アメリカ

米人種間の資産格差が22倍に 不況で拡大

 以下は、欧州経済危機が深まる中、気になる記事である。

  「スペイン政府は21日、銀行部門の資本不足が最大で620億ユーロ(約6兆2千億円)に達すると発表」(6月23日 日経)したが、5月に決定したEUの支援額は42億ユーロ(現在の為替レートで約4200億円)でしかなく、全然足りない。また以下の記事は、資本主義・帝国主義は、人種差別をなくせないし、再生産している構造的問題があることを示している。

  一方では、平等や民主主義というたんなる言葉の上だけの虚しいスローガンや部分的改良があり、かれらは、それを誇大に宣伝して、人々を騙している。このようなイデオロギー空間内に置かれているわれわれが、それから頭だけでも解放されるためには、別のイデオロギー空間に入る必要がある。それは脱イデオロギーということではない。あるいは、脱イデオロギーというイデオロギー空間に入ることではない。それでは、自分はイデオロギーとは無縁であるという妄想に陥るだけである。

 また、イラクやアフガニスタン戦争の際に、米国内では、人種差別的で排外主義的な宣伝・扇動が行なわれた。差別と戦争は繋がっている。

米人種間の資産格差が22倍に 不況で拡大

  ニューヨーク(CNNMoney) 米国勢調査局が最近発表したデータによると、米国の白人は黒人の22倍の資産を保有しており、その差は昨今の大不況で約2倍に拡大した。

  2010年の人種グループ別の世帯純資産の中央値は、白人世帯が11万729ドル(約890万円)だったのに対し、黒人世帯は4995ドル(約40万円)、ヒスパニック系世帯が7424ドル(約60万円)だった。

  白人とその他の人種グループとの貧富の差は不況の間に拡大しており、白人は他のグループに比べ、不況をうまく切り抜けたといえる。白人以外の3つの人種グループの世帯純資産の中央値は2005年から2010年までに約60%も減少したのに対し、白人世帯のそれはわずか23%しか減少しなかった。

 人種間の貧富の差は今に始まったことではない。これまでも黒人やヒスパニック系は白人に比べ、低所得、高失業、低学歴だった。しかし、昨今の大不況で状況がさらに悪化した。例えば2005年の純資産の差は今ほど大きくはなく、白人は黒人の12倍、ヒスパニック系の8倍だった。

  黒人やヒスパニック系が不況をうまく乗り切れなかった主な理由は、総資産に占める住宅資産の割合が白人に比べて大きかったためだ。住宅バブル期に黒人やヒスパニック系の持ち家率は上昇したが、彼らは白人に比べ、より多くの住宅購入資金を高コストのサブプライムローンに依存していたため、不動産バブルの崩壊で、より壊滅的なダメージを負った。

  また黒人やヒスパニック系は、保有資産を預金や株といった金融システムに回す確率が低く、さらに白人に比べて高い失業率も貧富の差を拡大する要因となっている。

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アメリカ現代思想理解のために(35)

 冷戦の終了によって、自由民主主義の勝利が、謳われた。フランシス・フクヤマの「歴史の終わり』(1992年)は、ヘーゲルを使って、人類史は終わったと宣言した。しかし、彼は、この段階で、人々が労働と闘争をやめて、主体性を失って、再動物化すると言ったことはあまり喧伝されなかった。「歴史の終わり」万歳! というわけではなかったのである。

 さらに、ハンチントンは、『文明の衝突』(1996年)では、西欧文明圏以外に、ラテンアメリカ文明圏、アフリカ文明圏、イスラム文明圏、中国文明圏、ヒンドゥー文明圏、ギリシア=ロシア正教文明圏、日本文明圏、の7つの文明圏があり、それらが西欧文明圏を凌駕しつつあるという図式を示し、「グローバルな多文化性」を持つ必要があると唱えた。

 ベンジャミン・バーバーは、『ジハード対マックワールド』(1995年)で、グローバル化に対する伝統的な価値や共同体的な信念を取り戻そうとする傾向が台頭しているという。そして、バーバーは、政府と民間セクターの中間を占める「市民社会」領域で、強制を伴わない形の「公共性」を創出するのを再活性化すべきだという。そして、緩い連合体としての、グローバルな政府を作るべきだと主張した。それを彼は「強い民主主義モデルの市民社会像」と言ったという。「それは、たとえ異なった価値観を持ち、利害対立があるとしても、共同の土台を造り、公共的な仕事にコミットし、共通の関係を探求しようとする活動的な民主的市民の共同体であるという」(230~1頁)。

 ロールズは、国際正義の問題について、「寛容」の限界をどこに置くかというをポイントにしているという。そして、「階層社会」という概念を作っている。「「階層社会」とは、政教分離がなされていおらず、宗教的性格を強く帯びており、階層制がある社会」(233頁)だという。

 ロールズは、「リベラルな正義」を受け入れることが可能な、「秩序ある階層社会well-ordered hierarchical society」の条件として、①平和を好み、外交や通商などの平和的手段を通して自らの正当な目的を達成しようとする社会であること、②「正義の共通善的構想に導かれた法体系」を有しており、国内の各種の集団の意見を政治に反映させることのできる代表機関や議会などの「道理に適った協議階層制 reasonable consultation hierarchy」がそれに伴っていること、③生存権、自由権、財産権、自然的正義の原則によって明示される形式的平等などの基本的人権を尊重していること―の三つを挙げている(233頁)。

 その上で、拡張主義的な無法国家に対しては、「万民の法」を支持する諸国民衆の社会が、自らの安全と安定を守るための交戦権を有するとして、「正戦」論を唱えた。彼は、民間人を標的にしないとか、兵士や民間人の人権を守らなければならないとか、正義に適った制度を作るための援助しなければならないとかいろいろ条件を付けているのだが、「正義」の戦争があるということを認めているので、非戦論者ではない。

 2000年、ネグリ、ハートの『帝国』が出る。この本で、彼らは、アメリカ的な憲法=国家体制(constitution)を利用することを企てたという。帝国としてモデルにしているのは、ローマ帝国で、「一定の条件を満たせば、他民族でもローマ市民権を獲得し、法の下での平等な扱いを受けることのできる開かれた法=権利の体系を備えていた」(239頁)。このような帝国モデルが、グローバリゼーションの進展によって、世界規模で生成しつつあるという。それは、国連、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、世界貿易機関(WTO)や国際条約によってできる国家間関係、多国籍企業、メディア、宗教組織、非政府組織(NGO)などのネットワークなどである。グローバリゼーションによって、ハイブリッド(異種混交)的なアイデンティティが形成されつつあるという。〈帝国〉の市民=臣民たちは、多様なアイデンティティを持ちながら、不定形な連帯関係を結んでいる、かれらを、スピノザにならって「マルチテュード(multitude:群衆=多数性)とネグリたちは呼んだ。しかし、『帝国』をざっと読んだ限りでは、マルチテュードにこうした性格を与えているのは確かだが、同時に、かれらは、これにアイデンティティを奪われた存在としてのプロレタリア性という性格も与えていることも見逃せない。

 さらに、仲正氏は、アメリカは、アーレントやトクヴィルが指摘した市民たちの自由な活動を保証する開かれた憲法=国家体制を創出したというのだが、しかし、やはり、憲法を作った「フェデラリスト」たちは、分権主義に対しては、セクト(宗派)と呼んで非難しており、あくまでも中央集権的な共和制、大統領制=行政権の優位ということを強調していたし、それが、かれらは妥協を余儀なくされたとはいえ、その後、その強化が、繰り返し行われてきたのであり、湾岸戦争やその後の一連の戦争は、そのことを如実に示したと思う。ネグリたちは、マルチチュードとしての人民が、相互作用によって、権力を在り方を想像/再想像する状態「構成的権力=憲法制定権力constituent power」が絶えず働いているという。それは、アメリカ的理念が、アメリカ合衆国の現実を超えて世界化している状態だという。しかし、2009年の今日、こうした議論は、多少、現実離れしているように見える。しかし、マルチテュードについて、「ボッセ」とか、いろいろ面白いことを言っていて、それはそれで、今日のグローバリゼーションに対する対抗運動の性格についての興味深い指摘だとは思う。一時は、保守的・愛国主義的な言説が支配的になったこともあるが、それが挫折したのは、「リベラル」の力によるものには見えなくて、むしろ、グローバリゼーションの中でのマルチテュード的な力によるところも大きかったように見える。その場合に、それが、「マルチテュード」のプロレタリア性という性格と関係があるように見えるのだが、どうだろう?

 9・11事件後、アメリカでは、あっという間に、愛国主義が広まり、ネオコン一派が台頭した。対テロ戦争としてのアフガン戦争に対して、リベラル系の知識人の中からもこれを支持する者が出、「フェミニスト・マジョリティ」も、これを支持した。2002年2月には、60人の知識人が連名で、「我々は何のために闘っているのか?」という公開書簡を出し、ブッシュの対テロ戦争支持を表明した。この中に、社会民主主義的な左派系知識人のウォルツァーが入っている。9・11事件については、その真相がわからないこともあって、いろいろな見方が流されているが、重要と思えるのは、世界貿易センタービルの性格であり、そこに入居している企業の性格である。ここには、アメリカ国債の多くを扱っていた金融会社など、金融の中枢を担う企業が多く入居していた。もちろん、そこで働いていたのは、エリート中のエリートたちである。それに伴う様々な雑業にはもちろんそうではない人々も大勢働いていたはずだが、基本は、そういう人たちである。この国債取引企業がオフィスを失ったために、数日間、アメリカ国債の取引がストップしたという。犠牲者の問題で言うと、消防士が多く犠牲となったことについては、果たして、当局の適切な判断と指示がなされたのかということを指摘する報道もあった。

 「リベラリズム」の黄昏という小題の下で、仲正氏は、リベラリズムの二大巨頭の一人であったドゥウォーキンの『ここで民主主義は可能か?』(2006年)で、彼は、「保守派」と「リベラル派」の不毛な対立を憂い、民主主義的な討論の「共通基盤」を再度見出すべきだとして、①あらゆる人間の生命に固有の潜在的価値があること、②各人には自らの生においてその価値を実現する責任があること、の二つを候補にあげているという(249~250頁)。つまり、生存権に基礎を置くべきだということだ。それを、民主主義の基礎に置かなければならないということなのであれば、それは、もはや、国家的権利としてではなく、非国家的権利の場に移されなければならないことを意味することは明らかであるように思われる。もはや、それは、民主主義という次元を超えたところの次元に歴史が到達し、その課題の前に立ったことを意味していると思うのである。アメリカにおける思想的な「保守派」と「リベラル派」の両方の衰退は、それを意味しているのではないだろうか?

 こうして見てみると、今、アメリカ現代思想は、「保守」、「リベラル」の衰退の中で、コミュニタリアンや「差異の政治」派など様々な潮流がある百花斉放的な様相にあるようだ。他方で、伝統的な近代経済学の中からも、アフマティア・センのように、厚生経済学的に、人間が、社会的に人間らしい活動をすることを可能にする「潜在能力」を問題にする者も出ている。

 これで終わりである。

 全体を通して言えば、土台が欠けた議論が多いという印象である。基本的に、戦後、波はありつつも、世界経済の右肩上がりの成長が続いてきて、そうした経済的な拡張の余地が増え続ける中で、アメリカでのこの手の議論が行われてきたが、今、アメリカは金融恐慌に見舞われ、また、世界経済の成長率が戦後初めてマイナスに転じる見込みとなり、自動車のビッグスリーの危機に象徴されるように、フォーディズム体制は崩れつつある。その中で、アメリカでの思想形成の営みがどうなっていくのか? 少なくとも、ローティ的な悠長な議論は後景に退くことになりそうな気がする。オバマもそうだが、アーレントやネグリ=ハートやその他が、いくらアメリカ建国期の憲法に体現された理念や構想に立ち返ろうとしても、あまりにも条件が違いすぎて、それはユートピア的すぎるだろう。思想やイメージとして、それを言ったところで、どうしようがあるというのか? そして、リベラリズム、である。戦争を求め戦争を支持し戦争によって、産軍複合体制、そして、人の交流も含めた国・独占資本一体となった国家独占資本主義を強化する傾向を固めようとするリベラル、しかし、それが黄昏れる中で、そこに展望はあるのだろうかと思わざるを得ない。では、どのような思想が人々の多くを捉えるのか。それは、これからの問題だ。

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アメリカ現代思想理解のために(34)

 今度は、「プラグマティスト」のローティが登場する。

 それまでの現代哲学の「認識論的枠組み」から「言語論的枠組み」へのパラダイム転換を、「言語論的展開linguistic turn」と呼んだのは彼だという。彼は、「心=主体」を「自然=客体」を正しく写す「鏡」のようにイメージすることを批判し、このメカニズムを探求して、全ての知を基礎づけようとする哲学の態度を「基礎付け主義fundationalism」と呼び、批判した。さらに、彼は、哲学者相互の会話としての「哲学」という営みには、最終的真理への到達を目的とする「認識論epistemology」タイプと「会話者同士の合意を目指しながらも、意見の不一致もさらなる対話のための生産的な刺激と見なす「解釈学hermeneutics」タイプがあるという。そして、「解釈学」タイプをよしとする(199~200頁)。このタイプの哲学者として、デューイ、ジェイムズ、パースらのプラグマティスト、ハイデガー、後期ウィトゲンシュタイン、ガダマー、フーコー、デリダ、クワインらをあげているという。

 『哲学に対する民主主義の優位』(1988年)で、彼は、自由主義的な社会理論には、「人権」を非歴史的で絶対的なものと見なすものと、特定の共同体の中の合意の産物と見なす、二つのタイプがあるとしたという。前者のタイプとして、ドゥウーキン、後者のタイプとして、デューイやロールズをあげ、彼は、後者を支持した。彼は、アメリカ建国の父の一人ジェファソンが、宗教的価値観と政治を切り離したことを評価する。つまり、政教分離を評価したのである。そこで、「寛容」がテーマとして焦点となったという。ロールズは、『正義論』では、「無知のヴェール」の下で、リベラルと同じように考えるという「人間本性論」的な想定をしているが、その発想自体が間違いだというのである。ロールズは、哲学についても、「寛容」の原理を適用し、いろいろ違いがあっても、結果的に望ましい社会秩序について大体同じようなイメージを持っていれば、その重なり合った部分に限定して、合意すればよしとしたのである。結果オーライという意味で、プラグマティズムと似ている。

 「人間本性、自我の本性、道徳的動機付け、人生の意味などに関わる「哲学的人間学」によって、民主的社会のための社会理論を「基礎付ける」必要がない」(203頁)ので、デューイは、これを支持するという。「ジェファソンやデューイは、「アメリカ」を民主主義的自由主義のための共同の「実験」と考え」(同)たと彼は考えた。しかし、ここで、哲学者としては、二つのタイプを含む哲学の議論を前提として、こういう区別をすることを戦術的態度として選択することは可能であるが、しかし、価値観の問題を、私的領域の私事へと追放することは、それを哲学の対象から放り投げ、例えば、宗教にそれを委ねるということになりはしないだろうか。それは、プラグマティズムの提唱者であるジェイムズによって、哲学と宗教の間の分業というかたちで言われていたように思われる。

 ローティは、『偶然性・アイロニー・連帯』で、「リベラルな共同体」は可能かと問うている。イギリスの保守的な政治哲学者オークショットによる「統一体universitas」と「社交体societas」の区別を取り入れた。「統一体」は、共通の目標によって統一された仲間意識を持った集団であり、「社交体」は、互いを保護するために協力しているが、同調することは避けようとする人々の一団である(205頁)。「リベラルな共同体」の市民は、共同体の道徳性が偶然の産物であることを知っており、偶然性の感覚を身につけている。

 「リベラル・アイロニスト」は、近代市民社会で支配的になっている「自由」観さえも偶然の産物であるにすぎず、普遍性は存在しないと見なしている点で、ポストモダン的である(206頁)。これは、唯名論か?

 「アイロニスト」の代表として、フーコーがあげられる。フーコーは、近代市民社会が、理性の名の下に特定の文化パターンを強制し、抑圧することを告発し、それに「主体=臣民」として飼い慣らされすぎているので、リベラルな社会の自己変革は不可能だと考える。「新たな抑圧を生む可能性のある、いかなる制度的改革に対しても警戒し続けるという意味でのフーコーは、「アイロニスト」であるわけだが、それは彼が人間の根底に決して抑圧されるべきではない「何か」を想定するからだと、ローティは言う(206頁)。これに対して、ハーバーマスは、間主体的に発揮されるコミュニケーション的理性に訴えかけるという戦略を取る。それも、普遍的な理性を想定している点で、取り入れられないという。彼はどうも唯名論者みたいだ。

 ローティは、『わが国を達成する―邦訳タイトル『アメリカ 未完のプロジェクト』(1998年)で、「プラグマティズム」をアメリカ固有の左派思想と見なし、世界最初の階級制度のない協同的連邦国家(cooperative comonwelth)を実現した時には、愛国主義的な左派の言説が優勢だったという。ニューディールもそうだという。彼は、「改良主義的左翼」の伝統として、ハーバート・クローリーや、世界産業労働者組合(IWW)のデブスやデューイなどをあげる。ところが、60年代後半以降、「新左翼」が台頭したが、かれらは、文化闘争にばかり力を入れて、現実的な改革に関心をあまり持たなかったと彼は言う。それを、ローティは、「文化左翼Cultural Left)と呼んだ。彼は、「文化左翼」が、差別の構造や深層心理を暴き出し、告発することばかりに集中して、現実の経済的改革に関心を持たないので、実際にはただの傍観者に留まっていると批判した。つまり、現代版ヘーゲル左派ということか?

 ローティは、「アメリカ」を、民主主義の夢を完成する壮大なプロジェクトと見なす、詩人ホイットマンやデューイの思想を引き継ぐ、「改良主義的左翼」、そして左翼としての愛国心の必要性を説いたという。これは、「左翼と右翼の言説が交差するようになった“ポスト・モダン状況”をよく表しているように思われる」(210頁)と、仲正氏は言う。

 ロールズの議論は、『政治的リベラリズム』(1993年)になると、「異なる教説の間の関係を政治的に調整する役割に徹する“リベラリズム”を強調するようになったという。

 政治的リベラリズムは、その政治的目的にとって、各々が分別がある(reasonable)けれど相互に両立し得ない包括的教説が複数存在することが、立憲的な民主体制の自由な諸制度の枠内で人間的理性が行使されたことの正常な帰結と見なす。政治的リベラリズムはまた、分別ある包括的教説は民主的体制の本質的部分を拒絶しないと想定する。無論、一つの社会には、分別がなく非合理的で、狂ってさえいる包括的教説もまた含まれているかもしれない。その場合、問題は、そうした教説が社会の統一性と正義を掘り崩さないように抑制することである。(political Liberalism,Columbia University Press,1996,p.ⅹⅴⅲ)

 ロールズは、カントの公共的理性という概念を借りて、互恵的な関係のために他者と共存する意志がある者同士、そして、自由で平等な市民の「代表者」たちが、社会的協力のための公正な条件」をめぐって行う討議の進め方や条件付けの公正化を行うことを提案する。

 全ての理性=理由付けが、公共的理性=理由付けであるわけではない。教会、大学、そして市民社会の他の多くの連合体による非公共的理性=理由付けもあるからである。貴族制あるいは独裁制の政権では、社会の善が考慮される時、それは―そもそも存在しているとしても―公衆(the public)によってなされるわけではなく、誰であれ支配者によってなされることになる。公共的理性=理由付けは、民主的人民の特徴である。それは民主的市民たちの、同等の市民権(scitizenship)のステータスを共有する人たちの理性=理由付けである。彼らの理性=理由付けの主題は、公衆の善、つまり正義の政治的構想が、社会の諸制度の基本的構造、そしてそれらの制度の目的や目標に対して要求するものである。(Ibid,p.213)(213~4頁)

 ロールズの「公共的理性」とハーバーマスの「コミュニケーション的理性」は、ともに、カントに基づいている。これらは、立憲的な諸制度に立脚した民主的意思形成のルールを問題にする議論で、全ての市民に開かれた公開フォーラムでの憲法の本質的要因に関わる討論を行う場合のルールを問題にするということである。これは一見すると、ソフトに見えるのだが、例えば、ハーバーマスは、クリントンによるコソボ人の人権を理由にしたユーゴへの人権のための戦争へのNATO軍へのドイツの参加を支持した。あの時、コソボに対してユーゴ軍が軍事介入して、大量の避難民が発生したことは確かだが、即座に軍事介入しなければ、大量虐殺とかが起きたような状況だったか、今振り返ってみると、そこまでは言えない状況だったと思う。言い分はあると思うが、結果的に見ると、ドイツ軍の戦後初の域外派遣を求めたハーバーマスの主張は、愛国主義的な性格を持ったと言わざるを得ない。もっとも、彼は、その後、自己批判しているのだが。ローティが生きていたら、先のイスラエルによるガザ空爆からのパレスチナ人虐殺攻撃に対してどう言っただろうか? 多元的リベラル派のウォルツァーは、イスラエルの攻撃を支持した。それも、積極的に支持した。その現実の姿を見る時、「リベラル」な合理的人間・理性的人間、そういう思想を代表する哲学者の野蛮さや残虐性を感じざるを得ない。後で出てくるが、9・11事件後のアフガニスタンへの軍事介入に、「リベラル」な左派系知識人、60人もが連盟で支持を表明したり、フェミニストの「フェミニズム・マジョリティ」が、やはり、これを支持したというあたりの問題である。

 サンデルらコミュニタリアンたちは、政治の道徳化に向かっていったという。

 ウォリンらは、ジェファソンの民主主義推進論と対立した強力な政府を作ろうとしたフェデラリストとの対立を振り返り、アメリカ憲法の歴史で、人民管理をめざす中央集権的な官僚権力と、地方自治、脱中央集権的、参加型民主主義、平等主義的な感情などの対立と緊張関係がずっと続いてきたと指摘しているという。また、古代ギリシア・ローマの都市国家、マキャベリ、イギリスのハリントンらの共和主義と民主主義論を結び付けて議論する「共和主義的な民主主義論」の流れがあるという。仲正氏は、アーレントの公共性論をこのタイプに分類している。

 民主主義論としては、「討議(熟慮)的民主主義論」が台頭したという。それに属するのは、ハーバーマス、ベンハビブ、ジョシュア・コーエン、そしてロールズもこの系譜に連なるという。仲正氏の解釈では、「討議的民主主義」は、公共的討論によって結論の正当性を得ようとするものだという。それに対して、「差異の政治」を重視するラディカル・デモクラシーの一派は、民主主義的な合意の下で隠蔽される差異の浮上を目指しているという。例えば、ムフは、予め合意不可能な他者を排除した上での討論のフォーラムではなく、新たな他者たちを参入させる継続的な闘争が必要で、それを「闘技的多元主義」と呼んだという。また、同書にはないが、スピヴァクも、ハーバーマスやロールズを、サバルタンの排除を問題にしていないとして、批判している。

 最低限の「自由と民主」が確保され、かつ“共通の敵”がいなくなった状態で、「自由」と「民主」をそれぞれ充実させようとすると、対立が目立つようになってくる(222頁)。

 この過程は、同時に、公的領域が私的領域に浸透する過程である。一般に、公による私への統制とか介入というのは、軍国主義の問題と思われているために、この過程についてあまり気付かれていないが、家庭内暴力の問題では、まさに、この問題が問われているのである。ドメスティック・バイオレンスから家族を守るためには、公的あるいは準公的な監視や介入が必要だという議論が起きたのである。似たようなこととして、トクヴィルの『アメリカの民主主義』に描かれているような、ピューリタンのコミュニティで、学校に通わせない親から、コミュニティの長が、親権を取り上げることを合法化していたということもある。親権は、公にとって、不可侵の私的領域の問題ではなかったわけである。さらに、グローバリズムが、私的領域の市場化を推し進めたために、さらに私的領域は、公的領域に侵されることになる。一般に誤解されているように、私企業は、私的領域の存在ではないし、ましてや市場はそうではないということだ。

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アメリカ現代思想理解のために(33)

 「差異の政治」潮流は、フーコやデリダなど「ポストモダン」の影響を受けた。

 1960年代公民権運動やフェミニズムは、近代市民社会の枠内の「市民」としての「平等」と「自由」を求めたが、70年代以降台頭した「差異の政治」は、「市民社会」自体が、白人男性中心文化の歴史的遺産であり、「マイノリティ」や「社会的弱者」のそれとの統合は、市民としての幸福につながらないと考えた。「差異の政治」派は、「市民社会」的白人男性文化によって「上」から与えられた自己の「アイデンティティ」を問い直し、再構成しようとした。「権利」は、市民社会が市民を統治しやすくするための権力装置にすぎないとかれらは考えた。かれらは、近代的理性にとっての「他者」の排除による「理性的な主体」の構成を問題にするフーコーや、同一性(アイデンティティ)を押し付けてくる西欧中心主義(男根ロゴス中心主義)に取り込まれることのない「他者」や「差異」に焦点をあてるデリダの考えを取り入れているように見えるという。

 これらの議論は難解で、政治的実践に繋がりにくい。しかし、76年に、「ポストコロニアル・スタディーズ」の旗手と言われるスピヴァクが、『グラマトロジーについて』を英訳した頃から、政治的に受容されるようになったという。彼は、デリダのテクスト分析の手法で、イギリスの植民地のインドで、男性中心の文化の二重に抑圧されてきた女性、特にカースト制度の外で、自分たちを語る言葉を持たなかった「サバルタン(被従属民)」の女性たちの物語をめぐる研究に結び付けた。パレスチナ人のサイードは、「西欧文明の他者」としての「東洋」が一面的で均一的に表象されていることを問題にした『オリエンタリズム』を78年に出した。

 こうして、アメリカでも「ポストモダン」の影響が浸透していき、それに結び付いた「差異の政治」は、「アイデンティティ」を問題にするという点で共通する「多文化主義的コミュニタリアニズム」派のテイラーの議論と親近性を持ったという。

 テイラーとウィリアム・コノリーとの間で論争が起きた。コノリーは、「革命による政権転覆のようなことを目指すのではなく、近代の自由主義の枠内で「自己」「正義」「共通善」についての理論を構築すえきと考える」(171頁)姿勢では、テイラーと同じだが、「共通善」によって、差異が抑圧され、不可視化されることを問題にした。そこで、差異のための抵抗の場を確保するするために、自由主義自体をラディカル化することを強調したという。両者は、84年から85年にかけて、フーコーの主体=権力論の理解をめぐって議論した。

 フーコーは、・・・露骨な暴力を振るうことなく、監視装置や医療制度、教育などの様々な「生のテクノロジー」を用いて、正常=規範化(normalize)された「主体」を構成し、その「主体」を“内側”からコントロールし、躾ているという権力論を展開している(172頁)。

 それに対して、テイラーは、それは一面的であり、市民社会の「自由」のメリットを各主体が、享受している面があるし、近代の「解放」的側面もあることを認めるべきだと言ったという。また、主体としてのアイデンティティは、臣民化(従属化)というばかりではなく、共同体の中での生活を通して獲得されていく真の「自己」のアイデンティティに至る一つのステップであることを主張した。しかし、それでは、他者性が排除されるとコノリーは批判した。コノリーは、「正常な個人」を前提としているので、「差異」を隠蔽してしまう、つまり、合理的人間という前提があり、それが、理性と同一視されているというのである。だから、それは、最終的には、大きな共同体による「予定調和」への信仰に陥り、信者以外を排除することになる。そういう共同体的なアイデンティティを固定して、画一的に正義を実行すれば、新たな抑圧や排除を生む。だから、「差異」の政治化、アイデンティティを固定させない、戦闘的なリベラリズムが必要だという。

 それに対して、テイラーは、「自己のアイデンティティ」を確定するには、他者からの「承認」、それも一人の人格としての「承認」が必要だという議論を展開したという。そして、以下のような興味深いことを述べているという。

 テイラーに言わせれば、各人の尊厳の平等な承認を、画一的なアイデンティティの押し付けを意味するものとして否定的に理解すべき必然性はない。それは本来的には、各人が普遍的に有しているはずの「自らのアイデンティティを形成し、定義する潜在能力」を尊重することを意味しており、文化間関係においては、他の文化に属する人々にも自分たちと同じ文化形成能力があることを認め、彼らの文化を自分たちのそれと同等に尊重することに通じている(175頁)。

 彼は、アイデンティティを形成することを、普遍的な潜在的能力と呼んでいるが、共同体毎に異なる神をシンボルとして掲げていた太古の日本の共同体のことを考えてみれば、それは歴史的な力というふうに言った方がよいだろう。「八百万の神」とは、無数の共同体ということであり、それらは、共存し戦争もする中で、相互承認し合っていたと考えられる。「他者」が別の共同体に入る時、まずは、その共同体の掲げる神や仏に詣るのは、承認の儀式であると考えられる。「他者」の敵対性の解除、相互承認があって、自己のアイデンティティが形成されるという彼の考えは面白い。

 つづいて、「公/私」二分論の問題である。公事と私事の区分は、明らかに、歴史的に変化している。それは、網野善彦氏の中世史研究からも明らかだが、問題を近代に限定すると、近代においては、「アーレントがモデルにしていた古代のポリスの「公/私」の場合とは違って、市場を中心とする経済活動のかなりの部分が「公的領域」に属する」(178頁)。一般に、古典的自由主義者、例えば、ハイエクのような人が言うのとは違って、市場の拡大に伴って、私的領域に公的領域が入り込むようになったのであって、それは、単に政治的な要因によるものではない。だから、これは、社会主義の問題ではないのだが、かれらはそうした現実から目を背けるのである。もちろん、ハイエクは、自由主義の祖国と見なしているイギリスにおいて、当時、公的領域が私的領域にどんどん介入していく事実を見て、それを全体主義への傾向であると憂慮した。そうなったのは、経済的理由と同時に戦争に備える必要があったからである。現代日本においては、例えば、根拠が曖昧なままに、事実上の禁煙法体制が敷かれている。ちなみに、たばこを悪とするのは、健康うんぬんと関係なく、すでに17世紀のアメリカのある州において法律化されたことがあるように、別の理由がある。禁酒法もそうである。フーコーなら、これは、「生」を管理するテクノロジーをもった権力の発動だと言うところである。また、今、子育てからなにから、公的領域が介入していない領域はほとんどないと言っていい状況にある。

 それに対して、「近代市民社会における「私的領域」というのは、主として「家」を中心とした親密な関係の人たちだけから成る、“公共性が低い”と見なされる領域である」(178頁)が、そんな領域は今ほとんど存在しない。市場に巻き込まれていない私的領域は少なくなった。もちろん、それでも、そういう領域は残されてはいるが。しかし、家庭内暴力の問題などを通じて、あるいはフェミニズムが、私的領域=家をめぐる権力関係=家父長制を問題の俎上にのぼせ、批判したことなどから、「公/私」二分論は、問い直されざるを得なくなった。

 「リベラル」が前提にしている「公/私」二分論を攻撃したのは、ラディカル・フェミニズムである。『性の政治学』で、ケイト・ミレットは、家は家父長的な権力関係の場であることを暴露し、ラディカル・フェミニストたちは、「私的なものは政治的である the pribate is political」というスローガンを掲げた。こうして、「私的領域」への国家の不介入を前提とするリベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニストたちは分岐する。

 リベラル・フェミニズムが、「公/私」の境界線自体には触れないで、公的領域における職業生活などにおける差別撤廃と、機会均等という意味でのジェンダー間の平等を目指すのに対して、ラディカル・フェミニズムは、男性中心の経済を支えてきた近代的な核家族制度と正常=規範化された性の在り方を解体し、社会構造全体を変容させることを通して、新たなジェンダー・アイデンティティを産出することを目指す(180頁)。

 ここからが難問である。近年、「セクシャル・ハラスメント」や「ドメスティック・ヴァイオレンス(DV)が問題として浮上してきた。「これまで「法」の俎上に載せられなかった私的領域での親密な人間関係における権力・暴力の問題が、法的正義の基準によって判定されるべき問題として浮上してきた」(182頁)のである。その場合に、英米法では、合法/違法の司法判断は、「通常人=合理的人間reasonable man」の基準によってなされてきたが、この「合理的人間」こそ、白人男性中心主義として、ラディカル・フェミニストが批判するところのものであった。男性が多数を占める裁判官の想定する「合理的人間」の基準と、女性の常識的感覚が異なる場合がある。そして、ラディカル・フェミニストの急先鋒として、マッキノンが登場する。

 彼女は、『セクシャル・ハラスメント・オブ・ワーキング・ウーマン』で、セクハラは、「個々の女性に対する差別であるだけではなく、男性と女性の間の根本的な不平等を再確認・強化する公でもある」(183頁)と主張したという。

 「ポルノグラフィ」についても、猥褻性の問題としてではなく、女性に対する男性の暴力的な支配を、表象的に再確認する行為として位置付け、ラディカル・フェミニズムの活動家・ジャーナリストであるアンドレア・ドゥウォーキン(1946-2005)らとともに、人種、宗教、性による差別禁止を定めた「公民権法」に基づいて「ポルノ」を実質的に非合法化していく運動を展開している。

 このことは日本でも問題になったことがあるが、未だに、ポルノと性暴力の間の因果関係は十分に立証できていないように思われる。アメリカでは、ポルノグラフィの全面禁止と検閲を正当化しようとしたマッキノンと言論の自由という観点からこれを批判したロナルド・ドゥウォーキンの間で、議論が持ち上がったという。マッキノンの主張は、文化を基本的にプロパガンダと煽動、洗脳の手段と見ていることから来ていて、いわば、決定論的である。これは、ナチスの宣伝映画によって、ファシズムが広まり、戦争という結果を引き起こしたと言っているようなものである。もっと言えば、これは、表象あるいは意識が、人の行為を一義的に決定するという考えである。この場合、現実には、「ポルノグラフィ」の多くは、女性差別的であるのかも知れないが、表現としては、かつての男尊女卑的な、女性に、性的表現や言動や行為を、はしたないとか、女性らしくないとか、様々に規制してきた家父長的抑圧からの解放、あるいはその闘争を表現したものもあると思う。そこで、それに対して、ドゥウォーキンが、「言論の自由」が女性解放の闘いの武器となったことを指摘して、それを過度に制限するようなやり方を批判するのもうなずけるところはある。

 この類の問題は、フェミニズムばかりではなく、例えば、日本でも「ちび黒サンボ」問題とかいろんな形で問われたことである。こういうことの議論で、前提として、思想や観念や言葉などが一義的に人々の行為を規定するという観念論があることを指摘しておかねばならない。この種のことで、問題になっているのは、社会関係であって、それは意識が規定するというものではない。これと似た議論として、例えば、ローザ・ルクセンブルグやクララ・ツェトキンなどのドイツ社会民主党のフェミニストたちが、売春婦を組織したことをめぐって、起きた議論がある。売春は禁止されるべきか、それとも、労働者として権利を主張すべきかということである。いずれにしても、問題を性暴力に絞り、その原因を「ポルノグラフィ」に一元化し、それを国家暴力=司法権によって強制的に禁止することで解決することが、女性の解放をどれだけ前進させることになるのかは今のところ不確かだと思われる。

 歴史的に見れば、例えば、近代以前の日本では、性を私的領域における私事としてプライベートな領域の秘め事とするようなことは、一般にはあまりなかった。例えば、江戸時代、銭湯は混浴だったし、今は浮世絵などは、ヨーロッパの印象派に影響を与えたことなどから、たいそうな芸術作品としての扱いを受けているが、その中には春画もあった。廃仏毀釈で、仏像ばかりではなく、雑多な民間信仰の対象物まで破壊・撤去される前は、性器をかたどったシンボルが、平気でそのへんにあって、それを祀っていたのであり、近代になってから、それらが禁止され、タブー化されていったのである。性をめぐる「公/私」の区分は、歴史的に変化したもので、女性的なものとしての性的振る舞いや表現もまた、近代的価値観によって、規制されてきたのである。それは、いきなり近代から始まったアメリカでは理解するのが難しいことなのかもしれない。初期移民で優勢だったピューリタンたちは、極めて厳格な宗教共同体を築き、性に関する統制も厳格だった。そういう傾向は、ついには、禁酒法時代をももたらすことになるわけだが、そういう歴史的条件の下で、この問題を考えるのと、そのようなものが外から持ち込まれて変化したという歴史経過を辿った日本ではちょっと違うのである。初期のアメリカ移民の中での女性について書かれたアメリカ史を読んでみると、まず、女性で多かったのは、いわゆる家政婦で、それから、妻であり、彼女たちは、戦士の妻、銃後を守る愛国女性という位置を割り当てられた主婦だったという。

  なお、最近、性犯罪の問題が、マスコミなどで大きく取り上げられた際に、平行して少年犯罪の急増とか犯罪の急増とかいうことがさかんに強調されたが、これはデータ的に根拠がないことが明らかになっている。データ自体は、その時も、誰でも見られるようになっていたのだから、この時の騒ぎは、明らかに、政治的な狙いを持った煽動である。データ的根拠がないにも関わらず、少年犯罪に厳罰を科すことは、増え続ける少年犯罪を抑止する効果があると唱えられたが、それに世間は煽られたわけである。

 オーキンは、「リベラル」の土俵に乗ってジェンダー正義を唱えたという。彼女は、家庭内の不平等を、「賃金労働/非賃金労働」の配分という視点から論じているという。女性は、働いても男性より賃金が安いので、結婚して、家事労働を選択するが、それによって、稼ぎ手たる夫に従属するものとなり、それが家庭内暴力の原因にもなるという。離婚しても十分な収入が見込めないので、男性の横暴に耐えることになるというのである。それを正すには、ロールズと『正義論』とウォルツァーの「複合的平等」を組み合わせるのがよいという。しかし、彼女は、公的領域での緊張から解放されるために、親密圏としての「私的領域」は重要だという。しかし、女性にとって、「私的領域」たる家庭が、強い緊張をもたらす場であり、従属の場であるとすれば、それは、男性だけのための「私的領域」ということにすぎないだろう。

  それに関係するものとして、ドイツのフランクフルト学派がいる。「理性的な主体」のアイデンティティ形成の画一性や、人々に現実を見えなくさせているイデオロギー(虚偽意識)の生成をめぐる問題を探求したが、その後、ハーバーマスが出た。彼は、「アーレントの公共性論を取り入れて、市民的公共圏における民主的な意思形成のための条件を探求するコミュニケーション的行為論・正義論を展開」(188頁)した。それに対して、マッカーシー、ベンハビブ、フレイザーらは、彼の期待する市民的公共圏が、市民社会の主流であるブルジョア階級の白人男性中心主義的コミュニケーションから排除される人々を無視する傾向があると批判した。フレイザーは、公/私の境界線を流動化させることで、公共圏から排除されている人々を双方の領域で承認されるための道を開くのだという。

 仲正氏は、「「リベラリズム」が、アイデンティティ、価値観などに関わる問題に介入しないということはもはや全くの自明の理ではなくなった」(190頁)としている。つまり、「リベラリズム」が追求する平等や正義は、領域間で連関し、一方から一方へと波及していくことによってほり崩されてしまうので、介入せざるを得なくなったというのである。思うに、これは、「リベラリズム」が支配的思想になったためである。

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アメリカ現代思想理解のために(32)

 新保守主義派のニスベットは、「新しい専制主義」で、個人間の差異を平準化する平等主義が、結果平等を求めるために、ソ連型の中央集権的権力機構をつくり出すだろうと言ったという。それは、ルソーの「社会契約論」を元凶として、ロールズの『正義論』にも受け継がれたというのである。彼が問題にしているのは、差異の除去であり、それは、テクノロジー、ソーシャル・ワーク、心理学などの手段で、人々の内面をコントロールしようとする「ソフト化」された権力の作用の結果である。彼は、「プラトンからルソーに至るまでの主要な政治理論家たちは、最大の権力は、個人の行為だけではなく、その行為の背後にある心までも形作る権力であることを言明している。テクロノロジー、あるいは他の手段を使って、文化、社会生活の小さな単位、そして心それ自体の奥底にまで浸透できる権力は、身体にしか到達できないような種類の権力よりも、その物理的な残虐さのことを考えてみても、遥かに危険なのは明らかである」twilight of authority,Liberty Fund,1975,p.207)(157頁)と言った。

 なるほど、これは、仲正氏の言うように、ミクロな権力構造を問題にしたフーコーの議論に一見似ている。あるいは、フランクフルト学派のマルクーゼの『一次元的人間』あたりとも。しかし、例えば、フーコーの場合、規律型権力と管理型権力というように権力形態を幾つかに分けて議論しており、さらに、自己への関わりというかたちで、アリストテレス的な自己統治の技術をポリスの公共性、それこそ、サンデルの言う「共通善」と共通するような自由としての倫理を打ち出している。そして、それらの権力は、種々の物的装置を通して作動するのであって、なにかしら、既に存在する個人の心なるものを言葉だけによって、操作するというものではない。権力は、形態としての主体を作り上げるのであって、心を作るわけではない。それに対して、ニスベットは、予め、心を個人にすでに存在するものとして前提していて、基本的に観念論、あるいは、プラトンからルソーに至るまでの観念論の基礎の立場を共有しつつ、ものを言っている。両者は、似て非なるものである。

 86年に出した『保守主義』では、ニスベットは、バークからトクヴィルからクリストルまでを総括して、保守主義は反国家権力的だったと述べているという(158頁)。彼は、「保守主義」は、近代国家が、平等の名の下の専制国家になっていて、「家族、血縁、近隣、共同体」などの絆を守る主張であるという。面白いのは、彼が、「リベラルな福祉国家」の権力の増大に反対して、“善き共同体”のモデルを「過去」に求める発想法を、「保守主義」と「マルクス主義的社会主義」が共有していることも認めている」(同)ということだ。

 続いて、『アメリカン・マインドの終焉』(1987年)のアラン・ブルームは、ユダヤ系ドイツ人で亡命者のレオ・シュトラウスの影響を強く受けた。シュトラウスは、新保守主義派の教祖的存在と言われている。ブルームは、個人の自由に重きを置く近代の個人主義的な自由に対して、人間としての卓越性や政治的徳を重視した古代の政治哲学を見直すべきことを示唆し」(159頁)たという。彼は、ロールズの『正義論』を、差別しないように強制する統治を提案していると批判したという。そして、彼は、共通善を追求してそれに適った人間像を探求したソクラテス、プラトン、アリストテレス、マキャベリ、ロック、モンテスキュー、ルソーらの古典的テクストをしっかり学ぶ人文諸科学の「教養」が重要だと言った。

 他方で、ラディカルな黒人解放運動やラディカル・フェミニズムは、支配的な「白人男性」(WASP)と違う、「社会の中で違ったあり方をする権利」を主張するようになった(161頁)。黒人らしく、女性らしく、同性愛者として生きる、そういった諸権利を主張する「アイデンティティ・ポリティクス(同一性の政治)」あるいは「差異の政治」と呼ばれる運動が台頭してきた。このような多文化主義が、教育に持ち込まれていく。それに対する反発として、ブルームの本が書かれたのだという。両者の闘いは、90年代に入って、ヒートアップし、「文化戦争Culture War」と呼ばれるまでになった。

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アメリカ現代思想理解のために(31)

 ロールズに代表される「リベラル」に対する第二の批判者として、「コミュニタリアン(共同体主義者)」が台頭してきた。

「コミュニタリアン」は、・・・様々なレベルの文化的な「共同体」の中で培われる諸個人の価値観を重視する立場であり、共同体ごとに培われる価値観を度外視して、正義の原理を普遍的に探求することができるかのような議論をする「リベラル」を批判する(133頁)。

 「コミュニタリアン」陣営のトップを切ったのは、マッキンタイアで、アリストテレスやトマス・アクィナスまだ遡って西欧の倫理思想を研究した人である。

 ドゥウォーキンたち近代自由主義者は、「人間にとっての善き生」は人生の諸目的といった―アリストテレス的な―問いは公共的な視点からは解決不可能であるのとの立場を取る。かれらは、法や道徳の規則を、善や人生の目的といったより根本的な概念から導き出したり、そうした概念によって正当化しようとはしない。そのため、「規則」こそが彼らにとっての道徳生活の第一概念になっており、その「規則」に従って生きることを道徳的な特性と見なしている。マッキンタイアに言わせれば、こうした評価は転倒しており、目的抜きで規則だけ追求していても、道徳生活に統一性をもたらすことはできない。彼は近代啓蒙主義が生み出した道徳をめぐる混乱から脱出するために、アリストテレス的な目的論を再考するよう提案する(135頁)。

 近代自由主義者が、「規則」あるいはルールそれ自体を自己目的化したことは、やはり、倫理を、快不快の感覚や善悪の価値から切り離して、それ自体として義務化(定言命令)化したカントの理論に従っていることを示している。それには、近代啓蒙主義が描いた合理的人間像が前提としてあるということである。

 アリストテレスは、その倫理学において、例えば、「ニコマコス倫理学」の冒頭で、人間にとっての最高の目的は、幸福=善(エウダイモニア)と述べている。しかし、この善は、アリストテレスにとっては、「共同体」としてのポリスにおける「共通善」として追求される。それを追求する徳が、「正義の徳」であり、それは、あくまでも「共同体」にとっての徳である。マッキンタイアは、ロールズもノージックも共同体・社会的な絆(関係)以前に、個人を置いている点では共通であり、それに対して、「礼節と知的・道徳的生活を内から支える地域的共同体を建設すべき」(136頁)だと主張したという。

 1982年『自由主義と正義の限界』を出版したサンデルは、近代的自我観を批判して、「共通善」の問題を復活させようとしたコミュニタリアンの代表的思想家である。サンデルは、正義の善に対する優位を前提としていて、それは道徳法則として客観的に正しいこととして妥当するものと見なしており、人々が生の目的として追求する「善」と切り離されている。これは、道徳法則それ自体において価値があり、それは、意志は、純粋理性の一面であるからと述べたカント同様である。それに対して、サンデルは、「家族、部族、都市、階級、人民、国民(ネーション)などの、各種の「共同体」の中で培われる暗黙の慣習や相互了解が、各人の自己理解の基盤を提供している」(138頁)と主張したという。この問題は、かつて、「自己意識」というヘーゲルの『精神現象学』において、問われた問題で、それは、「自我=自我」というフィヒテ的な自同律から、対象化、外化、疎外、その回復、の運動というかたちで言われたことと関連する。

 ここで、近代主義的自由主義の一つの特徴として、自己完結的なアイデンティティーを有する「付加なき自己」を想定していること、そして、「規則」を、善や幸福や利害などの目的と切り離して、それ自体として自己目的化していることを、「コミュニタリアン」が指摘したことは重要である。それに対して、功利主義は、まがりなりにも、ルールを、利害や目的、幸福や善と切り離さないということ点では、まだリアルである。しかし、それも、特定の人々・集団に偏った共通善の追求を普遍的なルールとして他の人々・集団に押し付けるようになるわけだが。

 続いて、ウォルツァーが登場する。彼は、独占を悪として、それに対する、多元的な領分での「平等」化の闘争を主張する。彼は、「単一の原理に基づく究極の平等を目指すのではなく、それぞれの社会の政治的・文化的特性を前提にして、各領域の間でバランスを取った複合的な平等を構想すべきだ」(142頁)と主張した。しかし、彼は、文化的多様性それ自体を原理にして、他の文化的多様性を否定し、抹殺することを肯定した。多文化主義的なコミュニタリアンのテイラーは、カナダでのケベック州の独立に反対して、ケベックのアイデンティティの独自性とカナダの国家としてのアイデンティティを両立させようとしたという。これは、マルクス的なコミュニズムからする、共同体、アイデンティティを奪われ、消されているという、特異な共同性を持つ存在としての、プロレタリア(無産者)の、独自のアイデンティティ、その集合、共同体としてのコミュニズムというのとはずいぶん違う。すでに、あるものをあるもののアイデンティティを折衷する、両立させるというような感じである。双方の関係は、両立可能か、その間に矛盾はないのか、否定性、敵対性はないのか。そして、それらは社会的歴史的諸条件によって動くものではないのか。これは、具体的に見ていかなければならない問題だ。

  1976年、民主党カーター大統領は、人権外交を展開する。実際には、それは人権強制外交だが。ベトナム戦争でアメリカ敗北。人権外交の結果、ニカラグアで、ソモサ独裁を倒すサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が勝利、79年にソモサ大統領は亡命する。FSLNは、今年、久しぶりに選挙で政権獲得した。同年1月、イラン革命、親米パーレビ王政崩壊。12月、アフガニスタンにソ連軍が介入。アフガン内戦。映画「ランボー」でもおなじみのアメリカが支援するアフガン・ゲリラとソ連に支援された政権との闘いが激化していく。80年、第二次石油ショック、不況下の物価下落、いわゆるスタグフレーションに襲わ、経済危機に陥っていたアメリカで、共和党レーガン政権が誕生する。彼は、ソ連を「悪の帝国 Evil Empire」と呼んだ。同じことを、これから約20年後、ブッシュJrは、繰り返したが、この時は、「悪の帝国」は、三つの中小国の集合体であった。レーガンは、83年10月に、グレナダに軍事侵攻して、左派政権を倒し、親米政権を据えた。ニカラグアでは、反共ゲリラ「コントラ」の支援を始めた。そして、スターウォーズ構想をぶち上げて、軍事=宇宙=航空産業にてこ入れし、そこで、国防予算というかたちでの需要を創出、技術開発投資を大規模に行った。財政赤字は膨大になっていたが、「小さい政府」を標榜し、強いドルの復活を夢見て、高金利政策を取る。航空管制官のストに直接介入し、全員の首切りを強行。失業者は増え、あちこちで暴動が発生した。経済政策としては、①規制緩和の推進、②(国防予算を除く)政府の財政支出の大幅削減、③大幅減税による民間投資の活性化、④金融政策によるインフレ率の低下、を組み合わせたレーガノミックス政策を取った(150頁)。しかし、これは、いわゆる双子の赤字を膨張させただけだったので、軌道修正される。

 この頃、保守派には、「オールド・ライト」、「ニュー・ライト」、転向派の「新保守主義者」の大きく三つの潮流があったという。さらに、「キリスト教原理主義」「宗教右派」が台頭してくる。これは、別名「福音主義」とも呼ばれるもので、中絶、同性愛などに反対し、公立学校などの公的な場で祈祷を行うなど政教分離の原則の緩和や家族を中心とした価値観を復活させようとした(151頁)。

 ここから話がややこしくなってくる。
 こうした保守主義の台頭に対して、「リベラル」は、「価値中立性」を原則としていたために、有効な反撃が出来なかった。価値観は「内面」の問題であり、それに干渉すべきではないとみなされ、政治の場での公共的な議論にできるだけしないようにするのが基本的な原則だったからである。それで、ロールズは、数量的・形式的に比較しやすい問題に絞って、「公正としての正義」についての合意を成立させるための装置を作ろうとしたという(153頁)。しかし、70年代の「リベラル」の運動によって、伝統的価値が失われ、リベラルな価値観が浸透した結果、アメリカのアイデンティティの危機が起き、アメリカ人とは何者か?」という問題が俎上にのぼせられたという(155頁)。

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アメリカ現代思想理解のために(30)

 ここまでで、ロールズの基本的な考えは、わかったと思う。それに対して、様々な反対論が出たのは当然である。まず、ロールズが『正義論』を出すまで支配的だった法実証主義があった。これは、おそらく、実定法主義とも呼ばれるもので、法と道徳を切り離す考え方である。それは、仲正氏によれば、ウイトゲンシュタインの影響を受けた分析哲学者ハーバート・ハートらの影響を受けた部分である。つまり、法は、制定の根拠としての道徳や原理などとは切り離して考えるというものであったという。

 他方で、リバタリアンという人たちで、仲正氏は、自由至上主義者と訳している人たちによる批判がある。それは、「あくまで「自由」それ自体を重視し、平等や正義といった別の要素を“自由主義”に持ち込むべきではないとする立場」(121頁)からのものである。その中でも、ノージックは、1974年に『アナーキー・国家・ユートピア』という本を書いて、自然状態を想定して、国家の存在を問うという議論を展開しているという。そして、ノージックは、「「アナーキー」から始まって「最小国家」に至までの流れは、自然な市場的プロセスとして説明できると主張する」(125頁)。そして、ロールズの「配分的正義」を批判したという。彼が、保有物に認める正義は、①それまで誰にも保有されていない物の保有に関する獲得の正義、②ある人から別の人への保有物の移転に関する移転(譲渡)の正義、③①と②について不正が発生した時にそれを正す矯正の正義、の三つだけだという。なるほど、しかし、①に関して、アメリカは、インディオに保有物の正義を認めず、勝手に、無所有地と決め付けて、アメリカ大陸で、土地を奪った。②については、保有物の移転と同時に価値移転が行われることを無視している。商品交換の正義は、等価交換の正義であって、たんなる物の持ち手移動ではない。なんともお粗末な議論である。したがって、以下のところも、まったくのロビンソン・クルーソー物語同様の空想物語である。

 最小国家は我々を、侵すことのできない個人、他人が手段、道具、方便、資源、として一定のやり方で使うことのできないもの、として扱う。それは我々を、個人としての諸権利をもちこのことから生じる尊厳を伴う人格として扱う。我々の権利を尊重することで我々を尊敬をもって扱うことによって、それは我々が、個人としてまたは自分の選ぶ人々とともに、同じ尊厳をもつ他の個人達の自発的協力に援助されて、自分の生を選び、(自分にできる限り)自分の目的と自分自身について抱く観念とを実現してゆくこと、を可能にしてくれるのである。どんな国家や個人のグループも、どうしてこれ以上のことをあえてするのか。また、どうしてこれ以下しかないのか。(嶋津格訳『アナーキー・国家・ユートピア、木鐸社、1992年、540頁)(127頁)

 ここで、ノージックは、侵すことのできない個人を、物件、すなわち、上の①、②の正義の主体として表象していると考えられる。すなわち、ここで、手段、道具、方便、資源と言っているのは、物の所有者としての、所有物に伴うものとして、人格を捉えていることを示しているということである。なぜなら、それ以外に、彼が正義を認めていないからである。それに、彼は、一定のやり方では、そのように扱かえないと言っているが、それは、別のやり方ではそう扱っていいと言っていることになるからである。①と②は無所有物の所有権の発生と所有物の移転の正義である。あとは、その正義を守る正義があるだけである。そうすると、この場合の、自由というもの、あるいは人格というもの、あるいは諸権利というものは、単なる要請、願いでしかないということになる。つまり、最小国家が、所有と交換の正義を守ってくれれば、あとは、みんな自由に生きられるという主張だが、まさに、そうした正義の支配する世界で、不自由が起きているのである。また、彼は、その最小国家は、警備会社のように、みんなの費用で賄われると言っている。多く払った者は手厚く守られるというような不正義は生じないのだろうか?

 D・フリードマンは、私有財産権を基本的な人権として最重視する。彼は、裁判を民間の仲裁制度に変え、刑事事件には、民間警備会社が対応するなどと言ったという。イラク戦争で、民間軍事会社とでも言うべきものが、いっぱい入って、戦費で大もうけしたことがあったが、それは、アメリカが産軍複合体化していることを反映したものにすぎない。当時の副大統領が幹部を務める民間会社が、軍需を多く受注したのはそれを示している。

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アメリカ現代思想理解のために(29)

 仲正氏は、ロールズが、第二原理をわざと抽象的に定義したのではないかと言う。ロールズは、その後、(a)(b)二つの条件を置いていて、さらに、それぞれに二通りの解釈を示したという。

(a)には、①「効率性原理 principle og efficiency」と②「格差原理 principle of difference」、(b)には、①「才能に対して開かれているキャリアとしての平等」と②「公正な機会均等としての平等」(95頁)

 ロールズは、厚生経済学の使って、説明しているという。つまり、①は、古典的な功利主義の発想であり、②の「格差原理」は、格差是正的な資源配分の原理であるという。これ自体、古典経済学の中で言われていることである。そして、第二原理を次のような形に直す。

 社会的、経済的不平等は、それらが、(a)最も不利な立場にある人の期待便益を最大化し、(b)公正な機会の均等という条件の下で、全ての人に開かれている職務や地位に付随する、ように取り決められているべきである。(同前 64頁)(96頁)

 ここで、社会的職業や地位について公正な機会均等があり、個人の自由競争が認められる。そしてその結果できる不平等は、価格システム、税制、公共サービス、所得補助(負の所得税)などの諸制度によって是正され、「格差原理」を満たすところに落ち着くと、仲正氏は解説する。「要は、競争力のある人間にできるだけ稼ぎ、社会を豊にしてもらって、その利益が弱者に還元されるようなシステムを作るということである」(同)というわけである。その場合に、働くとされているのが、(a)なのだが、これをみんなが同意してくれるかどうかはわからない。そこで、ロールズは、「無知のベール」を仮想する。

  これは、社会的地位。階級上の地位、社会的身分、資産や能力の運、知性や体力等、善の概念、合理的な人生計画に特有の事柄、心理も知らないという状態である。つまり、無心ということだろう。そうすると、合理的な人間であれば、最も不利な立場にある人が何とか生き残れるように配慮した資源配分の仕組み(格差原理)を公正と考える(99頁)というのである。

 そして、仲正氏は、この抽象的議論の種あかしをする。「無知のヴェール」に部分的に似た状態、そうした状態に対応する制度は、保険や年金のような将来の「リスク回避」のための仕組みであると氏は言う。つまり、現在は、社会的弱者でなくとも、将来そうなるかも知れないという可能性を考えるのは合理的人間であれば当然であり、だからこそ、「格差原理」に似た制度に合意しているというのである。それは、「情けは人のためならず」ということわざを理論化したようなものであると氏は言う。これは、社会的な原理であると同時に保険や年金の原理だというのである。将来のために、現在の消費を節約する。それが資本だと、そして、その精神原理が、プロテスタンティズムだと、社会学者マックス・ウェーバーは言った。それは、合理的人間心理というものだろうか?   

 かくて、正義の概念がもつ望ましい特徴は、それが人々のお互いへの尊重(respect)を公共的に表現しているということにある。こういうふうにして、人々は自身に価値があるという感覚を確保する。(・・・)私は、この考えのもつ倫理的妥当性によって当事者が動かされると言っているのではない。しかし、彼らがこの原理を受け入れるのには理由がある。というのは、互恵的有利性のために不平等を取り決め、平等な自由という枠組の中に自然環境と社会環境のもつ偶然性の利用を抑えることによって、人々は、まさに自らの社会の構成(constitution)において、相互尊重を表明するからである。こうして、彼らは、そうするのが合理的であるので、自尊心を保証する。(同前、135頁:一部改訳)(102頁)

 ここで指摘しておかねばならないのは、ロールズが、合理的人間というかたちで、大陸的な合理主義思想とイギリス的な経験主義的な功利主義とを総合しようと試みたことである。それがうまくいったかどうか、あるいは、それはそもそも可能なのかどうかという問題が残されている。ハンナ・アーレントもまたそうした試みを追求したとも言えるが、やはり、彼女は、大陸的合理主義の系譜の中にあったように見える。つまり、ヒューム主義に対するカントの立場に止まったのではないだろうか。

 これで、同書のⅠリベラルの危機とロールズの部分を終えた。Ⅱ、Ⅲと続くわけだが、それを、大きくは、ロールズの議論の枠内で行われているというように仲正氏は書いているようである。ここからは、特に、ひっかかるところを取り上げていくことにする。

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アメリカ現代思想理解のために(28)

 ロールズは、『正義論』において、原初状態における「正義」の原理を示した。

  • 第一原理:各人は、他の人々の同様な自由の図式と両立する平等な基本的自由の最も汎な図式に対する平等な権利をもつべきである。

  • 第二原理:社会的、経済的不平等は、それらが(a)あらゆる人に有利になると合理的に期待して、(b)全ての人に開かれている地位や職業に付随する、といったように取り決められているべきである。(矢島釣次監訳『正義論』、紀伊國屋書店、1975年、47頁)(93~4頁)

 ロールズの「公正な正義」の第一原理は、形式的な自由のリストの適用の平等な権利を規定したもので、社会契約と言いつつも、カントの定言命令的な言い方で、平等な権利を規定している。原初状態の想定は、このような抽象度を持って、普遍的規則という性格を表象しようとしたものと思われる。自由のカテゴリー表とでも言いたくなるような表現である。この原初状態では、自由のリストはが、列挙されていないので、これについては、抽象的に判断することができるだけである。仲正氏は、これなら、ほとんどの人が同意するだろうし、ハイエクやフリードマンのような古典的自由主義者ともリベラルとも一致するだろうと言う。このような形式論については、しかし、賛成しようが反対しようが、あまり大したことにはならないだろう。人々のそれぞれの自由の権利が他者の自由と権利に触れたときに、問題が発生するのであり、それについて、第一原理は、権利の平等というかたちでしか答えていない。自由の範囲や中身が問題になるのである。

 それに対して、第二原理には、合理的期待、特権の排除などが盛り込まれている。それから、あらゆる人に有利になるという、「最大多数の最大幸福」的な原理を掲げている。それは、合理的に期待されるものとされている。いずれにしても、まずは、原理のこの部分は、特定の心理を経済的不平等の基準に据えているのは明らかである。社会が、経済格差をどこまで許容するかということを、心理によって判定しようというのである。

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アメリカ現代思想理解のために(27)

 ロールズは、「私利や便宜などの(個人的)効用を求める能力だけではなく、自/他の行動が「正義」に適っているか否かを判断し、それに基づいて自らに責務を課す「正義感覚」が備わっている」(87頁)と言うのだが、ここで、功利主義を一つの先天的的能力、そして、正義感もまた先天的能力と見なされていることに注意が必要である。

 つまり、ロールズは、人間論を論じているわけである。私利・私的効用を求めるのは、人間の先天的能力だろうか? これは、アダム・スミスによって説かれていることであり、イギリスの功利主義の基礎になり、近代経済学の大前提に置かれている考えである。その導入の仕方は、イギリス経験論的であって、例えば、ベンサムの功利主義倫理の導き方は、目の前で、あるいは歴史事実を観察して、そこから帰納法的に導き出したものである。目の前の人々のやってることを見てみると、みんな功利主義的に行動しているじゃないかということである。しかし、経験主義の問題は、現象のみを観察していると、それと反する現象が必ずあって、どっちが本当かわからなくなるということである。その際に、効用を判定基準にするというのが功利主義ないし効用主義の考え方である。ロールズは、それと並べて、正義感を人間の先天的能力と見なしたわけである。

 私利は個人的効用というレベルで語られた。それに対して、正義感は、「我々」というレベルに属する。しかし、実は、私利や効用もまた「我々」というレベルで問われねばならないのである。正義は、「我々」の社会契約という自由意志による根源的合意の感覚であるとロールズは考えたようである。それが、憲法の土台であると彼は言う。彼は、私利の領域と正義の領域を、別物のように扱っているわけである。

 仲正氏は、アーレントとロールズが、「異なった考え方、振る舞い方をする人たちが、一緒にプレイできるような基本的枠組みが「憲法=国家体制」として設定されていることが、「自由の条件」であることを重視している・・考え方、振る舞い方が違っても、相互に尊重しながら、共通の理想(=共同体にとっての善)を追求していくという根源的な"合意"が重要なのである」(86頁)という点で共通していると言う。

 ただし、アーレントが、経済的平等を視野に入れてないのに対して、ロールズは、経済的不平等(格差)を、「正義の原理」に入ると考えた点で、両者に違いがあるという。

 ロールズは、1960年代に、「市民的不服従の正当化」(1969)で、「憲法や普遍的人権思想などに具現される正義の原理に反するように見える法律や行政機関の命令に対して非暴力的な手段で抵抗し、それに対する不同意を公共の場でアピールする」(89~9頁)「市民的不服従 civil disobedience」を擁護した。「市民的不服従」思想は、19世紀のソローで、それはガンジーやキング牧師に影響を与えたという。

 リベラルの間で、「市民的不服従」は合法かどうかという議論が起きた時、ロールズは、憲法の根拠である正義に適っているので合法だと主張したという。それは、共通ルールのない「原初状態 original position」を仮説として想定した。それに対して、「社会契約説」では、「自然状態 state of nature」を想定する。

人々は「原初状態」において、各自の正義感覚を反映する形で、「正義」の諸原理を採択する。次いで、憲法会議でそれらの諸原理を満たす「憲法」を制定することになる。そのうえで、立法機関において正義の諸原理に適った憲法の制約と手続きに従って個々の法律を制定することになる。そうした意味で、法律は憲法に、憲法は正義の原理に拘束される関係にある(91頁)。

 こうした考えから、よく言われる「手続き」民主主義は、正義を保証するものではないということが結論される。

立法権は決定が正しくなされることを保証するものではない。市民は、自己の行動において民主的権威の判断に服しこそすれ、自己の判断をそれに服させるわけではないのである。従ってもし、多数者の制定した法律が不正義の一定限度をこえていると判断した場合には、市民は市民的不服従を考慮しうるであろう。なぜなら、我々は多数者の行為を無条件に受け容れ、自分および他人の自由の否定に黙従することまでも要求されていないからである。(平野仁彦訳「市民的不服従の正当化」:ジョン・ロールズ/田中成明編訳『公正としての正義』、木鐸社、一九七九年、二〇五頁(91~2頁)

 新自由主義が席巻した頃、民主主義論でも、「手続き民主主義」が喧伝され、ホリエモンなどが、手続きさえ合法ならば、それ以外は何をやってもいいということで、それが自由だというようなこを言って、それが多くの人に支持されるというようなことがあった。しかし、それは、形式民主主義であり、形式的自由にすぎない。ロールズから言わせれば、それは、法の基礎にある正義感を崩壊させ、法治体制を土台から掘り崩すということになろう。手続き民主主義の中で、法の形式は守られるが、法の土台が浸食されていき、やがて、内容の変化が、形式に跳ね返り、手続きも、変えられていくことになるわけである。

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