから、氏は、階層論者の狙いは、「マルクス主義批判というイデオロギー的動機こそ、実体論排斥の政治的意図だった」(69頁)と述べている。確かにそういう面もあろうが、それに対して、マルクス主義側がしっかり対抗できなかったということもあるので、渡辺氏のこの指摘は、マルクス主義側の弱点をどう克服するかという問題意識がないと、ただのイデオロギー的反応になってしまう危険性がある。   
 他方、橋本氏は、「欧文の本や論文には「class(階級)」という言葉がひんぱんに出てくるのだが、研究者たちはこれを「階級」と訳することを嫌い、「階層」と意訳したりしている」(『階級社会』13頁)と述べているが、少なくとも、リーダー的な研究者には、「階層」を使い「階級」を使わないのには、高度経済成長と福祉国家化や渡辺が指摘するような政治的な意味が込められていたと思われる。また、三浦展氏は、格差拡大を「中流社会」から「下流社会化」への変化と捉え、階層概念を使い、階級概念を使わないで、もっぱら階層意識別の消費行動の違いを分析して、下流社会化が進んでいるという結論を下している(『下流社会』光文社文庫 六頁)。しかし、統計数理研究所の坂本慶元氏は、「階級帰属意識」の場合には財産、地位、収入などのいわば客観的な地位を直接示す項目が上位を占めるのに対して、階層帰属意識」の場合にはくらしむきの主観的な評定や満足度といった感覚的な項目が上位を占めている」(『階層帰属意識の実像』 統計数理第35巻第2号〔1985年〕所収http://ismrepo.ism.ac.jp/dspace/bitstream/10787/1435/1/TS35-2_004.pdf)と、階層意識と階級意識との間には規定要因に違いがあることを指摘していることから明らかなように、階級意識の方を一切無視しているのは主観的すぎる。   
    
 最後に、ここまでの簡単な結論として、格差が拡大している現在、階級概念の復権は、今日の社会認識において欠かせないものになっており、早急に研究を進める必要があるということを強調したい。   
 また、本稿では論じられなかったが、アンリ・ルフェーブルによる空間論・都市論を継承している空間地理学者のデヴィッド・ハーヴェイによる空間論と都市空間の分析は、「都市とは、階級構造と空間構造の複合なのだ」(『階級都市』ちくま新書 011頁)という橋本健二氏の「階級都市」論やそこで紹介されているサスキア・サッセンやカステルの格差拡大のおグローバル・シティ論やマイク・デイヴィスの「都市貧困のグローバル化」を論じた『スラムの惑星』(明石書店)などが提示する階級と都市の関係(資本=Capital問題)については稿を改めて論じることにする。

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ハーヴェイ『コスモポリタニズム』

 以下は、イギリスの地理学者のデヴィッド・ハーヴェイが、哲学者のカントの『人間学』からの引用している部分である。ハーヴェイは、地理学と人間学・人類学の関係を執拗に問うているが、カントの言っていることは、今の自由主義が差別主義と一体であることをすでに示しているもので、それを見逃さないハーヴェイはさすがである。
 もっとも、国家は地縁で成立するのだが、カントは、血統をネーション(国家)の結合原理と看做している。ネーションとステイツの違いについては議論がある。地縁→国家説は、エンゲルスとか今読んでいるローウィの『国家の起源』などで説かれている。
 自由主義者は、なるほど、自由とか平等とかを抽象的かつ普遍的なものとして主張し、それを所有権の平等から導き出すのだが、もちろん、実際には、所有は不平等であるから、それは権利の平等という観念の上での抽象的な平等でしかない。
 カントは、「市民社会の諸法の埒外に置かれている」者を、「賎民」と呼ぶ。それは、そうした集団の市民社会からの「排除」、つまりは差別を当然とする差別主義と一体の市民社会の構造を正当化するものである。それは、帝国主義の論理、すなわち、とりわけイギリスのインド支配などに表れた、文明化されていない「遅れた人々」は「子ども」であり、「大人」としての先進国は、かれらを啓蒙・教育して、良き被統治者(主体)として訓育する使命があるとする観念を強化する。市民社会は、「進んだ」国においてのみ存在するからである。かくして、カントの人間学は、市民社会と「賎民」社会、民族的その他の従属的社会の二元的社会論となっている。そして、後者を前者へ引き上げるという運動を伴っているが、それは解決不能の堂々巡りに帰着する。そうした例として、ミルトンとトーマスという両フリードマンの主張をハーヴェイは検討している。

 「人民ピープル(populus)とは、一定の地域に多数の人がいっしょに暮らしそれらの住民が一つの単位を構成しているかぎりでの、この多数の住民のことを意味する。これらの住民の全体ないしその一部が、共通の血統を通じて市民社会に結合していると自認するとき、それを国民ネーション(gens)と呼ぶ。その一部がその市民社会の諸法の埒外に置かれている場合(これらの人民のあいだにおける不法集団)、それを賤民(vulgus)と呼ぶ。彼らが非合法に団結した場合、それを暴民モッブス(agere per turbas)と呼び、彼らはその振るまいゆえに市民としての諸特権から排除される。(『コスモポリタニズム 自由と変革の地理学』作品社 52ページ)

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共産主義運動の主体が問題だ

 以下は、『年誌』最新号掲載の文章である。

共産主義運動の主体が問題だ

 2011年3・11東日本大地震とその後の福島第1原発事故から2年以上が過ぎた。その前から、いわゆる「アラブの春」と呼ばれるアラブ・中東地域での激動が続いていた。それから、ニューヨークをはじめとするオキュパイ運動もあった。いずれも、世界の構造を揺さぶる振動であり、大きな世界の地殻変動を示すものである。

 日本においては、3・11以降、3月末の高円寺「素人の乱」の1万人デモをはじめ、この年の秋明治公園で「さよなら原発」6万人、代々木公園10万人、2012年には、再稼働阻止国会包囲10万人と、空前の脱原発運動の結集・高揚があった。老若男女、あらゆる階級・階層を含んだ脱原発運動への登場は、60年安保闘争以来とも言われる。その運動の成功はシングル・イシュー、脱原発1点での結集ということが原因とも言われるが、実際には、被災地の動物保護の全国ネットワークや福島の子供たちの保養運動や福島原発告訴団のような東電・国の責任追求や診療所運動や原発立地地域の反原発運動のネットワークや避難者のネットワークや共産党の動員や国際環境保護団体のネットワークなど、多種多様な運動体の重層的なネットワークが同時並行的に活動を展開して裾野が広がっていたことがベースにあって、あれだけの大結集が実現したのである。キリスト教や真宗大谷派などの宗教のネットワークも動いているのである。天台宗僧侶の瀬戸内寂聴さんや若狭の真言宗僧侶の中嶋哲演さんなどの宗教者の活躍も目立つ。チェルノブイリでの被曝問題に取り組むロシアやベラルーシ、ウクライナなどの活動家との連携もあり、さらに医師の動きも活発である。原発推進派の御用学者と闘う脱原発派の小出裕章さんのような専門家が活躍しているのも大きな特徴である。あるいは、『東北学』の赤坂憲雄福島県立博物館長は、3・11後の5月には、「「脱原発は、福島にかぎってイデオロギーを超えた、現実的な将来へのシナリオでありうると、わたしは考えていた。しかし、この国のメルトダウン状態の政治屋、「経世済民」というみずからの本義を忘れた経済界のありさまを見るにつけて、もはや「脱原発」のシナリオをいま・ここから始めるしかないのだと思うようになった」(『3・11から考える「この国のかたち」 東北学を再建する』(新潮選書 10~11ページ)という具合に、知識人の認識や態度を変えて、新たに脱・反原発戦線の実践に加わっているということもある。

こうして、原子力科学者から生活や農業や漁業や医療や電力・エネルギーまで、きわめて広い土台の上で運動が展開しているのがこの脱原発運動の特徴であり、その原因は、原子力産業が、今日の資本主義生産の科学技術や生産力の大きな位置を占める産業であるということにある。メーカーである重電産業ばかりではなく、エネルギー供給の基本としてきたため、これが大事故を起こし、原子力発電のほとんどが止まってしまうと、産業全体に大きな穴が開くことになる。そこから、生産力批判や資本主義批判、あるいは文明批判まで認識や思想が進んだ知識人もある。

 もともと、電力産業は、大きな過剰設備を抱えており、それらをフル稼働させると、原発が止まっても、こうして電力供給が需要を上回っている状態を維持できる。原発稼働なしでもこの間大規模な停電が起きていないのはその証左である。他方で、アベノミクスにより、円安誘導されていて、原油や天然ガスなどのエネルギー関連の輸入価格が大幅に上昇していて、それが電気料金の引き上げにつながっている。しかし、ウランだって輸入品なので価格が上がっているのは同じことである。9月から、国内で唯一稼働していた大飯原発3・4号機が定期点検に入って、国内すべての原発が停止する。各電力会社は、原発再稼働申請を次々と行っているが、審査が終わるまではしばらく時間がかかる。したがって、昨年5月5日以降の約2カ月間、原発稼働ゼロが続いたが、今年9月から、数カ月間、またしても「原発ゼロ」になるのである。そこで、前の「原発ゼロ」の時に、再稼働阻止の首相官邸包囲が空前の規模へ拡大していったことを思えば、脱・反原発運動にとってふたたび大きなチャンスが訪れたと言えよう。この機会に運動をどれだけ大きく強くできるかは、運動主体の側次第である。そこで、それまではまだ時間があるので、この機会をとらえて、基本的なところで、運動の強化に役立つような内容の議論をしておいた方がいいと考える。

 福島第1原発事故は、空前の規模の放射能被害をもたらし、野田元首相の「収束宣言」も空しく今も収束していない。そこに示されているのは、過剰生産問題を軸にして、グローバル化している現代資本主義の問題が集中的に現れているということである。過剰資本の問題は、すでに日本でも繰り返し現れているが、今や世界的な問題であると言えよう。とりわけ、2008年のリーマン・ショックは、それを示した事件であった。2013年7月10日付ロイターは、「国際通貨基金(IMF)は9日、最新世界経済見通し(WEO)を公表し、2013年の世界経済の成長率予想を前回4月時点の3・3%から3・1%に引き下げた。14年についても前回の4・0%から3・8%に下方修正した。新興国の成長減速やユーロ圏の景気後退の長期化が理由とした」と書いているが、先進資本主義諸国での低成長は常態化しているが、その基底にあるのは過剰生産である。原発事故後、特に明らかになったことの1つに、電力各社が保有する資産が多いこと、とりわけ生産設備(発電施設)を過剰に抱えていることである。金融資本の場合は、一定期間、融資している資本を回収する期間だけ、資本が拘束される。しかし、それも、様々な金融商品の開発によって、リスクが減るように工夫されている。だが、それでも、投資リスクがゼロになるわけではない。2013年8月19日ロイター「中国の鉄鋼生産余剰能力は約3億トンと、欧州連合(EU)の昨年の生産量の倍に近い水準」にあると伝えている。7月24日ロイターは、鉄鋼ばかりでなく、「セメント、造船、ガラス」が生産過剰であると伝えている。2012年3月8日ロイター「販売低迷により欧州の自動車業界は少なくとも20%の余剰生産設備を抱えている」という。中国でも自動車が過剰生産状態に入りつつあることが指摘されはじめている。かくして、過剰生産状態が世界的に各生産分野に拡大しており、また、金融資本の過剰が大きな問題になってきていることは、ギリシャ債務危機からスペインにも波及した債務問題の拡大で明らかになっている。

そのような中で行われた本年7月の参議院選挙では、自民党の圧勝、民主惨敗という状況が生まれ、安倍自民党は連立を組む公明党とあわせて、安定多数議席を得た。対して、社民党は1議席で、敗北の責任を取って社民党福島みずほ党首は党首辞任し、消滅の危機がささやかれている。野党では、共産党のみが躍進し、大幅に議席を増やした(改選前3→8議席となり、非改選とあわせて、11議席となった)。特徴としては、野党は小党乱立で、有権者の票が分散し、選択しずらい選挙となった。それは、戦後3番目に低い投票率(52・61%)に示された。しかし、結果的に圧勝した安倍首相は、これを民主主義の危機とは捉えず、アベノミクスの継続を宣言した。

この選挙で1議席しか獲得できなかった社民党は存亡の危機を迎えている。曲がりなりにも日本で社会民主主義を標ぼうする政党がこのあり様では、日本版福祉国家という選択肢のリアリティを大幅に減じたことを誰しも認めざるをえないだろう。そのことが意味しているのは、今日の日本における階級闘争の政治目標の中に、福祉国家という選択肢を掲げる意味が減じたということである。むしろ、共産主義という選択肢の方がリアリティを増しつつあるのだ。3・11後の脱・反原発運動の中で、現体制の改良によって、問題を解決しようとする動きも大きなものとしてあるが、それはあまり大きなものとなっているようには見えない。それは、現代資本主義の都市と農村の分業や生産力、科学・技術などを根本から批判しないので、今日のプロレタリア大衆の多数の現実や意識と結びつけないのである。フェイスブックなどで、「食べて福島や農家を支援しよう」というスローガンを掲げている企業がブラック企業に分類された表が流されているが、その中に、コープ(生協)が含まれているのを見ると、生協ですら、根底からの資本主義批判がなく、だから、3・11発生時の政権で、「ただちに人体に影響はない」というとんでもない発言をした枝野官房長官のいる民主党議員を支持するというようなぶざまな状態に陥っているのだろう。資本主義的都市の解体・再編と地方・農村の変革と両者の関係の革命へと進むしかないと腹を決められなかったのである。これらをスローガン化し、運動の中へ持ち込み、新たな質の運動を形成するイニシアティブが、共産主義運動には求められているのであり、それこそ見込みのあることである。それは、すでに、『東北学』とか地域運動とか障害者解放運動とかの様々なところで、実践化され、主体形成されつつあるからである。既存の運動とその主体ばかりではなく、その外に、新たな運動の萌芽と主体が生まれつつあり、そこに着目し、そちらへと大胆に広がっていかないと、せっかくのプロレタリアートの運動の拡大の機会も失われるだろう。なぜなら、そういうこれまで左翼側の運動に参加しなかった人々が多数加わってきているが、それが一時的なものに終わるかどうかは、そういうヘゲモニーを形成できるかどうかにかかっているからである。それは、ネグリの資本主義批判が資本主義的都市化批判に達していないなど、左翼思想家の中にも問題意識が弱いということがあり、3・11は、その点での思想的弱点をも浮き彫りにしたし、それを直した新たな資本主義批判の水準を実現しないといけないという課題もつきだしたということも意味している。その点で、左翼では必ずしもないような人々からも学び、新たな解放思想を生み出さなければならないのである。

世界資本主義は、リーマン・ショック以降、それから3・11をもって、危機論主義的な意味ではなく、危機に陥っていることは誰の目にも明らかになったと思うが、そこから根本的に人々を解放を実現しうるプロレタリア・ヘゲモニーが十分に形成されていないという主体の危機があり、それを早急に克服しないでは、その課題を犠牲少なく解決することができないということは明らかである。アルチュセール、ドゥルーズ、ガタリ、ネグリ、デリダ、ガヤトリ・スピヴァク、アラン・バデュウなどの現代思想家たちが、共通して、主体を問題にし、論じていたのは、今日の革命の重要な課題のひとつが、主体の問題であることに直面し、気づいていたからだろう。日本に輸入された際に、日本の翻訳・輸入業者の知識人がそれを言わないで、主体問題の消去という思想をかれらに帰すことが多かったので、かれらが主体にこだわっていたことは、実際にいろいろと翻訳が出揃って、直に読んでみて、ようやくわかってきたところなのである。

それから、プロレタリアートの階級階層の地政学的構成や布置、地図も、3・11を通しての「東北問題」(資本の海外逃避の動きの中で、国内製造業の末端として、アジアの低賃金労働者との国際競争の下で、赤坂憲雄氏の前掲書では、織女工の時給300円という低賃金労働や外国人労働者の水産加工業での低賃金労働などが浮き彫りになった)や元々指摘されてきた沖縄の「国内植民地」(構造的差別)がオスプレイ配備問題などを通じて改めて浮き彫りにされていることなどを通して明らかになってきている。プロレタリアートの階級階層構成は、抽象的で横並び的に同じなのではなく、立体的な構造を持っていて、階層差や地域差(労働貴族や正規・非正規、産業間格差、地域格差、民族間格差など)があることがわかってきた。原発の労働編成も、東電正社員と何層もの下請け、原発を渡り歩く原発ジプシー的労働者と現地採用の労働者などがあり、それらは分断され差別化されていることが運動の中で明らかにされた。重層的な階層構造として編成されているのである。そして、電力会社に出資している金融資本が資本としての階層構造の頂点に立つという資本の階層構造もある。こうした具体的な編成・構成を、プロレタリア主体構成の地図を描かないと、総反抗としてのプロレタリア革命の主体をリアルに構成しえないことは、インドのベンガル地方出身の共産主義者ガヤトリ・スピヴァクが指摘しているとおり、明らかである。

いずれにせよ、情勢からも思想的深化の段階からいっても、共産主義にとっても、階級闘争にとっても、今は、主体を問題にしなければならない時期に入っていると考える。

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『イモと日本人』

 坪井洋文氏の『イモと日本人』(未来社)の「一民族と国家」で、氏はまず次のように言う。

 日本人の間に民族や国民の意識が芽ばえたのは近代西欧との出会いによるものであり、それ以前は日本民族と日本国民の区別を明確にすることは少なかった。近代以降においても、民族と国民の区別を明確に認識することは少なかった。近代以降においても、民族と国民を意識的に区別しうる日本人は限定されていたといってよかろう。このような民族=国民の観念は、日本人のおかれた自然的・地理的環境や歴史的事情に加えて、水田稲作農耕を基盤にした文化の日本的特性によるものであるが、何よりも日本人総体が、異なった民族や国家の総体と接触する経験を、長い間もたずに経過してきたことによるといえよう。それでは、日本民族=日本国民観成立の基盤は、日本にとって所与のものであったかというと、なお多くの問題に検討を加える必要がある。(10ページ)

 この間、佐々木高明氏や中尾佐助氏や赤坂憲雄氏や網野善彦氏などの著作を読んでみて、こうした点については、戦後ずっと研究・議論が進められてきたことがわかった。その長い蓄積の上に、柳田国男のような水田稲作中心主義イデオロギーの批判や相対化が行われてきたのである。

 柳田国男は、「第二次世界大戦後になって、日本人、日本文化の核ないしは心性の基盤を水田稲作農耕においた」(44ページ)が、「日本文化をイコール稲作農耕文化とする単一文化論的史観は、なにも柳田に限ったものではなく。第二次大戦前における日本人の常識的史観であったが、柳田の影響力を強く受けることの多かった日本民俗学会にあっては、稲作を基盤とした民俗の分析と体系化こそが、日本民俗学の主要課題とされた。だから、稲作農耕民である日本人の深層に潜む、価値観とか世界観とかいうものは、稲作とのかかわりにおいてのみ理解されるというのが、これまでの日本民俗学の前提であった」(同)。

 このような前提を内在的批判にかけることで、赤坂憲雄氏の提唱する「ひとつの日本」から「いくつもの日本」へのベクトルが、平行四辺形の合力線として、あるいは立方体の合力線として、力を描くようになるのである(これは、ドゥルーズの言う「線」でもある)。たんなる矢印ではなく、力を持つ線として。

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主体について、スピヴァクから学ぶ

 アフリカ問題についての本をいろいろ読んでいた時に、まず考えたのは、アフリカの解放運動の主体はどういうものかということと、解放の条件はどうか、ということであった。『アフリカ史』の編者川田順三氏は、人類学者で、その立場を踏まえて、書いている。特に、「言語論的転回」を踏まえられているようで、言語への強いこだわりが見られる。序文では、漢字学の成果も取り入れていて、表意文字と音声文字の違いにも言及されている。そして、アフリカの場合、無文字時代が長く、文字を持ってから短いこともあり、口唱による伝承も重要であることを指摘している。それから、太鼓言葉のようなものまであることを指摘している。他方で、古代エジプトでは、ヒエログラフという絵文字が古くから用いられている。ナイル川上流部の文明も古く、クシ王国などは、エジプトを征服し、王朝を築いているということもある。人の移動も活発で、バントゥ系集団は、四方八方に長距離移動している。そして、海の交通である。インド洋沿岸では、中国や東南アジア、インド、アラブなどのものが多く出てくる。マダガスカルは、それらが独特の形態で混じりあっている。それらは、変形しつつ保存されており、現在まで伝えられ、残されている。

 『スピヴァク みずからを語る』(岩波書店)を読み終えた。そこには、サバルタンの簡潔な定義がある。

 最初のショポン・チョクロボルティ(ジャドプル大学教授)によるインタビュー「家」では、生い立ちのことや故郷のことなど自伝的なことが中心に語られている。スピヴァクは、彼女にとって、家とは、方向のようなもので、名前もなく、空中のようなものである(23ページ)と言う。つまり、本拠地となる家は、家と名づけることにあり、それは想像力を育てるものだというのである。「ですから、想像力が文学を読む者になにかをなすとすれば、それは、その人の想像力を鍛え、他の人々の世界に入らせるのだと思います。本とはそういうもの、詩とはそういうもの、過去とはそういうものです。そしてその観点からすると、家という概念は無限に拡大が可能です」(26ページ)。

 インタビューは2003年に行われているが、彼女は、「脱構築主義の流行は終わったと、私は思っています」(27ページ)と述べている。そして、政治論である。「政治とは、変化を計算することにいやおうなく組み入れられる場です。つまり、法がどう変化するのかを計算し、立場は変化するにもかかわらず、なんらかの立場を取るとどうなるかについて計算することに、いやおうなく巻きこまれてしまう場なのです」(28ページ)。しかし、その政治が長い目で見て効果をもたらす道は、ただ「長いスパンでの教育、すなわち、強制力をともなわずに欲望を再配置することが同時進行してはじめて、政治の変化は長続きします」(同)。その教育とは、発話の可能性という人間を人間たらしめるものを育てることである。それは、「教師の身についてしまっている精神構造を変える}(47ページ)ことで実現できる。

 2001年9・11後のアメリカでの愛国主義の熱狂に対しては、「愛国心」とは「悪党の最後の逃げ場」であるとし、「パトリオティズム」の語義が「パトリア」(父)と「主義」(イズム)の組み合わせてあり、父祖の土地といった意味であること、それは、デシュプレム(自分の国(カントリー)にたいする愛)とはまったく違うことを指摘して批判する。

 スザーナ・ミフレスカ(ジェンダー研究センター講師)のインタビュー「抵抗として認識され得ない抵抗」では、最初に、グローバル化について語っている。

強国が弱小国家に結局はあまり関心がないことに、弱小国は気づいていません。強国の関心はむしろ、新興の市場をいかに分配するかにあるのです。分配するには新興市場の経済は「安定させられ」かつ停滞させられねばなりませんし、アフリカの市場経済の場合だと、グローバル資本にしたがって構造化しなおされてはじめて、興りうるのです。支配的な国家は、ナショナリズムの紛争を軽蔑視するか、同情を装って資本主義の視線で見ます。(69ページ)。

 そして、彼女の出した有名なサバルタンについて語る。『サバルタンは語ることができるか』のもとになった講演は、「女が抵抗を行なっても、社会基盤がないために抵抗が人々に認識されないのであれば、抵抗は実を結ばないということでした。講演の主眼はそこにあって、たとえ階級が上であっても女であれば同じことだという事実を無視しては、この社会問題は解決しない」(70ページ)という趣旨だったという。サバルタンとは、「社会を自由に移動できない人のことです。これは男の場合、階級が低ければ当てはまります。もちろん、家父長制はつねに、なにがしかの移動する力を男に担保します」(同)。

 「労働する人体の特徴は、必要以上のものを作りうることです。この差異のことを、私はこれまで主体の過充足(自分が必要とするより多くのものを作り出すこと)と呼んできました。この差異をもとに、不等価交換をつうじて剰余価値が引き出されます」(85ページ)と、ここでは、マルクスの概念が出てきて、それにジェンダーの千年単位のスパンでの特徴として、、経済的政治的ばかりではなく、倫理的な規範があることが指摘されている。

 最後のインタビュー(タニ・E・バーロウ(ワシントン大学教授)「知識人としてきちんと答えたとは言いがたい回答」では、彼女は、「国際NGOに取りこまれるよりは、国家と批判的な関係でありたいと、いまでも思っている」(103ページ)「新しい社会運動に慎重」(同)だと述べている。そして、「でも私は昔風の共産主義者ですよ、悪いけど」(107ページ)とさらりと言う。それから、彼女が取り組んでいる貧しい者たちへの教育活動のことで、彼女は貧しい土地の学校教師に、「彼らが受けてきたような教育と、上位階級の子どもたちが受けるような教育とのあいだの差によって、富める者と貧しき者の差が、そのまま維持される――このことを教師に気づかせる」(118~119ページ)と述べている。大事なのは、「強制でない欲望の再配置」であるという考えからそうしているのである。こういう思想も、レーニンと似ている。レーニンは、「強制によらない諸民族の融合」と言う。それには、そういう欲望を適切に配置しなおさなければならない。支配民族の譲歩(民族序列の下位への移動)という欲望の再配置が必要だというのである。これによって得られる交換物は、被支配民族の民族主義の譲歩である。それで、平等へ近づける。レーニンの民族問題の政治思想はそういうものである。

 教育が階級階層差別を再生産するのは、同じ本が使われていても上流階級の学校では、「子どもたちが理解するように教えられているのにたいし、ここでは綴りと暗記しか教えていない」(119ページ)からである、とスピヴァクは言う。これも素晴らしい! そして、西ベンガル州は、中国に次ぐ世界第二の共産圏であるが、そこで共産主義が失敗しているのは、共産党が社会を動員することしかせず、人々の認識を変化させられなかったからだと言う。そのことは、国際的な共産主義が失敗した理由でもあるという。

 国際的な共産主義が失敗した理由は、認識の変化がなく、ただ社会が動員されただけだったからなのです。集団性は人為的で、長続きせず、あまりにも拙速で作られます。だからこそ、人々が悪しき資本主義を欲するように仕向けるのは、実に簡単なのです。(125ページ)

 彼女は、人々が悪しき共産主義を欲したのではないと言う。「進歩を急ぐあまり、上から人々に押し付けられた」(同)というのだ。そのために、悪しき資本主義であっても、共産主義をつぶすのは簡単だったというのである。そして、「国際的な共産主義が失敗した最大の理由の一つは、サバルタンの主体性にかかわらなかったからだ」(126ページ)と言う。動員だけして、主体性を創造できなかったというのである。その場合の主体性は、「主体形成、つまり、みずからを参照する足場を作り、そこから、みずからを意識する社会の行為体(エージェンシー)へと向かわせるという主体形成」(127ページ)のことである。

 かつての日本での主体性論争でも、こうした主体性ではなく、精神、知識、意識の内容に論議が集中して、精神構造的な領域についての議論が希薄であった。もちろん、それを、封建的主体性から民主主義的な市民的主体性の形成という形で問題にした丸山真男のような人もいた。市民的主体性の形成が戦後民主主義を支え発展させるものと思われたのである。しかし、その場合に、サバルタンは置き忘れられ、形成された市民社会は、サバルタンの入れない、入りにくい仕組みを持つものとなり、それに無自覚でそれを直そうとしなかったため、70年代以降、市民による差別、市民の差別性が、障害者解放運動などからつきつけられることになる。去年、川崎市でバスターミナルを占拠した障害者たちの闘いの記録映画を観たが、その中で、市民と称する女性が、市民に迷惑をかけるようなことをしないで、要求があるなら、国会に行ってやればいいじゃないとマスコミのインタビューで語るシーンがあった。この一般市民は、障害者たちが国会に行くためには、バスが乗車拒否をしないで、バスに乗れないといけないということを想像できなかったのだ。映画が終わった後、講演した障害者団体の幹部の人は、「市民が差別する」と言った。良き市民像は、健全なる精神を持つ合理的思考が可能な男性健常者をモデルとして形成されている。スピヴァクは、マルクスが「フォイエルバッハ・テーゼ」の第3テーゼで述べたことを実践しているが、それは、自らの市民的立場を対象化し、批判して、自己改革することを怠っている市民主義者に当てはまる。

 環境の変更と教育とについての唯物論的学説は、環境が人間によって変更されなければならず、教育者みずからが教育されなければならないということを、わすれている。したがってこの学説は社会を2つの部分――そのうちの一つは社会のうえに超越する――にわけなければならない。

 環境の変更と人間的活動あるいは自己変更との合致は、ただ革命的実践としてのみとらえられそして合理的に理解することができる。(『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳 岩波文庫 236ページ)

 もちろん、民主的市民主義者が、サバルタン性を理解して、それと適切な連帯関係を作れるように自己変更をすることができれば、農村=遅れた人々=保守基盤というステレオタイプなイメージから解放され、自己の解放にも役立つのである。実際のところ、福島の農村部はそんなに保守的ではない。東電と対立して知事辞職を余儀なくされた佐藤栄佐久元知事もけっこうリベラルであった。彼の知事時代に県立高校は全て男女共学になった。返り咲いた郡山が地盤の根本匠復興大臣も自民党内リベラル派の加藤派所属だったし、前々回の衆議院選挙では民主党が圧勝している。社民党の地方議員もけっこういる。三春はリベラルな教育改革をやり、その世界ではモデルとして有名だ。武藤類子さんの父親が教育長として教育改革をやったのである。

 インドの共産党が長く政権に入っている、世界第2の共産圏の西ベンガル州で生まれ育ち、ニューヨークに住み、サリーを着て歩き、BMWを運転し、「昔風の共産主義者」を自称し、3回結婚し離婚したフェミニストであり、世界各地を飛び回り、中国の奥地で教育改革に取り組みもするガヤトリ・スピヴァクが「社会を自由に移動できない人」と規定したサバルタンは、福島の農村部にも都市部にもいる。それがよくわかった。

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レーニンの女性解放論

 6月16日の難民講座の内容は、コンゴとブルンジの難民のことになった。それで、アフリカ関係のことを調べている。アフリカ史も昔とはずいぶん変わったことがわかったが、その中で、帝国主義・植民地主義と女性というテーマを論じるガヤトリ・スピヴァクの『スピヴァク 自らを語る』(岩波書店)という本を読んだ。その前に、ウォーラーステインを読んだが、そこで、ポスト・コロニアリズムという概念が登場するので、本橋哲也氏の『ポスト・コロニアリズム』(岩波新書)を読んだ。先に紹介したF・ファノンの『アフリカ革命に向けて』やA・カブラルの『アフリカ革命と文化』(亜紀書房)でも、レーニンが評価されている。そこに共通するのは、反帝国主義民族解放闘争においては、政治的軍事的闘いと同時に文化闘争が重要だという観点である。

 F・ファノンは、アフリカの植民地住民に、白人への劣等感から、「白い仮面」を被ろうとする欲望が生み出されていることを問題にし、植民地解放―独立革命の中でそれからの解放も成し遂げなければならないことを指摘している。それと女性解放運動を合わせて考えると、運動の主体が、男性化する(男の仮面をかぶる)ということが一時あったように思われる。両方を併せ持つのが、ライス前国務長官のように見える。能力主義のことを考えると、特に障害者問題を見てるとわかるのは、現在の能力主義が、男の健常者の能力を基準としていることである。何が生産的で何が非効率的か等々の基準、ものさし自身が男性健常者を基準に立てられている。ものさし自体を問題にすることが、障害者解放運動やフェミニズムの一部にはある。橋下発言が問題になったが、米軍には女性兵士がいて、軍隊内のレイプ事件の被害者になることが時々報道される。ややこしいことに、欧米ではホモセクシャルの男性による男性へのレイプ事件が時々起こるのだが、それはさておき、そういう事件は戦場だけで起こるのではない。それは、現在の米軍に帝国主義軍隊としての他民族蔑視があり、それが女性蔑視にもつながっているからだろう。『人種・国民・階級』(大村書店)でのバリバールの人種主義と性暴力の関係の指摘から考えるとそういうことになる。ファノンの指摘からも、相手を劣等視しないと、そういうことはできないと思わざるをえない。また、このことからは、階級差別が階級支配と一体であるということも引き出せる。したがって、階級闘争は労働者差別からの解放であり、差別との闘いであるということも言える。レーニンは、そこから目をそらせるようなもの、闘いの矛先を鈍らせるものを批判する。そういうものとして、彼の女性解放論がある。レーニンは、ドイツ共産党の女性活動家のクララ・ツェトキンとの対話で、ドイツ共産党内での女性たちの議論のあり方について、苦言を呈している。

 ……きくところによると、ドイツの婦人の党員の間でおこなわれている読書と討論の夕べでは、性と結婚の問題が、主な題目だというではありませんか。それらの問題に興味があつまり、政治指導や教育の中心をしめているというのです。わたしがそれをきいたとき、わが耳をうたがうばかりでした。プロレタリア政権による最初の国家ソ同盟は、げんざい資本主義の反革命国家にとりかこまれています。ドイツ自身の情勢をみても、たえず勢いをもちかえす革命反対派を撃退するために、プロレタリアートを中心とする革命的勢力を最大限に集中しなければならない……(『レーニン青年婦人論』青木書店18ページ)。

 さらに、レーニンは、その頃流行していたフロイト理論を批判している。

 ……わたしはあの性の真理をとりあつかった論文や研究やパンフレットを信用しない。要するに、それらはブルジョア社会の泥土のなかにおいしげる特殊文献なのです。ちょうどインドの聖者がヘソのことばかり考えつづけているように、四六時中、性の問題ばかり考えている人たちをわたしは信用できない……(同19ページ)。

 そして、クララに、コミンテルンのテーゼの基本思想を示す。

 テーゼで明確に指摘せねばならない点は、婦人の真の自由はだた共産主義を通じてのみ可能であるということです。そして婦人の社会的ならびに人間的地位が低いことと生産手段の私的所有が許されていることが不可分に結びついている関係を強く出すことです。そうすれば、わたしたち共産主義者とフェミニスト〔女権拡張論者〕との間に明瞭な境界線が引かれるでしょう。またこれによって、婦人問題を社会問題、労働問題の一部分として考える土台があたえられ、婦人運動をプロレタリア階級闘争およびプロレタリア革命にしっかりと結びつけることができます。共産党の指導する婦人運動は、それ自体大衆運動の一つ、つまり全般的な大衆運動の一部分とならなければならない。それはただプロレタリアートの運動であるばかりでなく、すべての搾取される者、抑圧される者の運動、資本主義制度および不合理な社会関係のギセイ者のための大衆運動でなければならない。以上のべた党の中にこそ、プロレタリアートの階級闘争ならびにそのたたかいからうみ出された共産主義社会にとっての婦人運動の意義が横たわっているのです。わたしたちが自慢してよいことは、わが党のなかに、第3インターナショナルの中に、婦人革命家を豊かにもっているという事実であります(同33~4ページ)。

 組織論。

 なるほど婦人のために特別な組織は必要ない。たしかに婦人党員も男子の党員と全く同様に党の一員です。両者は同等の権利と義務とをもっています。その点について異論はありません。しかし、ここに無視しえない事情があります。党には欠くことのできない機関として、活動グループ、委員会、特別委員会、専門部などがあり、その特別な任務として婦人労働者大衆の眼をさまし、これらを党に結びつけ、党の影きょう下にガッチリと彼女らをつかまねばならない。もちろん、この事は婦人の間で系統だった仕事をするためであります。一たび眼ざめ組織された婦人大衆をわたしたちは訓練し、共産党の指導のもとでプロレタリア階級闘争に彼女らをそなえなければならない。……わたしたちは婦人のあいだで活動をすすめるための適当な機関、煽動の特別な方法、特別な組織形態を必要とします。これは何もフェミニズム〔女権拡張主義〕ではない。それは実践的な革命的な方策であります(同34~5ページ)。

 こういうレーニンが示した思想は、コミンテルンのテーゼに、クララ・ツェトキンによって、取り入れられた。興味深いことに、スピヴァクは、レーニンの言う家内奴隷制に拘束されている女性をサバルタンに入れている。家庭という狭い空間に閉じ込められ、移動しにくく、狭い範囲での生活を余儀なくされているのがサバルタンだというのである。つまり、レーニンの言っていることは、時代遅れでもなんでもなく、格差拡大する資本主義諸国やとりわけ第三世界に広範に存在する今の現実を表現しているだけなのである。フロイト主義は、そこから目をそむけ、別な方に人々の目を過剰に向けさせることで、こういう現実を覆い隠すのに都合よく支配階級によって利用されているわけだ。もちろん、それを解放の武器へと作り直し、支配階級に向けることもできるわけだが、それは、主にイデオローグがする仕事であり、プロレタリアートは、そうでないものは信用することなく、大衆的な解放闘争に取り組むことが大事だということになる。スピヴァクは出身地のインドのベンガル州でサバルタン女性解放のための活動をやっている。レーニンが言うのもそういうことなのだろう。

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民族問題はアクチャルな課題である

 本、いろいろ10冊以上、もういちいち書くのも面倒になった。原田伴彦氏『被差別部落の歴史』(朝日選書)、赤坂憲雄氏『結社と王権』(作品社)、など。

 ビルマのアウンサンスーチー氏が来日するので、それに合わせて、ビルマについて調べていて、その関係の本が多い。それと、中国関係である。それと、Xデーが焦点となっていた頃の天皇制関係の本。そして民族問題。民族問題をすでに解決済みと思ってる左翼が多いような気がするが、それはまったく間違いである。天皇制問題もそうだ。大正デモクラシーから、日中戦争から泥沼の世界戦争に突入するまでたったの20年ほどである。大正デモクラシー期に誕生した労働組合などは戦争体制に組み込まれ、屈服していったことを思えば、現在の「民主主義」など危ういものでしかないと思わざるをえない。議会主義ボケとでも呼びたいぐらいだが、差別・排外主義者の跳梁跋扈が続く中では、それもジョークですまないかもしれないと心配する。

 先の朝鮮学校の無償化はずしに反対する日比谷集会は6000人の参加であったが、日本の人々の参加が少なかったように思う。まず、これは、人権侵害であり、政治的措置であり、政治的差別であるということである。これを放置しておくと一般民主主義が大きく後退するきっかけとなる。民族問題において、大民族・支配民族の側による少数民族の同化は、反民主主義的反動であるということをしっかりと認識する必要がある。それは民主主義への反動である。アメリカがインディオに対してやったことは大反動だったのである。したがってアメリカは先住民大虐殺国家である。その性格は消えていない。そのことを忘れないようにしなければならない。そして、日本の場合は、アイヌに対して似たことをしたということを忘れてはならない。それから、これは差別であって、物事を根底から考えなければならない知識人は、差別とは何かを理論的に解明することに務めなければならないということも強調しておかねばならない。知識人たろうとする者には、この世のありとあらゆることを考え解明する努力義務があると考える。

 ポスト・モダニズムは、それをする代わりに言葉遊びをもって変え、したがってなんら説得的な理解を与えられなかった。それらしい言葉が並べられただけである。言い方、書き方だけがやたらと洗練され、技巧的であって、それを取り除くと大した内容がないものが多い。例えば両義的という概念は、ほぼどっちつかずの日和見主義的な使われ方になった。あっちでもないどっちでもないというのは、判断停止として積極的な意味が与えられたが、それは方法論以上のものとして、日和見主義を正当化する言い訳的な使われ方をしている。しかし、政治であれ生活であれ、判断しなければ、何も進まないし、実際に判断している。コーヒーか紅茶かを判断して、どっちかを飲んでいる。現象学的還元、判断の宙吊りを主張した柄谷行人なども、それが哲学上の方法論であると限定している。その元であるフッサールはもちろん方法論であると言っている。それにもかかわらず、大衆運動にまでそれが持ち込まれている。これは完全な誤用であり、濫用でしかない。第二に、方法は特定の目的のために使われるもので、目的にかなうものでなければならない。それもいい加減に拡張されて濫用されている。これも止めなければ無用の混乱を生み続けるだけである。これも改めれなければならない。大衆運動領域からポスト・モダニズムという混乱を生むだけの思想もどきを一掃すべきだ。端的に言えば、使えないのである。

 アジアにおける民族問題の複雑さ、多様さを見るにつけ、とうていポスト・モダニズムなどではどうにもならないという思いが深まるのである。それにしても、まだちゃんと読んでないが、ポスト・モダニストと見做される蓮實重彦氏が、ムスリム・コミュニストのスルタン・ガリエフを描いた『スルタン・ガリエフの夢』を書いた山内昌之氏と共同編集で『いま、なぜ民族か』(東大出版会)を出し、その中で、ソ連出身で、アメリカでも短期間だが活躍した女優アンナ・ステンが85歳で亡くなったことに触れて、「誰も注目しなかった老齢の女優の死が歴史の厚みの象徴だなどといいつのる気はないが、そこに露呈されている完璧なまでの「民族」の払拭ぶりと、再燃した「民族」紛争とがわかちがたくもつれあうことになる時間の厚みがもたらす手触りだけば、歴史へとひとを導くものなのだ」(227ページ)と言うように、歴史=織物とする歴史観を示しているのだが、それと三多摩自由民権運動のほとんど無名の活動家たちを論じながら、民衆史を構想していく色川大吉氏の姿がなんとなく重なって見える。蓮實重彦氏はひょっとして偽装コミュニストではないかと思ったりする。ビルマはまさに織物のように多種多様な民族、宗教(小乗仏教、ヒンズー、イスラム、アニミズムなど)が織り込まれ糸がもつれている。蓮見氏は、アンナ・ステンの死の記事が、歴史のもつれた糸をほぐすきっかけになると言うのだが。

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生き生きとした唯物論的主観の活動 鈴木正氏の加藤正論

 白川静氏『文字講話Ⅲ』(平凡社)、ビルマ関係2冊、鈴木正氏『日本思想の遺産』(こぶし書房)、『東北学』23号、五木寛之氏の本、そして、『服部之総著作集』(理論社)。

 このうち、鈴木正氏の同書の中の「5 知識人の復辟」の加藤正論が興味深い。鈴木氏が言うように、知識人論をマルクス主義的共産主義の中に再定置したのは、イタリア共産党創始者の一人のグラムシである。鈴木氏によれば、グラムシは、〈哲学的運動〉を構想したのだが、それは、「知識人のための専門的教養を発展させることにのみ専念する立場でなく、「素朴な人々」との文化的接触を通じ、個性的な哲学とおなじ首尾一貫性と気力をもつ、更新された常識となりうるような哲学を彫琢することによって、同時に「歴史」でも「生活」でもあるような哲学に自己革新することであった」(172ページ)。それを証するグラムシの以下の言葉を氏は引用する。

実践の哲学は「素朴な人々」を常識というかれらの素朴な哲学のなかにとどめておくことをめざすのではなくて、逆に、かれらを高次の人間観に導こうとめざすのである。それが知識人たちと庶民との接触の必要を主張するとすれば、それは科学的活動を制限し、大衆の低い水準において統一を維持するためではなくて、まさに、知識人のわずかな集団ばかりでなく大衆の知的進歩をも政治的に可能ならしめる知的・道徳的ブロックをうちたてるためである。(172~3ページ)

 マルクス・エンゲルス、レーニンと共にグラムシをかなり読んだが、氏のように、グラムシのドイツ観念論摂取を閉じた歴史的環として理解すべきか、運動する歴史的過程としてとらえるかというふうに問をたてたことはなかった。後者以外に読みようがなかったからである。レーニンの『哲学ノート』でも、終わりなき弁証法的運動としての主観という観点がはっきり示されていて、それを継承してきたのである。まさに主観とは弁証法的に認識の発展する歴史的運動であり、実践である。それは、マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』に明確に示されているもので、加藤正はそれを正しく掴んだ人である。

 加藤正は、「弁証法的唯物論の道」で、「理論的に思惟することのできない人間を一般に俗人と名付けるなら、弁証法的唯物論が自己の運命を俗人の手に委ねて来たことが、従来の左翼哲学界を支配し来った渾沌と無力、酩酊と讒言の現実的理由であった」(『加藤正著作集』第1巻 ユニテ社 41ページ)と述べている。加藤正については、『情況』2009年6月号所収「フォイエルバッハ・テーゼについて」(流広志)で書いた。鈴木氏は、党派性論争を整理しつつ、加藤批判者たちが、理論に対する政治の優位の立場に立っていたとしている。これは今日でも重要な問題である。それに対してレーニンはどうだろうか。よく聞かれる解釈ではレーニンこそ党派性論者であって、理論に対する政治の優位を強力に主張したかのように描かれることが多いように思うが、さにあらず。鈴木氏は、「本来、科学的社会主義を性格的特徴とするマルクス主義は、このような合理的な吟味と研究の方法を基礎とする実践の論理であった」(181ページ)として、「支配階級の文化と思想の限界を除去し、それをあらたな高い総合をもたらすためには、反対にたえざる知的辛酸によって、あらたな既存の文明を吸収し、その階級的・技術的制限を克服することによってしか継起的に近づきえないはずである。マルクス主義をふくめてあらゆる認識の過程に、すっべてこのようにして、より高い段階、より一層客観的な真理に到達するのである。そこでは、政治的権威や指針による代位など、すこしも効果がない(同)と述べる。レーニンもそうだったと氏は言う。

 1905年以後「マルクス主義哲学の一兵卒」とみずから称して、謙虚な学問的出発をしたレーニンは、このことをよくのみこんでいた。彼は党の方向と哲学の方向は、そのまま単純かつ直接的に同一ではなく、ときには、その関係は分岐的であるとさえみなしていた。勿論、当時の党内の理論的伝統と現状に制約されてのことだろうが、1908年4月のゴーリキー宛の手紙では大胆にも「哲学論争を党活動全体から分離することに賛成したい」とまでしるしている。(同)

 そして、加藤を擁護して、唯物論の命題を述べる。「認識とは人間の頭脳の精神的連関のなかへ対象をうつしとることである」。「だが、それは機械的登録や複写といったような受動的現象ではなく、むしろ仮説・実験・検証といった本質的に能動的な相を含んだ手続きをへて、事物を反映するのである。この場合方法とは、どこまでも諸科学によって分析された諸規定を内的に連結させた理論的概括からうまれたものである。そのため精神ないし意識はどこまでも〈空白な書板〉ではなく、認識の段階に応じた科学的抽象により、一定の全体化の形式を備えている」(184ページ)。

 理論的思惟は、自己が辿る事物それ自身の固有な内的必然的発展を与えられて、自己を唯物論が弁証法として立した。この思惟は、自己の中に、自己が辿り得た限りでの世界の内的展開に相応じて、自己自身の展開性を蓄積する。(「弁証法への道」)

 ここから、氏のフォイエルバッハ・テーゼの見事な解釈が続く。マルクスの「哲学革命」は、「自己を絶対的前提とし、他を捉えるが、他によって捉えることのできない主観」(185ページ)、「主語となっても、絶対に述語とならないものを世界から追放し」「恣意の主観を認めない」と宣言した哲学的事件だという。そして、現代的唯物論の立場を以下のように主張する。

 自己意識が、最高の世界把握だなんぞという呪文めいた主張は、仮りに、その直観が現実のあらたな生成をなにほどかは開きしめしていることがあっても、それはあくまでも非合理なものにすぎない。むしろ非合理なもののなかへつきすすみ、闘争の過程でそれを合理的連関の網に変換してとらえるのが現代唯物論の立場である。(185ページ)

 それから、鈴木氏は『経済学批判序文』の有名な命題などを検討しているが、おおむね私の考えと一致する。そして、氏は、加藤正の主観論を以下のように要約している。

 彼は『「フォイエルバッハについて」第一テーゼの解釈』や「主体性の問題」でもってsubject(主観または主体)の全範囲は、人間の実践的活動と完全に等しく、対象の主体的把握とは、まさしく人間の感性的活動そのものを対象とし、かかる主観的・活動的形態のもとにおける対象をば、抽象的・思弁的にでなく、具体的・現実的にとらえることだと解釈した。(189ページ)

 このことは、まさにマルクスの「フォイエルバッハ・テーゼ」第10テーゼの「ふるい唯物論の立場は市民社会であり、あたらしいそれの立場は人間的社会あるいは社会的人類である」という時の社会が「人間実践の総体であり、そしてまたこの対象的活動の全所産」(同)であることを踏まえて理解されねばならない。すなわち、主観の活動は、直観、意志、意欲でもあり、その対象的活動の把握が理論思惟の活動なのである。こうして従来、観念論が理論的思惟の活動を観想的立場に押しとどめていた限界を突破する道が開かれたのである。かくして、理論思惟の活動性、能動性はエネルギッシュな実践として解放された。レーニンが『哲学ノート』で示したように、「生き生きとしたもの」「生動的なもの」、弁証法的運動=生き生きとした実践として解放されたのである。

 〈付〉

 いかに原発推進、再稼働推進、新規建設推進の安倍政権でも、人々に根ずく脱原発意識には勝てないことを示す記事である。脱原発派の勝利といっていい。もちろん、福島の地元の意思も固く強かったということである。この間の脱原発運動の高揚が、それを後押しするのに役立ったことは言うまでもない。大衆の勝利、安倍の敗北である。

東北電、浪江・小高原発新設撤回方針 地元理解得られず(2013年3月28日朝日)

 東北電力は28日、福島県浪江町と南相馬市で計画していた浪江(なみえ)・小高(おだか)原発の新設を撤回すると発表した。誘致を図っていた両市町は東京電力の福島第一原発事故後に建設反対に転じており「地元の心情を踏まえると困難」と判断した。福島事故後に電力会社が原発新設を撤回するのは初めて。

 浪江・小高原発の計画発表は1968年。計画出力は82・5万キロワット。福島の事故後の2011年12月、浪江町議会が誘致を白紙撤回する決議をし、南相馬市議会も建設中止を求める決議をした。それぞれの首長も立地への反対を表明した。東北電力は昨春、それまで「16年度」としていた着工時期を「未定」に変えていた。

 東北電力は、断層問題を抱える青森県東通原発を15年7月に、東日本大震災で被災した宮城県の女川原発は16年度以降に、それぞれ再稼働させる計画だ。

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歴史を学ぶべきこと

 松浦玲氏『横井小楠』(ちくま学芸文庫)、『天安門文書』(文藝春秋)、安丸良夫氏『日本ナショナリズムの前夜 国家・民衆・宗教』(洋泉社)、古田武彦氏『真実の東北王朝』(駸々堂)に入る。『東北学』は2009年まできた。

 中国の歴史について重点的に見ている。様々な本に目を通した。歴史ドラマも観た。日本の近世を見ているのも、それと関連する。この時代の思想家が中国の思想に大きく影響されていて、その概念を使って物を書いているからである。それに対して古学から国学が発生するが、本居宣長と平田篤胤ではずいぶん支持層が違っていたという。安丸氏は、「宣長の門人の多くは、伊勢・尾張を中心に比較的先進的な地域の人々であり、しかもその大部分が家業のかたわらに詠歌や古典の学習を楽しむ人々であったのにたいし、篤胤学の主要な基盤がより後進的な地域の豪農層にあり、彼らが世直し的な動向に脅かされながら、地域の生活秩序を再建しようと努めていたことは、芳賀登氏などの研究がすでに確認していることである」(28ページ)と述べている。

 中国といっても歴史的には様々な民族の興亡があり、入り乱れていて、漢民族を偽証したり、漢風の姓を名乗ったり与えられたりした異民族もあり、統治領域も時代によってかなり変わっている。中原の王朝は絶えず周辺民族の侵入や介入を受けていたということがあり、そういう交流・交渉の中で中原支配の王朝政治があったということに注意しなければならない。近年、北方・西方諸民族の歴史に光を当てられるようになったということもあって、現在のヨーロッパ地域からアジア、シベリアにまたがる北方の大帝国、西方の大帝国との交渉史にも歴史の光があてられるようになった。モンゴル系といわれる匈奴、チュルク系の突厥、チベット系の吐蕃、鮮卑族等など、多様な諸民族が次々と起こり、中原へと進出してきたりした。中には中原支配の王朝を建てたものもある(鮮卑系拓跋氏の北魏、モンゴル系の元、満州族の清)など、また、隋の皇室の「楊氏については元々は鮮卑の出身で本来の姓が普六茹であり、北魏の漢化政策の際に付けられた姓が楊であるという説もある」(ウィキペディア)。これと日本史を結びつけたのが、江上波夫氏の『騎馬民族国家』(中公新書)である。さらに、北方でのアイヌやギリヤークなどの北方諸民族との朝貢関係や交易関係、あるいは、元とアイヌの戦争などの北方交渉の歴史も明らかにされつつある。東北アジア史の領域の解明が進みつつある。

 こういう歴史認識の変化の中で、その認識を進めず、古いイデオロギーを保守しているのが現在のナショナリズムで、それは、安丸氏が言うように、虚偽意識でしかない。それが解放的役割をすることはもはやありえないにもかかわらず、そのように信じこみ、あるいは信じこませようとする勢力が再三起こってくる。虚偽意識を押し付けるという反動であり、解放を妨げる有害な存在である。しかし、自民党政権の安倍総理は、右派の批判の的である「河野談話」を維持することを公然と表明したし、中国との尖閣列島の領有問題についても、かつての自民党時代の通りに戻そうとしている。

 アルジェリアの人質事件に際しては、人命最優先をアルジェリア政府などにたいして繰り返し強く求めつつ、テロを非難し、アルジェリア政府が強行突入して人質が死亡したことについては口をつぐみ、責任追求も曖昧なままやり過ごし、早くも天然ガス施設が再稼働した。3・11後の原発事故を自然災害であると自然現象のせいにして「原子力ムラ」の責任をうやむやにした民主党政権の態度をそのまま受け継いでいる。アルジェリアの人質事件はまちがいなく人為的事件であり、人間の引き起こした事件である。それでも、政府は、やはり、責任を明らかにしようとせず、あたかも自然災害にあった運の悪い人たちの犠牲というふうに片付けようとしているように思われる。これはどう考えても悪政であり、悪い統治者の態度であり、とうてい徳のある統治者の統治態度とは思えない。これを正すべきである。正義がなければ、それはただの徒党のエゴ追求でしかなくなる。そういうことも歴史の中から容易に学べることだから、できるだけ歴史から学ぶべきだ。
 

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